294話目【旅の終わり】
カード王の緊急宣言が布告されてから9日目、
時刻は14時過ぎ。
「戻ったぞ~って2人しかいないのか」
「おう、おかえり~」
「皆出払ってるわよ~…」
バトーがギルドの奥にある応接室、
現在はSランク冒険者達の待機場所となっている部屋を開けると、
椅子に座って手を振るミーシャと、
長椅子に寝そべりダラケ切ったルドルフが出迎えた。
「カルニもか?」
「カルニはルート伯爵のとこ~…他の人達は念のため町の要所を確認するんだって~…」
「シルトアとエルフの王様は周辺の見回りだけどな」
「なるほどな、それで2人が留守番ってことか」
「おう、地元の俺達は要所なんて確認しなくてもだいたい分かるからよ」
「何かあって誰かが駆け込んで来た時に対処する人が必要でしょ~…、
メチャクチャ重要な役目だから気が抜け無いわ~…ふぁ~にゃむにゃむ…」
大欠伸をしながら左足で右足の脹脛をポリポリしている。
「気が抜けきってるな」
「いいでしょ別に~…な~んにも起きなくて暇なんだから、
大体何で今更要所確認なんて必要なわけ?
地下に避難してるんだから全部吹き飛ばせばいいじゃない」
「いや駄目だろ…」
「だはは、ルドルフならやりかねねぇから怖ぇよな、殆ど魔王みてぇなもんだ」
「おいミーシャ、被害が出ないうちに討伐した方がいいんじゃないか?」
「確かにな、魔法1つで町を吹き飛ばせるヤツは危険だぜ」
「おまけに好戦的な性格をしてるらしいぞ」
「「 だ~っはっはっは! 」」
バトーとミーシャが笑い転げている。
「ったく、いつまでたってもガキなんだから…で? 盾は返して貰えたの?」
「おう、このとおりだ」
「へ~それが噂の、キラキラしてて綺麗じゃない、バトーには似合わないわね」
「俺もそう思ってるよ」
「思ったより小せぇんだな、こんなんで魔王の攻撃を防げんのか?」
「それはやってみないと分からんな、大型魔族にはちゃんと効いたみたいだぞ」
「「 へ~ 」」
「これにマナを送ると、ほれ」
「うぉ!?」
「眩しっ!?」
盾が一瞬ピカっと光った。
「ちょっとバトー! 何すんのよ!」
「はははは、目が覚めたんじゃないかルドルフ?」
「さっきから起きて話してるでしょうが! 目が潰れたらどうすんの!」
「かなり弱くやったから大丈夫だろ」
「弱くでこれかよ、戦闘中に迂闊に目に入るとヤベェな」
「俺が一番前に立つから余程のことが無い限りは大丈夫な筈だ」
「なぁバトー、一応使うかもしれねぇから俺にも試させてくれ」
「いいぞ、高いから壊すなよ」
「おう」
「ちょっとミーシャ、やるなら壁に向かってやりなさいよ、あっちの端の方で」
「はいよ~」
ミーシャが盾を持って部屋の隅に移動したので
変わりにバトーが椅子に座った。
「ところで皆はいつ帰って来るんだ?」
「知らないわよ、何か用でもあるわけ?」
「盾を回収するついでに城壁の衛兵達に話を聞いて来たんだが、
南区の女の子がいなくなったらしくて両親が必死に探してるらしい」
「それで一緒に探して欲しいってこと?」
「まぁな、ミリーって子でマツモトの友達なんだ」
「はぁ~…その子が心配なのは分かる、でもそれは衛兵に任せるべき内容よ、
厳しいことを言うけど今の状況で私達が動くべきじゃない」
「冷てぇなぁルドルフ、暇なんだし良いじゃねぇか探してやれば」
「眩しっ!? こっち向けてやるなって言ったでしょ!」
「だはははは」
バトーの右後方でピカピカしているので
ルドルフだけがダメージを負っている。
「衛兵に任せられる話ならそうしてるんだがな」
「どういうこと?」
「おうバトー、一緒に探しに行くから詳しく教えろ」
「アンタまた簡単に引き受けて、立場分かってん…おぅっふ…」
戻ってきたミーシャが隣にドカッと座った反動でルドルフが少し跳ねた。
「城壁の外に向かった可能性があるらしい」
「はぁ? 子供が1人で? 流石に無い無い」
「そもそも門は全部閉じてんだから出られねぇだろ」
「城壁の上から町の外側へ向けて不審な紐が垂れていたんだと、
朝の時点では存在していなかったものだ」
その不審な紐とは複数の異なる紐を結び合わせて長くしたものであり、
結び目が不揃いな団子状になっていたらしい。
「町へ入るには門を通るしかないが逆はそこまで難しくはない」
「階段を登って、紐を垂らして、降りていったってこと? 無理とは言わないけど…」
「結構高いぜ? マツモトじゃねぇんだしそんな危ねぇことするか?」
「まぁ、元気な子だったからなぁ、やる可能性はある」
バトーの中のミリーは松本をシバいたり、
飛び跳ねながらパンをねだっていた元気120%ミリーなので
人見知り恥ずかしがり屋ミリーの印象はないらしい。
※176話目【さらばウルダ、松本の旅立ち】を参照。
「そういわけでシルトアさんに外を探して貰おうと思ってたんだが、
