291話目【ターニングポイント】
カード王から緊急宣言が布告されてから7日目、
ドーラによると魔王が復活するとされる日。
時刻は午前1時、場所はウルダ。
「ねぇリーダー? 夜中に金持ち達の屋敷をジロジロ眺めてさ~俺達一体何してんの?」
「昨日はデケェ屋敷の周りを徘徊してたしよ~怪しすぎんだろ俺達」
「まるで盗みに入る場所の下調べしてるみたいだよな~、
俺達ってピーマン農家の息子で冒険者じゃなかったっけ?
いつから盗賊団になったわけ? 記憶にないんですけど~」
「うるせぇな、黙って見張ってればいいんだよ、何か異常はねぇのか?」
「「「 ないで~す 」」」
Bランク冒険者チーム、『南西のピーマン』の4人が
北の城壁の上から双眼鏡を覗き込んで富裕層エリアを監視中である。
「監視しろって言うけど暗くてよく見えねぇよ」
「そうそう、星明りと街灯で判断しろってのは流石に無理があるでしょ~」
「リーダーはちゃんと見えてんの?」
「いや、あんま見えてねぇ」
「「「 だよねぇ~ 」」」
夜中なので仕方がない。
「なぁベルク、寝ていいか?」
「お前夕方まで寝てただろうが、ふざけたこと言ってるとぶっ飛ばすぞ」
「リーダー腹減った~」
「そこに食料があんだろ、好きなヤツを勝手に食えよ」
「シシが食うなら俺も何か食おう、お、ピーマンあるじゃん、ってエントん家のかぁ…」
「あん? 今何か言ったかホルン?」
「別に何も、気にすんなって」
「嘘付けコラ、明らかに俺ん家のピーマン見てガッカリしただろ」
「してねぇって、ただ俺ん家のピーマンの方が良かったな~って思っただけだ」
「やっぱガッカリしてんじゃねぇか、おん? やんのかおん?」
「おいおい絡むなっての、夜中だぞ、周りの迷惑を考えろよ、
只俺ん家のピーマンの方が旨いってだけの話だろ」
「いや俺ん家方が旨ぇわ、みずみずしいわコラ」
エントとホルンの間でピーマン戦争勃発。
「まぁまぁ、落ち着いてエント、ホルンもほら、仕事中に良くないよそういうの」
「…悪かったなエント」
「あぁ、気にすんな」
シシが仲裁に入り何とか鎮火した。
「そうそう、争ってる場合じゃ無いからね~皆仲良くしなきゃ、
…因みに俺ん家の方が旨いから」
「「 !? 」」
食料箱を漁りながらシシがボソッと呟くとエントとホルンの額に血管が浮いた。
「おいシシ…」
「今なんて言った?」
「え? 何が? 俺何も言ってないけど?」
「嘘付け、俺は確かに聞いたぜ、なぁエント?」
「あぁ、誰の家のピーマンが一番旨いって? 言ってみろよ?」
「それは勿論俺ん家でしょ、あちょと…味で勝てないからって暴力に頼るのヤバくない?
俺はピーマン農家として恥ずかしい行為だと思うけどなぁ」
締め上げらえながらシシがニチャニチャと不敵な笑みを浮かべている。
「いい加減にしろ馬鹿共! くだらねぇ言い争いしてんじゃねぇぞ」
「「「 うぃ~ 」」」
ベルクの一喝で鎮火。
「ったく…俺ん家のピーマンが一番に決まってんだろ」
「「「 おん!? 」」」
からの再燃、争いはそう簡単には無くならない、
互いに譲れないモノがあるなら尚更である。
『(旨ぇ…)』
ピーマン戦争も一段落したので休憩、
なんだかんだ言いながらも生ピーマンを丸齧りしてご満悦である。
「おう、お疲れ~」
『 うぃ~す 』
見回りの衛兵がやって来た。
「どうだベルク? 何か変化はあったか?」
「あれば俺達はここにはいねぇよ、マナの濃度は変化ねぇのか?」
「ないな、いつも通り静かな夜だ」
「そうか、確認なんだがヤバそうなモンを隠してんのはこの3人だけなんだよな?」
「デフラ町長から指摘を受けたのはそれで全部だ、他にいたとしても庶民の俺には分からん」
衛兵とベルクが地図を広げて場所の確認をしている。
カード王国の各都市ではカード王の指示を受け、
人の死に纏わる品、強い気持ちが籠っていそうな品、
指輪やネックレス、絵画、武器、防具、装飾品などなど、
大型魔族の核となる可能性がある品々を町の外に隔離する運びとなったのだが…
「ったく、大人しく全部出せよな~」
「無理だろ、金持ちが財産をそう簡単に手放すはずねぇ」
「そもそも何で欲しかるのか俺には理解できないんだけど~殺人犯の骨とかいる?」
「「 いらねぇ~ 」」
シシ、エント、ホルンの会話から分かるように、
中にはあの手この手を使って手放さない者達がいるわけで、
ウルダでは3名のコレクターが危険な品を隠し持っている疑惑が浮上している。
