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267話目【守り人】

時刻は20時過ぎ、魔物園を後にした松本とカプアはシード計画の施設へとやって来た。


「ささ、入って、直ぐ鍵閉めるから」

「はい~」


静まり返った種博物館を通り秘密の扉から地下の施設へと降りて行く。


「こんばんは~ドーナツ先生~カプアで~す」

「松本もいま~す」


泥棒と間違われるといけないので施設で生活しているトナツへ呼び掛ける。


「ここにいるよ」


食堂で食事中のトナツが顔を出した。


「今食べ始めたところですか?」

「まだ食べてないよ、今から食べようしてたところ」

「お、丁度いいじゃん、ドーナツ先生も一緒に食べよう、唐揚げ買って来たんだ~」

「これお土産のクッキーです」

「うん、ありがとう、…質問があるんだけどさ」

「「 はい 」」

「これ魔物園のクッキーだよね? え~と…どういう状況?」


受け取ったクッキーと2人が抱える大量のクッキーを見てトナツが首を傾げている。


「魔物達の餌の足しになればと思いまして、沢山買っちゃいました」

「私は違うよ、買ったのは夕食用の唐揚げとパンだけ」

「ふ~ん、そうなんだ(全部マツモト君が買ったってこと?)」


前回のロキと話をした後に閉店間際の売店へと突撃し大量に買い込んだらしい、

トナツのお土産用と、職員達に配布する用と、

新世界に配布する用と、自分で食べる用である。


「背中の人形は?」

「不細工ネズミです、鳴き声が癖になっちゃって、つい買っちゃいました」

「ふ~ん、そうなんだ(不細工ネズミ?)」


松本の背中に縛り付けられているハダカハゲデブデバネズミの人形(特大)は

職人製で2ゴールド、結構散財したようでロキはホクホク顔だったそうな。


因みに、魔物園の閉園時間は16時30分、

カプアが馬車の修理まで手を出したので遅くなった。





「マツモトめっちゃ器用じゃん、やったことあんの?」

「いやまぁ、それなりにですけど、カプアさ~ん! ブッシュ抜き無いですか?」

「工具箱の中にあるよ~適当に合うヤツ使って~!」

「あこれか、ちょっとハンマー振りますから離れて下さいね、どっせ~い! どっせ~い!」

「めっちゃ手慣れてんじゃん、見てよママ、ヤバくない?」

「なんだかイオニアを思い出すわねぇ~坊やは何処でやり方を教わったの?」

「いやまぁ、ウルダですかね、カプアさ~ん、新しいブッシュと板バネまだですか~?」

「今運んでるから待ってよ~!」


とまぁ、生前の整備士力を発揮して殆ど松本が修理したとかしてないとか、

ブッシュのくだりはマニアックな話なので気にしないで頂きたい。








「へ~ずっと魔物園にいたんだ」

「うん、どうしても今日中にやっておきたいことがあって」

「ドーナツ先生、卵も貰っていいですか?」

「いいよ、好きに使って」

「ありがとう御座います~」


松本がパパっとベーコンと溶き卵のスープを作ってる間に

カプアが今日の出来事を説明している。


「出来ましたよ~スープいる人は手をあげて下さい」

「「 はい~ 」」


と言う訳で夕食、パンと唐揚げとスープの予定だったが、

トナツが食べようとしていたミートパスタとコロッケも

3等分されたため少し豪勢になった。



「ありゃ、パスタちょっと冷めちゃいましたね、すみません」

「いいよいいよ、私は美味しいとおもう」

「僕も気にならないかな、変わりに温かいスープがあるし」

「唐揚げとかコロッケも温められたらいいんだけどさ、何かいい方法無いかな?」

「容器に入れてお湯に浸けるとある程度温まるよ、時間掛かるけど」

「それだと中途半端なんだよね~、もっとこう中までガッツリ温めたい」

