275話目【カンタルの進捗】
時刻は11時過ぎ、場所はカンタル。
暑さで景色が歪む中、なにやら3メートル間隔で横一列に並んだ異様な集団が歩いている。
『 シュコ~… 』
ずんぐりした見た目で顔の部分は球状のガラス、
全身白色なので一見すると宇宙服を彷彿させるが巨大なバックパックは背負っていない、
よくわからないチューブとかなんか凄そうなハイテク装置もついていない、
曲線状のシルエットだが近寄ると表面上に縫い目が確認できる、
あえて装備品を挙げるとすれば首元から紐でぶら下がている紙の挟まったバインダーと、
針のついた良くわからない謎装置、それと左胸に輝くシード君ワッペンくらいである。
『 シュコ~… 』
まぁ、お察しの通り異様な集団の中身はシード計画職員の皆さん、もっと言えば発掘班の皆さんである、
集団といっても6人で男女3人ずつ、一番左端のずんぐりにはルフムド伯爵が入っている。
「44…シュコ~…」
「44…シュコ~…」
「44、いや43か? シュコ~…」
6人が足を止め謎装置を確認してバインダーの紙に数字を記入。
「ようやく下がってきたな…シュコ~…次、10歩前進…シュコ~…」
そしてフルムド伯爵の10歩に合わせて横に並び、再び装置を確認して数字を記入、
何をやっているのかというとマナ量の測定である。
「数字で確認できるのは分かりやすくていいな、シュコ~…」
フルムド伯爵が確認している装置はカプアが突貫工事で作製したマナ測定装置、
扇形の目盛りの上を針が動くアナログメーター方式で、
左端に『少ない』、右端に『普通』と書かれている、
ダナブルのマナ量を100%(普通)として50分割の目盛りで測定、単位は『%』、
現在は42と44の間に針があるがのでダナブルに比べてマナの濃度が43%ということになる。
目的は光の3勇者の遺物、魔王討伐に使用された伝説の盾と手斧の発見である、
伝説の盾に用いられたとされるルーンマナ石、
言い換えると超強力マナ吸収装置がカンタル砂漠化の原因である可能性が高く、
自然環境に影響を及ぼす勢いでマナをギャンギャン吸っている筈なので、
周辺のマナを測定して一番薄い場所を掘ってみる算段である。
言うは簡単だが実践するのは大変なもので、この作戦は2段階に分かれている、
1段階目はマナ感知に優れたハイエルフのリテルスが上空を飛行して大まかな範囲を特定(体感)、
2段階目は特定された範囲のうち数か所をザックリ測定して捜索範囲を縮小(マナ測定装置)、
3段階目は全員参加型ローラー作戦で採掘場所を決定(マナ測定装置)。
んでもって現在は3段階目、3メートル間隔で一列に並びマス目状にマナの濃度を測定中である。
この白い宇宙服のような物はカンタルで発掘作業に従事する発掘班の依頼で、
何年か前にハンクが企画作成した野外作業用耐熱装備。
暑さに強いサンドランナーの外皮を縫い合わせ、
敢えてずんぐりとした形状にすることで体と装備の間に空気の層を形成、
氷魔法で内部の空気を冷却することで熱々の外気と照り付ける太陽光から使用者を保護している、
例えるならクーラーの効いた部屋を着るようなものである。
配色には熱を吸収し難い白色を採用し、冷却効果を上げるために可能な限り密閉、
でも完全に密閉すると窒息するため顔の部分のガラスの下側に
一方通行の吸気弁(砂取り込み防止用のフィルタ付)、
両手の人差し指の先に一方通行の排気弁(同フィルタ付)が設置されており、
指先から風魔法を発すると内部の空気が引っ張られて排出され強制的に換気される仕組み、
だたし思い切り換気すると一気に熱い空気が入ってくるので注意が必要、
こまめに換気と冷却を行うのが最善策である。
もし一気に熱い空気を取り込んでしまった場合は人差し指の排気弁を口元の吸気弁に近づけ、
冷却した空気を循環させると素早く冷やせる。
因みに、シュコシュコ鳴っているのは吸気弁から外気を取り込んでいる音である。
「あっつぅ…」
「44…」
「44…きつ過ぎだろこれ…」
「全然追いつけないんだけど…」
白いずんぐり集団の200メートルくらい後方に別の集団が汗だらだらで息を切らせている、
先ほど述べたように第3段階は全員参加型のローラ作戦なのだが、
野外作業用耐熱装備は使用者に合わせたオーダーメイドなので量産は不可、
