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290話目【続、移動する人達】

昇り始めた太陽に照らされながら松本がポニコーンのお世話中である。


「好きだねぇニンジン、在庫に余裕があるけどもう少し食べるかい?」

「ヒヒン」

「そうか~ポニーシャは堅実だなぁ、そんじゃパンここに置いとくからね」

「ヒヒヒン」

「え? まだ欲しいって?」

「ヒン」

「ポニーシャは頭良いよなぁ、俺がパンをいくらでも出せること知ってるんだもん、

 いいよいいよ~好きなだけあげちゃう、はいこれ追加ね、もう1本? はいはい」

「ヒヒン」

「ポ~ニポニポニ…」


餌箱に追加されたフランスパン食べるために頭を下げて来たので

待ってましたとばかりに耳先を指でピロピロしている。


「んっ……んぁぁ~…」


そして思いっきり背伸び。


「(あらやだ、今日は一段と伸びてるわ)」


不自然に伸びる松本を横目にモジャヨは馬車の荷台で化粧中。


「(オマツって本当に変わってるわよね~ま、私も人のこと言えないんだけど~)」


どう考えても違和感のある光景なのだが、

特に気にすることもなく小さな手鏡を見ながら

左瞼に濃い目のアイシャドウをトッピング中である。


前日の朝まではオネェ界隈に属するモジャヨの感性を持ってしても、

松本の不可解さを受け流すことは難しかったのだが、

手からパンが出せるという謎過ぎる能力を

カミングアウトされたせいでどうでも良くなったらしい。


※パンの件は転生した際に付与された異能ですが、

 背伸び時に伸びたり、マナを多量に吸収した時に膨らんだりするのは

 度々説明している通り只の体質です。



「フ~フンフフン、フ~フフン、フフフゥ~ンフフゥ~ン…」

「…」

「フフフフ、フフフ、フ~フンフ~フフゥ~ン…」

「ねぇオマツ、その歌な~に?」

「オーラ力の歌です」

「オーラ力ってマナのことかしら?」

「オーラ力はオーラ力ですよ、お、片面焼けたな」

「(オーラ力ねぇ…)」


厚切りハムを焼きながら口ずさんだ鼻歌は

音楽を嗜むモジャヨセンサーに引っかかり訝しまれた。


「今日も無事に朝を迎えられて良かったわ、精霊様に感謝しなきゃ」

「レム様は感謝の言葉より紅茶とかクッキーの方が喜びそうですけどね」

「そうなの?」

「結構好きなんですよ、俺が買ってたのは安物でしたけど

 よく従者のワニ美ちゃんと一緒に飲みに来てました」

「確かオマツの家って精霊様の森にあるって言ってたわよね?」

「そうですよ、隣にレム様が住んでる池があります」

「私もいろいろ片付いたら遊びに行ってもいいかしら? 精霊様にご挨拶したいの」

「勿論良いですよ~あでも…う~ん…」

「な~に? もしかして見られたら恥ずかしいものとか隠してるの?」

「いや、そういうのは無いんですけどね、

 獣人の人達が使ってたので家の中が抜け毛まみれになってる可能性が…、

 生え変わりの時期を挟んでるしなぁ…う~ん…大掃除が必要な気がする…」

「あそう…(全然考えたことのない心配事だったわ…)」

「お、ハム焼けたんでパン取って下さい」

「は~い、こっちはもう準備出来てるわよ~」


今日の朝食は厚切りハムを挟んだトーストとお馴染みの粉末スープ、

昨日の朝もその前の朝も挟む具が多少変わるだけで大体同じ、

日出から日没までの時間は可能な限り移動に費やしたいので

朝と昼は何かしらのサンドと粉末スープの時短メニューで済まし、

夜だけは余裕があるのでそれなりにちゃんと料理しているらしい。


「旨っ、昨日のハムより味が濃い気がする」


まぁ、普段から塩パンや塩胡椒パンを食べている松本からすれば

