247話目【薬士テイジン】
キキン帝国の国境付近、訓練所に併設されたクサウラ将軍のテント。
「以上が本日の報告です」
「ご苦労、あがっていいぞイナセ」
「…」
「何か言いたいことがあるのか?」
「はい、未熟な監視を付けるのを止めて頂けないでしょうか?」
「何のことだ?」
「就寝中に近くで物音を立てられては休まりません、
せめてもう少し、最低限私に気付かれない者を任命して頂きたい」
「知らん、疲れているんだろう、さっさと帰って寝ろ」
「わかりました、この縄をお借りしたいのですが?」
「好きにしろ」
「ありがとう御座います」
「…」
イナセがテントから出るとすっかり辺りは暗くなっていた。
「(星が綺麗に見えるな)ふぅ…戻るか」
夜空を見上げて溜息を1つ、
月明かりに照らされながら遠くで揺れる松明の灯りに向けて歩き出す。
「さて」
5分ほど歩いて足を止め槍を構えた。
「全力で応戦して頂いても構いませんよオタル兵士長、行きます」
「!?」
イナセが走り出し茂みを払うと剣を持った影が飛び上がった。
「っく…」
「上に飛ぶとは」
イナセが横薙ぎした槍を止めずに身体ごと回転させる、
体重を乗せてしならせた槍を上から振り下ろした。
「う…」
剣を叩き割りオタル兵士長の額を薄皮一枚切って止まった。
「まだまだ未熟ですね、拘束しますので大人しくして下さい」
「はぃ…」
ロープで縛り上げてオタル兵士長捕獲。
「では行きますよ、ターニア兵士長」
「ちょ!?」
背後の茂みを槍の持ち手側で払い上げると影が浮き上がった。
「終わりです、大人しくして下さい」
「は、はぃ…」
着地時に喉元に槍先を突きつけられターニア兵士長捕獲、
2人共引っ張られてクサウラ将軍のテントに連れていかれた。
「「 … 」」
「…」
「…」
グルグル巻きにされ虚ろな目で床に転がる2人と
それを見下ろすイナセとクサウラ、
明らかに先程より強固に拘束されており、
なんかボロボロなので逃走を図って失敗したっぽい。
「オタル兵士長、ターニア兵士長何か言うことはありませんか?」
「「 … 」」
「そうですか」
「「 いたっ… 」」
「すみませんでした…」
「もうイナセ兵士長には逆らいません…」
槍でチクっとすると無気力な謝罪が吐露された、
しっかり格付けされてるっぽい。
オタル兵士長(男、28歳)、ターニア兵士長(女、27歳)、
兵士長の中で最も若手の2人だが冒険者換算だとAランク位の実力、
イナセ(オジサン、45歳)が強いだけである。
「ふぅ…そのなんだ」
「父と娘の行いを考えれば私が疑われるのは当然です、
国民の逃亡阻止はキキン帝からのご指示、
クサウラ将軍のお立場も理解しております」
「…ふん(相変わらず可愛くないヤツだ)」
「そんなことより改めてお聞きしたいことがあります」
「なんだ?」
「先日クサウラ将軍と話しあった勝つための作戦、
あれは私を試すためだけの冗談だったのでしょうか?」
「お前はどっちがいいんだ?」
「事実であって貰わなければ困ります、
訓練兵をどれだけ並べようと魔法の前には無力、
このまま続けてもキキン帝国に勝機はありません」
「だが大勢が死ぬかもしれんぞ?」
「開戦すれば結果は同じです、勝たねば全て無駄となります」
「ちょっと何の話ですか?」
「確かに訓練兵じゃ魔法の相手は厳しいとは思いますけど…」
足元の2人を無視して互いに目逸らさないイナセとクサウラ、
探り合いの視線が交差している。
「ふ、ふはははは! いやすまん、ちょっとした冗談だ、
ターニアとオタルには伝えていなかったが作戦が決まった、
訓練兵と兵士の混合部隊を正面から突撃させ、
その隙に奇襲部隊でシルフハイド王の首を取る」
「え?」
「それじゃ訓練兵の人達は…」
「既にキキン帝の許可を得ている、事実それ以外に勝機はない」
「…」
「でも…」
「納得できんかターニア? 他に良い案があれば聞くぞ、
