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279話目【ルートの箱】

時はキキン帝国に向かった難民達が壊滅する日の3日前、

時刻は15時過ぎ、場所はウルダの色々なお店が集まる大通り。


肩を落としたラッテオ、カイ、ミリーが果実店から出て来て

街路樹の下に置かれた長椅子に腰掛けた。


「ここにも無かったね」

「うん」

「残念…」

「「「 … 」」」

「あ、僕飴持ってるけど2人共食べる?」

「食べる」

「ミリー何色がいい?」

「緑」

「はい緑、カイは?」

「僕は赤にするよ、ありがとラッテオ」

「どういたしまして」


3人並んで空を見上げながら飴をコロコロしている。


「なかなか見つからないね」

「そうだね、どうするミリー? まだ探す?」

「うん」

「でも売ってそうなお店他にないよ、ここがウルダで一番大きいお店だし」

「うん…」

「別のプレゼントにしない?」

「やだ!」


ミリーが鞄から取り出した本をシャカシャカと捲り手を止めた。


「コレがいい、お父さん食べたがってた」


頬を膨らませて左のページに描かれたイラストを指差している。


表題には『レイシ』と書かれており、

黄色の粒々した外皮に白く透き通った果肉、

中央に黒くて丸い種が1つ入ったイラストが描かれている、

説明文によると大きさは4センチ位で外皮は固く、

気品のある香りと甘味が特徴の果物らしい。




「ほらここ見てよミリー、3日で味が変わっちゃうから

 あんまりお店で売ってないって書いてある、

 もし今売っててもお父さんの誕生日までには駄目になっちゃうよ、

 いくらで買えるのか分からないし、やっぱり別のプレゼントにしよう」

「やだ、買ったら直ぐ食べたらいい」

「う~ん…それって誕生日のプレゼントになるのかなぁ…」

「ねぇカイ、お父さんの誕生日っていつなの?」

「7月5日」

「確かにもう少し先だね、その果物を買うには早いかも」

「でしょ」

「早くない! 早かったら食べたらい~い!」

「(本当はミリーが食べたいだけなんじゃ…)」


ラッテオが心の中で目を細めている。


因みに、ミリーが持っている本は4歳の誕生日に買って貰った

『5歳児でも食べたくなる果物図鑑、30種類版』という育成本、

読み込まれてミリーの想像力を刺激し続けた結果、

表紙の角が削れて丸くなったそうな。



「お父さんのお姉ちゃんは食べたことあるみたいでさ、凄く美味しかったんだって」

「去年も買えなかった、お父さんずっと食べてみたいって言ってる」

「へぇ~そうだったんだ(ごめんミリー…)」


ラッテオは心の中で深謝した。


「ねぇミリー、そもそもレイシは何時の季節の果物なの?」

「5月~8月って書いてある」

「丁度今頃なんだ、う~ん…3日で駄目になるって書いてあるし、

 これだけ探して見つからないならお店で買うのは難しいかも」

「僕もそんな気がする」

「むむむ…」


ミリーの頬が更に膨らんだ。


「ねぇカイ、お父さんのお姉さんはどうやって手に入れたんだろう?」

「確か冒険者の友達に貰ったんじゃなかったかな?」

「冒険者かぁ…他の町から運ばれて来たとは思えないし、

 もしかしたら町の近くに自生してるんじゃないかな? 

