258話目【似て非なる者】
山の向こう側から太陽が姿を現し世界を照らし始めた頃、
キキン帝国の野営地にて。
「クサウラ将軍起きていらっしゃいますか!」
「ふぁ~…今起きたところだ、その声はターニア兵士長か?
どうした大声出して? 他の者達はまだ寝てるだろう」
「すみません、でもイナセ兵士長が…」
「何!? 戻って来たのか?」
「いえそれが、戻って来たと言っていいものか…」
「ん?」
「訓練所と森の中間に1人で立っていまして」
「(どういう状況だそれは?)」
「今オタル兵士長が…」
「まさか向かったのか? 危険だぞ、直ぐに止めろ」
「あ、いえ、中央の見張り台から監視中です」
「は~…驚かすな、俺も直ぐに行くから先に合流しておいてくれ、
誰も向かわせるなよ」
「分かりました」
クサウラが装備を着込んでテントから出るとタラコとスジコが待っていた。
「「 おはよう御座いますクサウラ将軍 」」
「おう、早いな、来てたのか」
「状況が状況ですので」
「キキン帝への謁見とイナセ兵士長、どちらを優先しますか?」
「直接確認してから決める、1人というのは間違いないのか?」
「はい、周辺には誰も、同行した薬師も見当たりません」
「森は?」
「確認できる範囲には何も」
「分からんことばかりだな、何が狙いだ?
取り敢えず腹が減ったし何か貰ってから行くか」
「そう言われると思いまして、どうぞ」
「お、準備がいいな、…スジコ」
「何故少し間があったのですか?」
「寝起きで頭が回って無くてな、気にするな、中身はなんだ?」
「ふふふ、それは食べてからのお楽しみです」
スジコが唇に人差し指を当ててウィンクしている。
「そうか(知らんだけだろうに…)」
スジコが作った訳ではないのでまったくもってその通りである、
3個入りのオニギリセットを受け取り野営地の入り口まで移動、
オタルが見張り台の上で双眼鏡を覗き込んでいる。
「どうだオタル兵士長、変わりないか?」
「そうですねぇ、こっちを確認しているだけで全然動かないです」
「貸してくれ」
「あい、おわ!? スジコ兵士長、タラコ兵士おはよう御座います!」
「「 おはよう~ 」」
オタルが紛らわしい双子にテンパっている。
「(2人一緒で良かった…)」
「(そうなるよね…)」
一足先にテント前で遭遇したターニアも同じ反応だったそうな。
「情報通りだな、周囲には何も無しか、う~む…」
クサウラがオニギリを食べなら双眼鏡を覗くと
岩場で単眼鏡を覗きながらパンを齧るイナセが見えた
モゴモゴしながら監視しし合う2人、完全にレンズ越しに目が合っている。
「(完全武装で見晴らしの良い開けた場所に1人か…誘っているな、
どういうことだ? あまりにも都合が良すぎる、
まるで俺の行動を阻止するために姿を現したかのよう…)
オタル兵士長、ターニア兵士長、撤退の話を他の者達に伝えたか?」
「まだです」
「俺は同じテントの奴等にだけ伝えました」
「そうか、イナセの疑惑に付いては?」
「伝えていません」
「俺もまだです」
「(イナセの印象操作は全く進んでいない、今すぐ全員起こして説明するかぁ~?
