254話目【祖父と父と孫】
時刻は夕食時、場所はシルフハイド国の賓客用の建物内。
「よし全員揃ったな、急な訪問だったので豪勢とはいかないが、
出来る限りのもてなしを用意したつもりだ、
先に謝っておくが他国の賓客に相応しい対応なのかはよく分からん、
なにせ前回もてなしたのは先々代の王の時代らしいのでな、ははははは!」
広場に集まった一同の前で木製のジョッキを片手に笑うシルフハイド王、
いくつかのテーブルに大皿に盛られた料理が並んでおり、
取り分けてくれるエルフが数名配置されている、
椅子は壁際に置いてあるので基本的には立食ビュッフェスタイルらしい。
「笑い事ではありません、こういう時のために
他国への視察を提案していたのです」
「煩いぞトトシス、まぁ難しいことは考えずに開始を…」
「んぐ…」
「…おい、なにしれっと飲んでるんだ、まだ開始してないぞ」
「毒見です、賓客の方々に失礼かあってはいけませんので、
んぐんぐ…ぷはぁ~! 私が体を張って確認しています」
「…お前の方が余程失礼だろ、ズルいぞ、私にも寄こせ」
「駄目です、これは私の分です、国王はご自分でお注ぎになってください」
「やっぱり飲みたかっただけだろ、トトシスは今回酒禁止な」
「えぇ~!? そんなこと言って独り占めしたいだけじゃないですか!」
「なんとでも言うがいい、これは国王命令だ」
「認めません! 権力の乱用ですよ!」
『 (う~ん…) 』
そんな感じで開始の合図は無かったが夕食会開始。
「カニさん、その花食べるんですか?」
「一応食べられるみたいです、シルトアさんのそれは魚ですか?」
「植物のステーキらしいです、ホクホクしてて結構美味しいですよ」
「へ~変わった植物ですね」
カニの皿に盛られているのはその辺に咲いている食用花のサラダ、
シルトアが食べている白身魚の切り身みたいなヤツは
ロウヤクサという肉食植物のステーキ。
『ロウヤクサ』
ハエトリクサみたいな肉食植物。
直立した茎の先端に獲物を捕食するための2枚葉(捕食葉)があり、
粘着性の表面に獲物が乗ると勢いよく閉じて牢屋みたいになる、
小型の魔物位なら拘束できる力があり消化液を分泌し溶かして養分にする、
俊敏に閉じるために葉には筋肉のように柔軟な繊維があり、
焼くと白身魚と同じような食感になる、味は至って淡白。
また、生命力が強く消化器官を兼ねる捕食葉が1/3程度残っていれば
養分を得られる限り何度でも再生できる。
ただし捕食葉が欠けると獲物の捕獲力が低下するため
自然界ではそのまま枯れることが多い、
要は養分不足で枯れるので誰かが餌を与えれば復活する。
ということで、何度でも収穫可能な食糧として長年シルフハイド国内で栽培、
品種改良が施されされた結果、妙に肉厚で実入りが良く再生能力の高い
『ロウヤクサ(改)』が誕生した。
『ロウヤクサ(改)』
シルフハイド国で食料向けに品種改良されたロウヤクサ。
もはや自然界のものとは別物といえる程に変化している、
獲物を自分で捕る必要がなくなったため捕食葉の粘着性が低下し、
与えられる餌をより多く保持するために葉が大きく肉厚に、
野菜の皮とか魔物の内臓部、食べ残しなどなど様々なものを与えられるため
何でも養分にできるように消化液が強力になり、
何度も切り取られるため再生能力が格段に上がった(寿命は変わらず2~3年)、
自然界のロウヤクサの捕食葉は平らで緑だが(中身は白い)、
肉厚になったため丸く、何故か赤になったせいで
髭の生えた配管工でお馴染みのパック〇フラワーみたいになった。
不用品を養分として活用できるうえ
食材も収穫できるのでエルフに重宝されている、
互いに利点が合致し共存している状態だが、
中には茎がヘニャヘニャになり地面に寝転がって餌を待つだけの
だらけきった個体も見受けられる、
あまりにも野性味が薄れもはや肉食植物界のニート状態、
共存というよりエルフに依存しつつある蚕みたいな肉食植物(改)。
シルトアが食べてるのはこっち。
「このお肉味が濃くてお酒に合います~」
「旨い、焼くより揚げた方が良い」
「私のこれもイケます、何の肉かは分りませんが、