 お店で探すより冒険者ギルドに依頼を出した方がいいかも知れない」

「なるほど」

「ラッテオ凄い」


てなわけで3人はギルドへ移動。







「レイシ10個の納品、期限は7月5日まで、依頼主はカイ君とミリーちゃんでいいのね?」

「「 うん 」」

「報酬の金額はいくらにする?」

「「 20シルバー 」」

「はい、それじゃ20シルバーね」


受付のお姉さん(シグネ)に内容を伝えて依頼を発行中。


「おうお前等、何してんだ?」

「あ、ゴンダ」

「俺達もいるぜ」

「やっほ~」

「3人がギルドにいるなんて珍しいですね」


Dランク冒険者チーム『フォースディメンション』の

ゴンタ、ハイモ、シメジ、トネルがやって来た。


「実はほにゃららで~…」

「へぇ~納品依頼か、おい誰かレイシって知ってるか?」

「知らね」

「草原に自生している果物ですよ」

「良く知ってるね~トネル」

「ふふふ、元北の知将を甘く見ないで頂きたい!」

『 … 』


右目を隠して痛いポーズをとっているが皆無反応である。


「香りが良くとても美味しいのですが日持ちがしません、

 それと微量の毒があるので空腹時に沢山食べると稀に亡くなる方がいます」

『 えぇ!? 』


一同が目を丸くしている、ミリーに至ってはプルプルしている。


「いやまぁ…少量であれば問題ありませんよ、

 私も食べたことがありますし、2~3個なら空腹時でも大丈夫です」

『 っほ 』


一同が胸を撫で下ろした。


「いいじゃん、その依頼俺達で受けようよ」

「魔物を倒すよりは簡単だな」

「おいトネル、レイシって何処にあんだ?」

「南の方の草原だったと思いますが、

 確かあの辺りは巨大モギ討伐時に地表が吹き飛んたはず…」

『 …え? 』

「まぁでも、全てというわけではありませんしね」

「そうそう、探せばなんとかなるって~」

「行こうぜゴンタ」

「おう、俺達に任せときな!」

「「「 おぉ~頼もしい 」」」


肩で風を切りながらフォースディメンションは去って行った。

 

