表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
301/304

301話目【蘇生】

ウルダ地下にある2番避難所。


「はぁはぁ、1人1個までなんだな、大人も子供も1個ずつなんだな」

「飲み終わった容器は後で回収するであります」

「か、数に限りがあるため自分の容器がある人は、

 次からは持ってきて頂きたいですぞ」


ラストリベリオンのグラハム、ギルバート、ラインハルトが

パンとスープを配給中、グゥ~…と腹の虫が鳴いた。


「やや、グラハム氏もお腹が空いているご様子」

「はぁはぁ、恥ずかしいんだな」

「は、働き詰めですからな、何も恥ずかしがることはありませんぞ」

「小生とラインハルト氏だけでも大丈夫であります故、

 先に食事にしてはどうでありますか?」

「はぁはぁ、お腹を空かせてるのは皆同じなんだな、

 任された仕事を投げ出して吾輩だけ食べるわけにはいかないんだな」

「お、己の空腹を顧みず他者の空腹を満たそうとする心意気、誉ですぞ」

「誉であります」


なんて話しながらも配給の手を緩めたりはしない、

流石は長年補助系依頼に従事し続けている日陰者達である、

討伐依頼に明け暮れていた者達とは練度と心構えが違う。


「「「 ふふ… 」」」


ついでに面構えも違う。 

 




