287話目【ルーンマナ石】
シード計画施設内、魔道補助具開発室。
「これはさ…ヤバいね…」
「ヤバいですね…」
「ヤバいな…」
開発技術班のカプアとハンク、そして守り人のノアが
光の勇者トルシュタインが使用したとされる伝説の盾を囲んで頭を抱えている。
「なんて言うかさ…もうヤバいよね…」
「どう考えてもヤバいですね…」
「考えるまでもなくヤバいな…」
机に置かれた盾の周りにはなんか良く分からない装置が散乱しており、
メモ用紙に書かれた良く分からない計算式の上には
大きな文字で『ヤバい!!』と書かれている。
「いやでも考え方を変えれば…やっぱりヤバいね…」
「ヤバ過ぎますね…」
「極めてヤバいな…」
良く分からないがとにかくヤバいらしい。
「カプア~入るよ~」
「失礼します、相駆らわず散らかってますね」
飲み物を4つ持ったリンデルとクルートンが部屋に入って来た。
「カプア主任コーヒーどうぞ、ハンクさんの分は砂糖入りです」
「どうも」
「有難う御座いますクルートンさん」
「ノアさんは飲み物飲めないからこれね、はい」
リンデルがポケットから5センチくらいのマナ石を取り出してノアの前に置いた。
「いえ、必要なマナは周囲から常に取り込んでいますので、
特にマナ補給用のマナ石は必要ありません」
「あそう…」
「お気持ちだけ頂いておきます、有難う御座います」
マナ石は回収された。
「ふぅ…(とは言えコレが来てからはマナを取り込むのも一苦労なのだがな…)」
ノアが誰にも気付かれない小ささで溜息を付いた。
ルーンマナ石が周囲のマナを吸収し続けているため、
同様にマナを吸収しなければいけないノアにとっては負担らしい、
人間で例えると酸素が薄い状態で呼吸しているようなものである。
実はノア以外にも弊害が発生しており、
ダナブル内ではマナ石のマナが溜まり難い状態になっていたりする。
「調査をお願いしてから2日が経ちましたが何か分かりましたか?
調査班の皆もずっとソワソワしてまして抑えるのもそろそろ限界です、
途中経過でも良いので何か情報を頂けると有難いのですが」
「「「 … 」」」
「あの~何故目を逸らすんですか?」
「「「 … 」」」
「リンデル主任、僕何か変なこと言ったかな?」
「いえ全然、お~いカプア、クルートンさんが困ってるぞ、ちゃんと答えろ~」
「いや~リンデルが淹れてくれたコーヒーは香りが違うね、なんか深い」
壁の方を向いてコーヒー通みたいなことを言っている。
「そうあの~…あれ、なんか香ばしい、直前に豆を挽いてるからかな?
うん、頭が透き通って思考がハッキリしていくのが分かる」
「(それ僕が食堂で注いできたヤツなんだけど…)」
「カプア~こっち向けカプア~」
呼び掛けても全く振り向こうとせずにコーヒーを啜っている。
「…あっそ、じゃハンク」
「へぁ!? そ、そうでした! いや~私としたことがすっかり忘れてました、
昨日は徹夜でしたからねぇ、いけません、いけませんよまったく、
主任、私はちょっとギガント君のご飯を買って来ます」
「待てこらハンク」
「うぐぉ…僧帽筋ががが…」
逃げ出そうとしたハンクの肩にリンデルの指が食い込んだ。
「何か隠してるよな?」
「な、何も…別に隠しているとかでは無くてですね、
私はただギガント君にご飯をあげてなかったので…うごっ!?」
「食べてるだろ、ガッツリ食べてるだろうがコレェ!」
「ひぃぃ…」
ギガント君はケースの中で半分に切られたバナナをチロチロと食事中である。
「しゅ、主任助けて下さい…」
「この香りはそう、例えるなら幼いころに嗅いだ土とカブトムシの…」
「主任カブトムシはこっち…あだだだだ!?」
一方、カプアは過去に想いを馳せながらコーヒーをテイスティング中、
なんとも胡散臭いコーヒーソムリエである。
「まぁまぁ落ち着いて下さいリンデル主任、
2人が説明を渋る理由は恐らくコレです、ですよねノアさん?」
「えぇ」
「ん?」
『ヤバい!!』と記されたメモ用紙を見せながらクルートンが止めに入った。
「ヤバいって…何が?」
「ルーンマナ石のことでしょう、薄々そんな気はしてたんだけど…困ったなぁ」
「クルートンさん計算の意味が分かるんですか?」
