27話目【ウルダ祭 プロローグ】
ウルダ祭当日、町全体がいつもに増して賑わっている。
時より開催される祭は人々の娯楽であるが、中でも春と秋の年2回開催されるウルダ祭は
周辺の地域からも見物人が集まる一大イベントである。
地方都市ウルダ周辺で活動する冒険者達にとっては、名を挙げるチャンスである。
駆け出し冒険者にとっては通過儀礼となっており、強制参加させられ先輩冒険者に物理的手ほどきを受ける。
当然一般人も参加し、力自慢、ご近所トラブル、夫婦の痴話げんか、酒の席でのトラブルなど
あらゆる問題が持ち込まれ、大衆を承認とし決着が付けられる。
ウルダ祭の結果を反故にした者は、大衆を敵に回しそれはそれは大変な目に合うそうな。
ウルダ祭は3日間開催され、1日目は一般人の個別対戦『ケロべロス杯』、
2日目は未成年のトーナメント『ヒヨコ杯』、3日目は大人のトーナメント『ミノタウロス杯』。
目玉は3日目『ミノタウロス杯』、普段は見られない激しい戦いと、新米冒険者のお披露目。
腕利きであればスカウトの目に留まり、貴族やギルドチームに召し抱えられる。
当然参加する側、観戦する側共に熱が高まる。
ウルダ町民にとって一番熱が入るのは、何故か1日目の『ケロべロス杯』らしい。
2日目の『ヒヨコ杯』は、参加者にとっては死活問題だが観客にとっては箸休めみたいなもの。
飛び道具禁止、魔法禁止、刃のついた武器禁止、防具自由。
未成年トーナメントは木剣と木盾のみ。
力の祭典、ウルダ祭! 本日正午から開催である!
南区の宿屋のロビーでバトーが松本を待っている。
「おはようマツモト、寝坊とは珍しいな」
「おはようございます。すみません、布団が気持ち良すぎて…」
「はは! そうか、なら買って帰ったらどうだ?」
「そんなお金ないですよ。あと50シルバーも無いですから」
「あの程度の布団なら買えると思うぞ」
「そうなんですか? 悩みますね…」
いずれ冒険してみたいし、他の魔法も習得したいんだよな…
2ゴールドするからなぁ…いや布団は村では作れないしなぁ…
悩むマツモト達にルドルフとミーシャが声を掛ける。
「おはよう。バトー、マツモト」
「おはよう、ルドルフ、ミーシャ」
「おはようございます!」
「なっはっは、朝から元気がいいなマツモト。全員揃ったみたいだし、早速受付に行こうぜ!」
4人が広場に入ると慌ただしく準備が進められていた。
中央に四角いステージと四方に5段の観戦用の足場、北側の足場には豪華な観覧席がある。
広場の外周には出店が並び、食べ物、飲み物、物品に至るまで揃っている。
ウルダ祭は商業者にとってもお祭りである。
「凄いですね、昨日は何もない広場だったのに1晩で作ったんですか?」
「いや、ステージも観客席も分割式になっていてな、普段は倉庫にしまってあるんだ」
「装飾は新調するらしいけど、張り付けるだけだしね。並べて飾れば完成ってわけ」
「分割式でも結構頑丈でな。石板が敷かれた上に魔法で強化されている、並大抵じゃ壊れはしねぇ」
「へぇ~強化魔法なんてあるんですね、ルドルフさんは使えるんですか?」
「あたしは無理。強化魔法を使える人は少ないわ、大昔は結構居たらしいんだけどね。
今じゃ精霊様も行方不明だし、神官クラスもいないから、運良く魔石を見つけない限り習得できないの」
「いや、魔石があったとしても、絶対お前は攻撃側だろ…」
「確実に攻撃側だな。その性格でサポート役は無いだろう…」
バトーとミーシャが呆れている。
「なによ? 私の性格がなんだっていうのよ?」
「お前、俺より男っぽいじゃねぇか…」
「冒険者だった時も一番攻撃的だったぞ…」
バトー、ミーシャ、ルドルフ…
このチーム、前衛2人と後衛1人じゃなくて、前衛3人だったのか…
敵が可哀相だな…
松本の脳裏に迫りくるマッチョ2人と杖を振りかぶる女性が浮かぶ。
完全に物理で殴るタイプである。
広場の北側で人が集まっている。
「あそこが受付みたいだな、ミーシャは3日目の『ミノタウロス杯』だけか?」
「なっはっは。当たり前だ、俺は揉め事は起こさない主義だからな。起こすとすればコイツの方だ」
親指でルドルフを指すミーシャ。
「失礼ね、私だって起こさないわよ。3日間優雅に観戦するわ」
「どういうことですか?」
受付前で罵声が上がる。
「ぶさけるんじゃねぇ! なんで冒険者の俺が1日目の『ケロべロス杯』に参加しなきゃいけなぇだ!」
「別に参加しなくてもいいぞ、不戦敗になるだけだ。その代わり、きっちりツケを払って貰うからな!」
「そうだそうだ!」
「金払いやがれ!」
「クソが、調子に乗るんじゃねぇぞ!」
「やめとけやめとけー! その先はステージで決着付けろー!」
「そうだー! 場外乱闘は禁止だぞー!」
冒険者とエプロンを付けた鍛冶屋が言い争っており、周りの町民が煽っている。
「ああいうことだ、マツモト」
「なるほど…大体想像が付きますね…」
「たぶん、防具の料金を踏み倒したんでしょ。勝たなければその場で身ぐるみ剝がされるのよ」
「あれだけ周りを敵に回すとは…相当日頃の行いが悪いな…自業自得だな」
「逆に3日目に冒険者以外が参加することもあるぞ、今回の俺みたいにな」
松本、バトー、ミーシャの3人は受付を終わらせた。
松本は2日目の『ヒヨコ杯』。
バトー、ミーシャは3日目の『ミノタウロス杯』に出場する。
「おぃぃぃぃぃぃぃ!
