257話目【真夜中の反逆者】
カード王国、ダナブルのチーズ工場。
「ふっ…ふっ…ふっ…」
倉庫の出入口付近で上下に動くパンツ姿の松本、
左右とも開いた扉の上に適当な棒(借り物)を乗せ
誰もいないことをいいことに一心不乱に懸垂中である。
「ふっ…ふっ……ふっ…、ふっ…はぁはぁ…
ふ…くそっ、上がらん…最後…これが最後ぉぁああ…あっ!」
限界まで追い込んだらしく扉にもたれ掛かるように座り込んだ。
「はぁ…はぁ…今日はここまでだな…はぁ…プロテイン飲まないと…」
息を整うのを待ってからフラフラと立ち上がり
壁際に置いてあって魔法の粉(肉味)を付属のスプーンで2杯を口の中へ、
蒸せないように気を付けながら指先から水を注ぎ、
口を閉じてシェイク&ゴックン、すかさず追加の水をゴックン。
「うむ、何度飲んでもマズイ」
肉味はマズい、この世界のマッチョ達の常識である。
棒を取り外して壁際に置き、床に落ちた汗を拭き取る、
筋トレ後の片付けを終えて置き時計(借り物)に目を向けると
短針が1と2の間、長針が10の辺りを指していた。
「もうこんな時間か、早いとこシャワー浴びて寝よう、
この寝床も今夜で最後か~寂しいような悲しいような」
座布団(借り物)を2つ並べた寝床に哀愁を感じながら
干してあったパンツとタオルを回収。
「誰かが迎えに来るらしいし、明日は早めに起きて借りた物を全部返さないと」
などと言いながら光輝石のランタン(借り物)を持って
パンツ姿の松本は通路を歩いて行った。
時を同じくして、キキン帝国、内地。
「腹減ったわね~」
「は? お前飯食ってこなかったのかよ?」
「いや~ギリギリまで寝ててさ、詰め所になんかあったっけ?」
「あんじゃねぇの? 知らんけど」
光輝石のランタンを持った2人の兵士が見回り中、
前を歩いていた女の腹の虫が鳴いた。
「…よし、異常なし」
「おいこら、何戻ろうとしてんだ、まだ4分の1も回ってねぇっての」
「どうせ何も無いって、いつもそうじゃん」
「ついこの間マツバ元宰相が死んだばっかだぞ」
「本人が望んだんでしょ? ならいいじゃん、異常じゃないない、
私達が警戒しないといけないのは地下牢に近づくヤツとか、
キキン帝を狙ってそうなヤツとか、そういうの、今まで1回でもあった?」
「ねぇよ、あったら困るっての」
「じゃそういうことで」
女兵士が来た道を戻り始めた。
「お~い、クサウラ将軍の命令だぞ」
「1日位大丈夫だって、私の腹の方が異常事態なの、
アンタもついてきなさい、2人一緒じゃないとおかしいでしょ」
「はぁ…」
背中越しに手招きする女兵士、
呆れて溜息を付く男兵士の背後に影が忍び寄り口を塞いだ。
「騒ぐな…殺すぞ…」
「…」
首筋に食い込んだ剣に青ざめながら男兵士が小さく頷いた、
何がどうなっているかは理解できないが、
どうすべきかだけは明確に理解できる。
『少しでも抵抗すれば容赦なく剣引かれ、死ぬ』
ドスの効いた囁き声が教えてくれたイメージである。
「(手慣れ過ぎだろ…やっぱあの人怖ぇ…)」
「人とはあんなにも物音を立てずに動けるのか」
「ほほほ、ワシ等とは積み上げてきたものが違うわい」
クダマキとマツバとトドが建物脇から様子を伺い中。
「クダマキ、タマニが呼んどるぞ」
「う、うす、行ってくるっす」
「クダマキ君、気を付けて」
「う、うす、頑張るっす」
ぎこちない動きでコソコソと移動するクダマキ、
壁に張り付いたり木に隠れたりと余計に目立っている。
「アイツはこういうことには向いとらんな」
「そのようだな…私も人のことは言えぬが」
「彼は良くも悪くも真っすぐですから、あ、タマニさん怒っているようです…」
「「 う~ん… 」」
ラニー支部長とソバコとソバミも同行中、