「いえ、全て確認してみなければなんとも…ですが考えてみて下さい、
この盾は前回の魔王討伐に使用されたものであり、
カンタルが砂漠になった原因でもあります、1000年近く周囲のマナを吸収し続けているわけで」
「だからその蓄えられたマナを使ってルーン魔増石を実用化させようって話でしょ?」
「少し違います、、私達がルーンマナ石に求める役割はあくまでもマナの吸収、
既に蓄えられているマナに関してはオマケ程度の認識です、
魔王のマナをルーンマナ石で吸収し、ルーン魔増石で攻撃に転用できれば攻守の循環が…」
「「「 … 」」」
開発技術班の3人が両手で大きな×を作っている。
「駄目みたいですね」
「いやだから何が?」
取り敢えず座って話すことに。
「開発技術班の方達にルーンマナ石の調査結果を説明して頂く前に、
リンデル主任が正しく理解できるように少し情報を整理しましょう」
「はい~」
クルートンによる振り返り説明開始。
「先ずは基本的な話から、マナは魔法に変換することで様々な効果を発揮します、
純粋なマナを放出したところで殆ど影響はありませんが、
同量のマナを魔法に変換すると影響が何倍、何十倍と増します」
「はい」
「ですが、純粋なマナが全く影響がないということではありません、
非効率ではありますが大量に消費することで魔法のように影響を及ぼすことが可能です、
以前行ったルーン魔増石の実験ではダリアさんとストックさんの協力により、
Sランク冒険者2人分に相当するマナを消費することで大規模な爆発を発生させました」
「はい」
「次にルーン魔増石について、効果としては普通の魔増石と変わりません、
単純にマナを増幅するだけですが増幅力がルーン技術によって高められています、
活用するには問題点が2つあり、1つは作動させるために大量のマナが必要であること、
具体的にはSランク冒険者2人分程度です、
そしてもう1つはマナの放出方向を制限するために使用されていた
ヒヒイロカネと言う特殊な鉱石が破損していること、
現在ヒヒイロカネは入手困難であり、作動させると増幅されたマナが放射状に拡散、
マナ暴走による巨大な爆発を引き起こします」
「はい」
「問題点を踏まえた上で考えられるルーン魔増石の活用方法は設置型の罠です、
ウルダ周辺の人気のない場所に予めルーン魔増石とルーンマナ石を設置しておき、
復活した魔王を誘導した後、安全な場所から有線操作で
ルーン魔増石とルーンマナ石を連結して爆発、
1度目の爆発以降はルーンマナ石がマナを吸収し続けるので
必要量に到達する度に勝手に爆発、魔王がマナを振り撒くほど威力と頻度が増す計算です」
「なる程、ルーンマナ石に溜まっているマナは最初の爆発用と」
「そうです、必要量に満たない場合はその場で吸収させる必要があるので、
Sランク冒険者の方達には誘導後に暫く足止めして頂く必要があります」
相手の存在が強ければ強い程威力を増す永久機関みたいな装置だが
何度も同じ場所で大爆発されると地形が大変なことになりそうである、
第2の青竜湖が誕生するかもしれない。
「僕の予想ではルーンマナ石もルーン技術で強化されている以外は
普通のマナ石と変わらないと思うのですが、どうですかカプア主任?」
「たぶんね、許容量と吸収力は確実に強化されてるよ、
一番ヤバいのは自壊しないだけの耐久力だけど、それがなぁ…」
「ん? ちょっと待って、たぶんってことはアンタまだ詳しくは調査していないの?」
「うん、だって迂闊にイジるとヤバいんだもん、
絶対に触らないでよリンデル、お触り禁止、他の皆も全員例外なくお触り禁止だから」
「折角発見された伝説の盾なんだぞ、私も少しくらい…」
「駄目駄目駄目! 本当に駄目ぇぇぇ!」
「危なぁぁぁい! 危なぁぁぁい!」
盾に手を伸ばそうとしたリンデルにカプアとハンクが飛び掛かった。
「ヤバいって言ってるじゃん! さっきから私ヤバいって言ってるじゃん!」
「何考えてるんですか貴方は! 言葉が通じないんですか!」
「く、苦しい…」
「誓って! 精霊様に誓って! 絶対に触らないって誓ってぇぇ!」
「主任の言う通りです! 次やったらギガント君で挟みますからぁぁ!