なんで『ケロべロス杯』『ミノタウロス杯』と来て『ヒヨコ杯』?
急に、格好悪いんですけどぉぉぉぉ!?
というか、一般人の『ケロべロス杯』が一番禍々しいって、どういうネーミングセンスゥゥゥゥ!?」
「お、落ち着けマツモト」
「み~んな最初はそう思うんだよなぁ…」
「落ち着きなさいよ、みっともない。あとで解るわよ」
「それよりマツモト、ポニ爺に餌を与えに行こう。まだ食べてないはずだ」
「それなら俺がいきますよ。バトーさんは積もる話もあるでしょうし」
「そうか、それなら任せよう。気をつけてな」
バトー達と別れ、城壁の外の馬小屋と向かう。
ポニ爺と一緒にパンと人参を食べていると声を掛けられた。
「おい! そこのお前、こっち向け!」
振り向くと子供が5人おり、真ん中の子供は大きくガタイが良い。というか太っている。
松本より50センチは身長が高い。
両脇の子供が一歩前に出て松本に要求する。
「おい! なに立ってんだ跪け!」
「ゴンタ様の前だぞ、跪くんだ!」
腕を組み胸を張るゴンタ様、周りの4人はゴンタ様を讃えている。
松本とポニ爺はパンを齧っている。
モッチャモッチャ…
なんだこの子供達は? ウルダの子供か? 真ん中のデカい子供がゴンタ様か?
「おいちょっと、パン食べるのやめろ! モッチャモッチャするな!」
「モッチャモッチャやめろ!」
ポリポリ…
あぁ~これあれだな、ガキ大将だな。 人参は生でもイケるな、甘い。
「おい! 人参食べるな、ポリポリするのやめろよ!」
「なんで馬と一緒に生の人参食べてるんだよ!」
「この方を誰だと思ってるんだ! ウルダ祭『ヒヨコ杯』5大会連続優勝、無敗のゴンタ様だぞ!」
「そうだそうだ…」
松本の様子を見て周りの4人が捲し立てる、腰に手を当て胸を張るゴンタ様。
シャ、シャ、シャ、ピロピロ…
そう言われてもな…俺この町初めてだしなぁ…
ウルダ祭もさっき知ったからな…『ヒヨコ杯』無敗の凄さがわからんしなぁ
「おい! 馬の手入れするな、こっち向けったら!」
「なんで耳触ったんだ、やるならちゃんとブラシ掛けろよ!」
「あの『ヒヨコ杯』連勝だぞ! 耳触るな!」
「僕も耳触りたい…」
ポカッ!
ポニ爺の耳を触りたがった右端の子供をゲンコツで叩くゴンタ様。
「何耳触ろうとしてんだ! さっさとアレ取ってこい!」
「う、う、ごめんなさいゴンタ様…」
「こらこら、いきなり暴力はいかんよ。なにどうしたの? 耳触りたいの? ポニ爺に相談しようか?」
「え? ホント?」
ポカッ!
再度ゴンコツで叩くゴンタ様。
「う、う、ごめんなさいゴンタ様…」
「馬の耳なんでどうでもいいんだ! 俺様が言ってるのはその爪だ!」
ゴンタ様が指さしたのは松本の首から下がっている、ムーンベアーのアクセサリーだった。
「その爪をよこせ、この『ヒヨコ杯』無敗のゴンタ様が使ってやる!」
「そうだそうだ! ゴンタ様に渡せ!」
「小さいくせに、そんなカッコイイ爪なんて生意気だぞ!」
「そうだ、弱いくせにゴンタ様よりカッコイイ爪なんてずるいぞ!」
「あの…耳…」
あぁ~なるほど。これはあれだな、子供に良くある物とかでマウントとるヤツだ。
あったな~小さい頃。キラキラのカードとかシール、ミニカーとかヨーヨーとか。
懐かしいなぁ、まぁウチは買って貰えなかったけど…
そうだよなぁ、子供に戻ってるんだからこういう世界もあるよなぁ
確かにバトーが言うように、子供らしくないわなぁ…俺。
トトトト…
男の子と女の子がパンを抱えて走ってくる。
「ゴンタ様…これ」
ポカッ!
