59話目【巨大モギ討伐 前編】
地方都市ウルダの南からモギと呼ばれる巨大なトカゲが近付いている。
城壁の見張り台から警鐘が鳴り、町民に危険を知らせる。
デフラ町長の元に秘書が走り、バトー達に巨大モギ討伐が依頼された。
当初は町の防衛の依頼だったが、バトー達の意見により討伐へと変更となった。
先日の襲撃では町の冒険者が総出で挑み、一般人に犠牲を出るなど紙一重の防衛だった。
町の南西にある草原で討伐予定と聞き、町の冒険者達は耳を疑った。
体長30メートルを超える規格外のモギが討伐できるとは思えなかったのだ。
「マツモト、馬車を持ってきてくれ」
「分かりましたー」
バトーに頼まれポニ爺を迎えに行くと馬小屋には数人の子供の姿があった。
ラッテオ、カイ、ミリー、ゴンタと元取巻き達である。
「おーい、皆なにしてるの?」
「あ、マツモト君だ。おーい」
気が付いたカイとミリーが手を振っている。
「ミリーもいるのか、こんな時にどうしたの? 危ないよ」
「町が騒ぎになってるから確かめに来たんだよ」
「この前のモギが戻って来たって噂になってるんだ」
不安そうな顔をするライとラッテオ。
子供達の中で唯一落ち着いているゴンタが松本に質問する。
「マツモトも見に来たのか?」
「いや、俺はポニ爺と馬車を迎えに来たんだよ。これからモギを討伐に行くんだ」
「「「「 えぇ!? 」」」」
「本気なのマツモト君? あれは普通じゃないよ!」
「危ないよマツモト君! この前も怪我人が出たんだよ!」
「あぶないよー!」
慌てるラッテオ、カイ、ミリーを制止し、ゴンタが真剣な顔で割って入る。
「マツモト、この前俺に『命は1つしかない、大事にしろ』って言ったよな?」
ゴンタの目を真っすぐ見返す松本、怒りと心配が感じ取れた。
「そうだね、あの言葉に嘘はないよ。今でもそう思ってる…」
「じゃあ、なんでだ? 大人の冒険者に任せとけばいいだろ!」
怒鳴りつけるゴンタだが、松本には悲痛な叫びに聞こえた。
ゴンタには自分より年下の松本が、幼い頃に冒険に出て亡くなった父親に重なって見えた。
「バトーさんって、昔凄い冒険者だったらしいんだ」
「誰だよ、そのバトーって人は?」
「さっき『ミノタウロス杯』の決勝で戦ってた人、凄かったでしょ?」
「「「「 うん 」」」」
話を聞いている子供が全員頷く。
「凄く優しくてさ、真面目で、とても強くて、ポッポ村の人達のために命がけで戦って、
俺に冒険者としての心構えみたいなヤツを教えてくて…
俺の知っている人の中で誰よりも凄い人なんだ。そんな人がさ、誘ってくれたんだよ」
「モギの討伐にか?」
「うん。今回の依頼がどれだけ危険か知っている筈なんだ、そして命の重みも。
それでも俺を誘ってくれた、キラキラした目で。
弱くて未熟な俺を冒険に誘ってくれて、ほんの少しでも期待してくれて…嬉しかった。
だから自分で選んだんだ、例え命を落とす結果となっても後悔しない」
松本の答えと決意に目を伏せるゴンタ。
少し納得したような、寂しいような顔をする。
「そうか…マツモトが自分で選んだんだな」
「この前は偉そうなこと言って悪かったねゴンタ」
「いや…多分、あの時俺に言ってた無茶とは違うんだろうな」
「わからない。少なくとも知らずに無茶するより、知った上で無茶した方が
後悔はしないのだと思う。自分で決めたとこだからね」
「そうか、頑張れよマツモト」
「ありがとう、がんばるよ!」
吹っ切れた笑顔でゴンタが差し出した右手を握り返す松本。
「マツモト君、死なないでね!」
「死なないように頑張るよ、ラッテオ」
「頑張ってね、応援してるよ」
「ありがとう、カイ」
「マツモト…頑張って」
「ありがとう、ミリー。頑張ってモギ肉持って帰ってくるよ」
「ホントー? モギ肉くれるの?」
先程までの不安な顔からキラキラした目に変るミリー。
モギ肉大好きミリー。
「いいとも! 大人しく城壁の中に避難する良い子にはモギ肉を上げよう!」
「非難するー! カイお兄ちゃん行こう!」
「ちょっとミリー!? 待って…」
ミリーに引きずられて行くカイを見て子供達が笑う。
「さぁ、皆もそろそろ中に戻って」
「マツモト君、またね」
「またな、マツモト」
「狂王またねー」
「パンツまたねー」
「またねーパンツマツモトー」
ん? 今、最後に変な呼名が混じってなかったか?