「坊や達~また受付してないわよ~」

「「「「 はい~ 」」」」


そして直ぐに戻ってきた。





一方その頃、地表を吹き飛ばした張本人のルドルフは。


「ん? なんか鼻がムズムズする…」

「お? 風邪か? この辺り寒いからな」

「早いとこ帰って温かいお酒でも飲みましょ」

「いや体調悪いなら飲まねぇ方がいいんじゃねぇか?」

「そんなんじゃないっての、ほら行くわよ」

「おう」


ミーシャと一緒に白銀都市サントモール付近の山で魔物を討伐していた。










そして時は流れて4日後、

キキン帝国へ向かった難民達が魔族の襲撃によって壊滅した日の翌日。


朝日が昇る前の薄嫌い中途半端な時間帯、

ルート伯爵の屋敷の門前で3人の男女が対峙している。


「「 … 」」

「…」


門柱灯を背負うように佇む男女の衛兵と、

暗闇に溶けいるように佇む赤い目の少女。


「「 … 」」

「…」

「「 ダメダメダメ 」」


敷地に入ろうとすると左右から伸びて来た手に止められた。


「伯爵に会いたいのだけれど」

「え~と…先輩」

「ん」


男の衛兵が困った顔で女の衛兵を見ると首を横に振られた。


「忘れてたわ、これ」


少女がポケットからキラリと光る何かを取り出して差し出した。


「お? 何すかねぇ? 飴ちゃんすかねぇ~…ぃっ!?」


門柱灯の明かりで受け取った物を確認すると衛兵の顔が強張った。


「どうしたの後輩? もしかしてタマカナブンだった?」

「…国章っす」

「ぅっ!?」


国章の放つ威圧的な光にあてられ女の衛兵の顔も強張った。




『タマカナブン』

キラキラした丸い虫、光の当たり方で七色に変化して見える、

子供や一部のマニアに人気が高い、たぶんカナブン。






「失礼しました、面会がご希望ですね、予約は入れられていますか?」

「いいえ、そんな面倒なことしたことないわ」

「予約が無い場合は、え~と…先輩、こういう場合ってどうしたらいいんでしたっけ?」

「いいよ~分からないことがあったらすぐに確認する姿勢は凄くいいよ~、

 いいかね後輩、普通は要件を確認して伯爵の執事であるベルガモットさんに連絡、

 そしたら面会日時を指定してくれるからその内容を相手に伝える」

「了解っす、それでは要件を…」

「ちょっと待ちなさい」

「なんすか?」

「普通はって言ったでしょ、今何時だと思ってんの?」

「え~と、3時43分っすね」

「普通に考えて伯爵もベルガモットさんも寝てるでしょ」

「あ、たしかに」

「ベルガモットさんが起きるのはいつも5時位だからそれまでは無理、

 ほらあそこ、1階の一番左がベルガモットさんの部屋ね、明かり付いてたら起きてるってこと」

「なるほどっす、今回みたいな場合はどうすればいいっすか?」

「要件と名前と連絡先を聞いてお引き取り願うの、

 後程使用人がご返答に参りますって言うのを忘れないように」

「了解っす、申し訳ありませんが只今の時間は…」

「いや、ちょっとまって後輩」

「今度はなんすか?」

「よくよく考えたら変よ、こんな小さな子供が1人で出歩いていい時間じゃないし、

 子供が伯爵に面会を求めるなんておかしい」

「まぁでも国章持ちっすからね、子供でも凄い用事で来たのかもしれないっすよ」

「国章持ちの子供が1人で出歩いてる方がおかしいっての、

 下手したら誘拐されるって、ちょとそれ貸して」

「はい」

「う~ん…造りはしっかりしてる、裏は金っぽいな…」

「もしかして偽物っすか?」

「いや分かんないけど、本物をちゃんと見たこと無いし…でもおかしいでしょ、状況全てが」

「そうっすか? いや~すみません、ちょっとだけお待ち頂けますか?」

「とても重要な話なのだけど」

「そ、そうですよねぇ、先輩、重要な話らしいっすけど…」

「予約を入れていない訪問者は大体こと言うから、覚えときなさい、

 素性の怪しい商人とか絶対言うからその台詞、う~ん…ちょっと光が反射して見難い…」

「すみません、もう少しで終わりますので、あの~…飴ちゃん食べます?」

「いらないわ」

「賢者の飴ちゃんっすけど、ちょっとお高いヤツ…」

「気を使わなくても大丈夫よ、ありがとう」

「いえ…」

「う~ん…」


10分位するとナイトキャップを被ったオバちゃんが走って来た、

柑橘系の絵柄が描かれた寝衣の上に黒い上着を羽織っており、

ベットから大急ぎで飛び出してきました感に満ち満ちている。


「ド、ドーラさん!? 一体どうされたのですか? お屋敷においでになるなんて…」

「伯爵に話があるの、大切な話よ」

「分かりました、どうぞこちらへ、すみません早く気付けずに」

「仕方ないわ」


オバちゃんに招かれてドーラは屋敷の入り口へ歩いて行った。


「先輩、今のは?」

「執事のベルガモットさん」

「ちゃんとしたお客さんだったみたいっすね」

「うん…いやどういうこと? 普通そんなことある?」

「俺初日なんで普通とか分かんないっす、それより先輩」