いないなら仕方がない、俺はちょっと行って来る」
「んじゃ俺も」
「待ちなさい!」
机に手を叩きつけて立ち上がろうとした2人を制止した。
「だ・か・ら、衛兵に任せろって言ってるでしょ、
私達がやるべきことは魔王の討伐、行方不明の子供の捜索じゃない、
世界の存続を担う作戦の一員ならもっと自覚も持ちなさい」
「自覚はあるが魔王はまだ復活してないだろ」
「そうだよな~バトー、魔王が出てこねぇからやることねぇもんな~、
ルドルフだってさっきまで暇すぎて殆ど寝てたもんな~」
「んぐぐ…」
痛い所を突かれたルドルフが歯をギリギリさせている。
「暇な時間でちょっと別なことをするだけだ、皆だってそうしてるだろ」
「魔物を討伐しに行くわけじぇねぇんだしよ、ちょっとくらいいいじゃねぇか」
「はぁ~…わかったわかった、くれぐれも外に探しに行こうなんて考えるんじゃないわよ、
私達は対魔王用の少数戦力なの、勝手な行動で誰かが欠けるなんて許されないんだから」
「「 ピュ~ピュピュ~ 」」
目線を逸らして口笛を吹いている。
「…アンタ達本当に分かってんの?」
「分かってるさ、それよりルドルフ」
「…何よ?」
「シルトアさんが戻って来たら捜索して貰えるように頼んどいてくれ!」
「あ、こらバトー! 待ちなさい!」
「だははは! 頼んだぜ~ルドルフ!」
「ちょとミーシャ! お~い! こら~!」
バトーに続いてミーシャも部屋から飛び出して行った。
そして南の城壁の上では。
「朝からずっと探してるけど全然見つからないんですぅぅ…、
もう外に行ったとしか考えらえないんですよぉぉ…」
「ミリーは家族思いの凄くいい子なんですぅぅ…、
私達のために頑張って大きなケーキを用意してくれたりしたんですぅぅ…」
「「 お願いですから外に探しに行かせて下さいぃぃ… 」」
「だから駄目なんですって、お気持ちは痛い程分りますけど」
「ルート伯爵からご指示ですし、何より危ないんです、
マナ濃度は下がっていませんし魔物だっていつ戻って来るか分かりません」
「だから迎えにいってあげないといけないんですよぉぉ…、
帰り道が分からなくて泣いてるかもしれないじゃないですかぁぁ…」
「1人で心細くてぇぇ…お腹空かせてるかもしれないんですぅぅ…、
ミリー可哀想ぉぉ…ミリーに会いたいぃぃ…」
「お願いですから避難所へ移動して下さい」
「私達も可能な限り探していますので」
シオシオになったミリパパとミリママに縋りつかれ衛兵達が困り果てていた。
「ねぇカイ、やっぱり外に行ってるよね」
「うん…この紐ミリーが集めてたヤツだし…」
「どうする? 俺達もそれで下に行くか?」
「降りられても直ぐに連れ戻されちゃうと思うけど」
「だよなぁ、くそっ…」
少し離れた場所でラッテオ、カイ、ハイモが話をしている。
「やっほ~、この様子だとまだ見つかってないんだ」
「お、シメジも来たか、なんか情報あるか?」
「いや無いよ、俺さっきトネルに教えて貰ったばっかだもん、
へいへ~い元気だせカイ、大丈夫だって、
ミリーは元気にしてて絶対に無事に帰って来るからさ~」
「…」
シメジがカイの肩を抱いて親指を立ててみせたが反応無し、
元気付けようとする作戦は最悪の形で失敗し、
いたたまれない空気になった。
「なんかゴメン…無理に明るくしようとして…」
「うん…ありがと…」
一応気持ちは伝わったらしい。
「シメジ君、トネル君は?」
「そのままゴンタを探しに行った、
でも避難所が離れてるし何処にいるのか分かんないしさ~、
意外とミリーの方が先に見つかったりして」
「おい、冗談言ってねぇで真面目に考えろ」
「なんだよハイモ、俺だって心配してんの、
でも落ち込んでても仕方がないから明るくしようしてんの」
「それはありがたいけど…シメジ君あっち見て」
「「 お~んおんおん… 」」
ラッテオの指さす先でミリママとミリパパが号泣している。
「あ、うん…本当にゴメン、俺が間違ってた…」
シメジが真面目な顔になった。
「ねぇカイ、やっぱりミリーはレイシ探しに行った感じ?」
「たぶん…」
「だとすれば南の草原でしょ、距離もあるし俺達で探しに行くのは無理だよ」
「ならお前は諦めんのか?」
「違うよ、やれることは限られてんの、ここに来る前にトネルとも話をしたんだ、
衛兵の人達は見回りとかで手一杯だし、外には特別な許可がないと出られない、
外にいるかもしれないミリーを連れ戻すにはああやって城壁の上から探してさ、
見つかったから大人の冒険者に依頼して迎えに行って貰うしか出来ないの」
10人程の衛兵が双眼鏡や望遠鏡を覗き込んで必死に周囲を捜索中である。
「でもそれじゃ…」
「待ってハイモ君、僕はシメジ君の言う通りだと思う、
僕達が無理やり外に出ても迷惑をかけるだけだよ、カイはどう?」