子供達は城壁内に戻り、松本はポニ爺と馬車を連れて南城門へ戻った。
見張り台で確認された砂塵は次第に大きくなり、巨体が肉眼で確認できる距離まで迫っていた。
南側城壁に集まったウルダの冒険者に見送られ、5人と1頭は討伐へと向かう。
「そろそろ行くぞ、早く乗れミーシャ!」
「結構近くまで来てるわよ、急いで!」
「ミーシャさん荷台に乗って下さい!」
急かされたミーシャが荷台に乗り込む。
「いいぞバトー!」
「よし! 皆、落ちるなよ!」
手綱を握るバトーと荷台に乗るミーシャ、ルドルフ、カルニ、松本。
「皆ー! 町は任せたわよー!」
「カルニギルド長、お任せをー!」
カルニの声にアクアスが槍を掲げて答える。
「「「「 カルニ姉さーん、頑張って下さーい! 」」」」
カルニ軍団がハンカチで涙を拭いながら見送っている。
巨大モギはウルダ南側、人参畑の近くまで迫っている。
「おいおい、聞いてたよりデカいぞ」
「30メートルって言ってたわよねカルニ? 40メートル近くあるじゃないの?」
「ここまで大きくなったら10メートルなんて誤差よ! 今更文句言わないでよ!」
「いや、誤差デカすぎますって! 10メートルってミーシャさん5人分ですよ!」
「俺が5人分か…そう考えると意外と大きくないかもな…」
「そんな訳ないでしょ! デカすぎよ!」
想像以上のモギの大きさに荷台から愚痴が漏れる。
「思ったより近いな! 畑に入る前に引き付けるぞ、全員準備しろ!」
バトーの合図で準備する4人。
松本は服を脱ぎパンツ姿になった。
「なんで服脱いでるのマツモト君…」
「光魔法の邪魔なので、パンツは俺の最後の尊厳です」
「光魔法ってどういう感じなの? 手から光源だすんじゃなかったかしら…」
「マツモト、俺は支えとけばいいのか?」
「お願いします、揺れる荷台でポーズ取らないといけないので。
あと皆さん直視しないで下さい、目が潰れるかもしれませんよ」
「誰もマツモトのパンツ姿なんて直視したくないわよ…」
「私もあまり興味ないかな…」
「まぁ、ウィンナー丸出しよりマシだろ…」
「ちょっとぉぉぉ! 光魔法って凄いんですよ! 大変なんですから!」
訝しむ3人にご立腹な松本。
「お前達なぁ…凄いんだぞー光魔法。レム様直伝なんだからな!」
「そうだそうだ! 直伝なんですよ!」
抗議するバトーと松本、訝しむ3人。
荷台の最後尾にルドルフとカルニ、その次にミーシャ、松本の順で座っている。
光魔法を発動した時にルドルフ、カルニ、ミーシャが後方を向けば、誰も直視しないで済む。
作戦はこうだ、先ずモギにルドルフが炎魔法を当て馬車の方向を向かせる、
次に松本が光魔法で注意を引きながら南西の草原を目指す。
道中はルドルフの魔法とカルニの障壁でモギの足を遅らせ、馬車に追いつかれないようにする。
もし追いつかれた場合はミーシャが応戦する。
草原に着いたら馬車を降り、総攻撃にて討伐する。
問題は上手く引き付けられるか、総攻撃で討伐できるかである。
「巻き込んで悪いなポニ爺」
バトーの言葉に「ヒヒン!」と鳴くポニ爺。普段の優しい目から戦う男の目になっている。
巨大モギが目の前にが迫る、とてつもなくデカい。
「来るぞ! ルドルフ!」