なんというか…例えるならそう、イカですかね?」
ペナが酒の肴にしているのはアナコブラという蛇肉の串焼き、
カルパスはナシカブトの幼虫の素揚げにご満悦、
シャガールが食べてるイカリングみたいなヤツは
メガドラゴという巨大トンボの腹部を輪切りして内臓以外を揚げたもの。
『アナコブラ』
地中に穴を掘って巣を作るアナコンダみたいな大型の蛇、
過去には20mに達する大物が討伐されたこともあるとか(シルフハイド国調べ)、
コブラと付いているが毒は無く、
獲物を捕獲する時は巻きついて絞め殺し丸飲みにするスタイル、
巨体に似合わずつぶらな瞳をしているのは、
視覚に頼らず嗅覚を主として活動しているから、
若干肉に臭みがあるのでハーブなどで下処理をして、
濃い味付けで調理すると美味しく食べられる。
『メガドラゴ』
6枚羽の巨大トンボ、70センチ~1メートル位の大きさ、
雑食性で人間とか亜人種とか小型の魔物とか、果てはドスバチとかも捕食する、
強靭な顎を持ち、手首くらいなら簡単に寸断しちゃう森の暴れん坊。
敵対心が強く非常に攻撃的、縄張り意識もあり獲物に執着する、
障害物がなければ時速60キロ程で飛行が可能なうえ、
森の中でも6枚羽を駆使しクイックに旋回することで時速25キロ以上出せる、
1度狙われると執拗に攻撃してくるので殺られるまえに殺る必要がある、
羽を左右1枚ずつ失っても機動力は落ちるが飛行出来るので油断できず、
羽音は会話が困難になる程に煩いので意思疎通が阻害され厄介。
内臓は食べられないが腹部の皮が弾力がありイカみたいな味がする、
輪切りにして揚げるとまんまイカリングみたいになる、
羽は透明だが光が当たると虹色に輝く、非常に美しいので装飾品に加工される。
「人間ってナシカブトの幼虫食べないですよね?」
「トトシスは食べ過ぎだ、それ2個目だろう」
「違います、人を欲張りみたいに言わないで下さい」
「嘘つくな、ちゃんと見てたぞ、私にくれ」
「早い者勝ちです、というか元々私が捕って来たヤツですからね」
「だからって3個中2個食べるヤツがあるか、半分でいいからくれ」
「仕方ないですね、はい」
「うむ、ありがと、ところで白蜜ブドウのブランデー飲んでみたか?」
「まだです、私はシュワシュワを堪能してます」
「甘い香りがしてなかなかいいぞ、次の交易品に追加しようと思う」
「ほほう、試してみます」
ケルシスとトトシスはナシカブトの幼虫の素揚げを肴に酒を飲んでいる。
「国王、私思ったんですけど、
もしかして人間ってナシカブトの幼虫嫌いなんじゃないですか?」
「こんなに旨いのにか? そんな馬鹿な」
「いやでも、シャガール様もシルトア様も
なんだかんだ言って受け取りませんでしたし」
「気を使っているだけだろ、だってこんなに旨いんだぞ?」
「確かに、プリプリでナッツの香りが堪らないです」
「そうそう、嫌いな筈が…あいや、ちょっとまてよ?」
「どうしたんですか?」
「そういえばテイジンとアンダルセンも食べなかったな」
「じゃやっぱり嫌いなんじゃないですか?」
「いやだが………旨すぎるぞ」
「ですよね、となるとやはり気を使っているとしか」
「そうなるな」
ナシカブトの幼虫をムシャリながら不可解な謎に首を傾げている、
恐らく味の問題ではない。
「テイジンさんが食べているのはカブですか?」
「違うよ~キノコ」
「キノコですか?」
「うん、シルフハイド国で採れるカブっぽいキノコ、
イナセ君もどう? 味が染みてて美味しいよ~ほら」
「フォークで簡単に割れるのですか、断面を見る限りはやはり…」
「カブっぽいでしょ、味も触感も見た目通りなんだけどキノコなの、
本当だよ~テイジン嘘つかない」
「そういえば以前、見慣れないカブをキノコと言い張る方がいましたが、
今思うとアレがそうだったのかもしれません」
「キキン帝国内の話だよね? 交易品かな?」
「どうでしょうか? 友人に貰ったと言っていましたが」
テイジンが食べているオデンの大根みたいなヤツは
シャキシャキキノコの煮物。
イナセが話している人物は
205話目【ポンコツ4人の名前と素性】とかに登場した
ネルポと当時のツルハシ仲間のこと、
