278話目【探せ! 賢者の末裔の村!】
竜の背ビレと呼ばれる大山脈のふもとには深い森が広がっている、
そこは魔物の世界であり日々過酷な生存競争が行われている、
力無き者が迂闊にハイキングでもしようものなら即日ポックリである。
ざっくり1000年おきくらいに魔王が滅ぼしに来る世界なわけで、
わざわざ危険な森を切り開いて国を作ろうなんて思わないわけで、
古来より人の文明が花咲くのは平地の多い山脈の南側である。
現在山脈より北側にある町はカード王国の白銀都市サントモールだけ、
この未開の地の何処かに賢者の末裔の村があるらしい。
「う~ん…見つからないなぁ…」
正確な場所が分からない村を探すというのは大変なもので、
雪の積もった山頂の上空で空飛ぶ僕っ子が困っている。
「さっきの雪ジカの群れだ、お~い」
手を振ったら耳を振り返してくれた、
5時間位村を捜索しているので野生の魔物と顔なじみになりつつある。
「地図だとこの辺りのはずなんだけど、う~ん…
もう少し暗くなるまで待ってみようかな、火でも使ってくれたら…ん?」
寒いし疲れたしで休憩しようと考えているとクーコック(鳥の魔物)が襲って来た。
「また君か、何度来ても僕には勝てないよ、おりゃ」
風をぶつけると煽られて落ちて行った、
この程度の魔物では相手にならないらしい。
「今は15時か、お腹も空いたし一度町に戻ってパンでも買おう、
ペナさんとカルパスさん何処のいるんだろ?」
この日は守り人が起動してシード計画職員にお披露目された日の2日後、
松本がウルフとシルバに出会う2日前である。
そして3時間後。
「そろそろ夜ご飯を作り始めそうだし煙の1つでも見えればいいんだけど…」
再び戻って来たシルトアは山脈の北側に目を凝らしている。
「う~ん…これだけ探しも見つからないってことは予測位置がズレてるのかも、
もう少し場所を変えて探してみるか」
地図に書かれた印の位置はルコール共和国の国土のほぼ真ん中、
竜の背ビレの一番高い位置の北側である、
散々探して見つからないので捜索範囲を拡大することにした。
「森から離れた場所で山の中腹って話だったんだけどなぁ、お?」
かなり西の方に薄っすらと煙が見えた。
「よかった~なんとか今日中に見つけられそう」
期待をしながら近付いてみると岩肌が露出した山頂と
麓の森の間に広がる草原地帯を歩く人影が見えた。
更に進むと土が剥き出しになった平坦な場所があり、
幾つかの焚火から煙が昇っていた、シルトアの狙い通り食事の支度中らしい。
近くの畑には籠を背負った人、石で整備された水路の近くでは魔物を解体している人、
別の場所では的に向かって弓矢の練習をしている人の姿も確認できる。
「…弓? ふむ、…………あ、狩りに使うのか、
へ~そうなんだ、魔法が使えないとそうなるのか、なるほど」
全然馴染みが無いので理解するまで時間が掛かったらしい、
実際冒険者で弓を使っている者は皆無であり、
田舎の村の余程の偏屈者でなければ使っていない、
武器屋にも陳列されておらず、装飾品屋でたまに売られていたりする。
矢数に制限がある弓に比べて魔法はマナが続く限りは使用できる、
威力も調整できるし、移動しながらでも撃てるし連射も可能、
効率が類だけで杖が無くても大丈夫だし、
弓が引けないような非力な人でもなんちゃらかんちゃら…
矢を回収したり弦の張替えもうんぬんかんぬん…
とにかく魔法の利点が多すぎるため弓は不便な骨董品扱いである。
「え~とあの山があそこでスピリタス領があそこだから、って遠いなぁ…
ここってギリギリタルタ国になるんじゃないかな?」
賢者の末裔の村は当初の予測よりもかなり西、
がっつりタルタ国側に寄っているが地図上では一応ルコール共和国の領土内である。
「人はいるけど家が無い、野宿なんてことは無いと思うけど…」
上空からシルトアが観察していると人が草原の中に消えた。