魔法を用いない我が軍が魔法に長けたシルフハイド国に勝つ手段を、
訓練兵と兵士の力量、そして互いの戦力数を考慮して教えてくれ」
「「 … 」」
床に転がる2人がなんとも苦々しい顔をしている。
「そんな顔をするな2人共、解いてやれイナセ」
「はい」
「訓練兵の中には俺も知り合いがいる、
だがキキン帝のご指示であれば戦って勝つ他ない、
犠牲を少しでも減らしたいなら俺と共に奇襲部隊として動け、
シルフハイド王の首を取れば戦いは終わる」
「クサウラ将軍、奇襲部隊には私も加えて頂けるのでしょうか?」
「必死だなイナセ」
「私には大兵士長になるための功績が必要です」
「分かっている、出し惜しみする余裕はないからな」
「ありがとう御座います、それと私の提案した装備の支給に関しては?」
「その件もキキン帝の許可を得て実行中だ、2週間も掛からんだろう」
「わかりました」
「あ、じゃぁようやく人数分揃うんですね」
「よかった、皆が生き残れるようにしっかり訓練しないと」
拘束が解かれてオタルとターニアが立ち上がった。
「いや、揃い次第攻撃を掛ける」
「え、折角纏めて訓練出来るのにそんなに急がなくても…」
「そうですよ、ただでさえ不慣れなことをさせるんです、
いきなり新しい装備じゃ真面に扱えないですって」
「その心配はないでしょう」
オタルの疑問にはクサウラの代わりにイナセが答えた。
「何でそう言いきれるんですか?」
「訓練兵に正規の防具は支給されません、
あったとしても盾程度でしょう、あと武器は包丁とツルハシです」
「はぁ!?」
「何言ってるんですかイナセ兵士長さん?」
「武器とは要は相手を殺傷する道具、
枝や石ですら武器になります、包丁とツルハシなら十分でしょう」
「いやだからって…」
「じゃぁイナセ兵士長は包丁で戦えと言われたらやるんですか?」
「命令であれば」
「(そうだった…)」
「(この人はこういう人だった…)」
自信があるのか、真面目過ぎるだけか、涼しい顔をしている。
「まぁ聞け2人共、勝敗を決めるのは奇襲部隊だ、
そして訓練兵の役割は前線に敵を留めること、つまりは囮だ」
「「 はい 」」
「訓練兵が魔法を使う相手に近寄れると思うか? 無理だろう、
装備を一式作製するには時間と資材と労力が掛かる、
全員分となるといつになるかもわからん、
はっきり言うが訓練兵にはそれに見合う価値が無い」
「クサウラ将軍は命を軽んじています!」
「待てオタル、話の途中だ、お前は装備を着込んで槍を持つイナセと、
布服を着て包丁を持つイナセが向かって来たらどちらを警戒する?」
「どちらも警戒します」
『 … 』
「油断出来る相手じゃないんで」
『 … 』
即答のオタル、先程メタメタにやられたので素手でも警戒する所存である。
「…例えが悪かったな、訓練兵ならどうだ?」
「まぁ、装備を着込んだ方ですかね、
兜まで被ってたら兵士と見分けがつきませんし」
「だろ?、俺達が魔法が使えないことは敵も知っている、
兵士でもない一般人が服のままツルハシ持って走って来てみろ、
マナは有限なんだ、大した脅威でなければ全力で相手はせんだろ、
運が良ければ足止め程度で済むかもしれん」
「オタル兵士長、戦いが始まれば必ず犠牲が出ます、
現状を打破し可能な限り犠牲を減らために私は提案したのです」
「まぁ…」
オタルが若干納得した。
「私は納得できません、兵士は日頃の訓練で技量と自信を獲得し、
装備を身に纏うことで戦う覚悟と士気を…」
「訓練兵にはいずれも必要ありません」
ターニアの言葉をイナセが遮った。
「多少の訓練程度で技量と自信は身に付きません」
「そうですよ、だからせめて装備を…」
「ターニア兵士長は人を殺めたことがありますか?」
「え?」
「同じ言葉を話す人間を殺める行為は
覚悟などという言葉で表せられるほど軽くはありません」
「…」