「住民が危険に晒されてんだ、甘いこと言ってねぇで
衛兵なら屋敷に押し入って強制的に回収したらいいじゃねぇか」
「おいおいベルク無茶言うなよ、こっちにもいろいろ制約があるんだ、
だいたい見たってどれが核になりそうなヤツなのか分からんて」
「ま、そうだよな、言ってみただけだ、忘れてくれ」
この『大型魔族の核になりそうな品』というのは極めて定義が曖昧であり、
なり易いとされているだけで絶対になるわけではないし、
まったく予想外の品がなる可能性も当然考えられる。
そもそも町側が個人の所有物を全て把握しているなんてことはないので、
今回隔離された品々というのは持ち主の尺度で計られ
あくまでも自己申告によって提出された善意の塊である。
では何故3人のコレクターが疑惑を持たれているのかというと、
この3人は互いにコレクションを自慢し合う仲でだったのだが、
隔離日に持ち寄った品の中に散々自慢していた逸品が無かったため、
『あれ? コイツ隠してるんじゃね?』
と互いに疑問を抱きデフラ町長に密告したからである。
なんともお粗末な話なのだが、
熱心なコレクターとして有名な者同士の密告ということと、
収集していた品の特性から信憑性が高いと判断さられ、
デフラ町長から冒険者ギルドへ応援要請があり、
町の防衛指揮を任されたアクラスが『南西のピーマン』を派遣したという経緯である。
因みに問題のコレクター達が収取している品の特性は、
『ヒット作に恵まれず無念の死を遂げた画家に纏わる品』
『極刑に処された犯罪者に纏わる品』
『人を殺めた魔物に纏わる品』。
こう聞くと1つだけ毛色が異なり割と普通に思えるのだが、
その画家が描いていた絵が所謂『春画』に該当するものであり、
人と魔物との絡みを主題としているという
なんともマニアックで尖りきった作風なので油断できない。
コレクターの3人は揃って漏れなく奇人変人、
先程述べた有名とは悪名側の知名度である。
一方で集められた品々が何処に隔離されたのかというと、
城壁の外にある集団墓地の近くに建てられた安っぽい小屋の中だったりする。
城壁からそこまで離れていないので安全面に疑問が残るのだが、
ルート伯爵が集めた品が盗まれないようにすると約束していたし、
同じくらい危険視されている集団墓地自体の移動が困難だったしで、
それならいっそのこと横に保管した方が大型魔族の出現場所を絞れるし
城壁から纏めて監視が出来るから一石二鳥やん、とういうことでこの場所になったそうな。
ってなわけで、当然こちらにも派遣されている者達がおり、
Aランク冒険者チーム『南南西三ツ星』の3人が城壁の上から監視中である。
「お~い、焼き芋持って来たぜ~」
「ありがとロジ、熱ぅ!?」
「ははは、そりゃ焼きたてだからな、熱いから気を付けた方がいいぞ」
「馬鹿じゃないの!? 先に忠告しなさいよ!」
「イエーツさん…は腕立て中か、んじゃここに置いときますんで~」
「申し訳ない、っふ、後で頂こう、っふ」
光筋教団からは支部長のイエーツが直々に参戦、
夜中だというのに重力魔法で負荷を増しながら自重トレーニングに勤しんでいる。
「ほい、これドーフマンの分な、ドーフマン?」
「寝てるわ、そっとしといてあげましょ、魔物の討伐で疲れてんだから」
「んなこと言ったら俺だって疲れてるんけどなぁ…」
「何よその目は? 私も条件は同じなんですけど?」
「ま、そうだわな、異常は?」
「今のところは無し、でも必要な時に動けなかったら困るから、
これ食べたら衛兵の人達に監視を任せて私達も休みましょ」
「賛成だ」
「っふ、っふ、っふ」
「「( 元気だなぁ…)」」
疲れている2人を他所にイエーツは筋肉と対話中、
既に200回以上継続しているのでかなり盛り上がっているらしい、
まったくペースが乱れないあたり流石は支部長といったところ、
筋持久力と体感の強さが優れているタイプのマッチョである。
みたいな感じで魔王復活しちゃうかも期間に突入したウルダは
衛兵の見回りと監視を増員、要所に対処可能な冒険者を配置、
主力のSランク冒険者達はギルドに泊まり込み、役所も交代で24時間待機、
などなど警戒レベルを1段引き上げた対応を取っている。
そして衛兵、冒険者と並び防衛の要とされている光筋教団員達は。
「…っふ、…っふ、…っふ
(そう弱気になるなよ三角筋、ヨコシマキイロ並みにデカいお前ならやれるさ)」
「…っふぁ! …っふぁ! く……っふぁ!
