表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
300/304

300話目【見落としていたもの】

ウルダの南の草原、爆炎とマナが吹き荒れる魔王との決戦の地。


「ふぅ…ノル、今何時?」

「さっき見た時は夜中の2時を過ぎてた」

「戦闘開始から約5時間か…先が見えない戦いは辛いわ」

「冒険者になりたての頃に同じようなことがあったけど、

 ここまでは長いのは初めてね、マナは?」

「残り2割ってところ、それより集中力が途切れそう、お腹も空いて体力も…」

「カルニギルド長~! ターレを休ませないとマズいわ~!」

「ルドルフ、ゲルツ将軍、マダラさん行けますか?」

「当然、やってやるわよ」

「問題ない」

「いつでも交代できるぞ」

「ルドルフとゲルツ将軍は前に! マダラさんはバトーと光魔法役を交代!

 タレンギさんとノルドベルさんは下がって一時休息!」

『 了解! 』


各々の配置が引き継がれたことを確認してからカルニの近くへ退避、

強化魔法で周囲を幾重にも囲まれて束の間の休息へ。


「お疲れターレ、後で目を閉じて横になった方がいいわ」

「えぇ、ノルもね」


光魔法とカルニへの信頼によって支えられている戦場の安息地、

肉体よりも心を休められる効果は大きい。


「カルニ、肉とマナポーション貰うぞ」

「えぇ、バトー、まだマナポーションの在庫はある?」

「あと10個はある、12個だな、追加を頼むか?」

「そうね、私が呼ぶから空になったマナポーション容器を渡して」


直上に3連ライトニングが走るとハイエルフが飛んで来て、

バトーとやり取りをした後にウルダへと飛んで行った。


安息地にはハイエルフ達が運んできたポーションと食料、

強心剤や精力剤、中には無理やり戦い続けるための劇薬など、

長期戦に必要と思われる物資が貯め込まれている。


「バトー、悪いんだけど直ぐにマナの回復と食事を済ませて、

 暫く休んだらミーシャと盾役を交代して貰うから」

「了解だ、カルニも休んだ方がいいんじゃないか?」

「私はミーシャが休んでマダラさんと光魔法役を交代した後にするわ、

 じゃないと不安定になるから」

「そうか、何度か魔王を消滅寸前にさせたよな、

 なのにまだモギの形を保ってるってことは」

「たぶん魔王本来の核に近い場所にあって攻撃が届かないんだと思う」

「モギの血が破壊出来ないとなるとこのまま削り続けるしない、

 最初に立てた作戦は諦めた方が良さそうだ」

「ごめん、私の予想が甘かった」

「やること自体は変わらないんだ、大した問題じゃないさ、

 確かに魔王の攻撃は激しい、だが的が大きい分早くマナを消費させられる、そうだろ?」

「えぇ、そうね」








同時刻、ダナブルの種博物館に隣接している

シード計画施設内への物資搬入倉庫。


ジェリコとラッチの光魔法に照らされながらノアが最終調整を行っている。


「ノアさん、剣と盾はどうしましょうか?」

「移動の妨げになりますので置いていきます」

「確かに今のノアさんなら使い慣れない装備よりは、

 手からマナを放出した方が直感的で楽ですよね、

 もしもの時のためにこの2つは箱舟に収めておきます」

「宜しくお願いしますクルートンさん」


そう答えたノアは胴体部が一回り大きくなっており、

四肢と頭部の統一感のある白色とは異なり剥き出しのミスリル銀、

突貫工事で弄りました感がありありと見て取れる。


元々右胸部に納められていた外部情報取り込み用の予備水晶を外し、

変わりに新たな動力源となるルーンマナ石を収納、

左胸部にはルーンマナ石と接続済みの守り人のコア水晶玉を収納、

腹部に納められていた動力源の大型マナ石の代わりに、

作戦の肝となるルーン魔増石が収納されている。


注目すべきはその隙間の無さ、ミスリル装甲の内側は

ルーン魔増石を稼働させた際にマナの放出口となる腹部の穴を除き、

全ての空間がアダマンタイトでギッチギチに固められている。


またメインの推進装置となるバックパックの魔増石を大型化、

四肢の魔増石も強度を増した物に交換されている。


カプア、ハンク、クルートン、そしてノア自身が施した改良により、

莫大なマナを動力とした長距離飛行と、

ルーン魔増石を使用した高密度のマナ放出が可能となった。


但し、放出口となるアダマンタイトの強度に限界があるため、

ルーン魔増石をフルパワーで稼働させることは不可能、

出力を上手く制御しなければアダマンタイトが破損し、

マナの放出方向を制御することが出来なくなる。


下半身が吹き飛ぶ程度なら良いが、

万が一にでもルーンマナ石を破損させた場合は大爆発、

更に、外的要因などでルーンマナ石が破損しても大爆発、

マナの残量によって被害範囲は変化するが、

現状であればカード王国の大半が吹き飛ぶことになる。