「相手にもあなたと同じように家族や友人がいるのです、
怯えた目で必死に命乞いをする者を殺せますか?」
「…わかりません」
「訓練兵の中にはシルフハイド国の方達と面識のある者もいます、
いくらキキン帝のご指示とはいえ無理でしょう、
殺す覚悟も戦う士気も必要無いのです」
「イナセの言う通りだ、元より訓練兵にその辺は求めていない、
囮として森に入り混乱させるだけの役割だ、
戦いは同行する兵士に任せておけばいい」
「「 う~ん…」」
完全に納得はしていない様子、
一応それっぽく聞こえるがよくよく考えるとやっぱり変な気がする、
イナセが何故こんな提案をしたのか謎である。
既に完成している装備類は支給される予定だが、
そんなに沢山無いので多く見積もっても全体の2割程度、
殆どが包丁とツルハシの軍になるので
直面したシルフハイド国側も首を傾げるに違いない。
まぁ、包丁と特にツルハシはその辺に沢山あるし
皆扱い慣れてるので意外と妙案かもしれない。
「ところでクサウラ将軍、肝心の奇襲場所と経路につて
説明を頂けないのでしょうか?」
「おいイナセ、もうすぐ20時だぞ? 今から聞くか普通?」
「明日でいいじゃないですか、俺腹減りましただだだだ!?」
「オタル兵士長も聞きたがっていますので是非お願いします」
「言ってないだだだだだ!?」
「そうは思えんがな…」
「(お腹空いたなぁ)」
オタルの首にイナセの指が食い込んでいる、
横に立つターニアはキリっとした顔でお腹を擦っている。
「はぁ…わかったわかった、俺も休みたいから簡単に説明するぞ」
「ありがとう御座います」
クサウラが嫌々地図を広げたのでオタルとターニアが内心ガッカリした。
「訓練兵と兵士の混合部隊は今いる位置から前進、
この辺りの森で囮として敵を引き付けて貰う、
俺達奇襲部隊が東端の国境から侵入し森に潜伏、
戦闘開始後に頃合いを見てシルフハイド国の北側から奇襲を仕掛ける」
「移動に時間が掛かり過ぎませんか?」
「ターニア兵士長の指摘はもっともだな、
移動には恐らく1日~2日、地形によっては3日掛かるかもしれん、
奇襲部隊は先に行動を開始する」
「そして頃合いを見て攻め込むと、北側に回る理由はあるんですか?」
「敵は南側を警戒している、北側からの奇襲が最も効果的だ」
「「 なるほど 」」
「…、シルフハイド王の居場所は?」
「分からん」
「「 え? 」」
「オタルとターニアの言いたいことは分かるぞ、だが言うな」
「作戦の制度が甘すぎます」
「おい…」
「「 (言っちゃった) 」」
イナセさんは真面目なオジサンだからね、仕方ないね。
「イナセ、お前分かってて言ってるだろ」
「はい、続きをお願いします」
「…ふん、シルフハイド国内の詳細な地図は無い、
おおよその位置は分かっているが情報が古くてな、
結局は現地でどうにかするしかないわけだ」
「宜しいですかクサウラ将軍?」
「提案なら聞く」
「では、私達の最大の脅威はハイエルフです、
空を自由に飛ぶことができる彼らが囮に気が付けば、
即座に都市へ帰還し警戒にあたります、
移動速度は不慣れな森を進む私達の比ではありません、
作戦を成功させるために1度偵察を行いシルフハイド王の居場所を特定すべきです」
「「 (うんうん) 」」
オタルとターニアが頷いている。
「危険な任務だ」
「私が行きます」
「だろうな」
「「 (うんうん) 」」
頷いている、正直イナセが提案して来た時点で皆察していた。
「行くなら止めん、これを持って行け」
クサウラが地図の上に透明な球を置いた。
「使い方は分かるか?」
「はい、お預かりします」
「何ですかそれ? ガラス玉?」
「マナ石ですか?」
「水晶と呼ばれる天然鉱石を丸く加工したもので
マナ石と違いマナに含まれる情報を記録できます」
「情報?」
「どういうことですか?」
「こういうことです」
