285話目【ウルダへ】
『魔王の復活を前にして皆さんの心は不安と恐怖に揺られているでしょう、
確かにかつて魔王を討伐し、世界を救ったとされる光の3勇者様はおられません、
ですが私達は備えてきました、光の精霊様から賜ったお力は全世界へと広まり、
今では大勢の方達が闇を退ける美しい力を手にしています、
魔王の討伐にはカード王国が誇るSランク冒険者、
私の知る限り最も優れた6名の精鋭が死力を尽くして挑みます、
必ずや魔王を討伐し賛美の声に迎えられながら凱旋されることでしょう、
いつの時代も、諦めず抗う者こそ、成果を得る、ご存じの通り光の精霊様のお言葉です、
魔王が討伐され輝かしい光が世界を照らすその時まで、
光の精霊様のお言葉を胸に、共に信じ、共に抗いましょう』
『おぉ~…』
「(ここまで歓声が聞こえてくる、凄いな)」
ロックフォールの演説が終わるのを待ち松本はトナツの部屋の扉を開けた。
「ドーナツ先生、ちょといいですか?」
「いいよ、座って」
「失礼します」
「浮かない顔をしてるけど体調不良ってわけじゃないんだよね?」
「はい…」
「ドーナツ食べる?」
「頂きます」
ポンデリ〇グみたいなドーナツを1つ貰った。
「うまっ、これもそのうち貴重品になりますね」
「だね、僕ドーナツ食べられなくなったら痩せちゃうかも」
「健康のためには良いかもしれませんよ」
「体の話だけならね、でも心の健康が損なわれちゃうから」
「なるほど、ドーナツは心の栄養素と、前もこんな話した気がしますね、うまっ」
「それで? 何か聞きたいことがあるんじゃないの?」
「あの~…、パトリコさんって元Sランク冒険者じゃないですか、
今でも凄く強いですし、ウルダに行ったりしないんですか?」
「しないね、パトリコさんはダナブルの防衛の指揮を取る予定になってるから」
「あ、そう…」
「残念だったね、さっきの話も空振りだったし」
「ルーン魔増石ですか、一応遠回しに狙ったつもりなんですけどバレバレでしたかね?」
「結構自然だったよ、僕はマツモト君のこと理解してるつもりだから分かっちゃったけど、
ウルダに帰りたいんでしょ?」
「はい、でもルーベンさんが言ってた通り皆我慢してるでしょうし、
俺だけってわけには…許されないですよね絶対、うまっ」
「わざわざ魔王が出るって場所に近づかなくてもいいんじゃない?
僕はここに残った方が安全だと思うけど」
「そうかもしれないんですけどねぇ、どうしてもこう…モヤモヤするんですよねぇ、
ウルダには散々お世話になった村の人達が避難してて、
獣人の人達、ギルドの人達、友達もいて、はぁ…うまっ」
溜息を尽きつつもドーナツは残り半分である。
「ロックフォール伯爵は何も言わなかったけどさ、
ルーベン君がウルダに行くのを許可しなかったのは心配してるからなんだよね、
勿論カンタルに行ってる皆のことも心配してるよ、立場があるから表に出さないだけで」
「プリモハさんもいますから気が気じゃないでしょうね」
「うん、でもカンタル組よりルーベン君の方がある意味心配でしょ、
ほら魔族の襲撃で家族とかいろいろ全部失ってるから」
「そうですね、さっきの姿は俺も見ていて辛かったです」
「僕からしたらマツモト君も同じくらい心配なんだけどね」
「俺は別に、うまっ、失う以前に家族がいませんから」
「家族以外の大切な人を失ったとかそういう強烈な経験は?」
「無いですね」
「凄く大切な人がいてどうしても会いたいとか?」
「いや、久しぶりに会いたいですけどそういう感じゃなくて、
ルーベンさんと同じで何か力になりたいって感じです」
「…」
トナツが無言でドーナツを齧っている。
「マツモト君さ、自分が変だって自覚がないでしょ」
「えぇ…なんですか急に…因みにどの辺りがですが?」
「辿り着けるかも分からない危険を冒して、
今から世界で最も危険になる場所に行こうとしてるでしょ」
