53話目【ウルダ祭 26 バトー対ベルク】
「ポテト持ってきましたよルドルフさん、塩多め、どっちゃりチーズトッピングです」
「気が利くじゃないマツモト! 子供なのに酒の肴が分かってるわね」
「ふふ、もう少し年取ったら味の染みた物が好きになりますよ」
ニヒルな笑みを浮かべる松本。
「なに子供のくせに気取ってんの、あんた時々爺臭いわよ、ジジモト」
なんとでも呼ぶがいい、小娘よ。
歳取ると油物は体が受け付けなくなるからな、
今のうちに好きなだけ食べておくんだぞ、ルドルフ。
精神年齢中年の松本、いやジジモト。
「あれ? チャンピオンの試合終わっちゃったんですか?」
「さっきね、なかなか見事な槍捌きだったわよ」
「見逃がしちゃいました、残念。 でも次はバトーさんの試合ですよ」
「見なくても勝つわよー、ミーシャ以外に張り合える奴なんていないでしょ」
「それでも俺は楽しみですね」
バトーの試合よりどっちゃりチーズポテトのルドルフ、松本は手すりに張り付いている。
「次の選手、ステージに上がってください!」
カルニの案内で冒険者とバトーがステージに上がる。
若い冒険者は剣と盾、つま先から兜まで全身防具で固めている。
剣に被せ物がされているだけで、そのまま魔物討伐に行けそうなフル装備である。
一方、バトーは『ヒヨコ杯』で使用されていた木剣と盾、子供用で小さい。
服装はポッポ村でお馴染みの布の服。松本と旅をしてきた時と変わらない、庶民の私服、防具ではない。
見た目だけで判断すると冒険者と一般人、その辺の観客が参戦したような場違い感がある。
「なんか地味な見た目ねぇ…防具なかったのかしら?」
「腕自慢の一般参加者だろ?」
「あれ子供用だろ? 持ってなかったのか?」
観客から不思議がる声が聞こえる。
「なーっはっは! おいバトー、地味過ぎて一般人って言われてるぞ!
剣と盾はどうした? それ子供用じゃねぇか! なーっはっはっは…」
バトーの後ろでミーシャが笑い転げている。
「笑うなミーシャ! 宿屋に忘れて来て子供に借りたんだよ!
それに俺は冒険者は辞めてるから一般人で間違いないぞー」
「元Bランク冒険者だろ、ランクなんて当てにならんがな。
にしても場違いな格好だな、なーっはっはっは!」
「笑い過ぎだ! 別に攻撃できれば子供用だろと変わらんだろ、まったく…」
笑い転げるミーシャとステージを挟んだ反対側、対戦相手と冒険者仲間が話をしている。
「おいベルク、あのふざけた相手は元Bランクらしいぞ、お前と同じだ」
「ランクが違うだけでお前の強さはアクラスに匹敵するんだ、格の違いを見せつけてやれ」
「あぁ、俺達の目的はアクラスを倒してチームの名を挙げることだ。 あんな雑魚に構ってられるかよ!」
身の程知らずな発言である。
「はいはい、ミーシャ黙って。選手は中央に寄ってください!」
カルニの要請で中央によるバトーと冒険者。
「それでは試合開始ー!」
試合開始が開始されると、若い冒険者ベルクがバトーに剣を向ける。
「おいオッサン、俺はベルクってんだ。 あんた名前は?」
「ん? バトーだ、よろしくな!」
「よろしくじゃねぇよ、俺達の目的は次の試合でチャンピオンのアクラスを倒して名を挙げることだ。
一般人のオッサンに構ってる暇はねぇんだよ!」
「ほう、威勢がいいな。嫌いじゃないぞ、実力があればだかな」
ベルクの悪態に笑って返すバトー、大人の余裕が見える。
「なーっはっはっは! そこの若いのー気を付けろー、油断すると死ぬぞー」
威勢のいいベルクに場外からミーシャが声援を送っている。
「っけ、何が気を付けろだよ。俺達は今ウルダで一番勢いのあるチームだぞ、負ける訳ねぇだろ」
「はは、気にするなベルク。それよりこないのか?」
「んじゃ、さっさと終わらせるか。 死んでも文句言うなよオッサン」
「言わないさ」
「オラァ!」
踏み込み上段から剣を振り下ろすベルク、盾で受けるバトー。
「オラオラオラオラァ! 防いでばっかじゃ勝てねぇぞオッサン!」
猛攻するベルク、勢いに乗っていく。 盾で受け続けるバトー。
「決まったな、あの状態になったベルクは止められないからな」
「いずれ力負けして終わりだ、カルニギルド長が止めないと死ぬかもな」
「まぁ、その覚悟があって参加したんだろ。現役の冒険者を甘く見たオッサンが悪い」
ベルクの冒険者仲間は勝利を確信し、防戦のバトーに呆れている。
いつもの必勝パターンに入り猛攻するベルクは、
バトーの立ち位置が一歩も変化していないことに気が付いていなかった。
「ベルク、一人で危険な魔物と戦ったことあるか?」
「なんだ余裕ありそうだなオッサン!」
「人としか戦ってないんじゃないか? 魔物相手に足を止めて一方的に攻撃できる機会なんて殆どないだろ」
「オッサンは人だろ、反撃も出来ないヤツが何言ってんだ!」
「いいか? 今から反撃するから、ちゃんと受けろよ?」
「やれるもんならやっ…ガハッ!?」
直後、猛攻していたベルクが弾け飛んだ。
ステージ上に倒れ左脇腹を抑えながら苦悶の表情を浮かべている。
観客やベルクの仲間は何が起こったか理解出来ておらず言葉を失っている。
ミーシャ、ルドルフ、カルニ、アクラス、松本だけが事態を正しく理解していた。
バトーは振り下ろされる剣を盾で外側に弾き、ベルクの右半身を開かせ右から剣を振った。
ベルクは盾を持っていたにも関わらず微塵も反応できず、左脇腹に直撃を受け弾け飛んだ。
一瞬の出来事である。
酒場のテラス席では松本が驚愕していた。
すげぇ…無駄な動きが一切ない。
しかも一撃で人があんなに飛ぶのか、現実味がないな…
1度体感していたから何とか理解できたが、あの冒険者はどうだ?
