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266話目【魔物園 2】

「そうっすよねぇ~先輩、子供には笑っていて欲しいですし、

 お腹が少し禿げたくらいじゃ弱音吐いていられないっすよねぇ」

「キュル」

「いや、俺なんかは別に、好き勝手やってるからあれですけど、

 先輩は可愛さを前面に出してるから大変でしょ?」

「キュル」

「いや~流石っす、そんな風に言えるの先輩くらいですよ」


松本が居酒屋のサラリーマンみたいな会話をしているが

ここは魔物園のお触りコーナーである。


「どうします? もう1本いっときます?」

「キュル」

「うぃっす、あんまり抱え込まないようにして下さいよ~先輩」

「キュル」

「これ甘味があって旨いっすね」

「キュルル」


そして話し相手はお腹の禿げたモルモットみたいな魔物、

売店で購入した餌用のカット人参を一緒にポリポリしている。



「ね~お母さん、あのお兄ちゃん魔物と喋ってるよ」

「そうだね~お話出来るみたいだね~」

「(なんか子供っぽくない会話だけど…)」


松本の微笑ましい?行動に近くの家族連れが反応している。


「…、あ~n」

「だ、駄目! これは食べちゃ駄目」

「え~だってあの人食べてるよ?」

「僕も食べる」

「駄目よ~これは人が食べる用じゃないの、手も洗って無いしお腹痛くなっちゃうよ」

「それにほら、2人が食べちゃって魔物達の分が無くなったら可愛そうだよ?」

「でもあの人食べてるのに…いつも野菜食べろって言うのに…」

「僕も食べたい…僕も…食べたぃぃ…」

「あ~泣かないで、ね? ね? お父さん…」

「そ、そうだ、アイス食べよう! クッキーも買っちゃうぞ~!」

「「 わ~ 」」

「「 っほ… 」」


別の家族連れには間接的に迷惑がかかっている、

松本が人参を食べると魔物園が儲かるという、

風が吹けば桶屋が儲かるみたいな謎の経済効果が発生している。


「アイス~」

「クッキ~」

「はいはい、魔物クッキー買おうね、アイスは2段だぞ~」

「(あの子お腹壊さなければいいけど…)」


心配して頂いているが過去に池の水を直飲みしたり、

渡牛の乳を直飲みしたりしているので恐らく大丈夫である。







「先輩はまだ一部分だからいいとして…」


松本が目線を右にずらすと全身毛の無いネズミが肘枕で寝転がっている。


「(禿げ散かしてますやん!)」


正しくはある一部を除いて禿げ散らかしたネズミ。


「(う~む、素晴らしい、なんて見事なバーコード禿げなんだ)」


頭部の側面のみ毛が生えており頭頂部はスカスカ、

漫画でよく見る典型的なバーコード禿げ、

左右の茂みを繋ぐ五線譜はもはや芸術である。


「(おまけに出っ歯だし、皮膚はダルンダルンだし、ビール腹だし、

  目は点だし、耳もあるのかないのか分からん程小さいし、

  うん、可愛くない、これは不細工)」


オッサンみたいにポリポリとお腹を掻くネズミ。


「(見た目のせいか行動も不細工)」

「ンボ…」

「(鳴き声も不細工)」


隙の無い不細工、鉄壁のオール不細工。


「どうした? 覇気のない声して、もしかしてストレス凄いのか?」

「ンボ…」

「そうか、お前も大変だな、沢山食べて元気だせよ~」

「ンボボ…」


小松菜を1枚あげると肘枕のまま片手で掴んで食べ始めた、

反対側の端を寄ってきた別の魔物に食べられているが気にしないらしい。


「(う~ん、ふてぶてしい、テレビの前で寝転がっているオッサンみたいだ)」


子供に絡まれながら野球を見ていたオッサンっぽい、

ちょっと懐かしくなったので小松菜を全部あげた。




マツモトはオッサンだと思っているが雌である、

このネズミは元々こういう魔物で別にストレスで全身剥げ散かした訳はない。



『ハダカハゲデブデバネズミ』

バーコード禿げがチャームポイントのほぼ全身毛の無いネズミ、

オッサンみたいな見た目と仕草だが雄雌共に同じ容姿をしている、

本来は土の中に住んでおり植物の根とか虫を食べている。



因みに、モルモット先輩は『キュルモット』という魔物、