「俺はもう1度揚げなおすのが一番だと思いますよ、パリッとなりますし」

「え~面倒臭い…」

「油って片付けるのが大変じゃない? 飛んで来ると痛いし」


この世界に電子レンジは無いので

買って来たオカズが冷めちゃうのはよくある話でよくある悩み。


「カプアさん、結局俺に見せたいモノって何なんですか?」

「守り人」

「え? 守り人ってあの中止になったとか言われてる魔道補助具の元になったヤツですか?」

「別に中止にはなってないよ、いろいろあって表には出してないだけで

 魔道補助具でデータを集めてたのは守り人に生かすためだし」

「あれ? ロックフォール伯爵がデータは魔道補助具を改良して

 安価に普及させるためとか言ってたような?」

「それはそれで本当だよ、やっぱり魔道補助具は便利だし需要あるし、

 でも素材がさ~オリハルコン、アダマンタイト、ミスリルだよ、

 どうやっても値段はそれなりにはなっちゃうって、

 加えて、手術代と調整代、流石に2000ゴールドとかしないけど200ゴールドはすると思う」

「確かに」


元値の1/10と考えると破格である。


「その辺りの話はいろいろややこしいんだよね、

 カースマルツゥのフラミルド伯爵が関係してたりして」

「仕方ないよカプアさん、伯爵間でもシード計画って公になってなかったし」

「なるほど」


ハドリーの関係者がフラミルド伯爵に

『魔道補助具は不死の兵士を作るための研究の一環で、

 非人道的かつ、国を転覆させかねない危険な野心の表れだ』

みたいな入れ知恵して、自分達を追い出したロックフォール伯爵の邪魔をしていたという、

魔王対策の足を引っ張るにしてはなんともしょうもない話。



「唐揚げ旨い、コロッケも旨い旨い」

「パスタ旨いですね」

「スープもパンも美味しいね」


しっかり堪能して楽しい夕食終了。








「ふふんふふんふ、ふふんふふふふ~ふふふ~」

「マツモト君、なにその鼻歌?」

「最低野郎達に贈るむせかえる鎮魂歌です」

「へぇ~(また変なこと言ってる…)」

「はい」

「うん」


松本が洗った食器をトナツが受け取り拭いてから棚に戻している。


「私ちょっとトイレ行って来る」

「「 はい~ 」」


カプアがトイレで離席。


「マツモト君これから守り人見に行くんでしょ」

「ドーナツ先生は行かないんですか? はい」

「うん、邪魔になるといけないから止めとく」

「別に邪魔にはならないと思いますけど、守り人のことも知ってるんですし」

「知ってるからこそ余計にね、気まずいと思うし」

「ロキさんって方から少しだけイオニアさんについて聞きました、

 カプアさんが俺を魔物園に連れて行ったのって偶然じゃないですよね、はい」

「たぶんね、理由は察しが付くけど僕の口からはちょっと…、今日はさ、

 本当は僕が迎えに行く予定だったんだけどカプアさんに頼まれて交代したんだよね」

「へぇ~そうだったんですか」

「でも魔物園に行くとは思わなかったなぁ、ずっと修理とか作業してたんでしょ?」

「カプアさんはそうですね、俺は魔物見てましたけど、

 卵温める凄いヤツとか水晶玉とか弄ってましたよ、はい、これ最後です」

「うん、心の整理が必要だったんだよね、きっと、

 僕が同じ立場なら凄く悩むと思う、答えを出せる自信はないかなぁ」

「なるほど、俺はこれからそういう話を聞かされる訳ですか」

「そういうこと、カプアさんが迷ってたらさ、嘘でもいいから何か言ってあげてよ」

「嘘でいいんですか?」

「うん、後はカプアさん次第だから」

「了解です、やれるだけ…」

「たっだいま~よし、マツモト君行こうか!」


カプアが勢いよく横滑りしながら戻って来てビシッと親指を立てた。


「うぃっす、行きましょ行きましょ」

「あ、マツモト君、帰るの遅くなるだろうし今日は泊ってたら? 

