249話目【マツバ宰相の最後】
キキン帝国、内地にある小さな屋敷、
月明かりを頼りに男が筆を走らせている、
眉間に刻まれ深いシワとピンと伸びた背筋、
力強さとは対極の静かで流れるような所作は、
彼の勤勉で真面目な性格を示している。
『今は亡きの至高の皇帝ビスマス様、
貴方様の慈愛の元、新たな国について語り合った日々、懐かしく思います、
そしてスギエダ、トド、友として時に好敵手として
共に笑い、争い、苦難したこと、私にとって至極であった、
ビスマス様が崩御された後、個を優先し法と信念を曲げたこと、
国を支える柱として断じて許される行いでは無い、
目指した先は遥か遠く、今は生涯の汚点を悔いるばかり、
マナの海にて咎めを待つ』
遺書を書き終えた男は筆を水に浸け丁寧に洗い始めた。
「先生は最後まで手を抜かれないのですね」
後ろの暗がりに座っていた男が声を掛けた。
「けじめだ、死後にずさんな男と思われたくは無い」
「思い留まっては頂けませんか? 私達には、いえ、この国には先生が必要です」
「このような事態を招いたのは私だ、これは当然の報いと言える」
「そんなことはありません、家族を人質に取られれば誰でも同じ選択をします」
「だがその結果アガシ君の家族も捕えられてしまった、他にも大勢、
たった1人の愚かな選択が国を大きく傾けた」
「例え先生が首を縦に振らなかったとしても
スギエダ様やトド様が同じ選択を迫られた筈です」
「確かに、だが私だった、事実を無かったことには出来ない」
振り返ったマツバの小さな目にアガシは揺らぎの無い固い意思を感じた。
「先生、1度は思い留まって下さったではありませんか」
「あの時は宰相の地位を守る必要性があったからだ、
例え逆らえずとも自由にさせてはならないと、ただそれだけで生き恥を晒して来た、
だがスギエダとトドが捕えらえ参謀と将軍の地位は奪われた、
もはや敵にとって私の利用価値は無い、
捕らわれた者達の解放を願い出てみたが叶わなかった、
邪魔者は遅かれ早かれ消されるだろう」
「…残念です」
答えは分かっていた、だが願わずにはいられなかった、
アガシが絞り出した言葉からは憤りと無力感が伝わって来る。
「例の物は誰に?」
「キノに持たせました」
「彼女は元回復士だったな、確かに野営地に紛れ易く、
手引きをしている者に接触出来れば国外へ脱出できるかもしれない」
「身寄りがありませんので私達のように家族を人質に取られる心配もありません」
「そうだったな、幼い頃に落盤事故で、危険なことに巻き込んでしまった」
「あくまでもキノ自身が決めたことです、
学ぶ機会を与えて頂いたこと、先生には大変感謝していました」
「それは彼女が優秀だったからで私は切っ掛け与えたに過ぎない、
将来を担う者を支援することは国として必要な政策だ」
「そうだとしてもです、私も先生には感謝しています」
「君は特に優秀な生徒だった、仕事ぶりは目を見張るものがある、
ビスマス様もお喜びで私も実に誇らしかった」
「本当にありがとう御座いました」
アガシは深々と頭を下げた。
屋敷の入り口には『マツバ塾』の看板が立て掛けられている、