こちらの禿げたお腹はストレスによるものである。



ダイオウグソクムシしかり、サカバンパスビスしかり、

不細工だったり間の抜けた感じの生き物は以外と人気になったりする。


ハダカハゲデブデバネズミも例に漏れず売店に人形が売られており、

魔物園では雪ジカのユキちゃんに続く2番人気である。







「よ~しよしよしよし、グッボ~イ、グッボ~~イ」

「はっはっはっ…」


カピバラみたいな魔物を撫で繰り回す松本なのだが、

先程から1つの疑問が頭から離れない様子。


「(このグッボイはカピバラなのだろうか? それとも犬なのだろうか?)」


まぁ、魔物なので当然カピバラでも犬でも無いのだが、

あくまでもどちらに近いかという松本の中での分類の話。


「(息遣いとか犬っぽいし、カピバラってこんな尻尾なかったよなぁ?)」


8割くらいカピバラなのだが残りの2割が曲者、

クルンと丸まった柴犬みたいな尻尾が付いている。


「お手」

「…」

「(反応無し、じゃカピバラか)」

「わふっ!」

「(おぉう!? やっぱり犬か?)」


3割くらい犬になりつつある。


「う~ん…この肉厚三角耳は柴犬のソレなんだが…あそうだ、ほ~れ」


人参を差し出すとそっぽを向かれた。


「うむ、お気に召さない様子、そういやさっき子供が芋あげてたな」


というわけで芋を追加購入。




「おぉ~凄い勢いで食べた、旨いか~?」

「わふっ!」

「オォ~ゥ、グッボ~イ、グッボ~~イ」

「はっはっはっ…わふわふ」

「おほほ、なんだなんだ? そんなに尻尾振っちゃって、

 可愛いヤツめ~焦らなくても全部あげますよ~ほれ」

「わふわふっ」


カップに残っていたカット芋を全部あげると一気に平らげた。


「(仕草と言うか内面が犬っぽいんだよなぁ)」


5割くらい犬になりつつある。


「お、寝た、お腹いっぱいになったんだな、よ~しよ~し」

「…、…、ル…ル…」

「ん?」

「ル…ル…」

「んん!?」


横になったカピバラっぽい魔物に耳を近づけてみる。


「グルルル…グルルルr…」

「(グルグル言ってるぅぅぅ!)」


まさかの癒しサウンドで身悶えする松本、昇天しかかっている。


「あぁ~癒されるぅ…」

「グルル…グルルル…」

「(これもう猫、誰が何と言うと猫、大好き)」


松本の中で猫に決定したのだが、実はネズミの仲間、

冒険者ギルドで度々討伐依頼のある大ネズミに近い魔物である。



『イモホリネズミ』

イモ類を主食とする大型のネズミの魔物、

カピバラに柴犬の尾と耳を足したような外見をしている、

リラックスするとグルグルとかゴロゴロ音がするが鳴き声ではない。



大ネズミは大食漢で見境なく畑を荒すうえ、

繁殖力が非常に高いので討伐対象となっているが、

イモホリネズミは芋類以外は食べず割と小食、

繁殖力は低いので特に危険視されていない。


「可愛い? なに言ってるんですか害獣ですよアレは、見つけ次第〇すべきです」


一部の芋農家ハルカさんからは殺意を向けられているらしい。









そして30分後。


「グルル…グルグルル…」

「ぁ~…」

「「「 … 」」」

「…なにこれ?」

「マツモト君」

「本当に坊や? ちょっと溶けてるけど…」

「まぁ、マツモト君だし、多少はね」

「「 えぇ… 」」


カプアとロキとチチリにより

イモホリネズミに抱き着いた状態で半分くらい液化している松本が発見された。


「お~い、マツモト君、マツモトく~ん」

「まぁ~?」

「(うぉ!? 返事した…)」


自我が蘇った松本は形を取り戻した。


「カプアさん用事は終わったんですか?」

「それがさ~まだやっときたいことがあって、

 悪いんだけどもう少しだけ待っててくれないかな?」

「あれ? 修理終わったって言ってなかった?」

「チチリさんから頼まれてた分はね、ついでだから他のも全部点検しとこうと思って」

「カプアちゃん、壊れてるわけじゃないんだしまた今度でいいわよ、

 坊やがこれ以上溶けちゃったらどうするの?」

「そうそう、今日はたまたま立ち寄っただけなんだしさ、

 ママが頼み事したせいで予定ズレまくりでしょ」