心無しがタマニの周囲の闇が濃くなっている気がする。
「とっとと来い馬鹿」
「おん!? 仕方ねぇ…」
「黙れ…」
「はい…(怖ぇ…)」
「コイツを押さえとけ、騒ぐようなら…」
首の横で手をピッと振り、タマニが音もなく女兵士を追っていった。
「(躊躇なさ過ぎだろ…)頼むから暴れないでくれよ」
「…」
「(大丈夫そうだな、いや…大丈夫なのか?)」
クダマキは青ざめてカタカタ震える男兵士を見て心配になったそうな。
ささっと2人の兵士を拘束し詰め所へ移動。
「「 お疲れっす~ 」」
「ん? どうしたソバコ、お前の担当は東だろ?」
「あれソバミも? 移動の話来てたっけ?」
「まぁまぁ、気にしないでよ、ちょっと人を紹介しようと思ってね、
こっちがタマニさん、あとこっちは新人のクダマキ」
「「「 ? どうも 」」」
「おいソバコ、何探してるんだ? 勝手にウロウロするなって」
「まぁまぁ」
「お前等下っ端だな、兵士長は何処だ?」
「今寝てますけど…」
「そうか…殺すぞ…」
「「「 ひぇ… 」」」
「(挨拶も無しに…マジやべぇよこの人…)」
夜間担当だった3人を拘束、ついでに寝ていた兵士長と他3人も拘束。
「ふむ、案外上手くいくものだなトドよ」
「今だけじゃ、夜が明ければこうはいかん」
「捕らえたは良いですがこの方達はどうするのですか?」
「ほほほ、良い質問じゃなラニー支部長、生かせば問題の種、
じゃが殺すには余りにも惜しい、
失うは容易く、育むは難しく、蘇らすことは叶わず、それが命じゃ」
「そのとおりだ」
「筋肉も同じです」
「こういう場合はそれまでの経緯と後の影響を踏まえて考える必要があるのじゃが、
ワシはそういうのは面倒での~今回はこれでいいじゃろ」
「「 ほう 」」
トドが壁に掛けられた地下牢の鍵を手に取った。
「面倒ごとは別の者に任せる、念のためマイがいるかも確認せんといかんしな」
「なるほど、妙案だ」
そして地下牢、
捕えらえた人達が牢屋の中でスヤスヤと寝息を立てている。
「マジかよ、タマニさんなんでこんなに捕まってんだ?」
「お前は今まで何を聞いてたんだ…」
「んお? 誰た騒いでいるのは…って、せ、先生!?
マママm、マツバ先生!? …いや待てこれは夢か? どれ」
「あだ!?」
シゲフトと呼ばれた男が隣で寝ていた見覚えのある男を引っぱたいた。
「何するんだシゲフト…痛いじゃないか…」
「え!? 手が痛い、夢じゃない? え? ええええ!?」
「何言ってるんだお前…他の人の迷惑だから静かにしろ」
「落ち着けるわけないだろアガシ! マツバ先生だぞ!」
「何? マ、マツバ先生!?」
跳ね起きたアガシとシゲフトが
寝ている人達を跨いで通路側へと飛んで来た。
※アガシは『249話目【マツバ宰相の最後】』に登場したマツバの弟子、
シゲフトはマツバの告発書を託されたキノが捕まらないように
捜査をかく乱する目的で外地へ潜伏した人物(名前のみ登場)。
もう1人シゲフトと同じ役割でオホリという人物がいる。
「おぉ、シゲフト君、アガシ君もここにいたのか、無事でよかった」
「こっちの台詞ですよ、亡くなったと聞かされたのにどういうことなんですか?」
「いろいろとあってな、もう少し生き恥を晒すことにした」
「思い留まっていただけて良かったです、本当に」
「本当ですよぉぉ…先生がいなくなったら俺もう生きる気力が…ぐぇぐぇ…」
感動の再会でシゲフト(30歳)が大泣きしている、
騒がしくなったので寝ていた人達が続々と起き出した。
「寝ているところすみません、起きてこっちの牢に移動して下さい~」
「この人達を牢屋に入れたいんで、はいはい~、
あ、詳しいことは聞かないでとにかく移動をお願いします」
「ソバミさんこの人隣の牢が良いって言ってんだけどいいすか?
