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293話目【家族】

カード王の緊急宣言が布告されてから8日目、

ウルダが魔族の襲撃を受けた日の翌日。


「よし、資料作製完了、お疲れ2人共」

「お疲れさまっす~」

「ぁぃ…」


左目の下瞼が痙攣したリンデルが力無く椅子にもたれ掛かっている。


「「 … 」」

「リンデルさん大丈夫?」

「大丈夫ですぅ…ちょっと頭が回らなくて…」

「コーヒーあるっすよ主任」

「ぁぃ…」


流し込むコーヒーが口の左端から溢れ服に染み込んでいる。


「(…駄目っぽい)」

「(こりゃ今日は死んでるな)」


いつも通り寝不足なだけなので安心して欲しい、

フルムド伯爵のデスマーチに巻き込まれただけである。


「ノアさんの他にもマナの声を聞ける人が現れたおかげで助かったっす」

「本当にね、同じ日に異なる場所で同じ内容を聞いたとなれば信憑性が高くなる、

 世界中でたった2人だけど、考察する側からしたらかなり大きいよ」

「しかも全く面識のない他人同士っすから妄想や嘘って可能性は少ない、

 それだけでも扱いが全然違うっすからねぇ」


リンデルという貴い犠牲を出しつつも強行されたデスマーチには

大きく分けて2つの項目がある。


1つは前回の話でニャリモサとノアが聞き取ったマナの声の文章化、

てなわけで文章化されたものは次の通り。




『赤い光の先で彼が待っている、世界の歪みを正すためには

 マナの海の底とこちら側を繋ぐ必要がある、

 彼と協力してマナの海の穴が閉じないようにして欲しい』

 



こちらに関してはノアが報告に来た時点で殆ど文章化されており、

割とすんなり完了したのだが…


「これだけの文章からよくマナの循環不良なんて考え付いたっすよね」

「まぁ、彼は元々マナが専門だから僕達とは考え方が違うんだよ」

「え? そうなんすか?」

「あ、いや…今のはほら、ノアさん自身がマナだからって意味」

「なるほどっす、てっきり昔からマナ専門で活躍してたのかと思ったっす」

「(危なかったぁぁ…)そ、それじゃ僕はこの考察結果をペニシリに伝えて来るから」

「了解っす」


問題となったのはこっちの方、

2つ目の項目は『マナの声を元にしたノアの考察と解決策』

の検証と裏付け作業である。





ノアの考察をざっくり纏めると次の通り。


・大原則としてマナには、

 自然界に満ちており精霊と同系統の無色のマナと、

 生物の体内で生成され死亡後に放出される色の付いたマナがある。


・何かしらで消費されたマナはマナの海へと還り、

 再び世界へと循環されるのだが、

 色の付いたマナの循環過程に何かしらの不備が生じている。


・色の付いたマナは正常に循環されずマナ海へと溜まり続け、

 最終的にはマナの海の底に亀裂が生じ世界に溢れ出す。


・その溢れたマナによって引き起こされる現象が魔族の襲撃、

 そして魔族の襲撃によって色の付いたマナは更に溜まり、

 限界を迎えマナの海の底が決壊した際に生じる現象が魔王の復活。


・マナの声が示す『世界の歪み』とは色の付いたマナの循環不良、

 『マナの海の底の穴』とは魔王が復活する場所、もしくはその近辺。



そしてノアが考察を元に考えた解決策は次の通り。

 

・ノアがルーンマナ石と同化し、

 アダマンタイトで射出方向を限定したルーン魔増石を使用し、

 マナの海の向こう側にいるとされる彼との協力しつつ、

 穴を開放、もしくは閉じないように保持する。

 

  