まさに動く核弾頭、搭載された物の規模を考えれば

ミスリルの装甲など紙同然、非常に心許ないが、

資材的にも時間的にもこれが妥協点である。


ルーンマナ石の破壊力を最も安全に抑え込むには大量の水が必要、

海を持ち歩くなど現実的ではない。


因みに、パックパックに氷の魔集石の手斧が固定されているが、

ノアの手は届かないので使用不可である、運搬が目的なので問題ない。




「ノアさん、意思を持ったマナは?」

「現れていません。魔王討伐が開始されたことを伝えに来たのが最後です」

「戦況は不明なままですか…」

「今は魔王討伐部隊の方々を信じて向かうしかありません」

「私にもっと技術力があればここまで時間が掛らなかったのですが」

「ハンクさんがいたからこそ短時間で形にできました、

 胸を張って下さい、貴方の技術力と発想力は素晴らしい、

 クルートンさんやカプア主任、私にもないものを持っています」

「うぐぅぅ…ノアさんにそう言って頂けると、ありがとう御座いますぅ!」


涙を流しながらもハンクはカプアと共にバックパックのボルトを締め付け中、

会話に呆けて手を止める余裕などない、極めて切羽詰まった状況である。


「はい、取り付け完了! よ~し動作確認~!」

「マナを放出します」


カプアの指示に従いノアがバックパックの魔増石からソヨソヨとマナを放出、

続いて両手の平と両足の魔増石も作動確認、

最後に少しだけ浮いてみて完了。


「一応正常に動きはしたけど油断は禁物だよ~ノア君、

 実際の強度限界と長時間稼働時の影響は不明、

 ウルダに着くまでに爆発しない保証はないんだからね」

「分かっています、その辺りは実際に動かしながら探るしかありません」

「カプア主任、無理な改良作業に協力して頂き感謝しています」

「そんなの当然だよ~製作者の私が協力しないで誰がするんだい」

「ははは、それもそうですね、さてと、お待たせしましたロックフォール伯爵」

「もう良いのですか?」

「はい」

「貴方の考察が正しければ2度と戻って来ることは無いでしょう、

 つまりこれが最後の別れになるわけです、もう隠さなくて良いのですよ、

 ここにいる中で貴方の正体を知らないのはハンクさんだけですから」

「?」


何のことか分からず周りを伺っているハンクにトナツが耳打ちすると、

口と目を大きく開いて分かり易く驚愕した。


「ほらイオニア、恋人との最後がそんなんでいいわけないでしょ、絶対後悔するよ」

「…」


リンデルがハグしろアピールしている。 


「カプア」

「ちょっと苦しい…」

「あ、ゴメン、こういうの慣れてなくて…」

「んもう、最後まで締まらないなぁイオニアは」


抱きしめるイオニアの腰に手を回しカプアは固い胸に顔を寄せた。



「僕が消えても泣かないで欲しい」

「うん、泣かないよ」

「一緒に研究が出来て楽しかった」

「そうだね、時間を忘れるくらい楽しかった」

「いつも明るい君が大好きだった」

「私は今も好きだよ」

「僕もだ、でもいつまでも君を困らせたくはないから…今まで本当にありがとう」

「うん、こちらこそ、ありがとう」

「「 … 」」


最後に互いを強く抱きしめて体を離した。


「僕の人生の中で最大の後悔は守り人に触覚を再現できなかったことだ」

「流石にそれは無理だよ~出来たとしても凄くお金が掛かるし」

「そこはほら、ペニシリが出してくれる筈」

「出しませんよ、貴方の趣味より優先すべき問題が山ほどありますから」

『 ははははは 』


和やかな雰囲気の中、倉庫の扉が開かれ離陸体制に。


「ペニシリ、アントル、プリモハちゃん、トナツ先生、

 クルートンさん、リンデルさん、ペンテロさん、

 ジェリコ君、ラッチ君、ニコルちゃん、ハンク君、

 カプア、皆ありがとう、それと元気で、奇跡を証明しに行って来るよ」


キラキラと輝く軌跡を残しイオニアは暗い空に消えた。







そして、場所は変わって天界。


「という感じでして、ご理解頂けましたかペルセポネ様?」

「ん~…」

「ははは、少々説明が速足過ぎましたかね?

 ご不明な点があれば何でもご質問下さい、

 この超有能エリート天使アマダがスバっとお応え致しますよ」

「言ってることは分かったんだけど、ん~…」


鼻高々のアマダの前で腕を組んだ女神がどうしたもんかと首を傾げている。


「何も入ってない袋を見せられて、

 天界の秘術で隠れていた魂を捕まえたって言われてもねぇ…」

「げっちゅぅ!」

「!?」


突然奇声を発しながら拳を付き上げたのでビクッとした。


「その疑念、当然ですペルセポネ様」

「(腹立つ程いい顔してるわね…)」


どうやら求めていた言葉だったらしい。


「微塵も臆することなく堂々たる態度で空の袋を見せ付け、

 存在するかも疑わしい天界の秘術を口にする私は、

 そう! まるで嘘と策略を巧みに操るヘルメス様のよう!