なんか家族が入ってるらしくて~」
「いいでしょ別に」
「だって、よかったな」
感動の再会の後ろでは捕らえた兵士を詰め込むための牢を準備中、
クダマキに希望を伝えていたのはアガシの家族である。
「シゲフト君、泣いている場合ではないぞ、
君にはアガシ君と共にここに残される人達を任せたい」
「何をされるつもりなのですか?」
「夜が明けたなら私はトドと共にキキン帝に謁見する、
血を流すことになろうとも戦争を止めるつもりだ」
「せ、先生がついに…ぐぇ…俺もお供します!」
「シゲフト、先生は私達に留まるように言われた、
きっとそうしなければならない理由があるのだ」
「うむ、ことはそう単純ではない、全ての理由はこれに記してある、
深く理解し今後の行動を思案せよ」
「「 はい 」」
マツバが袖から取り出した書簡をアガシに手渡した。
「さっさと入れ、本当に殺すぞ」
「ふざけるなよタマニ、兵士長の俺にこんなことしてどうなるか分かってんのか?」
「あ? お前こそ今の状況を理解してるのか? あぁ!?」
「うっ…、本気でクサウラ将軍を裏切る気か?
いいのか? 兵士じゃいられなくなるぞ、拾って貰った恩もあるだろ」
「先に裏切ったのはクサウラだ、俺達にとってはそれが全て、他はどうでもいい」
「あ、そ、そうだ、眠りのダダ、ダダ兵士長は絶対にクサウラ将軍を裏切ったりしないぜ、
力以外に取り柄がないんだ、兵士を止められる筈がない、お前は唯一の友達も…」
「ダダの一番好きな物、言ってみろ」
「な、なに? 好きな物?」
「食い物だ、言え」
「あ、あの…肉、いや魚?」
「クモ菓子だ、何も知らねぇくせにベラベラと…」
「く、苦し…」
「ちょっと、タマニさん落ち着いて、やり過ぎだってアンタ、ヤバいって」
鉄格子に兵士長を押し付けて締め上げるタマニ、
クダマキがビビりながら何とかなだめようとしている。
「友を貶されて怒るのは当然、その心意気、ワシは好きじゃがの~タマニ」
「…はい」
「かは…はぁ、はぁ…」
トドが肩を叩くと兵士長から手を離した。
「命拾いしたな、2度とダダのことを語るんじゃねぇぞ…」
「は、はひ…」
『 (ひぇっ…) 』
周囲をビビらせながらも捕えた兵士達を牢屋に詰め込んで施錠。
「この中に回復士のマイはおらんかの?」
『 いませ~ん 』
「ふむ、分かってはいたが一応な」
「光筋教団のラニーです、檻の鍵はアガシさんに渡しておきます、
これから外は騒がしくなるかもしれません、暫くは出ない方が良いでしょう」
『 はい~ 』
「それと兵士の方達は絶対に外に出さないで下さい、追ってこられると困ります」
『 はい~ 』
捕えた兵士を牢屋に入れ、鍵を牢屋の中の人質に預ける、
こうすることでバレたとしても簡単には復帰させずに時間を稼げるのだ。
「皆起こしてしまって悪かったの、行くぞ」
『 はい~ 』
『 さよなら~ 』
トド達はそそくさと次の地下牢を目指して移動。
「はぁ…こんなことになるなら早起きしとけばよかった…」
「あの、どうぞ…」
「え?」
「お腹が鳴ってるみたいなので」
「あ、ありがと~あぐあぐ…あぐあぐ…」
お腹の空いていた女兵士は隣の檻の親切な御婦人からパンを分けて貰ったそうな、
縛られたままなので差し出されたパンを直接齧ったそうな。
こんな感じでトド達は見回り兵士と詰め所を次々に襲撃、
東からスタートした真夜中の反乱は時計回りに内地を移動、
マツバは各地下牢にいた弟子に書簡を手渡し
クサウラの悪行とキキン帝国の置かれた現状を伝えた。
当初の予想通りマイは発見できなかったが
西の地下牢でマツバの弟子であるキノ、
北の地下牢で同じく弟子のオホリが無事発見されたそうな。
