29話目【ウルダ祭 2 浮気者の末路】
ウルダ祭1日目、『ケロべロス杯』は続いている。
「『ケロべロス杯』次の試合はー! 夫婦の対戦です! 挑戦者は妻! 挑戦理由は夫の浮気!
それでは両者、ステージへ!」
西側から夫、東側から妻がステージに上がる。挑戦者が東側から上がるのが決まりのようだ。
「「「ブゥゥゥゥゥゥゥゥ」」」
ステージに上がる前から夫にブーイングが飛んでいる。
夫は素手、妻は鍋の蓋とオタマを持っている。
「「ちょっと待ったー」」
東側で2人の女性がオタマをステージに置いている。ステージ上の妻に顔が似ている。
「早速の『ちょっと待ったコール』! 挑戦者の姉妹が助っ人に現れましたー!」
「いいぞーやっちまえー!」
「そんな男のウィンナーなんて千切っちゃいなさい!」
「頑張れ浮気男ー! 正念場だぞー!」
「「「ははははははは」」」
面白半分の野次が飛ぶ。ステージに立つ女性3人に対し、夫は既に土下座している。
「すでに勝敗は決しいるように思えますがー! 勝負、始めー!」
「ホントすみませんでしたー! 出来心だったんですー!」
「何が出来心よ! 私の何が不満だったのよ!」
「あんたねぇ! こんな大衆の前で妹に恥かかせるんじゃないわよ!」
「次やったら去勢するわよ!」
ポコポコポコポコポコポコ!
土下座した夫は、ステージ上で3方からオタマで叩かれている。
「…この声…なんでわざわざこっちまで聞こえてくるんですかね?」
「カルニが魔法でワザと拡声してるのよ。祭りも盛り上がるし、みんな好きでしょ、こういう話」
モッシャモッシャ…
テーブルに肘を付きながら、串から口で肉を抜いて食べるルドルフ。
うわぁ…あからさまに興味なさそう…
「ち、ちょっとまった…」
西側でオタマをステージに置いて若い女の子が声を上げる。
挑戦者である妻に少し似ている。
「おーと! ここで夫側に助っ人だー! これは意外な展開だぞー!」
意外な助っ人の参戦に会場がどよめいている。
夫が目を丸くしている。
「ちょっと、あなた誰よ!」
「わ、私は…」
「ちょっと、危ないから入ってきちゃ駄目だって! 俺が悪かったから、ややこしくなるから!」
「ちょっと黙りなさいよ」
「…はいっ…」
立ち上がって女の子を制止する夫の肩にオタマが置かれる。
夫は背筋を伸ば直立不動である。
「上がりなさい! 助っ人に来たからには理由があるんでしょう?」
「はい…」
ステージに上がった女の子をジロジロ見る姉2人、女の子は気まずそうである。
夫は女の子の足元で土下座している。
「この子…なんか、あんたに似てるわね…」
「若い頃の妹に似てるわ…」
「あ、あの…私頼まれて、この人に…」
「「「「あん?」」」
ポコポコポコポコポコポコ!
「やっぱりお前から持ち掛けてんじゃねーか!」
「こんな若い子だまして! どう責任取るつもりなのよ!」
「いい年して何やってんのよ、まったく情けない!」
「すみませんでしたー! だ、だからこの子は関係ないので…」
「「「関係ないわけないでしょーが!」」」
ポコポコポコポコポコポコ!
再びオタマで袋叩きにされる夫。
「さぁ! ギブアップか? ギブアップなのか~?」
「いいぞー! せっかく助っ人が来たんだーもう少し頑張れー!」
「簡単に許すんじゃないわよー! もっとやっちゃいなさーい!」
助っ人の参戦により会場はさらにヒートアップしている。
「いや可哀相だろ、反省してるんだしそろそろ…」
「ちょっとあんた! もしかして私という者がありながら浮気してるんじゃないでしょ~ねぇ…」
「し、してないよ! ホントだって…」
会場のあちこちに飛び火している。
「…なんか…いろいろ飛び火してるんですど…どうするんですかこれ?」
「どうにでもなるんじゃない? 男女に色恋沙汰はつきものよ」
た、達観してるぅぅぅぅ、ルドルフ姉さん半端ねぇぇぇぇ
確かこの人28歳だよね? なんでこんなにそっけないの?
