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245話目【2つの出来事】

今回はシルトアがキキン帝国の境付近から宮殿に移動している間に

カード王国内で起きていた2つの主な出来事を見てみよう。


1つ目の出来事は、

王都バルジャーノにある王城のとある1室、

椅子に腰かけているのはカード王ヨーフスと王妃アメリエ、

テーブルには1~12の数字が書かれた札と

細やかな装飾と宝石が散らばめられた20センチ程のダーツっぽい矢、

執事が直径1メートル程の円盤をクルクル回して動きを確認している。


「(問題なし、錆びついてなくて良かった)」


止まった円盤には中心から12分割で線が引かれており、

時計回りに1~12の数字が割り振られている。


国の最高位者の2名が揃い、

回転する円盤とダーツっぽい矢を使用して何かを始めようとしている。


まぁ、大体の人が想像しているアレである、

特に30代以上の方であればパジェロの掛け声が聞こえて来るであろう、

東京フレ〇ドパークのアレ。



「それでは交互にお好きな番号を2つずつお選び下さい」

「どうぞ、お先に」

「いや、前回は私からだったからな、今回はアメリエに譲ろう」

「ほほほ、気を使わなくてもいいですのに、では1番と7番を」

「畏まりました」


執事が1と7の札を取りアメリエと書かれたボードへ移動。


「2番と3番」


2と3の札がヨーフスのボードへ。


「そんなに固めても確率は変わりませんよ、お互い6箇所ずつなんですから」

「それはそうなのだが、纏まった方が多少は当たり易いと思ってな」

「前回は1つ飛ばしで綺麗に分かれていたのに、9番と11番ね」

「あれはあれで秩序があって良かった、4番と5番」

「10番と12番、はい、これで1つでも多く纏まったでしょ」

「では残りの6番と8番をヨーフス様に」


丁度半分ではないが5つの纏まりのある左右対称の形になった。


「ふむ、この位纏まればなんとかなるか、心使い感謝する」

「ありがとうでしょ、堅苦しいわねぇ、ね、チロシン」

「公務中でありますので、致し方ないかと」

「うむ」

「んま、私達以外に誰もいないのに2人共真面目ねぇ」


チロシンはカード王の執事、よくシルトアに書簡を渡す人である。


「それにしても、ほほほ、纏めて当たり易くするなんて、

 前回私の案が採用されて余程悔しかったのかしらねぇ」

「う、うむ…(別に悔しいくはないのだが…)」


カード王と王妃が仲睦まじく遊んでいるように見えるがそんなことは無い、

これもまた立派な公務の一環である。


数字の書かれた札を振り分けたボードの上に、

『都市名、領主名決定会議』と書かれている。


キキン帝から流入が予想される難民対策のために、

国境付近に突貫工事で建設予定の新しい都市名と、

その領主に任命去られたホラントの領主名を決めようとしているのだ。


領主名とはレジャーノ・パルメザ伯爵のレジャーノや、

ロックフォール・ペニシリ伯爵のペニシリの部分、

現役領主とその親族だけに与えられる苗字のこと。


第2回ということは当然第1回があったわけで、

前回の対象は古のカンタルとフルムド・アントル伯爵である。


「(よもや2回目があるとはな…)」


フルムド伯爵以前の任命は300年以上前だったので、

当然カード王は初体験、どのように決めるか迷っていたところ、

王妃が自身に溢れた顔で案を出してきたため無下にも出来ず、

カード王と王妃の案を2つ並べてダーツで決めることにしたそうな。


ということで、今回使用している道具一式は前回の使い回し、

誰も再使用を想定していなかったので、

よく見るとボードの頭の部分に小さく『第2回』と付け加えられている。





「私の方に当てても良いのですよ、

 皆が納得する美しい響きの案を考えてありますから」

「う、うむ…(それが心配なのだ…)」


何やら浮かない顔で矢を持つカード王、

執事が円盤をコロコロと遠ざけて行く。


「もうその辺りで良いのではなくて?」

「はい、それではヨーフス様、お願い致します」

「うむ」


立ち上がりグルグル回る円盤に向けて矢を構えるカード王、

ふぅ…と息を吐き右肩をモミモミしながら椅子に座り直した。


「ヨーフス様、如何されましたか?」

「なに心配はいらぬ、少し肩の調子が悪いようでな」

「大丈夫ヨーフス? あまり無理はなさらないで」

「ははは、老いには敵わんな、数歩先の的に矢を届かせられぬとは」

「日を改めますか? それともアメリア様がお代わり?」

「う~む、どちらにすべきか?」

「私にやらせてヨーフス、1度やってみたかっt…」

「は~っはっはっは! 話は伺いまいたよ父上、その大任!