 ははは、流石に少し大袈裟過ぎましたか、

 実は最近ヘルメス様の著書を読むのにハマってるんです、

 新たな見識を得て有能さに磨きを掛けようと思いまして」

「へ~…(ただでさえ忙しいってのに…面倒臭っ…)」

「「 どっせ~い! 」」


ウンザリした顔の女神の後ろには魂が列を成しており、

2人の天使が転生君をフル稼働させてシャキシャキ処理中している。


「私の報告内容と真偽不明の天界の秘術、

 一見難解に思える内容ですが真相を確かめる方法は極めて単純です、

 秘術を扱う者に振れれば良い、さぁペルセポネ様! この袋の中にお手を!

 そして天界屈指の難題を見事解決して見せたこのアマダにお褒めのお言葉を!

 …っておぉぉい!? いないだと!? 生肉!? どこだ生肉!?」


空の袋に上半身を突っ込んでガサガサしている。


「(はぁ…必死になってるところ悪いんだけど、

  真偽もなにもゼウス様が煩いから使用しないようにしてるだけで、

  天界の秘術ってのはハデス様のお力なのよねぇ、

  でもそんなことアマダには教えられないし…)」


使用者の姿と声を完全に消すことが出来る秘術、

そんなもん悪用方法はいくらでもあるわけで、

大昔にゴッドミーティングで使用が硬く禁止され、

現在では真偽不明のミステリー扱いとなっている。


風の噂ではいろんな女性に手を出しまくっていたゼウスが、

パンパンに腫れあがった顔で騒ぎ立てたことが切っ掛けとかなんとか…


相当都合が悪かったみたいで秘術の存在自体を

隠匿するために躍起になっていたとかなんとか…


真相を知るのは神々のみである。


因みに、アマダは秘術の真相を知らなかったが、

ペルセポネの部下である天使達は

ハデスのお気に入りなので知っているらしい。






「(揉め事の種をその辺の魂に使用するなんて考えられないのよねぇ、

  アマダって仕事は出来るけどかなり誇張して話す癖があるし、

  っていうか大抵嘘だし…真面目に聞くのも正直馬鹿らしいっていうか…)」


心底どうても良いらしく女神は呆れを通り越して虚無の顔。


なお、今回の報告もあることないことガッツリ誇張しており、

20分以上饒舌に語り続けていたので同情の余地はない。


「くそっ、重要なところでいなくなるとはどういうつもりだ、

 エリートである私への嫌がらせか? そうなんだろう生肉?

 よりにもよってペルセポネ様の前で恥をかかせるとは…、

 君の嫉妬心にはヘラ様も舌を巻くぞ、何処だ生肉! 生肉~!」

「ねぇアマダ、忙しいからもういいかしら? 

 天使ちゃん達だけ働かせるのは可哀そうだし、

 私もそろそろ仕事に戻りたいんだけど…」

「「 どっせい~い! 」」


天使達の手によってまた1つの魂が絞られ魂の泉へと還って行った。


「はぁん!? も、申し訳ありませんペルセポネ様、 

 どうぞお仕事にお戻りください、私は少々お時間を頂き生肉を探して参ります」

「もうそれはいいから仕事を手伝って…」

「否! 断じて否! このままでは私が虚偽の報告をしたことになってしまいます」

「…、いつも通りじゃない」

「…、ははっ、冗談がお上手ですね、流石です」


冷静に放たれた正論パンチは爽やかな笑顔でスルーされた。


流石は天界屈指の自尊心と虚栄心を持ち合わせるエリート天使、

この辺の回避力も並みの天使の比ではない。


なお、自尊心と虚栄心の高さ故に下の者からの童貞煽りはスルーできない模様。


「私を陥れペルセポネ様の好感度を下げる魂胆だろうが、甘いぞ生肉!

 飛べない君の行動範囲は限られている、ずばり…保管庫だろう? 

 ははは、私が入れないとでも思ったか? 残念だったな、そこは既に攻略済みだ!」


特気な顔のアマダは袋を振りかざしながら保管庫へと飛び込んで行った。







「(左の羽どうしたのか聞き損ねたわ…)」

「「 どっせ~い! 」」

「まぁいいか、ゴメンね天使ちゃん達、私が変わるから少し休んで」

「「 ありがとう御座います~ 」」

「よいしょっと、どっせ~い! まったくもう、仕事が立て込んでるってのに、

 いきなりいなくなったと思ったら半日以上戻って来ないし、

 どっせ~い! 戻って来たらまたいなくなるしで…、

 あ、色付きの魂は後で処理するから脇に避けといてと」


モリモリ絞ってテキパキ仕分け、

ポンコツ女神とは思えない洗練された動き、

単純作業というものはやればやるだけ練度が上がるもの、

建物の外に待機している大量の魂からも察するにかなりの繁忙期らしい。


「どっせ~い! アマダには困っちゃうわよね~天使ちゃん達」

「「 そうですね~ 」」

「大体なんでいきなり秘術とか言い出したのかしら? 