「お、ってことは…なるほど、こりゃなかなか見つからないわけだ」
北側から確認すると斜面に大きな窪みがあり高床式の家が並んでいた。
そろそろ日も暮れそうなのでさっそく仕事開始、
驚かせないように少し離れた場所に降りてから
一番手前の焚火で作業中の女性に声を掛けた。
「すみませ~ん、僕…」
「来たわね~はいこれ、焦がさないように焼いてよ」
有無を言わさずに竹串が2本刺さったステーキ肉を渡された、
厚さが2センチくらいあるのでずっしりと重い。
「え? いやあの僕…」
「いつも言ってるでしょ、子供だからって遊んでばかりじゃだ~め、
小さい村なんだから皆でやるの、ただでさえ減っちゃったんだから」
「いやでも…」
「我儘言わない、黙ってお肉を焼く、わかった?」
「は、はい…」
女性はシルトアの方を見ずに黙々と作業を継続中、
石製の刃物で塊肉を手頃な大きさに切り分け、
竹串を刺していくつかの香辛料を塗りこんでいる。
「裏返してペチペチと、はい次、逃げたらお肉抜きだからね」
「はい…」
追加の串を受け取りシルトアは両手に肉状態である。
「(えぇ…どうしよう…)」
「ジュウジュウ聞こえないよ、ちゃんと焼いてるかどうかは音で分かるんだからね」
仕方がないので隣の焚火を参考に肉を焼くことに、
焚火の上に置かれた溝が掘られた石板に置くとジュウゥゥと良い音がした。
「そうそう、表面に少し焦げ目が付いたら裏返して、はい次」
「あ、はい…(美味しそうな匂いがする)」
「両面に焼けたら火の当たってない端の方に避けてゆっくり中を焼くの、
火があたってなくても熱いから触ったらだめだよ、火傷するからね、分かった?」
「はい…」
石板の端は余熱焼きと保温スペースらしい。
「(何の魔物の肉なんだろうか?)」
暫く焼いてると槍を持った30代くらいの男性がやって来た。
「…」
どう見ても村人ではないシルトアに戸惑っている。
「はい次、あとちょっとで終わりだから頑張ってね」
「はい」
追加の肉を渡されたので取り敢えず石板の上へ、
端の方には8枚のステーキが積み重なっており、3枚が余熱焼き中である。
「ふぅ~疲れる、串刺すのって大変」
「…」
「…」
男性の赤い目が額の汗を拭う女性とシルトアを交互に行き来している。
「どうも…」
「どうも…」
「「 … 」」
挨拶を交わすも互いに気まずい雰囲気は変わらず、
隣の焚火で肉を焼いている人達もこちらを覗き込んでいる。
「なぁシシリ…」
「な~にハッテ? これで最後だからちょっと待って」
「いや、待てと言われても…ちょっといいか?」
「少しくらい待てないの? 早くやらないと暗くなっちゃうんだから、そんなに急ぎの用事?」
「あぁ…君がさっきから肉を渡している子供は…その…知り合いか?」
「何言ってんの? ウチに男の子は1人しかいないでしょ、はい最後のお肉」
「はい」
「え!?」
肉を手渡したシシリがシルトアを見て目を丸くしている。
「ハッテ…こ、この子誰?」
『 (いや知らないんか~い!) 』
様子を伺っていた人達が後ろで反り返っている。
「初めまして、僕はカード王国から来ましたシルトアです」
「「 初めまして… 」」
「勘違いされたままだと困るので訂正させて頂きますけど、僕は26歳です」
「「 ん? 」」
「こう見えても成人した、大人の、女、です」
「「 す、すみません… 」」
ニコニコしながら焼けた肉を端に寄せるシルトアだが言葉に圧が籠っている。
「しかしなぁシシリ、最近あんなことがあったばかりだというのに警戒心が薄すぎないか?」
「だって声が似てるから、それに私達以外の人がいるとは思わないし」
「まぁ確かに似てるけども、それにしてもなぁ…こんなに肉を焼くまで気が付かないとなると
夫としては流石に心配になるぞ、子供達は俺達2人で守っていかないと…」
「わかってる! 魔物だったら私も気が付いてたの!