華の20代だよ? もっと色恋沙汰に興味もっててもいいんじゃないですかぁぁぁ?
「ルドルフ…お前もう少し恋愛感情持った方がいいんじゃないか?」
「そうだぞルドルフ、そんなんじゃお前結婚できんぞ…」
「あんた達に言われたくないわよ! この中で誰か結婚してる人いるわけ?
結婚して冒険者がやれますかっての!」
「「「ごもっともでございます」」」
バトー、ミーシャ、ルドルフ、そして松本、全員未婚である。
松本に至っては前世含め恋愛経験なしである。
「違うんです! 話を聞いてください!」
ステージ上の若い女の子の声で会場が静まり返る。
女性陣もオタマを振る手を止める。
「この人に頼まれたのは…一緒にデートして欲しいって…」
ポコポコポコポコポコポコ!
「おらー! なに純愛気取ってんのよ!」
「青春気取ってんじゃないわよ!」
「懐かし! 甘酸っぱい記憶が蘇るわ!」
「本当にすみませんでしたー! あと、思い出は胸にしまっておいてください義姉さん!」
ポコポコポコポコポコポコ!
オタマで叩きながら義姉に青春が蘇る。
「いいぞーわかるぞ、その気持ちー!」
「青春っていいわよね~」
「私はもっと大人の恋の方が好きかな~」
恋愛論で会場が盛り上がる。
「ちょと! 最後まで聞いてください! この人は奥さんを愛しています!」
オタマが止まり、再び会場が静まり返る。
「何? どういうこと?」
「なんで愛してるのに浮気するわけ?」
「それなら余計に質が悪いじゃない」
「私が頼まれたのは、奥さんの代わりにデートすることで、丘に行ってサンドイッチ食べただけです!
この人は奥さんが大好きなんですけど、最近デートに誘っても断られていたらしくて…それで…」
「なにどういうこと?」
「あんたデート断ってたの?」
「いや、だって私達もういい年よ? 今更デートで丘や川に行こうって言われてもねぇ…
恥ずかしいじゃない? 世間の目だってあるのに…」
恥ずかしそうにポリポリと頬を掻く妻。
「あんたねぇ! な~に贅沢言ってんの!」
「そうよ! ウチの夫なんて髪切った事すら気が付かないってのに!」
「すみません! この子にお願いした俺が悪かったんです! 妻もこの子も悪くないんです~やめて下さい~」
「お願いですから…この人とデートしてあげて下さい」
ステージ上で2人の姉と、1人の若い女の子に詰め寄られる妻。
夫は相変わらず土下座している。
「さぁ! ここにきて明かされる真実! 勝敗は決するのかー!」
会場のは静まり妻の返答が待たれる。
「ちょっと…立ちなさいよ…」
「うん…」
ばつが悪そうに夫を立たせる妻。 姉達はニヤニヤしている。
「もう一回ちゃんと誘って…」
クルクルと髪を弄る妻の手取り、片膝を付く夫。
「今回はホントにごめん。もう浮気はしないよ…」
「そうじゃないでしょ…」
夫の言葉を優しく制止する妻。
見詰め合う2人。
「愛しています。 また俺と思い出の丘でデートしてくれませんか?」
「いいわよ、また一緒にデートしましょう」
「決着ー! 敗北濃厚に思われた戦いを制したのは~夫ー!
助っ人による心に響く逆転劇で見事に妻を射止めましたー!」
「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」
「よかったぞー! 2人共ー!」
「末永くお幸せにー!」
「ちゃんとサンドイッチ持っていくのよー!」
恥ずかしそうな妻の肩を抱きながらステージを降りる夫。
幸せな歓声が夫婦の背を押す。
「ったく! なんだったのよいったい…」
「こっちはとんだ赤っ恥よ、やってらんないわよ!」
「いい夫婦ですね」
悪態を付きながらニヤニヤが止まらない姉達。
若い女の子は目を輝かせている。
「あんたにも迷惑かけたわね、悪かったわ」
「せっかくだからウチ来なさいよ。ケーキご馳走するわよ!」
「え、でも…」
「なに遠慮してんのよ!」
「これも何かの縁よ、仲良くしましょうよ」
「では、お言葉に甘えて」
ステージ上では女の友情が芽生えた。
「あ、あのー誰か説明を…」
「「「う~~~~~ん…」」」
酒屋のテラス席では独身達が頭を抱えていた。