但し、ルーンマナ石と同化したノアは動く核弾頭みたいな状態なので

作戦完了までなんとしても外敵から守る必要があり、

Sランク冒険者達との協力が必要不可欠となる。


そのため魔王復活までに何としてもウルダへ移動し、

作戦練り直しす必要がある。


他にもアダマンタイトが何処まで耐えられるか、

ノアの自我がいつまで保てるのか、

上空に現れる可能性が高い穴に到達できるのか、

などなど、そこそこ問題が山積みだったりする。




「フルムド伯爵、リテルスさんって昨日王都へ向かったんすよね?」

「うん、夕方に出たからそのまま王都で休んでる筈、

 他の町への連絡を頼まれてるかもしれないから

 いつ帰って来るかはちょと分からないな」

「マジすか」


ダナブルの唯一の高速連絡便が現在不在というのも問題の1つ。


「ロックフォール伯爵はノアさんの提案を認めると思うっすか?」

「たぶん、精霊様達のお言葉を踏まえてもノアさんの考察に矛盾が生じない、

 そして僕達が製作した補足資料にはそれだけの説得力がある」

「本当だとしたら世界を救えるっすもんね」

「でもそうなったら穴から溢れ出したマナに飲み込まれて…」

「その前にマナを消費し過ぎて消滅するかも知れないっす…」

「「 … 」」

「まぁ、ここで考えても仕方がない、僕はペニシリの判断に従うよ」


フルムド伯爵は資料を抱えて出て行った。


「成功したら消滅、もし失敗たらカード王国ごと消滅、

 箱舟は残るかもしれないっすけど守り人はいなくなる、

 責任重大で辛い結果になるかもしれないっすけど、

 世界を救える可能性があるだけ俺はノアさんが羨ましいっすよ、

 はぁ…変われるものなら俺が変わりたいくらいっす」

「アンタねぇ、冗談でも冗談じゃなくても怒るよ」

「主任起きてたんすか?」

「誰かさんがふざけたこと言うから目が覚めた、

 いい? ルーベンは私の可愛い部下でシード計画の一員なの、

 残された側の気持ち、アンタが一番知ってるでしょ?」

「スミマセンっす…」

「ふぁ~ぁ…んじゃ顔洗ってから本格的に寝ようかな、

 起きてこなかったら昼過ぎにでもテキトウに起こして~」

「了解っす、そういえばノアさん戻って来ないっすね」

「心配しなくてもそのうち戻って来るからほっときなさい、

 今頃区切りを付けてる筈だから」

「?」

「おやすみ~ルーベンもちゃんと寝なさいよ~

 若いからって無理してたら大変なことになるんだから」

「了解っす」








一方その頃、魔物園では。


「夜の魔物園もなかなか楽しかったね」

「うん、ガチムチカンガリュウがいたのは驚いたけど」


朝日が昇り魔物達が目覚め始めた頃、

イオニア(ノア)とカプアの2人は魔物園の売店横のベンチに座っていた。


「ロックフォール伯爵がそんな話してたじゃん、

 情けない声を出したイオニアが一番面白かったかも」

「知ってたとしても暗い中で背後にムキムキが立ってたら怖いよ…、

 カプアだって驚いて声も出せなくなってたじゃん」

「ははは、まぁね」


早朝のため営業時間外というのもあるが、

そもそも魔物園は緊急事態につき閉園中である。


そのため2人は守り人に搭載された飛行機能(短時間のみ可)で

柵を飛び越え不法侵入したところ、

チチリから園内の警備を任されていたガチムチカンガリュウに

音もなく背後を取られ腰を抜かしたらしい。


「よく言葉を理解出来るって知ってたね」

「昔父さんが教えてくれたんだ、実際に試したことは無かったけど」


チチリとロキの身内だと説明して見逃して貰ったらしい。


「ところで今日は何で誘ったのかな?」

「カプアと魔物園を楽しみたいなぁって思って」

「それだけ?」

「うん」

「それだけってことはないでしょ、夜中に成人女性の部屋に押し入って、

 叩き起こした挙句に外に連れ出してるんだよ?」

「いや言い方…」

「しかもあの気が弱くて、女性経験が無くて、撫で肩のイオニアがだよ?