あんまりグチグチ言ってるとお肉食べさせないからね!」
「いや…今日のは俺が狩った魔物…」
「解体してここまで準備したのは?」
「シシリ…」
「で?」
「悪かった、悪かったって」
「ふん、仕方ないから食べさせてあげる」
焼いたのはシルトアである。
「それで、シルトアさんでしたっけ? 初対面で失礼ですがどのような経緯でここに?
魔物にでも追われて迷い込んだとか?」
シシリを後ろに下げつつハッテが石製の黒い槍先をシルトアへ向けた。
「警戒するのは当然だと思います、僕に争う気はありませんので槍を下げて貰えませんか?」
「それは難しい、外の人と会うのは初めてでな、信頼するにはもう少し情報が必要だ」
「ふぅ~ようやく話を聞いて貰える、僕がここに来た理由は賢者の末裔の皆さんを
ルコール共和国へお連れするためです、魔王が復活する可能性が高まっていますので、
再び魔族の襲撃を受ける前に安全な場所に避難して頂きたのです」
「…今、再びと言ったか?」
「はい、皆さんが襲撃を受けたことはストックさんとダリアさんからお聞きしています」
「なに? ストッうごっ!?」
「ダリア達生きてるの!?」
「熱っぅうぅ!?」
シシリに後ろから突き飛ばされたハッテが熱々の石板に手を付いて仰け反った。
「つぅぅぅ…」
「だ、大丈夫ですか?」
「ハッテは直ぐに治るから大丈夫! それよりダリア達のこと! 子供達は? 今何処にいるの?」
「お、落ち着いて下さいシシリさん…」
「いいから早く! 生きてるの? ねぇ教えて!」
肩を揺らされシルトアの首がグリングリンになっている、
一方、ハッテは左手首を掴んでプルプルしている。
「ねぇ! お願いだから生きてるっていってよぉぉ!」
「首がががが…」
「つぅぅ…」
シシリのせいで無用な被害が発生している。
「まぁまぁ、落ち着きなさいよシシリ」
「小さい子に何してるんだお前」
「手を放しなって、子供が可哀相でしょ」
「この人は大人よぉぉ!」
「首ががが…」
集まって来た人達によって引き離された。
「すみませんねぇ、族長のスマトです」
「シルトアです」
「「 どうもどうも 」」
ふくよかなマダム族長もやって来たのでストック達の姿が記録された水晶と、
ルコール共和国に避難している人達の姿が記録された水晶を見せて説明した。
「良かった~ゼニアとニチも生きてる」
「カード王国ってどの辺りだ? 遠いのか?」
「知らない」
「それよりさ、ストックの腕変じゃない? なにこれ?」
「さぁ? っていうかこの球どうなってんの? 水晶だよね?