朝と昼の時短メニューも十分充実しているので何も不満は無い。


「起きてから浴びる朝日って気持ち良いわ~体が喜んでる気がする」

「え~普段は寝れないからって嫌ってたのに?」

「あぁんオマツったら、いつまでも昔のことを引きずってたら駄目駄目よ~、

 女ってのは日々新しく生まれ変わるの~」

「なるほど、俺は継続派なので男に生れて良かったです、

 鍛えた筋肉が無くなるなんて耐えられませんからね」


本日は移動を開始して6日目、

昼夜逆転生活だったモジャヨが普通の生活サイクルに戻った一方で、

1日の大半を座って過ごす松本は足の筋肉が衰えることに怯え始め、

夜飯後の筋トレが脚トレに偏り出している。


「ウルダまであとどれくらい掛かると思いますか?」

「そうねぇ、早ければ3日ってとこかしら?」

「ってことは予定よりは早く進めてるのか、順調順調」


本来ならば14日程掛かる道のりだが、

それはポニコーンが駆け足で馬車を引いた場合の日数、

ちゃんと走った場合は10日程で到着するというのが世間一般的な認識である。


そこから更に短縮するためには移動時間を長くするか、

移動速度を上げるしかない、松本達は1日12時間以上移動しており

当初の予定より1日~1.5日程早く進んでいる状態。


光輝石のライトや光魔法を使用すれば夜間の移動も可能なのだが、

長時間走り続けているポニコーンを休ませる必要があるため

この辺りが一般人の常識的な限界点である。



一方、カンタルからダナブルを目指すシード計画職員達は

強化魔法を駆使して最高速度を維持してうえで、

移動距離を短縮するという極めて非常識な方法で限界を突破している。

※強化魔法ありきの特殊な例です、再現性が無いので真似しようと考えてはいけません。


そしてタルタ国からウルダを目指すゲルツ将軍は、

全速力のポニコーンで1日20時間以上移動し続けるという

単純明快なフィジカルパワープレーで限界突破している。

※乗り手とポニコーン双方に強靭な肉体と精神力を求められます、

 真似してみても良いですが恐らく2日目を乗り越えた辺りで死にます。



「ねぇオマツ、いよいよ明日だけど…私達大丈夫かしら?」

「大丈夫ですよ~きっと」

「本当にそう思う?」

「そう思います、そんなことより早く食べて下さい、

 急いで出発しないと移動時間がどんどん減っちゃいますよ」

「うん…」

「旨っ、ハムの焦げた部分がカリカリで旨い」

「…」


ハムサンドを齧ってブツブツ言ってる松本に対し、

モジャヨがウィンクで何かを訴えている。


「はぁ~この粉末スープも旨い、なんか魚のダシが効いてる気がする」

「…」


スープを飲んでブツブツ言ってる松本に対し、

パチパチとウィンクでアピールするモジャヨ、

ジワジワと距離を詰めて来ており先程より顔が大きくなっている。


「食パンってやっぱりいいよなぁ、そのまま食べても旨いもんなぁ」

「…」


ドンドン顔が大きくなり遂には松本の真横に張り付いた。


「(怖い…)」

「オマツ、本当に大丈夫だと思う?」

「思います(圧が凄い…)」

「…」

「う、旨いなぁ、味が良く分からないけど旨いなぁ(くすぐったい…)」


食パンの耳を千切って口に運ぶ松本の目尻を

ウィンクするモジャヨの長いまつ毛がサワサワと撫でている。


「(一体俺に何を求めてるのだろうか…)」

「本当に本当? オ・マ・ツ、本当に大丈夫だと思う?」

「…嘘です、思ってません」

「いやぁぁん!? なんでそんなこと言うの!? オマツの意地悪ぅぅ!」

「えぇ…何なんですかもう…早ければ明日魔王が復活する言われてるだけで、

 本当にそうなるかなんて誰にも分からないじゃないですか」

「そんことは私だって分かってるわよ! そうだけど違うの!