何が起こったかちゃんと理解できているのか?
「バトーさんの技って、実戦で見るとあんな感じなんですね」
「へぇ~よく分かったわね、やっぱり感がいいわよマツモト」
「俺は1回体験してますからね」
「何回体験しても駄目なヤツは理解できないわよ」
「確かに…」
「ベルク! おいベルク! どうした!?」
「何があった!? 大丈夫かベルク!」
「何やってんだ! 早く立て攻撃されるぞ!」
ベルクの仲間が声を上げるが中々立ち上がれないベルク、息をするのも辛そうだ。
「あ~あ、言わんこっちゃねぇ。大丈夫かー?」
ミーシャは呆れている。
「大丈夫かベルク? ちゃんと防げって言っただろ…」
「ゴホッ… ゴホッ… お前…何しやがった…?」
「なんだ理解できなかったのか、お前の攻撃を防いで反撃しただけだ。
お前そんなんじゃ早死にするぞ…」
ヨロヨロと立ち上がるベルク、目はまだ死んでいない。
「ハァ… ハァ… まぐれ当たりで調子に乗るなよ…オッサン。
俺はBランク冒険者のベルクだぞ、偉そうに説教するんじゃねぇ」
「お、まだ威勢はいいな。やれるのか?」
「当り前だ…」
「回復してからでいいぞ、ベルク」
「舐めやがって、後悔させてやる」
回復したベルクが前に出て、構えた盾をバトーに盾に押し当てる。
バトーの盾が上がらないように押さえつけ、無防備になった首に剣を振り下ろす。
「っほ」
バトーが力を込め盾を押し返し、右から振る。
自分で押し付けた盾が間に合わず、ベルクの左脇腹に再び剣が直撃した。
「ガハッ!?」
ステージ上で転がり苦悶の表情を見せるベルク、数分前の焼きまわしである。
力量の差は誰が見ても明らかだった。
「ベルク、攻撃もいいが防ぐことを学べ。
例え一撃でも直撃すれば死ぬと思わないと魔物の相手はできないぞ」
「ゴホッ…何を…」
「多分、お前一人で魔物と戦ったことないだろ?
攻撃力、耐久力、体格、行動、全て人間以上なんだぞ魔物は。
あとお前は攻撃が軽い。上半身だけで振っても駄目だぞ、下半身をしっかり鍛えるんだ」
「何言って…」
「ほら立て、最後に俺から攻撃してやるから理解しろよ。まだお前は攻撃も防御も未熟だ」
ベルクの腕を引き立たせるバトー。
ベルクが回復すのを待ち構える。
左手の盾を上げ体を隠し、左足を前に出し少し前傾姿勢になる、守りを重視したバトーの構え方である。
右手の剣の位置は決まっておらず、臨機応変に変える。
スパルタ人の戦い方を想像して貰えばよい。
「攻撃するぞ、盾を構えろベルク」
「…くそっ…」
自身が劣っていることを理解し、悪態をつきながら盾を構えるベルク。
「いくぞ、ハァッ!」
「グァッ…!?」
一瞬で踏み込み、下半身を使った一撃を放つバトー。
盾に受けたベルクは弾け飛び、観客席前の透明な壁に激突し場外に落ちた。
カルニが強化魔法で保護したため怪我は無かった。
「リングアウトー! 決着です!」
カルニの声が会場に響く、人間が木の葉のように宙を舞う、
現実離れした光景に驚き静まりかえる会場。
ベルクの仲間も唖然としている。
「いいぞーバトー。次はちゃんと剣取ってこいよー!」
ミーシャの揶揄う声が聞こえる。
ステージを降りたバトーは少年に借りた剣と盾を返却している。
「ありがとう、助かったよ」
「オジサン凄いんだね!」
「はは、そうだろ! あのオジサンも凄いぞ~」
キラキラした目て見る少年に胸を張りながら、ミーシャを指さすバトー。
気が付いたミーシャも胸を張っている。
「ルドルフさん…人間てあんなに飛ぶんですね…化け物ですよ」
「そうよ、バトーもミーシャも化け物よ。 Sランク冒険者って大体普通じゃないんだから」
同じくSランク冒険者のルドルフも普通ではないのだ。
連日朝から飲み続けているルドルフの肝臓も普通ではないのだ。