(輝きを忘れないで大臀筋、あなたには私と大腿四頭筋が付いてる)」
「ふぅぅ…バックボーズ、…からのサイドポーズ
(いいぞ皆、素晴らしい迫力だ、間違いなく俺史上最高のハリ、
この立体感なら魔族も逃げ出すに違いない)」
複数ある光筋教団の施設には深夜にも関わらずマッチョがギッシリ、
来たるべき時に備え己の筋肉を鼓舞し続けている。
だが施設内の賑わいは裏を返せば不安の表れなわけで、
いくら鍛え抜かれたマッチョとはいえ普段から戦闘に関与していない者達が
他者の命を背負うというのはそう簡単ではない。
「(おい私の筋肉、やれるのかい? やれないのかい?
どっちなんだい? やぁ~れ…るっ!)っはぁ…はぁ…はぁ…」
中には己を奮い立たせるために上腕二頭筋に問いかけ
肩で息をするほどに追い込まれている者もいる。
「…ッハ!」
と思ったけどなんか凄く良い笑顔なので多分大丈夫っぽい。
時間は流れ午前3時27分。
「ぇ…マ、マナ濃度が…」
「!? 数値は?」
「既に振り切れてます!」
「周囲を警戒しろ! (もうじき夜明けだというのに…)」
緊迫した夜が無事に明けるかと思われた矢先、
鋭い警笛がまどろみを搔き消すように鳴り響いた。
「おいお前等!」
「もう確認してるっての、右異常なし!」
「こっちも変化なし、今のところはだけど、リーダは?」
「真ん中も異常ねぇ、他から出るかも知れねぇから気を抜くなよ」
「「 うぃ~ 」」
「おいエント! テメェ何時まで寝てんだ! ささっと起きねぇか!」
「スヤビビ…」
「こんのぉ…起きろって言ってんだろうがオラァ!」
「ぐぇ!?」
仰向けで熟睡しているエントの胴装備をベルクが思いっきり踏みつけた。
「…ぇ…何? 出た?」
「まだ出てねぇよ馬鹿野郎、マナ濃度が上がったんだ、この騒ぎが聞こえねぇのか?」
「いたた…確かにヤバそうだな、ん? あ? 出た…」
「いやだから出てねぇって、まだ寝ぼけてんのか…」
「違ぇよベルク、上だ! 上見ろ! 星が…」
「「「 星? 」」」
3人が夜空を見上げると星の光が一部だけぽっかりと抜け落ちていた。
「どんどん星が消えてくな…」
「なぁベルク、これってよ…」
「あぁ、魔族の襲撃ってヤツだろうな、聞いてた通り空が黒く染まってやがる」
「っていうか何か垂れてきてない? ネットリしてそうなヤツ…」
『 !? 』
大きな衝撃音に反応し4人が素早く双眼鏡を覗き込んだ。
「何処だ? 探せ!」
「左! 屋敷の一部がぶっ壊れてなんか黒いのが飛び出る!」
「よく見えねぇけど、ニョロニョロっていうかウネウネしてんな」
「っち、よりにもよって画家のヤツのとこかよ、行くぞ皆!」
「待てホルン!」
「なんで止めるんだベルク! あそこは城壁を降りる階段から一番離れてんだぞ!」
「だからだ、走って行くには時間が掛かり過ぎるからよ、
シシが作った氷の道を滑って行くぞ」
「はぁ!?」
肩越しに親指で指名されたシシが怪訝そうな顔をしている。
「…マジ?」
「緊急事態だ、やれ」
「えぇ…他の屋敷もあるけど…壊したら大変だし…」
「別に少しくらいいいだろ、んなもん人の命に比べたら大したことねぇって」
「あるよ! 俺等のボロ家とは違うから! 凄く高い彫刻とかあったらどうすんの!」
「んじゃ道沿いに行けばいいんじゃね?」
「おぉ~良いこと言うなエント、ベルクもそれでいいだろ?」
「行ければ何でもいい、ほら急げシシ、被害が広がるだろうが」
「えぇ…水魔法を直ぐに凍らせるの苦手なんだけど…っていうかマナ消費ヤバそうだし…」
『 !? 』
再び大きな音がしたので素早く双眼鏡で確認、
先程と同じ屋敷が半壊し大型魔族と思われる影が庭へと這い出して来ている。
以前松本達が獣人の里で遭遇した大型魔族とは異なり、