 前使ってた部屋に布団用意しとくから」

「助かります~」

「んじゃ僕はお風呂にするからこれで」

「「 はい~ 」」

「守り人を見たいか~!」

「おぉ~!」

「世界の行く末を託す最高傑作を見たいか~!」

「おぉ~!」

「(意外と元気だなぁ、ご飯食べたからかも)」


松本とカプアは拳を振り上げながらいざ守り人、トナツは別れてお風呂へ。








施設最奥の扉を開け階段を下へ下へと降りてゆく。


「こんな場所があったんですね、カプアさん、さっき扉を開けた鍵って」

「主任達と伯爵しか持ってないヤツ、マツモト君じゃ開けられないよ、

 内側からは開けられるけど」

「え? そうなんですか?」

「うん、そうじゃないと鍵が壊れた閉じ込められちゃうし」

「なるほど、博物館の入口と同じヤツですか?」

「いや、別だよ、しかもこの先では更に別の鍵が2つの必要なんだよね」

「めちゃめちゃ厳重ですね、流石はシード計画の最重要秘密」

「あるのは箱舟と守り人だからこれくらいは当然、マツモト君は箱舟って知ってるんだっけ?」

「一応は、種とか書物とかを保管してる場所と聞いてます」

「そうそう、今のシード計画になる以前は種だけを集めてて

 地上に保管してあったんだけど、ロックフォール伯爵が代表を引き継いでからは

 書物とか、素材とか、技術や町並みの記録とか、

 文明を復興するために必要な物をいろいろ集めることにしたんだよね、

 地上だと危ないから保管場所は地下に変更して~」

「それがこれですか?」

「そう、これが箱舟、箱だけど残された人達に希望を運ぶ船」


地下4階に相当する高さまで降りた先にあったのは大きな丸い扉、

壁に並列した2本の溝があるので横にスライドするっぽい。


「大きいですね」

「強度も凄いよ、パトリコさんが全力で叩いても壊れなかったし、

 アダマンタイトも使ってるから魔法にも耐えられる設計、ポチッとな」

「おぉ~」


カプアが壁の端末に鍵を差してボタンを押すと、

ゴゴゴと重厚感のある音を響かせながら丸い扉が動き出した。


「すげぇ~こんなに分厚いのに、どうやって動かしてるんだ?」

「(そっちが気になるんだ、まぁ分るけど)」


箱舟の中には貴重な物が沢山あるのだが、

松本は核シェルターみたいな丸い扉に興味津々の様子。


「別に背伸びしなくても…中入っていいんだよ」

「いえ、ここから出十分です」

「そんなに目を細めるくらいなら近くで見たら?」

「止めときます、危ない物には近寄らない主義なので」

「そうなんだ…」


種の入った瓶が並ぶ棚、インゴット、魔道補助具、

水晶玉、書物、武器、防具、絵画などなど、いろいろな物が収められている。


「(もしあの瓶を倒したりしたら…う~む、考えるだけでも恐ろしい…)」


万が一にでもやらかすと希望の船を座礁させかねないので

入口の外から観察して扉を閉じた、

松本は美術品とか高級車には絶対触れないタイプである。








「んで本題の守り人はこっち」

「でしょうね」


箱舟の向かい側に普通のサイズの四角い扉があり、

人が寝ているマークと『守り人がゆっくりしてます』と書かれた紙が貼られている。


「(車の後ろに貼ってあるヤツっぽい、この世界にもあるんだなぁ)」


たぶん『赤ちゃんが乗っています』シリーズのヤツ。



「箱舟みたいな施設は他の国にもあるんだけど守り人があるのはカード王国だけ、

