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281話目【レジャーノ伯爵の選択】

カード王より緊急宣言が布告される日、

場所は王都バルジャーノ。


「あ、私こっちだがら」

「こっち? …ってどっち?」

「こっち」

「ネヒルちゃんそこ防衛団の訓練場だよ」

「うん、ここに家があるの、あそこに見えてる青い屋根がそう」

「へぇ~そうだったんだ、珍しいねぇ、お父さんが防衛団員なの?」

「ううん、お母さんがね」

「へぇ~ますます珍しいねぇ」

「よかったらその…寄っていかない? お菓子とかはないけど…」

「駄目だよ、普通の人はここ入っちゃいけないんだよ、訓練の邪魔になっちゃうから」

「そ、そうなんだ、知らなかった…」

「私の家はね、2つ先の角を右に曲がったところにあるんだ、今度遊びに来てよ」

「え!? いいの?」

「いいよ、一緒にケーキ作ろう」

「楽しそうだけど、あの、私ケーキは作ったことがなくて…」

「そんなの気にしなくていいよ~、皆には内緒だけど実は私得意なの、

 この間なんて3段のヤツ作ったんだから」

「凄い、そんなの見たことない」

「初めてだし1段のヤツにしましょう、あとこのことは学校の皆には内緒よ」

「なんで? 皆凄いって言うと思うけど」

「分かってないわねぇ~ネヒルちゃん、女ってのはね、秘密が多いほど魅力的になるんだから」

「そうなの?」

「そう、お母さんが言ってたから間違いない」

「そうなんだ」

「じゃまた今度ねぇ~」

「うん、楽しみにしてる」


走り去る少女に手を振り終えるとネヒルの口角が上がった。


「(やった! お母さんに報告しよ~)」


口角が上がったままのネヒルはウキウキしながら訓練場に入って行った。






訓練場では防衛団員達がいくつかのグループに分かれて訓練中。


「お~し、残り3周~!」

『 おぉ~ 』


ランニングする者達。


「ぜぁ! やぁ!」

「この…」

「何してんだ! 防いでばかりじゃ勝てないぞ!」

「押し返しなさい! 後ろに下がるんじゃない!」


剣と盾を用いて模擬戦を行う者達。


「10個中3個か、まだまだね」

「ふふん、俺は4個、凄いっしょ?」


移動しながら的を狙って遠距離支援の練習をする者達。 


「アンタ馬鹿でしょ、1発でも外せば味方に当たる可能性があるんだっての」

「うっ…」

「私達は守ることが仕事なわけ、アンタが外したせいで誰かが死んだらどすんの? 