映像とか記録とか言われても良く分からないんだけど」
「分からなくてもええわい、生きてることだけ分かればそれでええ」
「ペトロスも生きてたんだねぇ、心配かけおってバカ息子が、何で直ぐに戻って来ないんだい」
「素直に喜びなよスズラばあさん」
「ペトロス生きてるって本当か?」
「見て無いの? こっちの水晶はルコール共和国って場所に避難してる人達が見えるよ」
「ちょっとよく見せ…ってあれ? 消えちまったけど?」
「その球はシルトアさんが触れてないと見えないぞ」
「早く戻して、皆見てたんだから」
「すまん…」
「(マナを送れば誰でも見られるんだけど、今説明することじゃないしね)」
水晶玉から発せられる朗報に老若男女問わず盛り上がっている。
「ルコール共和国側には既に了承を頂いており皆さんの住む場所は確保済みです、
食料の心配もありません、道中は僕が道案内をさせて頂きますので迷うことはないと思います、
いつ魔王が復活するかわかりませんので早めの避難をオススメします、如何でしょうかマスト族長?」
「そうですねぇ、村の方針は皆で決めることにしていますので今直ぐの返答はちょっと…
お腹も減りましたし先に食事にしましょう、皆準備して~、暗くなるよ~お肉硬くなるよ~」
『 はい~ 』
テキパキ準備して夕食、メニューはステーキと茹でた白芋と白菜の漬物である。
「クタン美味しい~?」
「美味しい!」
「どれが一番好き~?」
「僕は白芋が好き!」
「そう~白芋美味しいもんね~私も好きよ~白芋、シルトアさんはどれが一番好きですか~?」
「僕はこの中だとお肉が一番好きです」
「そうですか~お肉はいつ食べても美味しいですからね~、…ハッテやっぱり似てるよね」
「似てるな、凄く似てる」
「(僕の声ってあんな感じなんだ)」
シシリとハッテの息子であるクタンの声はシルトアと激似だった。
因みに、クタンの横に座っている女の子達もシシリとハッテの子供達、
チッチ(長女)、リゼ(次女)、ヘルタ(三女)、クタン(末っ子)の6人家族である、
4人家族のダリア&ストックファミリーにとって仲の良い先輩夫婦らしい。
夕食後に賢者の末裔達がルコール共和国へ避難するかどうかの話し合いを始めたので、
他所の者のシルトアは散策しながら村の様子を水晶玉に記録中。
「キキン帝国とかルコール共和国ではたまに竹を使った商品を見かけるけど、
家は初めて見るなぁ、紐で結んでるだけっぽいけど丈夫なのかな?」
変わった家をマジマジと観察してシミジミしている。
「浮いてる…」
「外の人って浮くんだ…」
「外の人すごい…」
一方、遠くからシルトアを観察している子供達はオドオドしている、
ちょと勘違いしているが気にするほどではない。
賢者の末裔の村では近くの森に自生している竹がメイン資材、
成長が早いため収集に困らず、軽いので運搬が楽、
加工もし易く強度もそこそこあり腐りにくいので重宝されている、
直径30センチ位まで太くなるので輪切りにすると桶が出来るという優れもの、
タケノコも採れるので便利で美味しい資材である。
但し、竹林地帯にはムーンベーアーの亜種である
『白黒ベアー』が生息しているので注意、おっとりしているが怒ると凄いらしい。
山脈の南側では目撃数が極端に少ないため、
専門家の間でも存在自体が疑われている危険な魔物である。
因みに、ワイルドボアの上位種であり、額にタケノコが生えたタケノコボアは
生息域を広げるために竹がワイルドボアに寄生したとの説が有力とされている。
賢者の末裔達が生活場所として活用している窪みは
洞窟の入口部分であり大きなドーム形状となっている、
だだっ広い地面は土で天井と壁は岩、
良く見るとマッシュバットらしき影がぶら下っていたりする。
家や食料保管庫、竹や木が積まれた資材置き場、加工場所、
薪割り場、竹の柵で囲まれた鶏の飼育場所などなど、
天然の天井で雨を避けつつ、日当りと風通しの良い場所に諸々が配置されている、
空間の半分以上は光が届かず暗いため特に何もない。
「何処まで続いてるんだろう?」
村の生活水が流れる石製の水路だけは例外で洞窟の奥へと続いている。
「明るい場所だと分からなかったけど光輝石が含まれてたのか」
水路を辿って暗がりに入ると壁や天井が微かに光っていた、
