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297話目【英雄の素質】

魔族の襲撃が開始されてから約3時間後、

時刻は21時過ぎ、ウルダのギルド前。



紐の繋がった椅子に緊張した顔で座るカルニに向け、

ラストリベリオンの3人が涙を流しながら敬礼している。


「そ、それじゃアクラス、皆のこと頼むわね」

「はい、カルニギルド長の代役、全力で努めさせて頂きます」

「「 行きま~す 」」

「あちょ…怖…」


ハイエルフの声が聞こえるとカルニを乗せた椅子が浮いた。


「すみませんやっぱり少し待って…ちょまぁぁぁ…」

「(どうかご無事で…)」


情けない声を発しながら凄い勢いで暗い空へと飛んで行った、

お馴染みとなったハイエルフによる空中輸送便である。


「いよいよ私の番か…」


そして次に控えているのは浮かない顔をしたマダラ、

耳と尾がこれでもかと垂れきっている。


「情けないわね~Sランク冒険者がこの程度でビビるんじゃないわよ、

 私達なんて竜の背ビレの向こう側から乗って来てたのよ」

「この辺りのボソボソが気になる…」


ルドルフの言葉は届いていないらしく不安そうに紐を擦っている。


「マダラさんは普段から高く跳んでるじゃねぇか、大して変わんねぇって」

「いや、人の体というのは対処できる範囲までしか…」

「「 行きま~す 」」

「ま、待て…まだ心の準備が…あぁぁぁぁ…」


マダラも空へと消えた。


「私は最後だから次はミーシャとゲルツ将軍ね、どっちから行く?」

「俺はどっちでもいいぜ~」

「じゃゲルツ将軍」

「ぬぅ…」


ルドルフに指名されたゲルツ将軍が渋い顔になった。


「…ミーシャよ、あの細い紐で本当のお主の巨体を支えられたのか?」

「おう、問題なかったぜ」

「ぬぅ…まぁそれは良いとしよう、だがこの作戦、本当に大丈夫だと思うか?」

「なに? 誇り高いドワーフの将軍様もビビってるわけ?」

「恐れているのではなく案じておるのだ、確かに妙案ではある、

 だが危険であることも事実、下手をすれば魔王と戦う前に壊滅しかねんぞ」

「他にいい方法が思いつかないんだから仕方ないじゃない」

「だはははは、まぁなんとかなるだろ、気楽に行こうぜ」

「お主等はいつもそうであるな…」


戻って来たハイエルフ便でゲルツ将軍、ミーシャ、ルドルフも飛び立ち、

魔王討伐部隊は全員ウルダを出発した。


「はぁはぁ、行っちゃったんだな、ギルバート氏」

「分かっているであります、アクラス氏、英雄方が旅立たれたので

 ギルドの護衛は終わりということでよいでありますか?」

「はい、ここは放棄しますので皆さんは…」

「ア、アクラス氏、身勝手な話ではありますが、

 せ、拙者達を中央指令所へ行かせて頂けないでしょうか?」

「はぁはぁ、お願いなんだな、どうしても行きたいんだな」

「失礼ながら小生、シルフハイド王のお話を聞いてしまったであります、

 友として確認しに行かねばならないのであります」

「マツモト君ですか…分かりました、

 魔王討伐隊の出発と作戦内容の連絡をラストリベリオンの皆さんにお任せします、

 光筋教団の方々と一緒に中央指令所へ向かって下さい」 

「か、感謝しますぞアクラス氏!」

「はぁはぁ、ありがとうなんだな」

「確実に中央指令所へお伝えするであります!」



ゲルツ将軍が案じていた作戦内容が気になるところだが、

それはまた別の機会にてご紹介。







ここからは別の町の様子を確認してみよう。


発生から約1時間でウルダへ到達した黒い雲は

日没を契機に爆発的に拡大し僅か3時間後となる21時過ぎには

自由都市ダナブル、水上都市リコッタ、至高都市カースマルツゥ、

王都バルジャーノの4都市を飲み込んでいた。


「おらよぉ!」


豪快に振るわれたハンマーが大型魔族を削り取ると、

開いた隙間に衛兵達の呆気にとられた顔が現れた。


「で、また元に戻るってか、確かに驚異的な再生能力だけどよ…」


一方で削り取った側のパトリコは不満そうな顔をしている。


「動きは遅ぇし攻撃は単調だしでつまらねぇ相手だな、

 ガッカリだぜ、なぁヤルエル?」

「いや、僕は全然ガッカリじゃないけど…普通に怖いし」

「っは、いかにもヒヨッコらしい台詞だぜ、

 アタシはもっと強ぇヤツと戦いてぇんだ、

 こんなんじゃ全然ワクワクしねぇよ、おらぁ! 