 すみませんじゃ済まないっての、防衛団舐めんじゃないわよ」

「ご、ごもっともです…調子乗ってすみませんでした…」

「おう、2度と甘えた考えするんじゃないわよ」

「はぃ…」

「は~止まってたら簡単なんだけどなぁ…全然上手くならないや、

 モレナさん何かコツとかってないですか?」

「走りながらライトニングを撃つ時は杖を動かさない方が安定するわ、

 次は両手で持って胸の前に固定してみて」

「「 ほうほう 」」

「フレイムは爆発位置と範囲、ウィンドエッジは角度と幅を考える必要があるでしょ、

 それに比べたらライトニングは威力を調整するだけだから、

 単純で速度も速くてマナ消費も少ない初心者向けの中級魔法だと思われがちだけど、

 攻撃範囲で言えばフレイムは円、ウィンドエッジは線、ライトニングは点、

 実は当てるのが一番難しいの、撃った瞬間に全てが決まると言っても良いわ」

「「 なるほど 」」


特別臨時講師、元『雷光』のモレナ先生によると、

移動しながら、もしくは杖を振りながらライトニングを撃って

的確に命中させられるのは余程の熟練者か一握りの天才だけらしい、

バチバチに殺り合ってる最中にライトニングを相殺し合う奴等は総じて化物である。






そんでもって最近取り入れられるようになった注目の訓練が

元『白帝』のヨトラム防衛団長の監督下で行われる、

氷のゴーレムを使用した対大型魔族向けの模擬戦である。


「今回は初めての者が多いが私の知る君達の実力なら勝てない相手ではない、

 作戦通り各々の役割を考えならがら臨機応変に対応して欲しい」

『 おぉ~! 』

「よし、それでは始めよう!」


ヨトラムの合図で団員達が周囲を警戒する。


「見つけた! あそこよ!」

「急げ! 暴れ出す前に抑えるぞ!」


少し離れた位置に氷のゴーレムが生えて初めているのを発見し一同が走りだした。 


攻撃役2人、盾役2人、光魔法役1人の5人1組が2方向から囲む計10人態勢の陣形、

全員が回復役も兼ねており不測の事態には互いの穴を埋め合う作戦である。


「よし、光魔法をぐわぁぁ!?」

「ぎゃぁぁ!?」


頭と右腕がないゴーレムが動き出し2人吹き飛んだ。


「全身揃っていなくてもく油断しては駄目だ~! 

 相手はマナの集合体、生物の常識は通用しないぞ~!