いや、こういうのは人伝に広がらねば意味がない、
火付け役が一番疑われる、疑惑を持たれるような選択肢は無しだ、となると…)」
双眼鏡を下ろして残り2個のオニギリのうちどちらを食べようか思案中。
「よし、決めたぞ」
左のオニギリを選択、具は昆布だった、
因みに、1個目は煮込んだそぼろ肉っぽい何かだった。
「なんだかよく分からんが待っているようだし、
オタル兵士長とターニア兵士長は装備を整えろ、直接会いに行くぞ」
「「 はい 」」
「そうだな~念のためタラコ兵士長とスジコ兵士長も同行だ、数は多い方がいい」
「「 はい 」」
「誰かマイの檻を柵の外に移動してくれ、イナセからよく見える位置にな、
もしもの時の牽制になる、それと何があっても野営地から出るなよ、
俺達とイナセの戦闘に巻き込まれると只じゃすまんぞ、特に訓練兵は近寄らせるな」
「え? イナセ兵士長と戦闘ですか? 偵察から戻られたのに何故?」
「まぁ可能性の話だ、そうと決まった訳じゃないが…話すと長くてな、
俺はポニコーンの準備をせねばならん、
すまないが適当にターニア兵士長がオタル兵士長にでも聞いてくれ」
「わかりました」
何も知らない兵士を適当にあしらってクサウラと双子は馬小屋に移動。
「「 クサウラ… 」」
「ちょっとスジコ」
「ちょっとタラコ」
「「 …、どうぞどうぞ、どうぞ… 」」
「(う~む、食べる順番間違ったな…)」
話す内容が被りいつものやり取りをしている双子と
若干ションボリのクサウラ、最後の1個は具無しの塩オニギリだった。
「おほん、じゃ私が」
今回はタラコが話すらしい。
「クサウラ将軍、何故イナセ兵士長を優先したのですか?」
「キキン帝の元に向かえばイナセは追ってくるだろう、
監視に付けた4人からアズラ様のことを聞き出しているなら厄介だ、
真偽不明の情報でも人は惑う、現状では俺とイナセどちらの信頼が勝るかわからん、
もし4人のうちの誰かが自白でもして俺の名前が出てみろ」
「姿が見えませんし既に死んでいるのでは?」
「判断のしようがない、その辺りも計算した上で誘っている」
「では、そういうことですね?」
「そういうことだ、はぁ…優秀な部下を持つと大変だぞ、
あまり乗り気はしないが応えてやるとしよう、なにせ俺は部下想いの優しい将軍だからな」
「でしたら私も陰ながらお手伝いします」
「まぁ怖い、タラコったら何をする気なのかしら?」
「普通のお手伝いよ、変なこと言わないでスジコ」
「「 ふふふふふ… 」」
そんなこんなで場所は変わって岩肌の荒野、
馬上のクサウラが見下ろすのは槍を立てたイナセ、
まだ戦いは始まっておらず対話の時である。
「あ~イナセ、取り敢えず状況を説明してくれるか?」
「必要ですか? 探り合いはもう十分でしょう」
「まぁ、一応な、他の者達のためにも互いの立場をハッキリさせたい、
オタル兵士長はまだ迷いがあるようだし、このままでは戦えん」
「イナセ兵士長! 本当に…本当に俺達を裏切ったんですか?」
「クサウラから何を聞かされたかは知りませんが、
私が否定してところでオタル兵士長は信じられるのですか?」
「それは…」
「他の方も私が何を語ろうが判断できないでしょう、
迷いが増えるだけです、クサウラの命令に従うのか、
自身の心に従うのか、選びなさい」
「…」
オタルが押し黙ってしまった。
「イナセ兵士長、任務は達成したのですか?」
「はい」
「ならどうして野営地に戻って来なかったのですか?」
「戻ればクサウラは何かしらの理由で私を拘束したでしょう」
「そんなこと…」
「無いと断言できますかターニア兵士長?」
「…」
ターニアが押し黙ってしまった。
「狡猾で野心深く、目的のためには手段を選ばない、
尊敬に値しない人物、それが私から見たクサウラです、
大人げない言い方をすれば気に入りません、貴方も同じなのでは?」
「あぁ、正直言って目障りではある、だが実力は認めているぞ」
「自らを脅かす脅威としてでしょう、その相手を取り込もうとする言い回し、
つくづく癇に障る」
「っふ、なぁイナセ、ここまで本心を晒して話したのは初めてだな」
「そうですね、ですがこれが最後です、
国の行く末のため、貴方には今日ここで…消えてもらいます」
「「 !? 」」
槍を構えたイナセに反応して咄嗟に身構える一同、
張り詰めた空気の中クサウラは笑みを浮かべている。
「イナセはやる気だぞ、お前達はどうする? 俺と一緒に戦ってくれるか?」
「私はお手伝いします」
「感謝するぞスジコ兵士長、ポニコーンは遠ざけておけ」
「私は…すみません、流石に本気のイナセ兵士長は怖いです…」
「そうか、かまわんさ、巻き込まれないように下がっていろタラコ兵士長」
スジコはポニコーンを降り、タラコは少し後に退いた。
「「 … 」」
「オタル兵士長とターニア兵士長はどうする?