よって今回集められた調査班の方々は布のローブを羽織っただけという軽装での参戦である。
「ちゃんと首冷せ~…血液を冷やして循環させてるんだ~…」
「頭も冷しとけ~…必要なら水浴びろ~…死ぬぞ…」
『 う~い… 』
なかなかキツそうである。
「(フルムド伯爵達がようやく半分か、ローブのおかげで日を遮れるとはいえ暑い…、
ふぅ~…風魔法と氷魔法との併用はマナの消費が大きいですね…)」
その様子を上空から見下ろしているのはハイエルフのリテルス、
周囲の魔物をいち早く発見するのが彼の役割である。
「(根性だ、根性で耐えろ俺)」
「(暑い~…体を冷やさないと倒れちゃうし、槍も冷さないと熱くなっちゃうし、
かといっていざという時のためにマナと体力を温存しないといけないし、大変だよこれは…)」
そして魔物から一同を守るのがジェリコとニコルの役割、
ジェリコは先を行く白いずんぐり集団担当、ニコルは後方のバテバテ集団担当、当然2人もローブ装備である。
「はぁ…はぁ…」
「おい大丈夫か~? なんかフラフラしてるぞ?」
「はぁ…44…」
「こりゃ駄目だ、交代お願いしま~す!」
「「 はい~! 」」
「おいおい、無茶するなって、ちゃんと冷やせって言っただろ」
「やってるって…はぁ…はぁ…暑さじゃなくてマナ切れの方…」
「アホか! そっちも無茶したら死ぬっての、ほら肩かせ」
「助かるぅ…」
「絶対倒れるなよ、砂焼けてるから火傷するぞ」
「はいはい…」
「「 お待たせしました~ 」」
バテバテ集団の後方から馬車を走らせて来たのはプリモハとラッチ、
救護、交代要員の運搬が2人の主な役割である。
「ラッチ急いで荷台へ、涼ませましょう」
「はいお嬢」
「あ、いや、マナ切れっぽいです」
「あそっち、お嬢~リバ…」
「リバァァァイブ!」
ラッチが話し終える前に濃い顔のプリモハが渾身のリバイブを炸裂させる、
グッタリした女性の周りにキラキラが現れ吸収された。
「どうだ? 元気になったか?」
「う~ん、もう少し欲しいかも…」
「お嬢、もう1回リバ…」
「リバァァァイブ!」
再び炸裂する渾身のリバイブ、気合のこもった掛け声と顔の割にキラキラが少ない、
プリモハの練度が低いわけではなく周囲のマナが薄いせいである。
「どうだ?」
「とりあえず大丈夫かな、助かりました」
「お嬢もうだ…」
「リバァァァイブ!」
3度目のリバイブが炸裂し女性が元気になった、若干肌も艶々になっている。
「お嬢、もう大丈夫ですって言おうとしたんですけど…」
「だってラッチがはっきり言わないから」
「いや、お嬢が先走ったんじゃないですか」
「いやいや」
「いやいやいや」
「あの~取り合えず交代したいんですけど…」
「あ、はいはい~次ハムレツさんお願いしま~す!」
「わかりました~はい」
荷台の幌を開けて前回の登場より少し痩せたハムレツが出陣、
マナ測定器とバインダーを受け取り列に加わる、
交代した女性は水を浴びてから荷台に避難した。
「もう半分以上溶けてる、ラッチお願い」
「了解です」
少でも涼めるように強化魔法で固めた馬車を氷の外層で覆っている、
中の空間はラッチとプリモハがその都度冷しているが足りない時は中の人達が自分達で調整、
快適とまではいかないがなんとか休める場所を作っている。
馬車自体が魔物に襲われた場合はラッチを前面に押し出す必要があるため、
プリモハがマナ消費の大きいリバイブ、馬車本体と足場の強化、幌内部の冷却、
ラッチは氷の外層の氷作製と内部の冷却といった感じで同じ馬車担当でもプリモハの方が比重が高めである。
とはいえ、全体的に体力、マナの消耗が激しいため長時間の作業は厳しい、
午前中と夕方に大体2~3時間ずつ調査を行っており第3段階は既に5日目である。
「よし…目標地点到達…シュコ~…調査班の側を手伝おう…」
白いずんぐり集団が反対から折り返し調査班と合流したところで本日の午前の調査は終了。
一同は拠点に戻ってきた。
「ふぃ~外に比べたらここは楽でいいよ~」
「影だし涼しいし魔物が襲ってくることも無い、最高だね」
「ちょっと薄暗いのが難点だがな、この広い空間に対して光輝石のランプじゃ限界があるぜ」
「贅沢言わない、砂の下なんだから仕方ないでしょ」
「まぁな、あた、肘打った…」