 世界を滅ぼす魔王の眷属ってんならもっと本気を見せてみな!」

「(ワクワクって緊急事態に求めるものじゃないと思う…)」


再生した大型魔族を片手間に削り取るパトリコに対し、

ムキムキマダムの光に照らされたヤルエルが目を細めている。

 

「というかパトリコさんは指揮官なんだから

 あまり前に出ちゃ駄目なんじゃない?」

「だから一番重危険な墓地はロドリゴ達に任せてんだろ、

 んなこと言ってられるほど人手に余裕があんのかよ、おらぁ!

 なにぼさっとしてんだい衛兵さん達、被害を出したくねぇなら剣を振りな」

「「 は、はい! 」」


ハッとした衛兵達が一斉に飛び掛かり再生途中の大型魔族を攻撃し始めた。


「外と違って町中じゃ簡単に魔法は使えねぇ、

 となるとコイツの相手はどうしても人手がいる、そうじゃねぇだろ衛兵さん達、

 先に攻撃手段を潰さねぇと危ねぇぞ、こうやってなぁ!」


下からハンマーをカチ上げると大型魔族の上半身が吹き飛んだ。


「「 はぇ~… 」」

「指揮官だろうが衛兵だろうが動けるヤツは全員ぶち込むしかねぇだろ、

 例え光魔法も碌に扱えねぇヒヨッコだろうとな」

「任せてパトリコさん、僕も回復魔法なら力になれる、君の傷は僕が治すよ!」

「いや、全員治せよ…なに楽しようとしてんだ…」

「か、勘違いしないで! 今のはそういう意味じゃないから、 

 楽しようとかそういう意図は全然なくて…」

「ほう、そこかい」


焦るヤルエルを他所に腰に掛けていた鞭を振うと、

影の中から木彫りの人形を引っこ抜いた。


「動かなくなったってことはやっぱこいつが核だったみてぇだな」

「おぉ~なんという鮮やかな手際」

「流石は元Sランク冒険者だ」


再生が止まり崩れてゆく大型魔族を見て衛兵達が拍手している。


「あん? 子供向けの人形か?」

「あの、パトリコさん…それが核なら早く壊さないとマズいんじゃ…」

「焦んなよヤルエル、そんなんだからヒヨッコ…」


ボワっと影が膨らみ再生した大型魔族にパトリコが飲み込まれた。


「うわぁぁぁ!? パパパ、パトリコさんんん!?」

「「 あばばばば… 」」


どうやらパトリコから伸びた影を伝って再生したらしい、

先程まで拍手していた衛兵達が腰を抜かしている。


「だから焦んなって、核を掴んじまえばどうにでも出来んだからよ」


パキャっと乾いた音がすると大型魔族が霧散した。


「よ、良かった、怪我はな~…さそうだね」

「当然さ、出番がなくて残念だったなヤルエル」

「いや別に、そんなのはない方がいいよ」

「消化不良だろうからコイツの処分をお前に任せるぜ」

「え? あ、うん…でもこれ、また復活したりしない?」

「壊したんだからしねぇだろ、たぶん」

「たぶんかぁ…さっきの見てるから怖いなぁ…」


恐る恐る受け取った核をヤルエルが訝しんでいる、

木目に添って綺麗に割れているのは

パトリコが魔道義手でグッとやったからである。


「それ、色が剥がれるくらい遊び込んでる割には綺麗な服を着てるよな」

「うん、随分と大切にされてたみたいだ、こんなものが核になるなんて…」

「気が引けるかい?」

「まぁ…でも仕方ないよ、壊さないと大型魔族は倒せないし」

「そうさ、仕方がねぇのさ、覚えときなヤルエル、

 何かを護るってのはそういうことの繰り返しだ、

 護るもんの代わりに何かを切り捨てなきゃならねぇ、

 オメェの憧れる英雄ってのは相手からすれば最低のクソ野郎なのさ」

「そういう見方もあるのか、あまり考えたことなかったな」

「何が大切で何を優先すべきか、自分の中にぶっとい芯がねぇと足元をすくわれるぜ、

 墓地で頑張ってる奴等は今頃その辺を考えさせられてるだろうよ」

「遺灰の核か…簡単には割り切れないよ、

 僕も母さんが大型魔族になってたらって考えると…苦しい」

「下を向いてる暇はねぇぜ、おら、次行くぞ」

「あ、うん(痛い…)」


ヤルエルの肩を力強く叩いてパトリコは次の戦場へと向かった。









一方その頃、王都バルジャーノでは。


『 … 』