痛いでは済まされませんからねぇぇ!」
「あばばば…精霊様に誓って触りません…(腹側気持ち悪っ…)」
普段は締め上げられる側のカプアがリンデルを締め上げ、
半泣きのハンクはギガント君で脅しを掛けている、
一方、クルートンは異様な状況を眺めながら静かにコーヒーを啜っている。
「ノアさん、この様子だとかなり深刻そうですね」
「はい、個人的には今すぐにでも廃棄すべきかと、
深い海に沈めるか禁断の地辺りに持って行っても良いかもしれません」
「それはあまりにも勿体ない、何か有用な活用方法を模索すべきでは?」
「そうしたいところですが危険すぎます、ルーンマナ石については私から説明しましょう」
というわけで説明役をノアに変更し再会。
「結論から話しますがルーンマナ石は使用できません、
膨大なマナが蓄えられているため存在そのものが非常に危険、
あくまでも仮説を前提とした計算結果ですが、
マナ暴走が発生した際は最大でカード王国の1/4程度が消失します」
「「 はぁ!? 」」
「ルーン魔増石を併用した場合は最大で大陸の半分程度、
カード王国とタルタ国、そしてルコール共和国の西側まで消失します」
「「 えぇ… 」」
つまりとんでもない威力のヤバい爆弾みたいな状態らしい。
「またまた、流石に嘘でしょ…」
「いえ、十分あり得る話です(こういう時のエルルラさんの勘って当たるんだよなぁ)」
クルートンの中でエルルラの少し株が上がった。
「リンデル主任、マナ石は蓄えられたマナを使用しても
暫く放置しておくと勝手にマナが溜まりますよね」
「溜まります」
「とても便利な機能ですが何故そうなるかご存知ですか?」
「分かりません」
「え~そんなことも知らないのリンデル? 主任なのに?」
「何よカプア? 私は考察班なんですけど、専門じゃないから知らなくても…」
「言い訳するのはやめなよ、ふぅ…リンデルももう33歳なんだからさ…」
哀れみと蔑みが混ざった顔で肩をポンと叩れリンデルの額に血管が浮いた。
「調子に乗るなおらぁぁ!」
「にぎゃぁぁぁ!?」
「主任ぃぃん!?」
怒りのアイアンクロー。
「「 (いつも通りだなぁ) 」」
クルートンとノアが平和な顔をしている。
仕切り直して説明再会。
「マナ石にマナが溜まるのは簡単に言うと元の状態に戻ろうとするからです、
マナ石はマナ濃度が高い環境下においてマナが結晶化して生成されます、
結晶化した時点で内部に濃度の高いマナを保有しており、
マナを取り出すと内部のマナ濃度が低下する、空気で例えると負圧の状態です、
そうなると周囲のマナが流入し暫くすると元のマナ濃度に戻ります」
「なるほど」
「一般的に許容量と吸収力はマナ石の大きさに比例するのですが、
いずれにせよマナ濃度が元の状態に戻った時点でマナの流入が止まります、
そのため普通のマナ石は許容量以上の過度なマナに耐えられる耐久値はありません、
あったとしても精々2倍程度、無理やり詰め込むと内圧に耐えきれずにパカッと自壊します」
「ほうほう、パカッと」
「そうです、パカッと割れます」
『 パカ~ 』
掌の根本を付けた状態でパカパカしている。
「一方、ルーンマナ石は原理不明なルーン技術により強化されており、
本来の許容量以上のマナを取り込むことが可能となっている、
許容量と吸収力も桁外れですが最も異常なのは耐久性、
自壊することなく今もマナを吸収し続けている、
カンタル周辺の数百年分のマナがこの30センチにも満たないマナ石に圧縮されています」
「つまりパンパンってこと?」
「そうです、迂闊にマナを取り出すと瞬時に高濃度のマナが放出され、
制御不能に陥り巨大なマナ暴走を引き起こす可能性が高い」
「それでカード王国の1/4が消し飛ぶと…」
「それだけではありません、残された土地に高濃度のマナが留まれば
植物や小型の魔物に影響が出ます、タルタ国のように枯れた土地になるでしょう」
草が育たないと草食性の魔物が減り、草食性の魔物が減ると肉食性の魔物も減る、
作物が育たなければ野菜も無い、魔物がいなければ肉も無い、
食べ物が無ければ人も生きてはいけない。
この世界においてマナは切り離すことの出来ない摂理の一部、
世界の在り方に密接に関わっているのだ。
と言いつつも、植物さん達は日々厳しい自然環境下で頑張っているわけで、
そんなに貧弱ではないわけで、ある程度のマナ濃度の変化なら適応出来るわけで、
そこら中でマナ石がポコポコ生成されるような状況にならなければ大丈夫である。
「大体理解しました、ルーン魔増石を活用するにはルーンマナ石が不可欠だけど、
肝心のルーンマナ石はマナがパンパンでヤバい、
つまり、パンパンのマナをなんとか取り除けば全てが上手くいくと」
「その通りなのですがルーン技術の詳細が不明なため手が出せません、
どのような原理で成り立っているのか全く分からない、
小さな傷を付けるだけでも効力が失われる可能性があります」
「え? それって…」
「先程のリンデル主任の行動によって爆発していたかもしれません」
「ひぇ…」
「リンデル主任ちょっと右見て、凄いことになってる」
「「 … 」」
「(うわぁ…)」
クルートンに促されて振り返ると血走った目のカプアとハンクと目が合った。
「「 … 」」
「ゴメンて…」
「「 … 」」
「本当にゴメン…」
徐々に増す無言の圧力に押され軽率な行動を反省した。
「しかし困りましたね、確かに今すぐ海に捨てた方が良いかもなぁ…」
「ちょっ、クルートンさんなんてこと言うんですか!?