「はい」
「しかも結構死んじゃうかもしれない、魔王だし」
「はい」
「ルーベン君は心の傷が原因だから理解できるけど、
マツモト君は理由が曖昧過ぎるんだよね、
普通は行かないと思うなぁ~だって危ないもん、
無意識に自分の命を軽んじてるところあるでしょ、
君は否定してるけどそういうのを自己犠牲感っていうの」
「いや、まぁ…はい、ドーナツ先生の仰る通りです…」
正論パンチで松本がシオシオになった。
「でもマツモト君だし仕方ないよね、僕の知らない理由があるのかもしれないし」
「そう言って頂けると助かりますぅ…うま」
「どうしても行きたいの?」
「はい…可能であればですけど…何かいい方法ないですかね?」
「期待してるところ悪いけど僕は力になれないよ、だって只の医者だし」
「そうですか…」
「てもパローラさんならなんとか出来るかもしれない」
「なるほど! うま」
松本が元に戻りドーナツが無くなった。
「ありがとう御座いますドーナツ先生、俺パローラママに聞いてみます」
「もし良い方法が見つかったら行っちゃうんだよね?」
「はい、時間が限られているので出来れば今日中に出発したいです、
話す訳にはいかないので黙って去ることになりますけど、
すみません自分勝手で、いろいろ良くして頂いて職員の方達には凄く感謝しています」
「うん、頃合いをみて僕から伝えといてあげる」
「宜しくお願いします、ルーベンさんには軽蔑されるかもしれませんね」
「かもね、はいこれ、安全祈願」
「どうも」
箱に残っていた最後のチョコドーナツは苦笑する松本に託された。
「医者としては絶対に言いたくないんだけどさ、
最後になるかもしれないから友達として助言しとく、
怪我をするなら頭と胴体だけは絶対に避けること、
手足なら魔道補助具で代用出来るけど生命活動に関わる部分は無理だからね」
「気を付けます、でもそんな大怪我したくないですけどねぇ、絶対痛いですもん、
それに最後ってのも縁起が悪い、俺はまた戻ってきますんでサヨナラは言いませんよ」
「うん、またねマツモト君」
「お互い元気に再開しましょうドーナツ先生、
んじゃそろそろ行きます、次は俺がドーナツ奢りますから~」
「僕クリームが乗ってるヤツがいいな~」
「了解です~」
トナツにチョコドーナツを振りシード計画施設を立ち去った。
そして不安と混乱が見え隠れする町中を走り、
15時過ぎに新世界へとやって来たのだが…
「(これは…どういう状況だ?)」
何やら様子がおかしい。
「お~んおんおん…お~んおんおんおん…」
「ねぇモジャ~そろそろ泣き止んだら?」
「そうよ~泣いたってどうにもならないんだから、前向いていきましょ~」
「お~んおんおん…私だって…私だってぇぇ…軽い気持ちで言ったんじゃないのにぃぃ…
おんおん…酷いわよぉぉお~んおんおんおん…」
「ママだって悪気はないわ、モジャのことが大切だから強く当たったの」
「アゴミの言う通り、ママはモジャのことが大好きなのよ、
それにいくらママでも出来ることと出来ないことがあるわ」
「お~んおんおん…おんおんおん…」
「ちょとアゴミ、オタマも片付けるの手伝ってよ~、
か弱い私がガラスの破片で怪我しちゃってもいいわけ~?」
「何言ってんのパーコ、私の方がか弱いに決まってるでしょ~、
魔王が復活したらシブ~イ彼氏に守って貰わないと心細くて死んじゃうんだ・か・ら~」
「はいはいご馳走様、言っとくけどアタシはか弱くなんて無いわよ、
1人で生きていけるくらい強くて、そして誰よりも、あぁん…セクシィ~」
「頼むぜネェさん達、これ片付けねぇとマジ帰れねぇんだぜ」
カウンターに突っ伏して大泣きするモジャヨ、
その右で自分を抱いてクネクネするアゴミ、
左には鎖骨と太腿を晒してセクシィ~全開放のオタマ、
床に散乱したガラスと酒を掃除するパーコとウルフ、