 私ですらかなり久しぶりに聞いたわよその言葉、どっせ~い!」

「あ、それはですね~神様」

「少し前にハデス様から連絡があったんです~」

「え? ハデス様から? …ん? 今確かに…ちょっと天使ちゃん達あれ」

「「 ? 」」


テラス側の開いた扉から番犬トリオのケロ、ベロ、スーが部屋に入って来た。


「「 神様? 」」

「っし…」


そのまま見ていると独りでに扉が閉まり、

続いて女神の机の引き出しが開くと中からニュ~ル(液状のオヤツ)が浮いて出た。


「「「 … 」」」


訝しんでいる3人の前でニュ~ルの封が切られ、

中身がニュルと出ると番犬トリオが大はしゃぎ、

一番最初にお座りしたスーから『お手』『お替り』『グッボイ』をこなして

念願のニュ~ルタイム突入である。


「明らかにいるわよね…」

「「 います~… 」」


まぁ、言うまでもなく松本なわけで、

後ろから摺足で近付いて来た3人に背中を突かれ

シュレディンガー松本の存在が確定された。








「ちょっと、何勝手に人の机の引き出し開けてんの、

 しかも私が買って来たニュ~ルも勝手にあげちゃって」

「すみません、アマダさんの話が長かったもので、

 袋の中で待ってるの辛かったんですよ~」

「引き出し開けたのはアマダが保管庫に探しに行った後でしょうが、

 立場分かってんの? こちとら神ぞ? 全知全能の神ぞ? おぉん?」

「まぁまぁ、俺じゃなくてこの子達が食べるんだから

 そんなに怒らなくてもいいじゃないですか、

 は~い次欲しい子はどっちだ~? おぉ~グッボ~イ、グッボ~イ」 

「今日はもうあげたんだっての! ニュ~ルは1日1本!

 ここに書いてあるでしょ、ほら、栄養的にもお財布的にも1日1本まで!」

「その辺はまぁ…すみません、でも1匹だけにあげちゃうとあれなんで、

 今日は特別ってことでお願いします」


女神の小言(拳)を背中に受けながらもケロがニュ~ルタイム突入。


「スーちゃんにもニュ~ルあげますよ~」

「(あ、やっぱり頭別なんだ)」


松本の隣にやってきた天使が2刀流で参戦、スーもニュ~ルタイム突入。


「違いますよ~これはそうじゃなくて…ちょと待って欲しいです~」


と思ったが、頭が3つに対してニュ~ルが2本なので苦戦している。


「ほい」

「わ~助かります~」


松本の右手が応援に駆け付け戦局が安定した。


「(あぁ…)」


スーは三つ首なので1匹で3本、3匹合わせると1回で5本の消費、

女神の財布が悲鳴を上げている。


因みに、天界の秘術の効果は姿と声を消すことだけなので、

外の景色を眺めていた松本は外番犬トリオに匂いでバレたそうな。


「っていうか、なんでまた来たの? 

 その状態で3度もここに来るなんてかなり珍しいわよ」

「俺にもなんでか分かんないんですよね~、

 前回の仮死状態とは違って今回はしっかり死んだんで、

 真っ白な魂になってそこの列に並ぶと思ってたんですけど」

「え? 死んでるの? アマダは生肉って言ってたけど」

「それは俺が死肉って呼ばれるの嫌だったんで変えて貰ったんですよ、ほら」

「ん~確かに死肉なってる…」


額に浮き出た文字を確認した女神は腕を組んで考え込んだ。


「(1回目は私が呼んだから当然として、2回目の時点で既におかしいのよね、

  今回に限っては確実に死んでるわけだし…それに加えて秘術でしょ、

  そういえば2回目の時に翻訳眼鏡をお土産に持たせたのも…)

 天使ちゃん、ちょっとこっち来て」

「はい~」


ニュ~ル中じゃない方の天使を連れて部屋の隅へと移動。


「さっき聞きそびれたハデス様の連絡の内容を教えて貰えない?」

「いいですよ~、え~とですね~…」







以降は数時間前の通話内容。


「どちら様ですか~?」

「おっほっほ、ワシじゃよハデスじゃよ~」

「ハデス様~、どうかされたんですか~?」

「天使ちゃんの様子を確認しておこうと思っての~、

 仕事が立て込んで疲れてはおらんかの?」

「ちょとだけ疲れてます~魂が多過ぎて転生君1台じゃ全然足りないですよ~」

「そうじゃろうの、この時期はいつも爆発的に増えるからの~」

「これからもっと増えるから大変です~、

 お手伝いさんと転生君を増やして貰えないですか?」

「分かっておるよ~その辺のことはちゃんと考えておるからの、

 ただ何処も人手がカツカツでの~直ぐには増やせそうにないんじゃ、

 もう少しだけ我慢して欲しいの~」

「分かりました~頑張ります~」

「おっほっほ、健気で良い子じゃの、ところでアマダはおるかの?」

「いますよ~変わりますか~?」

「いや、その必要はないの、このまま天使ちゃんと話をするから

 その内容をワザとアマダに聞こえるように話して欲しいんじゃよ」

「分かりました~はい、はいはい…天界の秘術ですか~?」

「(て、天界の秘術!? …聞き間違いか?)」

「あ、反応したみたいです~、…はい、はいはい、

 え~? 魂が天界の秘術を使って隠れてるんですか? 場所は…」

「(やはり天界の秘術! …なるほど、

  これはエリートでなければ解決不可能の超難問だ、

  例えばそう、アテナ様直伝索敵術(通信教育)を納めたこの私のような、

  天界の秩序のため、そして私の夢のため、漢アマダ! 参る!)」

「あ、ハデス様~アマダさんがトライデントを持って飛んで行きました~」

「おっほっほ、予想通りじゃの~アマダが魂を連れて戻って来たら

 ペルセポネに事情を説明して欲しいの」

「先に説明しておかなくていいんですか~?」

「ペルセポネは何かと理由を付けてサボるから知らせん方がええんじゃ、

 天使ちゃん達に余計な負担がかかるだけじゃからの~」

「分かりました~」


というやり取りがあったそうな。







「っく…私が天使ちゃん達を置いてサボりに行くと思われてるなんて…心外だわ!