無理にとは言わんぞ、お前達がどちらを選んでも責めはしない」
「決められませんか? なら下がりなさい、
自らの意思で戦えない者に私の相手は務まりません」
「(国のためって何だよ、ハッキリ言ってくれ…何で信じさせてくれないんだ!)」
「(クサウラ将軍の予想を否定する根拠はない…分からない、イナセ兵士長は何を…)」
オタルは強く目を閉じて葛藤中、
ターニアは心の指針を求めて思考を回転させている。
「イナセ兵士長、同行した薬師の方はどうしたのですか?」
「テイジンさんはこの戦いに関係ありません」
「カガ兵士長達と戦ったのですか?」
「襲われたので応戦しました」
「4人共戻って来ていませんけど…今何処に?」
「さぁ、もし…殺したと言ったら?」
「「 !? 」」
目を見開いたオタルと覚悟を決めたターニアがポニコーンから降り剣を構えた。
「4対1だが文句はないなイナセ、最後はお前の失態だ」
「そのようですね、もう少し言葉を選ぶべきでした」
「さて、一応忠告と確認なんだが、
こちらはマイを捕えている、それでも戦うのかイナセ?
あまりこういうことは言いたくないがお前の行動次第では…」
「非常に不本意ですが、貴方のことを最も理解しているのは私です、
マイが人質にされることを想定していなかったとでも?」
「そうか…見損なったぞ、お前は絶対に…」
「貴方とは違います、私は何があってもマイを切り捨てたりしない」
「ほう…ならどうする?」
馬上のクサウラの凄味が増した。
「あの~クサウラ将軍」
「どうした? 今から…」
「野営地の方に何か変な物が見えます」
「うん?」
タラコの声で振り返ると複数の小さな何かが浮いているのが見えた。
「(なんだアレは? 動いているのか?)」
「「「「 ? 」」」」
いくつかの点が動いているようないないような…
小さすぎて詳細が掴めず一同が目を細めている。
「気になりますかクサウラ?」
「まぁな、お前の策だということは理解できた、説明してくれるか?」
「「「「 (そんな馬鹿な…) 」」」」
「構いませんよ」
「「「「 (いいんだ…) 」」」」
イナセが投げた単眼鏡を受け取り覗くと
ハイエルフに吊られて野営地に降り立つカニが見えた。
「なんだと!?」
点の正体は人を吊って運搬していたハイエルフ便、
更にカガ兵士長、マワリ兵士長、サルトバ兵士長、フユキ兵士長と
イナセの監視役としてシルフハイド国へ向かった筈の4人が降り立ち、
更に更に檻から解放されたマイとカニがハグしているのが見えた。
「まさかな…」
「一体何が見えたのですかクサウラ将軍?」
「ハイエルフだ、イナセはシルフハイド国と手を組んだ」
「「「「 !? 」」」」
一同に衝撃と緊張が走る。
「(やっぱり…クサウラ将軍の予想は当たってた…)」
「(くそっ…マジかよ…)」
「(クサウラ将軍の予想が外れるなんて…)」
「(そんな、あり得ない…)」
オタル、ターニア側と双子側で反応が真逆なのは
クサウラから聞かされていた情報の差である。
「流石に予測できなかったようですね」
「当然だ、敵国の兵士を信頼するなど…王としての資質を疑う」
「シルフハイド王を動かしたのは私ではありません
難民と魔王の問題を解決するために訪れた各国の代表者です」
「っ…!?」
「「「「 ? 」」」」
クサウラの顔に驚愕と焦りが浮かんでいるが
他の4人はピンと来ていない様子。
「冗談だろ…」
「今頃は皇帝を含めて話し合いの最中でしょう」
「おいおい…やってくれたなイナセェ…」
「貴方は負けたのです、大人しく結果を受け入れては如何ですか?」
「断る! 確かに最悪な状況だが全てが終わったわけではない、
後のことはお前を殺してから考えるとしよう」
「そうでなくては、始めましょう」