「うん…僕もそう思う…」
「そうそう、俺達が出来るのは町の中でミリーを探すことだけ、
外のことは大人達に任せてさ~一緒に頑張ろうぜカイ」
「うん…」
「…何かあったのかな?」
「なになに? どうしたのラッテオ?」
「あれなんだけど…」
「!? もしかしてミリー? 見つかった?」
「おいカイ、待てって…」
城壁の下の覗き込む衛兵達を見たカイが
ハイモの制止を振り切り大慌てで走って行った。
「そっちは西の門だぞ」
「ミリーじゃなさそうだけど…」
「とにかく俺達も行くべきじゃない? カイが心配だし」
「うん」
「だな」
てなわけで3人も後を追うことに。
「はぁはぁ…あの、ミリーですか?」
「ミリー?」
「ほら、捜索中の女の子のことだ」
「あ~…いや違うよ、馬車が来たんだ」
「馬車…」
「まさかまだ移動してる人がいたとはな」
「無事に辿り着いたのはいいが…よりにもよってこの町に来るとは運が無い」
「お~いカイ、どうだった?」
「馬車だって…ミリーじゃなかった…」
「だから待てって言ったんだ」
「人騒がせな馬車だな~もう、よいしょっと…」
「シメジ君危ないよ」
「おい、そこに登るんじゃない、落ちるぞ」
「ケチケチせずに少しくらい見せてくれてもいいじゃないですか、
こっちは友達をガッカリさせられてるんですか…ん? あれ?」
「ケチとかそういうことなじゃなくて危ないって言ってるんだ」
「ほら降りろ、本当に落ちるぞ」
「ちょっと待って!」
「待たない」
「ちょっとだけ待て下さい、お願いですから~」
衛兵に引っ張られながらも胸壁にしがみ付き必死に耐えるシメジ、
服が伸び伸びになっている。
「待って待って、マジで待って~友達かもしれないんで~」
「ほう」
「おわ!? いきなり離さないで下さいよ! ビックリしたじゃないですか!」
「いや…君が…」
理不尽な怒りに衛兵が困惑している、
うつ伏せで胸壁にしがみ付いているので
手を放したからといって反動で落ちたりはしない、
完全に八つ当たりである。
「まぁいいや、え~と…上からだとよく分かんないな、
お~い! お前マツモトか~?」
「「「 え? 」」」
シメジの声を聞いてカイとラッテオとハイモも胸壁に張り付いた。
「おい危ないぞ~」
「立たないので許して下さい」
「本当にマツモト君?」
「う~ん…わかんねぇ、顔見たのかシメジ?」
「馬車から降りる時にちょっとだけ」
馬車の横で周囲をキョロキョロする頭が見えている。
「どうしたのオマツ?」
「いや、なんか呼ばれたような気が…」
「お前マツモトか~?」
「マツモト君だったら返事して~!」
「上~! 城壁の上だよ~!」
「ん? あれ? お~い皆~! 久しぶり~!」
「オマツ友達?」
「えぇ、アレは…シメジ君とカイ君とラッテオ君とハイモ君ですね、
ははは、手を振ってる、元気だなぁ~」
マツモトとモジャヨが無事ウルダへ到着。
「ダナブルから戻って来たんだ、無事に辿り付けて良かった良かったじゃん」
「上から見てるせいか体が大きくなってる気がする、僕の気のせいかな?」
「一緒にいる人って男の人? それとも女の人?」
「お前等そんなことどうでもいいだろ! 今重要なのはマツモトが外にいるってことだ」
「「「 え? 」」」
「しかも馬車があるんだぜ」
「「「 !? 」」」
ハイモの言葉で3人に電流が走った。
「マツモト君入場の手続きした~?」
「今所持品確認して貰ってるけど~!」
「わ~待って待って! それ中止~! ちょと中止してお願いだから~!」
「え~どうしたの急に~?」
「いいから取り敢えず中止してくれ頼む~!」
「マツモト君しか頼れないんだ! 本当にお願い!」
「あの~モジャヨさん、入場手続きって中止出来るんですか?」
「出来るわよ~怪しい物とか持って無ければだ・け・ど~」
「ふむ、すみませ~ん衛兵さ~ん」
「え? 中止? …正気か?」
3回位意思確認をされた挙句に、
荷物ではなくムキムキなのにバッチリメイクのモジャヨと
子供なのにムキムキの松本自身が怪しまれ、
身体検査と身元確認の末なんとか中止出来た。
「入場の時は化粧を落とした方がいいんじゃないですか?」
「嫌よ~すっぴんなんて恥ずかしいわ」
化粧もそうだがモジャヨが本名の『エドガー』を
最初に名乗らなかったため余計にややこしくなったそうな。
「入場手続き中止したよ~!」
「よっしゃ!」
「実はミリーがほにゃららで~」
「ほうほう、あ、ミリーってのはあの今話してる子の妹です」
「なるほど」
カイから説明があり状況を把握。
「流石にほっとけないんで俺は探しに行きたいんですけど…」
「いいわ、私は付き合ってあげる、でもポニーシャはどうかしらね?」
「ポニーシャ様…連日のお勤めで大変お疲れとは思いますが…
どうかもう少しだけ協力して頂けないでしょうか?