 2人が戻って来るまで隣の組から1人移動! ほら急がないと…」

「「「 うわぁぁ!? 」」」


ヨトラムが指示を飛ばす間に更に3人吹き飛ばされて陣形が崩壊した。


「そこまで~! 1度やり直そう! 皆戻って!」

『 はい~ 』


ということで一時中断、

ゴーレムは訓練場の端の方にノシノシと歩いて行きガラガラと崩れ落ちた、

本日何体目かのゴーレムだったらしく氷が積み上がってる。


「本番では周りは魔族だらけだ、光魔法役は各自の判断で動かなければ戦闘場所を確保出来ない、

 だがあまり眩し過ぎると邪魔になるから上手く調整して欲しい」

『 はい! 』

「他の人達は目をやられないように大型魔族に出来るかぎり視点を固定、

 視界を確保すると共にどんな攻撃にも対応できるように集中だ、 

 先程も言ったが生物としての常識は通用しない、腕や足を切断しても直ぐに生えるからね」

『 はい! 』

「優先順位は主な攻撃手段と思われる腕としているが実戦では変わる可能性がある、

 相手の姿に捕らわれずに攻撃手段を断つことを意識して欲しい、

 そして核の位置は分断した際に再生が始まる側だ、分断を重ねれば位置が特定できる、

 但し、核が移動する可能性も考慮して欲しい」

『 はい! 』

「よし、始めよう!」


ヨトラムの合図で再開、先程とは違う場所に氷が生え出した。


「行け行け~! 今度こそ倒すぞ~!」

『 おぉ~! 』






そんな熱気溢れる訓練の様子を悪態付きならが眺める人物が1人。


「まったく何が楽しいんだか、理解に苦しむねぇ」


全身黒ずくめの女性が芝生の上に肘枕で寝転がっている。


「クソ暑い中よくやるよ、ふぁ~ぁ…ふぅ…」


今にも閉じそうな瞼を支えつつ欠伸を1つ、

全力で訓練中の団員達とは正反対のダラケっぷりである。


しかもカーペットみたいなヤツを敷いており、

周囲を球状の氷で覆うことで屋外でありながら快適プライベート空間を確保している。


「あ~面倒臭っ、この程度に手こずってんじゃないよ、

 付き合わされるこっちの身にもなって欲しいねぇ」


非常に無気力に見えるがこれでも一応仕事中、

悪態を付きながら左手の人差し指をピコピコ動かしている。


「ただいまお母さん」

「ふぁ~ぁ…お帰りネヒル、今日はやけに早いじゃないかい」

「そんなことないと思うけど、え~と、うん、いつも通りだよ」

「そうかい? 今何時なのさ?」

「13時52分」

「もうそんな時間かい、ふぁ~ぁ…半分寝てたから昼飯食べ損ねたよ」

「お母さん一昨日も似たようなこと言ってた、もっと真面目にやらないと怒られちゃうよ」

「やってるだろう、これが私の仕事さ」


ネヒルに見えるように人差し指を上げてピコピコしている。


「それは分ってるけど…私が言ってるのは態度の方」

「っは、必死な顔して汗の1つでも掻けって? 笑えるねぇ」

「だってその方が頑張ってる感じがするし」

「そういう無駄なことをやるヤツをなんて呼ぶか知ってるかい?」

「ううん、知らない」

「地図が読めない努力屋さ」

「どういう意味?」

「頑張ってること主張するだけで結果が伴わない馬鹿を皮肉ってるのさ、

 努力する方向を間違えてる無能ってことだねぇ」

「そうなんだ」

「私に求められてるのは結果だよ、その証拠に白帝は何も言ってこないだろう、

 アンタも地図が読めない努力家にならないように気を付けな」

「うん」


なんて話をしつつも人差し指をピコピコさせている、

寝転んで指をピコピコさせるだけの誰にでも出来る簡単なお仕事である。


「ぎゃぁぁ!?」

「か~…盾役が貧弱過ぎだっての、ほらとっとと穴を埋めないとまた全滅だよ」


まぁ、当然先ほどの説明は嘘である、

ダラケているように見えるネサラだが

実は大型魔族役のゴーレムの操縦中だったりする。


因みに、先ほどからゴーレムと呼称しているが

一般的にゴーレムとは自我を持ち自ら行動する無機物のことを指す、

団員達が必死に相手しているのはネサラが操っている氷の集合体であるからして、

つまりなんちゃってゴーレムである。


特定の位置に核があると仮定して、

破損した部分から氷を増幅させることで

大型魔族の再生能力をそれっぽく再現している、

細かい設定を守りながら複数の氷を生き物のように操るのは至難の業。


実戦に投入すれば凄く強そうに思えるが実際にはとても微妙、

所詮は只の氷なので耐久性が低いうえにマナ効率が非常に悪い、

そんな面倒なことをする位なら氷の塊を叩きつけた方が速度も破壊力も上である、

相手を驚かせたり陽動程度なら使えるかもしれない。



「お母さん杖を使わなくて疲れないの?」

「まぁまぁ疲れるけどこの程度なら問題ないさ、

 あんなデカいのを寝ながら使う方が余程疲れるよ、腕がパンパンになるからねぇ」

「そうなんだ、あれ? 2本あるけど新しい杖買ったの?」

「そんな金あるわけないだろう、白帝が持って来たんだよ、

 この町に腕の良いドワーフがいるらしくてねぇ、私用にわざわざ作らせたらしい」

「へぇ~凄い杖なんだ」

「ドワーフ製だからハズレはないさ、でも確かに凄いねぇ、前のとは別物だよ」

「元の杖もドワーフ製だよね?」

「そうさ、そっちはアンタにやるよ」

「いいの?」

「2本も必要ないからねぇ、アンタが今使ってるヤツより魔増石がデカいから気を付けな」

「うん、お母さんありがとう」


ネヒルが貰った年季の入った杖はネサラが王都を襲撃した際に使用していたもの、

不謹慎とか縁起が悪いとか感じるかもしれないが

道具に善悪はないので気にしてはいけない、

良いも悪いも全て使い手次第である。




 