氷塊が直撃した集団墓地を見て城壁の上の衛兵達が言葉を失っていた。


「あ~しんどいねぇ…白帝のクソ野郎め…私に任せすぎなんだよ…」


その後ろではマッチョが作った安全地帯で

胡坐をかいたネサラが悪態を付いている。


「…」


そしてその姿を杖を持った防衛団員が困惑しながら見降ろしてる。



当然、墓地を破壊した犯人はこのネサラである、

何故悪態を付いているのかというと、

ヨトラムから防衛団として与えられた役割が

城壁の全周をネズミ返し状の氷壁で覆うことと、

墓地に沸く大型魔族の対処だからである。


てなわけで既に王都は分厚い氷に覆われており、

仕事後のネサラはマナ切れ寸前でヘトヘトといった状態。


因みに、城門も全て氷壁で塞がれているため町への出入りは不可、

これは大型魔族に核が必要であるなら数は有限であり、

核となりえる物が多い場所に沸く、

との前提を元に作戦が立てられているからであり、

わざわざ少ない戦力を割いて危険な外に打って出る気がないからである。


なお、魔法を使えばいくらでも城壁を越えられるので

もしもの時は臨機応変になんとか頑張ろう作戦である。




城壁の内側に沸いた大型魔族は

ヨトラム率いる防衛団、衛兵、冒険者からなる近接職部隊が担当、

外側に沸いた大型魔族は城壁の上からモレナ率いる冒険者の魔法職部隊が担当、

城壁の上には監視、兼、援護役の衛兵も配置されているが

基本的には魔法に長けた冒険者達が主力となる。


そして協調性は無いが力量だけはSランク冒険者に並ぶネサラは、

独立部隊として最も苛烈になるであろう墓地を担当、といった配置。


因みに、普通の魔族は光筋教団員の担当、、

外側から城壁を登って来る魔族は氷壁のネズミ返しで弾いている。


といった感じでネサラの負担が非常に大きいため、

マナ回復要員としてリバイブを扱える防衛団員が1人同行、

緊急用としてマナポーションも幾つか支給されている。






「ボケっとしてないでさっさとマナを回復しな、

 何のためにアンタを連れてると思ってんだい」

「ぁ…すみません…

 (そんな頼み方しかできないからやりたくなくなるんだっての)」


リバイブを要求すると防衛団員が渋々杖を構えた、

どうやらこれまでのやり取りで不満が溜まっているらしい。


「急ぎな、あの程度でぶっ壊せるはずないからねぇ」

「え!? ちょ、ちょっと待って下さい、さっきのってわざとなんですか?」

「当り前だろう」

「な…」

「酷い…」

「こんなことが許されるのか…」

「事故じゃないなんて…」

「何を考えてるんだ…」


防衛団員が絶句して杖を降ろすと

会話を聞いていた衛兵達が口々に非難し始めた。


「やめるんじゃないよ、そんな簡単な仕事も出来ないのかい?」

「あなた…おかしいと思わないんですか?」

「何がさ?」

「墓地のことです! 皆の大切な人の遺灰があるんですよ!

 それをあんなメチャクチャにして…」

「っは、大袈裟だねぇ、そんなにアレが大事かい?」

「当り前です! 私の兄だってあそこにいるんです!」

「それこそおかしな話さ、死んだ人間はマナの海に還るんだろう?」

「そうですよ!」

「ならアレの下にはいないだろう」

「っ…」


倫理観が欠落した冷徹な言葉に防衛団員が押し黙った。


「あるのは只の骨の粉、所詮は死体の燃え残り、何を有難がってるんだが…」

「その口を閉じろ!」

「今の言葉は流石に許されないわ!」

「お前には人の心がないのか!」


衛兵達が凄い剣幕で詰め寄って来るとネサラは心底見下したように鼻で笑った。


「アンタ等はそんなに暇なのかい? こっちに構わず仕事しな」

『 … 』

「(揃いも揃って使えない馬鹿ばかり、うんざりするよ、

  まぁ、だからこそ白帝は私に押し付けたんだろうけどさ)

 状況を理解しているのかい? 墓地から目を離すんじゃないよ」

『 … 』


警告を聞き入れず防衛団員と衛兵達は怒りに満ちた目を向けている。


「あなたこそ自分の異常さを理解してないじゃないですか!

