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286話目【移動する人達】

白銀都市サントモールから地方都市ウルダへ向けて伸びるとある街道、

竜の背ビレの北側の森の手前で1台の馬車が立ち往生している。


「ふぁ~ぁ、いつになったら出発出来るのかしらねぇ」

「この調子じゃもう暫く無理だろ、今日はここで野営だな」


魔王を討伐するために白銀都市サントモールから

地方都市ウルダを目指している爆炎のルドルフと不屈のミーシャである。


「何言ってんの、もう野営してるようなもんでしょ」

「だはははは、まぁな、お、ルドルフのヤツ焼き過ぎじゃねぇか?」

「まだよ、外側がパリッとなってからが旨いんだから」

「いやこっちから見たら焦げてるって」

「え?」


Sランク冒険者達の中で最もウルダから離れており、

誰よりも急がないといけない立場なのだが、

2人揃って暢気に棒に刺したマシュマロを焚火で焼いている。


「んん…そっちのヤツと交換してよ」

「駄目だ」

「何でよ、アンタ2つ持ってるじゃない」

「1つは俺の分じゃねぇ」

「ならもう1つのと交換しなさよ、右のヤツでいいわ」

「ちゃんとクルクルしねぇから焦げたんだろ、

 大人しく外側剥がしてもう1回焼くんだな」

「っち、仕方ないわね…熱っ!?」

「だはははは! カード王国最強の火魔法使いが、

 マシュマロで火傷してたら魔王なんて倒せっこねぇっての、だはははは!」

「こんなもん誰だって熱いに決まってるじゃない! 