「でもさ、光輝石のランプもちょっと暗い気がしない? マナが薄い影響が出てるんじゃないかな?」
「ここってダナブルの半分くらいだっけ?」
「だな、むしろ半分でもイケることに驚きだぜ」
「「 確かに 」」
ニコル、ラッチ、ジェリコの3人が石柱の近くで汗を拭きながら装備を外している。
「何度見ても凄いよね~これ」
「だな、高ぇ」
「僕は崩れてきそうで怖いけどね」
3人が見上げているのは所々内壁が剥がれ落ちた円錐状の天井、
269話目【カンタルへの旅路】に登場した砂の上に飛び出た円錐状の人工物の内側にあたる部分、
砂の下に埋もれた遺跡(拠点)への出入り口となっているため
広間から天井の穴を目掛けて木製の昇降機がそびえ立っている。
「25メートル」
「俺は28メートルと見た、ラッチは?」
「それって床からの高さのこと?」
「当然」
「おう」
「27メートル、それより崩れそうじゃない? ほら、あの辺の茶色の部分とか」
「お~ほっほっほ! 床からは一番高い場所までは27メートル40センチ!
そしてアントル様が強化魔法で保護しているのでこの建物は崩れません!」
ドヤ顔で胸を張るプリモハの横に15センチくらいの茶色い破片が落ちてきた。
『 … 』
「…少し崩れましたわね」
「ちょとお嬢!? なに落ち着いてるんですか!?」
「危ないですからすぐに頭上を強化魔法で守って下さい!」
「危ねぇ! 今のが直撃してたら流石に根性じゃ無理ですよ!」
4人が騒いでいるとフルムド伯爵がやってきた。
「プリモハちゃん大丈夫? 怪我は?」
「ありません、大丈夫です」
「よかった…」
「「「 よくありません! 」」」
「もう少しでお嬢が死んじゃうところでしたよ!」
「何が強化魔法っすか! 全然強化されてないじゃないっすか!
詰めが甘いですって! 伯爵ってたまにそういうとこあるっすよねぇ!」
「勘弁して下さいよフルムド伯爵ぅ! お嬢に何かあったらどうすんですかもう! ねぇ! ねぇぇ!」
「あばば…ご、ごめん…」
3人に詰め寄られて困り顔のフルムド伯爵、
ラッチに締め上げられて首がグリングリンになっている。
『(えぇ…それ伯爵…)』
他の職員達がハラハラしているがフルムド伯爵とジェリコ達は
共に色物街出身で子供の頃から面識があるため大丈夫である。
「それよりアントル様、この建物は強化魔法で保護していた筈では?」
「そうなんだけど、効果が切れ始めてるみたいだ」
「戻ってからは掛け直していないのですか?」
「忘れてた、盾の捜索で頭が一杯でうっかりしてたよ」
「うっかり!? うっかりで済む話じゃないですって!」
「これが崩れたら全員生き埋めっすけど!?」
「ねぇ! 重要なところ! ねぇ! 本当に勘弁して下さいよ伯爵ぅぅ!」
「あばば…本当ごめん…すぐ掛け直すから…」
『(えぇ…)』
グデングデンになっている。
「私がやりましょうか?」
「いや、僕がやるよ、プリモハちゃんはマナを温存しておいて」
フルムド伯爵が床に両手を付き息を深く吸って止める、
糸目がカッと開くとフゥ~と静かに吐き出した。
「ふぅ…これで暫くは大丈夫…」
「随分とお疲れのようですけど、もしかしてこの広間だけでなく建物全体を?」
「うん、かなり大きいからマナの消費が凄いんだ」
「はぁ…調査隊として私も経験を積んだのですがまだまだアントル様には敵いませんわね、
私にはそこまでの技量はありません」
「技量というより慣れじゃない? 建物の構造を知ってるかどうかの差もあるし、
僕はプリモハちゃんのように強化魔法を戦闘に生かすことは出来ないよ」
「なるほど、そういう考え方もありますわね、うまっ」
「(ホールごとだ…何処に持ってたんだろう…)」
プリモハが何処からともなく取り出したホールチーズ(1/4欠け)を毟って食べ始めた。
「あ~! そんなところに! はい、探してたんですよ~!」
額に血管が浮いたハムレツが走って来た。
「おほほ、ハムレツさんもチーズをご所望のようですね、そんなに走らずともお分けしますよ」
「そんな小さいヤツいりません、こっちの大きい方を…はいぃ…」
「ちょ…た、確かに栄養豊富で美味しいですけど…脂質が多いので痩せたい方は食べ過ぎない方が…」
「私が1人で全部食べるわけないじゃないですか!