「いくわよ、フレイム!」
ルドルフの杖が光り炎の塊が飛ぶ、モギの顔に触れると爆発が起こった。
少し傷を負ったモギが走り去る馬車へと視線を向ける。
「そらもう一発!」
先程より速度の速い炎の塊が飛び爆発する、再び傷を負わされたモギが雄叫びを上げ
目標をウルダから馬車へと変えた。
「どうだルドルフ?」
「上手くいったみたいね、こっち向いてるわよバトー!」
「マツモト、頼むぞ!」
「行きますよ、フロントポーズ!」
ミーシャに片足を掴まれながらポージングする松本。
馬車の荷台から強烈な光が発せられる。
白い幌が照らされランプのようである。
「ぎゃ!? 何これ!?」
「ちょと、眩しすぎよ!」
「うおっ!? マツモトが光ってんのかこれ?」
「お前達直視するなよー! 目が潰れるぞー! モギはどうだ?」
光に反応し追いかけて来るモギ、赤い布に反応する闘牛と同じである。
「追って来てるわ! 早いわよ! カルニ障壁出して!」
「任せて! ストレングス!」
正面に現れた透明な障壁にぶつかるモギ、
障壁に当たっているにも関わらず、力ずくで障壁を砕き前進してくる。
「「 げぇ!? 」」
カルニとルドルフが驚きの声を上げる。
「ちょっと、一瞬で砕けたわよ!? 本気でやってるのカルニ?」
「やってるわよ! この前はこんなに簡単に砕けなかったのに…なんでぇぇ?」
「怪我させられて怒ってんじゃねぇか?」
「「 え? 」」
後光が差すミーシャに振り向かずに反応するルドルフとカルニ。
「いやだから、前回はカルニ達に尻尾取られて、さっきはルドルフに爆撃されてよ。
怪我させれて怒ってんじゃねぇかって」
当然の理を説くミーシャ、後光が眩しすぎてシルエットしか見えない。
「「 あぁ~なるほど 」」
納得するルドルフとカルニもモギから見るとシルエットである。
「とにかく出来るだけ足を止めろ! 追いつかれるぞ!」
バトーの声が光の向こう側から聞こえるが姿は確認できない。
「おらー! これでも食らいなさいよ!」
「尻尾取ったくらいで怒るんじゃないわよ! このー!」
木々を薙ぎ倒し砂塵を巻き上げ迫るモギに、ルドルフとカルニが炎魔法をぶつける。
爆発が起こる度にモギの足が緩まり、その都度怒り狂って速度が増す。
馬車に近寄っては離れるモギ。
「草原に着くぞ! もうだけ少し耐えてくれ!」
バトーの声が聞こえた瞬間、モギが勢いを増し大口を開けて荷台を嚙み砕こうと迫る。
「俺が相手する全員伏せろ!」
荷台の3人が伏せ、ミーシャが斧を振り荷台の幌を吹き飛ばした。
「カルニ馬車を強化しろ! であぁぁぁ!」
カルニの杖が光ると同時にミーシャが斧を振り、モギの上顎の牙に思いっきり叩きつける。
モギの牙が砕け、反動で荷台が四散する。
荷台の4人は宙に投げ出された。
「着いたぞ! 全員無事か?」
走り去るポニ爺、馬車から飛び降り安否を確認するバトー。
「俺は無事だバトー!」
「私も無事よ!」
草むらから姿を現すミーシャとルドルフ。
バトーが再度呼びかける。
「カルニ! マツモト! 返事しろ!」
「私は無事よ! でも、マツモト君が…マツモト君が食べられちゃったわ!」
「「「 なにぃぃぃ!? 」」」
姿を見せたカルニの報告で戦慄が走った。