そして暫くの後。


「ラストリベリオンの3人、交代だよ~休憩に入って次の指示を待ってて」

「いや~実にいい頃合いであります」

「ちょ、丁度スープが無くなるところでしたぞ」

「はぁはぁ、パンはもう少しあるから引き継いでもらうんだな」


追加の配給品を運んできた衛兵達と交代、

パンとスープを貰って壁際に移動。


「グラハム氏、ギルバート氏、拙者はこれを食べ終えたら

 マツモト氏のところへ行ってみようと思うのですが、如何ですかな?」

「はぁはぁ、吾輩も同じこと考えてたんだな、一緒に行くんだな」

「小生もであります、同行して今度こそ確認させて貰うであります」


297話目【英雄の素質】でギルドを警備していた3人は、

中央指令所へ移動して情報を伝達後に

松本の生死を確認しようとしたのだが、

診療所の入り口に『手術中』の看板が立てられていたため、

目的を果たせずに今に至るそうな。 


「しかし…マツモト氏は一体どういった状態なのでありましょうか?」

「こ、このような時に庶民の遺体を整えるというのはおかしな話ですぞ」

「はぁはぁ、よく分からないんだな、バトー氏が見間違うとは考えられないから

 マツモト氏は死んでるんだと思うんだな、はぁはぁ、

 でも遺体を整えるのに手術なんて言葉は不自然なんだな」

「そうでありますよね! やはりマツモト氏が亡くなったというのは誤りで…」

「ギ、ギルバート氏、それは考えない方が良いと思いますぞ、

 衛兵の中にも子供の遺体を見たという方がおりましたし」

「はぁはぁ、情況的に考えてもマツモト氏の可能性が高いんだな、

 手術はきっと別の人なんだな」

「それでも小生は信じたいのであります!」

「し、信じたいのは拙者達も同じですぞ、

 ですが期待が裏切られた時は辛いですからな…」

「はぁはぁ、冒険者には別れが付き物、

 そう考えておかないと心がもたないんだな」

「それは…確かにお2人の言う通りであります…」

「ギ、ギルバート氏、まだ決まったわけではありませんぞ」

「はぁはぁ、確認するまでは分からないんだな、元気出すんだな」

「そ、そうでありますね、早く食べて確認しに行くであります」


急ぎ足で食事を詰め込んだ3人は中央指令所へと向かった。








一方その頃、天界から期間中の松本は。


「あばばば…」


天界と下界を隔てる分厚い雲の中を落下中、

青ざめた顔でお腹を押さえているのは

雲の中で休んでいた野生のペガサスに激突したからである。


「明るくなって来た…そ、そろそろか…」


白い雲を抜けた先で待ち受けていたのは、

高く昇った太陽と地平線の彼方まで広がった黒い雲だった。


「雨雲…じゃないよな絶対、魔族が襲撃してくる時のヤツだろうけど、

 地面が全く見えないなんて異常だ、俺が死んでからどれだけ時間が経ったんだ?」


太陽の高さから考えると恐らくお昼時、

松本が死亡してから17~18時間が経過していると思われる。



「うぉ!? なんだアレ? 空に穴が開いてる… 

 まさか異世界に繋がってたりしないよな?」


禍々しい空の亀裂を訝しみながら黒い雲へと突入。


「昼なのに夜みたいに暗い、それになんか圧迫感が…、

 同じ魔族の襲撃でも魔王がいるのといないのでは別物ってことか」


暗闇の中でも城壁の上で輝いているマッチョ達のおかげで

町の輪郭と主要な箇所が浮き彫りになっている、

点在する光に欠けた箇所が無いので何とか死守しているらしい。


「(ってことはあっちのチカチカしてる光が魔王の戦場だな、

  あれからもずっと戦い続けてるのか…いや、バトーさん達だけじゃない、

  世界中が戦ってて生き残るために必死に抗ってる、

  俺も全力で抗わないとな、お情けで生き返らせて貰えたけど次はない、

  細かいことは考えずに体に戻ったらとにかく回復魔法だ)」


遺体の安置されているウルダの中心へと向かってグングン降下。


「あれ…これ何処向かってんの? え? ちょとぉ?

 ちょ待っ…魔族が、っていうかこのままじゃ地面にぃぃ!? ……ぃ? 」


湧いていた魔族を吹き飛ばして石畳みスレスレで止まった。


「大型魔族の攻撃か?」

「何もなさそうだけど…」

「被害はなさそう…か?

「?」


中央指令所直通出入口を警護している者達が首を傾げている。





「た、助かった…はぁ~びっくりした、………ん? 

 いやいや、なんで止まってるんだ? 俺の体は? 体が無いとマズいんだけど…、

 うぉ!? 地面に腕が…って、そうか俺魂だから地面とか壁とか関係ないのか」

「(捕まえた)」

「んお? ぉぉおお!?」


女性の声が聞こえたかと思うと体が浮き上がり、

キラキラと光を纏いながらウルダの上空へと引き戻されて行く。


「ちょちょちょ!? うそぉん!? か、勘弁して下さいよ神様ぁ!

 やっぱり特例が認められなかったとかそういうアレっすか!?

 蘇生キャンセルとかそういうアレっすか!? 

 まだ未練ありますんで! 全然やるべきこと果たせてないんでぇ!

 本当の本当に勘弁して下さい! お願いします神様ぁぁ!」


心からの叫びが通じたのか上昇が止まった。


「ゆ、許された? い、良いんですか? 俺許されましたか? …ん?」


かと思ったら今度は上下に動きながら無秩序にグルグルと回転、

無重力下でバランスを崩した宇宙飛行士みたいになっている。


「す、すみませ~ん! これどういう状況ですか~? 