 アンタみたいな非常識と一緒にするんじゃないわよ!」

「マ、マシュマロで…だはははははは!」

「煩い!」

「戻りやした」


緊張感や焦燥感の欠片も無く笑い転げていると、

白い液体の入ったバケツを持った渋い男がやって来た。


「おかえり~」

「おう、どうだったギンさん?」

「どうもこうも…参りやしたね、減ったようには思えません」


213話目【卵と松本1】に登場した御者のギンである、

もう1つのマシュマロは彼の分だったらしい。


「御者として長いこと各地を回っていますがこれだけ数は自分も初めてです」

「マジで凄ぇよな、ずっと向こうまで続いてるしよ」

「焦ったって仕方ないんだからゆっくりしましょ」


なんの話をしているのかと言うと馬車が立ち往生している理由である。


サントモールからウルダに向かうには大陸を東西に分断する大山脈、

竜の背ビレの低くなっている箇所を山越えする必要がある。


竜の背ビレの北南の麓には魔物が生息している森が広がっているのだが、

森に入る手前の平原をとんでもない数の渡牛がノソノソと横断しており、

かれこれ数時間足止めされている。


「おかげて牛乳には困らないわね~」

「だな」


鍋に入っていた白い液体は搾りたての乳牛である。


「ほい、ギンさんの分も焼いといたぜ」

「親切にどうも、頂きます」


鍋を焚火に掛けホットミルク作製しながらのんびりマシュマロタイム。


「急ぎの仕事だというのに力及ばず…申し訳ない」

「別にギンさんが謝ることねぇだろ」

「そうそう、どんなに急いでも間に合わないんだから半日遅れたって大差ないわ」

「すみません、自分不器用なもので」

「辿り着く前に魔王が復活する可能性が高ぇんだ、

 無理について来なくても良かったんだぜ?」

「そうそう、ノルとターレは絶対御者無しで移動してるわね」

「元々往復分の料金を頂いてましたから、受けた仕事はキッチリと、

 それが自分の御者道です、魔王が相手でも曲げるわけにいきません」

「だはは、そういうところも不器用だぜ、ホットミルク出来たぜ~」


ホットミルクをカップに注いでマシュマロタイム継続。


「冗談抜きでカード王国中の渡牛が集まってるんじゃない?」

「皆で仲良く避難してんだろ、やってることは人間と同じだな」

「西に何かあるんですかね?」

「あるんじゃない? 暇だし付いて行ってみる?」

「そういやシルトアが西に渡牛が沢山いる丘があるとか言ってたな」

「そうだっけ? 覚えてないわね~カリカリで旨い…」

「御者仲間の間でも聞かない話です、どの辺りのことですか?」

「このままず~と西に行った先の、大陸端の海岸近くだった筈だぜ、

 村とかねぇし普通はまず行かねぇ場所だな」

「そんなとこまで飛んで行くなんてチビッ子も暇ね~ぁ…ホットミルク優し…」


盗賊の根城の有無や、予期せぬ災害の検知など、

カード王国内の異変を探る偵察飛行なので結構重要な仕事である。


「そうですか、各地を渡り歩く渡牛にも帰る場所があると、ふ…」

「急にどうしたのギンさん? ホットミルクで格好つけても様にならないわよ」

「なんか面白ぇことでもあったか?」

「いえね、今まで自分と渡牛は似てると感じていたんですが…」

「角でも生えてんの?」

「いや違ぇだろ、生き方の話だっての、だろギンさん?」

「仰る通りです、この道一筋30年、雇われ御者の根無し草、

 自分は住処を定めずに各地を転々としてますんで渡牛に姿を重ねていたんです、

 ですが彼等には帰る場所と共に生きる家族がいる、

 改めて考えてみると随分と違うもんです、ふふ…」


ホットミルクを傾けながら寂しそうな笑みを浮かべている。


「ギンさん家族いねぇのか?」

「自分は結婚していません」

「兄弟とか親は?」

「王都に弟が1人とルコール共和国に妹が1人、そっちは長いこと会っていません、

 親はとっくの昔に亡くなってます、まぁそういうわけですから、

 魔王討伐に赴く英雄方を送迎するなんて無茶が出来るんですがね、お2人はご家族は?」

「私達は自由を愛する冒険者よ~」

「おう、結婚してたらこんな生き方は出来ねぇな」

「ご両親やご兄弟は?」

