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273話目【ウルフとシルバ 4】

シルバと松本はウルフの先導でとある路地裏にやって来た。


「なぁウルフ、さっきから何探してんだ?」

「ヤベェ奴等が集まってる場所だ、俺の勘だとこの辺りにいる筈なんだが…」

「なんだよヤベェ奴等って?」

「マジでヤベェくらいに舐められちゃいねぇ奴等のことだ、

 いいかシルバ、世の中にはオメェが想像できねぇくらいヤベェ奴等がいる、

 そいつ等はマジでクソだ、俺はオヤジとしてそのクソをオメェに教えてやらねぇといけねぇ」

「そんなもん知ってどうすんだ? 金にならねぇし食えねぇだろ」

「まぁな、関わらねぇのが一番だ、だがよ、知ってるのと知らねぇのじゃヤベェくらいに差が出んのよ」

「そうなのか?」

「おう、顔を覚えておけば避けられんだろ、あとな、マジでヤベェくらいクソなやり口を知らねぇと

 オメェもいつか騙されちまうかもしれねぇ、お?」


ウルフが足を止めて目を細めている。


「見つけたんですか?」

「おうよ、あれだ」


少し先に小太りの酔っ払い(ゴブリン)が転がっている。


「普通のオジサンっぽいですけど」

「よくいるオッサンだぜ」

「あの腹は見覚えがある、この辺に酒場はねぇだろ、あいつも酒を持ってねぇ、

 なのになんで道の真ん中で腹出して酔い潰れてんだ? ヤベェくらい怪し過ぎるぜ」

「そうなのか?」

「おう、覚えとけシルバ、こういうのが目印だ、近くに看板出してねぇヤベェ酒場があんのよ、

 そしてそこがクソ共の溜まり場だ」

「(これは判断が難しいな…)」


確かに路地に酒場の看板は無い、あるのは民家だけである、

松本からすればその辺の家に住んでいるオジサンが昼間から酔い潰れただけに見える、

土地勘とそういうものを感じ取るアンテナが必要なのかもしれない。


「じゃぁここに近寄らなければいいんだな、簡単だぜ」

「いや、クソ共はよく場所を変えんだ、同じ場所には長くても3ヵ月しか留まらねぇ、

 何処にいるかはその時次第だ」

「なんだよそれ、そんなん絶対無理だぜ」

「なにか場所を選ぶ基準はないんですか?」

「あるぜ、まさにここみてぇな場所よ、衛兵があまり通らねぇ、周辺に店がねぇ、

 昼間でも人が少ねぇ、そして子供があまりいねぇ場所だ、とにかく人目に付くのを嫌うのよ」

「「 へぇ~ 」」

「いいかシルバ、マジで大切なことを言うぜ、ここから先は俺から離れて付いてこい、

 俺に話しかけて来るヤツがいたら絶対に近ずくんじゃねぇ、そいつ等はマジでヤベェからな」

「お、おう」

「テメェもだクソガキ、もし俺が殴られたらシルバと一緒にヤベェくらいの速さで逃げろ」

「え?」

「ふざけんな! なんだよそれ!」

「シルバ、俺はマジで言ってんだぜ、いいか? マジでヤベェんだ、何があっても近ずくんじゃねぇ、

 話すのも駄目だ、俺と繋がりがあるとバレたらヤベェんだ、分かったか?」

「お、おぅ…」

「ウルフさん、何をする気なんですか?」

「何もされなきゃ何もしねぇよ、俺だって衛兵に捕まるのはヤベェからな

 (まぁそんな甘くはねぇだろうがな…)」

「んじゃ先行くぜ、だはは、分かってるって」

「またいい話あったら教えてくれよ~」


なんて話をしていると松本とシルバの後ろの扉が開き小樽を抱えた男が2人出てきた、

1人は自堕落そうな大柄の男、もう1人は中肉中背の碌でもなさそうな男、

2人共40代中頃と思われ既に酒が入っている。


「お? 何だお前ら?」

「この辺りじゃ見ないね~、どうしたの? 困ってるなら話聞こうか?」


酒の匂いを撒き散らしながら近付いて来た。


「(マジかよ…ヤベェ…)」

「お? おぉ?」

「どうした?」

「その中途半端に開いた左目と傷よ~お前アサリじゃねぇか? アサリだよな?」

「え? うぉマジだ、間違いねぇアサリだ」

「いや~潜りのアサリが自分から現れるなんて、驚きだぜ~」

「久しぶりだな~元気してたか? っていうかなんだその恰好? 肩幅広すぎだろ」

「「 だはははは 」」


2人が腹を抱えて笑っている。


「(潜りのアサリだぁ? 何言ってんだコイツ等…)

