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56話目【ウルダ祭 29 バトー対アクラス】

ウルダ祭3日目『ミノタウロス祭』

全ての1回戦が終了し、2回戦が始まる。

2回戦1試合目は前回チャンピオンのアクラス対、一般参加者のバトー。



テラス席では松本とルドルフの静かな攻防が行われていた。

2人の間には皿が1枚、キノコが1つ残っている。

キノコをフォークで狙う松本。

皿を動かしキノコを死守するルドルフ。


「ルドルフさん、1回戦のチャンピオンって凄かったんですよね?

 俺、ポテト取りに行ってて、チャンピオンが槍振ってるところ見てないんですよ」

「腕は良さそうだったわよ、3振りで決着だったし」

「へぇ~、始まる前にカルニさんと話してた感じだと性格も良さそうでしたけど…」

「…どうしたの急に?」

「いや、アクラスさん…あのチャンピオンの人ですね。

 Sランクになりたいけど、カルニさんが推薦状書いてくれないんですって。

 腕はカルニさんも認めていて、性格も問題無さそうなんですけど、どうしてですかね?」

「ふ~ん、カルニは他に何か言ってなかった?」


人差し指を向け、松本に顔に小さな水玉を飛ばす。

松本が避ける隙に、最後のキノコをフォークで突くルドルフ。


「えーと、確か…アクラスは順調に行き過ぎている、本当の危機に直面してことが無い…

 とかなんとか」

「なるほどね。恐らく、そのアクラスは器用なのよ。しっかりした冒険者なんだと思うわ」

「はぁ…」


頬杖を付きながら、フォークに刺さったキノコを松本の前でクルクル回すルドルフ。

松本の目線もクルクルと回る。


「いいマツモト? 冒険者になったら、まず自分の命を大切にすることを教わるの。

 依頼を受ける時は無理しない。自分の力量を把握して依頼を選ぶ。

 自分一人で無理ならチームで行動する。死んだら意味ないし、ギルドとしても損失でしょ?」

「たしかに」



正しい考え方だと思う。

俺もゴンタにそう伝えたし、バトー達も俺に似たようなことを言っていた。

『ミノタウロス杯』の近接戦もその意味合いがあるだろう。

武器や防具は壊れたら替えが効くが、人はそうはいかない。

同じ人間は存在しない、同じことを経験しても同じように成長はしないのだ。

何より人間は成長が遅い生き物だ。

猫や犬は2年もすれば成体になるが、人間は20年近く掛かる。

知識や経験を積むのにも数年掛かるだろう。

人材を大切にしないと組織は崩壊するのだ。



キノコを頬張るルドルフ。

モグモグと口を動かしながら、キノコの消えたフォークを振る。

フォーク片手に肩を落とす松本。


「まぁ、大抵の冒険者は無理して痛い目に合うんだけど、

 アクラスはきっちり守れるタイプなんでしょ。 

 自分の力量を把握して、無理のない選択でAランクまで上り詰めた。

 依頼をきっちりこなせる良い冒険者ね」

「…とても良い人材だと思いますけど?」

「Aランクまでなら完璧ね。でも、Sランクじゃ足りないのよ。

 Aランクまでの冒険者は基本的に自分で依頼を選ぶ。

 依頼内容は子供でも出来るお使いとか、害獣の討伐とか、自分が失敗しても

 他の人が解決してくれるような物よ。

 でも、Sランクになると直接依頼されることもあるわ、今回の私とミーシャみたいに。

 依頼内容も人命に関わる物や、危険を伴う物が多くなる。

 自分の命が危険でも逃げる訳にはいない場合もある。

 Sランクの依頼は危険度、重要性、責任が大きいの。無難じゃ務まらないのよ、

 カルニがアクラスに求めているのは、その辺りなんじゃない?」

「勉強になります」




ステージ上にアクラスとバトーが上がる。

会場からはアクラスコールが沸く。

槍のアクラスと剣と盾のバトーがステージ中央で向かい合う。

バトーは1回戦とは違い、大人用の剣と盾を持っている。

ミーシャのバトルアックスの様に特注品ではなく、その辺で売っている既製品である。