 流石に無理があると思うなぁ」

「うん…ごめん…」


正論パンチでボコボコにされた、

なお、撫で肩は関係ないと思われる。


「…昨日の夜にさ、マナの声を聞いたって言ったよね」

「うん」

「それで分かったことがあって、今まで抱えていた疑問に答えが出たんだ、

 それと同時に僕がやらないといけないことも気付いてしまった」

「もう少し詳しく話して欲しい」


イオニアはフルムド伯爵達に話した考察と解決策を伝えた。


「いつから始まったことなのかは分からない、

 遠い昔に世界の歪みを解き明かした人がいて、

 その意思を彼と意志を持ったマナが引き継いで…」

「だから次はイオニアが引き継ぐってこと?」

「彼等の意志を理解出来て成功する可能性が一番高いのは僕だから、

 それに世界の歪みを修正出来れば魔王に怯える必要は無くなる」

「本当にそうなるか分からないじゃん、

 穴から溢れ出したマナもイオニアが考えてる通りになるとは限らない、

 …不確定要素が多すぎるよ」

「そうだね、根拠として示せるものは何もない、

 だけど僕は確信に近い何かを感じている、上手く説明できなくてゴメン」


意志の固さを感じ取ったカプアは諦めと悲しみが入り混じった表情になった。


「イオニアが行かなくてもSランク冒険者の人達なら魔王を倒してくれかも」

「そうかもしれない、そうなれば取り敢えず平和が訪れる、

 でもそれは一時的なもので1000年後にはまた同じ苦しみが待ってる」

「今までだってそうだったんだからそれでいいんじゃないかな?」

「駄目なんだ、1000年後まで彼と意志を持ったマナが存在しているか分からない、

 これが世界の歪みを正せる最後の機会かもしれない」

「イオニアはそんなに英雄になりたいの?」

「僕は選ばれた特別な存在だなんて思って無いよ、そんなに傲慢じゃない、

 ただ…そうだね、研究者として世界最大の実験には興味があるかな」

「そうなんだ…」


暫くの沈黙の後にカプアが口を開いた。


「私は正直どうしたらいいのか分からない、守り人を押し付けちゃった時から

 本当にこれで良かったのかなってずっと考えてる」

「君は何も間違っていない、守り人の稼働は決まっていた」

「うん、だから私は自分で決めた、せめて責任だけは背負いたかったから」

「それで良かったんだ」

「良くない」

「僕はカプアに稼働させて貰えて良かったよ」

「良くない……全然良くない…良くないよぉ…」


俯いたカプアからポロポロと雫が零れ落ち、

朝日を受けて刹那に輝くと弾けて消えた。


「私を庇って死んじゃって…何年も気付いてあげられなくて…

 守り人を押し付けられて…今度は世界のために犠牲になろうとしてる…」

「考え過ぎだよ」

「考えちゃうよ…マツモト君はイオニアじゃないって言ってたけど…

 見た目は違うけど…話してみるとやっぱりイオニアなんだもん…割り切れないよ…」

「…」

「ずっと探してるのに…見つからない……イオニアの幸せは何処にあるの…」


震えるように絞り出された声は、

愛する者を想う純粋な願いと彼女自身に刻まれた癒えない傷そのもので、

隣に座っているのは普段の明るく自由奔放な彼女ではなく、

迂闊に触れれば砕けて散り行く剥き身の心。


「(カプア…)」


暫しの葛藤の末、己の存在と覚悟を定めた彼は、

決して傷付けないように、そっと包み込むように、

愛する者の右手に硬い左手を重ねた。


「僕の幸せは君の生きる先にある」

「…ぅ…」

「そしてイオニアの幸せは君と家族達の生きる先に」

「ぅぅ…ぅ……ぅぅ…」


感情が溢れ出したカプアは声を押し殺して静かに泣いた、

愛する者の覚悟と心使いを無駄にしないように、

右手に感じる冷たさが答えであると言い聞かせながら。









「ゴメンゴメン、もう大丈夫だから」

「本当に?」

「うわぁ…そこで聞き返すって駄目だと思うなぁ…」

「ゴ、ゴメン…こういうの慣れて無くて…」


じっとりした目で見られてイオニアが小さくなった。


「まぁいいや、取り敢えず帰ろう、ハンクを叩き起こして、

 ルーン魔増石用のアダマンタイトの囲いを考えなきゃ」

「飛行機能の向上もね、それじゃ飛ぶから掴まって」

「いや~短時間とはいえ空を飛ぶ経験が出来るのは貴重だよ~」