「おいウルフ! いいのかよ、コイツ等舐めてるぜ!」

「黙ってろって言っただろ!」

「ぅ…」


今までにない剣幕で凄まれシルバが口を閉ざした。


「どうしたのそのガキ共? もしかしてお前仕込んでんの? 得意のヤツ」

「紹介してくれよアサリ~、人手が足りねぇんだ、使えるヤツはいつでも大歓迎だぜ」

「んな訳ねぇだろ、コイツ等とはそこで会ったばっかだ、俺が誰に何を仕込むって? 

 っけ、こんなガキ共にマネできてたまるかよ、甘く見んじゃねぇ! 舐めてんのかおぉん?」

「まぁまぁ、そうカッカすんなって~酒でも飲むか? ほれ」

「いらねぇ」

「そうか? これ旨ぇんだぞ、え? もしかして酒やめた?」

「それよりアサリ、お前金が欲しいんだろ? 俺達に会いに来たってことは困ってんだろ?」

「なんだそういうことなら早く言えって~水臭せぇなも~」

「俺達は酒臭ぇけどな」

「「 だはははは 」」

「(クソ共が…シルバとクソガキに目を付けやがったな…ちくしょう…)」

「…」


ウルフにとって最悪のタイミングで現れた2人、

下卑た視線を察した松本の中で何かが揺らいだ。


「あるぜ~いい話が、聞くか? 聞くよな? ちょっと耳貸せ」

「ここだけの話だけどな、実は北区のとある屋敷にあるんだ、

 何ってお前も知ってるヤツだよ~ほらクリクリクッキーの、ネネ様の槍の複製」

「ミスリルの方じゃねぇぞ、オリハルコンだ、300ゴールド」

「俺達が下調べして完璧な計画を立ててやる、見張りもバッチリだ、

 何も心配はいらねぇよ~、お前は屋敷に忍び込んでちょちょっと槍を持って来ればいいの」

「分け前は~そうだな、10ゴールドでどうだ? 凄ぇ大金だぜ、

 特に真面に仕事が出来ねぇお前にとっては、だろ?」

「…」

「なんだ? 不満か? 俺達だって大変なんだぜ~、製造番号付きの槍をさばくのは簡単じゃねぇの、

 教えたろ~貴重な物は買い手も警戒する、危険なのは皆同じ、その代わりいい思いするのも皆同じ」

「勿論やるよな?」

「久々に見せてくれよ~アサリの凄腕を、な? やろうぜ~」

「断る」

「「 … 」」

「いいかアサリ、俺達はお前を信じてこの仕事を紹介してやってるんだぜ」

「そうそう、まだ誰にも教えてねぇの、ガキの頃から知ってるアサリだからこそ話してんだぞ、

 いなくなっちまってからずっと心配してたんだ~マジだって、

 俺はお前のことを年の離れた弟だと思ってんの、信じねぇかもしれねぇけど」

「俺もだ、弟が困ってるなら助けてやるのが兄ってもんだ、そうだろ?」

「な? 助けさせてくれよ、お前の兄達に、俺達の大切な弟を」

「信じろって、俺達兄妹が力を合わせれば全て上手くいく、今まで1度でも失敗したことあったか?

