37話目【ウルダ祭 10 祝杯】
路地裏で子供達に新たな秩序をもたらした松本は酒場へと戻って来た。
ステージを降りてから1時間ほど経っており、時刻は17時を回っている。
ウルダ祭1日目『ケロべロス杯』も今行われている試合で最後である。
「随分と遅かったなマツモト」
「芋友と積もる話もあったんだろ、ちゃんと口説いたか?」
「また焼き芋渡してないでしょうね?」
にやけるミーシャとルドルフを尻目に、皿に残っていた遠慮の塊(豆)を手に取り席に座る。
「何言ってんですか、あの子は7歳ですよ? 娘みたいなものですよ」
「お前と1歳しか違わないだろ…」
「お前8歳だろ? 丁度いいじゃないか。俺達の歳なら娘でも分かるけどよ…」
「マツモトって、たまに爺臭いわよね…」
仕方なかろう、精神年齢がオッサンさんなんだもの、実際に姪っ子いたし…
可愛んだぞ、姪っ子。 …もう抱っこさせてくれなくなったけど…
「マツモト、勝ったな!」
「ギリギリでしたけどね、なんとか勝てました!」
バトーが嬉しそうに突き出した大きな拳に小さな拳をぶつける。
前世では恥ずかしがるような行為だが、この世界では不思議と心地よい。
「マツモト飲み物を注文しろ、祝杯だ!」
「そうだぞ! いいことがあった日は祝うんだ、それが冒険者ってもんだ!」
「私もお代わり貰うわ、バトーとミーシャはビールよね?」
この3人を見るとワクワクしてしまう。
生前の会社員とは全く違う、アニメでしか見たこと無い本物の冒険者が目の前にいるのだ。
祭りの小さな勝利だけど、冒険者の流儀で祝ってくれるという。
昨日も乾杯したが、今回の主役は俺だ。ならこれを俺の冒険の始まりとしよう。
「そういうことなら、ビールを…」
「「「駄目!」」」
くそっ! 流れでイケると思ったんだが駄目だったか…
ビールが2つ、果実酒が1つ、ソーダが1つテーブルに届いた。
代表してバトーが音頭を取る。
「みんな飲み物は持ったな? それでは! マツモトの勝利を祝って、乾杯!」
「「「 カンパーイ! 」」」
木製のジョッキを傾ける4人、ルドルフは既に飲み干している。
昼からずっと飲んでいるのに一体どこに入るのか…
「どうだマツモト? 勝利の美酒は?」
「酒じゃねぇがな、旨いだろ?」
「旨いですねぇ、特に喉越しが最高です!」
「おめでとうマツモト。あんた意外と根性あったのね」
「ありがとうございます!」
根性って…いや、この3人は根性論っぽいな…特にバトーが!
「上手く作戦がはまりました、普通に戦ったら勝てないですからね」
「なんだ、意外と冷静だな。あれじゃ明日の祝杯は無いだろうからな」
「そうでしょうねぇ、剣まったく使えないですからね」
「いや…それは半分バトーが悪いだろ…」
「子供に鍬1000回素振りさせるヤツに何言っても無駄よ、ミーシャ…」
ミーシャとルドルフが呆れている。
「バトーさん、後で剣の使い方を教えて貰えませんか?」
「まぁ知らないよりマシか、まだ早いが仕方無い。 行くぞマツモト!」
「ありがとうございます! あ、ちょっと待ってください…」
ゴソゴソと鞄を漁る松本
「どうしたんだ?」
「いや、回復の魔石をまだ使って無かったんで…あったあった」
鞄から取り出した魔石の中で葉っぱ型のシンボルが揺らめいている。
「へぇ~懐かし! 昔を思い出すわね、ちょっと見せて」
「いいですよ」
ルドルフの手に魔石を置いた瞬間、指を擦り向けて落ちていく。
「「 あ… 」」
ビシッ!
テーブルに落ちた魔石にヒビが入り、中身が滲んでいる。
「あちゃ~ごめんごめん、ちょっと酔いが回ってたみたい。えーとこれでいいか…」
パカッ!