 この部屋の中には世界で最も優れた技術で造られた1つの到達点が保管されている」

「到達点…(なんて格好いい響きなんだ)」

「マツモト君、心の準備は出来てる?」

「(ゴクリ…)」

「そんじゃ、ポチッとな」


カプアが神妙な面持ちで壁の端末に最後の鍵を差しボタンを押す。


「「 … 」」

「…、開かないですね」

「うん、こっちは手動だからね」

「(なんで溜めたんだこの人…)」


鍵が解除されただけで普通の両開き扉だった。






10畳ほどの部屋の中心に金属製の四角い枠組が設置されており、

白の下地に金と青の差し色が入ったフルプレートが固定されている。


全高は180センチ程で曲線と鋭さが調和しており、

人体に寄せて造られたシンプルな魔道補助具とは異なり

如何にも甲冑といった出で立ち、

枠組に掛けられた剣と丸い盾が騎士を彷彿とさせる。


「どうマツモト君? 守り人を見た感想は?」

「素直に格好いいです、基本色の白がまたいい、最高ですね」

「太陽光対策で決まったんだけどさ、いいよね白、正解だったよ」


守り人の前で恍惚の表情を浮かべる2人、感性が割と近いのかもしれない。


「守り人は最高なんですけどぉ…」

「何?」

「この部屋ってなんか生活感凄くないですか?」


作業机はいいとして本棚、ベット、姿鏡、棚などが壁際に並んでいる。


「(想像してたのと違うんだよなぁ…)」


ゴミ箱からゴミが溢れていたり、ツナギが脱ぎ捨ててあったり、

テーブルに化粧水が置いてあったり、作業机にカップが放置されていたり、

布団が畳まれずにぐちゃぐちゃだったりで、どちらかというと1人暮らしの家である。


松本が想像していたのは良く分からん配管が乱立していたり、

良く分からんモニターとかスイッチが並んでいるヤツ。


「タオルはまぁアレですけど、下着まで干すのはどうかと思いますよ…」

「あ、ここにあったんだ、昨日探してたんだよね」


部屋の角に棒が渡してあり洗濯物が干されている、

下着はカプアが回収した。


「(完全に私物化してるな…)」

「いや~泊りがけで作業したりするからさ~、上に戻るのが面倒になっちゃって、

 ハンクくらいしか来ないからつい…いつもはもう少し片付いてるんだよ」

「そうですか」


『240話目【ダナブルを発つ】』の後に

ロックフォール伯爵とタルタ王が訪れた時も同じ状況だったそうな。


因みに、部屋の外にある鍵が掛かっていない扉の奥には

トイレとシャワーがあったりする、排水はポンプによる圧送式。






「(う~む、階段でここまで運ぶとは凄い執念だ)」


箱舟にも納める品もあるので当然そんな非効率な筈がなく、

物資搬入用の昇降機を使用している、

普段は地下1階のシード施設までしか動かせないが、

階段を降りる際に使用した鍵で地下4階まで動かせるようになる。


それでもベットなどは1人では運べない訳で、ハンクも共犯である。



「あ、スライム湧いてる、大丈夫ですかこれ? 部屋干しの影響でカビるんじゃ…」

「地下は湿気が溜まりやすからねぇ、でもスライムが沸くと

 空気中の水分を吸収してくれるから湿度が一定に保たれて良かったりするんだよね」

「へぇ~(益虫ならぬ益魔物、天然のシリカゲルみたいなもんか)」


指で集めると1つに纏まって大きくなった。


「でもあんまり湿気が多すぎるとドンドン大きくなって

 部屋が圧迫されちゃうんだけどね、最終的には全部潰されちゃう」