 ねぇだろ? 俺達はいつでも完璧なんだ、昔みたいにやろうぜ」

「「 一緒にな 」」


ウルフの肩に手を置き男達が柔らかく笑った。



何やら情に訴えかける感じで語っているが、

一番危険な実行役が10ゴールドではわりに合わない、

だが、こういう話は危険な役ほど薄給なのが世の常である。


現実世界のオレオレ詐欺も最も危険な現金の受け取り役(受け子)は

闇バイトなどで集めた下っ端で薄給、捕まっても問題ない切り捨て前提の人材、

一番美味しい思いをしているのは直接的な危険を冒さずに国外で指示を出している指示役、

ですらなく、更にその上のオレオレ詐欺グループが集めた金をただ受け取っている者達である。



「4年ぶりに顔を見たけどよぉ、あの頃からマジで変わってねぇな、

 テメェ等よ~気合の欠片も感じねぇ濁った目をしてんぜ」

「おいおいおい、やめろよそういうの」

「確かに胸張れるような生き方はしてねぇけど、それって俺達同じだろ、貶し合うのは無しにしようぜ」

「ふさけんな、俺は生きるために取ってんだ、楽してぇだけのテメェ等とは違ぇ!」

「はぁ~やだやだ、やだねぇ~まったく、何熱くなってのアサリちゃん~、

 取ったら同じ、取られた側からしたら違いなんて無いの」

「そうだぜ、どんなに綺麗ごと並べても俺達は同じなんだ」

「っち、確かに俺は碌でもねぇよ、だがテメェ等とは違ぇ、取られた側からしたら同じだとしても違ぇ

 テメェ等は真面に金稼げんだろ、気合があればなんとでもやれる筈だ」

「はぁ~…世の中ってのはそんなに優しくねぇだろ、その辺はアサリが一番分かってる筈だぜ」

「そうそう、俺達なんかよりアサリは大変だったもんな~、無理やり連れてこられて捨てられて、

 まったく世の中ってのは理不尽すぎるぜ、ダナブルに来てからもいろいろあったろ、

 真面目に働き出したらいきなり辞めさせられたり、保証人になるって言ったヤツにも裏切られた」

「あとあれだ、女もお前を捨てた」

「あったな~そんなこと、あれはマジで酷かった、俺は自分のことのように胸が締め付けられたよ、

 そんな経験してるお前が何で俺達を責めるの? 今までどんだけ理不尽な目にあって来た?」

「どいつもこいつも親切なふりして最初はお前を受け入れた、だが直ぐに突き放しただろ?」

「アサリは何も悪くねぇのにな~、酷いぜまったく、マジで信じられねぇ、でも実は俺も同じ経験がある」

「俺もだ、若い頃にな、昔は俺もモテたんだよ、マジだぜ」

「皆同じさ~、理不尽は当たり前、ここにはそんなどうにもならねぇ奴等が集まってるの、

 協力して必死に生きようとするのは悪いことじゃねぇだろ~」

「勿論良いことでもねぇがな、でも必要なことだ、分かるだろアサリ」


ウルフの額に血管が浮いた。


「(よく喋るぜ…俺が何も知らねぇと思ってんのか…心の底から舐めてんなぁ…マジでよぉ…)

 ふざけんな! ガキでもなぁ! ヤベェくらい気合入ってて舐められねぇ生き方してるヤツもいんだよ!

 やりたくねぇから何もしねぇで! 昼間っから酒飲んでダラダラしてよ!

 金がなくなりゃ取りに行ってずっとそれの繰り返し! テメェ等のクソさを世の中のせいにしてんじゃねぇぞ!」

「おい、いい加減いしろよアサリィ…」

「人が折角親切に誘ってやってんのに…お前…」


先程までヘラヘラしていた2人の雰囲気が変わった。


「よく覚えとけシルバ、こういうヤベェヤツ等は笑って近寄って来んだよ、

 最初は優しい振りしてこう言う、オメェは可哀想だ、俺達が力になってやるってな、

 そしてタダで飯を食わせて信用させんだ、何のためか分かるか? 全部テメェ等のためよ、

 力を合わせるだぁ? 笑わせるぜ、テメェ等がやりたくねぇことを押し付けて利用してるだけだろうが!」

「「 … 」」

「それだけじゃねぇ、コイツ等がマジでヤベェのはな、一度利用できると思ったら手放さねぇことだ、

 逃げれば全力で探すし、有ること無いこと言いふらして逃げ場を潰す、

 そうなったらマジでヤベェ、誰もソイツに近寄らねぇし、誰もソイツを助けねぇ、何処にもいけねぇ、

 そんで戻って来たら優しくしてテメェ等だけが味方だと思い込ませんだ、

 全部テメェ等で仕組んてたくせによぉ! 何も知らねぇ振りして擦り寄ってくんじゃねぇよ!

