41話目【ウルダ祭 14 極秘の任務】
路地裏を歩く松本とラッテオ、肩を落とし、足取りは重く、悲壮感が漂っている。
松本は2度脱走を図ったが、見えない壁に阻まれ失敗に終わった、
それ以降、両手を縛られ、背中にはカルニの杖が当てられている。
さながら罪人の連行である。
「マツモト君、僕達どうなるのかな?」
「地下で労働させられたり、売り飛ばされるかもしれない…」
「なんとかならないかな?」
「無理だよラッテオ…見てよ俺の姿を、脱走しようとしてこのざまさ…次やったら足も縛られるよ…」
「短い人生だったね…」
「そうだね…彼女欲しかったな…」
「「はぁ~…」」
ヒソヒソ…ヒソヒソ…
松本達を見てマダム達が話をしている。
「ちょ、ちょっと、誤解されるから変なこと言わないで! 別に売り飛ばしたりしないわよ!
違いますからね!? 別に怪しい者じゃありませんからね!?」
マダム達に慌てて釈明するカルニ。
「売り飛ばされないみたいだよ…マツモト君」
「ラッテオ、大人の言うことを簡単に信じてはいけないよ…実は俺、昨日カルニさんに殺されかけたんだ…」
ヒソヒソヒソヒソ…
勢いを増すマダム会議。
「ちょ…マツモト君、やめて! 違いますから! 悪いことはしてませんから!」
「その話…本当かいマツモト君?」
「本当だよ…左半身骨折、意識不明で命の危機だったけど…事件は隠蔽されたんだよ…」
ヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソヒソ…
輝きを増すマダム会議。
「んな!? ち、違いますよ!? 本当に違いますから!、ちょっと、マダム会議やめて下さいぃぃぃ!
マツモト君お願いだから、やめてぇぇぇ!」
「どうしよっかな~ルドルフさんは朝飯奢ってくれたんですけどねぇ~」
「わかったから! 好きな物買ってあげるから! とにかく今は辞めてちょうだい! お願いよぉぉぉ!」
「まったく、仕方ないですね」
「その様子だと、本当なんだね…」
松本の説得によりマダム会議の輝きは収まった。
「それで、俺達に何をさせたいんですか?」
「マツモト君とラッテオ君に重要な役を継いで欲しいのよ」
「何ですか重要な役って?」
「そこから先はカルニギルド長に代わり、この北の知将が説明しましょう。 いや『元』北の知将ですか…」
松本達の前に『元』北の知将とこ、トネルが現れた。
仕草が芝居がかっており、痛々しく面倒臭いオーラを発している。
「マツモト君、ラッテオ君。君達2人に非常に『重要』で『極秘』の任務を遂行してもらいたいのです。
そう…君達は『特別』に選ばれし者…ゾクゾクするでしょう?」
「…いや、全然」
「…遠慮します」
トネルの仕草に引き気味の2人。
そう、トネルはいわゆる中二病なのだ。
12歳で成人するこの世界では、思春期特有の病も早めに発症するのだ。
「なにぃ!? どうして!? 『特別』で『極秘』で『重要』だというのに!?」
「それが嫌なんだけど…見てるこっちが痛々しいからやめて…」
「僕ちょっと恥ずかしいっていうか…」
「そんな馬鹿な!? この状況でゾクゾクしない子供がいるんなんて…ふふ、北の知将も落ちたものですね…」
『元』北の知将は地に落ち、真っ白な灰となった。
安いな『元』北の知将…いや北の恥部
体が子供とはいえ流石に中二病は無理だぞ…
今更、変な呼び名とか、合言葉なんて恥ずかしすぎて自我が崩壊する。
まぁ、秘密基地は憧れるけど…
「トネル君は置いといて…時間がないから私が代わりに説明するわ。
君達2人には『ヒヨコ杯』でトネル君が担ってた役割を代わりに引き継いで欲しいのよ」
散りゆくトネルに代わり、カルニが説明する。
「『ヒヨコ杯』は満12歳以下なら誰でも参加できるのは知ってるでしょ?