「あははは、実は今日は暇で、仕事は1つも無かったんだよね」

「(俺を迎えに来る役割は仕事じゃなかったんかい)」


トナツから譲って貰った仕事である、

本来ならハンクが担当しているバター製造機の運搬も仕事の筈なのだが、

本人が違うと言うなら違うのだろう。


「どうしても今日中にやっておきたいんだよね」

「でもさ~」

「そうよカプアちゃん」

「俺は全然待ちますよ、門限とか無いんで」

「いや~悪いね~マツモト君、お詫びにアイス奢ってあげるから一緒に食べよう」

「はい~」

「(え? マジで?)」

「あらあら、ロキ、私達も休憩にしましょ」

「あ、うん…」






てことで再び売店に移動。


「はい、坊やはバニラねぇ~」

「ありがとう御座います~」

「ママ、ウチは」

「はいはい、チョコミントでしょ、全く何がいいんだか、

 匂い嗅いだだけでもオェってなっちゃうわ」

「分かってないね~ママは、その個性がいいんじゃん」

「(チョコミントは俺もちょっと苦手だなぁ…)」

「カプアちゃんも一緒に食べるのよね?」

「うん、私はチョコで」

「はいはい、チョコねぇ~」

「(マジで食べるんだ)」


チョコアイスを受け取るカプアをロキが不思議そうに見ている、

因みに、チチリはバニライチゴ味。


「どうマツモト君?」

「美味しいですねぇ、久しぶりにアイスを食べた気がします」

「私も久しぶりに食べたけど、やっぱり美味しいよ~ここのアイスは」

「おほほ、なんだか懐かしいわねぇ~この感じ」

「ママ」

「なにもう、人が思い出に浸ってるってのに」

「ちょっと頂戴」

「え~どうしたのロキ? 普段そんなこと言わないじゃない」

「いいじゃん、今日は食べたい気分なの、ほらウチのもあげるから、ほらほら」

「いらないわよ~オェって、それオェってなるから」


無理やり押し付けられるチョコミントを避けようと

チチリが必死に首を振っている、相当嫌らしい。


「イオニアがいた頃はここでよく食べてたんだ」

「(イオニア…イオニア…どうしても顔が出てこないいんだよなぁ~え~と、あっ)」


カプアの義手を見て聞き覚えのある名前をようやく思い出した。


「(魔道補助具の開発者でカプアさんの前の技術主任、そりゃ顔が出てこないわけだ」


名前だけは知っているけど知らない人だった。


「(イオニアさんはなぁ、ドーナツ先生とかハンクさんが伏せてたし、

  あまり触れない方がいいのか?)」

「イオニアはいい子だったわ~、魔物が大好きで頭も良くて」

「ママ、こっち向いて」

「な~にもうさっきから、人が思い出話してるオェッ!?」


口にチョコミントを突っ込まれてチチリがえずいている、

本当に苦手だったらしい。


「ここにはイオニアとの思い出が沢山あるよ、本当に、懐かしい」

「「 … 」」


何処か遠い目をするカプアを松本とロキが無言で見つめている。


「オェッ! 甘いのに青臭オェェ!」

「「 … 」」


一方、えずくチチリに同情の目が向けられている。





「よし、はむっ、はむっ」

「カプアさん、そんなに急いで食べると…」

「痛ぁ!? あ、頭がががが…」

「(言わんこっちゃない)大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫…じゃないかも…」


アイスを食べ終えたカプアが頭を抱えてあわあわしている。


「折角のアイスなんですからもっと味わって食べたらいいのに」

「いや~…点検数考えたら時間が惜しくて、あたたた…

 私のことは気にしないで皆はゆっくり食べててよ」

「「「 はい~ 」」」


頭痛が治まったカプアは売店の水晶玉(監視カメラ)を点検し始めた。


「ねぇロキ、坊やにいろいろ見せてあげたら?」

「まさかママ、イオむぐ!?」


先程の仕返しとばかりにチチリがロキの口にイチゴアイスを突っ込んだ。


「はい、1口あげたんだからお願いね~」

「もごもご(別に本当に欲しかったわけじゃ…美味いからいいけど)」


特にロキは嫌いじゃないので普通に味わっている。


「仕事は?」

「こっちでやっとくわ、それにカプアちゃんのためでもあるんだから」