 マジでヤベェくらいにクソだぜテメェ等は、絶対に舐められ…」

「おらぁ!」

「ぐぉっ…」


大柄の男の拳がウルフの腹にめり込んだ。


「ウルフ!」

「調子に乗ってしゃべり過ぎだぜ、おら!」

「そういうの困るんだよね~、俺達が酒飲めなくなったらどうすんの? あ!? あぁ!?」


蹲ったウルフの顔を殴り、更に倒れ込んだところに脇腹を蹴って追撃を入れている。



「ウルフ! おい大丈夫かウルフ!」

「何してんだシルバァ…早く走れ…がぁっ…」

「煩いよ、だいたいさっきからなにウルフって? 君アサリちゃんでしょ?」

「おい! ウルフから離れろクソ共! これ以上何かしやがったら俺が許さねぇぞ!」

「あ~もう煩いって、ちょとそのガキ黙らせ…ちょっとさ~なに人の足掴んでんの?」

「俺の息子に手を出すんじゃねぇ…ぶっ飛ばすぞこらぁ…」

「息子? え? お前の?」

「あの7歳くらいのガキが?」

「「 だははははは! 」」

「どう考えても計算合わねぇって、お前が逃げたのは4年前だろ、どこで拾って来たんだよ、だははは!」

「っていうか何もできないお前が父親って、ひっく…だははは、やめとけよ~可哀そうだろ」

「いやまて、マジで親子かもしれねぇ、よく見たら似てるぜ、特に貧相な体とかな」

「「 だははははは! 」」

「真面に飯も食わせてやれねぇくせによ~」

「仲良く一緒にゴミでも漁ってたの?」

「「 だははははは! 」」

「うるせぇ! ウルフを舐めんじゃねぇ! ウルフは凄ぇんだ! ヤベェくらい格好いいんだよ!」

「いや確かに凄いぜ、普通考えねぇもんな」

「人以下のくせに身の程知らな過ぎだろ、いくら馬鹿でもそれくらい分がっ!?」


いつの間にか起き上がっていたウルフが中肉中背の男を殴りつけた。


「何やってんだシルバァ! 俺は言ったよなぁ、ヤベェくらいマジで言ったよなぁぁ、

 さっさと走れぇ! そして2度と関わるんじぇねぇ! このクソ共にも俺にも! あがっ…」

「痛ぇだろ、なに? 勝てると思ってんの? そんなガリガリの体で、おらぁ!

 俺元Bランク冒険者なの、分かる? お前と違って鍛えたってこと、おらぁ! 

 少しくらい現役退いたところでまだまだ負けねぇの、おらぁ! 酒飲んでてもお前ごときじゃ勝てねぇの」

「なんだこのふざけた髪型は? おらぁ! この肩パットはもしかして威嚇のつもりか?

 おらぁ! おらぁ! 少しでも貧相な体をデカく見せてぇってか? おらぁ! 