それを椅子に座って遠くから眺めるシルバ、
普段とは違う意味で混沌としている。
「シルバ君…シルバ君ちょと…」
「おん? どうしたマツモト」
「ちょと…こっち来て…」
「おん?」
シルバをこっそり手招きして店の外で事情を確認。
「モジャネェがウルダに行きたいって言ったらママにバーンって叩かれてよ」
「ほうほう」
「ヤベェくらい喧嘩になって、あの辺のヤツがガシャガシャ~ってヤベェことになってよ」
「ほうほう」
「マジヤベェ感じになってヤベェなって思ってたらママが出てったぜ」
「ほうほう」
「ついでにラヴィネェも出てったぜ」
「ほうほう(大体予想通りだけど最悪な展開だな)」
取り敢えず一同に混じって掃除した。
「やっぱりお店は休業ですか」
「そういうこと、仕方ないわよねぇ」
「魔王なんて嫌よ~まだ彼氏も出来てないのに~」
「アタシも~」
「あら、オタマはさっき1人で生きていけるって言ってなかった?」
「それとこれとは別よ、女はいつだって愛を求める生き物でしょ~そうよねパーコ?」
「そうよそうよ~寂しぃ~ん、誰か私を抱きしめて~、息が出来なくなるくらい強く!」
「んもう仕方ないわねぇ、寂しがり屋さんなんだから、1回だけよ~」
アゴミがヤレヤレと肩をすくめながステージへと上がり
スイッチを幾つか弄って小指を立ててマイクを握った。
「皆行くわよ~休業中の新世界」
「「 ヘイッ! 」」
「姫から届いたラブコール」
「「 フゥワッ! フゥワッ! 」」
「今日の恋人だ~れ、んん~…オマツ!」
「イェ~イ! ハグハグ」
「あぁん…安心感のある筋肉…」
皆が羨ましがるラッキーボーイの権利を見事獲得したのは我等が松本、
思いっきりハグしてあげるとパーコがしっとりとした顔になった。
「ヤベェくらい手慣れてんなぁクソガキ…」
「中途半端な照れがないのよオマツは、何処かの狼さんももっと大人にならなきゃ駄目駄目よ~」
「あん? 言っとくけど俺はタマネェより年上だぜ」
「年齢なんて只の数字、良い女の扱い方を知らない男はいくつになっても大人とは呼べないわ」
「っけ、何言ってんのか分かんねぇっての」
「なぁアゴネェ、パーコネェもチ○コ付いてるんだよな?」
「そうよシルバちゃん、ここで働いてて付てないのラヴィだけ」
「分かんねぇなぁ、チ〇コの付いてる女と付いてねぇ女ってどうやって見分けんだ?」
「あら、そんなの簡単よ~一緒にお風呂に入ればい・い・の」
「おいコラテメェ! 人の息子に何教えてんだコラァ!」
「何? そう、それは人・生…」
ステージの上で儚い顔のアゴミがスポットライトに照らされている。
「だから何言ってのか分かんねぇんだよオメェ等は…」
「ノンノン、オメェじゃなくてオ・ネ・ェ、間違ったら駄目駄目よ~、
それにこういうのは早めに教えとかないと拗らせちゃうんだから」
「オマツを見習って早く大人になりなさい狼さん、パーコもそう思うわよねぇ~」
「ハグハグ」
「あぁん…ギッシリした筋肉…」
松本とパーコはラッキーボーイタイム継続中、
本日は休業中のため特別延長サービスである。
ウルフとシルバがパローラと家族になってからそんなに時間は経っていないが
新世界のメンバーと結構馴染んでいるらしい。
「おんおんおん…」
「これだけ楽しい雰囲気にしてもまだ泣いてる」
「家族が心配なのは分かるわ、でも皆モジャのことが心配なの」
「そうよ~元気出して、一緒に帰りましょう」
「帰らない…おんおん…ママを待ってるぅぅ…ぐすぐすぅぅ…」
「って言われてもね~どうするアゴミ?」
「どうって…後はモジャ次第なんじゃない?」
「俺が付いてますんで、皆さんは先に帰ってもらって大丈夫ですよ」
「おいクソガキ、どう見ても大丈夫じゃねぇだろ、泣いてんだぜモジャネェはよぉ、
それにだ、ママと顔合わせたらまたヤベェくらい喧嘩になんぜ、おぉん?」
「そうだぜマツモト、マジでヤバかったんだぞ、おぉん?」