「バトーさんでしたっけ? 先程の試合は見事でした。今回は剣と盾を持って来たんですね」

「宿屋に取りに行って来たよ。その槍が相手だと木製の剣と盾じゃ耐えられないからな」

「ははは、賢明な判断です。聞けば元Bランクの冒険者だそうですね、

 先ほどの試合を見るに私と同じくらいの実力はありそうです。

 手加減は出来そうにありません」

「お手柔らかに頼むよ」


にこやかに話すアクラスとバトーに見かねたカルニが割って入る。


「アクラス、認識が甘いようだからはっきり言うわよ。

 バトーは確実にあなたより強いわ、Sランクのミーシャと同等だと思いなさい」

「本当ですか!?」

「嘘だぞ」

「ちょっとバトー黙ってて」


カルニの真剣な声に目を丸くするアクラス、シュンとするバトー。


「アクラス、本当にSランクを目指しているのよね?」

「もちろんです!」

「なら、死ぬ気でバトーと戦いなさい。

 あなたは間違いなく優秀よ、性格も問題ない。ウチのギルドの自慢の冒険者。

 だけどあなたは優秀過ぎて危機に直面した経験が殆どない。

 極限の状況での判断力、行動力、心構えその辺りがあなたには欠落している。

 この1戦で学びなさい」

「分かりましたカルニギルド長」


笑顔で返答するアクラスをカルニが睨みつける。


「まるで分かっていないわね…私が止めなければ確実にバトーはあなたを殺すわよ」


普段温厚なカルニが見せたことのない凄み、アクラスはたじろいだ。


「カルニ、俺はそんなことしないぞ?」

「アクラスの為よ、本気でやって頂戴」

「いやお前…」

「私からも是非ともお願いしたい!」


先程まで笑顔ではなく、真剣な顔のアクラス。


「恥ずかしながら、カルニギルド長がそこまで言われる意味が私にはまだ理解できていない。

 この試合で学びたいのだ」


アクラスの目を見ながらポリポリと頬を掻くバトー。

真剣な目を見てにっこり笑う。


「分かった、本気でやるよ」

「よろしく頼む。私も全力で挑ませて頂く」

「いい2人共、普段なら止めるような攻撃も今回は止めないわ。下手したら死ぬわよ」

「いいのか?」

「よろしく頼む」

「それじゃ始めるわよ」



アクアスとバトーが距離を取り試合が開始される。


「それでは試合開始ー!」


観客の歓声はステージ上の2人には届いていない。

槍を下段に構えるアクラス、左手の盾を上げ上半身を隠すバトー。

動かない2人、張り詰めた糸のような緊張感を感じる。

糸を切り、先に仕掛けたのはアクラス。


「ハッ!」


アクラスが素早い2連突きを放つが、バトーは逸らさすに正面から止める。

防がれたアクラスは内心驚いていた。

片手で支える盾が微動だにしていない、まるで岩を突いたような強固さを感じる。

攻撃した側のアクラスは、カルニの言っていたことが誇張ではないと理解した。


「ハァ!」


左手に持つ盾が防ぎ難いバトーの右側から槍を振るアクラス。

バトーが剣を右に振り、迫る槍を弾く。

弾いたバトーは前進し間合いを詰めるが、アクラスが離れる。

格上のバトーに槍の間合いの内側に入られると太刀打ちできない。


アクラスが扱う槍は全長約2メートル、間合いは2~2.5メートル前後。

バトーが扱う剣は全長約70センチ、間合いは約1メートル前後。

この1~1.5メートルの間合いの差がアクラスの生命線である。


「ハッ!」


盾が守っていない左足を狙い槍を突く、バトーが盾を下げ防ぎに行く。

盾の動きを確認し槍の方向を上段へ変えバトーの顔を突きに行くアクラス。

前進しながら槍を避けるバトー、顔の右側を槍が掠る。


「セヤァ!」


突き出した槍をそのまま横払いし、バトーの頭を打ちに行くアクラス。


「なっ!?」


バトーは剣を離し右手で槍を掴んだ、アクラスが咄嗟に槍を引く。

引く槍に合わせて前進するバトーを見て、アクラスが距離を取ろうとする。

逆にバトーが槍を引き、一瞬で間合いが詰められた。

槍が軽くなったと思った瞬間、アクラスの顔にバトーの拳がめり込んだ。