「はいはい、分かりました」

「(殆ど見回っちゃったんだけどなぁ)」


魔物園をロキが再度案内してくれることになった。










「ちゃんと付いて来なよマツモト」

「はい~」


と思ったらバックヤード案内だった。


「触ったら駄目だから、見るだけだよ」

「はい~」

「あと大きな声も駄目、絶対に驚かしたりしないこと、分かった?」

「はい~」

「はいるよ~」

「「 どうぞ~ 」」


念を押されて部屋に入ると2人の職員が小さな魔物のお世話をしていた。


「可愛い…ここは子供達の部屋ですか」

「そう、人間で言ったらマツモト位の子達だよ、お疲れ~どんな感じ?」


ゲージの前に立つ職員(人間の男子)にロキが声を掛けた。


「今から餌をあげるところです」

「ウチにやらせて貰える? この子に見せてあげたいからさ」

「どうぞ」

「マツモト、こっち」

「はい~」


手招きされてゲージを覗くと黄緑のずんぐりした親鳥1羽と

薄い黄緑の子鳥3羽こちらを見ていた。


「「「「 … 」」」」

「…」


マツモトが首を傾けると鳥達も傾けた。


「ふむ」


左右に体を動かしてみると鳥達の顔が左右に動いた。


「なんか凄く見られてますけど…警戒させちゃいましたかね?」

「いや、興味を持たれてるだけ、この子達は変わった魔物でさ、

 甘い匂いがするでしょ?」

「あ~…確かに、蜂蜜みたいな匂いがします」

「独特の甘い体臭に加えて好奇心が強くて警戒心が薄い、ほらご飯だよ~」


梨を親鳥に差し出すと啄んで子鳥達に分け与え始めた。



「子供達がいるのに手を近づけても攻撃してこなかったでしょ、

 見ての通り疑うことを知らないんだ、

 そんなんだから簡単に捕まってどんどん数が減っちゃって、

 結構昔らかもうすぐいなくなるんじゃないかって言われる」

「へぇ~(絶滅危惧種か)」

「保護しようって動きがあって、100年以上前からカード王国内では

 狩猟と加工品の流通が禁止されてるんだけど、マツモト知ってた?」

「知りませんでした」

「いいじゃん、勉強になったでしょ」

「1つ賢くなりました」

「ウチにいる子達は昔何処かの馬鹿な旅一座が町に持ち込もうとして保護されたんだ、

 最初は5羽だったけど今はこの子達含めて12羽」

「おぉ~順調に増えてますね」

「嬉しいけどさ、この子達は50年位生きるから

 ウチの方が先に死んじゃうかもって考えると、ちょっと複雑なんだよね」

「長生きですね」


現実の鳥も種類によってはメチャクチャ長生きだったりする、

スズメは1~3年だがオウムは40~60年、最長記録はヤシオウムの90年らしいので、

うっかり飼うと飼い主側が先にぽっくり逝く、3世代とかでどうぞ。


「そんなに簡単に捕まえられるんですか?」

「手招きしたら近寄って来るよ」

「わ~ぉ簡単…(そんなんで50年は無理だろ…)」


あくまでも飼育下での寿命である、

因みに、食べると独特の香りがして凄く美味しいとか、

そのあたりが乱獲の理由だったりもする。






「次はあっち」

「はい~」


もう1人の職員(人間の女性)が

ビーバーっぽい魔物の子供を両手で抱えてスタンバイしている。


「この子は本来水辺で生活している魔物だから、

 ある程度の大きくなったら泳ぐ練習をさせるんだ」

「なるほど」

「不思議なものでさ、そういう生きるための技術って産まれた時から知ってるんだよね」

「ほう、と言いますと?」

「この子はまだ1度も水に浸かったこと無いんだけど、ゆっくりお願い」


ロキに促され職員が水の張った桶に向けてゆっくりと子ビーバーを下ろしてゆく、

水面が近ずくと浸かる前に水掻きの付いた後ろ足を交互にパタパタと動かし始めた。


「(んぎゃわぅぃぃぃぃ!)」

「「 !? 」」


白目を剥いてビクンビクンする松本、

声を出さないように下唇を噛んで堪えている、

一方、ロキと職員は突然の流血に驚愕している。


「す、すみません…この光景は…俺には強すぎる…」

「あそう…」

「は、早く外へ…俺の理性が残っている内に…」


松本の理性が弾け飛ぶ前に部屋の外に運び出した。