ウルフとシルバが松本にメンチを切っている。
「それやめろってママからも言われてたじゃないですか、
俺モジャさんと同郷なんで少し話をさせて下さい、お願いします」
「お、おう、いやお願いされても…どうするネェさん達?」
「じゃオマツにお任せ~」
「先帰るわよ~モジャ」
「涙はいざって時に残しておきなさ~い、女の武器は安売りしたら駄目駄目よ~」
「って早ぇなおい! そんなんでいいのかよ?」
「いいのよ~貴方達も早く来なさいって~」
「行こうぜオヤジ、マツモトまたな~モジャネェ元気だせよ~」
「はい~」
「っち、しゃぁねぇな…じゃぁなモジャネェ、クソガキも早く帰れよ、魔王が出たらヤベェからな」
「はいはい~、ウルフさんもお元気で~シルバ君にも宜しく~」
一同が去り松本とモジャヨだけが残った。
一方その頃、シード計画施設では。
「凄ぇ~これがトルシュタイン様の盾か」
「こっちの手斧には氷の魔集石が仕込まれてるんですよね?」
「リテルスさん凄い発見ですよ!」
「いえ、私はただ運搬を任されたにすぎません、
ルーンマナ石の影響なのか思うように飛べず遅くなってしまいました」
「ひ、ひぇっ!? 触るなぁぁぁ! 絶対に誰もソレに触るなぁぁ!
離れろ! 散れ! 今すぐに散れぇぇぇ!」
盾と手斧に群がる調査班達をエルルラが蹴散らした。
「どうしたのエルルラさん? いつもに増して暴走気味だけど」
「ヤバババイヤバイヤババイバイババババ…」
「なるほどね、皆離れて、迂闊に触らない方が良さそう」
「え~伝説の遺物を前に調査班がじっとしてられるわけないじゃないですか」
「そうだそうだ、クルートンさんこそエルルラさんをどうにかして下さいよ~」
「こういう時のエルルラさんの勘を甘く見ない方がいいよ、凄く当たるから」
『 えぇ~… 』
「とにかく触れるのは禁止、誰かカプア主任呼んで来てくれない?」
リテルスが帰還し伝説の遺物に職員達が沸いていた。
そして再び新世界。
カウンターに突っ伏したモジャヨに松本がグラスを差し出した。
「ぐす…お酒?」
「モモ茶です」
「お酒にして…すごく濃いヤツ…ぐす…」
「駄目です、そんな状態で飲んだら悪酔いしますよ」
「…」
「起きて一緒に飲みませんか?」
「…ぐす…」
「そうですか、仕方ないですね」
おもむろに人差し指を立ててモジャヨのムキムキな二の腕に近づける。
「ほい」
「いたっ…」
パチッと静電気みたいな細さの電気が走った、
雷の初級魔法スパークである、しれっと習得していたらしい、
主な使用目的は筋肉を解すためのセルフ電気治療器である。
「…やめてオマツ…ぐす…私今すごく悲しいの…」
「ほい」
「いたっ…やめてって…」
「ほい」
「だからやめてって言ってるじゃないの~!」
「ははは、ようやく顔を上げてくれましたね」
「んもう! 酷い男だわ、女心が分かってない…」
「少しは気分が晴れたんじゃないですか?」
「そんなので晴れるわけないじゃい、でもそうね…いつまでも泣いてちゃ駄目だものね」
「化粧ぐちゃぐちゃになってますよ」
「…やっぱり酷い男、もう少しは伝え方ってものがあるんじゃない?」
「俺は鼻毛が出てる人に指摘してあげるタイプです」
「ちょと落としてくるわ」
「はい~」
暫くするとすっぴんのモジャヨが戻ってきてカウンターに座った。
「覚えてるオマツ?」
「何をですか?」
「私が自分でけじめを付けるって約束、もう1度ちゃんと考えてみたけどやっぱり私は女だった、
体はエドガーだけど心はモジャヨ、ありのままの自分を受け入れてくれるこのお店が大好き」
「俺も好きですよ、皆優しい人達です」
「凄く怖いけど家族に本当の私を知って欲しい、出来れば受け入れて欲しいけど、
あまり期待はしてないわ…でもこれって身勝手な話よね、
だって大切に育てた息子が女になりました~なんて知りたくないじゃない?