「ねぇお母さん、私今日ね、友達に一緒にケーキ作ろうって誘われたんだ」

「へぇ~良かったじゃないかい」

「ケーキってどうやって作るのか知ってる?」

「知らないねぇ、パンにクリーム塗ればそれっぽくなるんじゃないかい?」

「なんかちょっと違う気がする…」

「私はケーキなんて碌に食べたことないからねぇ、知りたきゃ他を当たりな」

「そうなんだ、こういう時って何か持って行った方がいいのかな?」

「そんなもん杖に決まってるだろう、襲われた時にあるとないのとじゃ大違いだからねぇ」

「友達の家だよ、襲われたりしないと思う」

「馬鹿だねぇ、友達は良いヤツかもしれないけど友達の親が信用出来るなんて保証はないんだ」

「それは…そうかも」

「そうさ、警戒し過ぎるくらいが丁度良いんだよ」

「他には何か持って行った方がいいかな? ケーキの材料とか」

「何か持って来いって言われたのかい?」

「言われてないけど」

「なら気にしなくてもいいだろう、そういうのはお人好しがやることさ」

「でも全部用意してもらうのは悪いし」

「はぁ~誰に似たんだか…ほら、これでも持って行きな」


ネサラが目の前の雑草を引っこ抜いて差し出した。


「(草…)」

「てきとうに貴重な花とでも言っとけばいいさ」

「確かに花あるけど…」


ぽっきりと折れた茎の先に小さな白い花が咲いている。


「なにも大嘘ってほどじゃないさ、こんなんでも冬場のサントモールなら貴重品だからねぇ、

 こういう丸くて厚みのある葉っぱを見ると昔を思い出すよ」

「え? それって…」

「ほらさっさと取りなって腕が疲れるだろう」

「あ、うん、ありがと(お母さんこれ食べてたんだ…)」


深読みしたネヒルが悲しい顔で受け取っているのだが、

サントモールには生息していない品種なので

子供の頃のネサラが極寒の中で野宿していた際に

この植物を食べて飢えを凌いでいたとかそんな感じの事実は無い、

食べられるかどうかわからない只の雑草である。


「(コイツも苦くてクソ不味いのかねぇ)」


飢えを凌ぐために葉っぱを食べていたことはあるので

ネヒルの深読みが完全に空振りというわけでも無い、

ネサラが食べてたのは『ユキシタツル』という蔓状の植物である。




『ユキシタツル』

寒冷地に生息している丸く厚みのある葉が特徴の蔓状の植物、

マナを栄養としており太陽光が届かない雪の下でも育つ、

寒さが厳しい時期(12~2月頃)になると近くの木や岩、

もしくは家の壁など伝って雪上まで蔓を伸ばし紫の花を咲かせる、

毒は無いので食べても平気だが苦くて不味い、

栄養もそんなにないので積極的に食べる人はいない。




サントモールではしばしば家の軒下に紫の花が咲いている景色が見られ、

温かくなって雪が解けると地面と壁に這った大量の蔓が姿を現すらしい、

春先の蔓掃除がサントモールの恒例行事である。


ネサラが家を出て冒険者になるまで間は

主に残飯を漁ったり盗むことで食い繫いでおり、

ユキシタツルはどうしても空腹を我慢できない時の緊急食だった、

別に大喜びで毎日ムシャムシャしていたわけではない。


実はユキシタツルよりムシャムシャしていた葉っはがあり、

畑で雪の下に埋まっている白菜とキャベツを

バレないように1~2枚だけ剥がして盗んでいたらしい。


これに関しては未だに誰にも気付かれていない完全犯罪で、

一番安全に盗める穴場スポットだったのだが、

畑が城壁の外にあるため夜間の犯行は不可、

世の中そんなに甘くはないが白菜とキャベツは甘かったらしい、

寒さから身を守るためにタンパク質をアミノ酸い変えることで糖度が上がるとかなんとか。






一方、大型魔族の模擬戦組は。


「核は右足の付け根だ!」

「光魔法強めて! 一気に決めるよ!」

『 おぉ~! 』

「ははは! 行ける! 行けるぜ俺達!」

「えぇ! 要領が分かればこっちのぉぉぉ!?」 

「おい大丈…ってぎゃぁぁ!?」


なんかイケそうな雰囲気を出していたが2人吹き飛んだ。


「手負いが一番ヤバいに決まってるだろう、

 これだから実戦経験のないヤツ等は…真似すんじゃないよネヒル」

「うん、気を付ける」


立て直しに失敗して模擬戦は中断、

ヨトラムが団員達を集めて問題点を指摘している。