 ビビらせてくれよアサリ、頼むからよ~」

「「 だはははは! 」」

「やめろ! やめてくれよ…なんでそんなことするんだよ…ウルフが死んじまう…」

「だから煩いって、お前を先に黙らせ…いや待てよ、あのガキを使えばアサリに

 槍を取りに行かせられるのでは?」

「お? 頭良いな、そうすっか、ちょと捕まえてくるわ」

「うぁ…」


後退りするシルバに大柄な男が迫る。


「何してんだ…逃げ…」

「煩いよ!」

「うぐっ…」

「今更何言ってんの? アサリちゃんが連れて来たんでしょ」

「大事なら隠しとけよな、ほらこっち来な、それがアサリのためだぜ」

「ウ、ウルフ…ぁ…ウルフ…」


横たわるウルフと迫る男を怯えた目で交互に見るシルバ、

下がろうとする足と延ばそうする手に心の葛藤が見て取れる。


「ぁ…ぅ…」

「馬鹿だよなぁ~少し考えれば…ん?」







大柄の男がシルバを掴もうと腰を屈めたのだが、

視界の端に写った黒い何かに気づき動きを止めた。


「…なんだこれ?」


大柄の男から見てシルバの左側に黒くて丸い何かが転がっている、

いや、転がっているというのは正しくない、

丸い形なのでそう表現しているだけで動いてはいない、

そこだけ風景がすっぽりと抜け落ちているかのように黒い丸がある。


『 … 』

「おい、なんなのそれ? どうなってんのそこ? 影か?」

「いや分かんねぇって、影になりそうな物は…」

「無い…な、ん~?」

「俺ちょっと酒飲み過ぎたかも…」

「結構飲んだからなぁ、俺も目に来てんのかなぁ~…」


男達が首を傾げながら目頭を揉んでいる。


「(ヤベェ…これ絶対ヤベェ…)」

「(マジかよ…ヤベェくらいヤベェ…)」


一方、ウルフとシルバは見覚えがあるらしく戦慄している、

どうやら影や視界の歪みなどでは無いらしい、

丸は丸だが全員から丸く見えているので恐らく球体、よく見ると若干表面が波打っている。


「なぁ、俺やっぱり見えるんだけど、なんなのそれ?」

「分かんねぇって、なんだこれ?」

「いや俺も分かんねぇから、まぁ、取り敢えずそのガキを…」

「そうだな」

「…れるな…」

「ん?」

「触れるな…」

「んん!?」

「おいどうした?」

「いやなんか、これが喋った気が…」

「何言ってんの、それもうよく分からないから、ほっといて早いとこガキを捕まえろって」

「いやでも、なんか怖ぇ…」

「ビビってないで早く~」

「あぁ…」

「おい…」

「んん!? やっぱ喋ったって、これ喋ってるって、あれ? そういえばもう1人ガキがいたな、

 お前もしかしてガキか? ん~?」

「その子に触れるなカスゥ…」

「ほわぁぁ!?」


深淵を覗き込もうとした大柄の男は球体に浮き上がった2つの渦巻く混沌に驚き仰け反った。


「おいどうした!? 何があったの?」

「ここここれ、これが急に…膝がぁぁ!?」


球体がぬるりと動くと触手が飛び出し大柄の男の右膝をシバいた。


「あががが…膝がが…」

「おるぁぁ!」

「膝ぎゃぁぁぁ!?」


2本目の触手が生えたかと思うと今度は左膝を左右からの素早い2連撃でシバいた、

時間差で打ち込こまれた衝撃はなかなかのもので、

曲がってはいけない方向に関節を揺さぶりミシリと鈍く不快な音を立てた、

たまらず崩れ落ちた大柄の男は地面にへたり込み青ざめた顔で息を荒げている。


「はぁはぁあぁぁ…膝がが…はぁはぁ…あばば…はぁ…おれれ折れたかも…」

「…なに勝手に回復してんだ?」

「い、いやだって膝が…痛ぇから…」

「さっき散々殴ったり蹴ったりしてただろ…受け入れろよ…痛みを…」

「なななんなんだお前!? もしかして魔物か!? 魔ひぇっ…離し…」

「そして受け入れろよ…この狂気を…」

「ひ、ひぃぃいぁぁぁああばっばあ!? か…」


2本の触手(腕)にガッチリと顔を固定され渦巻く狂気を注がれた男は

発狂したのち白目を剥いて動かなくなった。


※狂気に覆われ過ぎて肌色が微塵も見えませんがただの狂王です、

 この場に危険な魔物はいないので安心して下さい。



「「 (えぇ…) 」」


ウルフとシルバが引きつった顔をしてる。


「う、うわぁぁぁ!? 化け物だぁぁ!?」


その辺で転がっていた酔っ払いゴブリンがバタバタと逃げて行った。


「おいおいおい…どうした!? 返事しろお~い!」

「見下したよな…」

「え?」


球体が少し平たくなったかと思うと更に2本の触手(足)が生え、

ズゾゾ地を這うように動きだした。


「はぁ!?」

「見下したよなぁ…お前…見下してたよなぁぁ…」

「はぁぁぁ!?」


叫びながら逃げ回る中肉中背の男を4足歩行で追う球体、

移動跡に本体から零れ落ちた黒いウネウネが燻っている。


狂気を振り撒きながら迫る姿は言い表せない程におぞましく、

感情ではなく本能が拒絶し畏怖するまさに狂気の権化ともいうべき存在、

例えるなら人間への恨みで変貌した大猪のそれである。


「(マジで何なんだよこれ…)」

「(ウネウネしてる…あ、薄くなってく…)」


残り狂気は数秒で消えるらしい。


「見下してたよなぁ…確実に見下してたよなぁお前ぇ…」

「ななななに言ってんの!? 分かんねぇから!? 言ってることもお前もよく分かんねぇからぁ!?」

「おらぁ!」

「膝がぁぁ!?」


男が右膝をシバかれて転んだ。


「何もできない奴が父親で可哀そうだとか…人以下の身の程知らずとかよぉ…

 見下してたよなぁお前ぇぇ…」

「あばば…ア、アサリのこと言ってんの!? ひぇ!?」


膝を押さえて後ずさりする男の顔の横にシュバっと球体が張り付いた、

ウネウネと波打つ黒い狂気が男の目尻を撫でている。


「アサリ、さん、だろ…舐めてんのかおぉん?」

「はぃぃアサリさんですぅぅぅ!?」

「何もできない奴が…何も持ってない奴が…誰かのために手を差し伸べるってことがよぉ…

 どれだけ凄いことか分からねぇのか…分かるわけないよなぁ…クズだもんなぁぁ…」

「はぁ…はぁ…ひ、ひぃぃぁぁ…」

「人以下の身の程知らずだぁ? 半分はお前等のせいだろうが…おぉん?