しかもこれから魔王が復活するって時に」
「逆に魔王の衝撃が強すぎてモジャヨさんの告白が薄れるかもしれませんよ」
「それって良いこと? 悪いこと?」
「分かりません」
「んもう、てきとうなんだから、身勝手かもしれないけど私はけじめを付けたいの、
だって大切な家族なんだもの」
モモ茶の氷をクルクル回している。
「実は俺もウルダに帰りたくてパローラママに相談しにきたんです、でも無理そうですね」
「そうね、私ママにぶたれたの初めて、あんなに怒った顔見たことないわ」
「諦めますか?」
「嫌よ、諦めたくない」
「ですよね、碌な方法は思い付きませんけど俺はもう少し足掻いてみようと思います、
そうだなぁ~5日、5日以内に出発出来なければ諦める」
「早ければ7日で魔王が復活するのよ、今すぐ出発しないと無理よ~、
ただでさえ間に合わないのに5日も待ってたら絶対無理無理~」
「遅ければ1ヵ月です、魔王が寝坊してくれるように祈るしかないですね」
「ガッツリ深酒すればいいのに」
「ははは、意外とモモ茶派かもしれませんよ、とにかく何とかして城壁の外に出て、
それから…馬小屋のポニコーン達はもう中に避難させてるだろうし…、
ダナブルに向かって来た馬車を見つけて入場前に交渉して譲って貰うとか?
う~ん…本当に碌な方法が思いつかないな」
「お金は?」
「あまり無いです、棍棒と大量のパンでポニコーン1頭譲って貰えると思います?」
「かなり厳しいと思うわ」
「非常時でも? ほら経済がマヒしてお金より棍棒とパンの方が価値が高くなるとか」
「5日じゃ無理じゃない?」
魔王が復活して世界が崩壊したらパンの価値が高騰しそうではある、
世紀末ヒャッハーならパンの価値は人の命に勝る。
「その話私も乗るわ、お金は出してあげる」
「助かります、そうなるとまずは外に出る方法を考えないと」
「オマツ、試してみない? 後ろのあ・な」
「後ろの穴?」
「後ろの穴は後ろの穴よ~何度も言わせないで~モジャ恥ずかしぃ~ん」
「後ろの穴…後ろの穴ねぇ…っは!? 後ろの穴!?」
2人は大急ぎで家に戻って荷物を纏め。
「今のモジャじゃなかった?」
「鞄持ってたわね、家出かしら?」
「ちょっとモジャ? どこ行く気~?」
「聞かないで! 私本気なの! 離れても皆愛してるから~!」
「変なこと言ってるわよ、どうするオタマ? 連れ戻す?」
「どうせすぐ戻って来るわ、ウルダになんて行けっこないもの」
「え~冷たいぃ~ん」
「あらオマツまで、棍棒持って何処行く気?」
「筋トレです」
「あそう、好きねぇ~オマツ」
「私はいいと思うわ、筋肉最・高!」
「あと2時間もしたら暗くなるから気を付けるのよ~」
「はい~皆さんもお気をつけて、お世話になりました~」
「なんか変なこと言ってなかった?」
「いつものことでしょ、オマツだもの」
「ほら次、パー子の番よ」
「は~い!」
台所のテーブルでカードゲームに興じるオネェ達に別れを告げ再び新世界に戻って来た、
店の裏手へと周り地面に置かれた板をどかすと縦穴が現れた。
「これが例の…」
「そう、城壁の外に繋がっている秘密の抜けあ・な」
「結構深いですけど、入ったことありますか?」
「無いわよ~ここを使うのは外から来る人だけだもの」
「確かに、モジャヨさん、旨いこと馬車が手に入ったら戻って来れませんけど…」