昼食に使うから探してたんです…はいぃ…手を離して下さい…」
「チーズであれば沢山持って来たではありませんか…そちらを使えば…これは私のぉ…」
「使いかけのヤツから使う決まりなんです…もうお肉は準備出来てますからぁぁ…はい!」
「あぁ!? 私のチーズゥゥ!」
「これは皆のチーズです! はい!」
『(う~ん…)』
ホールチーズ(1/4欠け)を回収したハムレツは去り、
プリモハの手元には毟った欠片だけが残った。
「うまっ」
そして直ぐに消えた。
「ねぇジェリコ、これで本当に大丈夫だと思う?」
「いや~強化魔法は見えねぇからなぁ…フルムド伯爵って頭良いのに抜けてるとこあるし…」
「怖いなぁ…あの辺の茶色い部分とか凄く怖いなぁ…」
「(う、疑り深い…)かなり強めに掛けたから2ヶ月くらいは大丈夫だから」
「「「 (う~ん…) 」」」
3人は訝しんでいるが倒壊の危機も去ったらしい。
「16時から調査を再開するから昼食を食べて僕達も休もう」
「了解っす、んじゃニコル、5人分持ってきてくれ」
「ちょっと、なんで私?」
「一番正解から遠かったのはニコルだ」
「自分から勝負を仕掛けておいて忘れたとは言わせないよ~、ちなみに一番近かったのは僕」
「お嬢が言ってたのは床から天井の一番高い所までの高さでしょ、
私は床から出入り口の穴までのつもりだったんだけど」
「絶対嘘だ、後出しは卑怯だぞ~!」
「そうだそうだ、見苦しいぞニコル! 根性見せろ~!」
「(っち、騙されんか…)」
起死回生の策が看破されたためニコルが昼食を取りに行くことに、
といっても同じ広間の端で料理しているので直ぐそこである。
「すみませ~ん、5人分下さ~い」
「はい~」
「(しっかりした調理場よね~私達の野営とは大違いだ)」
プリモハ調査隊はあちこち移動するので野営の際はてきとうな地面に焚火を用意し、
てきとうな場所にまな板的なものを置いて野菜とか肉を切るのだが、
カンタルの発掘隊はこの建物を拠点としているので移動の必要がない、
そのため固定の調理場を使用しており、大きめのテーブル、シンク(ミスリル製)、
魔道加熱器(マナ石をセットして使うIHコンロみたいなヤツ)、
調理器具や皿の納められた棚などなど、もはや家のそれである。
「(ピザ窯まであるし)」
現代社会から隔離された砂漠に置いて食は限られた娯楽の1つ、
ということで用意されたピザ窯なのだが、野菜は無いし、トマトソースは長持ちしないし、
凍らせて持って来ると場所取るし管理が大変だしであまり使われていない。
左にある直火用の焚火台も同様、持って来る肉は基本的に干し肉だし、
食べられる魔物が少ないので臨時の生食材は手に入らないし魚もいない、
ピザ窯も同様だがそもそも砂漠では薪の確保自体が難しい、
煙と一酸化炭素対策で排気管まで用意したのだが、
魔道加熱器に勝てる要素が無いので調理場の端で薄っすらと砂を被っている、
ただし、排気管だけは空気の入れ替え用として活躍中である。
それに比べてピザ窯の右にあるカキ氷機は氷はいくらでも作れるし、
動力は手動だし、シロップは保存が効くしで大活躍らしい。
因みに、壁際に若干斜めに走っている管はシンクの排水管、
食べ物系のゴミは回収して出入口から離れた場所に埋めて処理している。
「持って来たよ~」
『 いぇ~い 』
広場に設置された石製の椅子(遺跡)に座って昼食。
「くあぁぁ…塩分が体に染みるぅ…」
「濃い目の味付けがたまらん…」