「なに後輩?」

「国章返さなくていいんすか?」

「あ!?」


大急ぎで2人の後を追って行った。


「はぁ…はぁ…怪しい人とか…いなかった?」

「いなかったっす、早かったすね先輩」

「はぁ…はぁ…持ち場を離れる時間は…出来るだけ短く…はぁ…特に夜はね…」

「了解っす」


直ぐに戻って来た。









屋敷の中の応接室では。


「お飲み物は紅茶で宜しいですか?」

「必要ないわ、話をしたら直ぐに帰るから」

「そう遠慮なさらずに、伯爵がおいでになるまで少し時間が掛かりますので」

「そう、なら頂くわ」

「はぁ…はぁ…申し訳ない…お待たせしたようで…はぁ…」


寝衣姿のルート伯爵が扉を開けて顔を出した、

寝癖も直さずに飛び起きて来たらしい。


「まぁ、お着替えにならなかったのですか?」

「ドーラさんが足を運ばれたのだ…はぁ…悠長に着替えてなど…ふぅ~…」

「お座り下さい伯爵、話す前に息を整えになって」

「そうだな…はぁ…久しぶりに走ったら足が…」

「まぁまぁ、お気を付けになって下さい、怪我でもされたら大変です」

「す、すまんなベルガモット、ニーナには内緒にしといてくれ」

「このようなことわざわざ報告致しません」


テーブルにミルクティーが2つ配られた。


「お見苦しい姿で申し訳ない、ドーラさんが直接足を運ばれたとなれば

 私の着替えなどで時間を取らせるわけにはいきませんので」

「そんなに慌てなくてもいいのに」

「ルート一族にとってドーラさんは特別な御方なのです、どうかご理解下さい、

 事前にご連絡を頂いていれば一族総出で歓迎致したのですが」 

「そういうのには興味がないの、贈り物には感謝してるわ」

「そうですか、それは良かった」

「紅茶、美味しいわね」

「はい、良かったなぁベルモット」

「生きている間におもてなしすることが叶うとは…人生で最高の日です…」


ハンカチで涙を拭くベルモットだが服装は寝衣のままである。


「残念だけど最悪の日よ、私は忠告しに来たの」

「何をですかな?」

「昨日多くのマナが海へと還った、満ちてしまった、始まるわ」

「ふむ、…何がですかな?」

「あなた達の言葉を借りるなら、魔王の復活」

「「 !? 」」

「早ければ10日ね、長くても1ヶ月はもたないわ、

 ハッキリ言えることは魔王が表れる場所がここだということ」

「こ、この屋敷に?」

「違うわ、ウルダの周辺ってこと、詳細な場所までは分からないけど、

 世界規模で見ればかなり狭い範囲でしょ」

「いやまぁ…そうですが…」

「私の話は終わりよ、確かに伝えたから、後はあなた達次第ね」

「もうお帰りになるのですか?」

「えぇ」

「お見送りします」

「必要ないわ」

「そうはいきません、ベルモット、何か手土産を」

「はい」


大急ぎで芋菓子スイートポテトみたいなヤツを包んで

3人は屋敷の入口にやって来た。


「ここまででいいわ、あなたは伯爵としてやらなければならないことがあるでしょ」

「はい、気が重いですがな…私の言葉にどれ程の価値があるか…

 ことの重要さに釣り合っているとは思えませぬ…」

「なら箱を開けなさい」

「箱? 箱とはまさか…中身をご存知なのですか?」

「いいえ、でもある程度の予想はつくから、あなたの手助けになるかも」

「あれを開けるには…いえ、少し考えてみます」

「そう、一応言っておくけど私をあてにしては無駄よ、もう力は残っていないの」

「力?」

「行くわ、これありがとう」

「あ、いえ、こちらこそ御忠告頂きありがとう御座いました」

「また是非いらして下さい」

「気が向いたらね」



屋敷を出て門へと向かう途中、ドーラは足を止めて暗い空を見上げた。


「(私は約束を守ったわ、あなたはまだそこにいるのかしら?)」


応える者は無く静かに星が瞬いている、

歩き出そうとすると何かが左胸を軽く叩いた気がした。


「あ、先輩あれ、ほら左胸の」

「紛らわしい…一瞬国章かと思った」

「綺麗ね」


門柱灯の光を受けて輝いていたのはタマカナブンだった。








一方その頃、屋敷の中では。


「伯爵、箱をお開けになるのですか?」

「う~む…本来であれば開けるべき時が定められているのだが…」

「しきたりを重んじている場合ではないと思います」

「…そうだな、私の言葉だけでは難しいだろう、ドーラさんに従うとしよう、

 ベルモットは今から言う者達を急ぎ集めてくれ」

「まだ夜が明けておりませんが」

「個々を気遣う余裕はない、時間が限られておるのだ」

「わかりました、食事代わりにスープをご用意します」

「頼む」


忠告を活かすために急いで行動を開始、

ルート伯爵は自室で箱の中身を確認し、

ベルガモットは使用人達を叩き起こして指示を飛ばした。







「カルニギルド長~、すみませ~ん、起きて下さ~い」

「んぁ…? 今何時だと思って…」

「カルニギルド長~」

「はいはい…今起きま…」

「ぐぇ!?」