当然、3、4歳の子も参加するんだけど、力加減がわからない年上の子と戦わせると危ないのよ。
だから小さい子は第4ブロックに出来るだけ集めているの。
でも、トーナメントだから、勝ち進めば他のブロックの代表と当たることになる。
そうすると、また危ないから、前大会の上位4名の誰かか、事情が理解できる子を第4ブロック入れて、
代表として他のブロックと戦ってもらっているのよ」
「なるほど、僕達は子供達に怪我をさせずに、第4ブロック代表として勝ち進めばいいんですね?」
「ふふふ、ラッテオ君、それだけではありませんよ」
復活したトネルが、右手の人差指と中指で左目を隠しながら会話に割って入って来た。
実に痛々しい。
「幼子は実に繊細、ただ勝てばよいというものではありません。
出来るだけ『気持ちよく』『楽しく』『優雅に』戦わせるのです。
そうすることで自信を付け、成長し、次回大会に参加する。
この『極秘』任務には特別な技術が必要なのですよ!」
なるほど、子供の保護と育成、そして大会の維持。
意外とよく出来ている、上位4位まで出来レース、そこから先は実力次第。
やるな北の恥部、中二病以外は仕事の出来るヤツだったんだな。
しかし、その枠は1人でいいのでは? ラッテオがいるのに俺が必要か?
「あのー内容は大体理解しましたけど、俺は必要無いのでは?
ウルダの町民じゃないので、毎回参加するとは限りませんし。
第4ブロックの代表ならラッテオがいれば十分でしょう?」
「ラッテオ君は私が推薦しました。『元』北の知将の後任には彼しかいませんからね。
マツモト君に関しては私達4強からの指名です」
「なんで?」
「聞けば、今回のゴンタ君の引退は何やら、マツモト君があの日路地裏で行った行為が原因だとか…
原因を作った者として責任を取って頂きたい。ゴンタ君からの強い推薦もありましたしね」
「ゴンタの気持ちは有難いけど、謹んで辞退致します」
「ずるいよマツモト君!」
ここはラッテオ君に頑張ってもらおう、すまんな!
「そんなこと言わずに、マツモト君も頑張って!」
「いだだだだだ!」
松本の両肩にカルニの指が食い込む、笑顔だが目が笑っていない。
な、なにぃぃぃぃ!? この力、この目、絶対逃がさない意思!
おかしい、ここはどう考えても1人で十分なはず…
まだ何か隠してるなカルニィィィィ!
「そういう訳だから、2人もヨロシクね!」
満面の笑みで語り掛けるカルニ。
「…いやです」
「…遠慮します」
「2人もヨロシクね!」
「あの…」
「ヨ・ロ・シ・ク・ね!」
「「…はい」」
松本とラッテオはカルニの圧に屈した。
「『ヒヨコ杯』開始まで時間がありません。2人に『極秘』任務に必要な技術を伝授しましょう。
ラッテオ君、私に剣を振ってみて下さい」
トネルがラッテオに木剣を渡す。
「え? じゃあ行くよ?」
ラッテオが振った剣を、トネルが剣で受ける。
「ぬぐっ」
ラッテオの剣は弾かれず、そのまま押し込まれトネルの肩に当たる。
トネルが少しバランスを崩した。
「あれ? そんなに強く振ってないと思うけど」
「ふふ、そうですよ、殆ど力は入っていませんでした。
弾こうと思えば弾けましたが、敢えて押し込まれたように受けたのです。
どうです? 有効打に見えたんじゃないですか?」
鼻高々に語るトネル。
う~ん…どうだろうか?
ラッテオが脱力した顔だったから微妙に見えたのか?
これ自然に見せるのは結構難しいのでは…
まぁ小さい子なら楽しめるかもしれない…
「いいですか? 有効打に見せてあげるのです。
転ぶくらい派手でもいいでしょう、観客も喜びますからね。
さて、私に教えられることはもうありません。君達の活躍を期待していますよ!」
「う、うん…ありがとうトネル君」
「…助かったよトネル」
「ふふ、これで私も安心して身を引けます。いざ、冒険の世界へ!」
北の恥部、改め、『元』北の知将トネルは『ヒヨコ杯』を引退し、冒険者になるべく路地裏から立ち去った。
彼に明るい未来が待っていることを、そして数年後に中二病の過去に苛まれないことを願う。
「ラッテオ、やれそう?」
「なんとか…マツモト君は?」
「まぁ、やるしかないよ。それより…」
ガッ!
