253話目【チーズ工場にて】
カード王国、ダナブルのチーズ工場。
「亡くなった人はね、マナの海に戻っていくの、
そしてまた生まれ変わる時に地上に降りて来るのね」
「へぇ~降りて来るってことはマナの海は上にあるんですか?」
「そうそう、だから生まれ変わるその時まで
ご先祖様は俺達を見守ってくれてるのさ、
坊主は両親からこういう話教わらなかったか?」
「ないですね、まだ俺が小さいからかもしれません」
「そうか~今はそんな感じなのか、
俺が坊主くらいの頃には毎日言われてたけどな~」
「坊やはいい子だから必要ないの」
「どういうことですか?」
「このオジサンは子供の頃にしょうもない悪さばっかりしてて、
そういう悪ガキは、ご先祖様が見てるから変な事するなって怒られるの」
「ほう、若い頃はヤンチャしてたと」
「へへ、今でもヤンチャしてるぜ、ついつい酒を飲みすぎちまう」
「坊や、あんまり話すと駄目な大人になるよ」
「半分は俺が悪いけどな、もう半分はチーズが酒にあうのが悪い!」
「ほらね、駄目な大人だろう?」
「「「 ははははは 」」」
松本とオバちゃんとオジちゃんが
チーズが積まれた台車をゴロゴロ転がしながら談笑中である。
「マナの海はとても綺麗で心地よい場所でね、
遠くまで浅い海が広がっていて静かに波が行ったり来たり」
「へぇ~」
「まるで自分が見て来たように語るな、あれ? もしかしてそろそろか?」
「馬鹿言わないでよ~、まだそこまで年取っちゃいないって、
私なんかよりアンタの方が危ないんじゃないの?」
「確かに、酒の飲み過ぎで急にポックリ逝くかもしれん」
「その時は戻って来てどんな感じだったか教えて下さい」
「いいぞ坊主、その代わり酒を用意しておいてくれ、
俺飲んだ方が饒舌になるからな」
「馬鹿だね~アンタ、飲んだら話す前にマナの海に戻っちまうよ」
「「「 ははははは 」」」
オジちゃんの肝臓がポックリ逝くかもしれない。
「さっきの話は私のお爺さんの妹から聞いた話、
私が小さい頃に魔物に襲われて大怪我をしてね、
10日間くらい意識が戻らなかったんだけど、
目を覚ましたら妙に元気で驚いたわ、その時にマナの海の話をしてくれたの」
「「 へぇ~ 」」
「(臨死体験的な感じか?)そういうことってよくあるんですか?」
「年寄り達が冗談で話してるのは聞くけど、
俺は実際に体験した人にはあったことがないなぁ~」
「私も1人だけ、本当かどうかは分からないけど
信じた方が面白そうじゃない? 2人共知ってる?