 僭越ながら私がお代わり致しましょう!」


勢いよく扉を開けて笑顔全開のヨトラムが入って来た。


「んま! そんなに大きな音を立てて、静かになさいヨトラム」

「お元気そうでなによりです母上、今日は暑くもなく寒くもなく、

 実に過ごしやすい天気ですね! はははは!」

「静かになさいと言ってるでしょ! 貴方という人は、もう本当に話を聞かない」


母親公認の仕様です。


「公務の邪魔をしてはいけませんよヨトラム、失礼致します」

「あら、モレナさんもいらしたの?」

「はい、レジャーノ伯爵から期間限定のお菓子を頂きましたので、

 是非アメリエ様にもと思いまして」

「あらあら本当~? さぁさぁこちらへ、チロシン椅子と飲み物をお願い」

「畏まりました」

「椅子は私が持って来るので必要ありませんよ~」

「ありがとう御座いますヨトラム様」

「はははは、お安い御用です」


テーブルを囲む王族の皆さん、

お菓子の入った箱を前に王妃がソワソワしている、

執事が静かに紅茶を配り終えるとモレナが箱を開けた。


「んまぁ~ケーキ、宝石みたいに輝いて素敵ねぇ~」

「どれも美味しそうです」


3種類6個のケーキに王妃(72歳)とモレナ(50歳)が小さく拍手している、

年甲斐もなく目を輝かせてキャッキャする2人に

ヨーフスとヨトラムの口角が上がった、

流石は親子というべきか横並びで笑う顔が同じである。


「あらでも6個、モレナさんのところは4人家族よねぇ?」

「家族へと書かれていますのでアメリエ様とヨーフス様の分も含まれていたようです」

「んまぁ~嬉しい、チロシン、何かお礼を送っておいて」

「畏まりました」

「(流石はレジャーノ伯爵)」

「(抜け目がない)」


王妃の中でレジャーノ伯爵の株が上がった。


「アメリエ様はどれを食されますか?」

「迷っちゃうわねぇ、どれも綺麗で美味しそうですもの…」

「では私の分もどうぞ、その代わり矢を頂きます」

「いいのヨトラム? あでも1人だけ2個食べるなんてはしたないわ…」

「(ふむ、やはりな)折角のレジャーノ伯爵の心配りだが、

 今は紅茶だけで充分だ、私のケーキはモレナさんに譲ろう」


紅茶を飲みながらモレナに目配せするカード王。


「ありがとう御座います、さぁアメリエ様」

「でも~私達は1つにして子供達に2つずつ残してあげた方が…」

「たまには良いと思います、ここだけの秘密にしましょう、ね?」

「「「 はい 」」」


男性陣が頷いている。


「私はこの2つにします、アメリエ様はどれをお選びになりますか?」

「それじゃこれと、この丸いヤツにしようかしら」

「交渉成立ですね母上、ということで矢は私が頂きます、

 チロシンさん円盤を回して下さい」

「畏まりました」

「(よしよし、後はヨトラム次第だが…)」


カード王が内心少しだけ安堵している、何やら思惑があるらしい。


「う~ん、少し近いですね、もっと離れて頂いた方が、もう少し、もっとですね」

「(何をしておるのだヨトラム? そんなに離れては…)」

「これ以上は離れられませんが…」

「ふむ、ならば私が離れましょう」


円盤と執事は壁際へ、ヨトラムが反対側の壁際まで離れて振り返った。


「んま、何故そんなに離れているのヨトラム? 的に当たりませんよ」

「ははは、折角ですので母上を驚かせようと思いまして」

「(っほ、只の冗談か)」

「8番を狙います、回して下さい」

「(ヨ、ヨトラムゥゥゥゥ!?)」

「チロシンさん危ないですから離れて下さい」

「は、はい…(え? 投げちゃうの?)」

「ちょっと待つのだヨト…」

「いきますよ~そいっ!」


振りかぶった右腕から放たれた矢が視界から消える、

風切り音の後にパンっという乾いた音が聞こえた。


「(…矢は何処へ? 当たったのか?)」

「まぁ凄い、若いわ~」

「ははは、私はもう50歳です、若くはありませんよ」

「私達に比べたらまだまだ若いわ、そんなに体が動かないもの、

 モレナさんもお肌がとっても綺麗」

「ありがとう御座います、アメリエ様もお美しいです」

「本当? ほほほ、嬉しいわ」

「チロシンそれを止めてくれぬか? 何処に当たったか分からぬ」

「畏まりました、ん?」


執事が円盤を止めコロコロとテーブルの前まで運んできた。


「…矢が見当たらぬが?」

「ヨーフス様、こちらです」


8番の丸の部分に穴が開いている、どうやら貫通していたらしい。


「どうです父上、母上、宣言通りでしょう!」

「(た、助かった…)」

「子供みたいにはしゃいで、たまたまでしょ、お座りなさい」

「そんなことありませんよ、ね、モレナ?」

「たまたまです」