拾い上げた魔石の中身を、飲みかけのソーダに入れるルドルフ。
葉っぱ型のシンボルは松本の祝杯に溶けて消えた。
「早いとこ飲んだ方がいいわよ」
「はい…」
松本の記念すべき祝杯は少しだけ青臭かった。
4人は城壁外の馬車小屋にやってきた。
松本とバトーは木剣と盾を持ち、稽古を付けている。
ミーシャはバトーの監視である。
ルドルフは暇だったらしい。
「マツモトは右利きだったな、右に剣、左に盾だ」
言われた通りに持つ松本。
「あのー、足はどっちが前ですか?」
「ん? 俺は基本は盾側だな。左足と盾を前に構えて、臨機応変に切り替えている」
「なるほど」
「いいか、基本的に相手の攻撃を盾で受け、弾いてから攻撃だ。マツモト適当に攻撃してみろ」
「いきますよー」
松本が右手の剣を振る、剣はバトーの盾で受けられる。
バトーが盾を外側に振ると、剣が弾かれ松本の体が開く。
身体が開くと同時に踏み込んだバトーの剣が、松本の首に当てられる。
松本は戦慄していた。
一連の出来事は体感では一瞬であり、剣が盾に当たった感触が無かった。
気が付いた時には右半身が開かれ、首には剣が当てられていた。
なんてことだ…剣が当たった感触が無なかった…それなのに右半身が自然と開かれている。
恐らく…恐らくだが、俺が剣を振った力を、盾を引いて吸収し、逸らしたんだと思う…
盾で受ける力が少しでも違えば俺の腕が止まった筈だ…
逸らす方向とタイミングが違えば、俺の態勢が崩れた筈…なのに足の位置が変わっていない…
『柔よく剛を制す』多分、これの事だと思う。
柔道をやっていた時、経験がある。技を掛けたのに相手を投げた感覚が無かった。
気が付いたら相手は宙に浮いていて、慌てて掛け声をだした。
13年間柔道を続けて、たった2回だけ…だが、バトーは当然のように行える。
化け物だな、ホントに…
「こんな感じだ、わかったか?」
「す、少しだけ、わかった気がします。絶対にマネできないと思いますけど…」
「どうしたんだマツモト? 顔が引きつってるぞ」
「気にしないで下さい。自分の小さを感じただけですので…」
「別にポッポ村でもそんなに大きい方じゃなかっただろ?」
「そういうことじゃないと思うぞバトー…マツモトは感がいいんだろ、お前の技に驚いたんだよ」
「俺が攻撃するからやってみろ」
「はい! えーとこう受けて返して…イデデ」
「どうした? 怪我したのか?」
「先の試合で叩かれた両脇腹がちょっと…」
脇腹を擦る松本を見てルドルフが呆れて声を掛ける。
「何してるのマツモト? あんたさっき回復魔法使えるようになったでしょ」
「あ! そうだった、使ったこと無いから忘れてました。 えーとヒール?でしたっけ?」
「そうよ、最初は口にした方かやり易い筈よ。にやけてないで早くやりなさいよ」
いやぁ~回復魔法ですって! そりゃにやけもしますよ、憧れですもの!
「行きますよー、ヒール!」
ポン!ポン!
松本の両脇腹と両手の間にプランスパンが挟まる。松本の息が荒い。
「…え? ちょっとなにそれ? なんでヒールでパンが出るのよ!?」
「それ食えんのか? ちょっとくれよマツモト」
「そんなことどうでもいいでしょ! 手からパン出たのよ!?」
松本からパンを受け取るミーシャ。
「いや、ちょっと腹減ってよ…意外と旨いなこれ」
「パン食べるんじゃないわよ! あっちで人参でも齧ってきなさいよ!」
「マツモト! 気が乱れているぞ、集中だ!」
「あ…あの…俺、今日6個目で…もう…」
バトーが虎の目をしている。松本は1日6個の新記録で虫の息である。
「あんたもよバトー! 何見てたのよ! 気が乱れて手からパンが出るわけないでしょう!?」
「何言ってるんだルドルフ。マツモトはいつもあんな感じだ」
「いっつも手からパン出す人間がいるわけないでしょうが! どうなってんのあんたの常識は!?」
「おいバトー人参旨いぞ! 生でもイケる」
「いい加減にしなさいよ…この脳筋共…」
ルドルフの右手に炎の塊が現れる。
「お、おい…やめろルドルフ! その魔法を仕舞え!」
「ば、馬鹿やろう! お前の魔法なんか使ったら城壁が吹き飛ぶぞ!」
「手加減してあげるわよ…あんた達なら死にはしないわ…」
「お、おま…」
「やめ…」
「…」
ルドルフから放たれた炎の塊は、バトーとミーシャの間で爆発し3メートル程の爆発が起きた。
中央広場からはキノコ雲が見え、観客は騒めいたという。
「ひでーことするよな、まったく…なぁバトー」
「相変わらず無茶苦茶だなルドルフは、人に使っていい威力じゃないぞ…どうなってんだミーシャ」
煤を払うバトーとミーシャ、所々焦げている。
「今の魔法で怪我しないヤツらは人間じゃないわよ…」
「俺は盾で防いだからな、化け物はミーシャだけだ」
「俺だってパンで防いだよ? ほら見ろ、焦げちまった」
「それは防いでないだろ…」
黒焦げのパンを悲しむミーシャに2人は呆れていた。
「それよりマツモトは? どこ行ったのよ?」
「マツモトー? 大丈夫かー?」
「あれじゃねぇか?」
ミーシャが指さす馬車小屋の屋根に、干からびた松本が引っ掛かっていた。