「ところで友達の家にはいつ行くんだい?」

「分かんない、今度って言われたよ」

「草なんてのは1日も経てばシナシナになるからねぇ、

 行く時はその辺の新しヤツを持って行きな」

「う、うん…(防衛団の人達に休憩所のヤツを分けて貰えないか聞いてみよう)」


流石にケーキに対して草はアレ過ぎるのでお茶にすることにした。







そんな親子の様子を3人の人影が遠くから観察中。


「あの~伯爵、本当にやるんですか?」

「当然だ、やれ」

「(あ~そろそろアレだ、目覚まし草吸いて~)」


レジャーノ伯爵、執事のカーネル(パニー)、ギルド長のダルトンである。


「流石に危険過ぎますよ、やっぱり考え直した方が…」

「そんな余裕はない」

「まぁ、雷光には話を通してあるから大丈夫だろ、頑張れカーネル~」

「自分でやらないからって勝手なこと言わないで下さいよギルド長」

「俺はもうギルド長じゃありません、昨日ハルマキに譲って正式に引退しました」


念願だった隠居生活になったらしい。


「頼みますよ~カーネルさん、伯爵の執事がそういうのを間違ったらマズいでしょ」

「お前が人のことを言えるのか?」

「そうだそうだ」


ヨトラムはSランク冒険者の『白帝』ではなく防衛団長、

モレナは防衛団ですらないので只のモレナである。


「俺はギルド長を引退した一般人なんでいいんすよ」

「良いわけあるか」

「(ズルい)」


などと言いつつ何故か大剣を担いでいるダルトン元ギルド長、

当たり前のように駆り出されているあたり本当の引退は遠いらしい、

レジャーノ伯爵に認められた者は死ぬまで現役である。


「ネサラに関する責任は全て防衛団長が取ることになっている、心配するな」

「で、でもですねぇ…もしもってことがありますし…」

「余計なことは考えるな、やれ」

「ひぇ…」


レジャーノ伯爵に睨まれてカーネルが小さくなった。


「気付かなかったなど詰まらん言い訳をさせるなよ、派手にやれ」

「は、はぃぃ!」

「義眼は奥の手なんだから使うなよ~」

「(煩いわぁ! えぇ~い、もうどうにでもなれぇぇい!)」


カーネルが杖を光らせると反省会議中のヨトラム達の頭上に

ゆっくりと氷の塊が生成され始めた。





「ん?」


一早く気が付いたネサラが体を起こした。


「ははっ、何処の誰だが知らないが私のマネ事とは良い度胸じゃないかい」

「アレってお母さんがやってるわけじゃないよね?」

「あぁ、違うさ」


新しい杖を手に取りニヤリと笑った。





「どうやら気が付いたみたいですね」

「さてどうする? 失望させてくれるなよ」

「(ん~なかなか難しいな…支え続けるのも大変だし、

  こんなに大きな氷を氷魔法で直接作ったことなんてないから…ん?)」


カーネルの左の眉がピクリと上がると作成中だった氷がボンっと巨大化した。


「(んんん!?)ひゃ、ひゃぶなぁぁぁい!(※危ない)」

『 !? 』


悲鳴に近い警告と共に巨大な氷塊が落下し始めた。


『 うわぁぁ!? 』

「あばばば…」

「し、死んだ…」

「やだぁぁ団長助けて下さぁぁい!」


パニック状態の団員達を鎮めるように太い雷撃が氷塊を貫いて粉砕した。


『 へ? 』

「やはり君は最高だ、はぁ!」


ヨトラムが頭上に盾を構えて気合を入れると、

衝撃波が発生して氷塊が更に粉砕されて細かくなった。


「もう1度だ!」


2発目の衝撃波で完全に粉砕され氷塊だったものはキラキラと宙に舞って消えた。


「お、伯爵、虹が出ましたよ」

「あぁ、綺麗だな」

「(怪我人が出なくて良かったぁ…)」


カーネルが胸を撫でおろしている。



『 ヨ・ト・ラ・ム! ヨ・ト・ラ・ム! 』

「ははは、よしたまえ皆、私の力だけじゃないさ、モレナが協力してくれたからこその成果だ、

 有難うモレナ! 君ほど私を理解し信頼してくれる人はいないよ!」

「倒れないようにして下さいよ~!」

『 モ・レ・ナ! モ・レ・ナ! 』


降り注ぐキラキラの中で団員達が盛り上がっている。



盾から発せられた衝撃波は魔法ではなく盾に仕込まれた魔増石で増強された純粋なマナ、

現役時代にチームの絶対的な盾役として、

