26話目【酒とミーシャとルドルフ】
待ち合わせの時間から少し遅れ、ミーシャ、ルドルフが待つ酒場に入るバトー。
両脇にはフランスパンと干からびた松本を抱えている。
夕食には少し早いため店内には客が少ない。
『ミーシャ』34歳、昔バトー達と冒険者をしていた漢。
顎鬚、短めのモヒカンからの三つ編み、ゴリゴリのパワー系。
現在は王都でルドルフと冒険者をしている。
見た目と名前のギャップでルドルフと間違われることが多い。
『ルドルフ』28歳、同じく昔バトー達と冒険者をしていた女性。
長髪の赤毛、三角帽子と杖、ゴリゴリの魔法使い。
現在は王都でミーシャと冒険者をしている。
「おぅ、こっちだ! 遅かったじゃねぇか…どうしたんだそれ?」
「ちょっと、干からびてるじゃない!? バトー、あんた、やり過ぎたわね…」
「なぁに、マツモトならこれくらい大丈夫だ」
「いや…どう見ても大丈夫じゃねぇだろ…」
「魂が抜けかけてるじゃない…ちょっとそこに寝せなさい、マナを回復させるわ」
ルドルフの言葉を受け、干からびた松本を椅子に寝させる。
「リバイブ」
ルドルフが魔法を唱えると松本の周りが光り、松本に吸収されていく。
光を吸収するにつれ、干からびた体が元に戻っていく。
「あれ? 体が動く、以前は動けるようになるまでは一晩かかったのに…」
回復した松本は手の指を伸縮させ感触を確かめている。
少し回復し過ぎたのか、全体的に若干膨らんでいる。
「気が付いた? 君は体内のマナを使い過ぎて倒れたのよ、干からびてね。今はちょっと膨らんでるけど…」
「ありがとうございます、ルドルフさん、でもなぜ? 以前倒れた時は回復魔法では効果なかったはずですけど?」
最初にパンを3個出して倒れた時は、目覚めたのは翌朝だったはず…
バトーの修行『鍬素振り1000回』で倒れた時は、何故か魔法で直ぐに回復したんだよな?
「それはたぶん回復魔法『ヒール』でしょ? ヒールは肉体側の治癒魔法。
マナを使い切って倒れたんだから肉体を回復させても意味はないわ。
今回使ったのは回復魔法『リバイブ』。体内のマナを回復させる魔法よ」
「勉強になります!」
なるほど! バトーの修行で倒れた時は肉体疲労だったから回復した訳か。
パンを出し過ぎて倒れた時は、マナ疲労だったと…
となると、マナ疲労で倒れるということは、このパンは魔法…お茶の魔法は無いものか…
松本が起き上がったので、改めて席に着く4人。
丸い木製のテーブルの上には新しいフランスパンが4本、食べかけの1本から哀愁が漂っている。
「バトーよ…あんまり普通の子供に無理させんなよ…お前とは違うんだからよ。
あ、店員さん俺ビール1つ! あと、適当に食べ物も4人分頼む!」
「そうよバトー…いまどきマナの使い過ぎで干からびる子供なんていないわよ。 私は果実酒を1つ!」
「お前達、普通の子供と一緒にしてはマツモトに失礼だぞ。 俺もビールを1つ頼む!」
「いや普通とあまり変らないと思いますよ。じゃぁ俺もビールを1つ下さい!」
「「「普通の子供はビールなんで頼まねぇよ(だろ)(わよ)」」」
くそっ! 流れでイケると思ったが駄目だったか…
「まぁ確かに、ちょっとばかし筋力はありそうだが…そんなに違うか?」
「マナ量が多いわけでもないし…何が違うのよ?」
「気概が違うな。村では大人達と一緒に力仕事をし、小さいながら店を出してお金を稼いている。
自分で稼いだお金で魔石を2つ買ったんだ。最近は俺の修行も受けている」
「活力があるな、まるで小さい頃のお前みたいだなバトー」
「雷魔法でも使いたかったの? 火と回復魔法は5歳の時に習得してるでしょうし」
「いや、火と回復魔法を買ったんですよ。魔法使えなかったんで」
「呆れた…バトー…あんたの村は義務教育すら受けられないほど財政難なの?」
「お待たせしましたー」
テーブルにビールが2つ、果実酒が1つ、オレンジジュースが1つ置かれる。
木製の容器なのによく冷えている。魔法だろうか?
続いて、から揚げ、大きめのロブスター4匹、生野菜のサラダか並ぶ。
「とりあえず乾杯しようや」
「旅の無事と再会と新たな出会いに!」
「「「「カンパーイ!」」」」
全員の飲み物を勢いよく煽る、冒険者っぽいと思ったが、日本のサラリーマン感もある。
「ぷぱー久しぶりの酒はうまいな!」
「やっぱりこれだよな、旅の醍醐味ってヤツよ!」
「まったく…男共は品がないわね」
「いや、ルドルフさんこそ容器が空じゃないですか…」
なんで果実酒をビールみたいに飲んでんだよ!