 娘さんのことだって私は納得していませんから!」

「なんの話だ?」

「この人の娘さんも防衛に参加してるんです、8歳の女の子がですよ?」

「はぁ!? なにそれ…あり得ないんだけど…」

「何故避難させないんだ、どれだけ危険か分かっていないのか?」

「いや、知っててやらせてるんだろ、墓地を破壊して何も感じない奴だぞ、

 どうなろうと興味が無いのさ、子供が可哀そうだぜ…」

「ははははは!」


急に笑い出したネサラに一同が眉を潜めた。


「ネヒルより弱いヤツ等がなんだって? えぇ?

 可哀そう? そんなに心配なら戦ってみればいいさ、

 感情に任せて状況を見失うような馬鹿共じゃ相手にすらならないよ、

 ははははははは! はぁ…しんど…」


ひとしきり笑うとスッと静かになった、

マナ切れ寸前で大笑いしたので体力を消耗したらしい。


「あの子が自分で望んだんだ、好きにすればいいさ

 それに許可を出したのは雷光だよ、文句があるならそっちに言いな」

『 … 』


英雄のお墨付きと分かると一同はバツが悪そうに顔を逸らした。


「ところでいつまで待たせるんだい? 

 いちいち指示を出さないと動けないノロマのせいでマナが不足してたからねぇ、

 さっきのは無理して絞り出したんだ、まだ表面しか破壊出来てない筈だよ」

「それは良かった、てことは私のおかげで大勢の人達が救われたってことですね」

「…アレの下がどれだけ広いか知らないだろう、 

 時間が惜しいんだ、さっさと私のマナを回復しな」

「嫌です、あなたをみたいな人に協力したくありません」

「ならここまでだ、アンタは今までで組んだ中で最低の足手纏いだったよ」


そうネサラが吐き捨てると氷塊が飛んで来て城壁と氷壁の一部が破壊された。







「うわぁぁ!?」

「なに!? またコイツの仕業!?」

「ち、違う…デカいのがいるぞ…墓地にあった氷を大型魔族が投げたんだ…」

「えぇ!? なんでいきなり…」

「なに驚いてるのさ? アレの下には数百年分の核の種が詰め込まれてんだ、

 破壊も監視もせずに放置してたんだから当然だろう」

「おい、俺達が悪いって言いたいのか?」

「っは、馬鹿のくせに勘がいいじゃないか、褒めてやるよ」

「このっ…」

「私1人で対処することは事前に連絡済みだったんだ、

 まさか町の存亡に関わる要所に配属されておきながら、

 湧いてから1匹ずつ潰せばいいなんて温いこと考えてたたんじゃないだろうね?」

「そ、それは…」

「さっさとぶっ壊しておけば被害は最小限で済んだってのに、

 やっすい感情に流されてマナの回復もせず、墓地の監視も放棄して、

 挙句の果てには私の娘がどうだのこうだの、その結果がこれさ、

 アンタ等が判断を誤ったせいで誰かが死ぬんだよ」

「そんな言い方しなくても…す、直ぐにリバイブを…ぁ…」


防衛団員を拒否してマナポーションをグビグビ、

2本目をグビグビしていると左右から衛兵と冒険者が走って来た。


「何があった~? 皆無事か~?」

「凄い数の大型魔族が沸いてるぞ! 気を付けろ!」

「直ぐに対処しないと…ん? あ、危ない!」


左側から来た衛兵冒険者が城壁の外を指差して叫ぶと、

右側の先頭を走っていた2人が唐突に現れた影に弾き飛ばされた。


「ちょ…う、嘘だろ…おい…」

「がはっ……か………ぁ?」

「駄目! 待って! 待ってぇ!」

「「 うわぁぁぁぁ!? 」」


1人は宙を舞ったせいで有無を言わさず、

もう1人は胸壁に叩きつけられた勢いで乗り越えてしまい、

冒険者が手を伸ばすもあっけなく下へと落ちて行った。


「「 ぁぁぁ… 」」


そして衝突音と共に叫び声は消えた。


『 … 』

「ち、違う…私のせいじゃない…」

「いいやアンタのせいさ、たかが2人殺した程度で取り乱すんじゃないよ」

「違う…違う違う…私殺してない…」

「煩いねぇ、邪魔だからどっか行きな」

「ぅ…」


震えながら首を振る防衛団員を杖で突き飛ばすと

唖然としている一同をよそにネサラは1歩前に出た。


「(随分と小さいね、コレも大型魔族っていうのかい?)」


背中を丸めた状態で両手をダラリと垂らした影は、

近くにいる冒険者達に襲い掛かる素振りも無く動かずにいる。


大きさと形が人間に近いため一見すると普通の魔族に思えるが、

氷壁を飛び越えた跳躍力や軽々と衛兵を吹き飛ばした力は

確かに核の存在を感じさせる。


「(あの右腕の形…ん?)」


ネサラが大鎌のような右腕に目を細めると、

形状が不安定になり一瞬だけ膨張してすぐに元に戻った。


「(なんだい今のは?)」


今度は足の形状が不安定になり、次は頭が膨張、

何処かの部位の形状が崩れる度に人型に戻るといったことを繰り返している。


「(どうやら形を維持するのに苦労してるみたいだねぇ)