「…ぁ、ごめんバトー、床で寝てるから」

「ふぁ~ぁ…なんだ? また魔物か?」

「いいから寝てて、上の窓です、衛兵さんどうかしましたか?」

「早い時間にすみません、ルート伯爵がお呼びですので急いで支度して下さい」

「え? 伯爵がですか?」

「かなりお急ぎのようです、特例でポニコーンを走らせる許可が出ています」

「直ぐに降ります、バトー私ちょっと行って来るから」

「大変だなカルニ、朝飯に昨日の残りの肉食べてもいいか?」

「好きにして」


みたいな感じで数人が屋敷に集められた。






「伯爵、カルニギルド長が到着されました」

「お待たせしたぁ…」


ベルモットに促されカルニがソロソロと部屋に入ると、

円卓にルート伯爵、ニーナ伯爵夫人、ロイダ子爵、

デフラ町長、コットン隊長(衛兵長)が座っていた。


「急な呼び出しで驚いているだろうが、まぁ座ってくれカルニギルド長」

「はい、失礼します」

「小腹がお空きでしたら紅茶の他にスープが御座いますよ」

「(た、助かる~)因みに何スープですか?」」

「オニオンとコーンをご用意してあります」

「オニオンでお願いします」

「はい」

「っは!? すみません、やっぱり飲み難いので…」

「どうぞ」

「ありがとう御座います~」


本来は専用の皿とスプーンで提供されるのだが

片手で飲めるように少し大きめのカップで提供された

執事歴32年のベルガモット(65歳)の前ではカルニの懸念などお見通しである。


因みに、ルート伯爵とデフラ町長はオニオンスープ、コットン隊長はコーンスープ、

ニーナ夫人とロイダ子爵は紅茶である。




「さて、皆集まったな、時間が…飲みながらで良いぞデフラ町長」

「すみません」

「いや本当にな、別に注意したわけではないぞ、私は回りくどい嫌味を言ったりはせん、

 気を楽にして聞いて欲しいのだ、ほれ、飲んでくれ、

 友のお前が率先して飲まねば皆やり難いだろう」

「では失礼して」

「皆もな、私が話しているからといって気を使わなくて良い、

 では時間が限られているため率直に伝えるが、1ヶ月以内に魔王が復活する」

「ぶほっ!?」


デフラ町長が咽せた。


「ごほっ…す、すみま…ごほ…」

「大丈夫かデフラ? 気を楽にしろとは言ったがスープを噴き出せとは言って無いぞ」

「は、伯爵のせいでしょう…ごほ…も、もう大丈夫です、お騒がせしました」

「本当か?」

「はい、続きを」

「魔王は1ヶ月以内に復活する、早ければ10日だそうだ」

『 … 』

「あなたそれは…」

「お止めなさいニーナ、伯爵は確信を持たれたからこそ私達を集めたのです、

 何処から得た情報なのですか?」

「うむ、ロイダはいつも通り冷静だな、流石は一族1の才女」

「時間が限られているのでしょう? 余計な世辞は必要ありません」

「うむ、そうか、情報元はドーラさんだ、先ほどこの屋敷に来られて直接御忠告を頂いた」

「「 えぇ!? 」」


ニーナ夫人ととロイダ子爵が口元を抑えて驚いている、魔王の復活よりも衝撃らしい。


「カルニギルド長はドーラさんについてご存知なのですか?」

「いえ、コットン隊長は?」

「一応は、仕事上必要な情報ですので私と副隊長だけが共有しています、

 ルート伯爵、カルニギルド長のためにご説明を頂いた方が宜しいかと思います」

「ドーラさんというのは西区の病院裏の宿屋を経営されている方でな」

「もしかして赤い目の小さな女の子でしょうか?」

「その方だ、幼い容姿からは想像できぬだろうが実はかなりの長命でな、

 ルート一族とは昔から特別な関係にある」

「(バトーと松本君が泊っていた宿屋の人かぁ…失礼なことしてなきゃいいけど…)」


カルニが脳裏によぎる不安をスープで押し流している。


バトーはそうでもないが松本は風呂に乱入しているので、

関係者が知ったら卒倒するか吊し上げられるかの2択である。



「ドーラさんには過去に多大なお力添えを頂いたそうで、

 その恩をお返しすることがルート一族の使命とされています」

「すみませんニーナ夫人、具体的にはどのようなお力添えを頂いたのですか?」

「詳細は不明です、ドーラさんについて詮索することは固く禁じられています」

「なるほど…」

「ルート一族との関係は限られた者しか知りません、カルニギルド長もご内密にお願いします」

「わかりました」

「それなのだがなニーナ、何をお力添え頂いたのかを知っている者がおる」

「あなた本当なのですか? 一体どなたが?」

「私だ」

「「 えぇ… 」」


ニーナ夫人とロイダ子爵が口元を抑えて驚いている、

よく見ると先程と違い眉間にシワが寄っているので

禁忌を犯した者に対する軽蔑が含まれているっぽい。


「なんちゅう目をするんじゃ…私だけではない、

 歴代の当主達は皆この秘密をご存じだったはずだ」


伯爵が合図を送るとベルガモットが古びた飾り気のない小さな箱をテーブルに置いた、

一同が飲み物で一息ついている中、ニーナ夫人だけが目を見開いている。

 