イナセとクサウラがバチバチに火花を散らしているが、
ここで少しだけ時間を巻き戻し
夜明け前のシルフハイド国側の動きを見てみよう。
「あの…ケルシス様…本当にこれで間違いないのでしょうか?」
月明かりが差し込む森の中、
シャガールが手摺りの付いた木製の座椅子みたいなモノを
指差して顔を強張らせる。
「心配せずとも大丈夫だぞシャガール殿、
我が国の職人達は木というものを知り尽くしている、なトトシス」
「勿論です、木といえばエルフ、エルフといえば木、
他国にも知れ渡る名声は偽りなき事実なのです」
「(薬草だと思うけどなぁ…)」
シルトアの言う通りエルフのイメージは薬草と風魔法、
木材加工のイメージは特に広まっていない。
「ふふふ、なんと滑らかな手触りだ、木目が美しい」
「手摺りの拘りたるや、この曲線美は加工では表現できません、
素材を活かす心意気が素晴らしい」
座椅子?を撫でながらうっとりするシルフハイド王ケルシスと側近トトシス。
背面と座面はささくれが刺さらないようにスベスベに仕上げ
木目の美しさを存分に際立出たせており、
手摺りには皮を剥ぎ表面を整えた太目の枝を使用することで、
それぞれの座椅子に個性を持たせつつ、曲がりや捩じれに触れることで
素材の味とぬくもりをより身近に感じられるように工夫されている。
「(これで空を…こ、怖い…)」
自国の技術力を誇る2人とは裏腹にビビりまくりのシャガール、
自慢の口髭もシオシオになっている。
「シルトア様、私は篭のような物を想像していたのですが…」
「まぁ、出来るだけ軽くしないといけませんから、
風魔法が干渉しちゃうので運ぶ側もある程度距離を開けないといけませんし」
この座椅子は今回の作戦、通称ハイエルフ便のために発案された
世界初の航空輸送装置の一部である。
編み込まれた蔓の上に座椅子を乗せ、
背面と座面に空いた4か所の穴で固定、
4方向に伸びた蔓を運搬役のハイエルフが装着したベルトに固定、
4人で1人を持ち上げて運搬する4馬力方式。
「せめて紐を…」
「長さ的に足りなかったんです、仕方ないですよ」
「はぁ…」
蔓を持って膝からへたり込むシャガール、
絶対もっと安全な素材がある筈だが、
突貫工事で発案、作製されたため自然由来の素材が主体となっている。
「うむ、意外と丈夫だ」
「全く切れませんね」
カルパスとイナセが蔓を引っ張り合って強度確認中。
「命を預ける装置です、実際に人を乗せた状態で試してみましょう」
「うむ」
「どなたかお願いします」
「「「 … 」」」
「え? 俺か?」
「一番痩せてるしよ」
「嫌だって、カニちゃんの方が軽い…」
「イナセがカニちゃんで試すわけねぇだろ、おらいけ」
「じゃテイジンさん…」
「爺さんに無理させて腰でもやったらどうすんだ」
「いやでも…」
「どうせ皆後で乗るんだからよ~」
「ほら、軽く試すだけだって」
「馬鹿…こういう時のイナセは手を抜かねぇからヤベェって…
お前等も知ってんだろ…おい押すな…」
「まぁまぁ、俺の家族のためにも犠牲になってくれよ~」
「縁起でもねぇこと言いやがって…押すなって…嫌だ…」
抵抗するサルトバ兵士長を無理やり座らせて上下にバインバイン、
手摺り間に安全バーがあり、椅子と体を固定する革製のベルトが設置されているので
逆さにでもならない限りは座っている人が投げ出されることは無さそう。
「あぁあっぁぁ止め…あぁぁぁあ…」
「静かにしろ~」
「作戦がバレたらどうすんだ」
「(危ねぇ~俺じゃなくてよかったぁ~)」
「お前等覚え…あああぁぁほあっぁぁあ…」
人柱となったサルトバ兵士長の犠牲で安全性が確認された。
「おろろっろろろろr…」
「大丈夫ですか~? もう、カルパスやり過ぎですよ~」