 ちゃんと一緒にサボります~天使ちゃん達に押し付けたりしません~」

「(それはそれでどうかと思います~…)」

 

サボりはする、だってポンコツだもの。


「(しかしこれでハデス様が何か企んでるのは確定ね)

 天使ちゃん、他に指示はないの? あの魂の処遇とか?」

「ないですよ~」

「う~ん…ちょと直接確認してみるか…」


机の場所まで戻り黒電話のダイヤルを回して受話器を耳に、

呼び出し音が続くもハデスは出ず30秒が経過。


「あの~神様」

「なに? 今電話中なんだけど?」

「それもう繋がってるんですか?」

「まだよ、呼び出し中」

「そうですか、俺って今の状態で魂の泉に行けるんですかね?」

「そりゃ行けるわよ、魂なんだから、ただ感情と感覚があるから…、

 うんまぁ、大丈夫、イケるイケる」

「なんか変な間がありませんでした? 本当に大丈夫なんですか?」

「大丈夫だって、一瞬だから、一気にやれば大丈夫だから」

「おぃぃぃ!? 全然大丈夫じゃなさそうなんですけどぉ!?

 絶対苦しいヤツじゃん!? 何が一瞬!? グェってなるってことぉ!?」

「煩いわねもう! 今電話中だって言ってるでしょ!」

「それだけ呼び出して出ないなら一回切ったらいいじゃない! 

 忙しいんだって! 相手が出られる状態にないんだって!」

「出ます~! もうすぐ出る筈です~! 何故なら私は神だから、

 人の子のくせして指図するんじゃないわよ! 

 立場をわきまえなさい! そして敬いなさい私を!」

「敬えるようなこと全然してないでしょうが! このポンコツ女神! 

 さっきは敢えて知らない体で質問しましたけどねぇ!

 俺のことを殺して転生君で証拠隠滅しようとしたこと忘れてねぇからぁ!」


押し問答の末、受話器は黒電話に戻された。


「「 はぁはぁ… 」」


疲れたのでちょっと休憩。


「「 どうぞ~ 」」

「ありがと天使ちゃん達」

「ありがとう御座います~」


天使達も休憩に入ったのでお茶と煎餅を貰った。







女神は机の女神専用の椅子に着席、松本はその横で立食。


「(天界にゴマ煎餅ってあるんだ)

  魂の泉って直ぐに行かないと駄目なんですか?」

「駄目ってことは無いけど、う~ん…どうなるのかしら?

 (こちら側から呼んだってことだし、

  どういう扱いなのかが分かんないのよねぇ…)」

「前回来た時は5日位の制限がありましたよね?」

「あぁ、それは生肉だったからよ、

 生肉状態だと5日位で下界の肉体が死んで戻れなくなるってだけ、

 死肉の場合は元々死んでるから特に制限はない筈」

「なるほど(お茶旨い…魂に染みる…)」


ヨボヨボ爺さんみたいな顔になっている。


「女神様、仕事を手伝うので暫くここにいさせて貰えないですか?」

「え~なんか未練でもあるわけ? 

 言っておくけど私にいくら胡麻を摺っても無駄だから」

「胡麻煎餅だけに?」

「煩い」


神に対して余計なことを言ったので手付かずの胡麻煎餅は没収。


「いい? 生き返らせて貰えたり、異なる世界に転移させて貰えたり、

 特訓を受けて凄い力を得ることが出来るのは神々に選ばれた者だけなの、

 天界の基本方針は下界に極力干渉するべからず、

 最低限の干渉に抑えて各世界の成り行きはそこにいる者達に委ねるってこと、

 どの種族が主導権を握るも良し、発展するも滅びるも自然の摂理、

 でも神として看過できない場合は特例でちょこっと手を加える、

 だからここで私の機嫌を取ったり、仕事を手伝ったりしても~…

 天使ちゃん達いつものお願い」

「「 了解です~ 」」

「……どう?」

「もう少し待って下さい~」

「暫く使って無かったから奥の方にあって…」


ライトをゴロゴロ引っ張り出して来てコンセントに挿入、

天使達が両手で〇を作りGOサインを出した。


「生き返れ~ま・せん!」

「(眩しっ…)」


女神が両手で作った×を頭上に掲げると、

後光フラッシュで松本の瞳にダイレクトアタック、

からのスンッ…数秒で後光が途絶え部屋が暗くなった。


「神様~ブレーカーが落ちました~」

「まだやりますか~?」

「もうやらないからブレーカー上げてライト片付けちゃって~」

「「 了解です~ 」」

「ありがとね天使ちゃん達」

「「 はい~ 」」

「(なんか懐かしいなこれ…)」


前回予算が下りてデータ処理用PCを新調したのだが、

後光ライトを発熱球からLEDに変える予算は下りなかったそうな。


「今の話からすると最初に俺を転生させたのってかなりマズかったんじゃ」

「まぁ…うん…お茶淹れてこよ…」


当然お咎め無しなんてことはないのでペルセポネはバチクソに怒られました。







「生き返るなんてのは望んでないですよ、未練なんてないですから」

「ふ~ん、えらくアッサリしてるわね、本当に何にもないの?」

「ないです、俺はやり切ったんです、2度目の人生に満足してます」

「っは、またまた強がっちゃって~何をやり切ったって? おん?