「ちょい待ち!」

「「 ひぇ!? 」」


離陸準備をしていると背後から声を掛けられて飛び上がった。


「帰るんならチケット代払ってからにしなよ」

「ロキったらまたそんなこと言って~ごめんなさいねぇ~」


ロキとチチリと警備のガチムチカンガリュウである。


「気にしなくていいのよカプアちゃん、ノアさんも」

「駄目だって、只でさえ閉園しててお金稼げないんだから取れる時に取らないと」

「おほほ、お金を稼いでも売ってくれる人がいないから買えないのにねぇ~」


同意を求められたガチムチカンガリュウが頷いている。


「買えるようになった時に困らないようにしとくのがウチの仕事なんだって、

 てなわけでさ、ついでにアイスでも買ってってよ」

「おほほ、押し売りは良くないわよねぇ~」


同意を求められたガチムチカンガリュウが頷いている。


「よ~し! ノア君、折角だから食べていこう!」

「いや私は…」

「まぁまぁ、気分だけでも味わってさ、今となってはアイスは貴重品だよ」

「そうですけど…」


折角なので食べることにした。


「は~いカプアちゃんはチョコ、ロキはチョコミントね~」

「どうも」

「いぇ~い」

「ノアさんは本当に食べなくていいの?」

「えぇ、食べることが出来ないもので」

「朝に食べるとお腹がユルユルになっちゃうってこと?」

「いやそういうことでは…」

「まぁ、いいじゃんママ、そういう個性の人もいるんだって」

「そう? 1人だけ食べられないのはちょっと可哀想じゃない?」

「本当に気にしないで下さい」

「チチリさん、ノア君にはバニラを1つ」

「えちょっと…カプアさん?」

「私が2つ食べるからいいのいいの、持っているだけでも雰囲気は味わえるんだから」

「なるほど」

「それじゃノアさんはバニラね~」

「あ、少なめにお願いします、カプアさんがお腹を壊すといけないので」

「はいはい、少な目ね、は~いどうぞ」

「ありがとう御座います」


アイスを受け取ったノアとカプアはベンチに着席。


「カンガさんもバニラね~」

「(カンガさんって名前だったのか)」

「(アイス食べるんだ)」


アイスを受け取ったガチムチカンガリュウはペロペロしながら去って行った。


「(凄く人間っぽい…)」

「(なんか手慣れてない?)


恐らく初めてではなさそう。


「ママはまたバニライチゴ? 絶対チョコミントの方が美味しいって」

「そんな青臭いのが美味しいわけないでしょ」

「ほれ」

「ちょとやめて、オェってなるから」

「ほ~れ」

「もうやめてってば、臭っ!? 食べなくても青臭っ!」

「ん~朝一に食べるアイスってのもなかなか良いものだね」

「あの~カプアさん、私の持つバニラが溶け始めているのですが…」

「これ食べ終わってから食べるから氷魔法で保護しておいて

 …って魔法使えないんだったね、ほい」

「あちょっと…私まで冷やされると外装に霜が…」

「まぁそんなに簡単には壊れないから大丈夫大丈夫、

 急いで食べるから少しの間我慢して、はぐっ…うご!? 頭ががが…」

「だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫…じゃないかも…」

「ゆっくりでいいので焦らず行きましょう、折角のアイスが勿体ないですから」

「うごごご…」

「ほれほれ」

「臭!? オェェ…」

「(賑やかだなぁ、でも凄く懐かしい)」


楽しい時間はあっという間に溶けて行った。


「やらなければならないことあるので私達はこれで」

「チチリさん、ロキさん、勝手に入ってスミマセンでした」

「カプアちゃん達なら大歓迎よ~またいつもでいらっしゃい」

「そうそう、家族みたいなものなんだし気軽にね」

「その割にお金はしっかり取るのねロキ」

「当然でしょ、ウチは家族を護ってんの、親しき中にも礼儀ありって言うじゃん」

「もう、気が強いんだから…」

「せめて個性があるって言ってよ」

『 はははは 』


別れ際の会話を終わり2人は離陸。


「「 お邪魔しました~ 」」

「凄っ! 本当に飛んでるよママ!」

「危ないわよ~早く降りなさ~い」

「ありがとうカプア、アイスは食べられなかったけど凄く楽しかったよ」

「いっそのことイオニアだって教えてあげた方が良かったんじゃない?