「恐ろしい…」


扉を開放して換気することにした。

※スライムは際限なく大きくなるので適度に処理しましょう。








話題は戻って守り人。


「只の甲冑ではないんですよね?」

「手足は魔道補助具と同じだよ、頭の中はこんな感じ」


頭部のプレートを上げると装置に固定された水晶玉が現れた、

大きさの異なる2つの水晶玉が縦に並んでおり、

上側はソフトボールサイズで下側はピンポン玉サイズである。


「記録用の水晶と同じものですか?」

「うん、映像と音を認識するためのヤツ、人で例えると目と耳だね」

「喋ったりは出来ないんですか?」

「勿論出来るよ、下の小さい水晶が音を発するためのヤツ、

 場所取るし複雑にすると壊れる箇所が増えるから嫌だったんだけど、

 1個だと入力と出力が同時に出来なくてさ~仕方ないから2個並べてる」

「ほう(その辺の考え方は車と同じだな)」

「数百年間動き続ける想定だから壊れた時用の予備も積んでるよ」


コンコンと胸のプレートを叩いてアピールしている。


「へぇ~、目が壊れた状態でも守り人自身が付け替えられる仕組みなんですか?」

「手探りで出来なくも無いけど首がもげちゃう可能性もあるからさ、

 予備側も常時接続されてて回路を切り替えるだけ使える仕組みにしてる」

「なるほど」

「その際はここが目と耳の変わりになる」

「おぉ~」


右胸の蓋をカパッと開けると透明な板の奥に水晶玉が現れた。


「ガラスですか?」

「特別製のね、凄く強度があるヤツで厚さは2センチ、

 頭にも同じヤツが付いてる、水晶玉の表面が汚れると厄介だからさ、

 頭と胴体は水や砂が入らないように密閉してるんだよね」

「じゃぁ水中もいけるってことですか?」

「一応はね、でもいつ壊れるか分からないし止めて欲しいかな、

 水中って深くなるにつれて凄い力が掛かるし、全身鉱石みたいなもんだから重いし、

 頭と胴体に密閉された空気程度じゃ浮いてこないからさ~」

「なるほど、水中を歩いて戻って来ることになると」

「いや、マナを思いっきりって射出すればイケる筈、めっちゃマナ消費するけど」

「マナを射出?」

「魔増石を組み込んであるから、こことか」

「ほう」


背中側に回るとバックパックが装着されており、

円筒状の穴を下から覗くと魔増石が見えた。


「姿勢制御と着地用で足のここと腕のここもあるよ」

「ほほう」


脹脛の横と手首の下にも半円筒状の膨らみにも組み込まれているらしい。


「数十秒なら空も飛べる、めっちゃマナを消費するけど」

「ひょぇ~格好いい…」

「守り人はマナで動くんだけど私達と違って自分で生成できないからさ」

「マナ石ですか?」

「そういうこと、お腹に大きなマナ石が入ってて大気中からマナを集める仕組み、

 収集と保存が同時に出来るからマナ石って便利だよねぇ、

 もしマナを使い切ったとしても暫くすれば動けるようになるし」


壊れない限り半永久的に使える電池みたいなモノである、

但し、マナ石はマナを吸収して保存するだけなので吸い出すには別の機構が必要。


「純粋なマナを放出するから効率が悪いんだよね、

 風の魔集石が見つからないから仕方ないんだけど」

「もしかして背中の魔増石が1個なのって…」

「うん、マナ暴走防止のため、高出力の魔増石を2つ並べるとヤバいからね」

「ひぇっ…」


バックパックの試験中に爆発四散したらしい、めっちゃ危ない。

 

 