そして空が明るくなり始めた頃。
「タマニさんクモ菓子ってなんすか?」
「甘い菓子だ」
「いや菓子は殆ど甘いだろ、味じゃなくて見た目とかっすよ」
「クモみたいな菓子だ」
「あの気持ち悪いヤツ? なんだその菓子…」
「そっちじゃない」
「いたぞ! アイツ等だ!」
「殺さずに捕えろ! 情報を聞き出す必要がある!」
流石にバレて外地に居た兵士達が追いかけて来た。
「どどどどうするんすかトド将軍? なんかいっぱい来てますけど!?」
「ふむ、思ったより早かったの~どうじゃタマニ?」
「無理ですね、俺はそんなに強くない、兵士長じゃないので」
「なにを落ち着いておるのだトド、早急に手を打たねば囲まれるぞ」
「ほほほ、打つ手など元よりないじゃろ、数で攻められたら苦戦は確実じゃ」
「ち、ちくしょう、俺が何とかするんでその間に、トド将軍は俺が守るっす!」
「馬鹿が、お前1人何とかなるわけないだろ」
「うるせぇな! 男ならやるしかねぇんだよ!」
「でも弱いだろお前、俺よりも圧倒的に、本当に馬鹿だな」
「おん!? おぉぉん!? 敵より先にてめぇに俺の全力見せてやろうかおぉん?」
「ふふふ、いつの時代も諦めず抗う者こそ成果を得る、光の精霊レム様の教えです」
言い争うクダマキとタマニの前に歩み出る筋肉、
ローブを脱ぎ捨てビニパン姿になったラニー支部長が
サイドトライセップスで上腕三頭筋をピクピクさせている。
「「「 (な、何してんのこの人…) 」」」
突然の奇行にマツバとクダマキとタマニが困惑している。
「男なら、否、光筋教団員ならやるしかありませんよね、お2人共!」
「ふふ、俺の筋肉への想い、見せつけてやりますよ」
「ふふ、私の可能性を知らしめる時が来たようね」
装備を脱ぎ捨てた上裸短パン姿のソバコと
シャツ短パン姿のソバミが両サイドに加わった。
「「「 (な、何してんのこの人達…) 」」」
筋肉達のキメ顔に3人の困惑が増した。
「兵士達の足を止めます、皆さんは中央の詰め所に」
「うむ、先に行っておるぞラニー支部長」
「「「 え? 」」」
「急ぐのじゃ、振り返る出ないぞ!」
「「「 え? 」」」
困惑しながらも走りだす4人、
筋肉達がポージングを決めると強烈な光を放った。
「ぎゃぁぁ目がぁぁぁ!?」
「真っ白で…何も見えねぇ…」
「うぉ!? いってぇ!? 誰だぶつかったの?」
「すまん…皆止まれ、危ないぞってあだぁ!?」
光に目を焼かれた兵士達が立ち止まり、
後ろから来た兵士がぶつかって転倒するなど大混乱である。
「これくらいで良いでしょう、私達も急ぎますよ」
「ふふ、やはり筋肉は全てを解決する」
「ふふ、私の大腿四頭筋をその目に焼き付けなさい」
筋肉達も中央の詰め所に向かって前進、
やり切った顔のソバコとソバミだが光の大部分はラニー支部長である、
ソバミに至っては実は殆ど光っていなかったりする。
「何すかさっきの? すげぇ明るくなったけど?」
「知らん、走れ」
「光魔法じゃ、しかしあれ程とはの~ラニー支部長恐るべしじゃな」
「はぁはぁ…いかにも、魔族とやらに…はぁ…効果があるというのも納得だ…」
「マツバよ、少しは痩せた方がい良いのではないか? ワシより若いじゃろお主」
「はぁはぁ…そうだな…はぁ…はぁ…膝が…」
「もう少しで詰め所です、どうかお急ぎを」
「げ!? タマニさん前前、アイツ等中央詰め所の!」
目的の中央詰め所から兵士が4人出て来た。
「今日は記念すべき日だってのに何これ? どういう状況?」
「追われてるなら敵ってことだろ、トドもいるしな」
「あははは、タマニとあの新人もいるじゃん」
「おいおいマツバ宰相もいるぞ、死んだんはずだろ?」
「元宰相」