大きな楕円状の球体からウネウネと複数の触手が生えた形状をしている。
「あ~あ、シシが迷ってるせいで被害が拡大した」
「誰かウネウネに捕まってね? マジかよ…シシのせいで犠牲者が出ちまった…」
「くそっ最悪だぜ、全部部シシのせいだ」
「おぃぃぃ!? 何で俺!? 俺だけに責任押しつけないで!?」
ってことで急いで出発することに。
「行くぞぉ! 行ってやるぞこらぁぁ!」
「おう」
「早くしろ」
「落ちても文句言うなよおらぁぁ!」
「いやだから行けって」
「マジで危ないから押すなよなぁぁ! 俺が氷を作るまで絶対押したりするなよなぁ!」
「「「 遅ぇ! 」」」
「危なぁ!?」
ダチョウ倶○部の伝統芸方式でシシが先陣を切り、
エント、ベルク、ホルンの順で後に続く、
少しでも凍らすのが遅れると全滅するのでちゃっかりエントが氷魔法で補助している。
「「「 いやっほ~う! 」」」
「ぐあぁぁマナ消費激し過ぎぃぃ! 付いたら俺もう無理だから!
絶対使い物にならないからぁ! 大型魔族は3人でなんとかしてぇぇ!」
楽しそうな3人と対照的に先頭を滑るシシはかなりヤバそうである。
「安心しろ! コイツがあればどうにでもならぁ!」
「なぁベルク、その盾ってマナ濃度が高くなったら返す約束だよな?」
「おう、Sランク冒険者のシルトアさんが取りに来るらしい」
「んじゃこれが魔族に使える最後の機会ってことか、悔いがねぇように全力で頼むぜリーダー!」
「任せとけ! この盾の本当の力を見せてやるぜ!」
「ちょと皆ぁぁ! もうすぐ着きそうなんですけどぉぉオロロロr…」
「「「 汚ぇ!? 」」」
シシがマーライオンになったので離脱。
「俺が影を蹴散らしたらエントとホルンで核を狙え!」
「「 おう! 」」
先に駆け付けていた衛兵達の頭上を飛び越え屋敷の庭へと突入、
ベルクが盾にマナを込めると辺り一面が眩い光に包まれた。
『 !? 』
その輝きたるや凄まじいもので1秒ほどの照射で大型魔族の大半を消し去り、
核と思われる絵画と飲み込まれていた男性が姿を露出させた。
「そっちだホルン!」
「って遠いなおい、あらよっと!」
ホルンが絵画に向けて剣投げると見事に命中、
修復し始めていた大型魔族がホロホロと崩れだした。
「やったのかホルン?」
「まぁ、たぶん?」
「オッサン大丈夫か? 生きてたら返事してくれ」
「んぁ…ぁぁ…」
「良し、取り替えず回復しとくか」
ベルクが駆け寄って安否を確認すると飲み込まれていた男性が意識を取り戻した。
「お~いホルン、やった感じ?」
「手ごたえが無さ過ぎてよくわかんね~、
っていうか何で元気になってんだシシ?」
「結構ヤバかったけど衛兵の人に回復して貰えたんだよね~、
で? どうなのこれ? 倒したってことでいいの?」
「元に戻んないから倒したんじゃね? あの辺に切れ端が少し残ってるけど」
エントが示す先で触手が倒れた女性使用人を捏ね繰り回している。
「ねぇエント…あれ本当に切れ端?」
「いやまぁ…その筈だけど…凄ぇ動いてんな…」
「(いやらしい…)」
散りゆく前の最後のあがきにしてはアグレッシブ過ぎる動き、
強い執念というか断固たる強い意思を感じさせる。
「いつまでも残ってんじゃねぇぞ、おら」
ベルクがペカっと盾を光らせると消滅した。
「アンタ捕まってた人だよな? 怪我はねぇか?」
「は、はぃ…」
「なんで恥ずかしそうにしてんだ?」
「わっかんないかな~ベルクくぅぅん?」
「何でだろうねぇ~? 何でなんだろうねぇ~?」
「そういうの鈍いと恋人出来ないよ~俺達農家には死活問題だよ~」
「離れろや! 遊んでる場合じゃねぇんだそ!」
「「「 ぎゃ!? 」」」
すかさず纏わりついて来た3人は振りほどかれてひっくり返った。
