43話目【ウルダ祭 16 松本の初戦】
ラッテオの試合を見て困惑するバトーとルドルフの元にミーシャが戻って来た。
ステージでは2試合目が行われている。
「おーい、トーナメント表持って来たぞー…どうしたんだ?」
「いや、なんか思ってたのと違ってな…」
「かわいいけど…子供の出し物みたいで…」
「どれどれ? …なるほどな」
「あら? おまり驚かないのねミーシャ」
「いや、さっきトーナメント表もらった時に話聞いてきたのよ、ちょっとこれ見てみろ」
テーブルにトーナメント表を広げ説明するミーシャ。
「この第4ブロックってのは、どうも小さい子供が集められててな、世話役が入るんだとよ。
その世話役が急遽辞退したんで、マツモトが代わりに組み込まれたらしいぞ」
「なるほどな、この感じだとマツモトの本番は上位4位に入ってからだな」
「他のステージは結構白熱してるのに、第4ブロックは平和ねぇ。ま、しばらくゆっくりしましょ」
「ビール温くなっちまったな…新しいヤツ頼むか、バトーはどうする?」
「俺も貰おうかな」
「私の分もお願い」
「はいよー。店員さーん、ビール2つと果実酒1つ下さーい」
北側の観覧席で貴族と町長が子供達の試合を見ながら話をしている。
「デフラ町長、私の我儘を聞き入れて頂き感謝します。いろいろと大変だったのではありませんか?」
「いえ、とんでもない。我々としても大変有難い申し出でした、こちらこそ感謝致します。
それに、部下達が優秀でして、私は楽させて頂きました」
「それはそれは、よい部下をお持ちですね」
「はは、私には勿体ないくらいですよ。それより…上位4名まで賞品を頂いて宜しかったのですか?
子供達は大変喜んでおりますが、中にはかなり高額な要望もあるようでして…」
「構いませんよ。昨日、お誘い頂きましたので、貴族らしく参加させて頂きます」
「しかし、これは流石に…」
手元の書類に目を通し、難しい顔をするデフラ町長。
ロックフォール伯爵は気にする様子は無く、グラスを傾けている。
「ご不満ですか?」
「いえ、そうではありませんが…こちらから便宜を図って頂いたとはいえ…流石に…」
「ふふふ、お気になさらずに、貴族とは時として見栄を張る必要があるのですよ。
それに、上位4位以内に入らなければ商品は手に入りません。
奮闘する子供達、望みが叶うのは4人のみ…今日の試合も面白くなりそうですね」
秘書が町長に耳打ちし、南東ステージを示す。
「ロックフォール伯爵、今話した子供の試合が始まるようです」
「さぁ、どうなるか楽しみです」
グラス越しの貴族の目は怪しく揺らめいている。
第4ブロックが開催されている南東ステージでは、ラッテオと松本がソワソワしている。
「マツモト君、次の試合だよ」
「どの子がクルミ君だ?」
「ステージに上がれば解る筈だよ」
クルミ君が強ければ勝たせやすくなる、頼むぞ!
2人のいる側から小さな女の子がステージに上がる。
「女の子だ、多分4歳くらいかな?」
「ということは、反対側に上がる子がクルミ君だな」
反対側のステージに子供が上がり、先に上がっていた女の子と向きあった。
頭1個分身長が高く、髪にリボンが付いている。
「あの…マツモト君、あれって…」
「リボンだな…クルミちゃんだね、多分…」
クルミちゃんだったぁぁぁ…
多分俺より小柄だな…まぁ、俺が8歳でクルミちゃんが6歳らしいから当然か…
子供の2歳って成長するからなぁ…
「ま、まだわからないよラッテオ、凄く強いかも…」
「そうだね…」
剣を振るクルミちゃんだが、盾で防がれ反撃されている。
体格では勝っているが、技術力は対戦相手の女の子の方が上のようだ。
「マツモト君…これは…」
「まだ本気出してないだけさ…さっきのラッテオと同じだよきっと…」
攻撃が全て防がれ有効打が与えらず、困ったクルミちゃんは女の子を両手で持ち上げようとする。
掴まれた女の子はバタバタと抵抗したが、体格差で負け場外に押し出された。
「んぎゃぁぁぁぎゃわぃぃぃぃ!」
「苦しいぃぃぃ、胸が苦しいぃぃぃ!」
「あとで保存した映像焼きまわしてぇぇぇ!」
「試合終了ー観戦者の方は過呼吸にお気をつけくださーい」
南東ステージでは母性が爆発し、3人程担架で運ばれていった。
「押し出したよマツモト君…」
「と、とりあえず、1回戦は無事に勝ったね…よかったよかった」
体格も技術も俺より下かぁ…
ラッテオ戦もマズいけど、俺は昨日ゴンタに力で勝っちゃてるからなぁ…
観客も確実に俺の方が勝つと思う試合だ…何とか誤魔化す方法を考えないと…
助けて北の知将ー!