マナの海には大きな竜がいるんですって」
「伝説の魔物がマナの海に? そりゃ初めて聞いたな」
「北の山脈のことですか?」
「そうそう、本当にあの山みたいに立派な背ビレでね、
炎みたいにヒラヒラと揺れてるんですって」
「「 へぇ~ 」」
「あとはね~体全体が光輝いていて、とにかくもう言葉に出来ないくらい美しいの、
その話聞いたら私も見たくなっちゃって、
幼い頃って純粋でしょ、ず~と空を見上げて探してたわ、
そしたら口半開き女って字名付けられたのよ、そのオジサンに」
「ちょとオジサン…」
「いやだって…そんな事情知らなかったし…」
「当時は相当傷ついたと思いますよ」
「待て待て坊主、俺の言い分もあるぞ」
「ほう、聞きましょう」
「そのオバちゃんな、ボケ~っと座って全然動かなくてさ、
瞬きもしないし、ずっと口半開きだったんだよ、
正直生きてるのか分からないから俺も友達も不安になって、
試しに飴を口に入れたらモゴモゴしたんだよ、
あ、生きてるんだなって思ったんだけど、
全然コッチ見ないし、食べ終わったらまた口半開きに戻るし、
相変わらず瞬きしないし、そんなの…怖すぎるだろ…」
「それは確かに怖い…」
「あらやだ、ほほほほ」
妖怪みたいな扱いだったらしい、
人には歴史があるものである。
「結局竜は見れたんですか?」
「全然駄目、そのうち諦めて空を見なくなったわ」
「口半開き女は2年くらいいろんな場所に現れたけどな」
「(都市伝説みたいになってる…)」
「竜は空に溶けるらしいから数年程度じゃ難しいのねきっと」
「「 溶ける? 」」
「マナの海に現れた時も凄く短い時間だったそうよ、
どんどん透けていって最後は空に溶けて消えちゃうの」
「そんな能力があるなら見つけるのは難しそうですね」
「まぁ図鑑にも載らない幻の魔物だからな~」
「坊やがもし見つけたいのなら空に赤い光を探すといいわ」
「赤い光ですか?」
「そう、目が赤いらしいの、殆ど消えてしまった後も
最後まで赤い目だけは判別し易かったって、
だから空に赤い光が見えたら竜かも知らないわね」
「「 へぇ~ 」」
目的の倉庫に付いたので円柱状の型に入ったチーズを棚に並べて行く、
この工場では何種類かのチーズを製作しており、
今回運んで来たのは所謂ブルーチーズ、
今は真っ白だが中には青カビ菌が混ぜ込まれており、
湿度と温度が管理された倉庫で表面に塩を摺りこんだりして
3ヶ月くらい熟成させると青色の斑点が現れてブルーチーズになる、
型詰め時に無理に押し込んだりせずに内部に空気を残すのが
上手く青カビを繁殖させるポイントである。
「ふぅ~これで今日の仕事は終わりね、坊やそれ頂戴」
「はい~」
マスクと帽子とエプロンの作業着セットを脱いでオバちゃんに渡す。
「よろしくお願いします」
「はいはい、洗濯しとくからまた必要になったら言って」
「さぁ~て帰って酒飲むぞ~」
「体壊さないように気を使って下さいよ、それじゃ俺こっちなんで」
「「 お疲れ~ 」」
仕事を終えたので倉庫前で解散、
2人は来た通路を戻って行くが松本は逆の方へ、
更に倉庫の奥へと歩いて行く。
「仕事を手伝ってくれるのは有難いけど、
あの坊やはどうして倉庫で生活しているのかしら?」
「わからん、工場長の指示らしい、工場からは出たら駄目なんだと」
「働き者だし明るい子だけど、何か訳ありなのね」
「倉庫坊主ってな」
「またそんな、子供みたいなこと言って」
「でもちょっと怖くね? 普通じゃないぞ」
「まぁね」
知らない内に職場の倉庫に住み着いた謎の子供、
シード計画も松本の素性も明かされていないので、
こっちはこっちで都市伝説みたいになりつつある。
因みに工場長はプリモハ、
シード計画の調査班として留守にすることが多いので、
普段は副工場長が現場を纏めている。
チーズによっては3年近く熟成させる必要があるので
チーズ工場の半分以上は倉庫になっている、
松本が監禁されているのは最奥の多目的倉庫、
チーズ倉庫と違って湿度と温度を管理するシステムのない只の空間である。