「親は両方共生きてるわ、兄弟は無し」

「俺も同じだな、ウルダで元気にしてるぜ」

「ウルダとは…心中お察しします」

「心配してねぇわけじゃねぇんだけどよ、そこまでなぁ」

「ぶっちゃけ魔王が復活したら何処にいても同じだし、

 私達以外のSランク冒険者は多分間に合うから任せとけば大丈夫よ」

「だははは、バトーとカルニもいるから俺達がいなくても問題ねぇ」

「そうそう、特にカルニには言い出した責任取って貰わないと、マシュマロもう1つ頂戴」

「おう、ギンさんもいるか?」

「いや、自分は不要です」


現状、ミーシャとルドルフが間に合う確率はかなり低いと思われる。








一方その頃、王都からウルダを目指す

槍のノルドヴェルと水のタレンギの2人は。


「ターレ、そろそろ変わるわ」

「いいわよノル、どうせあと2時間もすれば暗くなるし、

 今日は2つ先の停車場までにしときましょ」

「やっぱり夜に移動するのは厳しいかしら?」

「光輝石のライトを使えば可能よ、上に付いてるでしょ」

「どれ?」

「そこ、ハートのヤツ」


手綱を握るタレンギが御者席の日除けの下にあるハート形の飾りを指差してる。


「あら、こんなのあったかしら?」

「急いで付けて貰ったの、留め具を外して蓋を開けると中にライトが入ってるわ」

「留め具…あこれね、はいはい」


ハートの先端部分から少し上の場所に蝶番が付いており、

ハートの1/4程を残して180度折れる形で蓋が開く仕組み、

中には反射鏡とライトが入っている。


「ライトは光輝石が大きいだけで割と普通ね」

「特注している時間なんて無かったもの、仕方ないわ」

「でもハートの入れ物は特注なんでしょ?」

「違うわ、丁度その辺に転がってたらしいの、

 何処かのお店の飾りだったんじゃないかしら?」


実は制作者の奥さんが使っていた小物入れだったりする。


「あら、よく見るとこれってあれね」

「な~に?」

「開けた状態だと蓋の部分がタマタマ」

「良いじゃない、素敵」


制作者としてこれほど不本意な賞賛も珍しい。


「あん、危ないわね」

「少し段差があったみたい、しっかり捕まってないと怪我するわよ」

「了解、危ないからって速度は落としちゃ駄目よターレ」

「分かってるわ、もう少しで休ませてあげるから頑張ってポニちゃん達」


かなり飛ばしているがタレンギとノルドヴェルが間に合うかどうかは微妙、

魔王の復活時期次第といったところ。






一方その頃、至高都市カースマルツゥとウルダの間にいる双拳のマダラは。


「ふんふん! ふん! せやぁ!」


街道から少し離れた場所でバシリスクをシバキ回し中である。


「す、凄い…武器も魔法も使わずにバジリスクを圧倒するなんて…」

「獣人は身体能力が凄いとは聞きますけど…」

「早すぎる…いやしかし、あの動き何処かで…」


その様子を停車した馬車から2人の乗客と御者が観戦中、

石化の毒を持つ尾が大口を開けてマダラに迫る。


「尾が! あぶn…? あれ?」

「体を通り抜けたように見えましたけど…」


当然そんな筈はもなく只の錯覚である。


尾の頭に噛まれる寸前に1ステップで2メートル程後退して回避、

からの1ステップで元位置に戻って拳で攻撃。


つまり尋常ではない早さで前後ステップしただけ、

見ている者が錯覚する程に常軌を逸脱したヒット&アウェイというだけの話である。


「ふふふん! せやぁ! はぁ!」


連撃からのフィニッシュブローを受けてバジリスクはヨロヨロと逃げて行った。


「ふむ、やはり硬いな」


相当数の拳を叩き込んでおきながら仕留め切れていないところを見ると

攻撃力が極端に低いように感じられるのだが、

バジリスクの硬い鱗の上からダメージを負わせているので決して弱くはない、

人間相手なら軽く頭蓋骨を粉砕出来る程度の威力はある。


とはいえあくまでも拳による打撃なので大型の魔物相手となると

1撃必殺とはいかず力不足感は否めない。


ここでSランク冒険者の近接戦闘職3人を1撃の威力順に並べてみよう、

ミーシャ、ノルドヴェル、マダラの順となるのだが、