「びぃやぁぁ!? ママ…マルコッコーニの自画像がぁぁ!?」
その後ろでは先程意識を取り戻した男性が
白目を剥きながら穴の開いた絵画を抱えてひっくり返っている、
身なりと反応からか察するに屋敷の主で絵画のコレクターだと思われる。
「なんてことを…なんてことぉぉ…許さんぞお前達…」
『 おん? 』
「私の大切なマルコッコーニの自画像をこんな姿にしたのは誰だ!? 名乗り出ろ!」
『 … 』
「この絵に一体どれ程の価値があるのかお前達にわかるか?
マルコッコーニが残した自画像は世界にたった1つしか存在していないのだぞ!」
『 … 』
スライムから触手の生えた絵を指差して屋敷の主がカチキレているのだが、
一同とはかなりの温度差があるようで誰も返事をしようとしない。
「先輩あの小さい影って普通の魔族ってヤツじゃないですか?」
「それっぽいな、対処開始~」
「はい、おりゃ」
「お、あっちにもいる、待て待て~」
興味がない衛兵達は話を無視して職務に復帰。
「何故お前達は口を開かん! 私の話を聞いているのか!」
「いや知らねぇし、だいたいそれの何処が自画像なんだよ」
「し!? 知ら…」
心底面倒くさそうな顔をしたベルクがボソリと呟くと
屋敷の主のコレクター魂が爆発した。
「何も理解しようとせずに語るでないわぁぁぁ!
よいかぁ! マルコッコーニとは愛の語り人!
全てを等しく愛でる素晴らしさを世界に説いた崇高な人物!
そしてこの絵こそはマルコッコーニの心を表した精神の自画像なのだ!」
『(煩っ…)』
迫真の叫びに一同が迷惑そうにしている。
『愛の語り人マルコッコーニ』
約350年前に実在した異色の画家。
魔物と人の絡みを描くことで種族の壁を越えた博愛主義を世に広めようとしたが、
奇抜過ぎた故に受け入れらえることなく生涯を終えた悲運の人物。
…とされているのだが、それは後世の者達が勝手に作り上げた設定だったりする。
実際のマルコッコーニは自覚があるタイプの異常性癖者であり、
自分の中に湧き出る妄想をこっそり絵に描いて悦に浸っていたのだが、
死後に奇抜過ぎるコレクションが発掘された結果、
拡大解釈で博愛主義者の代弁者にされてしまった可愛そうな人物である。
勝手に性癖を公表された挙句、勝手に祀り上げられ、
とっとと忘れて欲しいのに長々と実名を晒され続けているという、
『死後のハードディスク問題』の究極系みたいな話。
「あのさ~アンタがそれ隠し持ってたせいで大変なことになっての」
「皆迷惑してるんですけど~俺達って感謝される側だぜ?」
「剣刺したのは俺だけど? おん? 文句あんの? おぉぉん?」
「まずはあの姉ちゃんに謝るのがスジだろ、襲われてたんだぞ、おら、おら」
「眩し!? や、やめて…すみません…目が…目がぁぁぁ!」
ベルク達に激詰めされた挙句、光の魔集石を間近でチカチカされて悔い改めた。
「光の魔集石の盾を所持している冒険者はいるか?」
「呼んでるよリーダー」
「おう、俺だ、どうかしたのか?」
「向こうにも大型魔族が出で応戦中なのだが手間取っている、手を貸してほしい」
「やっぱ1体だけなんてことはねぇか、付いて来いお前等!」
「「「 うぃ~す 」」」
衛兵の指示に従い次の大型魔族討伐へ。
一方その頃、集団墓地側を担当してる南南西三ツ星とイエーツは。
「しっかり頼むぜドーフマン!」
「うむ!」
「おぉぉりぁ!」
ドーフマンが構える盾を踏み台にして飛び上がったロジが大型魔族を袈裟斬りにした。
「っと気合を入れてみたものの、微妙なんだよなぁ…」
「駄目そうだ、退くぞロジ」
「あいよ~ってこっちから見ると眩しいなおい…」
「同感だ…」
切った傍から再生しだしたので目を覆いながら光の方へと後退。