 もしかして迷ってます? 審議中だったりします~?」

「(動かないで…)」

「うぉ!? だ、誰?」

「(答えてる余裕は…ないから…)」

「はい~…」

「(私1人だと…早く…)」


なんか大変そうなのでグルグル回りながら大人しくしていると、

何処からともなく2つのキラキラが飛んで来て、

松本の全身が光に包まれると姿勢が安定した。


「(ふぅ…どうにか留められた…)」

「(遅くなってすまない、大丈夫か?)」

「(かなり消耗してる…)」

「(後は私達に任せて回復に努めて下さい)」

「(支えるくらいはやれるから…貴方もまだ完全ではないでしょ…)」

「(そうですね、助かります)」

「(たったこれだけのことに3人がかりとは不甲斐ない、

  彼は1人で耐えているというのに…)」

「(悲観することはありません、彼にしか出来ないことがあるように、

  私達にしか出来ないことがあります)」

「(世界の理は1人の力だけでは変えられない…)」

「(今のは私の負い目から出た言葉だ、聞き流して欲しい)」


女性が声が2つ、男性の声が1つ、

頭の中に直接流れ込んで来るような不思議な感覚に戸惑いながらも、

気になっている質問を投げかけてみることにした。


「あの~もしかして、貴方達って意志を持ったマナだったりします?」

「(そうだ、話が早くて助かる)」

「いえ(へぇ~マナの声って俺にも聞き取れるものなんだなぁ、

 …んな訳ない、これは多分あれだな)」


そう、松本の予想通り魂状態による一時的なブースト効果である。


「(転生キャンセルじゃなくて良かった…)」


心底ホッとした。







「(私達の声はどの程度届いていますか?)」

「どの程度と聞かれると返答に困るというか…、

 ちょっと変な感じはしますけど特に途切れたりはしてないです、

 問題なく聞き取れていると思いますよ」 

「(それは良かった、これ程までに会話が成り立つのは嬉しい誤算です)」

「ほう、予想外だったんですか?」

「(マナの満ち始めは一時的に声が届きやすくなったが、

  今は逆に抑えられてしまっている、

  そうだな…君は水圧を理解できるか?)」

「水に押される力で、深くなるほど程圧力が高くなるってヤツですよね?」

「(現状はまさにそれだ、マナの海の底に蓄積していたマナが

  こちら側に流れ込み世界を満たしている、

  肉体を持つ者達にとっては些細な変化だろうが、

  マナである私達にとっては重圧だ、強い力を受けているため

  以前の様には声を届けられなくなってしまった)」

「なるほど(俺が感じている圧迫感の正体もそれっぽいな、

 サラッと話してたけどあの亀裂の向こう側はマナ海なのか)」


ケルシスが唱えていた

『黒い雲の下にマナが溜まっている説』は正しかったらしい、

流石はシルフハイド王である。


「(無理をすれば声を届けることは可能です、

  ですが加減を間違うと私達自体が消滅しかねません、

  貴方の体を運んで頂くように依頼した際もかなり消耗してしまいました)」

「え!? 貴方が俺の体を運ぶように頼んでくれたんですか?」

「(はい、他に私達の声を届ける方法が思いつかず…

  身勝手な行いだとは理解しています、申し訳ありません)」

「いえいえそんな、俺は感謝してるんです、

 あのままだったら絶対に生き返れなかったんで、

 お陰でチャンスを貰えました、その節はどうもありがとう御座います~」

「(うっ…)」

「(すまないがあまり動かないで欲しい)」

「(今の私達では貴方を留めるだけでも大変なのです)」

「すみません…」


頭を下げただけでも負担になるくらいギリギリらしい。


「貴方達が声の代弁者を求めてるのは分かりましたけど、

 俺は具体的には誰に何を伝えればいいんですか?」

「(一言で表せる程簡単な話ではないのです、

  順を追って説明させて下さい)」

「了解です、よろしくお願いします」

「(魔王の復活に伴い世界は危機的な状況にあります、

  ですが魔王というのは不完全な理によって生じた現象の一部でしかありません)」

「(形を構成するマナを何処から得ているかという違いがあるだけで、

  魔王と魔族はどちらも同じだ、2次的に生じた現象であり、

  問題の本質はマナの海からこちら側へマナが流れ込むことにある)」

「つまり、え~と…一般的に言われてる話とは順序が逆ってことですか?

 魔王が復活するから魔族が襲って来るんじゃなくて、

 その理?が不完全なせいでマナの海からマナが流れ込んで来て、

 その結果魔王と魔族が襲って来る」

「(そうだ)」

「そんでもって、不完全な理を正さない限りは同じことが繰り返されるので

 魔王を討伐する意味はあまりない、ってことでいいですかね?」

「(それは違います、魔王を消滅させることには大きな意味があります、

  簡単に言えばマナの海の底に開いた亀裂を閉じることが出来ます)」

「? でも…ふんんっ!!」

「「「(!?)」」」


何時もの癖で腕を組んで首を傾げようとしたが

負担になることを思い出して咄嗟に筋力で止めた。


「(凄い顔をしていましたが…大丈夫ですか?)」

「大丈夫です」

「(首筋が妙に盛り上がっていたが…発作とかでは…)」

「気にしないで下さい、極めて正常です」

「(そ、それなら良いですが…)」


※右に傾けようとしたのを止めたので

 左の顔から肩にかけて筋肉に多大な負担がかかりました。






「さっき順序が逆だって言ってましたよね?