 ほらもっとあるでしょ、本当に大丈夫だと思う?」 

「えぇ…大丈夫だと思います?」

「んもう! 女心が分かってないわね、全然駄目! 駄目駄目よ~」

「(う~ん…分からんなぁ…)」


モジャヨが求めていた正解は

『手を握って目を見つめながら大丈夫と伝える』であるのだが、

前世で独身貴族を貫いていた松本には導き出せない答えである、

というか外観上は一応8歳児なのでロマンスを求めるのはお門違いというもの。


「カユカユ…虫か何かに噛まれたっぽいんですよねぇ」

「あら、赤くなっちゃってるじゃない、あまり触らない方がいいわよ」

「分かってはいるんですけど…カユカユ…」


子供とは思えないバキバキの脹脛をしているが一応8歳児である。


「カユカユ…」

「モジャヨさんもポツポツ赤くなってるじゃないですか、あまり触らない方がいいですよ」

「私のは虫じゃないから大丈夫~回復魔法で治せちゃうし、カユカユ…」


松本より迫力のある脹脛を回復しながらカユカユするモジャヨ

こっちはムダ毛処理時のカミソリ負けである。


「は~い治りました~早く食べて出発しましょ、

 明日は7日目で危ないんだから今日中に沢山移動しなきゃ」

「その7日目ってのも何時から数えて7日目なのかが曖昧なんでちょと微妙なんですけどね、

 俺は今夜から気を付けた方が良いと考えてます」

「やっぱり夜の方が危ないの?」

「いやまぁ、魔王が夜に復活するなんて確証は無いんですけど、

 今までの傾向からすると俺は夜の方が怖いです、魔族は夜に現れるんで」

「分かったわ、今夜からは数時間おきに交代で見張りましょう」

「了解です」


食事を終えた2人は荷物を纏めて出発した。








というわけで6日目の各地の動きを掻い摘んで紹介。



先ずはウルダにて。


「おは~コットン隊長~」

「ん? ぐ~たらモントが早起きしてるのを見ると不安になるな、

 明日を待たずに魔王が現れるかもしれん」

「ちょとやめてよ~シャレになってないって、いやマジで」

「ふふ、悪かった、だが明日からは早起きしないで貰えると助かる」

「俺が真面目にしてるとそんなに不安になるんだ…、

 まぁいいや、んで? どうなの? マナの濃度ってヤツは?」

「特に目立った変化はない、もしかして城壁中を確認して回っているのか?」

「いや、俺の担当はこの辺だけ、他の場所には南南東三ツ星と

 カルニ軍団が確認しに行ってるよ~」

「カルニギルド長には異常があれば知らせると伝えてある筈だが」

「一応ね、一応、ほらやっぱり近づいて来るとピリピリしちゃうじゃん?

 こまめに状況確認しとかないと怖いからさ~、おん?」

「どうしたモント?」

「ねぇコットン隊長、あれって…アクラスちゃんだったりしない?」

「何? お~い、確認してくれ」

「はい!」


衛兵が単眼鏡を覗き込むとポニコーンに跨って向かって来るアクラスが見えた。


「コットン隊長、アクラスさんで間違いありません」

「だそうだ」

「いやっほ~ぅ! そろそろ帰って来る頃だと思ってたんだ、良かったよ~間に合って」

「だな、一緒に出迎えに行くか?」

「行く行く~ウルダが誇るAランク冒険者を出迎えないなんてあり得ないでしょ~」


てなわけで7時頃にアクラスが帰還。


「おっかえり~アクラスちゃん」

「お久しぶりですモントさん、魔王対策はどうなっていますか?」

「くぅ~帰って来るなりその言葉、流石だねぇ~」

「モントとは大違いだな」

「本当本当、俺も少しは見習わなきゃって気持ちになるよ~」

「早起きはだけはやめてくれ、不安になる」

「いや大丈夫だって、別に俺が良いことした分だけ

 何処かで悪いことが起きるとか無いからね」

「あの、魔王対策の状況を知りたいのですが…」

「それは移動しながら話すよ、疲れてるとこ悪いけどさ~一緒にギルドに来てくれない?

 アクラスちゃんのことカルニギルド長が首を長くして待ってるんだ」

「ギルド長が私を?」

「町の防衛の指揮を任せたいんだって、いや~期待されてるんだねぇ~」

「…、だとしてもこの状況で私に指揮権を委ねるのはおかしい、

 他に優先すべきことが…まさかギルド長は魔王の討伐に向かわれるのですか?」

「ま、そういうこと、何故かSランク冒険者が全員揃っちゃってるのよね~」

「なるほど、分かりました、直ぐに向かいましょう」

「ではポニコーンはこちらで預かろう」

「お願いします、あ、すみませんコットン隊長」

「どうした?」

「彼女はある方から託された大切な友人で必ず無事に返すと約束しているんです」

「分かった、丁重に扱おう」

「よろしくお願いします」


アクラスはギルドへ、ポニコーンは城壁内に新設された馬小屋へ移動。









そしてタルタ国では。


「到着しましたがまだ降りないで下さい!」

「その場から離れないで! 私達が確認するまで待って下さい!」


広場に到着したトロッコに乗っている人達に対し、

身なりの整った人達が大慌てで対応している。


「ここはタルタ国の領土です! 身勝手な振る舞いは謹んで下さい!」

「私達はタルタ王の御慈悲で受け入れて頂いているにすぎません!