「どうしたのニーナ?」

「な、なんでもありませんよロイダ、おほほほほ…ベルガモットさん紅茶を頂けますか?」

「はい」

「…ニーナ」

「おほほ、美味しいですわね」

「…ニーナ」

「…」


ロイダ子爵の圧に耐えかねてニーナ夫人が顔をそむけた。


「やめよロイダ、ニーナが可哀そうであろう、心配せんでも今から説明するわい」

「わかりました」

「これはルート家の当主が代々受け継いできたもので『ルートの箱』と呼ばれておる、

 存在を知ることが許されているのは当主とその配偶者、執事、カード王のみ、

 開けることが許されるのは当主を務めた者が死期を悟った時のみと定められている」

「ではトネルとレイルも?」

「当然知らぬ、そういう物なのだこれは、納得してくれたかロイダ?」

「えぇ、であれば何故皆の前に?」

「その通りです! しきたりを軽んじるとはあなたらしくもない、

 それに先程からの口ぶり、まさかとは思いますが箱を開けたのですか?」

「うむ、皆を集める前にな」

「何故そのような…」


右手を上げてニーナ夫人の言葉を止めた。


「代々しきたりを守って来た私達にとってドーラさんの言葉は大きな意味を持つ、

 だが一族以外の者にとっては特別ではないのだ、

 先程知ったばかりのカルニギルド長などは特にな、そうであろう?」

「まぁ…はい」

「コットン隊長はどうだ?」

「正直に申し上げますと私も疑問を感じます」

「デフラ町長は? 本音で頼む」

「おほん、え~では町の管理を任されている身として意見を述べさせて頂きます、

 魔族による被害が頻発していることは事実ですので、

 いつの日か魔王が復活するかもしれないという危機感は持っておりますし覚悟もしています、

 ですがドーラさんから御忠告頂いたと言われましても、

 何かしらの根拠を示して頂かねば手放しで信用することは出来ません、

 あの…魔王について詳しい情報をご存知の方は…おりませんので…」


ロイダ子爵の圧に負けて後半失速した。


「すまんなデフラ、損な役回りを任せてしまって」

「いえ…大丈夫です」

「3人に関して言えばドーラさんよりも伯爵である私の言葉の方が影響力がある、

 だがことの重大さに対してそれだけでは足りんのだ、

 カード王もドーラさんのことをご存知とはいえ国を背負うお立場だ、より慎重であられる」

「そうですね」

「えぇ」

「この箱の中にはドーラさんに関する秘密が記されておってな、

 知れば歴代の当主達と同じ苦悩を味わうことになる、

 誰にも語ることなくマナの海へと還らねばならなかった無念もな、

 だが皆には敢えて知って貰う、そしてそれを踏まえた上で共に考えて欲しいのだ」

「何をですか?」

「カード王へ進言すべき内容をだ、ドーラさんの忠告はもう1つある、

 実は魔王の復活場所はウルダ周辺なのだ」

『 !? 』


一同の顔が険しくなり場の緊張感が増した。


「察しの通りだ、私は伯爵として方針を定めカード王へ進言せねばならぬ、

 何処までを公表すべきか、民を避難させるべきかなどな、時間が惜しい、早速だがこれを…」

「では私から」

「いやニーナは次で頼む、先ずはカルニギルド長に強化魔法で保護して貰わんと、

 1度写し直されているようだが流石に古くてな、脆くなっとる、ベルガモット回してくれ」

「はい」


カルニが運ばれて来た箱を開けようとすると伯爵が待ったをかけた。


「1つだけ、読む前に心に留めて欲しいことがある、よいか?」

「はい」

「そこには縋りたくなるような事柄が記されている、だか決してドーラさんを頼ってはならん、

 ご本人が断言されておる、もうお力は残っておられないのだ、皆もよいな」

『 はい 』



箱の中には3枚の折り畳まれた紙が入っていた。


読んだカルニは言葉を発することなく頭を抱え、

次に読んだニーナ夫人は涙を流し、ロイダ子爵は胸に手を当て感謝を口にした、

コットン隊長は驚きの余り小さく首を振り、デフラ町長は一連の事柄に納得し深く頷いた。






記されていた内容を纏めると以下の通りである。