ここは宰相マツバが直々に教鞭を取る学び舎、
年齢、性別、等級に関わらず優秀な者を集め、
法と広くは国の運営に携わる者を育成する場である、
内地にあるため4等級以下の者を通わせる際は、
マツバがキキン帝に進言し3等級に昇格させ、
労働の義務を無くし勉学に励めるように処置を講じていた。
優秀な者を排出し宮殿内で働く者の半数はマツバ塾の関係者である、
それ故にマツバ派としてツキヨ達に危険視され多くの者が家族を人質に取られている。
「今後も折れずに精進して欲しい、だが今は誰が敵で誰が信頼に足る者か、
国土全てが疑心に満ちている、苦難の時だアガシ君」
「はい、宮殿内が敵に従順な者に置き換えられるのも時間の問題です、
いずれ私も選択を迫られるでしょう」
「兵士も何処までが敵に取り込まれているか不明だ、くれぐれも気を付けるように」
「新たに将軍となったクサウラは間違いないでしょう、
表向きは良い人物とされていますが悪い噂も耳にします、
結果を求めるあまり過程の是非は問わず、昇級に異常な執着があるとも」
「等級制度の弊害だ、向上心を煽ることは良いが野心に塗れた獣を生み出す温床となる、
だからこそビスマス様は撤廃を念頭に置き新たな国のあり方を模索されていた、
道半ばで崩御されたことは悔やまれる」
「国外へ逃げ延びた者達が奮起し、他国の協力を得られればあるいは…」
「魔王の脅威もある、シルフハイド国との戦争はなんとしても避けたい、
私の死は敵に束の間の安心と喜びを与えるだろう、
だが暫くの後、不安を掻き立てられ血眼になって探し始める、
不都合な真実を継ぐ者がいないかとな、一時的な陽動としては申し分ないが、
逆にキノ君を追い詰めてしまうかも知れない」
「外地へ潜伏しているオホリとシゲフトが頃合いをみて発見される手筈です、
キノも同じと考えてくれれば多少の時間は稼げるでしょう」
「そう願おう、敵に頼らねばならんとはなんとも力無きことか、
私が皇帝の飛槍であればな」
「皇帝の飛槍では皇帝は討てません」
「それは違う、最後の講義だアガシ君、良いかな?」
「はい、心してお受け致します」
アガシが背筋を伸ばして座り直した。
「皇帝の飛槍とは皇帝に仇名す者を討つのではない、国に仇名す者を討つのだ」
「国に仇名す者ですか、それが例え皇帝自身であったとしても?」
「そうだ、共に目指す先を見据え、道を誤ったならば皇帝であろうと正し、
必要に迫られればこれを討つ、その体に1本の揺るがぬ信念と
決して鈍ることのない鋭い覚悟を秘めた槍、
それが皇帝の地位を絶対とは捕えず、国を支える4本目の柱と位置付けた、
慈愛に満ちたビスマス様の飛槍だ、トドは投獄されはしたが無策では無い筈、
今この時も国敵を討つために槍を研いでいるだろう、
危険だがいざという時は頼ってみるのも手だ」
「はい、ありがとう御座います」
遺書を懐にしまいマツバが立ち上がった。
「ではそろそろ行くとしよう、後のことは君達に託す」
「お任せ下さい」
マツバが見えなくなるまでアガシは頭を下げて見送った。
内地の中央にある衛兵の詰め所にて。
「うっひょぁぁぁ~トド将軍の甲冑カッコイイ~!