倉庫の扉の取手に掛けられた
『外出中』の看板を裏返し『待機中』に変更、
訊ねて来た人への配慮がされているのだが、
そもそも松本が外に出ている時点で変である。
どういう状況なのか順を追って説明すると
①異世界から来たと疑われてプリモハによって松本が監禁される。
②プリモハ調査隊達とフルムド伯爵がトールの盾を探すためにカンタルへ旅立つ。
③トナツ、リンデル、ルーベンが監視を引き継ぐも松本に狙いを見抜かれる。
④どうやっても真偽が照明出来ないので計画倒れに。
⑤プリモハとフルムド伯爵が不在のため
シード計画の代表であるロックフォール伯爵に松本を開放していいか確認中。
⑥取り敢えずチーズ工場から出ない条件で倉庫から出してもらい、
暇なので適当に仕事を手伝う。
みたいな感じである、
フルムド伯爵がウルダでやったようにこっそり監視して
パンを出すなどという異常行動を確認し、
言い逃れ出来ない証拠を集めた状態で吊るし上げれば可能性があったが、
不慣れなプリモハが暴走した結果、
松本が異世界人であることを証明することが不可能になった。
元々誰も異世界を知らない以上は
信じたい情報を信じるしかないという
根拠に乏しい箸にも棒にも掛からない話、
だが差し迫った危機と松本が見せてしまった説明不能の解読能力が
重責を担う者達に無用な期待を抱かせてしまったのかもしれない。
「今日も誰も来てないのか、なんかあったのかな?」
扉に張られたメモ用紙を見て少し不安になる松本、
訊ねて来た人は日時と名前を書くことになっているのだが、
2日前から更新が止まっている。
「取り敢えずパンでも食べて筋トレするか」
本来は訪問者が食料を配給する手筈になっており
2日間放置されると大変なことになるのだが、
パンは出せるし、魔法の粉もあるので問題ないらしい。
「お、乾いてる、匂いは…大丈夫そうだ」
パンを齧りながら倉庫に張った紐に掛けた洗濯物を確認、
陰干しだから心配していたが今のところは変な匂いは無い。
「土の地面より固いからアレだけど、倉庫暮らしって意外と快適だよなぁ」
トイレと風呂はチーズ工場の従業員用を使用しているので、
倉庫暮らしというより工場暮らしである。
「(こういうのに慣れちゃうと戻れなくなりそうで怖い…
はたして今の俺に全裸で野宿ができるのだろうか?)」
別に全裸である必要は無い。
松本が変な恐怖心に煽られていると足音が聞こえて来た。
「お?」
「マツモト君~」
「はいはい~今出ま~す(ドーナツ先生だな)」
律儀にノックされ返事を返す松本、
もう監禁とか関係なく只の住居みたいになっている、
扉を開けると意外な人物が立っていた。
「あれ? パローお゛!?」
「あぁん、オマツ元気にしてた? 皆心配してたのよ~」
「お、お久しぶりです…」
「ちゃんとご飯は食べてたの? 少し瘦せたんじゃな~い?」
「はい…いや…苦し…」
不意打ちのパローラハグで我儘ボディに松本がめり込んでいる。
「パロランタさん、マツモト君息出来てないんじゃない?」
「ママ、もしくはパローラママよ先生」
「あ、ごめん、前から思ってたけどさ、
自分の名前なのに嫌い過ぎじゃない? 僕はいい名前だと思うよ」
「響きが男っぽいでしょ、それにいい思い出ばかりじゃないもの」
「あそう、取り敢えずマツモト君を」
「あらそうだった、大丈夫オマツ?」
「ダイジョブ…です…」
「(やり過ぎたかしら?)」
「(パロランタさん力強いからなぁ…)」
本名はパロランタ、パローラは夜の蝶としての名である、
一息ついて仕切り直し。
「あの~ドーナツ先生、パローラママはその…」
「大丈夫大丈夫、全部知ってるから」
「そうなんですか?」
「うん、パロラ…」
「駄目よ先生」
「パローラママは色物街の纏め役だから」
「ロックフォール伯爵とはそれなりにお付き合いがあるの、
大切な子供達(ジェリコ達)のこともあるし
母親として何も知らないわけにはいかないでしょ?」
「職員ではないんですか?」
「うん、知ってるだけ」