 この国の規則を絶対に守って下さい! そうでなくては全員追い出されますよ!」 

『 はい~… 』


かなり厳しめの言葉と態度で接している彼らは

ダナブルから混在都市コルビーに派遣された町の運営に関わる者達、

タルタ王と親密な関係性を持つホラントとは異なり一般的な役職者である。


コルビーにいた時には見せなかったピり付いた態度に一同が困惑しているのだが、

ヘタをすれば国家間の問題に発展する可能性があるので何も間違ってはいない。


むしろいきなり押し掛けたホラントの方が異常なだけで、

彼等は立場に見合った非常に正しい仕事をしているだけである。


先程到着した一団は第2便で第1便は前日に到着済み、

282話目【緊急宣言布告、各地の対応】で

ホラントからの要望を受け取ったタルタ王は即座に行動を開始し、

トロッコの運搬力拡張と居住場所の確保に着手、

2日前の夜から本格的なピストン輸送が開始され、

僅か2往復で混在都市コルビーの住民達を避難させることに成功した。


「お~い、約束通り仕事をしたんじゃ」

「早いとこ報酬をくれ~」


何が一番凄いって、トロッコは複数台を連結して

1度に200人以上運べるようにしていたのだが、

あくまでも外部動力に頼らない手動式なわけで、

それをたった20人程度のドワーフのマンパワーで動かしていたってこと。


「はいよ~高い酒らしいからじっくり味わって飲むさね」

「だははは! おい聞いたか? じっくりだってよ」

「そんなのはドワーフ飲み方とはい言えねぇな、だははは!」


報酬はホラント達が持ち込んだ酒、なんともドワーフらしい働き方である。


因みに、タルタ国からコルビーまでのレールがほぼ直線状に敷かれているとはいえ、

マンパワーで動かしていたトロッコの平均時速は60キロ程、

それを片道10時間以上継続していたというからドワーフのパワフルさが良く分かる、

走り出しが一番大変で止まる時が一番危険らしい。




「ロマノス様、先ほど最後の住民達が到着しました」

「うむ、概ね予定通りだな」


住民達の受け入れ作業が完了したのでホラントがタルタ王に報告。


「改めまして、タルタ王ロマノス様」

「ん? 頭など下げてどうした?」

「この度は私の無理な要望をお聞き入れ下さりありがとう御座いました、

 また、正式な手順を踏むことなく独断で行動し貴国に不利益を被らせたこと、

 混在都市コルビーの領主、モントレー・ホラントとして正式に謝罪致します」


深く頭を下げ続けるホラントに対しタルタ王が首を横に振った。


「様になっておらぬな、やめよホラント、

 領主になりたての者がいくら頭を下げたところで此度の内容にはつり合わぬ」

「ですが…」

「焦らずとも良い、言葉と行動の重みは立場によって変わるのもだ、

 カード王より賜った領土を他の都市と並ぶ程に発展させてみせよ、

 そして誰もが認める偉大な領主となったなら、先程の感謝と謝罪を受け入れよう」

「はい、必ずロマノス様に受け入れて頂けるよう努力します」

「うむ」


ホラントの力強い目を見てタルタ王は満足そうに微笑んだ。


「居住場所まで確保して頂けるとは思いませんでした」

「これから共に戦う者達に精神を病まれては困るのでな、

 慣れぬ者達に我が国の環境は辛かろう」


※タルタ国内部は光輝石の大天井により常に明るい状態になっており、

 慣れない者達にとっては体内時計が狂い易い環境になっています、

 壁を繰り抜いて作った部屋は光を遮ることができるので