 魔王は2次的な現象だから討伐しても

 亀裂が閉じることはないんじゃないですか?」

「(それを理解するには亀裂が生じる原理と特性を知らなければならない、

  マナには重さがある、不完全な理によって

  循環の輪から外れたマナは重いためマナの海に蓄積してゆく、

  やがて重みに耐えきれなくなると

  底に亀裂が生じこちら側へとマナが流れ込む)」

「(ですが亀裂はいつまでも開いているわけではありません、

  蓄積したマナが減るにつれ徐々に閉じて行き、

  負荷が許容範囲内になると完全に閉じて元の状態に戻ります)」

「じゃぁ、魔王を討伐しなくても亀裂が閉じることもあり得るんですか?」

「(当然だ、マナの海に蓄積したマナが減りさえすれば亀裂は閉じる、

  そしてこちら側へ流れ込んだマナは、

  魔王や魔族として消費され循環の輪へと戻る)」

「(本来はこのような手順を踏まずとも

  全てのマナが循環の輪の中で巡る筈なのです)」

「なるほど、一部のマナを循環させる機能が不足してるってことですか」


この辺りはノアが唱えていた説が合致している、

流石はマナ研究に人生を捧げた男である。



今の話を纏めると


・理が不完全なせいでマナの循環不良が発生する。

・処理できない不良マナが貯蔵庫(マナの海)に溜まる。

・溜まり過ぎると貯蔵庫の底が抜けこちら側へ漏れ出す。

・漏れた不良マナは魔族とか魔王になる。

・なんか知らんけど不良マナが旨いこと処理されて正常に循環する。


この『明らかに不具合があるけどなんか動いてる』みたいな、

エンジニアが頭を抱えそうな状態がこの世界のシステムらしい。


「(ですが満ちたマナが消費されるには長い時間を要します、

  太陽の光が絶たれマナが過度に満ちた環境下では

  人間や魔物は長く生きられません、多くの生物が死滅するでしょう、

  1度でもその選択肢を選べばこの世界は崩壊してしまいます)」


オマケに押すボタンを間違えると全部吹き飛ぶらしい、

思ったよりもヤバいシステムで動いているカツカツワールドである。







「(先程軽く触れたが魔王と魔族は基本的には同じ現象だ、

  異なるのは元となるマナを何処から得ているかという点、

  魔族はこちら側へ流れこんだマナを元にしているが、

  魔王はマナの海から直接マナを得ている)」

「直接? 魔王は地上にいるけど

 空にある亀裂の向こう側と繋がるってことですか?」

「(はい、正確には魔王がマナを引き込んでいるのではなく、

  マナの海と繋がった特異点が地表付近に生成さることで

  魔王という現象が発生するのです)」

「(マナの海に蓄積しているマナの濃度は

  こちら側に流れ込んで希薄になったマナとは比較にならない、

  魔王が脅威となるのは元となるマナが高濃度であることと、

  マナの海に蓄積したマナが尽きない限り再生し続けることにある)」

「ふむふむ、俺にも大体分かってきました、

 裏を返せば魔王を討伐出来さえすれば亀裂を閉じることが可能、

 高濃度のマナが集まっている魔王は最も効率的に

 マナの海に蓄積したマナを減らせるサービスポイント、

 ハイリスクハイリターンの突破口ってことですか」

「(その通りです)」


つまるところ、魔王復活イベントの攻略方法は

魔王を放置して時間が解決してくれるまで待つか、

魔王を討伐して早期解決を図るかの2択。


但し、1つ目の選択を選ぶとほぼ確実に人類は滅ぶので

実質魔王討伐の1択ということになる。






「ってことは魔王討伐はかなりの長期戦になりそうだな…

 まぁでも、バトーさん達なら必ずやり遂げてくれる…」

「(残念だけど無理だと思う…)」

「…え?」


松本の期待に満ちた言葉は暫く沈黙していた女性の声に遮られた。


「(確かに彼等は素晴らしい…だけど人の身では限界がある…)」

「それは…勇者が必要ってことですか? 