北の坑道で仕事した際にエルフの友人に頼んで
採掘した鉱石をキノコと果物を物々交換した帰りに職質を受けたらしい、
ネルポは知らなかったようだが普通に重罪。
『シャキシャキキノコ』
シルフハイド国にのみ自生する
カブとか大根みたいな外見の瑞々しいキノコ、
どちらかというと縦長のモノが多いので大根寄り、
食感も似ており生だとシャキシャキ、煮込むとホロホロになる、
ただし軽微な毒がありお腹を下すので生食不可、
木の根元から生えるのでもしシルフハイド国内で
葉の無い大根が木に刺さっている不思議な光景を見つけたらソレである。
「ところでイナセ君、それちょっと多くない?」
「少し取り過ぎたかもしれません」
「そんなにお腹空いてたんだ、でもちょっとガッツキ過ぎるのは良くないよ~、
ほらカニちゃんもなんか凄い目で見てるし」
「(…)」
「蔑んだ目をしていますね」
「1人でパン5個は流石にね~っていうか、そんなに食べる量多かったっけ?」
「いえ、これは捕らえた兵士長達の分も含んでいますので」
「あ、そういこと、食事を持っていってあげるなんて優しいねイナセ君」
「今は立場上敵対していますが苦楽を共にしてきた仲間でもありますから」
「でも皇族殺しの犯人なんでしょ?」
「クサウラから命令を受けたことは認めていますが
アズラ様の殺害に関しては頑なに事故だと言っています」
「皇族殺しを認める人なんていなくない? 極刑間違いないもん」
「それならば全てを否定する筈です、中途半端に認めて良いことなどありませんし」
「確かに~それワシが持って行こうか?」
「いえ、私が、食べながら話せば新しい情報を聞き出せるかもしれません」
「折角カニちゃんと再会したんだし一緒にご飯食べたら? 親子なんだしさ」
「カニを逃がすと決めた時にマイと約束しました、
問題が片付いたらまた3人で食事をする、今はまだその時ではありません」
「相変わらず真面目だね~イナセ君」
「私だけ抜け駆けしてはマイに悪いですから、カニも分かってくれます」
「(笑ってごまかした…お母さんに報告しよう)」
カニは全然分かっていなかった。
「おいテイジン、イナセはどうした? やはり裏切ったか?」
「やめてよケルシスちゃん~まだ疑ってるの?
槍はちゃんと置いて行ってるでしょ」
「その辺で武器を手に入れれば同じだろう、だがある程度は信用しているぞ」
「全部じゃないんだ」
「私は国を背負う王だぞ、敵対国の兵士を簡単に信用するわけにもいかんだろ」
「まぁ確かにね~、トッシーは?」
「…それトトシスのことか?」
「うん」
「(相変わらずだな…)折角の機会だからな、他国の賓客と交流を深めている」
「…それってアレのこと?」
「あぁ」
トトシスがシルトアにナシカブト揚げを食べさそうとしている。
「(すごく嫌がってる…) あの人カード王国の代表でしょ? 大丈夫?」
「問題ない」
「(今度はカード王国と戦争になるかも…)」
一応シルトアはタルタ国の代表でもあるので、
もし開戦したら3国が介入する大戦争になる。
「ケルシスちゃん何食べてるの?」
「クロモモだ」
「へぇ~美味しそう、1個頂戴」
「自分で取って来ればいいだろう、一番端にあるぞ」
「ワシもうヨボヨボだから歩くのも大変で…テイジン一生のお願い」
「森を歩いてここまで来たくせに何言ってるんだ、
あと一生のお願いは今日だけで2回目だぞ」
場面があちこちに切り替わるせいで分かり難いと思うが、
この話は250話目【再会】と同日、
シルトア達とイナセ達がシルフハイド国の町に到着した日の夜である。
因みに、テイジンからケルシスに対する一生のお願いは通算7回目、
結局自分で取りに行った。
『クロモモ』
皮も実も黒い桃、それ以外は普通の桃、
最初は淡いピンクだが熟すにつれ黒く変化して行く、
真っ黒になったら食べ頃。
「甘くて美味しいね、これ昔もあったっけ?」
「あったぞ、テイジンが食べなかっただけだ」
「え~うそ~、マジで? なんか損した気分」
「アンダルセンは食べたのにテイジンは
こんなに黒い物が食べられる筈ないよ~言って食べなかった」
「そうだったっけ? 全然覚えてないや」
