42話目【ウルダ祭 15 『ヒヨコ杯』開幕】
時刻は正午、ウルダ祭2日目『ヒヨコ杯』の開催までごく僅かである。
トーナメントと方式で行われる2日目の『ヒヨコ杯』と3日目の『ミノタウロス杯』は
1日目の『ケロべロス杯』とは、少しルールが異なる。
共通ルールは、「飛び道具禁止」「魔法禁止」「刃のついた武器禁止」「防具自由」だが、
『ヒヨコ杯』で使用出来る武器は木剣と盾のみ。
『ミノタウロス杯』は『ケロべロス杯』同じ。刃物以外であれば、どんな武器でも使用可能。
たま『ケロべロス杯』での敗北の条件は、「場外に落ちる」「降参する」「強化魔法を掛けられる」だが、
『ヒヨコ杯』では、「首に武器を当てられる」「試合中に泣く」が追加される。
『ミノタウロス杯』は、「首に武器を当てられる」だけが追加される。
「皆さんお待たせ致しました! 只今より、ウルダ祭2日目、『ヒヨコ杯』を開催致します!」
カルニの開催宣言を受け、拍手と共に歓声が上がる。
1日目の『ケロべロス杯』とは違い和やかな雰囲気が会場を包んでいる。
ステージは4分割されており、大きさは『ケロべロス杯』の時の4分の1。
北西が第1ブロック、北東が第2ブロック、南西が第3ブロック
松本とラッテオが参加する第4ブロックは南東、バトー達の酒場に一番近い。
「15分後から各ブロックの試合が開始されます!
トーナメント表の一部が変更となりました、変更後のトーナメント表は各ステージにて配布されています。
保護者の方はご確認の上、お子さん参加するステージへお急ぎ下さい。
なお、第4ブロックの試合は南東のステージで開催されます! 繰り返します、第4ブロックは南東ステージです!」
「あなた、第4ブロックは南東ステージよ! 早く!」
「ちょっと待って、記録用の水晶は?」
「鞄に入ってるでしょ? 急がないと場所取られちゃうわよ!」
「あった、急ごう! 初めての試合だ、しっかり記録するぞ!」
カルニのアナウンスを受け保護者達が移動を始める。
第4ブロック周辺だけ、熱量が少し高い。
「バトー、マツモトは第2ブロックだったよな?」
「そうだ、北東のステージにいる筈だが…こう人が多いと見つからんな」
「トイレでも言ってんのか? もうすぐ試合始まるぞ」
バトーとミーシャは、テラス席の手すりに寄り掛かり、ビール片手てに目を凝らしている。
ルドルフはフライドポテトを肴に果実酒を楽しんでいる。
「ん? ん~? ちょっとあれじゃない? ほら、手前の…」
「どれよ? どこ見てんだルドルフ?」
「そっちじゃないわよ、ミーシャ。ほらあれよ、南東ステージの端!」
北東ステージを見る三つ編みを引っ張るルドルフ。
「いでっ!? 引っ張るな首痛めるだろ」
「ん~? いたいた。ミーシャ、一番手前の角だ。なんで南東ステージにいるんだ? 南東は第4ブロックだろ?」
「俺ちょっと、トーナメント表もらってくるわ」
「なんか小さい子供ばっかりで、マツモトが浮いてるわね…」
第4ステージの横で松本とラッテオがトーナメント表を見ている。
「僕は1試合目か…うまくできる自信がないよ」
「俺はラッテオの試合を参考にさせてもらうよ」
「それよりマツモト君…この子みたいだよ。僕の2試合後だ」
「えーと、クルミ君? クルミちゃん?」
「わからない、小さい子供が沢山いて見つからないよ」
「カルニさんが自信持ってたら、多分男の子だろう…」
「各ステージ、1試合目の選手は準備してください! まもなく試合が開始されます!」
「えぇ!? もう!? 緊張するなぁ…」
「ラッテオ、頑張って!」
木剣と盾を持ってステージに上がるラッテオ。
反対側から両手で木剣を持った、3歳くらいの男の子が上がって来た。
「コウちゃーん、こっち向いてー! コウちゃーん、ママはこっちよー!」
「コウ君こっちだよー! パパだよー!」
ステージ脇で水晶玉を片手に全力で手を振るご両親2人。
少年が気付き、2人に向け剣を構えポーズを取る。
「キャー! 凛々しい! コウちゃんカッコいいわよー!」
「天才だー! ママ、コウ君は天才だよ!」
少年がポーズを変えるたびに黄色い歓声を上げている。
その様子に戦慄が走る松本。
お、親馬鹿だぁぁぁ! 異世界にも親馬鹿がいるぅぅぅ!