必ず日没までで切り上げますので何卒、何卒ぉぉ…」
「(なにとぞってどいう意味かしら?)」
土下座で懇願した結果、
右耳をペロンと舐められて了承された。
「ありがとうポニーシャ~!」
「良かったわね~オマツ」
この場合の誠意とは心、言葉が通じなくとも問題ない。
「なぁシメジ、アイツ何してたんだ?」
「ポニコーンに頼んでたんじゃない?」
「「 (マツモト君っぽいなぁ) 」」
「おう、何見てんだ?」
「もう少しだけ待ってく下さいよ~落ちないように注意してますし、
用が済んだらちゃんと自分で降りますからってうぉぉぉお!?」
「どうしたシメジ? デカい声だし…はぁぁぁぁん!?
ぇぇSランク冒険者の不屈のミーシャさんん!?」
「おう、そうだぜ~よく知ってんな」
「そりゃもう俺達も冒険者なんで!
何度か会いに行こうとしたんですけどなかなか会えなくて、
あの…その…握手してもらってもいいですか?」
「いいぞ、ほれ」
「はぁぁ…(マジかよマジかよぉぉ)」
「お、俺もお願いします!」
「おう、ほれ」
「ふぁぁ…(格好良すぎるぅ)」
憧れの存在に直に触れたことでハイモとシメジが昇天しかかっている。
「で? 何見てたんだ?」
「はい! 下にいる友達です!」
「友達の妹を探しに行って貰うように頼んでたんです!」
「お? それってっミリーって女の子のことか?」
「そうです、ミリーは僕の妹なんです」
「城壁の外に行っちゃった可能性が高くて困ってたんですけど、
丁度マツモト君って友達が戻って来たので」
「おん? マツモト? …お、マジでマツモトじゃねぇか、お~い!」
「あれ? ミーシャさんもいたんですか~! お久しぶりです~!」
「おう、久しぶりだな~! お前ミリーって子を探しに行く気か~?」
「そうですよ~! レイシって果物を探してるとかで~!
南の草原辺りにいるかもしれないので行ってきます~!」
「やめとけ~! 魔王が出るかも知れねぇぞ~!」
「分かってますよ~! 日没までで引き上げてきますから~!」
「だはははは、ま、マツモトなら止めても行くわな、
ちょとそこで待っててくれ~! バトー呼んで来るからよ~!」
「了解です~!」
「(バババ、バトー!?、嘘!? いきなりバトーなの!?)」
「どうしたんですかモジャヨさん?」
「わ、私ちょっと荷台にいるから…」
モジャヨが両手で顔を覆いそそくさと荷台へ走って行くった。
そして待つこと15分ほど。
「久しぶりだなマツモト」
「お久しぶりです~」
城門から出て来たバトーとミーシャと合流。
「んじゃ行こうぜ~」
「いや、流石に2人共外へ行くのはマズい、ミーシャは残ってくれ」
「少しくらい大丈夫じぇねぇか?」
「ルドルフが言ってただろ、怒られるのは俺だけで十分だ、
それにもし何かあった場合は前衛が2人欠けることになる」
「まぁ、確かにヤベェわな」
「流石に俺の我儘にコレは持っては行けないな、ミーシャが預かっといてくれ」
「いいけどよ、魔物が出た時用に盾は必要なんじゃねぇか?」
「マツモト盾あるか?」
「ありますよ、俺の子供用の盾とモジャヨさんの大人用の盾が2つ」
「モジャヨ?」
「そういやさっきムキムキの姉ちゃん?がいたよな、何処行ったんだ?」
「ちょっと荷台に籠ってまして」
「「 ほう 」」
荷台を覗くと無理やり積み上げられた荷物の後ろで小さくなっていた、
とはいえ父親譲りのムキムキボディか隠しきれる筈も無く、
左肩とか左の広背筋とか厚みのある猛々しい筋肉がはみ出ている。
「モジャヨさん、バトーさん来ましたよ」
「!?」
ビクッとした反動で荷物が崩れ広い背中が丸見えになった。
「ほら勇気を出して、何のため危険を冒してここまで来たんですか?」
「…」
「俺との約束、覚えてますよね?」
「…」
「…どうしても難しいなら俺から伝えましょうか?」
「やめてオマツ…私は自分でけじめを付けなきゃいけないの…」
「なら」
「わかってるわ! 言わなきゃならないってわかってる!
お友達を探しに行かないといけないし、
私がウジウジしてる時間なんて無いってわかってるの!
でも怖いの…どうして最初に会うのがバトーなの?