 前回の魔王討伐時みたいに天界で訓練したような特別な人が…」

「(違う、あの2人は驚異的な能力を持ってはいたが魔法は扱えなかった…、

  結果を残せたのは優れた装備のお陰…)」

「(2人? 勇者は3人の筈だよな?)」

「私達が知る限りこの世界は4度の危機を乗り越えて来た…、

 転換点となった1度目を除き…魔王は3度現れその度に排除された…、

 でも純粋に人の力だけで成されたことは1度もない…)」

「それはどういう…精霊様は不干渉の筈だし、勇者じゃないなら一体誰が?」

「(賢者と呼ばれた者達…)」

「!? 賢者ってあの、歴史の端々で登場して回復魔法を作ったという…ん?」


姿勢が不安定になり高度が下がり始めた。


「(少し悠長に話過ぎたようです)」

「(この程度とは不甲斐ない、君を留めるのもそろそろ限界だ)」

「え? でも話がまだ途中ですけど、理の正し方とか、誰に何を伝えるかとか」

「(これだけは避けたかったのですが仕方ありません、

  少し負担が掛かりますが私の記憶を貴方に見せます)」

「大丈夫なんですかそんなことして? 

 あまり無理すると存在が消えてなくなるとか言ってませんでした?」

「その点は心配いりません、私にはあまり負担は掛かりませんので、せい!)」

「うごぉ!? 頭ががが…」


負担が掛かるのは松本側だった。


「(車? 学生か? 光…うがががが…)」


近代化した都市、研究室、世界を包み込む光、

文明の崩壊、変革、黄金の竜、赤い瞳の女性、荒廃した風景、

魔物、獣人、精霊、魔王、繰り返される再生と崩壊。


それはこの世界が辿って来た軌跡、

歴史の影で抗い続けていた者達の旅路の記憶、

時の流れに消え去り伝わることのなかった真実。


「(あば…あば…あぱぁぁ…もう駄目…頭爆発しゅしゅ…)」


数千年分の情報を注ぎこまれ松本の脳内メモリーはパンク寸前である。


「(終わりましたが大丈夫ですか?)」

「の、脳がが…が…腫れてるるる気がしま…ま…すすぅ…」


白目剥きだしで小刻みに震えているので駄目かもしれない。


「と、取り敢えずやるべきことは理解しました…、

 ドーラさんや貴方達が何者なのかも全部…」

「(そうか、ならばもう言葉は必要ないな、君に託す)」

「(全てが噛み合えばきっと理を正せると思うから…)」

「(私達の声の代弁者として後のことを頼みます)」

「任せて下さい、貴方達が繋いでくれたように俺も希望を繋いでみせます」

「「「(どうか彼を…)」」」


キラキラとした輝きが離れると

支えを失った松本は体を目指して降下を再開。


「生き返らないといけない理由が増えちゃったな」


覚悟を改めながら魔族を吹き飛ばして地面の下へ。


「あった、俺の体」


ようやく診察台に安置された体と対面した。








顔に生々しい縫合傷が確認できるが胴体は包帯でグルグル巻き、

一方で縫合出来ない左腕と左足の切断面はむき出しのままとなっている。


空になった血液パックがあるので輸血が施されていると思われるが

包帯は綺麗な白を保っており、他の傷口からも血が溢れたりはしていない、

不自然極まりないがそもそも死後時間の経った肉体に対し、

生きた人間と同様に輸血が行えるのかという疑問も残る。


「(ドーラさんにも感謝しないとな)」


意思を持ったマナの記憶を共有された松本は理解しているが、

当然普通の状態ではない、女神が感づいていた通り、

ドーラさんによってギリギリ生き返れるように手が加えられている。


といっても諸事情により手を加えたのは

血液関連と死滅した脳細胞をマナで代替しただけなので、

生き返れるかは松本次第、あくまでも器を整えた程度である。


そんな状態の肉体に魂が戻るとどうかるかというと…