 動かないってんなら楽でいいさ、そこの3人、

 とっと離れないと巻き込まれても知らないよ」


杖を光らせ上空に氷塊を作り始めると

振り返った影の存在しない目と視線があった。


「(情けない顔なんか見たかないよ)消えな!」


落下した氷塊を軽く沸かした影は

追撃して来た冒険者3人を薙ぎ払い東に向かって走り出した。


「へぇ、やるじゃないかい」


その背中を見たネサラは不敵に笑った。









「くそ……い、生きてるか?」

「足が折れた…ショトラは?」

「腕と肩が…ぅ…つ、杖も…とにかく回復を…」

「氷の壁の修復は後回しでいい! 負傷者の回復を急げ!」

「急いで立て直さないと大量の大型魔族が迫って来てるぞ!」


影に突き飛ばされ負傷した冒険者の元に衛兵達が駆け寄り、

空には応援要請を示す3連フレイムが上がった。


「ヤバいよ、さっきのヤツは完全に魔法職殺しだ、

 あのまま放置したら城壁の守りが壊滅する」

「雷光任せるしかい、とにかく俺達はここを抑えないと、

「おいおい嘘だろまた増えたぞ…」


左側から来た冒険者2人と衛兵1人が崩れた氷壁を死守しながら大型魔族を攻撃中。


「(心配するな皆、何が起きようとも私の筋肉は揺るぎはしない)」


そしてそんな一同の安全を光魔法で支えているマッチョは

冷静にサイドポーズからフロントポーズへと移行。


「くそっ…俺は魔法が得意じゃないんだぞ、お~い! 手を貸してくれ!」

「誰でもいいから早く来て、じゃないとマナが尽ちゃう」

「来たところで墓地から湧いて来るのを止めないときりがないぞ」


巨大な氷塊が落下し大型魔族ごと墓地を粉砕した。


「「「 ぇ… 」」」

「こんなもんじゃまだ安心できないね」


追加で2つ投下されると最初の氷塊が深部まで押し込まれ完全に墓地を破壊、

砕けた氷塊がゴロゴロと転がり、周囲にいた大型魔族が巻き込まれ半数くらい消滅した。


「ま、こんなもんだろうさ、ちょいとそこどきな」

「「「 はい… 」」」


壊れた氷壁をパパっと修復しマナポーションを1本グビグビ。


「私はアイツを追うから後は頼んだよ」

「「「 はい… 」」」


真顔で返事をする3人にその場を押し付け、

ネサラは生成した氷の足場に乗って滑るように移動して行った。 









「なかなか暴れてるじゃないかい、ぅ…」


負傷者だらけで壊滅状態の城壁を1/4周程進んでいると、

前方の光魔法が強まり3連フレイムが上がった。


「っは、呼ばれなくても直ぐ行くよ」


杖を握り直して現場へ急行、20秒足らずで到着。


「眩し過ぎで何も見えやしないよ、少し弱めてくれないかい?」

「ふぅ~…」


光が弱まると負傷した衛兵が4人と冒険者が2人転がっていた。


「(真っすぐ進んだ様子はないねぇ、となると町の中か、それとも外か)」

「み…皆……」

「僕は大丈夫だけど庇ったオヤッサンがヤバいかも…」

「生きてるよ、はは、受け方ってのがあってな…ごふっ…」

「血を吐いてんじゃないっすか…そこの人…オヤッサンの回復を…」

「私は急いでんだ、他をあたりな」

「そ、そんな…もしオヤッサンが死んだら…」

「足が折れた程度で弱音を吐くガキと一緒にするんじゃないよ、

 いつまでも前線にしがみ付くジジイはしぶといんだ、

 血を吐いたくらいで死ぬわけないだろう」

「ははは、その通りだ…ごふっ……俺が心配なら這ってでも来い、

 アイツは外だお嬢ちゃん、光を嫌がって飛び下りて行った」

「話が早くて助かるよジジイ」


下を確認すると魔族を蹴散らしながら走る影が見えた。


「同じ魔族同士仲良くしなよ、まぁアンタらしいっちゃらしいけどさ」


城壁に添うように移動しているのでネサラも氷壁の端に場所を移し追跡を再開。










