55話目【ウルダ祭 28 ミーシャ対ステラ】
モントに勝利したエリスはステージを降り、カルニ軍団に胸を張っている。
「どう、これが私の実力よ!」
「ビシッと決めたわねエリス!」
「流石よエリス、訓練した甲斐があったわね!」
「カルニ姉さんはなんて言ってた?」
キリっとした顔になり髪を耳に掛ける仕草をするエリス。
本人はカルニの真似をしているつもりらしい…
「『凄かったわ、また強くなったわねエリス』」
「「「「 キャ~~! 」」」」
黄色い悲鳴を上げクネクネするカルニ軍団。
因みにカルニはキリっともしていないし、髪を耳に掛ける仕草もしていない。
カルニ姉さんフィルターを通しているカルニ軍団だけに見える幻想である。
「次はステラの試合でしょ? 頑張るのよ!」
「相手はSランクのミーシャさんでしょ? 胸を借りるつもりで行くのよ」
「カルニ姉さんが言うには相当強いらしいわ、ギルド長になる前に一緒に冒険者やってたとか…」
「ミーシャさんてどんな人なの?」
「どうなのシグネ? Sランクがいるって言って見にいってたでしょ」
シグネに3人の視線が集まる
「私が見たのは大きくて厳つい男の人と、赤髪の女の人だったわ。
女の人は杖持ってたから私達と同じ魔法使いよ」
「Sランクの2人って確か…ミーシャさんとルドルフさんだったわよね? シグネ、どっちがミーシャさんよ?」
「女の人だと思うわ、だって男の人はモヒカン三つ編みに髭よ?」
「その見た目でミーシャは無いわね、ルドルフの方かしっくりくるわ…」
シグネの予想に頷く頷くカルニ軍団。
「『不屈のミーシャ』なんて呼ばれてるらしいわよ~。カッコいいわねぇ」
「女性の魔法使いで『不屈』なんて字名が付くなんて相当根性あるわよきっと…」
「カルニ姉さんより近接戦上手いのかしら?」
「姉さんは『防御のカルニ』よ? 同じ魔法使いなら負けないわよ!」
「そうよ! カルニ姉さんは最強にして最高なのよ!」
「でもカルニ姉さんが相当強いって言ってたのよ? 普通じゃないのよきっと」
「確かに…姉さんが認める程に強いのは間違いないわね」
「「「「う~~ん…」」」」
眉を寄せて悩むカルニ軍団。
「次の選手はステージに上がって下さい!」
次の試合は開始する為、カルニが選手を呼び出している。
「とにかく、やれるだけやって来るわ。Sランク冒険者に相手して貰える機会なんて滅多にないもの!」
「頑張るのよ~」
「一矢報いるのよ~」
「骨は拾ってあげるわ~」
杖を握り締め、気合を入れたステラがステージに上がる。
ハンカチを振って見送るカルニ軍団。
ステラがステージに上がると反対側から、モヒカン三つ編み顎鬚の大柄な男が姿を現した。
手にはバトルアックスが握られている。
全長180センチ程ある両刃の大きな斧だが、ミーシャが2メートル近くある為、
本人が持つとそこまで大きく感じない。
ステージで向かい合うステラとミーシャ。
ステージに立てられたミーシャの斧は身長160センチ程のステラと比べると随分と大きい、
観客から驚きの声が聞こえる。
「デカー!? なんですかあの斧、対戦相手の女性と同じくらいありますよ!?」
「ミーシャが持つと小さく見えるでしょ? 正式名称『月熊の爪』。
通称『熊の手』って呼ばれてるバトルアックスよ」
「月熊? ムーンベアーですか? 確か腕の一振りで木をなぎ倒すとか…」
「そうそう、よく知ってるわねマツモト」
「俺の家の近くでたまに出没するんですよ、この間バトーさん達が討伐してくれました。ほらこれ」
胸から下げたムーンベアーの爪を見せる松本。
野菜炒めを食べる手を止めルドルフが呆れる。
「あんた、よくそんな場所に住んでるわね…ムーンベアーって結構危ないのよ…」
「あははは…」
熊どころか、隣の池にはワニと全裸の青年も住んでるぞ…無害だけど。
「王都の鍛冶屋に保管されてたのをミーシャが貰ったの。
ムーンベアーの1撃を人の手で再現するために作られたらしいんだけど、
重いしデカいしで、誰もまともに扱えなかったのよ」
「そりゃそうでしょう…この前のムーンベアーは3メートル以上ありましたからね」
「なにそれ、デカすぎ…普通は2メートルくらいよ?」
松本、バトー、ゴードンが討伐したムーンベアーは森の絶対王者だったのだ。
2撃で仕留めたバトーとゴードンの強さが伺える。
「流石ミーシャさん、そんな斧扱えるなんて凄いですね」
「片手で振るわよ、実際に木を1撃で倒すもの」
「…ポッポ村で木こりやってくれないですかね」
ポッポ村の主力産業は木工なのだ。
「あのーもしかして刃の部分を覆っても意味ないのでは?」
「意味ないわね、本気で直撃したら確実に死ぬわ」
「えぇ…」
「安心しなさい、ミーシャはそんなことしないわよ」