「どっちでもいい、トドは気を付けろ」
「なに年寄りにビビってんの、私に任せなって」
「おい、待てって、勝手に…」
「タマニは俺がやる」
「じゃ私は期待の新人君~残りヨロシク~」
「おいこら、ふざけんな! 残りってマツバ元宰相だろ、俺は動かねぇぞ」
3人の兵士が剣を抜いて向かって来た。
「わわわ来たぁ!?」
「やるしかないようじゃの、踏ん張りどころじゃぞ2人共」
「俺に期待するなよクダマキ、1人を止めるので手一杯だ」
「止めるだけすか!?」
「止めるだけだ、アイツは俺より強い」
「ワシも剣は苦手での~何より年じゃ、若さには勝てん」
「っく…男クダマキィ、やってやらぁぁ!」
「はぁ…はぁ…頼む…疲れた…」
こちらも剣を抜いて3人走り出し中央で激突、
マツバは息切れで休憩。
「よりにもよって今日裏切るとはな! 馬鹿だろお前、
せめてあと数時間待てなかったのかよぉ!」
「ちっ…馬鹿はお前だ、待ってどうする」
「まさかとは思うがダダ兵士長から何も聞かされてねぇのか?
唯一の友達なんだろ! おらどうした! 受けてばかりじゃ勝てねぇぞ!」
「くそが…」
タマニはやや劣勢で防戦一方。
「この!」
「はい残念~大振り過ぎでしょ、君本当に素人だね」
「うるせぇ! これから強くなるんだよ! 危ねぇ!?」
「あははは、それっていつの話? 状況分かってないでしょ、
ほらほら早くなんとかしないと周りの兵士が集まって来ちゃう」
「んなことはおらぁ! 言われなくてもなくても、くそっ当たらねぇ」
「ムリムリ、君が弱いせいで皆捕まっちゃうよ~、早く何とかしないと、ほら!」
「んぐぅぅ…ち、力でも負けてんのかよ…」
「はい隙あり~」
「あだぁ!? 腹を…きった…」
「汚い? 蹴るのも戦い方の1つでしょ、勝てばいいのよ勝てば」
クダマキは完全に遊ばれている。
「ふむ、負けん気は良し、ただ足腰が弱いの~」
「…」
一方、トドは髭を撫でながらクダマキの戦いを観戦中、
足元には喉を抑えて悶絶する女兵士が転がっている。
「「「 ? 」」」
唐突な温度差にタマニ以外の3人が手を止めて振り返った。
「え? 何で? 何が…おぉ!? タマニてめぇ!」
「知るか、勝手に余所見したのはお前だろうが」
タマニの不意打ちが首を掠めて戦闘再開。
「ねぇアンタさ、…何か見た?」
「いや、見てねぇけど」
「だよね、え? おかしいでしょ流石に…」
「いや別におかしくねぇだろ」
「いやいやこれはおかしいでしょ、早すぎるって、どうしたらこうなんの?」
「よく分らんけどトド将軍だぞ、おかしくねぇだろ、俺の英雄舐めんなよ」
「ほれクダマキ、喋っとる暇はないぞ~」
「了解っす、おらぁ!」
「絶対おかしいって~!」
トドに促されてクダマキも戦闘再開。
皆の気になる正解は、
『振り下ろされた剣を受け流しながら懐に入り、
持ち手の柄で喉を突いた』
でした。
防具の無い急所を狙ったいぶし銀な一撃、
本気で行えば喉と首の骨を破壊し即死させることが可能だが、
手加減したので肉体面は喉を押されてオェ!? ってなった程度の軽傷である、
精神面は死を認識したのでちょっと放心気味の中傷だったりする。
「(はぁ~…老いたとはいえ元将軍が弱い筈ねぇだろ、
しかし70歳であれか、30年前ならマジでクサウラ将軍より強かったのかもな)」
待機していたマツバ担当の兵士が剣を抜いた。
「俺だけじゃ無理だな、囲んで止めっ!?」
トドに向かって歩き出そうとしたら
傷だらけの大きな手に脇腹を叩かれて飛んで行った。
「あれは、ダダ兵士長!」
「「 (怖い…) 」」
現れた強力な増援に喜ぶラニー支部長と
反射的に顔を背けるソバコとソバミ、
味方とはいえ今までの印象が急に変わるものではない。