 なに棚上げして馬鹿にしてんだよ…おん? あることないこと言いふらして孤立させたんだろ…

 希望の芽を刈り取ったんだろ…全部知ってんだよこっちは…

 お前も孤立させてやろうか…お? お? 体から精神を孤立させてやろうかおぉん?」

「はぁはぁあっぁああ!? ひゃだひゃだぁぁ!?」


顔の半分が狂気に飲み込まれ発狂寸前である。


「誰よりも絶望的な状況で…何一つ希望も持てないような状況で…知りもしない子供を助けてんだろうが…、

 自分の身を犠牲にしてよぉ…碌なものを与えてやれないって嘆きながらよぉ…

 二の舞にならないように必死で守ってるんだろうがぁ…お前等みたいな寄生虫からよぉぉ!」

「うご…脇腹ぁっ……っ…っ…」


触手でリバーを的確にシバかれ男が悶絶している。


「お前子供いるのか? いないよな…いたら分かるもんなぁ…

 やってることは恐喝とか不法侵入だから褒められねぇけどよぉ…

 全力で愛情注いでんだろうが…自分の子供に無関心なクソ親より立派に親してるだろうが…

 そんなもんなぁ…恰好良いだろうが…尊敬もんだろうがぁおぉぉぉん!!」

「分かんねぇ! 俺子供いないから分かんねぇよぉぉ!」

「子供愛せカスゥ!」

「脇腹ぁっ…っ…」


再びリバーをシバかれて男が半泣きで悶絶している。


「吐けよ…」

「…っ…ぁ…はぁ…吐く程は飲んでないです…いや吐きそうかも…うぷ…」

「そっちじゃねぇ…吐けよ…」

「…え? な、何を?」

「仲間のこと…全部…何人いる?」

「え…あ、いやそれ言っちゃうと俺がぁ!? ひゃだぁぁこれ以上飲み込まぁぁひゃぁぁ!?」

「お前等どうみても下っ端だよな…吐けよ…寄生虫の親玉は何処だ…」

「そそ…そんなのいいいいませ…」

「こっちを見ろ…」

「ひぇ!?」

「こっちを見ろ…俺の目を見て言ってみろ…」

「ひゃだぁぁ!? それだけひゃだぁぁあ死にたくな…か…」


顔を掴まれて抵抗していた男は狂気を注がれる前に気絶した。


「ヤベェよ…あれ怖ぇよウルフ…」

「あんま見んな…こっち来んぞ…」


傷を回復中のウルフとシルバは目を逸らした。






「お前等何騒いでんだ! さっきからうるせぇぞ!」

「ここで揉め事起こすなって言ってるでしょ~」


気絶した男達が出て来た家から別の男女が出て来た。


「あれ? ちょとやだ~何でアイツ等倒れてんの?」

「おいおいおい、誰だこんなふざけたことをしでかした奴は?」

「ちょっとそこのガキ! 誰がこれやったの? 正直に言いなさいよ~」

「そこ…」

「あ? 俺を指差してんのか?」

「ぎゃははは、アンタ顔怖いから」

「ふざけんなクソガキが! どう考えても怪しいヤツがいんだろうが、

 オメェだよ銀色頭、オメェがやったんだろう? ふざけた髪型しやがってよ~」

「違ぇ、俺じゃねぇよクソが」

「お? その傷、もしかして潜りのアサリか?」

「ぎゃははは、え~なに? 今まで隠れてたくせにわざわざ戻って来たの? 