マダラは移動速度、反応速度、胴体視力がずば抜けているため、

赤色を好む仮面のパイロットでお馴染みの

「当たらなければどういうことはない」を標準搭載しているわけで

ミーシャとノルドヴェルが攻撃を当てるのは至難の業。


仕留めるにはミーシャがヒルカーム相手に使用した

小石などを地面ごと散弾銃のように吹き飛ばす絡め手や、

マダラの移動速度を持ってしても避けきれない範囲攻撃が必須、

上級魔法なら確実に仕留めることが出来る、

早さこそ正義、それが双拳のマダラという冒険者である。


因みに、3人の特徴を表すならミーシャは破壊力と耐久性、

ノルドヴェルは技とマナ操作、マダラは速度と手数、

各々異なる強みを持った最高峰の逸材なので単純に強さを比較するのは難しい、

ここにバトーを加えるなら鉄壁と反射である。



「いや~助かりました旅のお方、随分とお強いのですね、

 是非お名前を教えて頂けませんか?」

「マダラだ」

「え? マダラ? あのSランク冒険者の双拳のマダラ様ですか?」

「そうだが、どうかしたのか?」

「あいや、以前も同じように助けて頂いたことがあるのですが、

 御姿が随分と違うような…命の恩人の顔を忘れる筈がないのですが…」

「ふむ、恐らく寒い時期だったのではないか?」

「えぇ、1月頃でした」

「私は冬と夏で見た目が変わるのだ、寒くなると冬毛が生えて全身毛だらけになる」

「なるほど」


現在は6月の終わりなので夏バージョンのマダラ、

御者が前回出会った時は真冬バーションだったのでモサモサだったらしい、

因みに、218話目【ポッポ村に向かうマダラ】の時は

丁度生え変わりの時期だったのでマダラ模様のマダラである。


「どおりで動きに見覚えがある筈です、度々助けて頂きありがとう御座います」

「「 ありがとう御座います~ 」」

「気にすることはない、Sランク冒険者として当然の行いだ、

 だがまぁ、どうしても礼をしたいと言うなら肉を少し分けて貰えると嬉しい、

 出来ればソーセージが食べたい」

「「 (結構グイグイくるな…) 」」

「ほほほ、マダラ様、その言葉を待っておりましたよ!」

「ほう、あるのかソーセージ?」

「勿論です、とっておきのソーセージがありますよ~!

 実を言うと前回助けて頂いた時に何もお渡し出来なかったことが心残りでして、

 それからというもの何時何処で再会しても良いようにと馬車に常備しておりました」

「「 (それでコレか…) 」」


乗客達の視線がソーセージがパンパンに詰まった木箱に向けられている。


「直ぐにお渡ししますので少々お待ち下さい」

「いや、私も同行するので夕食の時にでも頂きたい」

「ん? マダラ様はウルダへ方面へ行かれるのでは?

 私達はカースマルツゥへ向かっているのですが…」

「このまま先へ進むのはやめた方が良い、魔王が復活するとの話でな」

「「「 えぇ!? 」」」


魔王復活に関する情報を説明。


「早ければ7日…う~む…どうしますお客さん?」

「危険を冒してカースマルツゥを目指すべきか、ウルダへ引き返すべきか」

「ウルダへは2日で戻れるけど…魔王が復活する町よ? 私怖いわ」

『 う~ん… 』

「私としてはウルダへ戻ることを勧める、確かに魔王が復活する場所だが

 このまま進めば時間が足りず道中で魔族に襲撃される可能性がある」

「確かに、私はマダラ様の意見に賛成です、乗客の安全を守るのも御者の務めですから」

「他のSランク冒険者の方も向かわれてるそうですしねぇ…」

「信じるしかないか、戻ろう、ただ…」

「何か気掛かりでも?」

「その…私と妻はアレルギーがありまして…ズズ…あ、やっぱり反応が…」

「助けて頂いた身で大変失礼とは思いますが…ズズ…

 狭い空間に同席すると鼻水が出てしまいます…」


獣人アレルギーが原因でカースマルツゥに住んでいる夫婦だった。


「うむ、それは仕方がないな、であれば私は外を走るとしよう、

 あまり近寄らなければ同行しても問題無いだろう」

『 助かります~ 』


マダラは基本的に走ってカード王国中を移動しているので問題ない。


「そういえば以前助けて頂いた時は何か武器を使用されておりませんでしたか?