カンタルに向かった皆は魔王対策になると信じて私達に託したんです、
傷を付けないようにマナを取り出しさえすれば大丈夫なんですから
残された時間でなんとか活用する方法を考えないと」
「でもなぁ…手元に置いておくだけで危険なんですよ?」
「だから下手に弄らなければ…」
「そうとも言えないんですよリンデル主任、ルーン技術の詳細は不明、
解明できないため耐久値が調べられませんし素材自体も確実に劣化しています、
そんな状態でマナを取り込み続けていてはいつ限界が来てもおかしくありません、
極端な話今すぐ大爆発するかも」
「う…確かに…」
かつて世界を救った技術が今では逆に脅威となっている、
いつだってオーバーテクノロジーは危険と表裏一体、なんとも皮肉な話である。
「ん? ねぇカプア、アダマンタイトで覆えばマナの吸収を抑えられるのでは?」
「っく…」
「おい、今なんで目を逸らした?」
「そ、逸らしてないよ…ちょっとギガント君が気になっただけ」
「ほ~ん…」
リンデルに訝しまれるカプアの横でハンクが膝を擦ってソワソワしている。
「私のことよりルーンマナ石の話でしょ、アダマンタイト覆ったとしても
完全にマナを遮断出来るわけじゃないから少しずつは吸収されちゃうよ」
「やらないより全然マシだろ」
「そうだよ、でもあくまでもマナが許容量を超えないようにするための処置なだけで、
素材の劣化の方はどうにもならないから」
「だそうですけど、どうですかクルートンさん? ハンクとノアさんも」
「存在自体が危険なことには変わりありませんが、
魔王に対して実績のある有効手段であることも確かです、調査班主任として僕は賛成です」
「私もです、可能であれば活用すべきです」
クルートンとハンクは賛成。
「危険過ぎるため私は破棄すべきだと思います」
そしてノアは反対、一貫して破棄を推奨。
「ですがどうするべきかはシード計画の責任者であるロックフォール伯爵に委ねるべきかと」
『 確かに~ 』
「宜しければ私が説明に行きたいのですが」
『 どうぞどうぞ 』
ロックフォール伯爵へはノアが説明することに決定。
「因みにアダマンタイトの在庫は?」
「殆ど無いよ、ハンク~」
「はいはい、少しお待ち下さい」
ハンクが棚をゴソゴソしてペン位の大きさの棒状インゴットを持ってきた。
「これで全部です」
「全然足りないわね」
「魔道補助具の試作品をバラしたとしても足りません、
施設内の装置を全てバラしても盾ごと覆うような量は無いと思います」
「ロックフォール伯爵に相談するしかないでしょう、貴重金属ですから費用が掛かりますし、
魔王関連で需要が高まり入手し難い状況かもしれません」
「そそ、クルートンさんの言う通り! そうだよねハンク?」
「その通りです! 説明するついでにノアさんに頼んで頂くとしましょう!」
「…、それはそうなんだが、お前達やっぱり何か隠してないか?」
「「 いいえ、隠してません 」」