 もしかして私達に仕返しするために? やめなよ~そういうの、無駄だって~」

「いい度胸じゃねぇか、俺が相手になってやる」


男が指をボキボキ鳴らしながら近ずことするとウルフが指を刺した。


「おい後ろ、やべぇぞ…」

「あ?」

「後ろ?」

「「 ひぇ… 」」


背後から発せられる狂気を感じ取り青ざめる2人、汗が吹き出し顔が引きつっている。


「お前等だよなぁ…仲間なんだよなぁ…」

「「 はぁはぁはぁはぁはぁ… 」」

「こっちを見ろ…こっちを見ろよぉ…」

「「 はぁはぁはぁ…ほあああぁ!? 」」


扉の上の壁に張り付いた球体をチラ見した2人が半狂乱で走り出した。


「なななななにあれ!? あれぇぇ!?」

「俺が知るかぁ!? 魔族だ、アレが噂の魔族だきっと!」

「やだぁぁ魔族やだぁぁ!」

「お? なに逃げてんだ…お? お前等逃げたヤツを全力で探すんだろ…、

 絶対に逃がさないんだろ…こんな風によぉ…お? 待てこら…お? お? 逃げんなこらぁ…お?」

「早ぇ!? すぐ後ろにいるぅぅ!?」

「やだぁぁ!? いやぁぁぁ!?」

「おぉん? お? こら…お? お? おぉぉぉぉぉぉん!?」

「やだぁぁ鳴いてるぅぅ!? 魔族って雄叫びあげるの!? ねぇ!?」

「知らねぇ! とにかく走れ殺され…」

「「 膝がぁぁ!? 」」

「お前等利用する側だと思ってるよなぁ…自分より弱いヤツを見つけて食いものにしてるよなぁ…」

「「 ひぇ!? 」」

「助け合うべきなのによぉ…手を差し伸べるべきなのにぉ…本当に困ってるヤツを陥れて利用してるよなぁ…」

「ひょぁぁぁ!?」

「ひゃだぁぁぁ!?」

「「 か… 」」


狂気に飲み込まれ2人は泡を吹いて気絶した。



そして球体は2人が出て来た家の中に消え。


「た、助けあぁぁ!?」

「膝がぁぁ!?」

「あがが…ほぁぁぁ!?」


などのパニックハウスさながらの断末魔が漏れ聞こえた。




「直ぐそこだ、角曲がった先、早く何とかしてくれ…」

「もう1度聞くが黒くて丸い形をしているんだな?」

「そうだ、あれは…ば、化物だ…マナかなんかを吸い取るんだきっと…」

「聞いたことのない魔物だが…」

「じゃぁ魔族だ! あれは、あれは…お、思い出しただけでも恐ろしい…」

「酔っぱらって見間違えたわけではないんだな?」

「この目で見たんだ、間違いねぇよ、ほ、ほらあれだ! 人が倒れてる!」

「何!? お~い全員急げ! 被害者がいるぞ、何人が倒れている!」

「まだ近くにいるかもしれない、気を付けろ! 剣を抜け!」


逃げた酔っぱらいゴブリンが呼んで来た衛兵によって現場は騒然となった。


「おいウルフ、衛兵だぜ」

「あぁ、ヤベェな…」

「君達は大丈夫か? 怪我は?」

「問題ねぇ、だろシルバ?」

「おう、帰ろうぜ、あ、卵割れちまってる…」

「少し待ってくれないか? 状況を聞きたい、これは何があった?」

「君達はあの人達を襲ったヤツを見たか?」

「見たけど…」

「どんな姿だった? 何処に行ったか分かるか?」

「え…いやあの~丸くて黒くて、とにかくヤベェ…」

「ソイツならあの家に入っていった、行くぜシルバ」

「おう」

「あ、ちょっと待って」

「すまねぇな衛兵さん、俺達もヤベェ思いして参ってんだ(早いとこ離れねぇとヤベェ)」

「(アイツ何処いたんだ? 大丈夫か?)」

「すまないがこのまま君を帰らせることは出来ない」


立ち去ろうとするウルフの肩を太い腕が引き留めた。


「ウルフ君、いや、アサリ君と呼ぶべきかな」

「うっ…」

「私は衛兵長を務めているカットウェルだ、ある人から君の話伺っていてね、

 いろいろ聞きたいことがある、そこに倒れている人達との関係とかね」

「あぁ…(終わりか…まぁ、長かったな…)」


ウルフと倒れていた者達は全員拘束された。


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[良い点] 更新が早くて嬉しい ムーンベアーも逃げ出す狂気と筋トレで得た肉体のダブル攻撃が最高です
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