「髪はボサボサだし…何考えてるか分からないし…」
「歯がギザギザで…目付きも苦手…」
「相変わらず傷だらけですが…」
「「「 (…、デカい!!!) 」」」
光筋教団員になると筋肉が第一の判断基準になります。
「嘘でしょ、この状況で!?」
「遅いぞダダ」
「すまん、少し寝過ぎた」
「助かったっすダダ兵士長!」
頭をポリポリしながら緊張感のないダダが合流した。
「何でだよダダ兵士長! もう少しでクサウラ将軍の夢が叶うってのに!」
「私達がこうして兵士でいられるのはクサウラ将軍のおかげでしょ、
ふざけないで、邪魔しないでよ!」
「…感謝はしてる、オデとタマニに良くしてくれたから、
でもクサウラはトリフェン様を殺した、それだけは…絶対に許せない」
「は? んなわけねぇだろ」
「何言ってんの?」
「(すげぇ綺麗な目をしてんな…)」
無垢な目で否定する2人の兵士、本当に微塵も疑っていないらしい。
「ぬぅ…タマニ」
「馬鹿共に説明してる暇はない、少しは自分で考えさせろ」
「「 おい 」」
「オデはクサウラの敵だ、でもお前達とは戦いたくない」
「ダダはこれ以上邪魔するなって言ってるんだ、どうするか今選べ」
「どうって…どうする?」
「私に言われてもさ~ダダ兵士長に勝てるわけないじゃん」
兵士2人は通路脇に避けて体育座で座った。
「結構素直すね…」
「いいヤツ等だ」
「違う、考えるのは苦手だが力の差は感覚で分かるんだろ」
中央の詰め所を任されているだけあって
この4人は戦うことに関してはそれなりに優秀、
兵士長にはなれないが近い実力を持っている、
冒険者で例えるとBランクの上位~Aランク下位程度である。
「どれ、そろそろ行こうかの、ここを任せるぞダダ兵士長」
「わかった」
「俺もダダと残ります」
「そうか、無理はせんようにな」
「え、じゃぁ俺は…俺も残ってトド将軍が上手くやれるようにここを守るっす!」
『 う~ん… 』
「あれ?」
男気を見せたクダマキだが反応はイマイチ、
タマニに至ってはたぶんキレてる。
「まぁ経験を積ませるには良い機会じゃ、無理せん程度に頼むぞクダマキ」
「は、はいぃぃ! 頑張りまるっしゅ!」
『 (まるっしゅ?)』
「と言う訳でタマニ、ヨロシクの」
「俺ですか…」
「よろしくお願いします、タマニ先輩!」
「だははは、頑張れタマニ、あ」
「ぐぉ…ダダ…お前…」
「すまん…」
ダダに背中を叩かれてタマニが頭から茂みに突っ込んだ。
外のことは任せてトドとマツバと筋肉3人は中詰め所へ。
「やはり槍の方がしっくりくるの~、ほ! や! そい! どうじゃ?」
「「「 おぉ~ 」」」
「まだまだ~ほほほいほいほい」
「「「 おぉ~ 」」」
槍と鎧を身に着けてポーズを決めるお爺ちゃんに筋肉達が拍手している。
「トドよ、何をしておるのだ、早く下へ行くぞ」
「折角取り返したんじゃ、少しくらい付き合ってくれてもええじゃろ」
「夜が明けた、何時クサウラが来るか分からんのだぞ」
「ふ~む、相変わらず真面目な奴じゃの~、のう皆?」
「「「 うんうん 」」」
とうことで地下牢。
「あれま!? マツバじゃないかい! えぇぇぇ!?」
扉の小窓越しに目を丸くしているのは元参謀のスギエダ、
中央地下牢に唯一収監されていた人物である。
「ほほほ、これまた随分な驚きようじゃな」
「そりゃ驚くさ、まぁ生きてることより死んでないことにだけどねぇ」
「スギエダよ、それは同じ意味ではないのか?」
「全然違うね、死人が生き返るよりも、
歩く法典が考えを曲げることの方が有り得ないってこと」
「「 ほほほほほ! 」」
「ふむ、それは笑うことか?」
「そういうところが真面目過ぎると言っとるんじゃ」