「聞いてた通り一方向からの光じゃ完全に断ち切れないわね」
司令塔兼チームリーダーのココが冷静に状況を把握中、
眩し過ぎて分かり難いが後ろで輝いているのはビニパン姿のイエーツである。
「ふぅ~…」
因みにポージングはアブドミナルアンドサイ(腹筋と脚を強調するやつ)である。
「2人共もおかえり~感想は?」
「やれないことは無いが時間が掛かる」
「俺も格好よく決めたかったんだがなぁ~コイツで戦うのはちと面倒そうだ」
ロジが剣の柄を手の平で叩いてわざとらしく肩を竦めている。
「何言ってんのよロジ、折角新調したんだからもう少し頑張ってみたら?」
「冗談だろリーダー、今は拘ってる場合じゃねぇって、
町中ならやるけどわざわざ城壁の外で無理する必要はなくね?」
よく見るといつも使用している幅広の大剣ではなく
クレイモアのような細身の長剣に変わっている。
元々扱いきれておらずチームの足を引っ張っていると自覚しながらも、
1撃の重さに対するロマンを捨てきれず
ココとドーフマンに拝み倒してなんとか使い続けていたのだが、
魔王が復活するとか重要箇所の防衛を任されるとかなっちゃったので
流石に個人的な拘りは一旦自室の武器置き台に預け、
取り回しに優れた長剣を担ぐことにしたらしい。
「なんか遠くの方にチラホラ普通の魔族っぽいのも沸いてるし、
魔法を制限なく使える場所なら効率を優先すべきだろ、ドーフマンもそう思うよな?」
「うむ、長引けばイエーツ支部長の負担も増す、この場はココの魔法に頼りたい」
「あんまり気が進まないんだけど仕方ないかぁ…でも核が遺骨とかだったら嫌だなぁ…」
作戦会議中の3人だが実は複数の大型魔族に襲撃されている最中だったりする。
「ふぅ~…」
その全ての攻撃を掻き消し安全地帯を形成しているのは
3人の背後から光を放ち続けているイエーツである。
ウルダ屈指の筋肉を誇るイエーツの光魔法であれば
至近距離なら大型魔族の大半を消滅させ直接核を露出させることも可能だと思われる。
但し、それ程までに強力な光魔法を放つには部分的な筋肉では力不足、
全身を使った完璧で美しいポージングが求められる、
注意点としては核を露出させたとしても
ポージングを崩したら即座に大型魔族が再生してしまうこと。
つまり、理論上は単独で核を露出させられるし無力化もできるのだが、
露出させた核を破壊する術がないので光魔法単体での
大型魔族討伐は事実上不可能ということ、
勿論代わり誰かが破壊してくれればそれで良い。
ってなわけで、この辺りが光筋教団のマッチョ達にとって1つの到達点、
マナを送るだけで光魔法が発動可能で行動に制限の掛からない
光の魔集石とはどうしても埋められない差があるのだ。
とはいえ到達点の筋肉が素晴らしいことには変わりないわけで、
向こうから有効範囲内に食い込んで来るパンチや触手などは
飛んで火に入る虫が如く、光魔法に掻き消されて消滅、
決してイエーツの筋肉に影が届くことはない、人はそれをマッスル安全地帯と呼ぶ。
「ちょっと距離が近すぎるかな、イエー眩しっ!?」
「迂闊に振り返ったら駄目だぜリーダー」
「目を焼かれるぞ」
※マッスル安全地帯は完全に安全ではありません、絶対に目だけは守りましょう。
「ふぅ~…」
因みに、眩し過ぎて分かり難いが現在のポージングは
ダブルバイセップス(上腕二頭筋を強調するやつ)である。
「イエーツさん、今からフレイムを使います、
ドーフマンが盾になりますけど一応気を付けて下さい」
「了解だ」
「ロジは私を守る役ね」
「はいよ~でもそんな強いヤツを使うのか?」
「1発で決める時はね、あんな見た目だけどマナの集合体らしいから
核ごと消滅させるには相殺以上の威力が必要なはずよ」
「なるほどな」