 魔物を一瞬で両断していたと記憶しているのですが」

「爪だな、ウルフ族は皆爪がある」

『 なるほど 』


ニギニギして指先から爪をシャキシャキ出し入れしている。


マダラは拳による打撃、爪による斬撃、無手による掴み技を瞬時に切り替えられるので

理想の上司でお馴染みの「あと2回変身を残している」も標準搭載している。


今回のバジリスクも爪を使えば柔らかい腹側を切り裂いて絶命させられたのだが、

魔王が復活した影響で魔物が絶滅する可能性もあるので敢えて逃がしたらしい。


「爪を使うと手入れが面倒でな、特にこの隙間に血が入ると洗い難い…」

『 なるほど 』


諸事情により爪の斬撃はあまり使わないそうな、

故に『双拳』、メインウェポンはあくまでも拳である。


「早速出発するとしよう、ここに留まっているとバジリスクが戻って来るかもしれない」

『 はい~ 』


ウルダまでは2日程の距離なのでマダラが間に合うことは確実。


『(申し訳ないなぁ…)』


馬車に並走するマダラを見て3人は居たたまれない気持ちになったそうな。








一方その頃、ダナブルからウルダを目指す松本とモジャヨは。


「急いでるってのに嫌ね~もう」

「落石ですかね?」


街道を塞ぐ石の前で停車中、30~50センチ位の石が5つ程転がっている。


「どうかしら? 石が転がって来そうな崖なんて無いけど…」

「ってことは誰かの悪戯ですか、馬車の往来が多い道に石を置くとは許されざる悪行、

 気付かずに乗り上げたら大惨事ですよまったく、よいしょっと」

「ちょっと待ってオマツ」

「はい?」


石を退かすために御者席から降りた松本をモジャヨが呼び止めた。


「もしかしたら大岩擬態蟹かもしれないわ、触る前に水を掛けてみて」

「ほう、どれどれ…」


チョロチョロと水を掛けるとピシッと亀裂が入り

足と爪と目が生えた石は森の方にそそくさと横歩きで逃げて行った。


「(本当に蟹だった、どう見ても石なのに不思議だなぁ異世界)」


などと考えながら落ちている別の石に忍び寄る松本。


「せいっ!」


ガシっと掴んで持ち上げた。


「おぉ~裏を見るとちゃんと蟹だ」


お腹の三角形が細いので恐らく雄だと思われる。


「う~む、これはなかなかの大物、大岩の名に恥じないズッシリ感、

 (こんなの向こうの世界で買ったら2万はしますよ)」

 