「「 う~ん…(怪しい…) 」」
無機質な表情で首を横に振る2人をリンデルとクルートンが訝しんでいる。
「カプアさ、お前…アダマンタイト持ってるだろ?」
「いいえ、持ってません」
「ハンクさんは?」
「いいえ、持ってません」
「本当は?」
「「 いいえ、持ってません 」」
「お腹空いてる?」
「「 いいえ、持ってません 」」
「「 う~ん…(凄く怪しい…) 」」
壊れた装置の様に同じ言葉しか発しなくなった。
「どうぞ」
「どうも、あれ? この色は…」
「「 !? 」」
ノアがクルートンにスパナを差し出すとカプアとハンクが目を見開いた。
「リンデル主任、これアダマンタイトです」
「え? って思い出した! バター事件の時の!」
「「 あばばば… 」」
そう、234話目【魔道補助具とバター】で真相が明らかとなったバター事件、
その発端となったアダマンタイト製の工具セットである。
「あるじゃんアダマンタイト! 何で隠そうとしたんだカプア?」
「だってそれ私とハンクがお金出し合って買った工具だもん!」
「主任の言う通りです! 私物ですよそれは! とても高かったんですから!」
「だからってお前等、非常事態だぞ…」
「煩ぁい! それ買うためにどれだけ頑張ったと思ってるんだ!」
「そうだそうだ! オカズの1つも無くパンだけで過ごす日々がどれだけ寂しいか、
経験していないお2人には分からないでしょうね!」
「いや知らんけど…」
「確かに心が寂しくなりそうではありますが…」
プンプンのカプアと、半泣きのハンク、
あまりにも感情が籠っているため2人がタジタジになっている。
「オマツまた塩パンなの?」
「旨いんですよこれ、あと昨日のヤツは塩パンじゃなくて塩胡椒パンです」
世の中には食パンに塩を振って満足している者がいることを忘れてはいけない。
「バラすなんて酷いじゃないですかノアさん!」
「裏切者! 工具は技術者の命って知ってるくせに!」
「ドーナツ先生も知ってますからどうせすぐにバレたと思いますよ、
初めから素直に話しておいた方が傷は浅いです」
「「 うんうん 」」
私物なので取り敢えずは保留、
どうしても量が手に入らない時は溶かして再利用することになった。
「今ここで話した内容を皆に説明すべきだと思うのですが」
「「「 ぅ… 」」」
クルートンの言葉を聞いてカプア、ハンク、リンデル顔を逸らした。
「…リンデルが説明してよ」
「なんで私? 専門はカプアじゃん」
「私徹夜明けで疲れてるから…」
「わ、私も…それに期待している皆に伝えるのはちょっと…」
「「「 … 」」」
「リンデル」
「嫌、ハンク」
「嫌です、主任」
「嫌、リンデル」
「嫌よ、ハンク」
「嫌ですって、主任」
「「「 いやいやいやいや… 」」」
魔王復活寸前で届いた皆の希望は
実は全然役に立たないどころか魔王並みにヤバい爆弾でした、
ついでに今すぐ爆発するかもしれないけどどうする?