「違うよモレナ~ちゃんと狙ったんだって」

「ま、まぁ、いずれにしろ8番なら私の案が採用だな」

「良かったですねヨーフス、望みが叶いましたよ」

「う、うむ」

「それではヨーフス様、都市名と領主名をお願い致します」

「おほん、新たな都市名はコルビー、領主名はモントレーとする」

『 おぉ~ 』


ホラントが治める町の名前と領主名が決定した。


「因みに、アメリエの案はどのようなものだったのだ?」

「都市の名前はマーブル、領主名はフリベルト、

 響きが美しいでしょ? 特にフリベルトは傑作だと思うの」

「う、うむ…そうだな(危ないところであった、よくやったぞヨトラム)」

「「「 (う~む…) 」」」


目を細めるヨトラム、モレナ、執事、

どうやらカード王とグルだったらしい。


至高都市カースマルツゥのフラミルド伯爵と

古のカンタルのフルムド伯爵、

何故似たような伯爵名が存在しているのかというと

『第1回、都市名、領主名決定会議』の勝者である王妃が

個人的に美しいと感じる領主名を採用したからである。


※カンタルは過去の都市名をそのまま流用した。


その結果、

「役所の者達が間違いやすいので変更して欲しい」

と、レジャーノ伯爵からカード王へ相談があったのだが、

既に公的に発表した後であり、王妃が大変気に入っていたので変更できなかった。


そしてこの度、

まさかまさかで誰も予想していなかった

『第2回、都市名、領主名決定会議』が開催、

王妃の考えを否定せずに自然な流れでカード王の案を

採用するため講じられた策が代投ヨトラム、

モレナと執事チロシンも協力者である。


まぁ、蓋を開けてみればフリベルトというニアピン案を持って来ていたので、

1/2の運否天賦に賭けるより、元Sランク冒険者の実力に頼って大正解だった。


「(ヨトラムの想定外の行動には肝を冷やしたが、

  なんとかなったぞレジャーノ)」


裏工作によりカード王の不安は解消され、

壁に突き刺さった矢は使用不能になった。








そして2つ目の出来事は、

時を同じくしてダナブル。

※時系列的はクリクリクッキー開催以前、

 ロックフォール伯爵とフルムド伯爵がダナブルに帰還する前の話。


城壁の外側に色とりどりの冒険者が集まっている、

なにやら緊張感漂っており、各々武器や盾を構えて戦闘態勢、

前衛を近接職、後衛を魔法職のセオリー通りの配置で1点を見つめている。


視線の先にいるのは魔物では無くムキムキマッチョの生きる伝説、

元Sランク冒険者、隻腕のパトリコである。


「すげぇ~、ここから見ても迫力が伝わってくる」

「お前参加して来たらどうだ?」

「無理無理、絶対無理」

「俺も無理、あんな状態のパトリコさんと対峙したら失神する」


城壁の上から衛兵達が観察中。


「いったい何の騒ぎだ?」

「あ、カットウェル衛兵長」

『 お疲れ様です~ 』

「おう、お疲れ、それでこれは?」

「実戦方式でパトリコさんと訓練するそうです」

「実戦方式? 大丈夫なのか?」

「攻撃魔法は使用しないそうなので町への被害はないと思います」

「冒険者全体の底上げが狙いみたいです」

「それでこの人数か、しかし、また随分と気合が入っているな、

 見たところ低ランクの者も混じっているようだし、只ではすまんぞ」


つまりは、パトリコ対ダナブル冒険者(大人限定)という構図、

攻撃魔法が使用禁止でも扱う武器は全て本物なので

怪我はほぼ確実、当たり所が悪ければ死ぬ可能性がある。


「(まぁ私は回復役だし大丈夫でしょ)」

「(前衛は大変そうだなぁ)」

「(おっかねぇ~へへ、あいつビビッてやがる)」


当然それなりの覚悟で参加している筈なのだが、

中には気の抜けた者が数名いるようで…。


「(あの辺は死ぬかもなぁ…)」


カットウェル衛兵長から心配されている。


「(ありゃ訓練の意味を理解してねぇな)」


当然パトリコにも見透かされている。


「(ん? おいおい、対象外だと伝えただろうに、…いいぜぇ、

  来るなら来な、その気概、どれ程の物かアタシが試してやるよ)」


岩陰から覗いている少年を見つけて笑パトリコが拳を握り込んだ、

なかなか凶悪な笑みを浮かべている。


「よく聞きなヒヨッコ共! ここから先は待ったなしだ!

 命を掛ける覚悟の無いヤツは今直ぐ何処かに消え失せな!」

『 … 』


その場から離れる者はおらず全員無言の参加表明、

最前列のAランク冒険者達が武器を握り直した。


「そうかい、始めるよギルド長!」

「気合入れろ~マジで死ぬぞ~」


ギルド長の緩い声援で訓練開始。


「さぁ、誰から来るんだい?、オギーニ? ロドリゴ? 