「すまん…」
「はいこれ噛むと気分が晴れる薬草~、
イナセ君ここまでやらなくてもよかったんじゃない?」
「命に関わる問題ですので、全力を尽くしました」
「(お父さん酷い…)」
イナセは長所は真面目なところ、短所もまた真面目なところである。
この遊園地で見かける椅子を遠心力で振り回す遊具、
通称『ウェーブスインガー』に似た運搬方法で
最も注意しなければいけない点は各部の強度ではない、
シルトアが述べていた風魔法の干渉である。
そもそも風魔法で飛行するということ自体が
特異な才能を有した選ばれし者にのみ許された行為であり、
Sランク冒険者と同様に努力で辿り着けるような代物ではない。
エルフとハイエルフに種族としての違いはなく、
風魔法で飛行できるようになった者を
敬愛する風の精霊により近付いたとして讃え、
1つ上の存在として特別視しているだけである。
1種族の習慣が世界の常識となる程に
ハイエルフの魔法に関する才能は突出しているのだ、
極めて異質、実際に次元が1つ上の存在と言える。
風魔法で人が飛行するためには段階がある、
いずれの段階でも使用するのは初級の風を発生させる魔法のみ。
最初の段階では誰でも扱える基礎的な魔法を
自身の下側に向け使用すればよい、
但し、自身を浮かせるだけの出力が必要となる。
次の段階は、そのまま魔法を使用し続けて宙に留まること、
これは浮遊、浮いているだけなので飛行ではない、
だが、出力を維持する能力と、それ相応のマナ量が必要になる、
一般人の到達点はこの辺りが限界となる。
浮遊した状態で風に煽られるとどうなるか?
流されるか、バランスを崩して地に足を付くことになる、
これを制御することが次の段階である、
同じ場所に留まるには下方向に加えて
風と逆方向に相殺するだけの出力で魔法を使う必要がある、
同時に複数、異なる出力で発動することが求められる。
留まる、ただ留まる、それが非常に難しい、
多くの者がこの壁を越えられずに生涯を終えるのだ。
これに関しては現実世界でも簡単に体験できる方法がある、
お風呂やプールで潜り、水中で同じ高さを維持してみて欲しい、
浮力に負けないように必死に手をパタパタさせるが、
上下に動いたり身体が回転したりと、
同じ位置に留まることは非常に難しいだろう、
動けば動く程体内の酸素を早く消費して限界が来る、
浮力を重力、酸素をマナに置き換えた状況がソレ。
最終段階はいよいよ飛行、
自在に宙を舞い空を駆けるという人類の夢を実現するためには
高い出力と潤沢なマナ量、繊細なコントロールに加え、
常に変化し続ける状況に適応する状況把握力と対応力が求められる、
ここに到達した者はある種の異常者である、
飛行する対象にとって空気は抵抗なわけで、
より長く、より早く飛行するには求められる能力が加速度的に増えて行く、
故に、同じ選ばれし者の中でも優劣は存在し、
現在ハイエルフの中で最も優れた者はシルフハイド王ケルシス、
更にその上を行く人類最高の風魔法使いがシルトアなのだ。
っとまぁ長々と説明した訳だが、何が言いたいかというと、
只でさえ難しい飛行中に飛行者同士が近寄り過ぎると
互いの風魔法が干渉して墜落する、ということである。
練度にもよるが最低でも5メートル位は離れるた方が良い、
因みに、ケルシスとシルトアなら手を握ったままでも飛べる。
なら1人で運べばいいじゃないと思うかもしれないが、
マナの消費量が凄いことになるので安全面を考えるとやはり複数人、
4方向でバランスが取り易いので4馬力が最適解となった。
あと運ばれる人に風魔法が直撃しないように蔓の長さは結構長めである。
「そろそろ出発しますけど、イナセさん本当にいいんですか?