「やめてオマツ、今そういうこと考えると振り返りたくなっちゃうわ」
「分かりました、行きましょう」
掛けられた金属製の梯子を使って下へ降り、
松本が左前腕を光らせて横穴を進むこと約15分、
反対側の出入り口の縦穴に辿り着いた、
上を見上げると隙間から円状の光が漏れている。
「(筒状に石が積まれてる、古井戸っぽいな)この上って森ですかね?」
「どうかしら? そんなに城壁から離れた感じはしないけど」
「簡単に人目に付く場所ではない筈ですけど…俺が先に出ます、
いきなり魔物と遭遇する可能性もあるんで警戒して行きましょう」
「気を付けてオマツ、いざって時は私も戦うわ」
「はい~」
梯子を上り木製の蓋を持ち上げようとするとズッシリとした手応えを感じた。
「ん?」
「どうしたのオマツ?」
「いやこれ…ちょっと、ふんっ…あ、浮いた、重いだけです、
たぶん蓋が飛ばないように何か乗せてあるんだと思います」
「いけそう?」
「この程度なら大丈夫ですよ、俺鍛えてますんで、ふんっ…」
蓋の片側を少し持ち上げて隙間から周囲を警戒。
「(やっぱり森だな、確かにこっちの城壁は森に近…ん?)」
視線を変えると白いフワフワした綿毛が現れた。
「(…え? 嘘? 何このフワフワ…もしかして上に魔物がいる?)」
「重くて悪かったぴょんね」
「おわぁ!? ちょ…あ、おわぁぁぁ!?」
いきなり声を掛けられて驚いた松本は断末魔と共に落下。
「は~い、いらっしゃい」
「た、助かりました…」
モジャヨの分厚い胸に受け止められた。
「魔物がいたの?」
「いや、あの声は…」
「オマツ大丈夫ぴょんか?」
蓋を開けられると逆光の中に長い耳のシルエットが浮かび上がった。
「嘘~もしかしてラヴィ?」
「そうぴょんよ、オマツ生きてるぴょんか?」
「生きてます、なんでこんなところにいるんですか?」
「取り敢えず2人共上がってくるぴょん」
フワフワの綿毛は蓋に座っていたラヴィの尻尾だったらしい。
外に出ると少しだけ森に入った場所だったらしく、
木々の隙間から城壁と1台の幌馬車が見えた。
「(先回りして止めにきたのか?)ラヴィさんあの馬車は?」
「いいから黙って付いて来るぴょん」
「「 はい~ 」」
森を抜けて馬車に近づくと御者席に乗っている人物を見てモジャヨが走り出した。
「ママ!」
「やっぱり来ちゃったのね、本当に悪い子だわ」
「ごめんなさいママ、私酷いこと言っちゃって…」
「その話は止しましょう、私も叩いちゃったしお互い様、それより降りるの手伝って頂戴、
10年振り位に乗ったけど御者席って我儘ボディだと乗り降りが大変なのよ~」
「足場を置きますので少し待って下さい」
横に座っていたカットウェル衛兵長が先に降りて足場を設置、
モジャヨに手を引かれてパローラが降りて来た。
「あらオマツもいたの?」
「同郷なもので、すみません」
「ってことは2人でこっそりウルダに行こうとしてたってわけね」
「そうです」
「ママ、私どうしても…」
パローラが口に指を当ててモジャヨの言葉を止めた。
「本気なんでしょ、持って行きなさい」
「「 え? 」」
「鈍いぴょんねぇ~、ママが馬車をあげるって言ってるぴょん」
「「 マ…ママ~! 」」
松本とモジャヨが我儘ボディに抱き着いた。
「私の負けよ、可愛い子には旅させないとね」
「ママ大好き! 愛してる!」