えぇ!? この槍って確か…マジで!? すげぇぁぁぁ~!」
テーブルに目付きの悪い男女の兵士が4人、
その横で若い兵士がトドから没収された装備に目を輝かせている。
「うるせぇぞガキ、寝てるヤツもいるんだ、静かに座ってろ」
「お前ここ初めてか? そんなもん直ぐ見慣れるって、
大体トドはもう将軍じゃないし、キキン帝に反逆した大罪人だぜ」
「あん!? うるせぇのはお前等だ、罪人だかなんだか知らねぇっての、
トド将軍は俺の英雄なんだ、誰にも文句は言わせねぇ!」
「馬鹿が、今はクサウラ将軍の時代だぞ、お前見ない顔だし何か怪しいな?」
「もしかしてさぁ~、あんた捕えた奴等を逃がしに来た?」
「え? 内通者? 寄りにもよってここに来るなんてさ~度胸ある」
「国外への逃亡を手引きしてるのはお前か? ん?」
「な、なんだよ…おい離れろ、俺は手引きなんてしてねぇよ…」
「今更白々しい」
「嘘ついてねぇって、クサウラさんの時代でもなんでもいいから、俺は只…」
「クサウラ将・軍、口の聞き方に気を付けろガキが」
「私達はさぁ~クサウラ将軍を尊敬してるわけ」
「取り敢えず尋問だな、ハッキリさせねぇと仕事に付かせられねぇからよ」
「尋問? 何言ってんだアンタ等?」
「違ったら違ったでさ、何で内地に配置されてんのって話、
ちゃんと選んでるんだよねぇ?」
「あ、もしかしてお前兵士になって半年以内の新人か?」
「そうだけど…悪いかよ」
「「「「 ははははは! 」」」」
目付きの悪い男女が腹を抱えて笑っている。
「確かに条件は満たしてるけどよ~本当に入れるかねここに、
おい見てみろこの目を、何も知らねぇ澄んだ瞳してやがる」
「ちょっとやめなよ、期待の新人なんだからさ~」
「「「「 ははははは! 」」」」
「(なんなんよコイツ等は、むかつくぜぇ…)」
ハネッ返りの強い新人がビキビキしている。
「まぁ取りあえず尋問だな、話はそれからだ」
「少し痛いけど心配すんな、通過儀礼ってやつだ、ははは!」
「任せる~」
「おい離せよ! 離せって! なんで尋問なんて受けねぇといけねぇんだ!」
「大人しく付いて来い、騒いで起こすとお前が大変なことになるぞ」
「私夜食取って来よ~っと…ぉ…」
目の前に現れた2メートルを優に超える大男を見て、
食堂へ向かおうとした女の声が途端に小さくなった。
「…」
髪の毛はボサボサで全身古傷だらけ、、
歯はギザギザで良く言えば野性味あふれる顔立ち、ぶっちゃけ不細工、
睨まれているのかは定かではないが笑ってはいないことだけは確かである。
「…」
「あ、あの、あののあの…すみませんダダ兵士長…」
「起こしちゃいましたか? お、怒ってます…よね?」
「(怖ぇぇ…なんだあの人? …人か?)」
ビビりまくりの女兵士2人と新人兵士。
「…誰?」
「こいつは半年以内の新人で、おい名前」
「ク、クダマキっす…」
「このガキがトドの装備に大喜びしてたんで内通者かどうか尋問するところです」
「…尋問、ぬぅ…、…俺がやる」
「えぇ!?」
「どうぞ」
「ダダ兵士長にお任せします」
「いやいやいや! 尋問とか別に俺は…」
男兵士2人に背中を押されながら首を振るクダマキ。
「…来い」
「あぁ…」
ダダに摘まみ上げられて力なく連れていかれた。
「(ダダ兵士長怖ぁ…)」
「(眠りのダダを起こすからそうなる…)」
「(だから大人しくしろって言ったんだ、馬鹿が)」
「(指2本で持ち上げてるよ、握力200キロってマジなんだ…)」
外に連れてこられたクダマキはダダに見下ろされて直立不動、
よく見ると細かく振動している。
「…お前」
「はぃ…」
「…何でトドの装備見て喜んでたんだ?」
「え? なんでって…将軍の装備なんでそりゃまぁ…」
「クサウラ将軍の装備でも喜ぶか?」
「いや…あの…」
「…おい」
「はひ!?」
「クダマキ、オデ信じて素直に答えろ」
「(そう言われても怖ぇんだって、う~…ん! 男クダマキ覚悟を決めたぜ!)