やっぱり皆でやっちゃった方が確実で早いですけど…」
「お心使いは感謝します、ですが…」
「ぐぇ…」
「お前は分っとらんな~シルトア」
「ちょっと…ぐぇ…」
イナセと会話中のシルトアをケルシスが羽交い絞めにした。
「そういうところがまだ子供だと言うのだ、2か国の代表が聞いて呆れる」
「ちょいちょい締めないで下さいよ(重い…)」
「ほほほほ、シルトア様はお1人で戦争を止めるだけの力をお持ちですから、
私のように国の代表を任されただけの凡人とは目線が異なるのでしょう、
難民問題解決と内政干渉は別ということです」
髭をネジネジしながらシャガールも会話に入って来た、
何故が左手がプルプルと小刻みに震えている。
「皇族が全て亡くなられ、偽りの皇帝が国を乱し、裏で暗躍する者がちらほら、
誰が、何処までの責任を問われるかは分かりません、
今回の作戦の結果次第では問われない可能性も十分あります、
いずれにせよ国が大きく変化しようとしている時に
他国が積極的に関与すべきではないのです、
何を望み、どのように行動するかは当事者達にのみ与えられた権利、
そして、その後の結果を背負うこともまた当事者に課せられた責任なのです」
「そういうことだ、シルフハイド国としてはイナセが勝とうが、
偽皇帝が勝とうが、え~と、あと誰だったか?」
「クサウラです」
「それだ、まぁ我が国に攻め込むなどとふざけた行為を止めさえすれば良いのだ」
「ルコール共和国としては直面している難民問題が最優先です、
魔王の復活の件もありますが取り敢えずは今後も良い関係を維持し、
交易を継続して頂ければ誰が国を治めても問題ありません、
ですが、ですがですよ、私個人としてはイナセさん達を強く支持しております」
『 ありがとう御座います 』
髭をネジネジしながらイナセに親指をビシッと立てるシャガール、
何故が手が小刻みに震えている。
「なるほど、個人と立場を分けて考えろと」
「優先すべきは立場として考えだがな、別に個人の考えを捨てろとは言わん、ほれ」
「「「 !? 」」」
ケルシスがイナセに向けて赤い液体の入った小瓶を差し出すと
何故かシャガールとペナとカルパスが目を見開いた。
「これは? 私にですか?」
「私個人としての手向けだ、お前は回復魔法が使えんのだろう?」
「はい、しかし何故お酒を?」
「「「 !? 」」」
何故かルコール共和国の民のビクンと反応した。
「ポーションだ、知らんのか?」
「見るのは初めてです」
「「「 はぁ… 」」」
何故かルコール共和国の民がガッカリした。
「どうかされましたかシャガール様?」
「いえ…見覚えのある品でしたのでてっきり…」
「手が震えてますけど」
「ほほほ、お気にならさず、これはその…何でもありませんよシルトア様」
断酒による禁断症状である、
シャガール達レベルの酒ジャンキーになると数日で禁断症状が出るらしい。
「貴重な物なのでは?」
「ある意味な、だがポーション自体は大して貴重ではない、持って行け」
「あれ? ケルシスちゃんそれワシが造った奴じゃない?」
「テイジンさんが?」
「ほらやっぱり、うわ~マジ懐かし~まだ残ってたんだ」
「そりゃ残るだろ、回復魔があるのにポーションなんて使わんぞ、
わざわざ持ち運ぶ方が面倒だ」
「え? そうなの? 初めて成功したヤツなのになんかショック…」
棚にずっと飾られていたらしい。
「テイジンさん、これはどのようにして使用するのですか?」
「飲んでもいいし、怪我した場所に直接かけてもいいよ~」
「分かりました、ありがたく使わせて頂きます」
「そういえばさ、もう1個無かった? 確か2個造った筈だけど」
「あったぞ、トトシスが酒と間違えて飲んだ」
「飲んでいません、品性を疑われるようなことを言わないで下さい」
離れた場所からトトシスが何か言っている。
「(分かる)」
「「 (うんうん) 」」
ルコール共和国の民が頷いているのは
小瓶が元々高級ワインの容器だからである、
赤ワインと白ワインのセットで富裕層や交易向けの特別商品、