小さな光が散らばる様子は夜空に瞬く星々のようである。
「これ以上は流石に暗くて何も見えないな、え~と…」
ランプを探して鞄をゴソゴソしていると後ろから光に照らされた。
「こんな場所まで来るなんて、何か気になるものでもありましたか?」
「すみませんマスト族長、水路が続いていたものでつい…
水が何処から来ているのか気になってしまって、
許可なく歩きまわるべきではありませんでした、戻ります」
「構いませんよ、大して面白いものでもありませんが折角ですのでご案内します」
「ありがとう御座います」
水路を辿って2人は壁に空いた3メートル位の穴に入って行った。
「マスト族長が使用しているライトは村で作製されたものなんですか?」
「不釣り合いですよね、私達の村には金属やガラスを扱う技術はありませんから」
「何処かの町と交易をされているとか?」
「いいえ、極稀に山を越えて外の人がやってくることがあるのです、
迷い人ですけどね、森に入ったはいいが魔物に襲われ道を見失い、
何日も彷徨い続けて食べ物も尽き、体力も精神力も底を付いて、
私が子供の頃に森で倒れていた人を父が見つけて運んで来ました、
これはその人からお礼として頂いたものです」
「なるほど」
「松明も悪くは無いのですが油が必要ですし煙も出ますし、
何より天井や壁が煤で汚れるのが厄介で…」
「(松明は使ったことがないなぁ、火魔法ならあるけど)」
「それに比べていいですよ~これ、もし壊れても星石ならその辺りにありますし」
「(光輝石を星石って呼ぶんだ)確かにここは多いですね」
洞窟を進むにつれて水の流れる音が大きくなってきた。
「そろそろです」
トンネル状の洞窟を抜けた先も大きなドーム状の空間になっており、
淡く光る赤い花が地面を覆い尽くしていた。
「(賢者の花? だと思うけど…)」
「水源は奥の壁際です」
「あ、はい」
水路を辿ると壁際に50メートル位の池があり、
池の中に置かれた1メートル位の大釜からとめどなく水が溢れ出ている。
「想像していたより勢いが凄い…」
大釜からドバドバと溢れる水を見てシルトアが若干引いている、
水柱が2メートル位上がっているので太くて短い噴水みたいである。
「まぁ、村の方には少ししか流していませんので
外の人がいきなりこれを見たらそんな顔になるかもしれませんね」
「いやこれちょっと異常というか…地下水を汲み上げているんですか?」
「いえ、大釜の中から湧いているだけです、この板で村の方に流れる量を調節していまして、
余分な水は奥へと流れて途中にある亀裂に…」
「ちょっと待って下さい、今変なこと言いませんでしたか?」
「はて? あ、大きな亀裂なのでこれくらいの水なら…」
「そこではなくてですね、大釜から水が沸いているとか言いませんでしたか?」
「そうですよ」
「ん?」
「ですから、水が沸いているんです」
「汲み上げてるんじゃなくて湧いている?」
「はい」
「大釜から?」
「そうです」
「んんん?」
どう考えても自然の法則に反しており、あり得ないことなのだが
マストがあまりにも平然と答えるのでシルトアが首を捻っている。
「(光輝石のことを星石って呼んでたし…表現方法の違いなのかな?)」
「言い伝えでは各地を旅していた賢者様達がこの地を訪れた際に、
ここに咲いている花を見つけて魔法の研究を始めたそうです」
「それも気になっていたんですよ、僕の知っている賢者の花は光らないです」
「ここの花は特別なのだそうです、マナを多く含んでいて生命力が強いのだとか、
だからこそ賢者様達はこの地に留まられたとされています」
「へぇ~」
「因みに、私達はこの花を奇跡の花と呼んでいます」
「なるほど(やっぱり違う言い方があるのか)」
「賢者様達の元に迷い人達がやって来て共に暮らし始めたことが村の始まりです、
賢者様達は大変不思議な方達で食事や水を取らずとも平気で、
何年経とうとも老いることは無く信じがたい程に長命、
人の姿でありながら人とは異なる存在、人を越えた存在とも伝えられています」
「(それって…)」
「ですが私達には水が必要です、安定した水源をということで、
元々あった池に大釜を置いて賢者様が所持されていた黒い球を投げ入れたら