 寝る時や精神的に厳しくなった時に避難すると良いでしょう。


「光魔法が扱える者の割合はどの程度だ?」

「全体は6割程度です、ただ習得してから日が浅いため

 光筋教団の方達のようには活躍出来ないと思います」

「扱えるだけ上出来だ、それにもう少し頭数が増えそうでもあるしな」

「そうですね、時間が許す限り習得に励んで貰います」


広場の中心では光筋教団のマッチョ達が熱心にサイドポーズを指導中である。


「逃げ延びて来た難民と言う割にはなかなか良い体をしておる」

「殆どの方が元鉱山労働者ですからね、普通の人達とは鍛え方が違います」

「なるほどな、それでこの状況か」

「同業者同士気が合うのでしょう、おかげでクラージさんは大忙しですけど」


ドワーフと言えば来客に対する関心が非常に薄いことでお馴染みなのだが、

あちこちで元難民達と話をしておりタルタ国全体が賑やかな雰囲気になっている、

鉱石の採掘方法や精錬方法など共通の話題があるので相性が良いらしい。


「皆さん迷わないように付いて来て下さいね~加工を担う者達はもうすぐですよ~」

『 はい~ 』


そんでもってクラージはここぞとばかりに交流を持たせようと

旗を振りながら右へ左へ奔走している。


「う~む、この着眼点は我には無かった」

「ははは、魔王の危機が去れば今後の交流に期待が持てますね」


思わぬ副産物にタルタ王も満足そうである。


「はぁ~なんだか人の子達が沢山いますねぇ~」

「いきなり大勢で押しかけてしまい申し訳ありません、

 この者達がどうしても精霊様にお会いしたいと言うもので…」

「はぁ~そうですかそうですか、納得です、でも~お団子はそんなに沢山は無いですよ~」

「いやいやそんなそんな、誰も精霊様と従者様からお分け頂こうなどと考えておりませんよ、

 どうか私達のことはお気になさらないで下さい」

「そうですか、それなら良かったです、そうですねぇ~大丈夫みたいですよ~」

「(なんか想像と違うけど…)」

「(フワフワだ)」

「(喋るフワフワ)」

「(精霊様ってフワフワなのね)」


一方、ルルグはタルタ王の指示で希望者達を火の精霊の御寝所に案内していた。








そして、時刻は13時過ぎ、

場所は戻ってウルダ。


「は~まさか本当に来るとは思わなかったさね」

「お師匠、あのムキムキでどこからどう見てもドワーフの方が例の?」

「そうさボンゴシ、偉大なるタルタ王の弟でタルタ国の兵士を纏めるゲルツ将軍さね、

 国に引きこもってデカい口を叩く典型的なドワーフってやつだよ」

「え? お師匠ってあの人嫌いなんすか?」

「ふぅ~…いいや、好き嫌いを語る以前の問題さね、

 殆どのドワーフは外の世界になんて興味が無いからねぇ、

 アタイとは意見や価値観が合わないってだけだよ」

「はぁ…そういうもんすか?」

「そういうもんさ、ほらこっち来るよ、静かにしときな」

「うぃっす」

「シルトアよ、度重なる食料の支援感謝する」

「いえ、僕は運んだだけですので、提供元はルート伯爵です」


シルトアに案内されたゲルツが城門を潜ろうとすると

パイプをプカプカふかすドナが立ち塞がった。


「ドナか、久しいな、こうして顔を合わせるのはお前が国を出て以来だな」

「…」

「どうしたのだ? 我の顔を忘れたか?」

「ふぅ~…忘れるわけないさね、火の精霊様に仕える気高きドワーフが

 国を離れて人間の手助けに来るなんてどういう心境の変化だい? 