「それがいい所でもあるけどねぇ」
「「 ほほほほほ! 」」
「「「 (この人達が揃うとこんな感じなのか…) 」」」
元参謀と元将軍と元宰相、
国の元3トップの会話に入れるはずもなくラニー達は蚊帳の外、
取り敢えず扉解放。
「「 … 」」
「私の顔に何かついてるかい?」
「いや、顔というか…首が…」
「余程良い扱いを受け取ったようじゃの…」
久々に登場したスギエダだがなんだか首が無くなっている、
というか全体的に丸くなっている。
「言っておくけどこれは体質なだけで太ったわけじゃないからね、
食事はほんの少しで…もうガリガリ…歩くのだって大変なんだから」
「「 ふ~ん… 」」
「…アンタ達信じてないだろう」
「いやまぁ…」
「だっての~…」
「あ~酷い、なんて薄情なのかねぇ~まったく、こんなに弱ってるのにねぇ~」
ヨヨヨと泣き崩れる真似をするが丸々したフォルムのせいで信憑性に掛ける。
「あれ、ちょっと引っ掛って…マツバ引っ張っとくれ」
「ゆくぞ、ぬぬぬ…」
扉に引っかかったがスポンと抜けた。
「はぁ…しんどいねぇ…はぁ…」
「(絶対太っとるじゃろこれ…)」
「(階段の横幅一杯だ)」
スギエダをトドとマツバが後ろから押し上げて地下から脱出した。
「あららら、なんか大変なことになってるじゃないかい」
「そらそうじゃろ、ワシ等は皇帝に仇名す反逆者じゃぞ」
「これでも一晩掛けて地下牢にかなりの兵士を拘束したのだ、
そうでなければ今頃はもっと大事になっている」
「怪我人が大勢いるじゃないかい、あの大きい兵士なんて血が出てるよ」
「ダダは受けがヘタじゃから傷を負いやすい、不器用なんじゃよ」
「回復士はいないのかい?」
「そのようだな、まだ6時にもなっていない、皆寝ておるのだろう」
「なら私が治してあげないとね」
「よせスギエダ、捕まってしまうぞ、彼らのためにも私達は進まねばならぬ」
「この私に怪我人を無視しろというのかい? 止めたければ縄でも持って来な!」
マツバの手を払い除けてスギエダがダダ達の方に歩いて行った。
「どうするトド? このままでは…」
「ああなったスギエダはお主より融通が利かんからのぉ…
仕方あるまい、いざという時はワシが何とかしよう」
仕方なく合流すると囲まれてしまった。
「あの…トド将軍?」
「何故戻って来たのですか?」
「ここ、危ない」
「スギエダがどうしても聞かんくての~」
「ふぅ~…皆落ち着きな! こんなに怪我してどうするんだい!
今は若いからいいかもしれないけどねぇ、年取ってから絶対後悔するよ!!」
『 はい… 』
なんか一同がシュンとなった。
「あ~もう…大きな声出したら余計に疲れちゃったよ…
最近栄養が足りてなくてねぇ、はぁ~立ってるのも辛い…」
「これどうぞ」
「あら、ありがとねぇ、助かるよ、アンタ名前は?」
「タンタロです」
「タンタロ? あ~タンミさんとこの息子さんかい、なにアンタ、
見ない内にすっかり大きくなって~顔が全然違うから分からなかったよ」
「あ、どうも…」
「小さい頃に足怪我して治してあげたの覚えてるかい?」
「いや、まぁ…はい、あの時はありがとうございました」
兵士が外した胴当ての上に腰掛けて近所のオバちゃんみたいな話をしている。
「いいかい皆、今から全員の怪我を治してあげるから、
これ以上喧嘩するんじゃないよ、分かったかい?」
「スギエダ、そんなことをしてしまっては…」
「お黙り、マツバだって怪我をしたら辛いだろう、治して欲しいと思わないのかい?」
「それはそうなのだが…トド?」
「ワシ等はの、どうしてもキキン帝と話をせねばならぬのじゃ、
最近のキキン帝国はおかしいとは思わんか?