そんなのってあんまりじゃない…」
モジャヨにとってバトーは
自分が女であると気付く切っ掛けとなった初恋の相手なわけで、
そりゃ決めてた覚悟なんて粉微塵に吹き飛ぶというものである。
「なぁお前…エドガーじゃないか?」
「きゃ!?」
さっきよりビクッとなってカタカタ震え出した。
「エドガーだろ? 随分と久しぶりだな、元気にしてたか?」
「…な、なんで私がエドガーだと思うの? オマツから聞いたの?」
「オマツって誰だ?」
「俺のことです」
「へ~お前ダナブルでオマツって呼ばれてたのか」
「一部の人にだけですけどね、取り敢えず今は」
「おう」
松本が両手で×を作るとミーシャが頷きながら右手で〇を返した。
「マツモトからは別に何も聞いてないが見れば分かる」
「嘘よ、顔も見てないのに分かる筈ないわ…声も話し方も違うもの…」
「いや、それはそうなんだが…背中がゴードンと同じだからな」
「…え?」
まさかの筋肉バレだった。
※モジャヨ(エドガー)は父親のゴードンとそっくりです。
「あのねバトー…驚かないで聞いて欲しいのだけど…
これが本当の私なの…体を男だけど心は女…
ダナブルにはありのままの私を受け入れてくれる人達がいて…
私はエドガーじゃなくてモジャヨとして生きてる…だからその…」
「じゃぁモジャヨって呼んだ方がいいのか?」
「…え? えぇ、そうして貰えると嬉しいわ」
「それじゃ早いとこ出発しよう、モジャヨ、よければそこの盾を貸して欲しいんだが」
「…え? あぁ…これね、勿論いいわよ」
「それじゃ行って来る、ミーシャ、皆への説明は頼んだ」
「おう、そっちもちゃんと見つけて来るんだぜ~可哀想なのは見たくねぇ」
「(随分あっさり受け入れられちゃったわ…)」
「(バトーさんだしなぁ、ミーシャさんも優しいからなぁ)」
2人がモジャヨのことをすんなり受け入れたのは
別に鈍感とか優しいとかが理由ではなく、
タレンギとノルドヴェルで慣れてるからである。
各地で噂を耳にしたオネェ達がパローラの元に集まっているのは、
他の町ではありのままでは生きられなかったからである。
中には当然受け入れられない人もいるし、
受け入れられないからといってその人を非難するべきではない、
一方的な容認の押し付けは意味がなく、
普通から外れているなら冷ややかな反応は当たり前、
受け入れられないのであれば受け入れて貰える場所へ、
それがモジャヨやオネェ達が選んだ幸せへの道なのである。
「(でも、少しだけ安心したかも)」
だとしても最初に伝えた相手がバトーだったことは
モジャヨにとって細やかな幸運であったとさ。
「マツモト君頼んだよ~!」
「僕達も町の中探してみるから~!」
「はい~!」
御者は松本、隣にバトー、モジャヨは継続して荷台、
子供達に見送られながらミリーを探しに出発。
「そういえばバトーさん盾新しくなってましたね」
「対魔王用の特別製だ、マツモトが売った光の魔集石が使われてるぞ」
「へ~じゃぁ魔王を討伐できたらアレが伝説の盾になるわけですか」
「ははは、かもな」
「ちょ、ちょ待ってバトー、オマツも、今魔集石を売ったって言わなかった?」
「えぇ、売りましたよ、ウルダにある鍛冶屋に」
「魔集石ってあれでしょ、なんかほら…なんか凄いヤツ、本当に存在したの?」
「存在したというか、たまたま出来たというか、まぁ、それです」
「いや~んモジャヨ驚きぃ~! ねぇいくらで売れたの? そっちの方も凄いんでしょ?」
「言い値で買ってくれるって言われたので10ゴールドで売りました」
「えぇ…10ゴールドって…流石に安すぎぃ~ん!」
「(完成した盾の値段を聞いたら気絶するかもな…)」
まぁ、松本はお金に執着がないので聞いたところで
買ったバトーにドン引きするだけだと思われる。
「それじゃバトーはSランク冒険者の人達と、ドワーフの将軍と、
エルフの王様と一緒に魔王と戦うってこと?」
「そうだ、あとギルド長のカルニも一緒にな」
「そんなの危ないわよ~町にいた方いいんじゃない?」
「ははは、どこにいたって危ないのは同じだろ、
誰かがやらないといけないなら俺がやる、大丈夫だ、皆を護ってみせるさ」
「(やだ格好いい…抱いて)」
モジャヨが口元を抑えてプルプルしている。
「あ、そうだった、バトーさん、ノルドヴェルさんに渡して欲しい物があるんですけど」
「ん?」
「モジャヨさん、俺の鞄から例の物をお願いします」
「は~い、ちょっと待って…はいコレ」
「ん? ペンダントか?」
「ノルドヴェルさんの恋人からの贈り物です、
アダマンタイト製で護ってくれるように気持ちが込められているそうです」
「なるほど、お守りってことか」
「その恋人の方にはいろいろとお世話になってまして、確実に渡し欲しいんです」
「了解だ」
関節的にだが取り敢えずは任務完了。
そんでもって南の草原に到着。
「え~ちょとちょと~なんで地面が抉れちゃってるの?
確かこの辺りって平原だったわよね?」
「まぁ、巨大なモギを討伐した跡地なんですけど、
まさか7月にもなって草の1本も生えてこないとは…恐ろしい…」
「火の上級魔法を使った影響だな、カルニの話だと埋め戻すのは簡単なんだが、
観光資源になるとかで現状を維持してるらしいぞ、
キラキラしてるのは溶けた地面がガラスになってるそうだ」
「「 へ~ 」」
実は伯爵命令だったりする、
発案者はカルニではなく財務大臣のルート・ロイダ子爵。
因みに、草が生え難い状態ではあるが全く生えないわけではない、
観光資源とするために手入れされているだけである。
抉れた観光資源には見当たらないので
近くにある大人の腰位まで生い茂った場所へ。
「ミリーいる~? 一緒にレイシを探しに来たよ~!」
「ミリーちゃんいたら返事して~!」
「レイシがはこんな生い茂った場所にはないぞ~!