守り人についてあらかた説明したのでモモ茶で一服。


「カプアさん、肝心の守り人を動かすための心、指示装置は?」

「そこにあるよ」


カプアが作業机の上の金属枠と強化ガラスのケースに納められた水晶玉を指差した。


「え? 指示装置も水晶玉なんですか? これでどうやって…」

「それは特別なんだ、左胸に納めると起動する、

 ねぇマツモト君、ちょと私の昔話に付き合ってよ」

「(きたか)分かりました」

「あまり楽しい話じゃないけどね」


苦笑したカプアがベットに腰掛けて話始めた。





「イオニアについてはロキさんから聞いたんだよね?」

「少しだけですけど」

「私とイオニアの関係については?」

「結婚する予定だったと聞きました、マナ暴走に巻き込まれて亡くなったんですよね?」

「うん、ここでね」

「…え?」

「丁度マツモト君が座ってる場所にイオニアは立ってた、

 私はその左側に立ってて2人でマナの実験をしてたんだ、

 でも失敗しちゃってさ、結果はマナ暴走で大爆発、

 あの時イオニアが付き飛ばしてくれなかったら私も右腕だけじゃ済まなかった」

「(ここでマナ暴走が…)」


松本が周りを見回すが綺麗に修復されており

それらしい傷跡は見当たらない。


「研究資材とか内壁は吹き飛んだけど部屋を覆ってる壁はビクともしてなくてさ、

 私達の事故がこの部屋と箱舟の強度を立証したってわけ、皮肉だよね、あははは」

「は、はは…(気まずい…)」


本人は笑っているが反応に困る内容である。


「イオニアとは10歳の時に学校で知り合ってさ、

 マナが見えるとか、魔物園に住んでるとか、オークが家族とか言うから

 最初は嘘つきだと思って嫌ってたんだけど」

「まぁ、そこだけ聞けば確かに…」

「でも家族で魔物園に行った時に本当だ! ってなって、

 そこから仲良くするようになったんだよね、

 私は機械いじりが好きで、イオニアはマナに興味があって、

 周りの子供達からすればお互い変わってたから直ぐに1番の友達になった」


カップの中でモモ茶を回しながら少し楽しそうしている。


「そして気が付いた時には恋人になってた、

 イオニアはさ、正直言ってあまり格好よくはなかったよ、

 ヒョロヒョロで頼りないし、身長は私より低いし、気弱で直ぐ泣くし、

 でも誰よりも優しくて、家族想いで、研究に対する姿勢が私は大好きだった、

 誰かに馬鹿にされても無理だと言われても前に進もうとしてた、

 そういう人だったからロックフォール伯爵に認められたんだよね」

「シード計画の立ち上げですか」

「うん、シード計画の最初の目的は集めた種の確実な保存と引き渡し、

 後からいろいろ増えたけど大切なのはそこなんだよね、

 確実な保存はまだ分かるけど引き渡しについてはさ、

 普通は方法を考えるでしょ、劣化し難い素材に伝言を刻んで各地に設置するとか」

「確かに、自分で考えて数百年行動し続ける装置はちょと、考えても造ろうとは思いません」

「でもイオニアは出来ると信じててロックフォール伯爵を説得して納得させた、

 信じる方もどうかしてるよね、まぁ結果として出来たんだけど」

「(出来ちゃうんだもんなぁ、凄い人達だよ本当)」


イオニアはロックフォール伯爵を納得させたが、

カード王を納得させたのはロックフォール伯爵である。





「箱舟もイオニアさんが考えたんですか?」

「そっちはクルートンさんだよ」

「(なんとなくクルートンさんとイオニアさんって似てる気がする、

  突き抜けた天才って地味で気弱な人が多いのか?)」


松本の頭の中に思い浮かべられたクルートンがエルルラに押し負けている。


「魔道補助具は守り人の外郭を造る過程で出来たけど、

 水晶玉の記録装置は守り人の指示装置を造る過程で出来たんだ」

「? 関連性が薄い気が…いや、人間にも記憶があるし記憶媒体か?」

「イオニアにはマナが見えてたって言ったでしょ」

「はい」

「でもマナは私達にも見えるんだよね、マナ暴走の前のキラキラとか」

「あ、確かに」

「イオニアの現象を正確に表すなら普通の人には見えない希薄なマナが見えてたってこと」

「は~なるほど、人によってマナの見える濃さが違うのか

 (チーズ工場のオバちゃんは皆より薄いマナが見えていたと)」

「これはマナには濃度が存在するって話、そしてマナには情報もある」

「情報?」

「まぁ、情報って言葉が正しいかは微妙なんだけど、

 水晶には一定の強さ以上でマナを送ると周囲のマナを取り込む性質があって、

 それを利用したのが水晶玉の記憶装置、

 あれは周辺のマナに含まれてる情報を取り込んでいるから

 記録として見返すことが出来るんだよね」

「そうだったんですか」


水晶の結晶を球体に加工するのは周囲の情報を等しく取り込むためで、

取り込めるマナの量は水晶玉の体積に比例するらしい。


「人や魔物が死ぬと体内で生成されてたマナが抜けて出て空に登って行くらしいのね、

 マナの海ってのはそういうマナが集まってる場所のことで、

 いつの日か地上に降りて来て再び新しい命として生を受ける、

 そうやって世界は循環してるってイオニアは言ってた、

 大気中に満ちてるマナはまた別で、自然現象として消費されてるんだけど」

「自然現象っていうのは植物に吸収されるとかですか?」

「そうそう、そういうの、

 他にも風が吹いたり火が燃えたりってのもマナが消費されてる、

 私達が魔法を使う時は体内のマナを消費するでしょ、それの自然版ってこと」

「ほほう、分かり易い」

「でもそれだと消費される一方になっちゃうでしょ、

 何処で生成されてる筈なんだけど、そこまでは分からないって言ってた」

「精霊様とかですかね?」

「可能性はあるよ、精霊様はマナの塊だから」


精霊は文字通りマナの塊で、

そりゃもう実体が出来る程の超超高密度の集合体。



「誰もいなくなっちゃって寂しいねワニ美ちゃん」

「…」

「あ、お茶無くなっちゃった、マツモト君帰って来ないかな?」

「…」


空になった容器を寂しそうに見つめているレムもマナの塊、

大きさからは想像も付かない程のとんでもない破壊力を秘めているのだ。







「イオニアは大気中に彷徨っているマナを水晶玉に取り込むことで

 守り人に必要な指示装置を造れると考えてた」

「そんな馬鹿な、それって亡くなったの記憶というか、

 なんていうか、燃え尽きた生命力みたいなものですよね? 