 転生してから1年位しか経ってない筈でしょ? 

 人の子がそんな簡単に満足するとは思えないんですけど~?」 

「俺は太く短く派なんで1年でも満足できるんです」

「あそう、へ~満足ねぇ…ほ~ん…」


女神が淹れ直したお茶を啜りながらニヤニヤしている。


「ちょっと、なんですかその目は? 人の人生に文句でもあるんですか?」

「別に、ただな~んか私のゴッドセンサーに反応があるのよねぇ」

「…因みに、何に反応するんですか?」

「後悔と未練」

「えぇ…(ピンポイント過ぎるだろ…生き辛そう…)」


松本も妙なセンサーが搭載されているので人のこと言える立場ではない。


「とにかくもういいんですって、もし生き返ったとしても

 魔王の目の前ですからまたすぐに戻って来ることになりますし」

「えぇ!? よりにもよって魔王に殺されたわけ?」

「いきなり背後に現れて1撃でスパッと、

 何を隠そう、俺が魔王復活後の記念すべき第一犠牲者です!」 

「いや…自信満々に言うことじゃないでしょ…」

 

2度目の生が与えられること自体が稀であり、

加えて神と魔王に殺された経験を持つ者は

数多ある世界を見渡してもそうはいない。


生き様は取るに足らないが、死に様だけは世界ランカーという、

なんとも奇妙で羨ましくない称号保持者、それが松本である。


なお、世界に大きな影響を与えたりはしていないので

魂の情報が記録されることは無い、そこはやはり松本である。






「確かに魔王が存在する世界ではあったけど、

 復活のタイミングに当たるとは相当運が悪いわね」

「いや、運が良かったんだと思います、俺はあの場にいたからこそ満足出来た、

 そういう意味ではポンコツ女神様にも感謝してます」

「ポンコツは余計だっての(未練が無いってのはまんざら嘘ではなさそうね)」


満ち足りた顔でお茶を啜る松本を横目に、

女神は再び受話器を手に取りダイヤルを回した。


「なら何でここにいたいの? 転生君が怖いから?(ハデス様出ないわね…)」

「まぁ、それは否定しませんけど…ちょっと探してるヤツがいるんで」

「探してるヤツ?」

「人の心に無断で侵入し、蹴り飛ばした挙句に、

 天界の秘術とかってクソ迷惑な呪いを押し付けて来たクソ野郎ですよぉ…」

「ちょ…それって…」

「誰にも見えず聞こえずで俺がどれだけ苦労した事か…

 どうせこれで最後なんだ、あのクソ野郎だけは魂の泉に行く前に

 ぶん殴ってやらないと気が済まないんでねぇぇぇ…」

「えぇ…」


松本が腹の底から絞り出した怒気により、

握り締めた湯呑のお茶がグツグツと沸いている。


※手が小刻みに震えて水面が波打っているだけで、

 実際に沸いたりはしていません。



「ほいほい、ワシ、ハ…」

「でぁぁぁ!?」


ようやく繋がった電話を女神が勢いよく叩き切った。


「え? 今繋がったのに何で切ったんですか?」

「別に、気にしないで」

「いやでも、折角繋がったのに」

「人違いだから、全然知らない人だったから」

「(そんなことある?)」


女神が変な汗を掻いているが気にしてはいけない。


「…女神様、人の魂の中に入れて天界の秘術が使えるカスに心当たりは?」

「ない、あとそんな言い方やめなさい、ヤバいから、マジでヤバいから」

「あれ~? これ知ってるな、たぶん知ってるな~これ」

「知らないわよ、神を疑うとか不敬過ぎるっての、

 全知全能の神を敬い愚かな考えを悔い改めなさい」

「全知全能なら当然知ってますよね? 教えて下さいよ~、

 俺このままじゃ成仏できないで、1発だけなんで、

 体重を乗せた全力のもうこれで終わってもいい系の1発だけで気が済むんでぇぇ…」

「(やる気だ、マジだ…人の子のくせに神を殴ろうとしている…

  コイツにはやると言ったやる…『スゴ味』があるッ!)」


バッキバキの松本は女神を恐怖させた。






「いい加減にしなさいよ! 知らないって言ってるでしょ!」

「いや絶対知ってるでしょ! 嘘付いてるのバレバレですよ!」

「「 … 」」


平行線を悟った両者は無言で両腕を掲げ、

互いの手の平を握り込み力比べの体制へ、

今ここに神vs人間の壮絶な戦いが幕を開ける。


「「 ぐぬぬぬぬ… 」」

「ふんっ!」

「うごぉ!?」


手首を上手く返した松本が身長差の不利を覆して優勢に。


「うごご…ゴッドパワァァオラァ! なめんじゃないわよぉぉ! 