ポーズを取る天才ってなに!? その丸い水晶なに!? もしかして録画してるの!?
この役割重いんですけどぉぉぉ、助けて北の知将ぉぉぉ!
ご両親が使用している水晶は、マナを消費することで映像を録画、再生することが可能です。
球体レンズにより360度撮影可能。片手で使用する為の専用のアタッチメントと、固定用の三脚が付属。
かけがえのない家族の思い出から、聞き逃せない会議の記録まで、鮮明な映像とクリアな音声で保存頂けます。
別売りのアタッチメントを使用すればプロジェクターとして映像を照射可能な優れもの。
お求めの方は自由都市ダブナルの『ロックフォール商会』までお問合せ下さい。
「それでは各ステージ、試合開始してください!」
カルニの号令でステージごとに試合が開始された。
4つのステージにはカルニの弟子達が審判、兼、進行役として配置されている。
「第4ブロックも試合開始しますよー。保護者の方はステージ上に身を乗り出さないで下さーい。
ステージ横1メートルは空間を開けて下さいねー」
カルニ弟子によりご両親が遠ざけられ、コウ君とラッテオの試合が開始される。
ステージ上のラッテオは対応に頭を悩ませている。
(始まったちゃったよ…どうしよう…とりあえずトネル君の教え通りに受けようかな…)
「タァー! ヤァー! ヤッ!」
「うわぁー」
果敢に攻めるコウ君の攻撃を盾で受けつつ、よろめいて見せるラッテオ。
3回攻撃し、ご両親にアピールするコウ君。
「キャー! カッコいいわよー! コウちゃん強ーい!」
「天才だ! コウ君は攻めの天才だ!」
熱狂するご両親を見て安心するラッテオ。
コウ君の攻めは続く。
「ヤァー! ヤッヤッヤッ!」
「うわわわわー」
よろめくラッテオ、アピールするコウ君、白熱するご両親。
動きが止まったコウ君に攻撃するラッテオ、攻撃が当たる手前で剣の速度が落ち、止まる。
ラッテオの剣を見て、ご両親を見るコウ君、パパがジェスチャーで指示している。
「タァ~~~、…ヤッ!」
「うぐー」
止まった剣を手でゆっくりと押しのけ、ラッテオのお腹を剣で突くコウ君。
お腹を突かれ、よろめき尻もちをつくラッテオ。
「キャー! 凄いわよコウちゃん! 素敵よー!」
「天才だー! 攻守ともに天才だよママ!」
白熱するご両親、満面の笑みで振り返りアピールするコウ君。
「攻撃が効いていますよーチャンスですよー」
司会のカルニ弟子がコウ君とご両親を後押ししている。
ラッテオは尻もちをついたまま様子を伺っている。
「ヤッヤッ!」
「イタッ」
ポコポコとラッテオの足を叩き、ご両親を見るコウ君。
ママは黄色い歓声を上げ、パパが追撃をジェスチャーしている。
再度ラッテオの足を叩くコウ君。ご両親、狂乱。
そして足を擦りながら悩むラッテオ。
(これ立っていいのかな…取り合えずもう1回攻撃してみよう)
追撃が無いので、立ち上がりゆっくりと攻撃するラッテオ。
「行くよー、ヤー」
今度を剣を止めず、ゆっくりと当てるラッテオ。
剣に押されて尻もちをつくコウ君。
目がウルウルとしている。
「コウちゃーん、我慢してー! 泣いたら駄目よー!」
「コウ君は強い子だよー! 我慢するんだよー!」
必死に励ますご両親、ウルウルのコウ君。オロオロのラッテオ。
「ぅ…うぅ…ぅわぁぁぁん」
「泣いてしまいましたー惜しくも敗北です。ご両親、お子さんを迎えに来て下さーい!」
脱兎のごとくコウ君に駆け寄るご両親。
「コウちゃん頑張ったねー。カッコよかったわよー」
「凄かったぞーコウ君。泣き止んだらお菓子食べようねー」
「ぐす… お菓子?」
「そう、お菓子だ! いっぱいあるぞー」
「みんなで食べましょうねー」
「お菓子食べる…」
パパに抱えられながらコウ君はステージを降り、困惑するラッテオが残った。
「前回の子も良かったけど、今回の子もいい仕事してくれるわねー」
「よくやったぞー、次も頼むぞー!」
保護者達から拍手で見送られ、ラッテオはステージを降りた。
「どういうこと…」
「マツモトの対戦はどうなるんだ…」
テラスから観戦していたバトーとルドルフは困惑した。