パンを差し出した男の子をゲンコツで叩くゴンタ様。
「遅いんだよ! 誰のお陰で町で自由に遊べてると思ってるんだ!」
「…」
ポカッ!
睨みつける男の子を再度ゲンコツで叩くゴンタ様。
「なんだその目は、お前達は俺様より弱いんだ! 黙って毎日パンを持ってこい!」
「そうだそうだ! 大人しくパンを持ってくればいいんだ!」
「逆らったら他のチームに言うぞ!」
「いじめられても知らないぞ!」
「駄目だよ…大人しくしてた方か…」
なるほどな、あまり可愛くない話だな…
まぁここで助けるのは簡単だけど、それはこの子達のためにはならんしなぁ
「う…うるさい! 僕も妹も、もうパンは持ってこない…」
「何言ってんだ! 俺様が持ってこいって言ったら持ってくるんだ! 弱いくせに生意気だぞ!」
「さ、さっき…『ケロべロス杯』に申し込んで…きた…僕達の挑戦を受けろ!」
「えぇ…お前達やめとけって…ゴンタ様だぞ?」
「ケガするぞ! 勝てるわけないだろ!」
「カイ、危ないよ…」
「う、うるさいい! ケガがなんだ…僕も妹も、もう嫌なんだ!」
「いいだろう、受けてやる! どっちにしろ参加しないと不戦敗で負けるんだ。
ただし、俺が買ったら明日からパン2個だからな!」
ゴンタ様のパン2個宣言に青ざめる妹、今にも泣きそうである。
「そ…そんな…そんなお小遣い…ない… カイお兄ちゃんやめよう…う…う…」
「今更遅いぞ! 申し込んだのはお前達だからな、逆らったらどうなるか教えてやる! 行くぞ!」
「まってよゴンタ様」
ゴンタ様と3人の取り巻きは帰っていき、ポニ爺の耳を触りたがった気弱な子供だけが残った。
弱気な子供が声を掛ける。
「カイ、危ないよ、やめといた方がいいよ…」
「ラッテオ、そんな弱気じゃだめだ…今やらないと…いつまで経っても同じだ」
「カイお兄ちゃん…」
「ごめんなミリー。一緒に頑張ろう、やらないと変わらないから」
うぉぉぉぉぉ頑張れ子供達!
そうだぞ、自分やらないと変わらないんだぞ!
いや~若い子達が頑張ってる姿は眩しいなぁ…
新人を見守る上司みたいな顔をした松本に気弱な子供が話しかける。
「さっきはごめんね、僕ゴンタ様が怖くて…」
「気にしなくていいよ。眩しい物も見れたしね…」
「「「?」」」
3人の子供が首を傾げている。
「あぁ気にしないで…ところで君達は誰なんだい?」
「僕はラッテオ、10歳。南区に住んでるんだ。この子達とは小さい頃から仲良くて」
「僕はカイ、8歳。 こっちは妹のミリー、7歳。南区に住んでる」
ミリーは松本を警戒している。
「なるほど、ヨロシク。俺は松本、8歳。ウルダから南のポッポ村に住んでる。」
ホントは森に住んでるんだけどね…
「それでゴンタは何だったの?あれ」
「ゴンタ様はウルダの子供達の中で一番強いんだよ。今年12歳で大人になるけど」
「威張ってて嫌な奴だよ。でも逆らうと他のチームにいじめられるんだ」
「なるほどねぇ、それで『ケロべロス杯』か」
「お小遣いはゴンタ様のパンになっちゃって、妹にお菓子も買ってやれないんだ…僕くやしくて…」
「カイお兄ちゃん…」
「まぁ、とりあえずパン食べるかい?」
「いいのかい? 君のパンだろう?」
「俺はさっき食べたからね、それに食べないと力は出ないよ。戦う者への贈り物さ」
「ありがとう、マツモト君」
「ありがとう、僕頑張るよ!」
「…ありがとう」
3人はパンを受け取り齧っている。
「ところでラッテオ君、ポニ爺の耳が触りたいのかね?」
「えぇ!? いいのかい?」
「君は見どころがある。実に良い感性をしている…」
パンを齧る2人と耳を触る2人、子供達の運命の戦いは近い。




