39話目【ウルダ祭 12 ゴンタの決意】
ウルダ祭2日目、早朝。
宿屋のエントランスにはバトーと松本の姿がある。
「おはようございまーす」
「おはようマツモト、昨日あんな目にあったのに元気そうだな」
「まだちょっとフラフラしてますよ…危うく死ぬところだったんですから…」
俺は昨日、カルニとルドルフの小競り合いの影響で上空に飛ばされ、城壁の上から町を見た。
夕日に照らされる綺麗な町並みを楽しめたのは一瞬で、
その後は内臓が浮くような不快感と共に落下し、馬車小屋の天井を突き破った。
ポニ爺が受け止めてくれなかったら死んでいたと思う。
なにせ発見された時は左半身複雑骨折と、それはもう酷い状態だったようで、
ルドルフとカルニが大急ぎで回復魔法を掛け、事なきを得た。
というか隠蔽されたのだ、まったく酷い話である…
「ははは、他の子共なら死んでいたな。俺と同じで頑丈だ」
「笑い事じゃないですよ…とっさに頭を守ったから生きてただけで、頑丈でもなんでもありません」
「でも生きてたろ? 冒険者なら良くある話だ。手足も失ってないし元気にしてるんだ、やっぱり頑丈だよ」
松本の肩を軽く叩き、バトーが笑う。
なるほどな、回復魔法で治る範囲なら頑丈の範囲内なのか…
いや、痛いのは変わらないから、絶対怪我はしない方がいい。
とくに言ってるのがバトーだしな、信用ならん、気を付けよう。
「マツモト、朝飯はどうする?」
「俺はちょっとポニ爺の所に行ってきます、昨日のお礼も言いたいですし」
「なら1時間後に酒場で合流しよう」
「了解です」
バトーと別れ、ポニ爺の元へ向かう。
朝日が照らす町は、少し肌寒く秋の気配がした。
「おはようポニ爺。昨日は助かったよ、ありがとう」
ポニ爺に人参を食べさせ、ブラシを掛ける。
上を見上げると大きな穴が空いており、衝撃の凄さを物語っている。
うわ…よく生きてたな…
左側を骨折してたってことは、頭を庇ったまま、左半身から落ちのか。
屋根に当たった瞬間に気を失ったから、ポニ爺がいなかったら本当に死んでたかもしれん…
「ポニ爺様、本当にありがとう~」
「なにやってんだお前…」
ポニ爺に頬ずりする松本に大きな少年が声を掛けた。
昨日の威勢は無く、少しバツが悪そうだ。
「あれ?こんな早くにどうしたのゴンタ」
「いや、ちょっとな。お前は何してんだよ?」
「俺? 俺は命の恩人のポニ爺にお礼を言っているのだよ。見てわからんかね?」
「いや…わからん…」
「いろいろあって、昨日城壁の高さから落ちたんだよ。
ポニ爺が受け止めてくれなかったら死んでたよ、ほら…」
「お前…無茶苦茶だな…」
天井の穴を見て呆れるゴンタ。
「それで、ゴンタは何しに来たのさ?」
「俺は…お前に言いたいことがあってだな…」
松本から目をそらし、モジモジするゴンタ。
「お前『ヒヨコ杯』に出るのか?」
「出るよ」
「そうか。 …俺は出ない。辞めた」
「えぇ? 出れば間違いなく優勝だろ? 6連覇しないでいいの?」
「俺は12歳だ、今年で成人する。最後の『ヒヨコ祭』だったけど、お前に負けたからな」
「分かってると思うけど、まともに戦ったら俺はゴンタに勝てないよ?」
「そういう話じゃねぇ! そういう話じゃ…ねえんだ…」
突然の大声に驚いた松本だったが、うつむくゴンタを見て口を閉じた。
「俺よ、父ちゃんいねぇんだ…小さい頃に冒険に出て死んじまった。
それでよ…母ちゃんに負担掛けたくなくてよ…
『ヒヨコ杯』で優勝したら賞金貰えて、最初は喜んでくれてよ、嬉しかったんだ。
もっと楽させたくて、小遣い代断って、優勝して、賞金貰って…
でも…その内、母ちゃん笑ってくれなくなったんだよ…」
語る口調は重く、怯えと後悔を含んでいる。
自分の胸の内を吐き出すゴンタを、松本は静かに見守る。
「昨日、お前に言われた事を母ちゃんに話したんだ。
これからどうするのかも…そしたら母ちゃんが泣き出して、意味が解らなくてよ…
でも…その後に「一緒に頑張ろう」って笑ったんだよ。
それで…なんか解った気がしたんだ…多分、お前が言ってたことは正しいんだって。
俺のやって来たことのせいで…母ちゃん笑わなくなったんだって…」
言葉を絞り出すゴンタは、弱々しく、小さく見えた。
力強く傲慢なチャンピオンではなく、ありふれた12歳の少年の姿が、そこにはあった。
うつむくゴンタの両肩に手を置き、語り掛ける松本。
「いいごじゃないがぁぁぁ、ごんだぁぁぁぁぁ!」
「うぉ!? 汚ねぇ! なんでお前が泣いてんだ!?」
感動が液体となり目と鼻から溢れ出ていた。
「ゴンタ、お母さんが笑わなくなったのはね、君を責めていたわけじゃないよ。
多分ゴンタに諭してあげられない自分が許せなかったんだと思う」
「諭すってなんだ?」
「教えてあげることさ。ゴンダの気持が嬉しくて言い出せなかったんだと思う。
ゴンタの行いが間違っていると解っていたけど、お母さんの為だって事も解っていたんだよ、きっと」
「そうか…そうかな…」
「きっとそうさ! 『一緒に頑張ろう』っていってたんだろう?」
「…そうだな!」
澄み切った顔でゴンタは笑った。
「俺は成人したら冒険者になるんだ。だから『ヒヨコ杯』はもう辞める。皆には伝えといてくれ」
「ゴンタが自分で伝えなよ。このままいなくなったら逃げたと思われるよ?
5連覇チャンピオン、ゴンタ様は最後まで堂々としてもらわないと!」
「『様』は辞めたんだ。 だけど、そうだな、自分で伝えて『ゴンダ様』は引退だな!」
「それとゴンタ、解っているとは思うけど、冒険者になったら無茶はいけないよ。
誰にだって命は1つだ。失った物は返らない」
「解ってる…大事にしないとな」
とても当たり前の話だが、ゴンタはとっては胸に刻まれた特別な言葉だった。
「そのよ、俺より年下で変なヤツだけどよ…ありがとうな、マツモト」
「どういたしまして。変なヤツは余計だけどね」
1日で随分と変ったな… 人に素直に感謝できるなら、この子はもう大丈夫だろう。
「パンいるかい? ゴンタ」
「そいうのも、もう辞めたんだよ」
「そうじゃない、これは友達にあげるパンだよ」
「そうか…それなら貰うよ」
にっこりと笑う松本からパンを受け取り、ゴンタも笑った。