あるとしたら向こうのもう少し背の低い草原だ~!」
「「「 ん? 」」」
暫く呼び掛けているとガサガサと音がして何かが近付いて来た。
「俺は松本だけどそのにいるのはミリーか?
魔物だと怖いからミリーなら返事して欲しいんだけど…」
「ミリーだけど…」
「「「 (おぉ!) 」」」
意外とあっさり見つかり胸を撫で下ろす3人。
「ミ…」
「(駄目ぇ!!)」
「(きゃ!?)」
呼び掛けようとしたモジャヨを松本が迫真の顔と両手の×で制止した。、
「(焦っちゃ駄目! ミリーが逃げちゃうでしょ!)」
「「 … 」」
歯を食いしばり血涙しそうな勢いの眼圧で訴えている、
最近活発になってきたとはいえ油断は禁物、
特に今は悪いことをしている自覚がある筈なので慎重に行動する必要がある。
「ミリーまだそこにいる? 出て来て欲しいんだけど」
「…」
「ミリー? もういなくなっちゃった?
一緒にいるのはミリーも会ったことのあるバトーさんと、
俺と一緒にダナブルから来たモジャヨさん、
モジャヨさんは合ったことない人だけど凄く優しい人だから安心していいよ」
『 … 』
「マツモト…」
「な、なにミリー? (良かった、まだいた)」
「本当に一緒にレイシ探してくれるの? そのまま町に連れてったりしない?」
「大丈夫、一緒に探すよ、ただ俺レイシって見たことがないんだよね、
バトーさんは知ってるみたいなんだけど」
松本が手招きしてバトーに応援を要請。
「レイシはもっと背の低い草原に自生している蔓状の植物でな、
普段は伸びていて草に紛れて見つけ難いが、
実を付ける時期になると丸く纏まって鳥の巣のような形になるんだ」
※種を遠くへ運び分布域を広げるために、
鳥の巣に似せて実を卵と誤認させ、
わざと魔物に食べさせるためと考えられています。
「へ~そうなんですか」
「あまり纏まった場所には無くて、
比較的背の低い草原にポツポツと点在してる感じだ、
丘の上とか高い位置から探すと見つけやすい」
「だって、1人で探すより4人で探した方が早いよ、
夜になると危ないし一緒に探して早く帰ろう、
雨も降って来そうだし、ね?」」
「うん…」
ガサガサと草を掻き分けて果物図鑑を抱えたミリーが出て来た。
「はぁ~良かったぁぁ…本当に無事で良かったよぉぉ…
ミリーに何かあったらと考えるだけで俺もう…良かったぁ…良かったなぁ…」
松本が泣きながらヘナヘナとへたり込み真っ白な灰になった。
「(お前そんなに思い詰めてたのか…)」
「(良かったわねオマツ、ミリーちゃんが無事で…
ぐぇぐぇっ…本当に良がっだばぁぁ…)」
困惑するバトーの横でモジャヨが号泣している、
その様子を見てミリーが申し訳ない顔をしているのでやっぱり自覚はあったらしい。
灰となった松本を搔き集めて少し盛り上った丘に移動。
「鳥の巣みたいなヤツって言われても…」
「ない…」
「草の上にあるわけじゃないからな、草が高く育つと見つけ難くなる、
本当なら5月とか6月の中頃までがいいんだが」
「お・ま・た~見つかった?」
「まだです」
崩れた化粧を直したモジャヨが参戦、口紅の色が赤に変わっている。
「ところでミリー」
「なにマツモト?」
「1人で出てきたら皆心配するって分かってたよね?
しかも魔王が復活するかもしれないって時だしさ、
そんなにレイシを食べたかったの?」
「…もう直ぐお父さんの誕生日だから、ずっとレイシ食べたいって言ってた、
魔王が出たら大変になってもう食べられない」
「「「 … 」」」
「死んじゃうかもしれないから…その前にどうしても皆で一緒に食べたかった…」
「「 … 」」
「ふぐぅぅぅ…」
「「「 !? 」」」
バトーとモジャヨが俯くミリーに声を掛けられずにいると
松本が唐突に顔を覆って反り返った。
「ど、どうしたのオマツ?」
「尊過ぎるっ…叱ってあげないといけないのに…
うぐぅぅ…俺にはミリーを叱ってあげられないうぐぅぅぅ…ぐぇぐぇ…」
「(泣いてるのか…器用なヤツだな…)」
ブリッジしながら泣く松本にポニーシャも困惑している。
「ふぐぅぅ…ミリー絶対レイシを見つけよう! 皆に心配かけたら怒られるとは思う!