「溶けたチーズがお肉と絡み合って…いい…」
「食べるって幸せ…」
プリモハ調査隊の4人がプルプルしている。
「(感情豊かだよなぁ)」
その様子を見ながらフルムド伯爵はスープを啜っている。
この日の昼食は豆汁(醤油っぽいヤツ)と生姜で煮込んだ干し肉と
溶けたチーズをフランスパンに挟んだヤツと、インスタントの野菜スープ、
大量に汗をかいているので全体的に味は濃い目である。
「ところでアントル様、この立派な台座に置かれていた物は何処に?」
「「「 ん? 」」」
プリモハが立ち上がり椅子に囲われた円柱型の石を擦っている。
「やっぱり台座に見えるよねこれ」
「はい」
「「「 (そういうテーブルかと思ってた…) 」」」
高さは1.5メートル位、直径は2メートル位、
上面は平で側面には太陽を模した装飾が彫られている。
「何か重要な物があったんだろうけど見つかっていないんだ」
「盗掘ですか?」
「たぶんね、天井や壁には色が残ってるけどこの台座は素材の石が剥き出しだし、ここを見て」
「これは…金?」
「うん、剥がされてる、この窪みには宝石があったんじゃないかな」
「砂に守られていると思っていたのに、残念です…」
「まぁ、完全に埋もれるまでは時間が掛かっただろうし、ある程度は仕方ないよ、
それでも歴史的に価値のある物は殆ど手付かずで残ってる、盗賊は書物を好まなかったみたいだ」
「金や宝石と違って売り難そうですものね」
「フルムド伯爵、僕も聞きたいことがあるんですけど?」
ラッチが手を上げた。
「何かな?」
「上のアレって外から塞いでますよね、砂に埋まってるのにどうやったんですか?」
台座の真上の天井に2メートル程の丸い穴があり外側から板で塞がれている、
他にもいくつか同様の箇所があり全て外側から塞がれている。
「カンタルに付いた時に話したと思うけど、
以前の調査で砂を取り除いて建物が見えるようにしたことがあるんだ」
「じゃその時に」
「いや、その後だね、1度ダナブルに帰ってから戻って来たら半分くらい埋まっててさ、
帰る度に砂を取り除いてたらキリがないから、
一番の状態の良かったこの建物を拠点として活用するために整備したんだ、
遺跡に釘を打つ訳にもいかないから板を当てて砂で押さえてるだけなんだけどね」
「「「「 へぇ~ 」」」」
排水と排気(換気)の設備もその時設置したらしい。
発掘した場所を強化魔法で作った壁で囲い、砂に埋まらないようにする方法もあったのだが、
強化魔法で作った壁は透明なので倒壊の予兆が分かり難い、
効果時間が不明確、範囲が広くなり過ぎるとマナが足りなくなる、
強化魔法習得者(発掘班の中ではフルムド伯爵のみ)しか修理出来ない、
などの理由でやめたそうな。
但し、短期的、且つ限定的な範囲ならかなり有効であるため、
現在は範囲を絞って従来通り地表から発掘し、発見した遺物は拠点に移動、
調査が完了したら強化魔法を徐々に解除して埋めるというのを繰り返している。
一気に強化魔法を解除してしまうと雪崩れ込んだ砂で発掘した遺跡が押し潰されたり、
動いた砂の影響で未発掘の遺跡がぐちゃぐちゃになる危険性がある、埋める時が一番気を使うらしい。
昼食の後は午後の調査まで各々自由時間、
遊ぶも良し、筋トレするも良し、談笑するも良しなのだが、
体力勝負の現場なので全員やることは同じ。
『 うぃ~… 』
お風呂(男女別)で汗を流し。
『 シャリシャリ… 』