なんて誰も説明したくないので互いに押し付け合っている。
「そうだ、ノアさんもう1回お願いします」
「リンデル主任が私の代わりにロックフォール伯爵へ説明してくれるなら良いですよ」
「それはちょっと…そっちの方が嫌かも…」
「そうですか、では私はこれで失礼します」
「アダマンタイトの件よろしく~」
「了解です」
ノアは部屋から出て行った。
「カプア主任、僕も調べてみたいので盾を預かっても良いですか?」
「良いけど扱いには気を付けてね」
「十分理解しています、では盾の調査ついでに調査班の皆には僕が説明しますので、
その他の方達にはリンデル主任がお願いします」
「ひぃぃ私ぃぃ!?」
「お2人は徹夜明けで疲れているようですから、お願いします」
「はぁ…仕方ない、分かりました、カプアとハンクはしっかり寝て頭動くようにしてよ、
冗談抜きで頼りにしてるんだから」
「「 はい~ 」」
「それでは解散ということで」
クルートンは盾を持って調査班の部屋へ移動、
カプアとハンクはトナツの診療所の横の部屋で仮眠、
リンデルは他の人達を考察班の部屋に集めて現状を説明することにした。
そして暫くの後、場所は変わってロックフォール伯爵の屋敷。
「どうぞ座って下さい、私と貴方の2人だけですから楽にして構いませんよ」
「ありがとう御座います」
「ふふふ、なにやらぎこちないですね、折角の機会です、
伯爵と守り人ではなく友人として話をしましょう」
「友人としてか、懐かしい、初めて会った時と同じ言葉だ」
「おや、そうでしたか?」
「そうだよ、僕にとっては衝撃的だったからよく覚えてる、
いきなり伯爵が訪ねて来るなんて普通はあり得ない経験だからね」
「私も外出くらいはしますよ」
「すぐそうやって誤魔化す、伯爵って立場がどう影響するかは君が一番知ってるくせに」
「これは手厳しい」
「あの後は大変だったんだ、母さんが大はしゃぎしてさ、
その日の夕飯は凄く豪華でロキが贅沢し過ぎだって怒っちゃって」
「そんなことがあったとは知りませんでした、良い思い出ですね」
「うん、忘れられない最高の思い出だよ」
シード施設内や松本と話した時と異なり、
物腰柔らかで若干声量小さめの話し方、
これがノアではなくイオニア本来の話し方らしい。
「初めて会った頃の貴方は随分と内気な青年でした、
私の視線から逃れるために妹のロキさんの後ろに隠れたりして」
「それは君の目が怖かったからで、なんか絶対に逃がさないって強い意思を感じた…」
「当然です、魔王を想定した組織を作ろうとしていたのですよ、
優秀な人材を逃がすなど許されません」
「(友達になろうとしてる相手に向ける目じゃなかったんだよなぁ…)」
笑顔で肉食の魔物が獲物を狙う時と同じ目をしていたらしい、
因みに、シード計画のことはチチリとロキは知らないので、
本当に只の友達になりに来たと思われている。
「あったあった、アントル君が配線に躓いて装置が倒れて来て」
「あれは危なかったですね、私まで下敷きになるところでした」
「ははは」
「ふふふ」
軽く思い出話に花を咲かせた後、ルーンマナ石ついて説明した。
「伝説の槍にはヒヒイロカネが足りず、伝説の盾は過剰なマナが妨げとなっている、
魔王に対する有効な手段が目の前にあるというのに…あと1つ手が届きませんね」
「うん、シート計画立ち上げの頃から考えたら
ここまで辿り着いただけでも凄いことなんだけど、もどかしいよ」