「そっちの仕事とは全然関係ないわ、私はあくまでも新世界のママ、
オマツが関わってるのも後から聞いたくらいよ」
「なるほど」
パローラはこう見えて国章持ちの町の重要人物である、
既得権益を貪っていたハドリー派が追放された後に
ロックフォール伯爵の希望で色物街の纏め役を任された経緯がある、
町の端にあるオカマバーに市販されていない
国章付きのコップが並んでいたのはそういうこと、
といっても本業はオカマバーのママなので
役所の職員みたいに町のために常々働いている訳ではない、
色物街の人達の意見を伝える区長みたいな感じ、
あと、ロックフォール伯爵の相談相手だったりもする。
「どうぞどうぞ、何もない所ですけど入って下さい、
直ぐにお茶用意しますんで」
「本当に只の倉庫ね(床冷たそう…)」
「(洗濯物干してある)」
「あ、コップ1個しかないんだった、ちょっと借りてきます」
「オマツ、私の分は必要ないわ、もう帰るから」
「今来たばかりですよ? ゆっくりして行ってください」
「オマツの元気な顔が見れたからもう十分、
お店の皆が心配してたから先生にお願いして私が様子を見に来たの」
「そうだったんですか、わざわざすみません」
「これ夜にでも食べて、ママのお手製よ~」
「おぉ~美味しそう、有難う御座います~」
鍋に入ったカレーと皿に盛られたご飯を手に入れた。
「それじゃ、さ~て、戻ってお店の準備しないと」
「「 さよなら~ 」」
パローラは去って行った。
「(あそこに座って話してたらお尻が冷えちゃうわ)」
倉庫の床に座るのが嫌だったらしい。
コップを借りて来た松本が部屋の隅に屈み
三脚に乗せた水の入った鍋を火魔法で直炙りしている。
「こんなに隅でやらなくてもいいんじゃない?」
「ここに排水溝があるんですよ、
直ぐ処理出来るんで水を扱う時はここが一番です」
「あそう、お茶とかって誰かの差し入れ?」
「チーズ工場の仕事を手伝ったら貰いました、
鍋とかは副工場長からの借り物ですけど」
「そうなんだ、マツモト君ってそういうの得意そうだよね」
「いや~それが魔法はあまり得意じゃなくて、
継続して使い続けるのって結構大変なんですよねぇ~、
特に同じ強さを保つのが難しくて、これいい訓練になりますよ」
「(そういうことじゃないんだけどね)」
洗濯と洗い物はもっぱらここらしい、
立て掛けてある水切りは最初からあたった備品である。
因みに、別の隅に置かれている木製のオマルみたいなヤツは
プリモハが用意した簡易トイレなのだが、
匂いが籠るし処理が面倒なので松本は意地でも使わなかったそうな、
倉庫から解放された時の最初の行動はトイレに駆け込むことだった。
「お待たせしました」
「ドーナツ持って来たから一緒に食べよう」
「はい~」
お湯が沸いたので木箱を机代わりにして
お茶とドーナツでブレイクタイム。
「俺の解放の件って許可でましたか?」
「まだロックフォール伯爵と話が出来てないんだよね、
凄く忙しそうだからもう少し時間が掛かるかも」
「2日間誰も来ませんでしたけど何かあったんですか? 」
「え? そうなの?」
「いや、俺が聞いてるんですけど…」
「ちょっと待ってね」
ドーナツの入った箱を開ける手も止めて
トナツが立ち上がり扉のメモ用紙を確認しに行った。
「本当だね、書き忘れとかじゃなくて?」
「食べ物置いてなかったんで、たぶん」
「ごめん、僕も忙しくてちゃんと確認出来てなかった、
お腹すいてたよね、本当にごめん」
「いえ、食べ物は工場の人達から分けて頂いたので、気にしないで下さい」
本当は自前のパンと魔法の粉で過ごしていたが特に問題は無かった。
「はぁ…確かにルーベン君はなぁ…
リンデル主任も余裕なかったし、僕が声掛けとけば良かった…」
「まぁまぁそんなに凹まずに、ドーナツでも食べて下さい」
「ありがとう、うん、いつも通り美味しいね」
「うまっ、久しぶりの甘味」
松本が飲んでいた魔法の粉は肉味である。
「実は魔族の襲撃があったんだよね」
「え!? 被害は? ダナブルでですか?」