『マナ石ですか? 水晶と呼ばれる天然鉱…』
水晶玉に記録された先程の会話が再生された。
「すげぇぇぇ!」
「なにこれ面白っ!」
「何年か前にカード王国で確立された技術だそうで…」
「いやもう、そんなんどうでもいいですから」
「イナセ兵士長もう1回、もう1回お願いします」
『マナ石ですか? 水晶と呼ばれる天然鉱…』
「「 うひょひょぉぉぉ! 」」
「そんなに面白いですか?」
「(わからんでもない)」
水晶玉初体験の2人がキャッキャしている。
「落ち着け、とにかく大役だぞイナセ、
作戦の制度はお前が情報の詰まった球を持ち帰れるかどうかだ」
「必ず有益な情報を持ち帰ります、
そのために案内役を1人付けたいのですが宜しいでしょうか?」
「シルフハイド国に行ったことがあるとすれば宮殿務めのお偉いさんくらいだ、
同行するとは思えん」
「1人だけ当てがあります」
「誰だ? 元将軍ではあるまいな?」
「まさか、薬士のテイジンさんです」
『薬士』
薬草とかをゴリゴリしたりして薬を作る人、
確かな知識と経験が必要な仕事なので回復士より少ない。
「テイジン? 聞いたことがある気もするが…知ってるか?」
「俺は知りません」
「南側の外地に住んでる人じゃないですか? 長い髭の」
「外地が、薬士とはいえ4等級以下の者がシルフハイド国に明るいとは思えんが…」
「外地で生活していますがテイジンさんは2等級です」
「「 はい? 」」
「随分と物好きだな、どういう人物だ?」
「良く言えば気さくな人物です、
薬を求めて他国を巡りシルフハイド国にも数か月間滞在した経験があるそうです、
優れた薬士で知識を纏めた本は教材になっています」
「「 へぇ~ 」」
意外と凄い人っぽい。
「年齢は?」
「70歳くらいだったかと」
「…ん? 思い出しだぞ、2等級の昇格式をすっぽかしたヤツが
そんな名前じゃなかったか?」
「うそぉ? そんな馬鹿な」
「そんな人いる訳ないじゃないですかクサウラ将軍」
「俺も会ったことはないからな、だいぶ昔の話で記憶が定かではない」
「どうなんですかイナセさん?」
「知りません、私もそこまで親しい間柄ではありませんので」
「偵察に向かわせるには年齢が気になるが…会ってみるか、今何処にいる?」
「野営地に滞在していますので今からでも」
「良し、今日は終わりだ、野営地に戻るぞ」
「はい」
「飯だぁぁ!」
「失礼します!」
クサウラが立ち上がるより早くオタルとターニアが居なくなった。
イナセ達がいた国境付近の訓練場所から少し南に視点を移すと
川に沿っておびただしい数のテント群が現れる、
ここは兵士や訓練に参加している者達が生活している野営地である。
食料は町から運搬されており、
飲料用は川の水ではなく各地に配置されたタルから注ぐシステム、
水魔法による生成水なのでそのまま飲んでも大丈夫。
(但し管理には注意が必要)
川は主に洗濯と体を洗う用、
スイカっぽい何かとかキュウリっぽい何かが冷やされてたりもする。
野営地の周囲は柵で囲まれており、
木片や枝などの生易しい物では無く、
先を尖らせた丸太を組み合わせた厳重バリケード仕様、
明らかに襲撃を想定した作りになっており威圧感がある。
「いや~今日も疲れたね~」
「飯も食べたし寝るべ寝るべ」
「早すぎ、私なんて今日見張り役なんだよぉ…」
「「 へ~、頑張れ~ 」」
「うわ…めっちゃ他人事じゃん…」
夜間の見張りは全員参加型の交代制、
バリケードに沿って点在している見張り台に数名ずつ配置、
但し、入口付近などの重要な個所は兵士が担当している。
「1人位寝てても大丈夫だって」
「そうそう、最近は兵士さん達の見回りも増えてるし」
「えぇ~でも疲れるぅ…」
表向きは魔物とシルフハイド国の襲撃への備えとなっているが
逃亡阻止の意味合いもあり野営地内を兵士が見回りしている、
キキン帝の指示で最近強化されたため兵士の負担が増した。