「たった30年前だろ、忘れるなよ」
「人間には30年も!なんです~、正確には34年だから、
ワシの生きた時間の半分なんだよ、そう考えると凄くない?」
「ふむ、ものは言いようだな」
エルフと人間の感覚の差ってこんな感じ。
「アンダルセンはあの後どうなったんだ?」
「ダルちゃんは~…どうしてるんだろう?」
「なんだ一緒にキキン帝国に行ったんじゃなかたのか?」
「あ、ごめんごめん、行ったよ、
5年位ワシの家に滞在して歴史とか調べてた、
別れてからもう…そうだね~28年、そうか…そんなに経っちゃったんだ」
「どうした急に?」
「ほらここって変わらないじゃん、
建物もケルシスちゃんもキノコの煮物も昔と同じだからさ~、
なんかいろいろ思い出しちゃって」
「お前……そういうこと言うなよ、ジジイみたいだぞ」
「実際ジジイなんだって、心は20代だけど」
肉体と精神年齢の乖離が著しい。
「それお茶か?」
「うん、お酒は止めたの」
「はぁ…あんなに酒好きだったお前がなぁ…、
これが老いるということか、なんだか私まで悲しくなってきたぞ」
「違う違う、やめて~そういうのじゃないから、
お酒を止めたのは体が受け付けなくなったとかじゃないから」
「じゃなんだ?」
「え~それ聞いちゃう? マジちょっとやめてよ~」
「(腹立つ…)無理に話さなくていいぞ」
「いや別にいいけど」
「(お前…)」
イラっとしたところで2人並んで仲良くビュッフェ、
テイジンは花のサラダを、
ケルシスはロウヤクサのステーキとパンと酒を持って来た。
「ワシがここに来た理由って覚えてる?」
「娘の病に効く薬を作るためだろ、名前はテトル」
「へ~凄い、ちゃんと覚えてたんだ」
「王だからな、当然だろう」
「王様って凄いんだね」
「むふ~」
ケルシスが胸を張っているが記憶力に権威や立場は関係ない。
「可愛いテトルのために薬師になって必死に学んでさ、
それじゃ足りないから皇帝ちゃんに頼んで世界を巡って~」
「最初から話さなくてもちゃんと覚えてるぞ、
途中でアンダルセンと出会ってシルフハイド国に来たんだろう、
そして私の知る薬草の知識を全てお前に教えた」
「そうそう、あの時はありがとね~マジで感謝してる」
「いいさ、私もいろいろな話が聞けて楽しかった、娘は救えたか?」
「駄目だった」
「そうか…」
「世界中の知識とケルシスちゃんの教えを合わせても救えなかったから、
テトルの病気は元々薬でどうにかなるものじゃなかったんだね~きっと」
「人の力ではどうにもならないことがある、
でも私はお前の努力を知っているから、報われて欲しかった」
「ありがと、痛みと突発的な発熱を抑えてあげられたから
それだけでも意味はあったよ」
「そうか」
「病気は悪化する一方でテトルも先がないことは知ってたけど
最後の4年間は幸せだったの、さて何ででしょう?」
「いや知らん…最愛の娘が死ぬ話で問うな、反応に困る」
「ケルシスちゃんきっと驚くよ~マジで」
「(お前の感性にな…)」
モラル的には何を答えても不正解な気がする。
「正解は…テトルとダルちゃんが結婚したからでした~イェ~イ!」
「マジか!」
「マジマジ、ヤバいでしょ、
ってことでワシとダルちゃんも家族になりました~!」
「おめでとう御座います」
「ありがとう御座います」
30年以上前の話、約30年遅れのお祝いの言葉である。
「その後子供も産まれて~男の子ね、ワシお爺ちゃんになりました~!」
「テ・イ・ジン! テ・イ・ジン!」
「ま~ご! ま~ご!」
「「 イェ~イ! 」」
『 (なんか楽しそう…) 』
30年遅れの乾杯、唐突な盛り上がりに一同の注目が集まっている。
「でも出産に耐えられなくてテトル死んじゃって…」
「辛いな…」
「病気が悪化してて体力なかったから…」
『 (えぇ…) 』
フリーフォール並みの急降下、
2人の感情の落差に一同が困惑している。
「孫の誕生よりテトルのことがショックで…ワシお酒に逃げちゃった…」
「まぁ、気持ちは分るぞ」
「だってワシまだ若かったから…なんて無力なんだろうって…、
テトルを治してあげるために凄く頑張ってたし…」