「まぁ、こんな距離でそんなことしたら全員巻き込まれちゃうから、
取り敢えずは1/3とか1/4を吹き飛ばす威力でやるわ、運よく核を巻き込めたらそれで終わり、
駄目なら再生する前に残りを小分けで吹き飛ばす」
「となると1体に付き3~4発か、大したことはないな」
「俺が丸焦げにならない程度で頼むわ」
「はいはい、私は攻撃に集中するから焦げたら自分達で回復するように」
「「「 はい~ 」」」
こんな感じで集団墓地付近に沸いた大型魔族は魔法で処理されることになった。
場所は変わってそして冒険者ギルドの屋根の上。
「いろいろ騒がしくなってきたけどよ、思ってたより大丈夫そうだな」
「アクラスの読みが旨いことハマってるんだろ、ただなぁ…」
「なんか気になるのか?」
「なんか違うんだよなぁ…数が少なすぎる」
「おん?」
「いや、魔族の襲撃にしては勢いがないというか、
もっと地面を覆い尽くすくらい大量に襲って来るはずなんだが…」
「これから増えるんじゃねぇか?」
「そうかもな」
ミーシャとバトーが口をモソモソさせながら周囲の様子を伺っている。
「それよりよバトー、このパン妙に硬ぇしボソボソ過ぎねぇか?
口の中の水分が持っていかれて話しずれぇ」
「実は俺もさっきから口の中がパッサパサになってる」
「「 んぐんぐ… 」」
上を向いて水魔法で水分補給。
「このパンって昨日支給されたヤツか?」
「いや、カルニの家にあったヤツを持って来たんだ、
暫く置いてあったからそろそろ食べないと駄目になると思ってな」
「ほ~ん、暫くってどれくらいだ?」
「分からん、たぶん1週間くらいじゃないか? カビは生えてないから大丈夫だろ」
「おう、そうだな」
「「 んぐんぐ… 」」
そして水分補給、実は3週間前のパンだったりする。
「ミーシャの親は大丈夫なのか?」
「たぶんな、2日前から避難所に入ってるぜ」
「そういやカルニもそんなこと言ってたな、ルドルフの親も一緒に避難したらしい」
「アイツ等の親は昔から仲良いからなぁ~」
「「 んぐんぐ… 」」
実はルドルフとカルニの実家は隣接しており、
2人は幼馴染、兼、ライバルとして幼少期からバチバチだったりする。
「ポッポ村の人達こそヤベェんじゃねぇか?」
「ははは、それこそ心配ないさ、忘れたのかミーシャ?
この町の中で魔族の襲撃を経験してるのはポッポ村と獣人の皆だけだ」
「だははは、違ぇねぇ、お、シルトアが帰って来たぜ」
「盾は持って無いな、ベルクが相当頑張ってるってことか」
「魔王も出てねぇってことだな、お~いシルトアこっちだぜ~」
「なんでお2人が屋根の上に? っていうかミーシャさんの体重だと屋根が壊れるんじゃ…」
「だははは、カルニが強化してくれてるから問題ねぇ、
それよりパン食うか? ボソボソのヤツ」
「1週間くらい経ってるヤツなんで口の中パッサパサになりますよ」
「あの…いらないです…」
2人が善意で進めたパンは普通に断られた。
「一応食えるんだけどな」
「カビ生えてねぇしな」
「「 んぐんぐ… 」」
そして水分補給。
一方その頃、ポッポ村の住民達は。
「ゴードンさん、どうやら先程の現れた大型魔族は討伐されたようです、
予定を変えて次の角を左に行きましょう」
「おう、皆次の角を左だ~しっかり付いて来いよ~」
『 はい~ 』
ゴードンとメグロが指揮を取り周囲の村人達と一緒に指定の避難場所を目指して移動中。
「しっかし獣人の耳ってのは凄ぇな、こんな状態でも遠くの会話が聞き取れるんだからよ」
「雑音が多すぎるので流石にそこまでは無理です」
「おん? じゃぁメグロさんはどうやって判断してんだ?」
「あそこで家族が教えてくれています」
「あ~そういや目もいいから暗くても見えるんだったな」