「まぁまぁ、どうせ1回で終わりだ、
これだけ大勢いるのに当たる方が凄いべ」
「そうそう、兵士さん達は1週間に1回位はやってるよ、多分」
「じゃどっちか変わってくれる?」
「「 嫌です 」」
「んもう!」
「「 ははははは 」」
逃亡阻止の命令は兵士しか知らないので
見回り強化を純粋に有難がっている人も多い。
「寝てて魔物を見逃さないようにな」
「それかエルフが飛んで来るかも、びゅ~んて」
「来るわけないじゃん、全部エルフのせいだなんて嘘だよ」
「そういうことは言わない約束だべ」
「そうそう、心の奥にそっとしまっておくこと、
ちゃんとご飯も出るし鉱山仕事より楽でいいでしょ」
「えぇ~ちょっと不便じゃない?」
「俺は町に嫁さんと子供を残して来てるから早く帰りたい、
訓練とか嫌、攻め込むとかやめて欲しい」
「(急に真顔やん)」
「(一番言っちゃいけないこと言ってるのでは?)」
現状に対する感想は人それぞれ、
普通に楽しんでいいる人もいれば不安を抱えている人もいる、
共同生活なのでストレスは結構ありそう。
野営地の中には葉っぱが描かれたテントがいくつか点在している。
「あ…ありがとうごじゃ…ました…」
「ちゃんと水分とってね~」
なんだがゲッソリした顔の女性が出てきたこのテントは
回復士が常駐している臨時診療所、
夜間でも駆け込めるよう回復士にも夜勤がある。
「なんか今日お腹下す人多くないですか?」
「多いね~薬なくなっちゃうよ、どうクリムちゃん? やっぱり同じ樽だった?」
「あたり、ちゃんと管理してなかったのね、私ちょっと衛兵さんに伝えて来るわ」
「中身を入れ替えるだけじゃ駄目だからね」
「わかってるわ、誰かが間違って飲まないように抜いておくから
明日洗って貰いましょう、あの臭い草はあるのかしら?」
「ダミダミ草ね、ここにはないけどその辺に沢山生えてるよ、
臭いからすぐに見つかる」
「それも明日適当に集めて貰いましょう、それじゃ」
「「 はい~ 」」
クリムと呼ばれた恰幅の良いオバちゃん回復士がテントから出て行った、
3人の話から察するに樽に溜めてあった飲料水が
管理不足で駄目になっており飲んだ人がお腹を下しているらしい。
「ダミダミ草の臭いってキツイですよね、
薬草箱に入れたくないのも分かります」
「違う違う、この箱に入れるのは乾燥させた物だけなの、
ダミダミ草は乾燥させると殺菌効果が減っちゃうんだよ~、
まぁその分匂いも減るんだけど」
「へぇ~臭いのに意味があったんですね」
「そういうこと~、いかにも効きそうでしょ」
薬草箱から乾燥した植物を3種類摘まんで
薬研でゴリゴリしている髭の男性は
イナセ達が話していた薬士のテイジン、
鞄からパンを取り出した女性は若手回復士のツツシ。
「あれ? ツッシーもう夜食? ちょっとだけ頂戴、半分でいいから」
「お爺ちゃん夕飯さっきばかり食べたでしょ」
「それもっと年寄りに言う言葉ね、ワシこう見えて68歳」
「見たまんまじゃないですか、お爺ちゃんですよ」
「まぁ、何処かに孫がいるはずだからお爺ちゃんではあるけどさ、
68歳って全然だよ~、皆元気元気、
80歳くらいになると流石にボケ始めるけど」
「お孫さんの居場所が分からない時点でボケてませんか?」
「いやそういう意味じゃないんだって、それよりワシも夜食欲しい」
「夜食じゃなくて遅めの夜ご飯ですよ、
患者さんが続いてたから食べてなかったんです」
「え~可哀そう…しかもパンだけなんて悲しい…ちょと頂戴」
「…、はい」
「ありがとう、優しいねツッシー」
パンの端の方をちょっとだけ貰った。
「これいいよ~、パンにおすすめ」
「…それいま薬草箱から出しませんでした?」
「うん、パナモンって名前の~薬草じゃなくて樹皮ね、
血の巡りを良くして体を温めてくれるヤツ」
小箱に入った茶色い粉を摘まんでパンに振り掛けている。