 要は体内から生成された只のマナなわけで、

 成功したとしても生きてる人みたいに意思はないと思いますけど」

「私もそう思ってたよ、ロックフォール伯爵もね、

 でもイオニアは実際に会ったことがあるんだって」

「何にですか?」

「意思を持ったマナに、しかも2人、喋ってたって」

「はい?(…え? 幽霊的なヤツ?)」

「明らかに他のマナとは違って凄く濃いらしいよ、私達でも見えるくらいに」

「えぇ…俺はちょっと見たくないです…」


実際に死んで天界まで行ってるくせに幽霊は嫌らしい。


「(変なマナが体に入って来たら体調崩しそうだしな…)」


と思ったが割と現実的な心配をしていた。




「因みに、マナはなんて言ってたんですか?」

「赤い光がどうとか言ってたけど聞き取れなかったって」

「う~ん…あれ? そういえばこの指示装置って…」

「違うよ、意思を持ったマナはそれ以降現れてないらしいから」

「あ、そうなんですか、でもじゃぁどうやって?」

「そこにいるのね、…イオニアなんだ」

「…ぇ」

「あの事故でイオニアは死んで、私は右腕を失って、

 いろんな物が壊れたけど、マナ暴走の中心にあった水晶玉は無傷だった、

 体を失ったイオニアのマナは水晶玉に取り込まれたみたいで」

「本当に…そんなことが…」

「何か問いかけてみてよ、短い文章だけど返事をしてくれるから」


松本が水晶玉の納められた箱を手に取り恐る恐る尋ねてみる。


「アナタは本当にイオニアさんなのですか?」


水晶玉には『はい』の文字が浮かび上がった。


「…アナタの愛した女性の名前は?」


水晶玉には『カプア、最愛の人』の文字が浮かび上がった。


「っ…」


松本は絶句した。


「(そんな残酷なことが…)」


聞かずともカプアが悩んでいる理由を理解してしまった、

魔物園での行動、部屋の生活感、扉に張られた紙の意味、

自身の理解力の高さを煩わしいと嘆きながらも、

点と点が1つに繋がって松本の心を締め付ける。


「事故の後は私結構駄目でさ、なかなか立ち直れなくて、

 気付いてあげるのに3年も掛かっちゃったんだ、あははは」

「(そんな顔で笑わないで欲しい…)」

「あ、そうだ、イオニアのことを知ってるのはロックフォール伯爵と

 ドーナツ先生だけだらさ、他の人達には内緒にしてね」

「了解です(言えるはずがない…)」

「最近魔族の襲撃が多くなってきてるでしょ、

 心の整理が付くまでってことでロックフォール伯爵が

 守り人の起動を待っててくれたんだけど、それももう限界でさ~」

「いつまでに起動させないといけないんですか?」

「明日だよ」

「明日…(短すぎる…)」

「私がやらなかったらロックフォール伯爵が代わりに起動する、

 世界のためだから仕方ないんだけど、イオニアを守り人にするってことはさ、

 自由な身体を与えてあげる代わり数百年の仕事を押し付けるってことになるから、

 正直迷ってるんだよね、あははは、

 駄目だよね私、分かってて造ってたのに今頃こんなこと言ってたら…」

「…」


強がって笑うカプアを松本は直視できなかった。


「マツモト君を呼んだのはさ、ちょと聞いてみたいことがあったからで」

「なんですか?」

「マツモト君が異世界から来たんじゃないかって話を聞いてさ、

 勿論違うって言ってるのも知ってるよ、

 でも調べれば調べるほど変だったし可能性あるかなって」

「…」

「私決めないといけないから、いやちょと違うかな、

 結果は決まってるから人任せにしたくないっていうか、