「ルーンマナ石の問題は解決できると思いますか?」
「魔王復活まで時間があればね」
「良い方法があるのですか?」
「海に沈めた状態で敢えてマナ暴走させるんだ、
大量の水が緩衝材になるから陸で行うより被害が少なくて済む」
「なるほど、マーメイド族の方達に協力を得て適切な場所を選定し、
環境への影響を予測、カード王への進言、必要な人員と機材の運搬」
「ルーンマナ石が流された場合は捜索しないといけないから回収に時間が掛かる、
そこは運とマーメイド族の人達次第だね」
「数日では到底無理です、陸上で可能な方法はありませんか?」
「残念だけど今の技術ではどうにもならない、
さっきも説明したけど魔王が復活してからは危険が増すよ、
僕は海に捨てた方が良いと思うけど、どうする?」
「可能性を手放したくはありません、アダマンタイトの容器に保管することにします」
「分かった、そのアダマンタイトが足りないんだ、急いで手配して貰えないかな?」
「廊下の一番端に飾られている生ハム原木の彫像を持って行って下さい」
「あの君の身長と同じ位あるヤツ?」
「それです、本物に似せた着色がされていますが中身はアダマンタイトです」
「えぇ…なんでそんなものを…」
「チーズ工場が完成したお祝いにロワール伯爵より頂きました、
生ハム原木はサントモールの特産物ですから」
「そうなんだ…(だからってわざわざ貴重金属で作らなくても…)」
白銀都市サントモールの領主ことロワール伯爵が
特産物の生ハム原木を激押しすることは界隈では有名な話、
毎年、各地の伯爵の元には本物の生ハム原木が届くのだが、
これには豪雪地帯のため他に特産物が無いという背景があったりする。
「何か良い方法があればよいのですが」
「マナ暴走が発生した時の対処法自体は単純なんだ、
放出されるマナを止める、もしくはマナ暴走に達しない程度まで勢いを弱めれば良い」
「言葉にするのは簡単ですが…」
「うん、単純だけど難しい、少なくともあの時の僕には無理だった」
「貴方は素晴らしい対応をしたではありませんか、身を挺して愛する者を護った、
私が伏せていなければ今頃は愛し合う者達の間で美談として語り継がれていますよ、
石像くらいは建てられていたかもしれません」
「まさか、僕の石像って地味過ぎるよ」
もし建てられるとしたらロキの提案で魔物園の中になると思われる、
勿論入場料を稼ぐためである。
「カプアに怪我が無ければ良かったんだけど」
「あの惨状で片腕だけで済んだのは奇跡です」
「僕の考える奇跡は想いによって絶対的な法則が覆されることなんだけど」
「なら尚更です、閉ざされた室内で発生したマナ暴走ですよ、
あらゆる物が破壊され無事だったのは壁くらいのものでした、
その状況下で原因となった水晶球の近くにいたカプア主任が片腕だけで済んだのは
貴方の想いがそうさせたからでは無いのですか?」
「それは僕が死ぬ前に何とか突き離したから…いやそれにしては確かに…」
「そうでしょう、アレは貴方が起こした1つの奇跡なのです、
悲劇的な事故ではありましたが、なんとも美しい話ではありませんか」
「…、違う」
「違うのですか?」
「あいや、違わないけど、カプアを護ろうとしたよ、そこは合ってる」
「では何が?」
「カプアが片腕だけで済んだのがマナの影響だとしたら、
肉体という器を失って大気中に放出された僕のマナが…あり得るかな?」