因みに刃の部分の被せ物はカルニの強化魔法で保護されており、簡単には壊れない仕組みになっている。
カルニがいないとウルダ祭は木剣のみになってしまうのだ。
ステージ上のステラは目の前の大男を見上げて困惑していた。
背後を振り向くと3人のカルニ軍団が肩を抱きガタガタと震えてる。
「ちょっとオリー…」
「こっち見ないで! 前見なさいよ始まるわよ!」
両手で目を覆うオリー。
「エリス!?」
「…」
エリスは口を手で塞ぎ目を伏せている。
「ちょっとシグネー! どういうこと!?」
「知らない知らなーい! 私に聞かないで!」
耳を抑え左右に首を振るシグネ。
「あ、あのカルニ姉さん…この方はルドルフさんですよね?」
ステラの質問に首を振るカルニ。
手で指し示しステラにミーシャを紹介する。
「この方はミーシャ。Sランク冒険者『不屈のミーシャ』さんです」
カルニの説明を受け、再びカルニ軍団に振り返るステラ。
現実を受け入れられない、受け入れたくない顔をしている。
「こっち見ないでステラ! 前向いて!」
「そうよミーシャさんに失礼よ! 前向きなさい!」
「骨は拾ってあげるわステラ! だからこっち向かないで!」
ガタガタと震えるカルニ軍団。
ギギギ…と音を立てミーシャを見るステラ。
「俺が『ミーシャ』だ、よ・ろ・し・く・な」
ミーシャが片手を差し出し、笑顔で自己紹介する。
「はわぁ~…」
ミーシャの手を握り握手するステラ、手から感じる圧で口から魂が抜けた。
「っはははは! ミーシャお前っ…っはっははは!」
「はっははっは! やっぱりミーシャね! っはっはは!」
バトーとルドルフが笑い転げている。
観覧席ではロックフォール伯爵とデフラ町長が無言で頷いている。
「笑い過ぎだろバトー。お前このネタ好きだな…俺は毎回だから慣れちまったよ」
髭を触りながら目を細めるミーシャ、達観している。
「ほらステラ、戻ってきなさい。始めるわよ」
カルニがステラの肩を揺らすと抜けた魂が戻って来た。
「ステラ、ミーシャと戦える機会は貴重なんだら。分かってるの?」
「は、はぃぃ! ミーシャさんよろしくお願いします!」
「おう、いいぞ!」
緊張した顔のステラと斧で肩をトントン叩くミーシャが向かい合う。
「それでは試合開始ー!」
「でやぁぁ!」
「ほいほい」
ステラが振る杖をヒョイヒョイと避けるミーシャ。
避けながら斧で肩をとトントンしている。
大柄なのに素早い身のこなしに驚く観客。
「だぁぁぁ!」
「ほっ、いい攻めだ。そろそろ攻撃するぞ~避けろよ~」
攻撃の合図としてステラが振る杖を2回防ぐミーシャ。
片手で斧を振る。
「ほっ」
ブォン…
「ヒェッ…」
ステラの頭上を斧が音を風切り音を立て取り過ぎた。
硬直し杖を落とすステラ。
「ほっ」
ブォン…
「ヒャ…」
ステラの左を縦に斧が通り過ぎ、ステージに当たる前に止まった。
硬直して動かないステラ。
「ん? ありゃ、おーいカルニ」
「どうしたのミーシャ?」
ミーシャが斧で肩をトントンしながらステラを指さす。
カルニが確認すると、ステラは口から魂が抜け、真っ白になっていた。
「立ったまま失神してるわね…」
「やり過ぎたか?」
「そんなことないわ、いい勉強になったでしょ。ちょっとあんた達ー!」
カルニ軍団を手招きするカルニ。 ステラは運ばれてステージを降りた。
「試合終了ー! 失神しましたので、Sランク冒険者ミーシャの勝利です!」
カルニが試合終了を宣言する。
「わざわざ名前言わなくてもいいんじゃないのか?」
「ミーシャとルドルフは皆間違えるからね、これで覚えるでしょ」
「そうかね?」
ステージを降りたミーシャの元には、Sランクを聞きつけたスカウトが集まっていた。
「いや、俺は今依頼中でな…」
「依頼が完了しましたら是非とも我が主人の元に…」
「いやいや、是非我が主人の元に…」
「ウチのチームに入って貰えませんか!」
「馬鹿! Sランクの人が下のチームに入る訳ないだろ! 失礼だぞ!」
「すみません…」
疲れた顔したミーシャがバトー所に戻って来た。
「ミーシャ、試合より疲れたんじゃないか?」
「ありゃ試合じゃなくて指導だな。勘弁してほしいぜ…」
「まぁ、Sランク冒険者に会う機会なんて中々無いからな。向こうも必死なんだろ」
「あいつ等ランクに釣られて来ただけだろ…バトー変わってくれよ」
「俺はBランクだからな、変わってやれんな」
「ランクなんて大して意味ないってのによ、カルニの気持ちは有難いが面倒が増えたぜ」
「そういうなよ、カルニも良かれと思ってやったんだ。ミーシャ芋食うか?」
「お? ありがてぇ」
「甘いだろ?」
「甘くて旨いな!」
焼き芋を齧り2人は笑った。