「!? ぐっ…っ…っ…」


当然激痛にのたうち回ることになる。


「っ…ぅぅぅ…っ…」


実際には痛みで体中の筋肉が強張るため

のたうち回る余裕などなく只々硬直である。


高まり過ぎた眼圧に耐えきれず右眼球の毛細血管が破裂、

砕ける程に歯を食いしばっている影響で頬の傷口が引っ張られ、

何か所かは縫合糸が肉を引き裂き完全に開いてしまっている。


そんな状態でも血が噴出さないのはドーラさんのおかげであり、

胴体の傷が頬のように開いていないのは

こうなることを予見した女医と助手が重要な臓器を保護するために

包帯をキツキツに巻いていてくれたからである。



「(か、回復…回復魔法…)」


途切れそうにある意識をなんとか繋ぎ止めつつ回復魔法を使用、

傷口が塞がるにつれ痛みが和らいで行くのを実感する、

地獄のような数分間を耐え抜き松本は大きく息を吐いた。


「ふぅ~…なんとか生き返れた…

 俺の実力にしては回復速度が早すぎる…

 これも多分ドーラさんの処置の影きょ……あれ…?」


感触を確かめるように掲げた右手をニギニギしていると

視界がかすみ意識が遠退き始めた。


「(なん……まさか!?)」


咄嗟に拳を握り左胸を叩くと視界と意識が一瞬回復した。


「(心臓が動いてない!?)」


通常の人間の場合は心臓が止まって15秒程で意識を失い、

3~4分程で脳に回復困難なダメージを負う、

5分経過で死亡と後遺症のリスクが高まり、

8分も経過すればほぼ助からない。


松本の肉体は死後17~18時間が経過しており本来であれば論外、

そこをドーラさんという規格外謎パワーで

無理やり蘇生可能状態を維持していた。


魂が戻り傷を塞いだことで蘇生処理が完了、

肉体が本来の活動を再開したことで、

血液中の酸素が消費され始めたのだが、

酸素を取り込む肺が活動を再開しても、

心臓が止まったままなので酸素を運ぶ血液が流れない、

つまり、ちゃんと生き返りはしたが、

直後に死に向かて走り出したというわけである。


神の助力なしでの蘇生は至難の業である。


「(くそ…もう力が……何か……)」


微かに残った酸素で頭を回そうとするも思考は鈍化、

握っていた拳はほどけ腕を上げることも困難となり絶体絶命である。







一方その頃、診療所の外では。


「今回も具が少ないですね先生」

「スープを出す理由は食材を節約するためなんだそうだ、

 最初から切り詰めて行かないと直ぐになくなってしまうということだろう」

「なるほど、確かにスープは最適ですね、

 水はいくらでも出せますし最悪具が無くても調味料だけあれば作れます」

「調味料も少なくなれば味がどんどん薄くなって

 最終的にはお湯になったりしてな」

「あははは、体が温まるから水よりは健康的ですよ」

「はははは、飲むより浸かった方が効果が高いぞ」


女医と助手が中央指令所内に設置された配給所の鍋を覗いて談笑中。


配給所と言っても他の避難所とは異なり

パンと鍋が置いてあるだけで配給する人はいない、

そんなことに割く人員は無駄だし、

忙しくて直ぐに手が離せない人の多いので、

自分で取りに行くセルフ方式となってる。


因みに、具が少ないのは貴族達の意向で庶民達へ回したからだったりする。


「やや、貴族の方々は今から食事のようであります」

「はぁはぁ、先生がいるから手術はたぶん終わってるんだな」

「し、しかし食事前となると流石に…じ、時間を変えて出直しますかな?」

「ここは小生達のような日陰者が何度も立ち入って良い場所ではないであります、

 多少無理を言ってでも早めに要件を済ませた方が良いと思うであります」

「はぁはぁ、吾輩もそう思うんだな、