「そういうことです」
ゴードンには殆ど見えていないがメグロファミリーが
城壁の上から避難経路を支持してくれているらしい。
「(あれは俺でもなんとなく分かるな)」
ピョンピョンと飛び跳ねている大きな○は多分カテリア。
2時間程経過し場所はルコール共和国、コメイモ領。
「のうマンゴク」
「へい」
「旨いのぉ」
「おっしゃる通りで」
ヴォルトとヴォルト係のマンゴクが向かい合って熱燗をお楽しみ中。
「のうマンゴク」
「へい」
「ワシは騒がしい酒も好きしゃがお主と飲む落ち着いた酒も好きなんじゃ」
「そう言って頂けると大変有り難いです」
「カカカ、マンゴクは喋りが下手じゃからな~若い頃からずっと変わっとらん」
「いやはや、お恥ずかしいことで」
「それでええんじゃ、お主は喋りが下手な分飯が旨いからの、
静かにゆっくり酒を味わうにはこれくらいが丁度ええ」
大根の煮物を箸で割りカラシっぽいヤツを付けて口の中へ、
しっかり味わってから後追いで熱燗をキュっと一口。
「くぅ~…ええなぁ…」
そしてシミジミ一言、鼻から抜ける余韻を楽しんでいる。
「ふふ」
ヴォルトの幸せそうな顔を肴にマンゴクも熱燗をキュッと一口。
「ふぅ…たまりません…」
料理人日和に尽きると言った表情をしている。
「カカカ、ええ顔をしとる! ええ顔しとるのぉ~!」
膝をバシバシ叩きながらヴォルト大満足、
これがコメイモ領におけるヴォルト係の日常風景である。
「お主も今日はよく飲むのう、ほれ次じゃ」
従者のワタクモさんも注がれた熱燗をチミチミ、
かなり形が崩れているので相当呑んでいるっぽい。
「しかしあれじゃな、この酒が味わえなくなると思うと寂しくなるの」
「もしや始まったのですか?」
「暫く前から始まっとる、少し妙ではあったがの~」
「魔王につきましては?」
「まだじゃがそれも時間の問題じゃ」
「今まで通り魔族の襲撃だけという可能性は?」
「ない、世界中で最も魔王を嫌っとるワシが保障してやる、
今回のは間違いなく魔王の前触れじゃ、数日後にはここも持ち込まれるじゃろ」
「そうですか…」
「ほれ、景気付けじゃ、それを飲み干したら行くとええ、
最後まで突き合わせて悪かったのマンゴク」
「いえ、アッシの方こそ長い時間お付き合いさせてしまい申し訳ありません、
改めましてヴォルト様、ワタクモ様、今までお傍に仕えさせて頂きありがとう御座いました」
「うむ」
畳に両手と額を付いて感謝を述べたマンゴクは注がれた酒を飲み干して退室した。
「人は去り酒は消える、分かっておったこととはいえ何とも虚しい話じゃ、
精霊の力を持ってしても抗えぬ破滅、いや、力を持つが故に抗えぬのか、
なぁワタクモよ、世界は何故こうも歪なんじゃ?
決まって訪れる厄災なんぞ発展の妨げでしかあるまいて、
ワシ等が現れた時に世界は新たな秩序のもとで再建されたはずじゃろ、
これではまるで不完全、重要な何かが欠如しているかのよう…」
残った大根を挟もうとした箸がピタリと止まった。
「…なんじゃと?」
ヴォルトが目を閉じてを入念に周囲を探っている。
「感じるかワタクモ? どうじゃ? いやそれはお前が飲み過ぎとるだけじゃて、
ここまで来て収まるなんぞあり得ん、少なくとも今まで1度たりともなかったじゃろ」
ワタクモさんが形を取り戻してモソモソと周囲を探っている…と思われる。
「やはり間違いないか、ワシにも分からん、どうなっとるんじゃ?」
7日目の朝、午前5時3分。
「あれ? 何か消えてってない?」
「ベルク何かしたか?」
「いや、俺じゃねぇ」
「もしかして太陽? 話しで聞いてた朝が来たから終わりってヤツ?」
ウルダを襲った影は日出と共に消え去り
約1時間半に渡る一連の騒動は一応の終結を迎えた。