「うんうん、そのために世界を巡ったんだもんな、お前はよくやったよ」
シオシオのテイジンの肩を叩きながら慰めるケルシス、
今度は居酒屋のカウンターみたいになっている。
「立ち直るまで嫁ちゃんに迷惑掛けちゃってさ~
それ以来お酒は止めたの」
「辛い時は少しくらい頼ってもいいだろう、夫婦とはそういうものだ」
「3年って少し?」
「このクズが、自分だけが辛いと思うなよ、嫁さんに謝れ」
「手の平返し凄くない? まぁワシが悪いんだけど」
エルフ時間でも3年は駄目らしい。
「ちゃんと謝って許して貰ったの、
復活してからワシめっちゃ頑張ったんだよ、
薬学の知識を本に纏めて~2等級に昇格して~
キキン帝国一の薬師になって~
苦労掛けたぶん嫁ちゃんに楽させたんだから、
そんな大好きだった嫁ちゃんも8年前に死んじゃったけど」
「そうか、孫は一緒に住んでるのか?」
「ワシが酒に逃げてる間にダルちゃんと一緒に出ていっちゃった」
「お前…酒飲んで暴れたのか、見損なったぞ」
「人聞き悪いこと言わないでよ、無気力だっただけです~、
お酒飲んでただけで何もしてません~」
「いや、それはそれでどうなんだ?」
「駄目だよね、マジで何もしてなかったもん」
その後反省はしたらしい。
「テトルは小さい頃から殆ど家の中で生活してたから
ダルちゃんの話が凄く楽しかったみたいでさ~、
いつか世界を旅して自分の目で確かめたいって言ってた」
「娘の願いは孫に託されたわけか」
「うん、まだ小さかったけどダルちゃんなら任せられるから」
「今は何処にいるんだ?」
「わかんない、連絡ないんだよね~」
「1度もか?」
「2回あったかな? でもその後は全然、
キキン帝国ってちょっと他国からの情報が閉ざされ気味だから
その辺の影響かも、敢えてそうしてるっぽいし仕方ないよね~」
「探さないのか?」
「交易の人が来た時に訊ねてはいるよ~全然駄目だけど」
「丁度他国の代表がいるから聞いてみたらいい、
お~いシルトア~、シャガール殿~」
「え~ちょとケルシスちゃん、いいよ別に~」
「孫に会いたくないのか? 私はアンダルセンに会いたいぞ」
「孫はもう30歳だよ、今頃結婚して何処かで家族と暮らしてるって~」
「私は可能性が低いとしても試してみるべきだと思います」
建物の入口からイナセが声を掛けた。
「あ、イナセ君戻ってきたんだ」
「追加を頂きに来ました、またすぐに戻ります、
私のことよりもテイジンさんのことです、
2等級でありながら外地に留まり続けるのは
奥さんとの思い出だけが理由ではないのですよね?」
「うん、まぁね~、あれ? イナセ君にこの話したことあったっけ?」
「父から聞きました、お2人がこられましたので私はこれで」
シルトアとシャガールがやって来たので
イナセは料理を取りに行った。
「お呼びして申し訳ないシャガール殿、
シルトアもすまんな、実は人を探していて…」
「30年前に別れたご友人とそのご子息のことですね」
「説明しなくても全部聞こえてます」
「うん? …シルトアの仕業か、私的な会話を増幅するとは質が悪いな」
「僕は何もしてません、あれだけ騒いでたら誰でも聞こえますよ」
シルトアが風魔法で拡大したと思ったらしい。
「残念ですがアンダルセンという方は存じておりません、
ルコール共和国に向かわれたのですか?」
「どうなんだテイジン?」
「最初はね~、でも世界中を旅してる筈だから
何年も滞在はしていないと思う」
「だろうな、シルトアはどうだ?」
「いや~…似た名前の人は知ってますけど、
アンダースさんではないですよね?」
「違うな」
「違うね」
アンダースはロックフォール伯爵の執事、
レジャーノ伯爵の執事のカーネルと同じで
執事としての名前なので本名ではない。
因みに、アンダースはカード王国で生まれたハーフエルフ、
エルフの掟があるのでシルフハイド国に来たことはなく、
ケルシスはアンダースのことを知らない。
「お孫さんのお名前を伺っても宜しですか?」
「孫の名はなんだテイジン?」
「アントルだよ~」
「アントルさんですか、アンチロールという方なら存じているのですが」
「違うな」