でも俺が一緒に謝ってあげるからぁぁ…ふぐぅぅ…レイシを持って帰ろうなぁぁ!」
「う、うん…」
嗚咽しながら発せられる熱量に当事者のミリーも困惑している。
そして松本復活の後。
「本当にやるのオマツ?」
「当然です、俺達に今必要なのは高さですから」
「落ちて怪我したら大変よ~打ち所が悪かったら死んじゃうんだから」
「ミリーにレイシを持たせてあげるまでは死にません、やって下さい」
「でもぉ…」
「ははは、諦めた方がいいぞモジャヨ、
こうなったマツモトは何言っても聞かないからな」
「んもうバトーまで、良いのね? 本当にやっちゃうわよ?」
「どんとこい重力!」
バトーとモジャヨに両手両足を掴まれた状態で何か言っている。
「「 い~ち、に~い、さんっ! 」」
振り子のように振られて上空にぶん投げられた。
「(何処だ? 何処にある? 探せぇぇ!)」
不規則に回転しながら上昇。
「結構高く上がったな、ちょっと真上からズレたか?」
「何落ち着てるのバトー! 受け止めなきゃマズイわよ~!」
「いや、大丈夫だろ」
「いぇぁぁぁあああ! うごぁ!?」
そして奇声を発しながら落下して馬車の荷台の幌を突き破った。
「いやぁぁぁオマツゥ!?」
「マツモト生きてるか~?」
「な、なんとか…ちょと右足が折れたかもしれないですけど…」
「えぇ!?」
「マツモト無理し過ぎ…」
「ははは、だから大丈夫だって言っただろ? なんてったってマツモトだからな」
「全然大丈夫じゃないじゃわよ! 足折れてるの! 駄目駄目よ~!」
「でも笑ってるぞ、見つかったのか?」
「えぇ、それっぽいヤツを見つけました」
破れた幌は取り外し折りたたんで荷台へ、
幌用の軸が1本折れていたので足が折れた原因は恐らくこれである。
「お待たせしました」
足が治ったので確認しに行くことに。
「馬車があの位置だらこの辺の筈なんだけどなぁ…ん? アレって…嘘ぉん…」
視線の先に現れた草の窪みを見て変な汗が噴き出している。
「あった! マツモト! レイシあった!」
「あった!? 嘘!? 本当にレイシ!?」
「本に書いてあるのと同じ! 5個ある!」
「ねぇバトー、一応確認してあげて」
「どれどれ、うん正真正銘レイシだ、良かったなミリー」
「良かった! 嬉しい! ありがとう! マツモトありがとう!」
「ど、どういたしまして! いや~骨を折った甲斐があったなぁ~はははは!」
「だな、はははは!」
「笑えないわよ~でもミリーちゃんの願いが叶って私も嬉しいわ~」
「うん! 嬉しい! 凄く嬉しい!」
無事レイシを発見しミリーが飛び跳ねている。
「(危なかったぁ…本物が見つかって良かった…)」
松本が焦っている理由はレイシではなく、
空になった鳥の古巣を見つけたからである。
「それじゃ私は先に馬車に戻ってポニーシャの準備をしておくわ」
「頼んだ」
「ミリー全部持てるの?」
「持てる…」
ポケットに詰め込もうとして苦戦中。
「無理に押し込んだら痛んじゃうよ、俺の鞄使う?
何も入ってないから汚れても大丈夫だからさ」
「うん、ありがと」
「そのために中身を全部出してたのか、準備がいいなマツモト」
「ふふふ、バトーさんが持ってる剣と盾と同じですよ、
備えあれば憂いなしってヤツです」
「俺の方は使う機会がなかったけどな」
盾を拳で叩くと鈍い音がした。
「鞄はミリーが持つ?」
「うん、持つ」
「んじゃ帰ろっか」
「うん!」
レイシと果物図鑑が入った鞄を大切に抱えて歩くミリーを見守りながら、
松本も立ち上がって歩き出す、後を追うようにバトーも歩き出そうとした時…
「…!?」
音も無く背後に現れた黒い存在に気が付いた。
「避けろマツモト!」
「ぇ?」
振り返った松本の目に映ったのは、
圧倒的な威圧感を示しながらも未だ形の定まらぬ黒い何かと、
盾を掴んだまま宙を舞う左手首と飛び散る血、
体を捻りながら体制を崩したバトー、
そしてその間に引かれた不可解な黒い縦線。
「っ…」
自身の左腕が前腕から切り離された時、
松本の思考は加速し全てを理解した。
「(バトーさんは背後のアレに気が付いて守ろうとしてくれたんだ、
だけど間に合わなかった、振り返る途中で手を切られた、
この黒い線はアレの攻撃で、だから俺の腕も…)」
理解するより早く体は動いていた、
背中を丸めて後退しつつ両手を前に突き出し、
迫りくる脅威から重要な生命器官を遠ざけようとする姿勢、
だから最初に左腕を失った。
「(早過ぎる…)」
だが、体の部位の中で一番前に出ていたのは地面を蹴った右足だった、
失わずに済んだのは攻撃の位置が体の中心から左にズレていたから、
なら次に失うとすれば必然的に前に出ている折り畳まれた左足。
「(ぐぅっ…)」
膝を割られ太腿を半ばまで切断された時、
松本は全てを悟った。
「(無理だ…死ぬ…だってアレは…)」
周囲のマナ濃度は急激に上昇していた、
城壁の上の衛兵達は計測器の振り切れた針を見て目を見開き、
離れた場所いる幾人かの優れた者達は警笛を待たずして異変感じ取った、
近くにいる2人と1頭は恐怖のあまり声を失い呼吸もままならずにいる。
その黒い何かとは魔王、
正しくは形を得ていずれ魔王に至るマナの集合体、
出会った時点で松本の運命は決していた。
「(なんでだ…もう帰るって時に…)」
それでもなお頭部を後方に逸らせ意地汚くも生き長らえようとする、
思考を停止させないように、可能性を途絶えさせないように。
「(俺はいい、そこそこ長く生きた、だがミリーは?