なかなか食べ応えありそうな収穫にご満悦の様子。


「モジャヨさんこれ食べられるヤツですか? もしそうなら夕食の足しにしましょう」

「そんなの嫌ぁ~ん」


肩を抱いてクネクネしている。


「蟹嫌いなんですか? あ、まさか毒が?」

「そんなこと無いわ、大岩擬態蟹は甘くてプリップリなの」

「ほほう、プリップリなんですか」

「そうよ、プリップリ、もうすっごく美味しいんだから」

「プリップリかぁ~凄く美味しいのかぁ~、

 (1度でいいから蟹シャブとか蟹刺を食べてみたかったんだよなぁ~)」


遠い記憶に存在する蟹料理に想いを馳せているのだが、

如何せん蟹なんて碌に食べたことが無いので

真面な料理がズワイガニ入りの水炊きくらいしかない。


蟹チャーハンや回転寿司の蟹握りは良いとして、

当たり前のように蟹爪クリームコロッケやカニカマが混ざっている。


よくよく見ると蟹握りは蟹ではなく高級カニカマ握りである、

まぁコレに関してはかなり本物に寄せてあるのでセーフ、ほぼ蟹である。


「あ~んでも駄目駄目! 絶対に食べちゃ駄目なの!」

「何故? こんなに立派な蟹なんですよ!」

「全然立派じゃないわ、その子はまだ子供よ~食べちゃうなんて可哀想~」

「…因みにどれくらい大きくなるんですか?」

「そうねぇ、馬車位まで大きくなることもあるわ、だって大岩擬態蟹だもん」

「なるほど」


可哀想なので解放した。


「ほ~れ、お前達も森にお戻り~」


他の石も水を掛けて森へと誘導。


「あ、これは違うのか、どおりで動かないわけだ」


1個だけ本物の石だった。




大岩擬態蟹の大きく成長した個体は非常に硬く爪の力も強いので

割と天敵もおらず生体ピラミッドの上の方、強者側の立ち位置である。


だが、ある程度成長するまで間はそこまで硬くも強くも無いので弱者側の立ち位置、

自分より大きな魔物に狩られないように擬態することで身を護っている。


街道などで岩に擬態して獲物を待ち伏せているのは極一部の上澄みであり、

大抵は森や草原で小さな魔物を待ち伏せしてひっそりと生きている、

体を大きくするために脱皮する時がもっとも危険でドキドキする瞬間。


余談だが、脱皮直後の柔らかい個体は『プニプニ擬態蟹』と呼ばれ、

殻まで食べられる高級食材とされている。


「さぁ乗ってオマツ、先を急ぎましょ」

「はい~」


因みに、松本の足元に落ちている白くて丸い小石も蟹だったりする。



『スベスベ饅頭擬態蟹』

最大でも10センチ位までしか成長しない小型の魔物、

可愛らしい見た目と名前だが猛毒なので注意が必要、

万が一食べたり茹で汁を飲んだ場合は諦めよう、死にます。



王都とダナブルではウルダまでの距離は殆ど変わらない、

タレンギ達より5~6時間程出発が遅れており、

移動速度も若干遅いため松本とモジャヨが間に合うかも微妙、

タレンギ達が間に合えば松本達も間に合う可能性がある。








一方その頃、カンタルからダナブルを目指すシード計画職員達は。


「お~っほっほっほ! お~っほっほっほっほ!」


2台の馬車がプリモハの高笑いと共に疾走中。


「ひぃゃっほぉぉぉう! 行け行け行け~!」

「ねぇジェリコ! 流石に飛ばし過ぎじゃないの?」

「周りはお嬢とフルムド伯爵が固めてくれてんだ! 真っすぐ進めば問題ねぇ!

 そんなことよりラッチはちゃんと付いて来てんのか?」

「いるわよ! 10メートル後ろ! 絶対に急に止まったら駄目だからね!」

「分かってるっての! ニコルも油断すんじゃねぇぞ!

 2人のマナ管理をしくじったら全員仲良く砂の上だ!」

「それこそ分かってるって! 信じなさいよ!」

「ははは! 信じてるぜ皆! 飛ばせポニコーン! 根性~!」

「お~っほっほっほ! お~っほっほっほっほ! 良くってよ~!」

「(こ、怖過ぎる…プリモハちゃん達はいつもこんなことしてるのかな?)」


プリモハが強化魔法で進行方向に板状の道を作り、

フルムド伯爵が魔物の襲撃を防ぐために周りをトンネル状に覆い、

ジェリコが先頭の馬車を、ラッチが後続の馬車を操縦、

ニコルはプリモハとフルムド伯爵がマナ切れにならないように管理中。


周りに隔てる物が何もない砂漠ということを活かし全力ポニコーンで疾走中、

どのグループよりも効率的に歩を進めるところが

歩にターボとニトロ(NOS)を突っ込んでワイルドスピードしている。


「うお!? おおおお!?」

「ちょ、重い…アンカーさん早く退いて…」

「すまん、いきなり跳ねたからってぎゃぁぁ!? こ、腰ががが…」

「いいから重いってぇぇ…」

「やめて動かさないで…腰が今腰がぁぁぁ…」

「知るかぁ! 重いんじゃボケェ!」

「ぎゃぁぁ!? うごご…腰ぃ…」

「だから絶対に手を離すなって言ったじゃん、守らないアンカーが悪いね」

「ラッチさん少しでいいから速度落として下さいよ~」

「お願いしますぅぅ…私もお尻が痛い…」

「出来ません! こんな速度で走れるのは今だけ!

 砂漠地帯を抜けるまでにどれだけ時間を節約出来るかが生死の別れ目なんです!

 前は一部空いてますので絶対に近寄らないで下さい! 振り落とされますよ!」

『 はい~… 』


前を走るフルムド伯爵の馬車は豪華なキャンピングカー使用なので

職員達はしっかりとした箱に詰め込まれており不意に飛び出す心配はない。


一方、後ろを走る馬車は一般的な幌馬車なので

幌を突き抜けて飛び出さないように前以外の3面が強化魔法で塞がれている。


「いたた…」

「大丈夫ハムレツさん?」

「大丈夫です、はい~…」


だからと言ってフルムド伯爵側の馬車が安全というわけではない、

中では職員達が揉みくちゃになっていたりする。


『 ぎゃぁぁぁ!? 』

「おい何だ今の声!? 何があったニコル?」

「何でもない! 跳ねただけよ! ジェリコは前だけ見る!」


それでも後ろの幌馬車よりはサスペンション周りが優れているのでかなりマシ、

両馬車共バラバラにならないように車体は強化済みである。


「お~っほっほっほ! お~っほっほっほっほ!」

「(何で笑っていられるのプリモハちゃん…)」


かなりの勢いで飛ばしているので職員達は間に合いそう。







一方その頃、ロックフォール伯爵の依頼を達成し、

水上都市リコッタからダナブルへ帰還中のアクラスは。

 