ダダ兵士長、俺を殴るなら殴って貰っても構わないっす、
でもこれだけは言わせて貰いますよ、
俺にとっての英雄はただ1人、後にも先にもトド将軍だけでさぁ!」
「…声がデカい」
「すみません」
90度の綺麗なお辞儀。
「小さい頃に助けて貰ったんですよ、この腕の傷は魔物に齧られた跡っす、
すげぇ怖くて痛くて俺死ぬんだな思った時に、
トド将軍がまるで稲妻のように飛んで来てズバっと魔物やっつけてくれたんです、
魔法みたいでマジでカッコ良かった、そんなに体も大きくないのに
すげぇ強くて、優しくて、俺もいつかあんな風に
誰かを助けられる男になりたいって思ったんですよ」
「…それで兵士になったのか?」
「そうっす、俺は体小さいけどきっと強くなって見せる、
でもそれはまだまだ先の話なんで、ちょっと置いておいて」
見えない箱を横にどかすクダマキ。
「取り合えずトド将軍に挨拶したかったんすけど、
何か牢屋に入れられたって聞いたもんでここに配属して貰ったんです、
だから俺は別に内通者とかじゃなくてですね…」
「…お前」
「はい」
「…馬鹿だな」
「んぬ!?」
クダマキの額に血管が浮いた、恐怖より怒りが優先されたらしい、
18歳なのでハネッ返りがバインバインである。
「クダマキ、オデを信頼できるか?」
「信頼信頼ってなんなんすかさっきから? 今日初めて会ったばかりですよ俺達」
「…トドは好きか?」
「当然、尋問でも拷問でも好きにして下さい、
俺の英雄に対する気持ちは例えキキン帝でも変えられないっす」
「ぬぅ…」
「うっ…」
ダダが大きな手が迫りクダマキが身構える、
目を瞑りプルプルしていると肩をポンポンされた。
「…え?」
「オデはお前を信頼する」
「はぁ…ひぇっ!?」
クダマキを持ち上げて顔の近くまで引き寄せた。
「やっぱちょと怖いっすぅぅ!」
「…静かにしろ、誰かに聞かれるとマズい」
「はぃ…」
「ここにいてはいけない、東の地下牢を管轄する詰め所に行け」
「東?」
「タマニというオデの友達はお前と同じだ、トドに合わせてくれる」
「マ、マジすか?」
「額に傷がある男で凄くいい奴だ」
「了解す」
「…クダマキ、ここにはお前の知らないことが沢山ある、
兵士を簡単に信じてはいけない、迂闊なことを言ってはいけない、
オデは怖いだろう、デカいからな、皆怖がる、
だが信じてくれ、オデはお前を信じて話をしている」
「信じましょう、男クダマキ、2言はないっす」
「…いい奴だ」
ダダがニコリと笑った。
「…じゃぁな」
「え? ちょ、ダダさん? ダダ兵士長? ダダぁぁあぁぁぁあ!?」
ぶん投げられてクダマキは暗闇に消えた。
「あ、ダダ兵士長返って来た…」
「(1人だけ…)」
「(さっき叫び声が聞こえた気がする…)」
「ダダ兵士長、あの馬鹿どうなりました?」
「…さぁ、寝る」
「「「「 (死んだな…) 」」」」
中央の詰め所ではクダマキは死んだことになった。
「いたたたたた…無茶するぜまったく…」
「動くな、殺すぞ」
「ひぇ…」
芝生の上で頭を擦っていたクダマキだが、
今度は背後から首に剣をチクっとされ休む間も無く絶体絶命である。
「夜中に飛んで来るとは怪しいヤツめ、何なんだお前は?」
「俺は別に怪しくなんて…」
「動くな、殺すぞ」
「(おぃぃぃなんだコイツ!? さっきの奴等よりヤベェよマジで!?)