 アタイの知ってるゲルツ将軍なら絶対にあり得ない筈だけどねぇ」

「人は変わるものだ、何も不思議なことはない」

「そうかい、魔王討伐に参加しに来たってのは聞いてるさね、

 でもアタイはどうも信用が出来なくてねぇ、ふぅ~…、

 この町の人達には散々世話になってんだ、変なことしでかすってんなら只じゃおかないよ」

「う~む、ドナよ、この馬が見えるか?」

「タルタ王のポニコーンだろう」

「そうだ、我をこの地に辿り付かせるためにと王が貸し与えたのだ、

 そしてこの大槌は王が鍛え上げ我に貸し与えたもの」

「誇りを? その話、本当なのかい?」

「うむ、手に取ってみるが良い、偉大なる王と我の間にかつての隔たりは無い、

 今はただ同じ方向を、国の未来を見据えている」

「確かにタルタ王の作りっぽいけどねぇ…」

「分かるんすかお師匠?」

「当り前さね、ただ兄弟だから似てて…これ、雷の魔集石かい?」

「いかにも、奇跡の結晶だ、その若さで良く見極めたものだ」

「ははん、そりゃ分かるに決まってるだろう、アタイも扱ったことがあるからねぇ」

「な、なにぃ!?」

『 !? 』


強面のゲルツが見せた驚嘆顔で周りがビクッとした。


「それと光の魔集石も扱ったことがあるさね」

「嘘を付く出ない、奇跡の結晶がそう簡単に手に入る筈がなかろう」

「本当なんだけどねぇ、両方共この町の冒険者が所持してるよ、

 片方は槍でもう片方は盾さね、気になるってんなら探してみな」

「ぬぐぐ…」

『 (凄く悔しそう…) 』


魔集石マウントはドナの勝ち。


「ふぅ~…でもこれで納得したさね、通りな」

「うむ」

「アタイは装備を作るしか出来ないからねぇ、町の皆のことを頼んだよ」

「案ずるな、そのために我は来たのだ」


ゲルツ将軍無事入場。


「この方が町の管理を任されているデフラ町長です」

「はじめましてデフラと申します、この度はご助力頂き大変感謝しております、

 長旅でお疲れと思いますので先ずは宿にご案内致します、

 暫くお休み頂いた後にウルダを納める領主、ルート伯爵をご紹介させて頂きます」

「気遣感謝する、だがシルトアによると上位魔法の確認を行うらしいのでな、

 今からルート伯爵に面会しそちらに向かいたい」

「こちらとしては構わないのですが…失礼ながらゲルツ様の御身が心配でして、

 かなり無理な移動をされてたとお聞きしておりますので」

「心配は無用、この程度で屈するほどドワーフは軟弱ではない」

「分かりました、ではルート伯爵の元へご案内致します、コットン隊長ポニコーンを」

「はい、お預かりします」

「うむ、無理をさせた、休ませてやってくれ」

「畏まりました」


ゲルツ将軍達はルート伯爵の屋敷へ、

ポニコーンは城壁内に新設された馬小屋へ移動。


「お師匠、あの人ってタルタ国からここまで6日で来たんすよね?

 どう計算しても殆ど休んでないと思うんすけど…

 はぁ~やっぱドワーフってのは凄いんすねぇ~」

「何を馬鹿なこと言ってんだい、いくらドワーフでも無理に決まってるさね、

 6日で移動なんてしたらポニコーンが参っちまうよ」

「やっぱそうっすよね、流石に無い無い、いや~すっかり騙されちまいやした」

「やれるのはタルタ王とゲルツ将軍くらいのもんさね、

 それもあの特別なポニコーンありきの話だよ」

「えぇ!? じゃぁやっぱり本当なんすか、はぁ~凄いっすねぇ~」

「ふぅ~…用は済んだんだ、店に戻るよボンゴシ」

「うぃっす」


そしてドナとボンゴシも解散。


「(なんて力強いポニコーンなんだ)」


コットン隊長はタルタ王のムキムキ愛馬に圧倒されていた。






『 !? 』 

「え~ウルダの皆様、安心して欲しいであります、

 あれはSランク冒険者の方の上位魔法であります、

 魔王対策の一環で町から離れた場所で確認を行っているだけなので…え~と…」

「あ、あと3回ですぞギルバート氏」

「はぁはぁ、いや、風魔法が1回だけの可能性があるんだな、あと2回かもしれないんだな」

「ラインハルト氏、グラハム氏助かるであります、

 え~この後も引き続き2回~3回大きな魔法が使われるでありますが、

 全て確認作業なので大丈夫であります、小生からは以上であります」


その後、予定通り町から離れた場所で上位魔法の確認が行われ、

怯える住民達に対しラストリベリオンのギルバートから説明が行われた。

 







そして17時頃、場所はダナブル。


シード計画職員達が帰還を果たしシード計画施設内へと戻って来たのだが…


「アンカーじゃないの、よく無事に帰って来れたわね~皆心配してたのよ」

「いや~無事かどうかはちょっと、微妙だな…半分くらい放心状態だし…」

『 … 』

「うんまぁ…生きてはいるっぽいから…」

「一応な…」


多数の職員達が虚ろな目で虚空を見つめていたり…


「うわ!? あんたもしかしてハムレツ? 噓~!? 随分痩せたじゃん」

「は、はぃ…凄く暑くて…狙い通り…痩せることが出来ました…はぃぃ…」

「いやでも…ちょとヤバくない? 頬コケてるしなんか小刻みに震えてるし…」

「はぃ…ぃ…」

「あちょ!? ハム!? ハムレツ!? ハムレツ大丈夫!? 