・ドーラさんは人間や亜人種とは異なる存在であること。

・前回の魔王から町を守り、力の大部分を消費してしまったこと。

・存在を維持し続けるためには大量のマナが必要であること。

・ドーラさんは次の魔王の復活を告げるため存在し続ける必要があること。

・そのため血液中に含まれる純度の高いマナを取り込むことでなんとか凌いでいること。

・当時のウルの領主(ルート一族)とカンタルから避難して来ていたカード王は

 感謝の証として永続的な特権を認め、ルート一族は恩を返し続けることを使命としたこと。

・但し、血液を取り込むという行為で偏見が広まり、

 非難されたり邪険に扱われる事態を避けるため、

 ドーラさんに関する情報を秘匿し一部の者のみに伝え続けること。


つまり、前回の魔王の襲撃時に生き残った者達が最後に身を寄せたウル

ドーラさんによって守られ、魔王は光の3勇者によって討伐されたということになる。


ルートの箱に納められていたのは歴史の表舞台から消えたもう1つの偉業、

本来であれば讃え語り継がれるべき生きた伝説であった。




「光の3勇者様のお陰とばかり…私はドーラさんに対するこれまでの非礼が恥ずかしい…」

「仕方ありませんわニーナ、敢えてそのように隠されて来たのですから」

「ベルガモット、すまぬがニーナに新しい紅茶を淹れてやってくれ、気分が晴れるヤツをな」

「はい」

「言うまでも無いが今見知ったことは決して他言せぬように、

 ドーラさんがどのようにして魔王の情報を得ているのかまではわからぬが、

 ここに記されている内容は御忠告の根拠になり得ると私は思う」

「ですね」

「とても驚きました」

「伯爵」

「どうしたカルニギルド長?」

「王都に鳥便が到着するには4日掛かります、

 魔王復活が最短で10日だというのであれば猶予はありません」

「うむ、話し合いを始めよう」

『 はい 』


ようやく一同が集まった本題である進言内容を決める話し合いが始まった。




「人の心は弱いものだ、知れば必ず混乱を招く」

「愚かな行為に走る者も出て来るでしょう、そうなれば衛兵だけでは対処しきれません」

「では民には避難せず死を受け入れろと言われるのですか?」

「何処に避難しろと? 感情論で語る話ではありませんよニーナ」

「ロイダ、あなたまで…」

「頭を冷やしなさい、周囲の村を避難させるだけでも拡張工事を行ったのですよ、

 分散したとしてもウルダ中の民を受け入れる余裕など何処にもないのです」

「移動時間の問題もあります、最も近いダナブルでも馬車で2週間程掛かります、

 それだけの大移動を支えるだけの馬車はありませんので多くの者は徒歩での移動、

 はっきりと申し上げますが無事に辿り着くのは無理です」

「移動中に魔王が復活すれば成す術はないか、ウルダに留まる方が幾分かマシであろうな」

「復活場所については一族にも知らせない方が良いと思います、

 民を置いて逃げ出す恥晒が出ないとも限りませんし、情報が漏れる危険性が増すだけです」

「トネルとレイルにもですか?」

「えぇ、私は家族に伝えるつもりはありません、勿論ウォレンにもです」

「副隊長にはどうするべきでしょうか?」

「やめておいて方が無難でしょう、私も役所の者達には黙っておきます」

「決まりだ、復活場所についてはここにいる者達だけの秘密とする、

 カード王には主要な者以外には伝えないで頂くように進言しよう」

「復活時期については?」

「公表するのは正式にはカード王から通達があってからだ、

 だが何もせずただ待つつもりはないぞ、町の外へ出るのは可能な限り控えさせよ」

「分かりました、商人などの移動も制限します、

 それと避難場所と移動経路については後程コットン隊長と協議します」

「近い内に訓練と評して避難誘導を行いたいのですが、

 衛兵達を慣れさせることが目的ですのである程度の規模で構いません」

「それも後程ということで」

「わかりました」

「カルニギルド長はカード王へ進言する内容について何か意見はないか? 