あの…首チクチクするの止めて貰っていいですか? ちょっと痛いんでそれ」
「あん? 殺すぞ」
「(殺す以外の言葉知らねぇのかよ!? むかつくぜマジでぇぇ…
いつかぶっ殺してやっからな!)」
似た者同士でである。
「俺はクダマキって名前で、3ヶ月前に兵士になったばかりで、
さっき中央の詰め所に行ったらいろいろあって、
ダダ兵士長にぶん投げられたんす、マジで、嘘じゃ無いっすから」
「ダダか、ありえるな」
「(え? 信じるんだ…)」
首のチクチクが止んだ。
「くそっ…ちょっと血が出てんすけどぉ~」
「気にするな、怪しいお前が悪い」
「(謝れよこら…悪いことしたらゴメンは人としての基本だろうがぁ…)」
ビキビキでハネッ返りがバインバイン。
「なぁアンタ、ここどの辺だ? 俺東の詰め所に行きてぇんだけど」
「…、なんの用だ?」
「いやあの…(ダダ兵士長が簡単に信じるなって言ってたし、
大体性格悪そうだしなぁコイツ)」
クダマキが悩んでいると雲の隙間から差した月明かりが男の顔を照らした。
「(うわぁ~目付き悪ぅ…って、ん?)アンタその額、傷だよな?」
「それがどうした?」
「あいや、俺も腕に傷があるから親近感湧くなぁ~て、ほら」
「何言ってんだお前、馬鹿だろ?」
「あん!? (いや待て待て落ち着け俺…、まさかとは思うがコイツ…
いやいや流石にそれはないって、兵士が何人いると思ってんだ?
怪我しやすい職業だし額に傷のある奴なんていくらでもよぉ~、
…あるのか? 一番最初に会ったコイツがタマニさんなんて、
そんな都合が良すぎること…)あんた名前は?」
「タマニだ」
「(あったよぉぉ!? うそぉん…お~いダダ兵士長~、
全然いい奴じゃないんすけど~)」
クダマキが遠い目をしている。
「俺、ダダ兵士長から言われてアンタに合いに行くところだったんだ、
友達のタマニは俺と同じだからトド将軍に合わせ…っは!?」
突然顔面蒼白になるクダマキ、頭をフル回転させている。
「(え? 俺もしかしてやっちまった!?
コイツが情報を引き出すためにタマニさんを名乗っているとしたら…
マジかよくそっ…そうだよな、こんな極悪な目付きでいい奴の筈がねぇ、
あれ程言われてたってのに俺ってヤツは…)」
「全部顔に出てるぞ、やっぱりお前馬鹿だな」
「あん!?」
「感情が分かり易い」
直ぐにビキビキするので怒りの感情は直ぐに分る、
若いからその辺が素直である。
「安心しろ、俺がダダの親友のタマニだ」
「…俺は内通者を誘い出すために嘘を付いてるんだぜ~」
「下手すぎるだろ」
「…」
「覚えておけクダマキ、ここの兵士が将軍と呼ぶのはクサウラだけだ」
「お、おぅ、分かった」
「付いて来い、急がなければ見失ってしまう」
「? いいけど灯りねぇのかよ?」
「必要無い、黙って付いて来い、静かにな」
このタマニと名乗る極悪な目付きの男は
246話目【続、隠密のシルトア】で
トドにメモ入りのパンを渡した兵士である。
国の始まりとされる古い休憩所、
『宰相』の文字が刻まれた柱の前で1人の男が最後を迎えようとしている、
岩に腰掛け鞄から取り出した白い陶器をテーブルに置き、
栓を外すと紙に包まれた粉を流し込んだ。
「はて?」
上手く溶けたのか不安になったらしく、
陶器を覗き込んだ後に栓をして縦横に振っている。
「これでよいか」
盃に注ごうとすると近付いて来る足音に気が付いた。
「もう来たか、想像していたよりも行動が早い」
「「 … 」」
暗闇に紛れた兵士が2人、先頭の極悪な目付きの男は剣を抜いている。
「これは私が宰相に任命された際にビスマス様より頂いた酒だ、