「「 …どうしよう… 」」
歓声を上げる母性の横で、トーナメント表を囲む松本とラッテオは頭を抱えていた。
隣のステージではカイが1回戦を突破していた。
その後4試合経過し松本の初戦がやってきた。
ステージ上には松本と、5歳の男の子が並んでおり、両者とも剣と盾を装備している。
ご両親は両者とも水晶を装備し三脚持参である。
やり難ぅぅぅ!
なにこれ恥ずかしい! ご両親以外も解ってて期待してるし!
これもう、どれだけ子供も引き立てられるかが見どころになってるだろ…
「それでは試合開始ー」
「ヤァー!」
「イタァ!?」
試合開始と同時に勢いよく攻撃してくる男の子。
ラッテオが対戦した子供より力が強く、普通に脛に有効打を受ける松本。
脛がぁぁぁ! 普通に痛いんですけどぉぉぉ!?
この子別に手加減しなくていいのでは?
取り合えず、バトーに習った通りに、左足を前に出し盾を前方に構える松本。
それを見て下段を攻撃する男の子。
「ヤァー!」
「イッタァ!?」
盾で防がれていない左足の脛を強打する松本。
ステージ上で脛を抑えながらゴロゴロと転がっている。
観客から笑い声が広がり、ご両親は目を輝かせている。
「はははは! いいぞー、もっと攻めろー!」
「上手いぞー坊や! チャンピオンを倒した相手だからなー油断するなよー!」
脛ぇぇぇ!? 執拗に脛を狙ってくるんですけどぉぉぉぉ!?
なに!? 殺しに来てるの!? なんか悪いことしました?
絶対この子俺より剣が上手いよ、これは油断できんな…なんとか攻撃せねば!
立ち上がり盾と剣を構える松本、先手を打って攻撃を仕掛ける。
「おりゃー!」
「っほ、ヤァー!」
「イダァ!?」
松本の剣は盾で防がれ、男の子の反撃を脛に受ける。
屈んで左脛を擦る松本の目はウルウルである。
「おーっと、目がウルウルしているー。泣いたら負けとなりまーす」
「頑張ってマツモト君! 君は強い子だよ!」
「チャンピオンに勝ったんだろー頑張れー」
「はっはっは、そうだぞー我慢しろよー」
松本の危機にラッテオから声援が飛ぶ。
観客は大いに盛り上がっている。
「頑張って坊や、もう少しで勝てるわよーママに新築の家をプレゼントしてー」
「坊やーママの為にも怪我しない程度に頑張るんだよー」
ママの物欲も盛り上がっている。
うぅ…普通に痛い…いい歳して泣いちゃいそう…
なんで的確に攻撃なんだ、同じ個所に3回も当ててきたぞ…
こりゃ早めに決めないとマズい…剣で戦う余裕がないです…
屈んだ松本の首に剣を振り勝負を決めに来る男の子。
振り下ろされる男の子の手首を掴み、背後に倒れる松本。
「うわぁ!?」
倒れると同時に男の子の太ももを足で押す。
男の子は体が伸びた状態になり、松本の上に倒れた。
素早く体を入れ替え、立ち上がる松本。
剣を拾い男の子の首元に当てた。
何が起きたか理解できす、ステージに寝転がる男の子は目を丸くしていた。
一連の流れは、生前の松本が柔道の寝技で身に着けた動作である。
お互い寝た状態から、素早く上下を入れ替えられるのは体の使いが上手いからだ。
すまん少年、強すぎて楽しませる余裕が無かった…
君の剣の腕は俺には荷が重すぎたよ…
あと脛が痛いよ…
「試合終了ー。首に剣が当てられましたー」
「なにしたんだ? さっきまで下にいたのに…」
「よく解らんが面白かったな!」
試合終了が告げられたあと、少し間を置き拍手が送られた。
男の子は松本の手を取り起き上がったが、負けたことを理解できずにいた。
「パパ、いったい何が起きたの? 新築の家は?」
「新築はまた今度ね、さぁ、頑張った坊やを迎えに行こう!」
迎えに来たパパに手を引かれ、男の子とママはステージを降りた。
脛を擦りながら松本もステージを降りた。
「凄かったね、どうやったのマツモト君」
「今、回復魔法使ってるから待って、集中しないと出来ないんだ…」
「マツモト君て、器用なのか不器用なのか、よくわからないね…」
集中し脛を回復した松本は、試合より疲れていた。