「ダナブルから少し南に行ったところ、
避難するために移動して来た人達が野営してた時に襲われたって」
「大丈夫だったんですか?」
「うん、光魔法のおかげで怪我人だけですんだ」
「よかった、やっぱり光魔法を普及させて正解でしたね」
「本当にね、城壁から監視してた衛兵の人が遠くで光ってるのを見つけてね、
大急ぎでパトリコさん達が助けに行って
光筋教団の人達と協力して夜を越えたんだって」
「近くて良かったですよ」
「馬車だと数時間かかる距離だからそんなに近くもないんだけどね、
パトリコさん達が相当急いだってのもあるけど、
被害が殆どなかった一番の要因は例の大型魔族が出なかったからかな」
「確かに、あれは普通の人には無理です」
助けに行ったパトリコ達はポニコーンをかっ飛ばして
2時間位で付いたそうな、それまでは村人達だけで堪えていたので
光魔法の偉大さが良く分かる。
「その人達の健康状態とか精神状態を確認しないといけなくて、
僕も自分の担当日以外までマツモト君のこと考える余裕が無かったんだよね」
「それはそでしょう、俺に構ってる時間なんて無いですよ」
「この話は正式に公表されてないから、他の人達には一応内緒にしといて」
「了解です、でも今更隠さなくてもいいんじゃないですか?
今回は大勢が関わってるみたいですし」
「隠してるとかじゃなくて情報の整理が出来て無いんだよね、
今は知ってる人は知ってるみたいな状態、
別の場所でも魔族の襲撃があったからゴチャゴチャしてるの」
「え? 同じ日にですか?」
「いや、たぶん数日違いだと思う、
サントモールとカースマルツゥの間にある村が襲われたらしくて、
そっちは大型魔族が出たせいで結構大変なことになったみたい」
「…もしかして全滅ですか?」
「半分くらいかな? Sランク冒険者のマダラさんが
たまたま駆けつけてくれて大型魔族を倒してくれたんだって、
それが無かったら全滅だったと思う」
「不幸中の幸いと言っていいのかどうか…
もしかしてですけど大型魔族が出たのってお墓とかですか?」
「その辺はサントモールの人達が調査中、
いつもだったらSランク冒険者のシルトアさんが飛び回って
情報を集めてくれるんだけど、ちょっと任務で他国に行ってるらしくて、
代わりにハイエルフの人に手伝って貰って何とかしようとしてる」
「鳥便よりは早いってことか」
「うん、でもハイエルフの人は少ないからさ、
カード王国内に4人しかいなくて、内1人はフルムド伯爵達に同行してる、
シルトアさん程早く長く飛べないから大変みたい」
「へぇ~」
シルトアは人間でありながらハイエルフを越える飛行能力を持つ
スパーチート僕っ子です。
「その2件とはまた別にマダラさんが森の中で
魔族の襲撃っぽい痕跡を見つけてて」
「更にですか、えぇ~…」
「少し前の出来事で襲われたのは山賊らしいけど、
その報告のためにカースマルツゥからサントモールに向かってて、
道中で魔族に襲われてる村を見つけて助けに入ったらしい」
「それはまた、凄い確率ですね」
マダラの移動ルートはポッポ村の後に水上都市リコッタ、
至高都市カースマルツゥ、白銀都市サントモールの順、
運動能力が高く足が速いので殆ど走って移動している。
「いきなり3件の情報が出てきたから大混乱で、
フルムド伯爵もプリモハさん達もいないから
ロックフォール伯爵が代わりを務めて大忙しになっちゃった、
付近の村の人達の避難も急がないといけないし凄く大変そう」
「俺も何か手伝いましょうか?」
「今は人手より情報が欲しいかな、
現地の正確な情報を待ってる状態だから、
皆焦ってるけどルーベン君は特に酷いかな、見てる側が辛くなってくる」
「あまり良くない感じですか?」
「うん、何も出来ないことへの苛立ちがあるんだと思う、
皆の手伝いを買ってでたり今まで調べた情報を再確認したりしてる、
もしかしたら何日か寝てないかも」
「焦っても現状ではどうにもならないと思いますけど」
「本人も分かってるんじゃないかな?