私は嗜まぬ故、死ぬ前に1口飲もうと思い大切に保管していた、
少しでよい、時間を…」
「駄目です」
「タマニさんマジ酷い奴すね、最後まで話聞いてやれよ」
「黙ってろ馬鹿」
「あん!?」
まぁ、暗殺者とかじゃなくてタマニとクダマキである。
「誰だってこっそり隠れて飲みたいことくらいあるだろ、
このオッチャンも辛いことあんだよ多分、
母ちゃん怖ぇとかで家で飲ませて貰えねぇの、分かるか?」
「お前何も分かってないな…」
「(今のうちに…)」
「それを置いて下さい」
「ちょと…タマニさん…」
タマニがマツバの口と盃の間に剣を突き立てた、
突然の行動にクダマキが目をパチパチさせている。
「一思いにやればよい、それとも私にまだ利用価値があるのか」
「勘違いしないで下さい、殺しに来たのではありません」
「何?」
「今は何も聞かず一緒に来て頂けませんか? マツバ宰相」
「(え!? このオッチャンが宰相!?)」
「…分かった」
「ありがとう御座います」
「目上の人にはめっちゃ礼儀正しいんですねタマニさん」
「お前と違ってな、あとその酒毒入ってるそ、迂闊に触るな」
「(えぇ!? 怖ぇ…)」
毒酒は栓をして移動。
3人は東の地下牢にやって来た。
「ト、トド将軍んんん! 俺クダマキです! 小さい頃に助けて頂いだぁ!?」
「静かにしろ、見回りの兵士に聞かれたらどうする気だ」
トドの檻にしがみ付いたクダマキが蹴り飛ばされた。
「す、すみません、興奮しちまってつい…」
「ほほほ、元気がいいの~、聞かんでも何となく分かるが、
タマニ、彼は味方でいいのかの?」
「ダダからの紹介なので信用して大丈夫だと思います」
「当然っす、トド将軍は俺の唯一絶対の英雄ですからねぇ!」
クダマキが自慢げな顔で親指を立てている。
「トド、さっそくだが説明して貰いたい」
「ほほほ、見ての通りじゃよマツバ、賭けに勝ち信頼に足る仲間を得た、
この牢を管理しておておるタマニ、そして中央におるダダ、
そして先程加わったクダマキ、あと数名ちらほら」
「では彼は?」
「ふん…ふん…」
「いいですね~もっと上腕二頭筋の収縮を感じて下さい」
「ふん…ふん…」
対面の檻でラリー支部長と若い兵士が枷を使ってアームカールしている。
「彼はまぁ…タマニ」
「懐柔しようとして失敗したので檻に閉じ込めたら馴染みました」
「はぁ…」
彼の名前はソバコ、
246話目【続、隠密のシルトア】でラリー支部長にカチキレてた兵士である。
「あぁ~…いぃ…負荷が、心地いぃ…」
「素晴らしいパンプです、トレーニングの後は?」
「30分以内に魔法の粉、ですね」
「素晴らしい」
ラリー支部長の徹底指導により今では立派な光筋教団員である、
多分心配いらない。
「皇帝の飛槍は健在か、私は宰相として道を誤った…」
「言うな、皆が知っておる、誰もお主を責めたりせんよ、
真面目過ぎるからの~タマニに頼んでおいて正解じゃった」
「では彼は現れたのは」
「歩く法典が自ら裁きを下さんように見張っておったのじゃ、
貴重な証言者を失う訳にはいかんからの」
「考える事は同じか、それならば私なりに策を講じたつもりだ」
「ほう、聞かせてもらおう」
マツバがマツバ派の策を説明。
「なるほどな、国外へ逃げ延びた者達を決起させ、
他国に武力援助を求めてキキン帝を討つか、悪くはない」
「キノ君には私の供述書と合わせてキキン帝、
いや、ビスマス様の血族を語るカエンに付いての調査書を託してある」
「分かったのか?」
「正式な記録は全て抹消されていた、だが人の口を塞ぐことは容易ではない、
乳母を探し出し証言を得た、カエンはツキヨの実子だ」