カキ氷を食べ。
『 すぴぴ… 』
体力回復のため割り当てられた部屋で泥のように昼寝である。
乾燥した環境だったため半分くらいの部屋は木製の扉が残っていたりするのだが、
脆くなっているので殆どの部屋は扉の代わりに布で目隠しをしている状態。
布団は持って来ていないので砂を詰めた麻袋の上に布を敷き、
その上に寝袋を置いている、昼はそうでもないが夜はある程度冷えるらしい、
部屋が暑い場合は床に置いてある桶に氷塊をセットするといい感じになるそうな。
※麻袋から漏れ出る砂塵が気になる場合は砂を水で洗ってから
詰めると細かい砂塵が排除されてマシになるそうな。
そんな感じで調査は進み更に2日後の昼、
とある部屋にてフルムド伯爵とプリモハが計測結果を纏めている。
「ふむ、これによると…」
「ここだね、トール様の盾はここ辺りにある」
フルムド伯爵が城壁と拠点が書かれた地図に〇をつけた。
「まさか城壁の外側とは思いませんでしたね」
「どおりでなかなか特定できない筈だよ、こんなの計測器がなかったら絶対見つからない」
「うふふ、今頃は手当たり次第に掘り返して途方に暮れていたかもしれません」
「それか見当違いの場所を地下深くまで掘り進んでたかも、
カプア主任には無理してもらったけど結果的に良かった、今度何かお礼しなくちゃ」
どちらかと言うとカプアの手伝いをさせられたリンデルの方が無理してたそうな。
「お~いリンデル、起きてる?」
「まぁぁ…」
苦手な徹夜で案の定、左の下瞼が痙攣していたらしい。
「40%を下回ったのはこの一帯だけだけど…
貴重な物を城壁の外に保管したとはちょっと信じられないよね」
「数字は嘘を付きません、場所を絞りこめたことは目標達成に近ずく大きな1歩です」
「うん、そうだね、今日はもうやることはないから休もう、本番は明日だ」
「お~っほっほっほ! 明日の発掘作業ではネネ様の槍を発見した実績のあるこの私、
そして私が率いるプリモハ調査隊が! 存分に活躍してさしあげますわよ!」
プリモハが濃い顔で低めのポーズを決めている。
「あ、いや、凄く力加減が難しいし慣れてないと危ないから僕達発掘班が担当するよ、
プリモハちゃん達は今まで通り魔物の方をお願い」
「はい」
正論パンチでスン…と元に戻った、何事も適材適所である。
一方その頃、シード計画施設内の松本は。
「(失敗したら俺は死ぬ…失敗したら俺は死ぬ…)」
「「「 … 」」」
只ならぬ緊張感の中、解読班のペンテロ、ハルカ、ロダリッテの前で
マナ伝達練習用の棒を握り締めている。
「(失敗したら俺は死ぬ…欠片でもパンが出たら俺は死ぬ…
パンが出たら俺は解剖されて死ぬ…死ぬ…死ぬ……だが死なん! 生きるぅぅ!)」
「「「 … 」」」
「…行きます」
「「「 どうぞ 」」」
「へぁっ…いぇぁぁぁあ!!」
マナ伝達練習用の棒を両手で掲げ全身全霊で気合を込める松本、
先端の光輝石がペカっと光った。
「はぁ…はぁ…やった、み、見ましたか今の!」
「えぇ、光りましたね」
「おめでとうマツモト君」
「(煩い)」
「いやっほ~う! ちゃんと練習の成果が出てるぅぅ! これで解剖されずに済むぅぅ!」
「(そんなに全力で行うことではないのですがね…)」
「(なんで解剖?)」
「(煩い)」
成功率7割の状態で臨んだ背水の陣、
敢えて自らを追い込む命がけのマナ伝達テストを成功させ、
極めて個人的な小さな小さな1歩を噛みしめていた。