「今日は良い天気ですねぇお客さん」

「そうですね、絶好の移動日和です」

「暑すぎず風もほどほど、空も晴れてのどかな雲がプカプカ浮いてますよ、

 あの雲なんて丸みを帯びてなんだかパンみたい…」


御者が指さしたカレーパンみたいな雲が爆発霧散した。


「…」

「どうかしたのですか?」

「あいや…(え? 今…)」


頭をポリポリしながら御者が指と空を交互に確認している。


「あ、お客さん、あっち雲も凄いですよ、骨付き肉の…」


指さした漫画肉みたいな雲に2本の横筋が入り3分割された。


「んん!?(お、俺か!? 俺がやったのか!?

 まさか世界の危機を前にして俺の中に眠っていたなんか凄い力が… )」

「どうかしたのですか?」

「あいや…(そうか、俺が光の勇者、希望の象徴、

 取り合えず人に指を向けないようにしよう)」


御者はキリっとした顔になった。


「(本当に良い天気だ、ギルドの皆は今頃何をしてるのだろう?)」


アクラスはカード王の緊急宣言が布告される前にリコッタを離れていたため

未だに現状を知らずトコトコ移動中。


「そこの馬車! 止まれ~! 急ぎ伝えることがある!」


そして危険を承知でリコッタから伝達に来てくれた衛兵達により

カード王の緊急宣言を知ることに。


「助かりました」

「いえ、盗賊団の件でお世話になりましたのでこれくらいは」

「わざわざ引き止めに来て頂いたところ申し訳ないのですが、どなたがポンコーンを譲っては頂けませんか?」

「ウルダへ向かわれるのですか? リコッタへ引き返した方が…」

「心配頂き有難う御座います、ですが私も冒険者の端くれ、身を挺してでも守りたいものがあるのです」

「そうですか…であれば私の馬をお譲りします」

「助かります、代金はおいくらでしょうか?」

「自慢の愛馬に値段は付けられません、どうか魔王を討伐して直接返して頂きたい」

「分かりました、必ず」


衛兵と硬い握手を交わしアクラスはポニコーンを手に入れた。


「へっ、待ちなアクラス、どうしても行くってのかい?」

「え、えぇ…ここまで送って頂き有難う御座いました、

 代金の返金は必要ありませんので貴方はリコッタへ戻って下さい」

「ったく仕方ねぇな、魔王はアンタに譲ってやる、その代わりリコッタは俺に任せな」

「わ、分かりました…くれぐれも無理はしないで下さいね」


キリっとした顔の御者は親指を立ててなんか実力者っぽい別れを演出した。


『 ご武運を~! 』

「皆さんもどうかご無事で!」


そしてアクラスは馬に跨り走り出す、何事もなければ割と間に合いそう。







一方、その頃、シルフハイド国からカード王国へ帰還中のシルトアは。


「おいシルトア、さっきの町ではないのか?」

「あれはリコッタですよ、次の町がウルダです」

「ほう、ウルダは何が美味いんだ?」

「特産物は芋だった筈ですけど」

「何だ芋か、あまり期待はできんな」

「ウルダの芋は美味しいですよ、僕は立ち寄ったら毎回焼き芋を買ってます」

「だが芋だけではなぁ~」

「いや別に芋しかないわけじゃないですから、

 ウルダは物流の拠点なんです、大抵のものはありますよ」

「ほう、それは期待できそうだ」

「ウルダからはサントモールに繋がる街道沿いに飛びます、

 といっても今日出発したばかりなのでかなりサントモール寄りの場所にいると思いますけど」

「腹が減って来た、さっさと用事を済ませて飯にするぞ」

「はい」


シルフハイド王ケルシスと共に上空を飛行中。


「うわ!? また早くなった!?」

「見失うぞ! 急げ!」

「マナの補給も無しになんであんなに飛べるのよ~!」