「く、苦し…ママ…マ…」
我儘ボディとガチムキボディに挟まれて松本が大変なことになっている。
「大丈夫かマツモト君?」
「生きてるぴょんか?」
「はぁ…はぁ…出発前に危うく死ぬところでした…」
松本ギリギリ生還。
「こっちはポニコーンの餌、こっちがマツモト君達の分だ、
一応2週間分積んであるから切り詰めれば2人に増えても何とかなる筈だ、
モジャヨさん用の剣と盾も奥にあるぞ」
「ほうほう、助かります」
「危険な旅に付き合わされるポニコーンが可哀相だぴょん、
出来るだけ急いで魔王が復活する前にウルダに着くぴょんよ」
「頑張ります、どれくらいで行けると思いますか?」
「朝から夕方まで走らせれば早くて9~10日かな?」
「そんなに無理させて大丈夫なんですか?」
「ポンコーンはそんなに軟弱じゃないぴょんよ、人間程度が心配したら失礼ぴょん」
「へ~」
その後、松本はカットウェルとラヴィからさらっと説明を受け。
「どうせちゃんとお別れ言ってないんでしょ?」
「引き留められるのが怖くて逃げ出して来ちゃったわ」
「アゴミは優しいから暫く口を聞いてくれないでしょうね、
私が伝えといてあげるから2人共無事に帰って来て怒られなさい」
「私頑張る、絶対戻って来るからママ達も無事でいてね」
「勿論よ、可愛い孫のためにも死ねないわ」
モジャヨはパローラと別れの挨拶を済ませた。
「マツモト君、無事にウルダに到着出来たら、
コレをSランク冒険者の槍のノルドヴェルに渡して欲しい」
「そんなに畏まった呼び方しなくても分かってますよ、恋人への贈り物ですよね」
「ははは、お見通しか、特別に作って貰ったアダマンタイト製のペンダントでね、
ダナブルを離れられない私に変わって彼女を護ってくれるよう思いを込めた」
「必ず渡します、もしかしてコレを条件にママ達に協力してくれてるんですか?」
「余計な詮索は無しよオマツ、行きなさいモジャ、気を付けてね」
「うん、皆ありがとう~、愛してるわ、ん~まっ!」
「助かりました、それじゃ動かします~」
「暫くしたら暗くなるぴょんよ~、今日は1個目の休憩所で休むぴょん~」
「「 はい~ 」」
17時過ぎ、松本とモジャヨはダナブルを出発した。
その日の夜、新世界、
髪を後で束ねた中性的な顔立ちの男がやって来た。
「いらっしゃい、来ると思ってたわ、座って」
男が静かにカウンターに座ると
パローラが棚の一番上にあったワインをグラスに注ぎ差し出した。
「今日は休みではないのですか?」
「お得意様は特別」
「では」
グラスを軽く合わせ静かにお酒を嗜んでいる。
「行っちゃったわ、オマツも一緒に」
「彼も? そうですか、カンタルに向かった方達の件ですが
本人達の希望により救助隊は派遣しないことになりました」
「そう、仕方ないわね」
「心配ですか?」
「心臓が張り裂けちゃいそう…貴方もでしょ」
「えぇ、無事に帰還できると良いのですが…」
「こんな時ですら碌に家族の心配も出来なんて、役を演じ続けるのも大変ね」
「だとすればここが私にとっての舞台裏です、心から1人の人間に戻ることが出来る」
「ダナブルで最も優れた演者に」
「ダナブルで最も慈愛に満ちた母に」
留まる者、進む者、演じる者、信じる者、
各々の選択がどのような結果をもたらすのか、
審判の時はそう遠くはない。