 マツモト氏の状態を確認して立ち去るべきなんだな」


てなわけでやって来たラストリベリオンの3人は

女医と助手に申し訳なさそうに接触。


「なるほど、あのマツモトという子供の知り合いか」

「どうしますか先生? 一応感染症の心配も…あるかも? まぁ…一応…」

「普通なら心配だが…もう死んでるからなぁ、

 顔を見るくらいなら問題ないんとは思うが…まぁでも一応心配はあるか?」

「内臓にも泥とかついてましたし今更ねぇ、これ以上ない程に完璧に位死んでますし」

「「「 (えぇ…) 」」」


確認する前にとんでもないネタバレを食らった。






そして診療所へ移動し扉を開けようとした時、

ドスっという鈍い音と苦しそうなうめき声が聞こえた。


「今のは…お2人共聞こえでありますか?」

「はぁはぁ、患者さんが倒れかもしれないんだな」

「い、一大事ですぞ! 早く…ど、どうかされましたかな?」

「「 … 」」


無言で顔を見合わせていた女医と助手は血相を変えて扉を開け、

診察台の横にうつ伏せで倒れている松本を発見すると大急ぎで駆け寄った。


「上向きにするぞ!」

「はい!」

「弱いが呼吸があるぞ」

「脈がありません!」

「何!? 心臓圧迫! 急げ!」

「はい!」

「戻って来い、傷を塞いだってことは1度はちゃんと生き返ったんだろ?」

「「「 … 」」」


助手が心臓マッサージを施しつつ女医が瞳孔と呼吸を確認中、

ラストリベリオンの3人は心配そうに様子を伺っている。


「どうですか先生?」

「いいそ、少しだが目が動いた、そのまま継続してくれ、

 ほら頑張るんだ、しっかりしろ、こっちだこっち、私の顔を見ろ」


緊迫した空気のなか2分ほど心臓マッサージが継続されると…


「…た…たすっ、かりっ、ましっ、た」

「「「(はぁ~…)」」」


松本は圧迫されるリズムり合わせて言葉を発し、

安堵したラストリベリオンの3人はその場に崩れ落ちた。


「私の指を目で追いかけてくれ、よし、何本だ?」

「3本っ、ですっ」

「名前は?」

「松っ、本っ、です」

「よし、取り敢えずは大丈夫そうだな、圧迫はもういいぞ」

「ふぃ~…疲れましたぁ…脈の計測はお願いしますぅ…」


2分間全力で心臓マッサージを続けていた助手は

床にヘタリ込んで汗を拭っている。


「危ない所だったな、生き返るなら私達がいる時にしてくれ」

「そんなの自由に選べませんよ、生き返れるだけも……あれ?」

「…脈が弱まってる」

『 !? 』


助手とラストリベリオンの3人に電流が走った。


「先生変わりにお願いします! 休まないと直ぐには無理です!」

「な、ならば拙者が変りますぞ!」

「はぁはぁ、吾輩も協力するんだな!」

「小生も全力でマツモト氏を助けるであります!」

「あ、取り敢えずは自分でやれると思いますんで、焦らなくても大丈夫です」


そういうと右手を胸に置いてスパーク(雷魔法の初級)でビクンビクン。


「お、脈が戻って来た」

「なんかさっきより強くやれてます、

 普通に話せるくらいまで元気にして貰えたからかもしれません」


胸を叩く力が無くても行える魔法によるセルフ心臓マッサージ、

1人の間はずっとこれで耐えていたそうな。


多少回復したから助け呼びに行こうと体を動かしたら、

一気に酸素を消費するわ、診察台から落ちて右手が胸から離れるわで、

心臓マッサージが途切れて再び死にかけていたらしい。





「でもこれやめると心臓が止っちゃうんですよね、

 あと他の部分も刺激されて少し話しずらい、困ったな」

「元の状態を考えれば動いているだけでも凄いと思うぞ」 

「まぁそうなんですけど、

 (なんか表面的な刺激しか入ってないというか、