ステージの上を2度跳ね止まる。

槍は2メートル程離れた場所に転がっている。

左手をステージに突き何とか上半身を起こすアクラス、

顔を抑えている右手の隙間から鼻血滴る。


「まだ終わってないぞアクラス、死ぬなよ」


ハッとし声の主を見るアクラス。

この試合で始めて声を発したバトーは盾と剣を構えていた。

未だ立ち上がれないアクラスに対し、試合開始時と何ら変わらない全力の構え。

異常な威圧感がある。


武器を持たず、抵抗の出来ないアクラスに対し無言で剣を振り下ろす。

アクラスは必死に避け、バトーの剣はステージを叩いた。


「ヒッ…」


槍を求め、ステージを膝立で這うアクラスにバトーが迫る。

手を伸ばし槍を取ろうとするアクラスの腹をバトーが盾で突きあげた。

ミシッ…と、骨が軋む音が聞こえた。


「ゴフッ…」


鼻血と涎を撒き散らしながらステージに転がるアクラス。

肋骨が折れ、息をするたびに激痛が走る。

戦意を喪失し、手元に落ちている槍を握る事が出来ない。

凄惨な光景に口を開く観客はおらず、会場は静まり返っている。


「ハッ…ハッ…ハッ…」


痛みで大きく息を吸えず、細い呼吸を繰り返すアクラスに絶望の声が届く。


「まだ終わってないぞアクラス、死ぬなよ」


怯えた目で見上げるアクラス、バトーは盾を上げ剣を構えている。

元々実力差があるうえに、既に瀕死の相手に対しても一切手を抜かない。

盾の後ろに見える金髪と鋭い眼光に、アクラスは金獅子を見た。


倒れるアクラスに無言で剣を振るバトー。

避ける気力の無いアクラスに命中した剣は甲高い音を立てた。


「戦闘不能と判断し強化魔法を掛けました! 試合終了です!」


カルニの強化魔法を掛けられアクラスは安堵した。

歓声は黙り静まる会場に拍手が響く。

観覧席から拍手送るのはロックフォール伯爵とデフラ町長。

促され観客は拍手を送った。


「大丈夫か? アクラス。回復するから動くな」


起き上がろうとするアクラスを制止し、回復魔法を掛けるバトー。


「すまない…私は…」

「武器を無くし動けなくなった時、怖かっただろ?」

「…あぁ、初めて実際に死ぬと思ったよ。止められなければ確実に死んでいた…」

「俺も何回も経験がある。数か月前も死にかけた」

「あなた程の人が!?」

「そうだ、いつだってある。いつだって起こりえる」

「…どうすればいいのだ?」

「諦めないことさ。アクラス、さっき諦めただろ?」

「…あぁ。試合だという甘えもあったのだと思う」

「あそこで槍を持って立てたら、少しでも可能性があった筈だ。

 命を掛けている以上、諦めたらそこで終わりだ」

「勉強になったよ、ありがとうバトーさん」

「まだ無理するな、肩貸してやる。ステージを降りるぞ」

「ありがとう」


肩を貸しステージを降りる2人。

その様子を見て観客から声援が送られた。

カルニは満足そうだった。


「是非ウチの主人の元に!」

「いえいえウチの…」

「俺にも稽古つけて下さーい!」

「馬鹿! さっきの見ただろ、アクラスさんが瀕死だったんだぞ!

 命がいくつあっても足りねぇよ」

「た、確かに…」



疲れた顔したバトーがミーシャの所に戻って来た。


「バトー、試合より疲れたんじゃないか?」

「試合もそれなりに大変だったぞ。しかし、勘弁して欲しいな…」

「そりゃAランク冒険者のチャンピオンを叩きのめしたんだ、ほっとかないだろうよ」

「カルニに頼まれただけなんだがな…ミーシャ変わってくれよ」

「俺はチャンピオンに勝って無いからな、変わってやれねー」

「いや、変われるだろSランクだろお前…」

「まぁ、気にするなバトー、パン食うか? マツモトが持って来たんだよ」

「お? マツモトのパンか、半分貰うよ」

「旨いよな、このパン」

「最近、特に旨くなったんだよ」


パンを齧り2人は頷いた。


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