「ふぅ~危なかった…助かりました」

「マツモトって可愛い魔物が苦手なの?」

「いや、好きですよ、愛おしすぎだけです」

「ふ~ん…(何それ怖っ…白目向いてたし…)」








次の扉の前に到着。


「さっきの場所は小さい子達の学校で、

 ここは怪我したりヨボヨボになった子達の病院、

 先に言っておくけど見て楽しい場所じゃないよ、どうする?」

「(関係者でも無い限りこういう場所を見学させて貰える機会は無い、

  本当の意味での裏側か…)」


少し考えて返事を決めた。


「お願いします」

「(ふ~ん、真面目じゃん、こういうところを気に入ったってこと?)」

「あの~ロキさん?」

「悪い悪い、行こうか、入るよ~」

「「「 どうぞ~ 」」」


中に入ると3人の職員が少し離れた位置に分かれで魔物の世話をしていた。


「ちょっと広いですね」

「さっきの部屋に比べたらね、運動させてあげないといけない子もいるから」

「ロキさんその坊やは?」

「カプアさんの知り合いでちょっと案内してるとこ、この子の調子はどう?」

「かなり元気になってきました、今日は凄いですよ」


座り込んだ職員(リザードマンの女性)の前で30センチ位の亀が白菜を齧っている。


「? 何処か悪いんですか?」

「ここがね」


職員が指さした場所を見ると左の後足が根本から欠損していた。


「甲羅が傷ついてないから小さい魔物の仕業だと思う、

 白菜畑の近くで丸まってたのを子供が拾って来たらしくて、

 困ったご両親がここに連れて来たんだ」

「なるほど、ロキさん達はそういうのも受け入れてるんですね」

「余裕があればだけどね、餌代として幾らかお金を貰って引き受けてる、

 弱ってるだけの子なら元気になってから元の住処に戻すんだけど、

 この子みたいに致命的な怪我してる子はウチ等が最後まで面倒見ることにしてるんだ」

「お、動きだしますよ、2人共見ててください」


白菜を食べ終えた亀がゆっくりと向きを変える、

前足を動かして歩き出すかと思いきや、

亀らしからぬスピードでキュルキュルと走って行った。


「は、早い…」

「どいうこと?」

「実はお腹の下に小さなタイヤの付いた板があるんです」

「「 へぇ~ 」」

「カプアさんが試しに作ってくれたんですけど、乗せてみたら気に入ったみたいで」

「へ~後でお礼言っとこ」

「(あの人何でも作るな)」


本当は義足の相談をされたのだが

魔物に魔道義足は無理といことで代替品として製作されたのがコレ、

開発時間2分、製作時間5分の優れモノである。


「個性があっていいじゃん、本人も楽しそうだし」

「でも土とか芝生だと進めないので他の子達とは一緒に生活出来ないですよ」

「その辺りはまた考えよう、とにかく良かった良かった」

「(ドリフトしてる…)」


キュルキュルと横滑りしながら疾走中。





次の職員(ラビ族の男性)は腰辺りが禿げた狸っぽい魔物の体重を計っていた。


「(この赤茶けた毛とザラザラ感は見覚えがあるな)皮膚病ですか?」

「うん、栄養不足で弱ってるから、この子殆ど食べてないんだ」

「体重減ってる?」

「はい、もうどうしたらいいのか…なんで食べてくれないんだろう?」

「この前友達が死んじゃったのが原因かも、明日ウチから先生に相談してみるよ」

「お願いします」


魔物にも感情があり鬱病になる、現実世界の動物の同様である。


「魔物の治療が出来るお医者さんがいるんですか?」

「専門じゃないけどウチ等みたいな亜人種を診てくれる先生がいてさ~、

 頼んだら結構何とかしてくれるんだよね、マジでサジウス先生には頭が上がんない」

「うっ…」

「どしたのマツモト? 顔引きつってるよ」

「ちょっと苦い記憶が…気にしないで下さい、

 (凄い人とは聞いてるけど…あの人注射の時怖すぎるんだよなぁ…)」


サジウスは注射時に興奮する癖があります。






最後の職員(ラビ族の女性)は力なく横たわるイモホリネズミの体を拭いてあげていた。


「(虚ろで白濁した目、隙間が目立つ体毛、触れられても反応が無く、

  か細い呼吸音と上下するお腹だけが命の灯を感じさせる状態、そうか…)