 返事してハム! ド、ドーナツ先生ぇぇぇ!」


やつれきったハムレツが気絶してトナツの診療所に運び込まれたりと散々な様子、

アルティメット走破方による過度な心的ストレスが原因と思われる。


「お嬢~私達はママのとこに顔出しに行ってきますね~」

「ちょっと待ってニコル、ついでにギルドに寄って欲しいの、

 たぶんパトリコさんがいると思うから防衛に関する詳細を聞いて来て」

「了解で~す」

「んじゃカットウェル衛兵長のとこにも寄ってみるか、

 時間がかかるから手分けして行こうぜ」

「そうだね、ニコルはギルド、ジェリコは衛兵の詰所、僕は光筋教団ってことで」

「「「 お嬢~行ってきま~す 」」」

「いってらっしゃ~い、3人共宜しくね~」

「(プリモハ調査隊は元気だなぁ…)」

「(流石はシード計画随一の実働部隊…鍛え方が違う…)」


特に疲れが見えないプリモハ調査隊の3人はシュバっと消えた。


「これはまた…かなり過酷な旅だったようですね主任」

「ペンテロさんか、久しぶりだね」

「お久しぶりです、直接お姿を確認出来て安心しました」

「心配してくれてありがとう、実は僕も間に合うとは思ってなかったんだ、

 プリモハちゃん達に助けられたよ」

「何をどうすればカンタルからこんなに早く戻って来られるのですか?」

「強化魔法で作った道を走って来たんだ」

「それだけではこうはならないと思いますが…」

「これはまぁ…ちょと空を走ったりしたから…」

「空を?」

「うん、出来るだけ直線的に移動するためにうんたらかんたら…」

「なるほど、それは怖いですね」

「僕が道を作る役目だったから皆みたい見えない道に対する恐怖とか、

 振り落とされるかもって心配は無かったんだけど、ジェリコがさぁ…」

「ジェリコさんがどうかしたんですか?」

「僕が間違いを犯さない前提で思いっきり馬車を走らせるからさ、

 それが怖くて怖くて…うっかり段差とか作ったら

 ポニコーンが躓いて皆吹き飛んじゃうんじゃないかって…」

「なるほど、それは確かに怖いですね」


世の中には責任に対する恐怖というものもある。


「でも人間って凄くてさ、極端な環境に置かれると適応しちゃうんだ、

 あれだけ怖かった筈なのに途中から何も感じなくなったよ…」

「(それはそれで怖い…)」


波乱万丈な人生経験を持つ人物から発せられる

感情を感じさせない言葉にペンテロが恐怖している。


命を託される重責と一切の甘えを許さない全幅の信頼に挟まれ

胃をキリキリさせながら必死に耐えていたのだが、

悟りの境地に達してからは真顔で粛々と道を作っていたらしい。


まぁ、悟りという言葉で片付けるにはあまりにも聞こえが良過ぎるわけで、

実際には感情に加えて目の光も失っており、

強制的にマナを補充され道を作らされ続ける装置と化していたらしい。


過度なストレスは人から人間性を奪い自我を持たない何かへと変貌させるのだ。


「とこでトルシュタイン様の盾はどうなったのかな?」

「何処から話せばよいものか…」

「問題が起きてるってこと?」

「はい、私では少し説明が難しくてですね、あ、全くの別件なのですが守人が稼働しました」

「え!? 守人って…」

「その辺りに関しては私から説明します」

「あ、ペニシリ」

「無事でなによりですアントぅっ!?」


握手を求めて右手を差し出したロックフォール伯爵の胸にプリモハミサイルが直撃した。


「お兄様! 貴方の妹が大任を果たして無事に帰還しましてよ!」

「よ、良く無事に戻りました…ほ、誇らしいですよ…」

「いいえお兄様! 幾たびの困難を乗り越えられたの皆がいたからこそ! 