大型の魔物や物理的に防ぐことが難しい広範囲攻撃(魔法)を

弾き返す時に使用していた白帝ヨトラムの最終手段である。


発した衝撃波の強さに比例した反動を抑える必要性に加え、

魔増石で増幅しているとはいえ相応のマナを消費するためあまり多用することは出来ない、

モレナの「倒れないように」との忠告はそういう意味である。


肉体的、精神的に絶頂期の白帝ヨトラムなら最大威力を10発ほど耐えられたが、

現役を引退して8年、今年50歳になるオジサンには結構負担が大きい、

連続して使えるのは恐らく3~4発が限界と思われる。


「ははははは!」

「団長最高~!」

「格好いいです!」

「一緒に働けて光栄です!」

「ははははは!」


爽やかに笑っているが内心は結構疲れていたりして、

団員を纏める団長であり、未だに子供達が憧れる元白帝でもあり、

なにより民の精神的支柱として苦しい姿は見せられない、

王族とは大変である。


「スゲェ~よなマジで、俺にもさっきの技教えてくれないかな」

「やめといた方が良いわよ」

「なんで? 俺には似合わないってこと?」

「それもあるけど、以前団長の盾借りて試したヤツが大怪我したのよ」

「マジで?」

「マジ、吹き飛んで両足バッキバキになってた」

「取り敢えず体鍛えよ…」


ついでに盾を持っていた右腕と右肩と鎖骨と肋骨もバキバキになったらしい。


白帝に憧れて魔増石を仕込んだ盾を使う冒険者はちょこちょこおり、

最近では盾を構えて魔法を放つ攻防一体の使用方法がひっそりと盛り上がっていたりする。


だがヨトラムはチームの司令塔、兼、盾役だったので

本家白帝の盾に求められていた性能は緊急事態を覆す絶対防壁、

護る事こそが本懐であり攻撃手段は求めていなかった、

そのため低威力の衝撃波は必要としておらず、

生半可なマナ量では発動しないように設計されている、

高威力から最高威力までしか搭載されていないピーキー過ぎる盾である。


まぁつまり、カリカリチューニングされた白帝専用モンスターマシンなわけで、

常人がアクセルを吹かすと吹き飛んで木端微塵になるのだ。


制作者のイド爺さんが盾に付けた名前は『苦難の守護』、

一緒に製作されたシンプルで美しい剣の名前は『導きの知性』。


右手に民を導く知性を、左手に苦難を跳ねのける力を、

カード王の後を継ぐ可能性のあるヨトラムに

優れた統治者となって欲しいとの願いが込められている。







「派手にやれとは言ったが、流石にやり過ぎだぞカーネル」

「白帝に個人的な恨みでもあったのか?」

「いや、そんなことは無いですけど、っていうかアレは…」

「どうだったダルトン?」

「動かなかったですね、防いだのは雷光と白帝です」

「そうか、行くぞ、どんな言い訳をするのか楽しみだ」

「うぃっす」

「あ、ちょと伯爵、私の話を…」

「想定していたよりも大きかったので驚きましたよ」

「え? あ、すみませんモレナさん、でもアレは私じゃ…」

「何をしてる、さっさと来いカーネル!」

「は、はぃぃ…(怒ってるぅぅ…)」


合流したモレナと共に怯えたカーネルは

目付きの鋭さが増したレジャーノ伯爵を追った。



「凄かったねお母さん」

「そうかい? 実力者同士がやり合う時は大抵こんなもんさ、

 アンタもタルタ国で見てただろう、1発で決められるのは力の差がある時だけだからねぇ」

「さっきの氷は誰がやったんだろう?」

「さぁ? 見当も付かないよ、誰があんな馬鹿なことをしでかしたんだろうねぇ」

「…お母さんやってなかった?」

「やってないさ」

「…杖光った気がしたけど」

「気のせいさ」

「(本当かなぁ…)」


ネヒルが目を細めているとレジャーノ伯爵達がやって来た。


「何故動かなかった?」

「あん? 何のことだい?」

「目の前で不測の事態が発生しただろう、お前なら止められた筈だ、何故動かなかった?」

「(こ、怖い…)」


レジャーノ伯爵の眼力に怯えてネヒルがネサラの後ろに引っ込んだ。


「なるほどねぇ、さっきの魔法はアンタ等の仕業かい、

 雷光も一緒ってことは私を計ることが目的だったのかい?」

「質問しているのは私だ、答えろ」

「断る」

「そうか、ならば…」

「ははっ、私を殺すかい? それもと牢屋にぶち込むかい?