  この子はあとどれくらい生きられますか?」

「もうそんなに長くはないよ、今日か明日か」

「そうですか、どれくらい生きたんですか?」

「12年、平均が10年位だからよく頑張ったよ、偉いね、偉い偉い」


職員が優しい顔で撫でてあげるが反応は無く、

イモホリネズミは虚ろな目で呼吸を続けている。


「俺も撫でさせてもらえませんか?」

「優しくね」

「はい」









バックヤードの職員用休憩場、

松本とロキは椅子に座ってお茶を飲んでいる。


「マツモトってさ、魔物飼ったことあるでしょ?」

「まぁ何匹かありますね(猫だけど)」

「やっぱりね~だと思った」

「なんで分かったんですか?」

「さっきの子を撫でる時に優しい顔してたじゃん、

 普通の人は悲しい顔をするからさ、ちょっと気になったんだ、

 子供なのに落ち着いてて妙に悟ってるなって」

「すみません、軽んじたつもりはなかったんですけど」

「別に謝らなくていいよ、ウチも子供の頃から同じ顔してたから分かってるって、

 クッキーあるけど食べる?」

「あ、お金払いますよ」

「いいって、これは割れて商品にできないヤツで、職員達が自由に食べていいヤツ、

 お金を使ってくれる気があるなら売店で買ってよ」

「はい~」


お茶請けとして福利厚生の割れクッキーを頂くことに。


「マツモトは魔物達と見送る時って何考えてる?」

「幸せだったか聞くことにしてます」

「へぇ~でもさ、それって自分のためでしょ」

「鋭い、そうなんですよ、言葉が通じる訳じゃないし、

 答えが返ってこないって分かってるんですけどねぇ、

 結局のところ俺は、幸せにすることが出来たのか自問自答してるだけなんです」

「分かる、ウチもそう」

「悔いがあるなら他の子達を、まぁ俺にとっては家族みたいなものなんですけど、

 もっと幸せにすればいいと考えるようにしてます(お、不細工ネズミだ)」


それはハダカハゲデブデバネズミのクッキー、

子供が取り合う当たり枠である。


「お、同じ同じ、ウチ等気が合うじゃん」

「お揃いですね」


ロキもハダカハゲデブデバネズミを引き当てたらしく、

互いにクッキーを見せあっている。


「ウチは大家族だから見送ることも多くてさ~、

 最初の頃は悲しかったけど、直ぐに仕方ないことなんだって受け入れられるようになった、

 だがらパパが死んだ時もイオニィが死んだ時も泣かなかったよ、

 逆にママは毎回泣くから、ロキは気が強いわねぇ~って言われる」

「ははは、本当は深く傷つかないために割り切ってたりするんですけどねぇ」

「分かる、ウチもそう」


生き物の死というのは強力な力を持っていて、

何処かで折り合いを付けなければ心を病んでしまう、

自分の守るための予防線は大切なのだ。



「ふぅ、マツモトがカプアさんに気に入られてる理由が分かった気がする」

「はい?」

「ウチなんか変なこと言った?」

「まぁ、変と言いますか的外れと言いますか…

 気に入られてるってのはちょっと違う気が、最近出会ったばかりですし」

「そうなの? ごめんウチの勘違いかも、

 でもウチ等以外の人にイオニィ話をするなんて珍しいからさ、

 売店でアイスを食べるのだってイオニィが死んで以来だし」

「…、もしかしてイオニィってイオニアさんのことですか?」

「そうそう、ウチの兄ちゃん、お、バナナヘビだ、マツモトのは?」

「モルモット先輩です(イオニアさんってオークだったのか)」

「違う違う、その子はキュルモット」

「キュルモット」

「そんで後ろの上に写真があるでしょ、左がパパで右がイオニィ」


額縁に入った写真が2つ飾ってあり、

左は親指を立てて笑うムキムキオークが写っており、

右はスパナを持った垂れ目の優しそうな青年が写っている。


「あれ!? 人間ですけど」