 自分でやり切るために参考にしたいというか…」

「言って下さい、俺に答えられる範囲で応えます」

「いや~でもマツモト君が異世界から来た前提の質問しか用意してなくて」

「構いません、言って下さい」

「え~と、この世界では死んだ人はマナの海に還って生まれ変わることになってるけど、

 別の世界だとどんな考え方あるのかなって?」

「(違う、カプアさんが本当に確かめたいのはそんなことじゃない、

  このイオニアさん本人かどうかだ、どちらにしても…)」


そう、どちらにしてもカプアは救われない。


イオニアが本人であれば数百年に及ぶ大任を任せることとなる、

それは1人の人間にしてみれば長すぎる時間、

不老不死が幸せとは限らない、終わりのない旅、永遠の牢獄ともいえる、

守り人の旅には終わりはある、箱舟を託す者を見つければ終えることが出来る、

だがそれは魔王によって滅ぼされた後の世界の話、

最愛の恋人を数百年の孤独に旅立たせることを意味する。


イオニアが偽物であれば、

カプアが心の支えとして水晶玉と共に過ごした時間は偽りであり、

最愛の者は既に死んでいる宣告することになる。







「(嘘で応えるべきではない)」


世界の真実を知る者として松本は決断した。


「カプアさん、これから話すことは他の方には秘密にして下さい」

「うん、いいよ」

「俺は異世界から来ました、嘘を付いているのは期待されるのが怖いからです、

 俺には光の3勇者様のように突出した力はありません、

 期待されても世界を救うことなんて出来ない、あるのは文字が読める能力とこの…」

「え!?」

「パンが出せる能力だけです」

「プリモハさんが言ってたことって本当だったんだ、

 あれ? もしかして食堂に置かれた大量のパンって」

「俺です、その節はすみませんでした」

「うん、まぁいいけど」


これまでの経緯と神と天界の存在を説明した。


「あくまでも俺が知っている範囲での話になりますが、

 生き物が死ぬと魂は全て天界へと向かい、

 生前の記憶を消された後に魂の泉と呼ばれる場所へと向かいます、

 そこから新しい世界で新しい生き物として産まれ変わるそうです」

「うん」

「マナはこの世界の中で循環しているのでしょうが、

 魂は天界へと向かい全ての異なる世界間で循環している、

 俺は人が人であるための心はマナではなく魂にあると思います、

 水晶球が取り込めるものがマナだというならば…そこに心はない」

「うん…」

「この水晶玉に宿っているのはきっとマナに残された記憶のようなもので、

 マナはあくまでもマナで、だから俺は…イオニアさんでは…無いと思います…」

「うん…うん…」


松本は伝えた、最愛の者は既に死んでおり、

最愛の者と思っていた水晶玉は最愛の者に近しい何かであると、

だが最愛の者の記憶が語る言葉が偽りであるとは限らない、

複雑な心境の中でカプアは静かに頷いていた。


「ごめんマツモト君、ちょっと1人にして欲しい」

「分かりました、俺は上に戻ります」

「うん、ありがとね」

「カプアさん、俺が伝えた内容は誰にも証明できません、

 証明できない以上は信じたい物を信じるしかない」

「うん、そうだね、考えてみるよ」

「それでは」

「うん…」


松本は部屋を立ち去り階段を上る、

微かに聞こえる啜り泣く声を踏みしめながら。

X(旧Twitter)始めました、特に呟くことは無さそう。

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