  心臓の裏が動いてないというか、もう少し直接的な刺激があれば…)」


心臓は表皮、筋肉、肋骨(胸骨)、奥にあるので

松本程度の実力で表面からビリビリしても効果が薄いのは当然である。


「あ」

「? ど、どうかしましたかな?」


ということでラインハルトと目が合ったので作戦変更、

ラインハルトと向き合った松本を背後からギルバートが支え、

更に2人をグラハムが支えるフォーメーション。


某有名漫画のグリー○アイランド編に登場する、

ドッチボールの合体シーンを髣髴とさせるが、

ギルバートは正面を向いているし、

最後尾のグラハムがヒ○カと異なり肥満体形のため

お腹が邪魔で包み込めていない、完全に別ものである。


際どいフォーメーションだが恐らく問題ない。


「マ、マツモト氏、もう1度確認なのですが、本気なのですかな?」

「このままだと困るんでお願いします」

「おい何言ってるんだ! そんなもの医者として認められんぞ!」

「はぁはぁ、マツモト氏の決意は固いんだな」

「これはギルバート氏の腕を信頼しての依頼であります、

 小生達も回復を手伝うので大丈夫であります」

「馬鹿なことはやめろ! 心臓が破裂するぞ!

 他の箇所だってだってどうなってるかまだ分かってないんだ! 

 ほら放せ! 診察台に戻すんだ!」

「先生の言う通りですよ! 何とか動かせてるんですから

 もう少し状態が落ち着いてから方法を考えましょう!」


医療従事者VS冒険者で大荒れの診察所、

貫通力に優れたライトニングで心臓を直接ぶん殴るという、

医療冒涜荒療治なのでそりゃ声も張り上げるというもの。


そのままだと流石にヤバいので松本、ギルバート、グラハムの

3人がかりで回復魔法を使用してるところに

ライトニングを打ち込み負傷を最小限に抑える手筈となっている。


※動かし続けないと心臓が止まるので

 松本はライトニングが放たれるまではスパークを使用する必要があります。

 




一方その頃、診療所の外では。


「離せ!」

「診療台に戻しなさい!」

「…何事でしょうか?」

「あの話し方からするとドーラさん関連ではなさそうですが…」


事情を知らない人達は漏れ出る声を不振がっていた。






「俺どうしてもやらないといけないことがあるんです、

 ゆっくりしてる時間はないんですよ、ラインハルトさんお願いします」

「…け、決意は固いようですな、雷鳴のラインハルト覚悟を決めましたぞ」

「だからやめろって!」

「先生危ないです! 離れましょう!」

「い、行きますぞマツモト氏! せぁぁ!」

「…っ」

「ぎゃ…」

「うぐぐ…」


放たれたライトニングは松本の心臓を捕え、

後ろの2人を貫通すると壁に衝突して四散した。


貫通しているのでどちらかというと

ドラゴ〇ボールのラディ○ツ編の最後っぽいが気にしてはいけない。


「も、もう1回…もっと強くお願いします…」

「お、お覚悟をぉ!」

「…っ」

「んぎゃぁ!?」

「んぐぅぅ!?」


一回り太いライトニングに貫かれ3人の体が硬直する、

グラハムは後方に倒れ、ギルバートは白目剥いて気絶、

支えを失い尻もちを付いた松本は顔を上げると笑みを浮かべて吐血した。


「げほっ…けほっ…」

「マ、マツモト氏!? 大丈夫ですかな!?」

「血を吐いて大丈夫は筈がないだろう、言わんこっちゃない、

 回復してから血を全部吐かせるぞ」

「はい先生、心臓は私が動かします」

「待って、げほ…うまくいったみたいです…げほ…」

「「「 えぇ!? 」」」


多少損傷したが無事に蘇生完了、

意外と何とかなるものである。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