「ケルシス様待って下さ~い!」


後方では2人のハイエルフがマナポーションをグビグビしながら必死に追尾中。


さっきの御者が見ていたカレーパンみたいな雲を霧散させたのはシルトア達、

漫画肉みたいな雲を3分割させたのはこの2人だった。



「は~いこっちですよ~、皆しっかり付いて来てる~?」

『 はい~ 』


側近のトトシスはエルフ達をキキン帝国へ誘導中である。





一方その頃、タルタ国からウルダを目指すゲルツ将軍は。


「はぁ! はぁ! かつて国を救うため王を運んだその足、我に示してみせよ!」


唯一無二の屈強なタルタ王の愛馬を駆り、

全力で移動しているシード職員達よりも速い速度で西進中、

この調子だと確実に間に合うと思われる。







そしてしばらくの後。


「お? なぁルドルフ、あれシルトアじゃねぇか?」

「どれどれ? 違うんじゃない? なんか数多いし」

「こっちに飛んできてるぜ、やっぱシルトアだって」

「近くに来たらはっきりするでしょ、それより夜飯まだ~? お腹空いたんだけど」

「おう、もうすぐ出来るぜ~」


シルトア達が夜飯準備中のルドルフとミーシャの元に飛来。


「うむ、なかなか旨い、見かけに似合わず良い腕をしてるなルドルフ」

「ケルシス様、そっちはミーシャさんです」

「どう見てもルドルフだろ、こんなゴツイ奴がミーシャであってたまるか」

「だははははは! 俺はミーシャだぜ~」

「っていうかチビッ子、なんでいきなり飛んで来て夜飯食べてるわけ?

 人数が倍以上になったせいで量が半分以下になったんだけど?」

「ケチ臭いこと言わないで下さいよルドルフさん、

 このままだと2人が魔王討伐に間に合わないから

 わざわざ僕が頼み込んで手伝いに来て頂いたんです、

 本来なら全部食べてもいいくらいですよ」

「別に頼んでないんですけど、魔王は間に合った人だけでなんとかしなさいよ」

「渡牛に足止めされてた人が言っていいことじゃないと思います」

「何よ? あんまり偉そうにするならその肉取り上げるわよ」

「まぁまぁ落ち着けってルドルフ、手伝うって具体的に何すんだ?」

「僕達が2人を吊り上げて空を運ぶんです、必要ならタレンギさん達も運びます」

「「 へ~ 」」

「(反応薄いな…)」


他人事のようにパンを齧っている。


「ところでよシルトア、その人誰なんだ?」

「あ、まだ紹介してませんでしたっけ? こちらはシルフハイド王です」

「…はぁ? なんの冗談よそれ」

「冗談ではないぞミーシャ、私こそがシルフ様の恩恵を賜りエルフを束ねる王、

 シルフハイド王ケルシスだ!」


ケルシスが肉を片手にムフ~っと胸を張っている。


「いや私はルドルフだけど、え? マジなの?」

「本当です」

「ふむ~」

「アンタさ…そういうのは先に言いなさいよ…」

「だははは! 前にもこういうのあったな」


それは恐らくタルタ王である。


「「「 (旨い) 」」」


ギンさんとハイエルフ2人は蚊帳の外で食事中。


「悪いわねギンさん」

「サントモールに戻ってゆっくりしてな、サクッと魔王と倒して来るからよ」

「へい、お気をつけて」


てなわけで、ルドルフとミーシャはこの日の内に

シルトア空輸便でウルダへショートカット。


「おぉ~空飛ぶってこんな感じなのね」

「だははは! いいなこれ、楽しいぜ」

「「 (重い…) 」」


チキチキチキンレースの勝者はまさかの大穴、

立役者のシルトアは予想外の重さに大陸横断より疲れたそうな。

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