家族思いの優しい子だろ、なんで死ななきゃならないんだ?
そんなに悪いことをしたのか? いや、場所が…運が悪かっただけだ…、
こういうどうしようもない理不尽が許せないんじゃなかったのかよ、
命は誰にだって1つで大切で…だから使いどころが重要なんだ、
俺はずっとそうやって生きて来た筈だろ、今がその時だ、
無駄にするな、無駄に死ぬな、死ぬならやり切ってから死ねよ!)」
いつの時代も、諦めず抗う者こそ、成果を得る、
松本にとってこの世界で生きる上で指針となった重要な言葉、
あの日の夜に光の精霊レムが見せた鮮烈で力強い輝き、
努力は惜しまなかった、抗う心はある、後は成果を求めるだけ。
「ああああああ!」
咆哮と共に発せられた1秒にも満たない光は、
草原を白く染め迫り来る黒を掻き消した。
「(小さくなりはしたが消えてはいない、直ぐにでも再生するだろうな…)」
拾い上げた左手首を押し当て回復を急ぎながら、
バトーは眼前の敵に集中し続けていた、
対応できなかった自身への不甲斐なさと罵倒、
そして窮地を凌いでくれた仲間への感謝、
その何れもがこの瞬間においては不純物でしかない。
今はある、だが次は? 何か1つでも間違えば全滅する、
情報を搔き集め、状況を整理し、即座に決断を下す、
それだけが自身に課され求められることだとバトーは理解していた。
「退くぞマツ…」
バトーの目に映ったのはとめどなく溢れる血と
うなだれるように座る惨たらしい肉塊。
形を得ておらず不完全とはいえ魔王に至る存在、
その攻撃は到底並の人間に防げるようなものではない。
松本は自らの信念を貫き全て賭して成果を得た、
ならばその代償は…
「お前…」
傷は深く、鋭く、長く、左瞼から下腹部まで、
眼球と頬を割かれていたとしても顔は綺麗と言えるだろう、
胴体の損傷は極めて著しく直視することすら難しい。
絶たれた肋骨の奥で心臓と肺の内側が顔を覗かせ、
滝のように溢れ出た血が地面に零れ落ちたいくつかの臓器を赤く染めている。
左手と左足の傷がマシに思える程の惨状、
虫のようにか細い息はしているものの、
誰が見ても助かる見込みがないのは明白、
吐血が少ないは吐き出すだけの血が残っていないからか。
「ァド…っ…さっ…」
「話さなくていい…楽に…」
「っ…ミ……っ…ミリ……っ…」
「!?」
震える右手で死に逝く体を支えながら、
必死に顔をあげ想いを託そうとする、
開ききらない右目に宿る光を見た時、
バトーは盾を手放し全力で走り出した。
「(すまんマツモト…)」
蹲り震えるミリーを抱きかかえ振り返らずに前へと進む。
「馬車に乗れエドガー!」
「!? わかったわ」
モジャヨが御者席に座り手綱を握るとバトーが荷台に飛び乗った。
「出すんだ! 全速で町に向かえ!」
「ポニーシャ!」
いななき声を上げ車輪が回る、
後方を確認したモジャヨが人数が足りないことに気が付いた。
「バトー! オマツがいないわ!」
「振り返るな! 進み続けろ!」
「駄目よ! 止まってポニーシャ! ポニーシャ止まってぇ!
なんで言うこと聞いてくれないの!」
手綱を引くが馬車は止まらず速度は増してゆく。
「ポニーシャ! オマツがいないの! ねぇってば!
もういいわよ! 私が連れてくるから!」
「やめろエドガー!」
飛び降りようとしたモジャヨの肩をバトーが掴んで止めた。
「離して!」
「よく聞けエドガー」
「なによさっきからエドガーエドガーって! 私はモジャヨよ!」
「ならよく聞けモジャヨ、マツモトはもう…ミリーを、いや俺達を逃がすために死んだ…」
「嘘…」
「この子を無事に連れ帰る、それがマツモトの望みだ」
「嘘! 嫌よそんなの…私は信じないわ…」
「無理に信じなくてもいい、だが進むんだ、今は」
「バトー…」
悲しみと悔しさが怒りが入り混じった目は
言葉よりも強くモジャヨを納得させた。
「「 !? 」」
「バトー空が…」
「始まったな、魔族の襲撃が来るそ」
空の裂け目から黒い雲が溢れ出て広がってゆく、
呼応するかのように地表から無数の影が湧き始めた。
「なにアレ気持ち悪い…アレが魔族なの?」
「そうだがポッポ村の時とはまた様子が違うな…」
瞬く間に草原を覆い尽くし濁流のように迫り始めた。
「早い、それにあんなに多くはなかった」
「追いつかれると思う?」
「際どいところだ、俺が後ろで光魔法を使う、モジャヨにはこの子を頼みたい」
「任せて」
「ん? …なんだ?」
「どうしたのバトー?」
「勢いが…」
濁流を鎮めるように柔らかな光が広がり、
一際強く輝くとに急激に弱まり…そして完全に消えた。
「「 … 」」
降り始めた雨を気にも留めず、
2人は暫くの間2度と輝く筈の無い闇を見つめていた。