 いいさ、やれるものならやってみなよ」

「「 … 」」


睨み付けるレジャーノ伯爵と嘲笑うネサラ、

両者の間にバチバチと見えない火花が散っている。


「あの~レジャーノ伯爵…ちょっといいですか?」

「なんだカーネル? 今聞くべき話か?」

「はい、重要な話です!」

「なら手短に話せ」

「さっきの氷なんですけど、私の魔法に誰かが重ね掛けしてました、

 実力的に考えると多分そこのネサラさんだと思います!」

「「 え? 」」

「(お、お母さん…やっぱり…)」


ダルトンとモレナは驚いた顔で振り返り、

ネヒルは目を丸くしてカタカタと震えている。


「…だそうだが?」


一方、レジャーノ伯爵はナワナワと怒りに肩を震わせている、

背景が若干歪み始めた。


「はははは! やるじゃないかいお嬢ちゃん、そうさ、私だよ」

「何を笑っている…どういうつもりだ!」

「何怒ってるのさ?」

「お前が生かされているのは防衛団長の独断に過ぎん、民を守ることが…」

「煩いねぇ、魔王が復活した時の防衛だろ、

 そんなことはアンタに言われなくても分かってるよ」

「なら何故仲間を攻撃した」

「そりゃ私は仲間になったつもりはないからねぇ、

 それにアイツ等は守られる側じゃなくて守る側だろう」

「だからどした? お前の行いが正当化される理由にはならんぞ」

「お優しい白帝様がちんたらやってるから手伝ってやろうと思ってさ、

 それなのにさっきのはなんだい? ギャ~ギャ~騒いでみっともない、

 ネヒルの方が余程覚悟か決まってるよ」

「…何の話をしている?」

「甘すぎて欠伸が出るって言ってんのさ、

 防衛団だかなんだか知らないが実戦経験があるヤツが何人いるんだい? 

 良くて半分程度だろう、一応言っとくけどねぇ、

 誰かがケツを拭いてくれるような甘っちょろい戦闘は実戦とは言わないよ」

「…続けろ」

「偉そうに命令するんじゃないよ」

「ちょとお母さん! 伯爵様だから偉いんだよ!」

「あ~もう煩いねぇ、ほら引っ込んどきな」

「も、もう少し…話し方…き、気を付け…」


後ろから出て来たネヒルは頭を掴まれて押し戻された。


「大型魔族対策は良いけどねぇ、やり方だけ覚えたって仕方がないのさ、

 死ぬかもしれないって時に動けないヤツはそのまま死ぬんだよ、

 そんなんじゃどれだけ立派な考えを持っていたって意味ないだろう、

 自分を守れないヤツが他人を守れるわけないからねぇ」

「…ふん、先ほどの行動の意図は理解したことにしておいてやる、だがお前は信用出来ん」

「私もさ、権力者ってのは胡散臭くて嫌いだよ」

「「 … 」」


再び両者の間にバチバチと見えない火花が散っている。


「魔王が復活し魔族の襲撃が始まった時、お前はどうする気だ?」

「一応は町を守るってことになってるけどさ、どうだろうねぇ、

 私は他人より自分の命の方が大切なんだ」

「なら娘と一緒に逃げ出すか?」

「ははっ、国外まで逃げ切れるならそれも良いねぇ」

「無理だな、諦めろ」

「私なら簡単に城壁を越えられるよ、適当な馬車に忍び込むか馬でも奪えば…」

「いいや無理だ、魔王が復活するからな」

「あん?」

「先程カード王から正式に緊急宣言が布告された、

 早ければ1週間、1ヶ月以内には確実に魔王が復活する」

「…冗談かい?」

「残念だが事実だ、復活場所はウルダ近辺とされている、

 迎え撃つためにSランク冒険者は全てウルダへ集結させねばならん、

 『槍』と『水』も先程出発したばかりだ」

「1週間じゃ間に合わないだろう」

「飛ばせば10日だ、良かったなネサラ、逃げるなら今が手薄だぞ」

「っは、よく言うよ、馬車は全部止まってんだろう、

 何処の町も往来禁止、国内も国外も大慌てさ」

「そういうことだ、お前がいくら強かろうが無事に辿りつけはしない」

「っち…あ~そうかい、はいはい」


面倒臭そうに左手で頭を掻きながらが石ころを蹴っ飛ばしている。


「私はお前が当てになるのかを判断せねばならん、どうなんだ? 答えろ」

「上からモノを言える立場かい、この状況じゃ私の方に主導権があるんだ、

 迂闊に殺す訳にいかないんだろう? なにせ貴重な戦力だからねぇ」

「可能ならな生かして活用したい、だが防衛の邪魔になるようなら今ここで排除する、

 不穏分子を抱えたままでは魔王の復活は越えられん」


レジャーノ陣営が戦闘態勢になり空気が重くなった。


「(どうやら冗談じゃなさそうだねぇ)