一方その頃、雷光のモレナが控える北側の城壁、

魔法職部隊の指令所では。


「6番の区画でフレイム、ライトニング、フレイムを確認、

 集団墓地の応援要請が取り消されました」

「4番から6番の所定の位置に光魔法を確認、なんとか立て直したようです」

「安全確保のために光魔法を優先しただけで戦力まで立て直せたかは分かりません、

 誰か確認に向かわせて下さい、必要であればその場に留まり援護を」

「では私が、お~い、ポニコーンを連れて来て~」

「3番区画で上がった応援要請は?」

「まだ取り消されてはいません、光魔法は継続中です」

「(3番から先は特に影響を受けていない、町中へ侵入したとの連絡も無い、

  騒ぎになっていないから実際に侵入していないと考えた方が良さそうね、

  かと言って短い時間で城壁の1/4を壊滅させた魔族が

  先程の光魔法程度で倒せるとは思えない…)」


机の上の地図と駒を見ながらモレナが考え込んでいる。


「ネサラさんの位置を教えて下さい」

「え~と…すみません、光魔法のせいで確認しずらくて…」

「焦らなくても大丈夫です、2番の区画を優先的に探して下さい」

「雷光! 東区の北側で大規模な倒壊が発生しました! 大型魔族だと思われます!」

「(重罪人の地下牢付近ね)想定通りです、白帝が待機しているので問題ありません、

 それより町中での大型魔族の出現が増加しています、

 外側だけでなく内側も警戒するように伝達して下さい、

 それと全ての物が大型魔族の核になりえますから注意するようにと」

「はい!」

「あ、雷光! ネサラさんを発見しました、

 2番区画の中央付近、先程と同じように移動しています」

「やはり例の魔族はまだ存在しているようですね、

 ネサラさんの位置を見失わないで下さい、

 ここまで来るようであれば私も全力で対応します」

「おぉ、雷光と氷魔法のネサラさんが2人掛かりとは…」

「あの魔族は遠目で見ても異質な存在だと感じます、

 他の大型魔族のように単純ではないでしょう、

 全員油断しないように、気を引き締めて下さい」

『 はい! 』

「(ネヒルちゃんも巻き込まれなければいいけど…)」







そして1番区画と2番区画の境目くらいにあるネヒルの配置場所では。


「ふぅ~大体片付いたようだな」

「見える範囲にはいないみたいだしちょっと休憩しない?」

「だな、衛兵さん俺達少し休みます」

「了解だ、監視は任せとけ」

「いや~すみませんね、光筋教団の方もすみません、

 少しでもマナを温存したいので、ほらネヒルちゃんもこっちおいで」

「あ、はい」


女性冒険者に手招きされ衛兵達から少し離れた場所に腰を下ろした。


「ネヒルちゃんって何歳だったっけ?」

「8歳です」

「はぁ~若いというか幼いねぇ、その年でそれだけやれたら大したもんだ」

「これは追い抜かれるのも時間の問題ですな」

「そんなことないと思いますけど…」

「ところがどっこい、俺達何時まで経ってもAランクに上がれない、

 人呼んで永遠のBランク冒険者」

「はぁ…そうなんですか…」


親指を立ててキメ顔する男性冒険者にネヒルが困惑している。


「今年でもう30歳だし伸びしろないんだよねぇ、

 でも経験だけは無駄に積んでるから、

 若い冒険者には泥臭い立ち回りで勝つよ」

「はぁ…凄いですね…」


親指を立ててキメ顔する女性冒険者に以下略。


「ネヒルちゃんさ、さっき氷の壁を直した時水魔法使って無かったよね、

 あれってなんか理由があるの?」

「理由ですか?」

「普通は氷魔法だけでやらないよ、マナの消費が激しいし時間が掛かるから」

「おまけに狙った形を作るのも難しい」

「そうそう、ネヒルちゃんは結構早かったし相当練習してたんでしょ」

「そもそもなんでフリーズなんて使えるんだ? 