「美味しいよ? どう?」
「じゃちょっとだけ、…あ、美味しい、甘いかも」
「でしょ~、まぁ甘い匂いがするだけで味は無いんだけどね」
「そうなんですか」
「うん、気のせい」
たぶんシナモン的な何かである。
「隣の薬草はどんな効果があるんですか?」
「食後に飲むとほっこりする、後で淹れてあげるよ」
「え、そんな勿体ないですよ」
「いいのいいの、これ只の茶葉だから」
「(なぜ薬草箱に?)」
似てるから常備してるらしい。
「あの、テイジンさん」
「はいはい」
ツツシが人差し指を口に当て小声になるとテイジンが手を止めて体を寄せた。
「希望者がどんどん増えてるんですけど次っていつ頃になりそうですか?」
「暫くは無理、イナセ君が留まってろって言ったし~」
「あれってそういう意味だったんですか?」
「マイちゃんが人数伝えてたでしょ、そういうこと」
「え~でも思いっきり叩いてましたよ? 鼻血ダラダラで」
「それくらいやらないとさ~…」
「失礼します」
コソコソ話をしているとイナセとクサウラがやって来た。
「(うわっびっくりした…)」
「イナセ君残念、マイちゃんはいないよ」
「知っています、いるなら来ていません」
「またそんなこと言ってさ~、素直に謝って仲直りしたらいいじゃない、
辛い時に支えてくれるのはマイちゃんなんだから」
「無理です、私にも譲れないものがあります」
「イナセ、その話は俺が帰ってからにしてくれ」
「すみませんでした、この方がテイジンさんです」
「あども、ワシ薬士のテイジン、薬のことならなんでも聞いてね」
「なんか…思ってた感じと違うな」
「誰にでもこんな感じです」
良く言えば気さく、悪く言えば礼儀知らずである。
「それと薬用の薬草を食べたりします」
「大丈夫なのかそれは…」
「薬草って料理の隠し味とか臭み消しとかに使えるんだよ~、
体に良いけど食べ過ぎると毒になるから注意してね」
なんだかんだ言いながらも腹を下した人用の薬をゴリゴリ作成中、
変わってはいるが仕事はしっかりやるタイプである。
「シルフハイド国に滞在したことがあるというのは本当か?」
「懐かしいねぇ~、何十年も昔の話だよそれ、
森で草とか毟ってエルフの人達に使い方教えて貰ったよ」
「(いや草て…草だけど)」
「クサウラ将軍、如何でしょうか?」
「他に当ては無いが…体力面の心配がな、
息切れでもしてもし捕まれば只ではすまんぞ」
「イナセ君何の話してるの? 将軍ちゃんがなんか怖いこと言ってない?」
「私はシルフハイド国の偵察に向かいます、
テイジンさんには道案内をお願いしたいのです」
「えぇ~ワシもうお爺ちゃんだし、足腰弱っててさ…」
「(さっきと言ってることが違う…)」
シオシオの顔で薬研をゴリゴリするテイジン、
ツツシがパンを齧りながら目を細めている。
「だそうだ、他を探すか?」
「いえ、それには及びません、これを」
イナセが鞄から葉っぱの包みを取り出しテイジンに手渡す、
紐を解くと白米のオニギリが3つでてきた。
「おぉ~いいじゃない、中身は?」
「全て味付け昆布です」
「いやっほ~う! ワシ元気になっちゃったかも~!」
「(オニギリでどうにかなる問題か?)」
大好物だったらしい、クサウラが訝しんでいる、
カード王国はパン文化寄りだがキキン帝国は米文化が強めである。
「クサウラ将軍、3日後の早朝に出発します、
くれぐれも未熟な監視役を付けないようにお願いします」
「分かっている、気を付けろ」
「はい、テイジンさんもよろしくお願いします」
「はいはい~うぐ!?」
「お爺ちゃん、ちゃんと噛んでから飲み込まないと、はいお茶」
「んぐんぐ…ふぅ…助かったよツッシー、お礼に残りの2つあげる」
「ありがとう御座います」
「(本当に任せて大丈夫なのか?)」
クサウラは少し不安になった、
そしてオニギリはツツシの夜食になった。