 そしたらちゃんとお別れ言えたのに」

「いや、これでいいんだ、2度目の別れは必要ない、降りるよ」

「えぇもう!? これで限界?」

「余力を残した状態での限界点、マナの消費量は8割ってとこかな、速度は全速」

「う~む…想定よりも燃費が短いし遅い、ルーンマナ石を使うにしても改修は必須だね」


200メートル程飛んで着地した。


「行っちゃったわね…」

「うん、さぁ皆にご飯あげよう、ウチとママしかいないんだから

 シャキシャキ動かないとお昼になっちゃうよ」

「ロキは寂しくないの?」

「そういうのは少しだけにするって決めてんの

 大家族なんだから慣れなきゃやってられないよ」

「私はいつまでたっても慣れないわぁ…

 お別れする時はどうしても涙が出ちゃう…」

「別にいいじゃん、それがママの個性なんだから

 (じゃぁねイオニィ、頼んだよ)」


家族とは言葉にしなくても伝わるもの、

敢えて言葉にしないなら無理に聞き出す必要もない、

強い絆で結ばれているからこそ別れは各々の心の内に。









そして時間は流れて14時過ぎ、

場所は変わってウルダの南区にある城壁付近の路地裏。


「「 … 」」


2人の子供が木箱に座って空を見上げている。


「ねぇラッテオ」

「何カイ?」

「空が青いよ」

「うん、青いね~」

「雲があるよ」

「うん、あるね~」

「なんかさ」

「うん」

「凄く普通じゃない?」

「うん、普通だね~昨日の朝の出来事が嘘みたいだ」


そこそこに雲が浮いている穏やかな空である。


「魔族って本当にいたのかな?」

「いたよ、僕は見た」

「僕も見たけど何か嘘だったんじゃないかなって気持ちになってる」

「わかるわかる、僕も全然不安とか感じてないよ」

「本当に避難する必要があるのかな?」

「一応してた方がいいんじゃない? 他の地区の人達は結構してるみたいだし」

「そうなんだ?」

「うん、僕達の所は遅れてるって父さんが言ってた、たぶん明日だって」

「へ~」

「うん」

「へ~…」

「「 … 」」


平和過ぎて会話の知能が低下気味である。


「大きい魔族見た?」

「見てないよ」

「へ~」

「父さんは見たって」

「へ~…え? 見たの?」

「うん、父さん光筋教団員だから」

「そういえばそうだったね、どんな感じだったって?」

「大きかったって言ってた」

「そうなんだ…それだけ?」

「うん、遠目に少ししか見てないらしいから、ピカッって光って消えたって」

「へ~…」

「凄い光だったらしくてさ、父さん筋肉が負けたって悔しがってたよ」

「ラッテオのお父さんも十分マッチョだと思うけど」

「なんかもっと厚みが欲しいんだって」

「へ~…」


ラッテオの父親はゴリゴリのマッチョではなく細マッチョ、

ギリギリ光魔法の中級が扱えるくらいのマッチョである。


「僕も光魔法が使えたらいいのにな~」

「あれさ、ポージングが難し過ぎるよね」

「うん、僕は無理だった」

「僕も、子供で使えるのはマツモト君くらいじゃないかな?」

「そんな気がする」


ダナブルで行われたボディビル大会の参加者のように子供でも使える者はいる、

その殆どは光筋教団員を両親に持ち、

幼い頃から筋肉の英才教育を受けているサラブレットマッスルキッズである。


一方、中身がオッサンでボディビルの知識があったとはいえ、

短期間で上級まで到達した松本は異例中の異例、

筋肉のために息をしていると言っても過言ではない異常者であり、

それこそ世界の歪みたいな存在である。


まぁ、そもそもが転生者なので世界の異物であることは間違いない。


「あ、ニンジンみたいな雲あるよ」

「本当だ、ふふ、面白いね」


細くて歪な形をしておりニンジンか意見が分かれるところだが、

あまり裕福ではない2人にとってはコレが普通、

太くて形の整ったニンジンはお店に並んでいるものであり、

普段家にあるニンジンは形の崩れた農家直売の格安品である。



「ねぇカイ」

「何ラッテオ?」

「避難所の場所って知ってる?」

「知らない、お母さん達は知ってるみたいだけど、

 避難所ってさ、ウルダの全員が避難するんだよね?」

「うん」

「そんな大きな建物なんてあったっけ?」

「それ気になるよね」

「うん」

「これも父さんに聞いたんだけどさ、地面の下にあるんだって」

「へ~そんなのあったんだ、僕全然知らなかった」

「なんか最近できたらしいよ、2日位で完成させたんだって」

「え~絶対嘘だよ」

「だよね、あり得ないよね」


正確には大枠の完成に2日、細部の完成に更に2日、

計4日で約8万人収容可能な地下シェルターを

完成させたってんだから恐ろしい話である。

(食料など備蓄品の搬入は除く)


何故そんな突貫工事になったのかというと、

本日はカード王の緊急宣言が布告されてから8日目、

ドーラから忠告を受けてからは11日目にあたるので、

単純に時間が無かったからである。


食料などに関しては魔族の襲撃が発覚した時点で

ルート伯爵が事前に備蓄を開始していたのだが、

町の近辺に魔王が復活するのは流石に予想外、

というか、それ以前に周辺の村人を受け入れるための拡張工事で手一杯だった。


ではどうやって危険が伴う地下工事を短期間で終わらせたのか?