 氷魔法を習得してる子供は少ないし、ましてや中級魔法なんてなぁ」

「特に理由はないです、お母さんが氷魔法が得意なので」

「え? もしかしてネヒルちゃんのお母さんって城壁をまるまる氷で覆った人?」

「はい」

「なるほど、才能はお母さん譲りってことか、

 いや分かってるよ、ネヒルちゃんが凄~く頑張ったのは分かってる、

 でもほら、私達っていくら頑張っても伸びないからさ」

「才能みたいな何かがあれば良かったなって話、

 魔法がそんなに甘くないってのは誰よりも身に染みてんだ、

 気を悪くしたんなら謝るよ」

「いえ、大丈b…」

「城壁で防衛にあたっている方達に向けた連絡です、

 町中での大型魔族の出現が増加しています、

 城壁の外側だけでなく内側も警戒して下さい、

 また、私達が身に着けている物も大型魔族の核になる可能性があります、

 異変を見逃さないように注意して下さい」

 

ネヒルの言葉を遮って風魔法で拡張された音声が響き渡った。




「だってよ」

「そんなこと言われてもさ、いきなり目の前に大型魔族が現れたら対応できないよね」

「だな、巻き込まれない距離まで離れたらフレイムが使えるけど」

「アンタなんかヤバい物とかもってない?」

「ないはず、ネヒルちゃんは? 何か強い気持ちが籠ってそうな物ある?」

「特にはないです、この杖はお母さんから貰ったものなので

 強い気持ちが籠ってるかもしれません」


ネサラが王都襲撃時から使用している杖なのでかなりヤバそうではある。


「あ、そういう意味なら私の杖も負けてないよ、

 なんてったってお婆ちゃんのお婆ちゃんから続く伝統の杖だからね!」

「そんな古かったのかそれ…」

「壊れたら修理して使うのが我が家の伝統です、

 新しい物の方が良いとは限らないんだよ~、

 なんかこの魔増石が良いヤツらしくて…」

「「 !? 」」


女性冒険者の杖に取り付けられた魔増石が黒いモヤに包まれた。


「あの、それって…」

「はぁ!? う、嘘でしょ!?」

「放せ馬鹿! 核だぁ!」

「何!? 急いで破壊しろ!」


男性冒険者が杖を奪い取って地面に叩きつけると

魔増石が外れてコロコロと転がった。


「嘘ぉ!? 何でこんなに頑丈なんだ!?」

「だから良いヤツだって言ったじゃん! 我が家の伝統舐めなよ!」


ネヒルを連れて距離を取った女性冒険者がキレ気味で何か言っている。


「どけ! 俺がやる!」


駆け寄った衛兵の影に魔増石が入ると黒いモヤが急激に膨れ上がった。


「何!? ぐぁっ!?」

「おふ…」


突き飛ばされた衛兵がマッチョに直撃し光が消えると

魔増石は卵のような形の大型魔族へと変貌した。


「間に合わなかったか…魔族が湧き始めたぞ! 光魔法を早く!」

「お任せを! レム様の教えの成果をぐほぁ!?」


服を脱いでいた交代要員のマッチョが地面から生えた触手にシバかれた。


「どういことだ? 大型魔族は動いていないぞ」

「地面の黒い部分は大型魔族の一部です! 離れて下さい!」

「「「 !? 」」」


男性冒険者の声で衛兵達が飛び退くと、

卵がドーム状の氷に覆われ地面の黒い部分が消えた。


「はぁ…薄いので直ぐに壊されると思います、

 すみません、お母さんみたいには出来なくて…」

「十分だよ~偉い偉い、おらぁ! ネヒルちゃん近付くなぁ!」


杖を失った女性冒険がヤケクソパンチで魔族をシバいている。


「このっ、こんなに直ぐ湧いてくるのか…光魔法はまだですか?」

「光筋教団員が2人共やられた! 俺がやってもいいが頭数が減る!