でもルーベン君は魔族の襲撃を体験しちゃってるからさ」
「え? 魔族の襲撃って…ポッポ村より前のは確か…」
「光魔法も魔族って考え自体も無かった時だね、
殆ど全滅だった、ルーベン君もボロボロで精神的にもかなり」
「(あんなに明るかったのに、そうか…)」
「シード計画に加わって魔王に対抗することが彼の支えだったから、
サントモールで被害が出たって話を聞いて、
無力感に襲われて耐えられなくなったのかも」
「あまり無理をしないように伝えて下さい」
「うん、一応ね、後は本人次第かな」
お茶をお替りしてドーナツを齧る2人。
「結局マツモト君って異世界人なの?」
「否定はしますけど、俺が何を言っても聞く人次第じゃないですか?」
「まぁそうかも、でもネネ語だったっけ? 変な文字書いてたのは?」
「ちゃんとした文字が書けない俺にその辺を求めないで下さい、
何でいろんな文字が読めるかも分かってないんですから」
「確かに、マツモト君っていろいろ変だしね」
「いや、ハッキリ言われるとそれはそれで…」
「なんかルーベン君の気が紛れるような新しい情報ない?」
「いや~そう言われましても、筋トレの話じゃ駄目ですか?」
「駄目だと思う」
「あそうだ、今日チーズ工場のオバちゃんから聞いたんですけど、
マナの海に竜がいるらしいですよ」
「へぇ~竜の背ビレの竜?」
「その竜です、幻の魔物の竜、全身が光ってて消える能力があって、
しかも目が赤いらしいです」
「あ~それはいいかも、赤い目の話は好きだもんね、
喜びそう、お礼にドーナツあげる」
「ありがとう御座います~」
松本3個目のドーナツを獲得。
「そいえば俺気になるってることがあってですね」
「どうしたの?」
「倉庫内で変な物を見つけたんですよ、ちょっと取って来ます」
松本が1センチ位の透明な球体を木箱に置いた。
「床の水を掃除してる時に見つけたんですけど、柔らかいんですよ」
「うん」
指で押すとブニブニと弾力がある。
「これと同じ物がいくつか落ちててですね、
それまでは無かったはずなのになんか増えてて、
しかもこれ、よく見てて下さいね」
「うん」
同じような透明な球体を先程の球体にくっ付けると…。
「ほら合体した、1つになってどんどん大きくなるんです、
そして頑張って合体させた物がこちら」
20センチ位の透明な球体を木箱に置くと
先程の球体と合体して更に少し大きくなった。
「これなんだと思います?」
「スライムでしょ」
「ス、スライム!?」
「うん、スライム、ジメジメしてる場所によくいるけど、
マツモト君が倉庫内で洗濯物干したりお湯沸かしたりしたからじゃない?」
「はぁ…なるほど…(これがあのスライムかぁ…)」
『スライム』
湿気が多い場所に自然発生する魔物、
魔物と呼ばれているが移動したり獲物を捕食したりしない、
生きているのかもよく分からない、
ただそこのあるだけの謎の球体、
くっ付けると合体して大きくなる、
たまに滝の近くとかで自然発生した巨大スライムが道を塞ぐ事件が発生する、
遭遇した際は火魔法で炙って小さくするか、細かく切って脇に避けよう。
「(取り敢えず外に出しておくか)」
通路に置いておいたら1日で消えた。