「何でも理由を付ければ良いというものではありません、
愛するの者の想いが最愛の者を護ったとしておいた方が美しいではありませんか」
「そういう話じゃなくてさ、もし仮説が正しいなら…いやでも…そうなると…」
顎のあたりをサワサワしながらブツブツ言っている。
「その癖、久しぶりに見ましたね、先程から何の話をしているのですか?」
「ルーンマナ石のマナをマナ暴走させずに処理できるかもしれないって話」
「可能なのですか?」
「まだ分からない、でも可能だとしたら君はどちらか1つを選択しなければならない」
「聞かせて下さい」
「ルーンマナ石から放出されるマナの勢いが強過ぎるせいで
外部装置では制御しきれずにマナ暴走が発生してしまう、
でもマナである僕が介入すればもっと細かく直感的に制御出来るかもしれない、
魔法に変換して処理すれば周囲のマナ濃度も変化させずに済む」
「先程の選択とは?」
「僕がこの体を動かすために使用しているマナは常に外部から取り込んでいる、
常に吸収と放出を繰り返しているわけだけど僕自身もマナそのものだろう、
吸収したマナと混じり合ってしまうと放出する度に僕の存在が希薄になってしまう、
だからそれを避けるために吸収したマナは常に切り離して扱っている、
ここまでは理解出来るかな?」
「大丈夫です、続けて下さい」
「ルーンマナ石に蓄えられているマナはその辺に漂っているマナと
性質は同じだから同様に扱える、唯一違う点は高すぎるマナ濃度だ、
接続した瞬間に僕は流れに飲み込まれ完全に同化して切り離せなくなる」
「つまりマナを処理し続ける度に存在は薄れていくと」
「そういうこと、君が選ばなければいけない選択肢は、守り人の存続か、魔王の討伐か、だよ」
「…」
ロックフォール伯爵が目頭を押さえて考え込んだ、
珍しく辛そうな顔をしている。
「…成功する割合はどの程度ですか?」
「ごめん、答えられない」
「そうですよね、愚かな質問でした」
「参考にはならないだろうけどマナの扱いには自信があるんだ、
守り人を動かしながら話す方が余程難しい、問題は僕が自我を何処まで保てるかどうか」
「分かりました、この話は保留とします」
「そうだね、不確定要素が多過ぎる」
話しを終えた2人はアダマンタイト製の生ハム原木像の元にやって来た。
「では頂いて行きます」
「本当に持てるのですか? かなり重い筈ですが」
「大丈夫です、この体は強いですから、よいしょっと」
「おや、軽々と(生前のイオニアからは想像できませんね)」
「それではこれで失礼します」
「帰る前に1つだけお聞きしても?」
「どうぞ」
「守り人という役割を重荷に感じてはいませんか?」
何時もと変わらない伯爵らしい堂々とした佇まいだが、
目の奥にはどうしようもない不安が感じ取れた。
「さっきの話はあくまでも研究者として提案しただけで、
託された責任を投げ出したくなったわけじゃない、怖くないと言ったら嘘になるけど」
「そうですか」
「これは僕が始めた研究の成果だ、完成まで支え続けてくれたペニシリには感謝してる、
絶対に恨んでなんかいないよ」
「ふ…見透かされてしまいましたね」
「君の目は正直だから」
向かい合った2人はクスリと笑った。
「頑張って下さい伯爵、皆が貴方を頼りにしています」
「言われずとも分かっていますよ、道中お気を付けて」
「はい、それでは失礼します」
友人に背を向け生ハム原木像を抱えたノアは廊下を歩いて行った。