 一度安全な場所まで退いて立て直すべきだ!」

「了解です! 応援要請を上げます!」

『 !? 』


衛兵と男性冒険者が卵越しにやり取りしていると

氷に穴が空いて触手が飛び出して来た。


「急いで負傷者を担げ! 退くぞ!」

「「 了解! 」」

「ここを通るのはやめた方がいい、私達は逆に行こう」

「だな、俺が魔族を処理しながら走るから2人は後ろをついて来てくれ」

「分かりました、えい!」

「おらぁ! 伝統の拳をくらえぇ! 囲まれちゃうから早く行ってよ」

「はいはい、ん? うわ!?」

「ちょ…」

「きゃ!?」


男性冒険者が杖を光らせると衝撃波が発生し周囲の魔族が消滅した。


「アンタ何したの?」

「俺じゃなくてアレだ、いきなり外から飛んで来た」

「魔族…ですよね?」


進行方向に両手をダラリと垂らした影が佇んでいる、

ネサラが追っていた影だが体がボコボコと落ち着きなく波打っており、

先程より形状が不安定になっている。


「なんかヤバそう…」

「気を付けろ、絶対普通じゃないぞ」

「(どうしよう…挟まれた…)た、大変です!」

「「 !? 」」


ネヒルの声で振り返るとドーム状の氷に開いた穴から

大型魔族がウネウネと這い出していた、

卵ではなくタコに近い形状だったらしい。


※女性冒険者が所持していた伝統の杖は代々タコっぽい魔物を調理する際に、

 叩いて柔らかくするのに使用されていました、

 異常に頑丈な魔増石の「良いヤツ」とはそういう意味、

 なお、大型魔族の形状との因果関係は不明。




「ヤバいよこれ、ど、どうする?」

「進むしかないだろう、小さい方なら距離が離れてるからフレイムが使える、

 3人で攻撃して一気に走りぬけるぞ、やれるねネヒルちゃん」

「はい」

「杖無しでもやったらぁ、泥臭い立ち回りっての見せてあげるよ、せ~の!」


一斉に放たれた火球が爆ぜるより早く影が走り出し、

3人の頭上を飛び越え右腕の鎌で大型魔族を切り刻んだ。


「早っ!? てか…え? 仲間割れ?」

「やっぱり普通の魔族じゃなかったな…」

「(今の動きって…)」


再生を始めた大型魔族に左腕を付き刺し、

引き抜いた核を胸壁に叩きつけて粉砕すると、

膨張する体を抑え込むように背中を丸めて悶えはじめた。


「よく分かんないけど今なら逃げられるんじゃない?」

「コイツに背中を見せるのは怖いがなぁ…走るぞ」

「行くよネヒルちゃん、…え? ちょとネヒルちゃん?」

「どうした?」

「ネヒルちゃんが動かなくて…早くこっちこっち! 危ないよ!」

「先に行って下さい」

「えぇ!? ちょ…何言ってんの?」

「俺が担ぐから変わりに杖を使え!」

「離して! 降ろして下さい! あの魔族は私の…」

「そいつはヤバいんだって、今逃げないと…いっ!?」

「きゃっ…」


湧いた魔族に太腿を刺され

男性冒険者が担いだネヒルと一緒に倒れ込んだ。


「ヤバ…2人共早く立って!」


2人に襲い掛かる魔族を女性冒険者が払っていると、

影の膨張した大鎌が辺りを一掃した。


「怖すぎ…」

「くそ…2人共先に行け!」

「ふざけたこと言ってないで早く傷治して!」

「穴空いてんだぞ、そんな簡単に塞がるわけないだろ」

「ちょちょちょ…こっち来てる、早く早く! 立ってってば!」

「お前こそ早くネヒルちゃんを連れて行け!」

「「 あばばばば… 」」


背中を丸めた影がヨロヨロと近付いて来ると、

人の形をした左腕を上げてそっとネヒルの頭を撫でた。


「やっぱりお父さ…っ」


目の前で膨れ上がった左腕にネヒルが目を見開いた瞬間、

氷塊に押し潰され影は静かに消滅した。


「怪我はないかいネヒル?」

「お母さん…今ここに…」

「違うよ、死んだら全て終わり、だから死ぬまで好きに生きるのさ」

「頭を撫でてくれたよ」

「そうかい、なら今更父親面するなって文句言ってやりな、

 それじゃ私は持ち場に戻るよ」

「うん、お母さんありがとう、お父さんもそう言ってる気がする」

「っは、捻くれ者のヒルカームがそんなこと言うもんかい」


ネサラは不敵に笑い滑るように去って行った。



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