 冒険者の役回りなど細かい事は書簡を送ってから考えるとしてだな」

「Sランク冒険者を全員ウルダに集めて下さい」

『 … 』


一同の視線がカルニに集中した。


「現在Sランク冒険者方々が何処にいるのかは不明です、

 ギルド本部に確認すれば分かりますが時間掛かりますし、

 魔王復活までに到着できる保証もありません、ですが集めるべきです」

『 … 』

「それは無理だ、Sランク冒険者は王都へ留まりカード王の警護に付く」

「時間が経つほどに世界は疲弊して行きます、

 ウルダを滅ぼした後に魔王が何処へ向かうか分かりません、

 作戦を練ってから挑もうにも魔王が復活してからでは移動は困難でしょう」

「それはそうなのだが…」

「ウルダ周辺に現れるのであれば好機と考え迎え撃つべきです、

 討伐出来るはどうかは分りませんし、一方的に蹂躙されるだけかもしれません、

 ですが最大戦力を維持した状態で挑めるのは最初の1度だけです、

 そこが唯一の勝機、敗北すればどの道世界は滅びます」

『 … 』

「私は1国の王ではなく世界を守るべきだと思います」

『 … 』


沈黙の後、ニーナ夫人が口を開いた。


「あなた、進言すべきです」

「私も賛成です、カルニギルド長の発言は我が身可愛さから出る保身ではありません」

「現実的な考えかと、私も支持します」

「私もです、最終的な決定はカード王へ委ねるとして、せめて進言だけでも」

「うむ、そうだな、急ぎ書簡を作製し鳥便を飛ばそう、皆ご苦労だった」


こうして話し合いは終了した。


不測の事態に備えて同じ内容の書簡が4通作製され、

同日の午前6時過ぎに王都へ向けて3羽の鳥便が放たれた。







そして同日の昼過ぎ、ギルドの前では。


「なぁシメジ、さっきから定期的にボンボン聞こえねぇか?」

「聞こえるね、聞き覚えがあるんだけど何だっけこれ?」

「これこそは火の中級魔法…全てを焼き尽くす赤熱の渦…

 私の得意とするアルティメットフレイムの音です!」

「「「 … 」」」

「何処かで祭りでもやってんのか? 出店あるなら買いに行こうぜ、うまっ」

「いや今食ってんだろ、どんだけ食う気なんだよゴンタ」

「トネル置いてくよ~何時まで変なポーズしてんの」


フォースディメンションの4人が

継続中の納品依頼を達成するために出発しようとしていた。



「今日こそレイシを見つけねぇとな」

「おう、うまっ」

「ゴンタちょっと頂戴」

「私にも下さい」

「「 待ちなさ~い! 」」


カルニ軍団のオリーとステラが飛んで来た。


「依頼は中止~! 中止です!」

「駄目! 行かせません!」

『 えぇ~ 』

「そんな顔しても駄目です」

「子供達が町の外に出ることが禁止されたの、暫くは解除されません」

「どのような理由なのですか?」

「最近魔族の被害が増えてるから危ないの」

「それ夜だけだろ」

「そうだそうだ~」

「お黙り! 魔物も沢山出てるの、バトーさんとか毎日出っ放しなんだから」

「正直チビッ子冒険者達に監視を付ける余裕も…(あ、これ言っちゃいけないヤツだった)、

 城門に行っても衛兵さん達に止められるだけよ」

「「 とにかく駄目~ 」」

『 えぇ~ 』


オリーとステラに両手で作った×を押し付けられ4人はご立腹である。


「仕方ないでしょ~私達が決めたわけじゃないんだから」

「因みに新しい依頼の受付も停止中です、

 というわけで今日はお家に帰りなさい、はい撤収~」

「マジかよ~」

「カイとミリーになんて説明する? なんか上手い理由を考えてくれ元北の知将」

「考えろと言われても、ありのまま伝えるしかないでしょう」

「カイはいいとしてよ、ミリーはガッカリするぜ」

「父親の誕生日プレゼントでしょ、気まずいよねぇ…」

「泣くかもな…」

『 … 』

「ジャンボシュークリームでも買ってくか…」

「そうですね…」

『 はぁ… 』


4人は肩を落としてギルドを後にした。






そして更に翌日の16時過ぎ、

キキン帝国へ向かった難民達が魔族の襲撃によって壊滅した日の2日後。


「ん? 何があったんだろう?」


ウルダの上空で弾けるフレイムを発見しキキン帝国帰りのシルトアが飛来。


「頼みましたぞシルトア殿」

「分かりました、それでは急ぎますので」

「お気を付けて~」

「次から次へと…問題ばかりだよもう…」


ルート伯爵から最後の書簡を預かり離陸、鳥便より先にカード王へ情報を届けた。



そんでもって翌日にはルート伯爵の進言を全て承諾する形でカード王が緊急宣言を布告、

伝達を任されたシルトア特急便がフルムド拍車の元に飛来、その後は各都市各国へ飛来。


といった感じで『278話目【探せ! 賢者の末裔の村!】』の最後から、

『276話目【カンタルに眠るもの】』の最後に繋がるのである。






「あれ? ボンボン聞こえなくなったな」

「結局何処で祭りやってたんだ?」

「さぁ?」

「(祭りではないのですけどね…)」


2日程ウルダで鳴り続けていたフレイム音は

近くを飛んでいるかも知れないシルトアを捕まえるための狼煙だった。


通称『シルトアホイホイ』である。






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