 アンタがその偉そうな頭を下げるってんならやってやるさ」

「誓えるか?」

「アンタにかい? それとも精霊様にかい?」

「いいや、お前の娘にだ」

「あん?」


振り返ると不安そうな顔のネヒルと目が合った。


「誓え、お前を信じるその目に」

「(そんな目で私を見るんじゃなよ、まったく…)ほらさっさと頭を下げな」

「無力な私に変わり民を守ってくれ、宜しく頼む」


レジャーノ伯爵は深々と頭を下げた。


「随分とあっさりだね、伯爵としての誇りとか無いのかい?」

「そんなもので民の命は救えん、私は条件を満たした、お前も約束を守れ」

「あ~面倒臭い、だが分かったよ、ケーキを作れなくなると可哀相だからねぇ」

「ケーキ?」

「こっちの話さ、気にするんじゃないよ」

「お母さんありがとう」

「礼なんていらないさ、どの道やるしかないんだ、伯爵に頭を下げさせただけ儲けもんだよ」

「またそんなこと言って…」

「覚えときなネヒル、交渉ってのは…」

「いや~良かった良かった、ネサラ君が前向きになってくれて私は嬉しいよ!」

「煩いのがきたね…」


ニコニコのヨトラムが合流した。


「それにしたって酷いじゃないかモレナ、君もネサラ君を疑ってたのかい?」

「いいえ、レジャーノ伯爵からの要請を断る訳にもいきませんから」

「それならそれで私も仲間に入れてくれても良かったじゃないか」

「でも知っていたらあなたは反対したでしょ」

「勿論さ、だってネサラ君は防衛団の一員だよ、私は信じているからね」

「触るんじゃないよ、鬱陶しい」


肩に置こうとした手が払われた。


「訓練の邪魔して悪かったですね白帝、俺達も必死なもので」

「防衛団長です」

「(どっちでもいいだろう)」

「ダルトン、カーネル帰るぞ、モレナさん協力感謝する」

「いえ、気軽に声を掛けて下さい」

「あ、ちょっと待って下さいレジャーノ伯爵」


帰ろうとしたレジャーノ伯爵をヨトラムが引き留めた。


「ネサラ君の話を聞いて確かに重要な部分が欠けていると反省しました、

 団員達は皆素晴らしい志を持っています、

 ですが命がけの場面でそれを貫けるかは分からない、

 私達が防衛団として役割を果たせるかどうかはそこに掛かっているわけです」

「そうだな、時間は限られているが出来る限りの努力して欲しい」

「当然そのつもりですが、いきなり死地を経験させて心を病んでしまっては困る、

 そこで是非レジャーノ伯爵に協力して頂きたい」

「私に? 何を求める?」

「ちょっと睨みを利かせて貰えませんか? 

 思いっきり睨まれると丁度いい具合になりますので」

「…私は忙しい、他をあたれ」

「ははははは! 流石は民想いのレジャーノ伯爵、快諾して頂けて私は嬉しい!」

「おい、他をあたれと言っている」

「さぁ行きましょう、時間がありませんからね~」

「離せ! カーネルなんとかしろ!」

「ちょとヨトラムさん、連れて行かないで下さいよ~私が後で怒られるんですから」

「皆集合だ~! 新しい訓練を始めるぞ~!」

「離せと言ってるだろう!」


レジャーノ伯爵は引きずられて行った。


「相変わらず人の話を聞かないねぇ…」

「おほほ、昔からです、決めたことを曲げない人ですから」

「レジャーノ伯爵にあんなこと出来るのはあの人だけだよなぁ、

 ふぅ~…ま、息抜きに良いんじゃねぇの、ここんとこ大変だったし」

「(臭っ…)」


目覚まし草を吹かすダルトンにネヒルは眉を潜めた。


「ぬぅぅ…」

『 ひぇっ!? 』


無理やり参加させられて不機嫌になったレジャーノ伯爵は

危うく団員達の心臓を止めかけたそうな。


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