 誇って頂きたいのは皆の努力! 諦めず前に進み続けたその姿勢!

 そしてなによりもシード計画に携わる全ての職員が等しく素晴らしいのでわなくて?」

「ぅ…」

『(く、苦しそう…)』


抱き着いて労いの言葉を要求するプリモハだが、

ロックフォール伯爵は締め付けられ過ぎて眉間にシワが寄っている。


「そ、そうですね…皆の無事な姿を見れて私は…し、幸せです…

 他の皆もシード計画を支えて頂き…ありがとう御座います…ぅ…」

「聞きまして! 皆の苦労をロックフォール伯爵が労ってくださりましてよ!」

『 おぉ~! 』

「貴方達はやり遂げたのです! 素晴らしい! 皆素晴らしいですわ!

 生きてることを! 共に努力して来たこと誇って良いのですわ!」

『 プッリモハ! プッリモハ! プッリモハ! 』

「お~っほっほっほ! お~っほっほっほっほ!」


プリモハ調査隊がいなくても絶好調である、

放心状態だった者達も生気を取り戻しプリモハコールに興じている。


「大丈夫ペニシリ?」

「少し休めば…こほっ…問題ありません…」

「(う~ん…)」


解放されたロックフォール伯爵は皆に背を向けて小さく咳き込んでいる、

こんな時ですら情け無い姿を見せまいとする気概は流石伯爵である。


「それよりもアントル、相談したいことがありますのでついて来て下さい」

「あ、うん(あれ? ちょとやつれてる?)」


ロックフォール伯爵とフルムド伯爵は急ぎ足でノアの部屋へと降りて行った。







そしてすっかり日が暮れて再びウルダ。


「怖いですね先生」

「私はそうでもないな、人はいつか死ぬものだ、

 産まれる者がいれば死ぬ者もいる、それが自然の摂理だよ」


病院の中で女医と助手が雑談中。


「それはそうですけど…あ、ドーラさん」

「こんばんわ2人共、いつもの貰いに来たんだけど」

「どうぞ、在庫はあるので好きなの持って行って下さい」

「助かるわ、ん? この『B?』ってのは何?」

「あぁ、それはエルフの王様のヤツです」

「また珍しいわね」

「それ調べたらマナ量が凄く多いだけで人間と同じっぽいんですけど…、

 エルフと人間が全く同じなんてことがあるのかって、ちょっと怖くて分けてるんです」

「同じでも別に不思議じゃないわ、人間もエルフも元々同じなんだし」

「え?」

「そうなんですかドーラさん?」

「そうよ、正しくは人間から別れたのがエルフ、だから混じると子供が出来るでしょ」

「まぁ、言われてみると確かに…」

「ハーフエルフってそういう理屈だったんですか、知りませんでした」

「それじゃ数が多い『A』を2つ貰って行くから」

「「 はい~ 」」

「あ、すみませんドーラさん」


血液パックを2つ持って帰ろうとすると助手が呼び止めた。


「答えて頂かなくても大丈夫なんですが…もしよければ教えて欲しなって…」

「何を?」

「魔王って明日復活するんですか?」

「何も無ければそうよ、明日の何時かまでは分からないけど確実に明日」

「そうなんですね…ありがとう御座います…」


助手がションボリした。


「因みになんですけど、どうやって判断してるんですか? やっぱり感覚ですか?」

「それもあるわ、でもこれくらいになると見えてるから」

「なるほど、見えてるか…さっきの何もなければというのは?」

「もしかしたら誰かが頑張ってくれるかもってこと、

 可能性は低いから考えない方が良いわ、それじゃ先生」

「ありがとう御座いました~」

「おやすみなさ~い」


ドーラは去って行った。


「明日らしいですけど…先生は家に帰るんですか?

「誰もいない家に帰る意味はないしな、私はここに泊まって急患でも待つよ」

「だったら私も泊まります」

「そうか、なら何か食べ物は…無いな」

「流石に今日は何処のお店も開いてないと思いますけど…」

「「 … 」」

「献血用の芋は?」

「もうないです」

「「 … 」」


2人は秘密の通路を通ってドーラに食べ物を分けて貰いに行った。



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