「別にいいでしょ! 私はビールの苦みが苦手なだけで、お酒は好きなのよ。店員さん、同じヤツを!」
「俺より飲むからな、こいつは…マツモト、から揚げ食うか?」
「あぁ、ミーシャさん気にしないでください! 自分で取りますから…」
ミーシャはから揚げを小皿に4人分取り分けている。大柄なのに細やかな気配りが出来る男である。
「ルドルフ、さっきの話の続きだが、別にポッポ村は財政難ではないぞ。むしろ多少余裕があるほうだ」
「どういうことよ?」
「マツモトはポッポ村の子ではないからな、まだ出会って3か月も経っていない」
「その割に親しいな。バトー、相当気に入ってるな」
「まぁな、いろいろと助けて貰ってな、まぁ、最初会った時は驚いたがな、なにせ殆ど全裸だったからな!」
「ふふ…バトーさん、俺は既に人間の尊厳を取り戻してますよ」
両手でシャツを引っ張りアピールする松本、尊厳に満ちた顔をしている。
風に揺らぐウィンナーはもう存在しないのだ。
「どういう子なの…?」
「それだけ聞くと変態じゃねぇか…」
「マツモトは苦労してここまで来たってことだ、
森の中で生活して最近まで土の上に寝ていたからな。
おまけに記憶喪失だし、並大抵の努力でじゃないな」
「いやそんなに苦労も努力もしてないですけどね…パン出るし」
やめて!、記憶喪失は嘘だし、中身は38歳のオジサンだし、森の生活はキャンプ感覚だし、
そう、第二の人生『剣と魔法の世界』をオジサン楽しんでます!
そんな大げさに言われると罪悪感が凄いんで、ほんとやめて下さいお願いします。
コト…
「まぁ、なんだ…から揚げ食えマツモト」
「オレンジジュース…お代わりいるでしょ?マツモト」
から揚げが取り分けられた皿を置かれる、他より2個多い。
ミーシャとルドルフの目が痛々しい。バトーは胸を張っている。
異世界初のから揚げは罪の味がした。
調理された松本のパンと飲み物が運ばれテーブルに並ぶ。
「それで?お前達はなんでこんなところに来たんだ?」
「ギルドから調査を頼まれてよ」
「Sランクのお前達に直接か? そんなに深刻なのか?」
「そうみたね、普通こんなことないもの」
「あのーそのランクとはいったい?」
「ギルド内の冒険者のランクだ、依頼をこなすと上がっていって一番上がSランクだ」
「最高ランクなんですか!? お二人共凄い方だったんですね」
「なっはっは、そうだろう凄いだろう! といっても王都には結構いるんだがな」
「逆に言うと王都にいる冒険者はランクが高いのよ。その代わり依頼も難しいのだけど」
「バトーさんも冒険者だったんですよね、Sランクだったんですか?」
ニヤリと笑うバトー。
「ふふん、俺はBランクだ!」
「あのーそれは…凄いんでしょうか?」
「凄くないぞ、その辺の冒険者の中にも何人かいるだろう」
窓から見えるギルドを指さす。
「信じるなよマツモト、いやBランクだったのは本当だけどよ」
「バトーはね、途中で辞めて村に帰っちゃったのよ。冒険者をやってないからBランクで止まってわけ」
「冒険者やってりゃランクも上がって大金を稼いでただろうがなぁ」
「俺は冒険も楽しかったが、故郷が恋しくなったのさ! ポッポ村はいい村だろうマツモト?」
「いい村ですよねぇ、ポッポ村は」
ポッポ村はいい村なのだ。田舎で不便でも人がいいのだ。
騙したり非難する人がいない、正直で誠実でいられる。
小さなことで笑える、生活が楽しめる。そんな村なのだ。
転生前、日本は比較的平和な国だった、そんな国でも人間の醜さは目についた。
子供の頃はいい、大人になり、知識が増え、世の中の見方を知るとウンザリすることも多かった。
所詮は人の世。日常の裏には人間の欲が渦巻いている。
より前へ、より多く、より高く。それが人類の発展の原動力だ。
悪いとは思わないが、ウンザリはした。
この世界でも当然あるだろう、発展には必要だ。
だからこそポッポ村は素晴らしいのだ。
「で? なんの調査だ?」
「今のバトーには教えられないわね」
「知りたいか? だったら明日のウルダ祭で力を示してみろ。俺も出る!」
「あのーウルダ祭とは何でしょうか? エビ旨ぁぁぁぁぁぁ!」
松本、転生後初のロブスターに感涙!
その様子を見て料理長も感涙!
「…いや、泣くほどうまいか? ウルダ祭は年に2度行われる闘技大会だ」
「広場に用意される四角い闘技場で戦うの、降参するか、場外に落ちると負けよ。魔法は禁止、力自慢と冒険者達が参加するわ」
「子供部門もあるからマツモトも出たらどうだ? 賞金もあるぞ!」
「おもしろそうですね! バトーさん参加しましょうよ」
「いいだろう! 村に帰るのが遅くなるが、賞金を持って帰ればみんな喜ぶしな」
「なっはっは、決まりだな。明日が楽しみだ!」
「私は出ないわよ。あんた達みたいにパワー系じゃないしね。大人しく応援してるわ」
「ルドルフさん、絶対お酒飲むでしょ」
「当り前よ!」
「「威張るなよ」」
4人の笑い声と共に、長い夜は更けていく。