「違うね」
「お力にならず申し訳ありません」
「「 いやいや 」」
「(…アントル?)」
申し訳なさそうに髭をネジネジするシャガールの横で
シルトアが眉を寄せて考え込んでいる。
「本当にアントルですか?」
「うん、アンダルセンのアンと、テトルのトルから取ってアントル、
ワシの嫁ちゃんが考えたの、いい名前でしょ~」
「どうしたシルトア?」
「いや…30歳くらいでしたよね?」
「そうだ」
「(そんな偶然あるのかな?)1人アントルって名前の人がいますけど…」
「おぉ! やったなテイジン! 孫が見つかったぞ!」
「イェ~イ! テイジン泣いちゃいそう…」
ケルシスに肩を抱かれてテイジンが目をウルウルさせている。
「喜ぶのは早いと思いますが…」
「(うわぁ…違ったら気まずいなぁ…)」
シルトアに変なプレッシャーがのしかかっている。
「まだ決まった訳ではありませんから、あまり…その…」
「いいのいいの、そういう気分にさせて貰えただけでワシ満足…」
「ほらシルトア、もっと情報をくれ、テイジン待ってるぞ」
「泣いちゃう…情報によってはテイジンマジ泣いちゃう…」
「(えぇ…)あ、あのですね…僕の知ってるアントルさんは、男性で」
「「 うんうん 」」
「30歳くらいで」
「「 キタキタキタ~! 」」
「「 (ひぇ…) 」」
期待値がグングン上昇している。
「あ、あと伯爵です」
「伯爵ってなんだ?」
「テイジンよくわかんない」
「カード王国内の町を任された貴族のことです、伯爵とは爵位ですね」
「「 ? 」」
「簡単いいえば凄く偉い方です」
「え~ちょと…マジ凄くないワシの孫」
「やったなテイジン! イェ~イ!」
「「 ア・ン・トル! ア・ン・トル! 」」
「「 (凄く盛り上がってる…) 」」
テンション最高潮である。
「喜んで頂けたのであれば、まぁ…、そうですよねシルトア様?」
「シャガール様、明日1日時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「どうかされましたか?」
「ちょっと本人に確かめてきます」
「え?」
翌日、シルトアはダナブルに飛んだ。
「申し訳ありませんロックフォール伯爵、お忙しそうなのに」
「構いませんよ、たった今解決の目処が立ちましたのでお気になさらず、
それでどのような用件ですか?」
「フルムド伯爵のご両親のお名前を知りたいのですが」
「父はアンダルセン、母はテトルです」
「(せ、正解だったぁぁ!)」
「ふふふ、何やら驚いたようですね、しかし何故そのような質問を?」
「それが…」
「なるほど、そうでしたか」
フルムド伯爵が不在だったので
ロックフォール伯爵に確認を取り事実と判明。
「さて、私からもシルトアさんに依頼したいことがあるのですが」
「少しくらいなら大丈夫ですよ」
飛んで火に入るなんとやらということで、
ロックフォール伯爵の依頼でカード国内で発生した
魔族の襲撃に関する情報収集役として
ダナブルとサントモール間を飛び回ることになった。
「つ…疲れた…」
「本当に1日で戻って来るなんて凄いです~、
こんなこと出来るのはシルトアさんだけですよ~」
1日中全力で飛び回りヘトヘトになったシルトアは
ペナにリバイフでマナを回復して貰った。
「(本当なのかな?)」
「(こんなのおかしい…絶対人間じゃない…人間であっていい筈がない…)」
頑張った結果としてカニに疑問を持たれ、
トトシスのプライドを粉々に粉砕した。
「うぅ…アンダルセン…お前なんで…早過ぎるだろ馬鹿野郎~!」
「ダルちゃんのおかげでアントルは立派になったよ…でもワシ哀しい…」
「「 お~んおんおん… 」」
ケルシスとテイジンは本物の孫であったことに歓喜したが
アンダルセンの訃報で感情ジェットコースターになったそうな。
アンダルセンの行動と残した本はフルムド伯爵の原点である、
父の功績と母の願いは息子に引き継がれ、
現在もシード計画に大きな影響を与え続けている。
大陸を東西に跨いだフルムド伯爵の数奇な過去が明らかになったが、
そのことを彼はまだ知らない、
唯一の家族と再会を遂げる日は先の話である。