勿論ウルダ最強の便利屋、兼、社畜である、

我等がカルニギルド長の出番である。


地盤沈下しないように強化魔法で発掘範囲の周辺を固め、

基礎となる壁や柱部分を残して土木作業員渾身の土魔法で土砂を排出、

後は出入り口、階段、換気通路、排水設備、トイレ、食糧庫、

扉、光輝石のライトなどなど、必要最低限の設備を備え付けて完成。


不必要な箇所に割く時間はなかったので

大半の壁は土が剥き出しのままなのだが、

一応崩れないだけの強度はあるし、

強化魔法は有効なので大丈夫だと思わる。


因みに、地上の建物に対する地盤沈下の影響と、

避難所が崩落する危険性を考え極力建物が無い場所に造られている。


成熟している町中にそんな都合のいい場所は無いと思われるのだが、

ちゃんと探せばあるもので、町中をガッツリ横断していたりするもので、

つまりは城壁と城壁を繋ぐ大通り、その下に長~い避難所が存在している。


この大通りというものは構造的に非常に都合が良もので、

全ての通りが中央の広場で繋がっている、

そのため中央広場の下に指令本部を設置し、

そこから各方面へと走る避難所が伸びる形となっている。


大通り下の避難所間は指令本部を通ることで移動可能なのだが、

混乱を避けるために緊急時以外の移動は禁止としており、

住民達には各ブロックごとに分離されていると説明されている。


ラッテオ達の避難が遅れている理由は、

先に自主避難したグループが元々予定されたいたブロックと異なるブロックに

避難してしまったため修正に時間が掛かっているからである。



「ねぇカイ」

「何ラッテオ?」

「ミリー遅いね」

「うん、ちょっと話を聞いて来るだけだら

 そんなに時間は掛からないと思うんだけど」

「衛兵の人に自分から話かけるようになるなんてさ、

 ちょっと前に比べたらミリーの人見知りもかなり改善したよね」

「うん、今日なんて1人で行くから待ってて言ってたし、

 お母さん達も凄い成長してるって喜んでるんだ」

「へ~良かったね」

「うん」


どうやらミリーが城壁の上で見張り中の衛兵に会い行ったので、

その帰りを待っているらしい。


「そういえばさ」

「何?」

「最近ミリー紐を集めてるみたいなんだ、近くの家の人達から貰ってるみたい」

「僕の家にも貰いに来たよ」

「そうなの?」

「丈夫ならなんでも良いって言うからその辺にあった紐をあげた、

 1メートルくらいのヤツだったけど喜んでたよ」

「そうなんだ、ありがとうラッテオ」

「どういたしまして、でも何に使うんだろう?」

「さぁ? 何に使うんだろう?」

「「 … 」」

「お待たせ」

「あ、ミリー」

「ちゃんと話は出来たの?」

「出来た、魔物がいなくて平和だって言ってた」

「「 へ~ 」」

「あとマナが凄いって言ってた」

「「 へ~ 」」


穏やかな日差しを浴びながら3人は帰って行った。







そして夕方、街道上で夕食中の松本とモジャヨは。


「あらやだ、ちょと嫌な雲があるわ」

「どこですか?」

「北西の方、ほら、竜の背ビレの向こう側」

「あ~確かに、雨雲っぽい」

「風向き的にこっちに流れて来そう…」

「あと1日で到着予定ですけど追いつかれますかね?」

「それこそ風の気分次第じゃない?」

「確かに、う~ん…なんか嫌な感じがするんですよねぇ」

「ちょっとやめてよ~オマツ、そういうこと言うと本当になっちゃうんだから」

「スミマセン、でも雨のことだけじゃなくてですね、

 昨日くらいから空気が重く感じるというか…」

「それって完全に、雨の前触れぇ~ん」


某メイクアップアーティストのように

右手を前に出して立てた人差し指を左右に振っている。


「違いますって、湿度とかじゃなくてなんかこう…ちょと表現できないです」

「やだもう、気になるじゃないの~」

「俺の感覚の話とは別にもう1つ変な感じるすることがあるんですよ」

「な~に?」

「昨日から魔物を全く見てない気がするんです、遠くの方とかも全然」

「ポニーシャがいるじゃない」

「ポニーシャ以外の話です」

「でも…そうね~そう言われると確かに見てないかも」

「ですよね、やっぱり何か変ですよ、

 まぁここまで無事に来れただけでもありがたいんですけど」

「そうそう、明日も晴れて何も起きずにウルダへ辿り着けるように祈りましょ」

「はい~」


なんだかんだ言いつつも意外と元気そうにしていた。





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