 神ぞ! こちとら全知全能の神ぞぉ!」

「俺は燃え尽きる前の蝋燭なんでぇ! 最後が一番強く輝くんでぇ!

 後の無い人間が一番強くて怖いんでぇぇ!」


女神が気合で盛り返すも松本優勢は変わらず、

そのまま決着かと思われた矢先。


「やめて欲しいです~…」

「喧嘩は良くないですよ~…」

「「 … 」」


天使達の物言いで無効試合になった。






「あ、そういえば…」

「今度は何? 知らないからね」

「もう神様には聞きませんて、ちゃんと自分で探しますから」

「(いや諦めなさいよ…)」

「俺の心に入って来たヤツにですね、

 女神に会ったら世界を見せて貰えって言われたんですよ」

「世界って何処の?」

「分かりませんけど忘れるなって念を押されました」

「ふ~ん…(何か意図があるのね)」

「取り敢えず見せて貰えませんか? 

 ヤツに繋がる情報が得られるかもしれないんでねぇぇ…」

「(執念深い…油断すると危険だわ…)」


天界でも危険人物リスト入りしそうな勢いである。


「それじゃ元いた世界と転移した後の世界、どっちがいい?」

「様子が気になるんで転移した後の世界でお願いします」

「はいはい、ちょっと待ってなさい」


以前もお世話になったモニターで世界の様子を確認することに。


「うわ…なんか凄いことになってるわね」

「そりゃまぁ、魔王が復活しましたんで、

 って思ってたより酷いな…何処の町だろうこれ?」


モニターの中で襲撃を受けているのはルコール共和国のシャンパーニュ領、

纏まって出現した大型魔族の対処に手こずっており、

建物と人命に多大な被害が出ている。


「魔王の様子って見れます?」

「はいはい、魔王ね、はい魔王」

「え!?」


歯を食いしばりなら激しい戦闘を繰り広げる者達と

爆炎に揺らぐ巨大な影が写し出された。


「なんかデカいわね~これに出くわしたならそりゃ死ぬわ」

「いや…俺が出会った魔王とは全然違うんですけど…、

 もっと小さくて人と同じくらいの大きさでした…これ本当に魔王なんですか?」

「魔王よ、ほら」


女神がマウスを操作してカーソルを合わせると『魔王』と表記された。


「(そんな機能あるんだ…)」

「勘違いだったんじゃない?」

「そうかも…バトーさん!? と、止めた…いや弾いたのか、良かったぁ…」

「知り合いなの?」

「えぇ、かなりお世話になった人です、

 こんなのと真面にやり合えるなんてやっぱり凄い人だな、いや人達か、

 この人とこの人とこの人も一応知り合いで、あれ? 半分以上知ってる人ですね」

「へ~なんで少数で戦ってるのかは分からないけど多分最高戦力でしょ? 

