5話目【焼きたてパンは懺悔の後に】
新しい食パンを開封し2枚セットする子供達。
ジジジジジ…
チンッ!
シァッ!
トースターを囲む3人を香ばしい香りが包む。
「俺は後でいいから、2人が先に食べなさい」
「あつあつだ~」
「いいにおいがする~」
焼けたパンを子供達に配り男はトースターに手伸ばす、
1度に焼けるのは2枚ずつ、これがこのトースターの決まりである。
「ジャムとって~」
「おいしそ~」
ジジジジジ…
聖母のような眼差しで無邪気な子供達を優しく見守りながら、
コーヒーの香りを楽しむ、ゆっくりとした時間が流れている。
ジジジジジ…
チンッ!
シァッ!
新しく焼けたパンを皿に取る男を2つの眼が見上げていた。
「あの~私もパンを頂いてもよろしいでしょう…」
「駄目だ」
静かに重く憤怒に満ちた声が足元で正座する女性の言葉を遮った。
テラス席のパラソルの下、3つの椅子の一角にマリアとサタンが同居している。
「パンを、私にも焼きたてのパンを!」
「パンが食べたければ自分の口から語るのだな、いったい何をしたのかを、な!」
「べ、別に何もしてませんけどぉ?」
ギュルルルル…
サタンから目を逸らす女性の腹で虫が鳴いている。
既に子供達から真実を聞いているのだが、あくまでも自供を求めるサタン。
「ほう…いつまで…強がって…いられるかなぁ?」
そういうとサタンは銀色の四角い包み紙を開き、取り出したモノをパンの上に置く、
薄黄色の個体はパンの熱で液体へと変わり、芳醇香りを漂わせながら染み込んでいく。
「っく…はぁ…はぁ…はぁ…」
鼻孔を刺激され荒い息を漏らす女性、
心では駄目だと分かっているが染み行くパンから目を離すことができない。
女性の耳元でネットリとサタンが囁く…
「ほぉら…望めば届く距離にあるというのに…何を…ためらうのかね?」
「はぁ…はぁ…駄目…駄目よ私…耐えるのよ…」
息を飲む女性の額を汗が流れる。
「もう一枚たべたい~」
「次のパン焼こ~」
サタンと女性の後ろで子供達が次のパンを焼こうとしている。
「おやぁ? たしかパンは6枚切りだったはず…子供達が2枚ずつ…私が1枚…とするとこれが…」
サタンがパンの耳に手をかけ左右にゆっくりと引く…
「最後の…1…枚」
小麦色の表面が割け、内側から弾力のある純白と濃厚に香る黄色が姿を現す。
「私がトースターを落として、回収ボタンと間違えて爆破ボタンを押しましたー!」
バターパンの誘惑に神?は屈したのだった。
つまりは、
いつも通りテラス席でパンを食べようとしたのだが、
神?がコードに引っ掛かって転んだ拍子にトースターが下界に落ち、
焦って回収ボタンを押したのだが、間違って隣の爆破ボタンを押してしまい、
下界でトースターが爆発した結果、巻き込まれた松本も爆死したそうな。
神(自称)は本当に神様だが、全知全能の神ではなく普通の神様。
子供達は天使。
今回の件がバレると怒られるため、とっとと書類にサインさせ闇に葬ろうとした。
というのが事の真実でる。
控えめに言ってポンコツである。
「おいポンコツ神よ、生き返れないのか?」
「何よ偉そうに私は神よ、敬いなさいよ! パン美味しっ」
「(こんのポンコツ神がぁ…美味しそうにパン食べおってぇぇ…)」
松本は下唇から流血した。
「出来たらこんなことしてないわよ、1度試したけど駄目だったわ、
爆発した部屋と体は修復されたけど、天界に来ちゃった魂を戻せなかったのよ、ちょっと来なさい」
部屋に戻り机のモニターをこちらに向る神、前山の部屋が映っている。
「松本! 起きろ松本! 松本ぉぉぉ!」
松本の両肩を前後に振る前山。
「起きろって言ってるだろうがぁ! おいぃぃぃ!」
松本に馬乗りになり往復ビンタする前山。
「ちょ、ちょっとぉぉ!? やめて前山、俺のライフはゼロよ! ていうか魂ここよ!」
「そうよ、もう死んでるからゼロよ」
「「 ゼロです 」」
「そこぉ! 静かにしてぇ!」
食べ終えた天使達も後ろで観戦中である。
「ちょっと神よ、これ何とかならないの?」
「だから生き返れないって言ってるでしょ、まぁ話くらいならできるけど」
「できるんかい! それでいいから今すぐ用意してぇぇ!」
グルグル…グルグル…
神が黒電話を回し受話器を渡す。
「前山…前山…聞こえますか? 今、あなたの頭に直接話しかけています…」
「ん? なんだこれ松本か?」
「その手を放しなさい前山…」
「腹話術か? ふざけてんじゃねー松本ぉ! おらぁぁ!」
ビンタの勢いが増した。
「やめろって言ってるだろうが前山ぁぁぁ!」
「な、なんだ? どうなってるんだ気持ち悪っ!?」
「いいか前山よく聞け、そこの俺は既に死んでいるのだ」
「何言ってんだお前、冗談もほどほどに…」
松本の脈と呼吸を確認した前山が膝から崩れ落ちた。
「そうか松本…お前本当に…」
「そうだ、いろいろあって神に殺され…」
「すまなかった松本ぉぉ! 俺のビンタでお前…これっ…松本ぉぉぉぉぉ!」
「話を最後まで聞けぇぇぇ!」
そうして松本は一連の経緯を説明した。
「いやしかし、いまいち信じられん」
「俺も信じられんが事実らしい、ほらテーブルのトースターなくなってるだろ? カワイイ天使の絵が描かれた奴」
「ほんとだ」
爆発したはずのトースターは天界急便によって回収されていた。
「神様とか見たのか?」
「あぁ後ろにいるぞ、神と天使が」
「で? どうなのよ神様? 髭のオジサンなん?」
「いや神も天使も女の子よ、天使はカワイイ、とてもカワイイ」
「ほうほう」
「だが神は駄目だ、見た目はカワイイが中身はポンコツだ、前山よ神に祈るのは今日からやめろ」
「聞こえてるわよおらぁ! 訂正しなさいよ!」
「黙れポンコツ神がぁ!」
前山の頭に直接騒音が響き渡る。
「ちょっとメモとれるか前山? 後の処理を頼みたい」
「はいよ~、ちょっと待てろ」
そうして預金の処理などを前山に託す松本、いわゆる遺言である。
「いろいろ迷惑かけてすまんな」
「いいさ気にするな、奇妙な体験だが親友の頼みだからな」
「ついでなんだが前山よ、それとは別に漢の頼みがある、PCの…」
「みなまで言うな、漢の頼み、しかと承った!」
「頼んだぞ! さらばだ前山!」
「安心して眠れ松本!」
電話越しの漢達の熱い敬礼と涙に神と天使は首を傾げた。
前山っていいヤツだなぁ