たちまちに水が溢れた出したそうです」
「ん?」
「ただ想定していたよりも水の勢いが強かったそうで村が大変なことになったとか、
そのため水路を整備して今の形になったそうです」
「(水が際限なく溢れ出す球…まさかね?)」
なにやら思い当たる節があるらくシルトアが顎をスリスリしながら目を細めている。
「…その球って取り出せたりしますか?」
「無理です、水の勢いが強すぎて誰も近寄れません」
「ふむ、マスト族長、今の話というか、
その球の話は外の人には教えない方がいいかもしれません」
「何故ですか?」
「僕の予想では凄く価値のある珍しい素材の可能性が高いので、
え~とですね、かくかくしかじかで~」
「ふむふむ」
シルトアの予想通り大釜の中にあるという黒い球は水の魔集石である、
失われた古の古文書によると水の精霊ウィンディーネが飼っていた
貝が吐き出した球だとかなんとか…大昔の話なので真相は不明である。
因みに、賢者の末裔の村に不釣り合いな金属製の大釜は、
賢者の知り合いのドワーフが作製して設置したもの、
魔集石はマナを送らないと効果を発揮しないため大釜側に仕掛けがあると思われる。
「わかりました、気を付けるとしましょう」
「まぁ簡単に盗めるとは思いませんけどね、ドバドバなんで」
2人は水源を後にして来た道を引き返した。
実は賢者の末裔の村がある洞窟はタルタ国とギリギリ繋がっていたりする、
洞窟内に光輝石が沢山含まれているのは火の精霊の影響である。
といってもかなり距離があるのでタルタ国のようにマナが濃すぎて
作物が育たないといった弊害は無い、だが完全に影響がないわけでも無い。
つまり、マナを多く含んだ特殊な賢者の花は
絶妙なバランスの中で誕生した文字通り奇跡の花である。
余談だが水源から溢れた水の行先はタルタ国にある渓谷だったりする。
村のある洞窟の入り口側に戻って来た2人は
暗闇の壁に浮ぶ白い竜を見上げていた。
「こちらが賢者様達が残されたとされる絵です」
「おぉ~凄い、全部写せるかな?」
8メートル位の竜を記録しようとシルトアがランプの位置を調整している。
「1つでは厳しいでしょう、手伝いますよ」
「お願いします」
左右から照らして何とか記録出来た。
「ここで松明を使うと煤が付いて大変なんですよ、
掃除すると薄れてしまうのでこれまでに何度か修正されているそうです」
「一番最近の修正はどれくらい前なんですか?」
「恐らく150年前かと」
「はぁ~それでも凄い」
「薄れた部分を上からなぞっているので最初の状態から大きくは変わっていないと筈です」
「なるほど、僕達の認識だと竜はマナの海に住む伝説の魔物なんですけど、
賢者の末裔の人達にとっては精霊様なんですよね?」
「はい、始まりの精霊様です」
「始まりですか」
「始まりです、ここを見て下さい」
竜から視線を落として胸位の高さを照らすと10センチ位の印が並んでいた。
「こちらは世界の理を司る精霊様を現しています、火、水、風、雷」
「土、氷、光、となるとこの黒い丸は重力ですか」
「はい、全ての精霊様は始まりの精霊様から生まれたそうです」
「へぇ~面白い、初めて聞く話です、あれ? マスト族長の後ろにも何か…」
「ふっ…」
マスト族長が悲しそうに目を逸らした。
「あの、マスト族長?」
「見つかってしまったなら仕方がありませんね…」
マスト族長が後ろに2歩下がると
黒い羽の印の下に半分だけ赤く塗られた丸が4つ現れた、
何故かその周辺だけやたらと綺麗で他の壁画に比べて新しい、
よく見ると低い位置に幼いタッチで花の絵とか魔物っぽい絵とかが描かれている。
「これは賢者様達に関する絵なのですが子供達に人気でして…」
「はぁ…」
「駄目だと言っているのに描き足してしまうのです…ですからここだけは毎年…」
「修正をされると…」
「いえ、修正できるようなものではないので全て描き直しています…、
族長の仕事なのでこれは私が3日前に…もうやられてますけど…」
松明を使うとバレるのでチビッ子芸術家達は闇に潜むらしい、
マスト族長も子供の頃に落書きしていたのは内緒である。
「ですからここだけは元の絵から大きく変わっている可能性があります、
可能な限り再現している筈なので位置と数は正しいと思いますけど」