 言うだけあってなかなか濃い生き方してたんじゃない」

「お陰様で身の丈に合わない良い縁に恵まれました、

 魔王はとんでもないし、かなり厳しそうですけど、

 この人達なら必ず世界を救ってくれると思います」

「そうなってくれたら私としても仕事が減るから大歓迎だわ、

 で? 次はどうするの? 他に気になるところは?」

「(ミリーとモジャヨさんは…いや、やめとこう、

  バトーさんがこうして戦ってるてことは大丈夫だったってことだ、

  ミリーはカイとラッテオと一緒だろうし、

  モジャヨさんはポッポ村の人達と合流してる筈、

  あまりいろんな人達の様子を見ちゃうとそれこそ未練になる)」

  いえ、特には、もう大丈夫です」

「そう(ゴッドセンサーに変化なし、元の世界の方かしら?)」

「あ…」


モニターの映像が切り替わると塞ぎ込むミリーが写し出された。


「(あれ? 今触ったっけ?)」

「良かった、やっぱり無事…」

「ごめんなさい…」

「!?」


安堵と充実に満ちた松本の笑みは、

少女の震える言葉によって一瞬で打ち砕かれた。


「ごめんなさい…ごめんなさい…」

「大丈夫だから、ね? 大丈夫、もう謝らなくていいのよミリー」

「ママは心配してただけで怒ってはいないんだよ、勿論パパだってそうさ、

 ミリーが無事に帰って来てくれて皆凄く嬉しいんだ、ほら笑って」

「ごめんなさい…ごめんなさい…」


両親の励ましも虚しく繰り返されるのは謝罪の言葉、

掛ける言葉を失った兄と友は悲しそうに様子を伺っている。


「(俺の……俺のせいだ…)」

「ごめんなさい…」

「ぅ…」

「ごめんなさい…ごめんなさい…」

「(なんて馬鹿なんだ…今更…今更気が付いても…)」


謝罪の言葉を耳にする度に痛いほどに胸を締め付けられる、

心の中で目を伏せた前山が首を振った気がした。


「(ミリーは何も悪くない…俺が浅はかだった…)」


ちっぽけな人生に筋を通せて満足していた、

最後に為すべきことを為せたことで達成感を得ていた。


だがそれは見落としていた取り返しのつかない過ちに気が付くまでの話、

今の松本を満たしているのは深い後悔と自責の念。


松本は魔王の攻撃からミリーを庇って死んだ、

絶望的な状況下で最善の選択だった、疑う余地なく全力を尽くした、

あの場、あの距離において松本以上の成果を上げられる者は少ない、

例えSランク冒険者であったとしても初見で対処できるかは不明である。


間違いなく救ったのだ、

結果としてミリーは生き延びて無事に家族と再会することが出来た、

これ以上ない素晴らしい着地点、まさに大団円である。




だがそれは救った側の視点にすぎない、

救われた側からしてみればまるで逆、最悪の状況と言える。


特に幼子のミリーからしてみれば、

素直過ぎるが故に開き直ることすら出来ず苦しむことになる。


家族を喜ばせたかっただけなのに、

危険だと分かっていたのに、

優しくしてくれただけなのに、

一緒に探してくれただけなのに、

変わりに自分が死ねばよかったのに…


『自らの我儘で友達を殺し、変わりに自分は生き延びた』


それは事実であり、結果であり、そして呪いである、

決して救いにはなり得ない、耐えがたい罪の意識に苛まれ、

そこにいる筈のない誰かに許しを請おうと必死に言葉を吐き出している。


どの角度から物事を捉えるかの問題であり、

最終的には生き残った本人がどう受け止めるか次第なのだが、

誰も悪くはないという前提を無くし、極端に穿った見方をすれば、

松本の善意はミリーの体を救い心を殺したことになる。







「すみません…俺の体を見せて下さい…」

「はいはい(ゴッドセンサーがビンビンだわ、当たりね)」


モニターに継ぎ接ぎだらけの松本の遺体が写し出された。


「ひぇ…想像してたよりずっと酷い死に方したのね…」

「…何処だ? いや、なんで? 誰かが回収してくれたのか?」

「これ町の中みたいよ、ウルダってとこ」

「そうですか、でも死体の傷を塞ぐなんて…、

 襲撃の最中だってのに火葬の準備でもしてたのか?」

「(ん? この体…ちょと細工されてるっぽいわね、え~と…ふんふん)」

「(この状態なら…少なくとも魔族だらけの草原よりは可能性がある、

  よく分からないけど、とにかく有難い)」


机の横に正座した松本は両手を付いて静かに頭を下げた。


「…何?」

「未練が出来ました、俺を生き返らせては貰えないでしょうか?」

「はぁ~…だから、そういうのは…」

「どんな苦行でも受けます、差し出せる物は全て差し出します、

 他には何も望みません、ですからどうかもう1度だけ、お願いします」

「言ったでしょ、私に…」

「俺はどうしても戻って声を掛けてあげないといけないんです、どうか」

「(いや待てよ? 世界の様子を確認させたってことは…、

  それにギリッギリ生き返れそうな細工がされた体…)」


少し悩んだ女神は受話器を手に取った。


「ちょっと確認するからそのまま黙って待ちなさい」

「はい」


3回目の呼び出しで繋がった。


「ほいほい、ワシ、ハデスじゃけど」

「ペルセポネです、今ですね、ちょっと死肉状態の人の子の魂が来てるんですけど」

「あ~それはお主の勘違いじゃな」

「はい?」

「そんな魂は入場記録に記載がないからの~」

「…なるほど、それじゃ、いいんですね?」

「はて? なんのことか分からんがええんじゃないかの」

「了解です、後でちゃんと説明して下さいよ、

 それと私が怒られるようなことがあれば全部話しますからね」

「ほいほい、分かっとるよ、あまり余計なことはせんことじゃ、悟られるからの~」


プツリと通話が切られた。


「(つまり生き返らせるだけにしろと)顔を上げなさい人の子よ」

「はい」

「神の慈悲において今一度機会を与えます」

「感謝します神様、本当に、本当にありがとう御座います」


松本は今一度深々と頭を下げた。


「んで、いつ行く?」

「今直ぐでお願いします」


テラスの端に移動、天使2人と番犬トリオが見送りに来た、

アマダは全力で保管庫を捜索中。


「いい? あくまでも生き返らせてあげるだけだから、

 下界で待ってるのはさっき見た通りのボロボロの体よ、

 もし直ぐに死んで戻って来たとしても次は無いからね」

「機会を貰えるだけで十分です、後は気合でなんとかします」

「よろしい! あ、そういえば、前回来た時に保管庫の資料をデータ化したじゃない」

「しましたね」

「その時データの入力漏れがあるって騒いでたの覚えてる?」

「はい、確か光の3勇者の」

「あれね、間違いじゃなかったみたい」

「え? それってまだ生きてるってことですか?」

「何言ってんの、普通の人間が1000年も生きられる筈ないでしょ、

 何らかの理由で魂が天界に来てないってこと」

「そんなことあるものなんですか?」

「まぁ、死者の魂を扱う魔法がある世界だとあったりするわね、

 無駄話はこの位にして、汝の旅路に幸あらんことを!」

「うごっ!?」

「「 さよ~なら~ 」」

「ありがとう御座いましたぁぁぁ…」


女神に蹴り飛ばされた松本は下界に降下して行った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