容器はガラスではなく水晶の削り出しなのでそれだけでもお高い。
「出来ればで構わんが使い終わったら入れ物を返してくれ、テイジンにまた造らせる」
「え? でもケルシスちゃん使わないんでしょ?」
「あぁ、絶対に使わん! クソの役にも立たんし誰に需要があるかも理解できん!」
『 えぇ… 』
「だがお前とアンダルセンのことを思い出すには、っふ、丁度いい酒の肴だ」
「(ケ、ケルシスちゃん…)」
「分かりました、必ずお返しします」
感極まったテイジンが両手で顔を覆って泣いている。
「(冒険者は結構持ってたりするけどなぁ…)」
「「 (う~ん…) 」」
冒険者のシルトアと傭兵のカルパスとペナが複雑な顔をしている。
ポーションには怪我を治す『ヒールポーション』と、
マナを回復させる『マナポーション』の2種類があり、
上級クラスに達すると作成可能になる。
怪我を治すヒールが上級に達すればヒールポーション、
マナを回復させるリバイブが上級に達すればマナポーション、
それぞれ対応したポーションのみ作製できる。
冒険者や傭兵は緊急用としてポーションを持ち歩くことが良くあるのだが、
マナさえ回復すればヒールが使用出来るので、
需要があるのは殆どマナポーションの方。
テイジンが作成したのは2個共ヒールポーション、
回復魔法を習得してから僅か数年で作製した事を考えると、
当時のテイジンが娘を助けるためにどれほど努力していたかが伺える。
因みに、ポーションは無味無臭、
酒と間違って飲んだトトシスは怪我をしていなかったので効果が発揮されず、
味も無いし酔いもしなかったので首を傾げていたそうな。
「クサウラ将軍って凄く強いんでしょ?」
「大丈夫だ、父さんの方が強い」
「「 … 」」
「また会えるよね?」
「勿論、信じてくれ、マイを頼んだぞ」
「うん、私頑張る、だからお父さんも…」
「カニも気を付けて」
「「 … 」」
「お爺ちゃんもきっと心配していると思う」
「ははは、むしろ無茶していないか心配だ」
「「 … 」」
「お父さん朝ごはん食べた?」
「後で食べるから大丈夫」
「「 … 」」
「槍の手入れとか…」
「いつも通りしっかりしているよ、さぁカニ手を放して」
「やだ、離さないで」
「皆待ってるから、さぁ」
「嫌、私怖い…うぅ…怖いぃぃ…」
『 う~ん… 』
浮いた椅子から思いっきり前傾姿勢で手を伸ばすカニ、
父と心配する娘の感動の別れかと思われたがカニが怖がっているだけである。
「やだぁぁぁ…怖いぃぃ助けてお父さぁぁん…」
「頑張れカニ~、目を閉じるんだ~」
「「「「 (なんか悪いことしてるみたいだなぁ…) 」」」」
ハイエルフの罪悪感と共に暗い空へと上がって行った、
他の人達は既に出発済みである。
「私達だけになちゃいましたね~」
「うむ」
「パン美味しいですね~」
「うむ」
パンを齧るペナとカルパスは重いので居残り。
「それでは私も行きます」
「は~い」
「イナセ、頑張れ」
「有難う御座います」
カルパスの大きな拳に拳を返してイナセは暗い岩場へと移動して待機、
飛びたったメンバーは1度西へに移動してから南下、
カニと兵士長4人は野営地の西側に降下して待機、
夜が明けたらタイミングを見計らって野営地に移動。
シルトア、ケルシス、シャガール、トトシス、テイジンは
キキン帝国の内地を目指してそのまま移動し、
この後に『257話目【真夜中の反逆者】』でトド達を上空から観察することになる。
「僕一応2か国の代表で賓客扱いのはずなんですけど…」
「国王である私がやってるんだ、文句言うな」
因みに、シルトアはシャガールの、ケルシスとトトシスはテイジンの運搬役。
『 (もっと離れて欲しい…) 』
シルトアとケルシスがくっついて飛ぶせいで他のハイエルフ達が肝を冷やしている。
「(ありえない…あんなに近くで飛ぶなんて嘘よ…嘘に決まってる…)」
トトシスはハイエルフしてのプライドは再び粉砕された。
「「 (寒い…) 」」
一方、下にぶら下っているシャガールとテイジンはカタカタ震えていたそうな。