「なるほど、この羽が賢者様ですか?」
「いえ、下の4つが賢者様ですね」
「え? 4人いたってことですか?」
「はい、元々は4人だったそうです」
「じゃぁこの上の羽は?」
「賢者様達に力を授けた方です」
「それはえ~と…精霊様のような?」
「それが良く分からないのです、詳しいことが伝わっていませんので」
「そうですか、記録したいのでまた照らして頂いてもいいですか?」
「え? 賢者様達の方も記録するんですか?」
「はい」
「いや…精霊様の方だけにしといた方が…これ私が描いたヤツ…」
「それでも重要な資料ですのでお願いします」
「えぇ…いろんな人が見るんですよね?」
「はい、数百年耐える保管庫に入れて後世の人達にも見られるようにします」
「いやいや…」
「いやいやいや…」
押し問答の末に何とか記録した。
家の場所まで戻って来た頃には夜になっていた。
「先人から託された地を離れるのは心苦しいですが、
私達はシルトアさんの提案を受け入れようと思います」
「わかりました、何時頃に出発されますか?」
「シルトアさんが宜しければ明日の昼にでも」
「僕は大丈夫です、皆さんこそ大丈夫なんですか? 凄く急ですけど」
「ほほほ、見ての通りこの村には大して荷物もありませんので、
食料と服と武器を持つだけです、あそれと白粉、外には白芋があまりないとか」
「僕達の呼び名ではコロコロ芋というのですが比較的に寒い地域でしか育ちません、
ルコール共和国で手に入れるのは難しいと思います」
「分かりました、ダリアの忠告に従うとしましょう」
「水は僕が魔法で出せるので必要最低限で問題ありません」
「それは心強い、いろいろとお世話になりますが村の皆のこと宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しくお願いします」
シルトアは1度ルコール共和国へと戻りシャガールへ連絡、
翌日の朝に村へと戻り、昼過ぎに賢者の末裔達と移動を開始した。
「コカトリスよ! ハッテ! 近くにいる!」
「3人以上で囲め! シシリは下がるんだ!」
「痛っ!? なにすんのよもう!」
「大丈夫シシリ?」
「うん、ちょっと痺れただけ」
「(噛まれても痛いですむんだ…賢者の末裔凄い…)」
「2匹目だ! 気を付け…ぇ…」
「まだいるかもしれませんので警戒して下さい」
「(一瞬でバラバラになった…)」
「(あの人怖い…)」
みたいな感じで歩みを進め、空から確認して進行ルートを定めるシルトアナビと、
崖や渓谷を氷魔法で強行突破するシルトアショートカットを駆使した結果、
村を出発してから3日で山を越えを果たし、8日後の昼過ぎには南側の森を抜けた。
「すみません、1日遅れちゃいました」
「山越えで1日の遅れなら誤差だ、問題ない」
「そうですよ~出て来た場所もピッタリです~」
シルトア定期連絡により最寄りのスピリタス領から迎えに来ていた馬車と合流、
20台のお迎え馬車を護衛しているのはカルパスとペナが率いる傭兵団である。
「それよりシルトアさん、今すぐにシャガールさんの所へ向かって貰えませんか?」
「何かあったんですか?」
「キキン帝国へ帰った筈の難民達が沢山死んだらしい、さっき急ぎの連絡が来た」
「魔族の襲撃らしくてですねぇ~申し訳ないのですがキキン帝国へ連絡を頼みたいそうです」
「シャガールを手助けして欲しい」
「分かりました、マスト族長、すみませんが僕が同行出来るのはここまでです」
「はい、いろいろと助かりました、ほら皆お礼言って~シルトアさん帰るよ~」
『 ありがとう御座いました~ 』
「それでは~」
カルパスとペナに護衛を引き継ぎシルトアは飛び去った。
この日は難民グループが襲撃された日の2日後、
277話目【魔集石の装備】の2日後である。
この後のシルトアはシャガールと面会した後にキキン帝へ飛び、
カード王国の王都へ帰還する途中でウルダへ立ち寄ることになる。
更に翌日にはカード王より緊急宣言が布告されたため、
トンボ返りで各国を電撃訪問、マナポーションをガブのみしながら世界中を飛び回り、
カンタルで伝説の盾を発見したフルムド伯爵達の元に襲来することになる。
秀でる者は苦労する、そう緊急事態ならね。