松本とラッテオの肩がカルニに掴まれる。
「マツモト君、ラッテオ君。折り入って相談があるのだけど…」
「やっぱりな、絶対来ると思った…」
「これ以上は勘弁して下さいカルニギルド長…」
「そんなこと言わないで助けて欲しいのよ! 私、今ある依頼を受けさせられてるのよ! 2人が協力してくれないと無理なのよ~」
「いったい、どうしたんですか?」
「ら、ラッテオ! 聞いたら駄目だって!」
ラッテオの質問を受け、路地の隅に寄り小声で説明しだすカルニ。
松本とラッテオの肩に置いた手は緩む気配がない。
「昨日いきなり、ロックフォール伯爵からある子供を4位以内に入賞させるように依頼されたのよ。
理由は解らないけど、とにかく4位以内に入賞させないといけない」
「そんなの可能なんですか?」
カルニがトーナメント表を取り出す。
「いい?よく聞いて。今回の『ヒヨコ杯』参加者は64人。この場合、決勝戦は6試合目、それに勝てば優勝ね。
4位以内入るには5試合目まで進めばいい。つまり、4試合勝てば4位以内が確定するわけ」
「なるほど」
「マツモト君は一番外端、ラッテオ君は反対側の端、問題の子共は第4ブロックのここ、
問題の子供が2回勝てば3試合目でラッテオ君、3回勝てば4試合目でマツモト君と戦うことになる」
「ということは俺達にワザと負けろと?」
「そういうことになるわ、ごめんなさいね」
「子供に不正試合なんて進めないで下さいよ…」
「そもそも、問題の子供は自力で2回勝たないといけないんですよね? 大丈夫なんですか?」
「そこは大丈夫よ、問題の子供は6歳、1試合目と2試合目の相手は4歳以下だから、まず負けないわ。
問題はマツモト君とラッテオ君だけよ。お願いよ~助けて欲しいのよ~」
子供2人に懇願するカルニ、なんとも情けない。
「ギルド長ともあろう方が不正試合を進めるなんて、そんに報酬がいいんですか?」
「報酬は10ゴールドよ、欲しいなら2人に上げる。何なら私が追加報酬を出すわよ。だからお願いよ~」
どういうことだ? 報酬をマイナスにしても達成すなんて普通じゃない。
もしかして達成すれば今後、伯爵とやらに繋がりが出来るとか?
それなら理解できる。今後割のいい仕事が貰えるわけだ。
「なぜそこまで依頼の達成に拘るんですか? 何か価値があるんですか?」
「達成することに価値があるんじゃなくて、失敗することがマズいのよ…
ロックフォール伯爵は貴族なんだけど、かなり変わり者なの。
冒険者への依頼も変わっていて、100ゴールドの人参を買ってこいとか、
ハンカチに200ゴールドで刺繍を入れるよう依頼してこいとか、
今回みたいな依頼とか。依頼を受ける冒険者自体の報酬は毎回10ゴールド程度よ」
「依頼に失敗するとどうなるんですか?」
「以前失敗した冒険者は、王都の広場に全裸で縛られて晒し者にされたのよ…
その様子は水晶に保存されて、各地のギルドに配布されたわ…
何を失敗したか詳細は知らないけど、その冒険者は引退したわ…」
「「 ヒェッ… 」」
「だから絶対に失敗できないのよ~、全裸で晒し物は嫌なのよ~、お願いよ~」
「これは仕方ないな、ラッテオ」
「そうだねマツモト君」
「ありがとう~2人共~」
路地裏の隅でエンジンを組む3人。
「いい? ワザとらしいと駄目よ、あとこの件は3人だけの秘密ということで」
「わかりました、出来る限り頑張ります」
「僕も何とかやってみます」
「頑張るわよー」
「「おぉー」」
小声の掛け声と共に3人は路地裏から消えた。