「そうだよ、イオニィは人間、ウチはオーク、パパもママもオーク」

「え~と…(どういうこと?)」

「魔物園の入口に捨てられてたから養子にしたんだって、

 血が繋がってなくてもさ、魔物も亜人種も人間も家族には変わらないじゃん」

「確かに」


種族の壁を越えたワールドワイドファミリーである。


「本当ならカプアさんも家族になる筈だったんけど、

 イオニィがマナ暴走に巻き込まれて死んじゃったから」

「あ…」

「まぁ、そういうことだから今日は驚いたってわけ、

 一体どうしたんだろ? 何かあったのかな?」

「う~ん(魔族の襲撃が増えてるらしいからやっぱり魔王関係か?)」


クッキーを食べならが首を捻る2人、お茶をお替りした。


「イオニアさんってどんな人だったんですか?」

「魔物が好きで優しくて頭が良くて器用だった」

「ロキさんと同じですね」

「全然違うって、ウチは頭は良くないし大して器用じゃない」

「看板の修理してたじゃないですか、あと棍棒も弄ってましたし」

「器用ってのはイオニィとかカプアさんみたいな人のこと、

 売店の水晶玉とか鳥の卵を温める装置とか、何でも作っちゃうんだから」

「あそこまでいくと器用を越えてる気がしますけどねぇ」


所謂、天才である。


「あと変な特技というか癖があって、死の瞬間を教えてくれた」

「どういうことですか?」

「魔物とか人が死んじゃうと体からマナ抜けて空へと昇って行くんだって、

 イオニィにはそれが見えてたらしくてさ、 

 魔物達を見送る時にイオニィが泣きだすと、あ、死んじゃったんだなって分かった」

「亡くなった人がマナの海へ還るというアレですか」

「それそれ、だからマナの海はマジであるよ、ウチはイオニィを信じてる」

「へぇ~(ルーベンさんに教えてあげたいけど、イオニアさん絡みはなぁ…)」


現在ルーベンはマナの海に住むという伝説の魔物、赤い瞳の竜を調査中なのだが、

イオニアはシード計画職員の中でも主任クラスのみが知っている初期メンバーであり、

死亡した事故がタブー扱いされてるっぽいので、

教えてあげたいけど教えられないというジレンマ案件である。


「ウチはママみたいに優しくないし、パパみたいに強くもない、

 イオニィみたいに器用でもないからお金を稼ぐ方向で努力してる」

「大切なことですよ、問題の解決には気持ちじゃなくてお金が必要です」

「偉い! マツモトは分かってるわ~餌を買うにもお金、施設の維持にもお金、

 職員を雇うのにもお金、綺麗ごとと優しさだけじゃ魔物園は守れないっての!」

「そうだそうだ~、入場料を値上げしろ~」

「今検討中、けど高くなって人が来なくなるとマズいし調整が難しいんだよね」

「(経営って大変だなぁ)」


値上げの判断は非常に難しい。

  


「ねぇマツモト、1個だけお願いがあるんだけど、引きうけてくれたらいいものあげる」

「お~ユキちゃんクッキー、内容を伺いましょう」

「もしさ、カプアさんから何か相談されたり、

 助けを求められたら手伝ってあげてよ、出来るだけでいいから」

「俺に相談するくらいならロキさん達にすると思いますけど」

「その時は勿論協力するって、でもマツモトも一緒にアイスを食べた仲じゃん、

 たぶんカプアさんは凄い問題を抱えてて、イオニィが関係してるんだと思う、

 ウチには分るんだ、正式には違うけど家族だと思ってるから」

「了解です、協力させて頂きます」

「ちゃんと理解してる? クッキー欲しいからって適当に返事してない?」

「ちゃんと考えてますよ、ユキちゃんクッキー下さい」

「はいはい、約束だからね、ウチとマツモトの」

「はい~」


マツモトは1番人気のユキちゃんクッキー(割れ)を手に入れた。


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