「もとより怪しかったがツキヨの子とは…分かり易いの~」
「出生後は父親に引き取られたが3歳の時に死別している、
その後は孤児院で育ちツキヨが接触したのはおおよそ5年前だ」
「アンバー様の亡くなられた年だな、水面下で準備を進めておったという訳か」
※アンバーは前キキン帝ビスマスの正妻。
「(なんの話してんのか全然わからねぇ)」
クダマキは殆ど何も知らないので蚊帳の外状態、
ラリー支部長とソバコは腰に手を当てて魔法の粉をグビグビしている。
「マツバの策では間に合わん、イナセの行動が早いからの、もう直ぐ開戦じゃ」
「イナセ君は今何を?」
「シルフハイド王の正確な居場所を特定するために
シルフハイド国へ潜入しておるらしい」
「そんな、彼は本当に戦争を望んでいるのか?」
「ほほほ、そんなわけないじゃろ、策の一環でワシとマイと対立しとるだけじゃ、
そうでもせんとクサウラが何をしでかすか分からんからの」
「欺くためか、しかし…」
「当然疑り深いクサウラは騙せてはおらん、
元将軍の息子で実力が確かとなれば自らの地位を脅かしかねん、
内心穏やかではないじゃろ、じゃがイナセは今やキキン帝に従順で優秀な兵士で、
劣勢のキキン帝国にとって貴重な戦力、正当な理由もなく手は出せん」
「確かに」
「間違いなく動くじゃろ」
「何がだ?」
「敵地に潜入しとるんじゃ、何があってもおかしくはない、
クサウラが最も信頼できる者を向かわせるじゃろうよ」
「う~む…、トドよ、クサウラに勝てるか?」
「無理じゃ」
「えぇ…」
クダマキが悲しそうな顔をしている。
「すまんのクダマキ、お主の英雄は年を取り過ぎてしもうた、
10年早ければワシもバリバリでクサウラも未熟だったんじゃがの~」
「い、いえ、俺の英雄は強さだけじゃないすから、尊敬してますトド将軍!」
「嬉しいの~ほほほ」
「笑っている場合ではないぞトド、私は戦争を未然に防ぎたい、
カエンを討つならば兵士は全て敵になると考えよ、ただでさえこちらの戦力は乏しい、
そこにクサウラが加わるのであればイナセ君の力は必要不可欠だ
今からでも援軍を送り…」
「何処におるのかも分からんのに無理じゃろ」
「だが国の未来が、ビスマス様と共に目指した先は…」
「安心せいマツバ、イナセはワシより強い、そしてワシより容赦がない、
テイジンを連れて行ったらしいからの~
もしかしたらシルフハイド王と共に攻め込んで来るかもしれんぞ」
『 はい!? 』
とんでもないことを言い出すトド、
静観していたタマニと筋肉2人も思わず声を出した。
「いろいろ考えたらやっぱりマツバは死んだ方が都合がいいじゃろ」
『 はい!? 』
供述書を探す際に内地の兵士を分散させられるため、
捕らわれた人達を開放するのが楽になるとの理由でマツバは死ぬことになった。
翌日。
「マツバ宰相死んだってマジ? あれそうなん?」
「キキン帝、確認しに行きましょう」
「駄目です! お2人は近づかないで下さい!」
「毒を飲んだようです、まだ何の毒か分かっていませんので」
「おさがり下さいキキン帝、ツキヨ参謀も危険です」
「「 こわぁ… 」」
古い休憩所のテーブルに突っ伏したマツバが発見された、
白目を剥き口から吐血しており、それはそれは壮絶な最後だったそうな。
「よく騙せたものだ」
「遠目じゃ生きてるか死んでるかなんぞわからんて」
「皆さん飯です」
「へぇ~タマニさん、今日は肉が山盛りなんですね、筋肉が喜びます」
「マツバ宰相の代わりに焼いた魔物の肉です」
「旨いの~」
「美味しいです」
「(これが私か…)」
東の地下牢に囚人が増えた。