地下牢には罪のない者達が大勢掴まっておる、
殆どが宮殿務めの者達の関係者じゃが、お主等にも知り合いの1人や2人おるじゃろ」
何人か該当者がいるらしく下を向いている。
「この中にどれだけクサウラの手の者がおるかはわからんが、
ほほほ、首を傾げておる者達には分からん話じゃろうて、
良いか、その者達に告げる、ワシ等は行く、何があってもじゃ、
邪魔をするのであればこの老いぼれが命を捨てて相手をしよう、
ビスマス様の飛槍、そう脆くはないぞ」
『 … 』
70歳とは思えぬ凄味で場を硬直させた。
「(か、かけぇぁぁあぁ! 俺の英雄が、あの頃のまままあ!)」
「(何やってんだコイツ…)」
1人だけ目を輝かせて盛り上っているが気にしてはいけない。
「はいはい、話はついたようだね、それじゃ行くよ~」
『 おぉ~ 』
スギエダが胸の前で手を合わせると、
球状の光が広がり内部の人達の怪我が治った。
「なんてこったぁぁ!? だ、大丈夫ですか…こんなにやつれてしまわれて…」
『 え? 』
ラニー支部長の声で振り向くと胴当の上にやせ細った女性が座っていた。
「はぁ~…疲れた…これはマナを大量に消費出来るけど…
栄養不足の今は凄く疲れるねぇ」
「そ、その声…お主スギエダか?」
「そうに決まってるだろう、何馬鹿なこと言ってるんだい」
「どういうことだ? さっきまでは私より丸々と…」
「だから体質だって言ってるだろうに、私は体内のマナの量で膨らむんだよ、
おまけに人よりもマナの生成が多いらしくてねぇ、
消費しないでほっといたらドンドン大きくなっちゃって、
まぁ、さっきみたいのはあれ位マナを溜めないとできないんだけどねぇ」
「本当だったとは…」
「つまり今の姿が本来のスギエダというわけか?」
「まぁ近いけど…少しマナが減り過ぎてるし、碌に食べて無いから痩せてるだろうねぇ、
歩くのは疲れるから誰か背負ってくれないかい?」
結構やせ細っているので本当に栄養が足りていなかったっぽい。
スギエダはマナで体積が変動するという世にも珍しい特異体質の持ち主で、
確認されているのはスギエダを除けば松本だけである。
加えてマナの生成量も高く、尚且つ蓄積されるらしく、
地下牢に閉じ込められて魔法が真面に使えないと
ドンドン丸くなってしまうらしい、なんとも難儀な体質である。
通常、回復魔法は対象に直接触れて使用した方が良いとされている、
これは離れた相手に効果を発揮するには
距離に応じてマナを余分に消費するからである。
非効率だがマナを消費しさえすれば誰でも可能、
但し、1メートル離れれば倍以上のマナを消費する、
戦闘中に後衛が前衛を回復する際は魔増石で増幅することが必須となる。
一方、先ほどのスギエダはというと、
直径20メートル程の半球の範囲を全て回復魔法で満たした、
10メートル先の対象を指定して回復させるのとは次元が異なる使用方法である。
これを魔増石を使用せずに行ったのだから消費されたマナ量は計り知れない、
回復魔法に固有の上級魔法は存在しない、
初級、中級、上級、全て効果は同じで回復量と速度が増すだけである、
だが、先ほど消費されたマナ量から察するに、
スギエダは他の魔法であれば確実に上級魔法を発動できる気がする。
「はぁ~しんどい…これはアレだよ、水魔法の一番凄いヤツを試した時以来のアレ」
「アレとはアレのことか? 南の池が出来る切っ掛けとなったアレ」
「アレは恐ろしかったの~人が扱ってよい力ではないわい」
恐らく水魔法の上級を使用出来るらしい、
たぶん傷口の清掃とかで使用頻度が高いのだと思われる。
「へぇ~あんなこと出来るんだ」
「初めて見たな」
そして、実は少し前からケルシスとシルトアが上空で様子を伺っていたのだが、
こちらはまた別の話で。