 それとも後ろに回ったセレフィラかい?」

「(うっ、バレてる…当然か)」


2刀使いの女剣士がパトリコの前にいる2人に対して小さく首を振る。


「俺に行かせてくれ」


全身真っ黒な甲冑を着込んだ大剣使いが1歩前に出た、

顔が確認できない兜の奥から只ならぬ意気込みを感じる。


「パトリコさん、今日は本気で相手をして貰えるんですよね?」

「あぁ、骨身に染みる程にな」

「手を出すなよオギーニ、セレフィラも」

「本気か?」

「冗談でしょ、3人で協力しても相手できるかどうか」

「またとない機会だ、自分を試してみたい、頼む」

「…分かった、ロドリゴとパトリコさんの一騎打ちだ、皆少し下がれ」


オギーニがパトリコから目を逸らさずに

ハルバートで周りの冒険者を押し下げる。


「仕方ない、私達も下がるよ、ほら」


後方ではセレフィラが同様に押し下げた

但し、こちらもパトリコから決して目を逸らさず警戒したまま、

流石はAランク冒険者、自分達が死線上に立っていることを理解している。


「仕掛けても?」

「魔物相手にもそうやって尋ねるのかい?」

「いや…ふん!」

「いいねぇ、心地良い重さだ」


振り下ろされた大剣をハンマーの柄で受け止め不敵に笑うパトリコ。


「油断するんじゃねぇ!」


大剣を払い退けながら黒光りする胴を蹴飛ばした。


「っく…(いきなり蹴るとは…)」

「ロドリゴ避けろ!」

「!?」


ロドリゴが態勢を立て直すよりも早くオギーニの声が響いた、

後方に身を捩りながら狭い視野から状況を探る、

迫りながらハンマーを横薙ぎするパトリコが見えた。


「…ぅ、っ!」


脳裏に浮かんだ不吉なイメージを振り払い、

持ち手を返して予測される右の脇腹に大剣を運ぶ。


「おらよぉ!」

「だがぁっ…」


ロドリゴの予測と行動は正しかったが防ぎ切るには至らず、

剛腕から放たれたハンマーが大剣を叩き割った。


「(な…)」


参加した冒険者達の大半は正しく理解できていない、

実戦を想定した過酷な訓練に、命を危険に晒す行為に、

武器を折られただけで驚くなどというな甘えは許されない。


ハンマーは勢いはそのままに黒光りする胴当てを陥没させ、

180センチはあるロドリゴを軽々と宙に舞わせた。


「がはっ…はっ、が…はぁ…げほぁ…」


地面に転がり兜の隙間から血と苦悶の呼吸を漏らすロドリゴ、

開始早々の惨劇に絶句する一同、場の空気が凍り付いた。


「さっさと立ちな、そうじゃねぇと死ぬぜ」


パトリコがハンマーを肩に掛け悶絶するロドリゴに向かって歩き出す、

殺気を感じ取った者達は素早く行動に移した。


「オギーニ!」

「あぁ!」


先に飛び出したセレフィラにオギーニが呼応、

パトリコと2対1の激しい戦闘を開始した。


「こんな…やり過ぎ…」

「怖ぇ…」

「ちょとパトリコさん…」

「何突っ立ってんの! ロドリゴを殺す気!」

「邪魔だ! 退け! ヨモギ急いで!」

「早く甲冑脱して! たぶん圧迫されて息が出来てない!」


半ば放心状態の冒険者達を掻き分けて、

Aランクチーム『3色団子』のサクラ、モチチ、ヨモギが駆けつけて来た。


「まだ生きてる?」

「ギリギリな、くそっ、変形してて…」

「ベルト切った方が早いよ、私がやる」

「おらぁ! 何してんだお前等! 前に出てこっちに来ないように盾になれ!」

「え…僕盾役じゃないし…」

「私Cランクだからあんなの…痛!?」

「ちょと…痛、何するんですか!」


サクラが目を逸らした冒険者2人を引っぱたいた。


「お前等、覚悟決めて参加したんだろ?

 実際にこの状況になったら死にかけの仲間を見捨てるのかよ、

 役割やランクで行動を決めてんなら今すぐ冒険者辞めろ馬鹿野郎!」 

「「 ごめんなさい… 」」


ガッツリ怒られてシュンとした。


「はぁ、はぁ…すまな…うっ…」

「まだ喋らないで、肋骨折れてるんだよ、内臓も傷ついてるかも」

「兜も取ろう、息苦しそうだ、サクラも回復手伝って」

「了解~、歩けるようになったら後退するぞ、

 ドーナツ先生に看て貰った方がいい」


トナツとサジウスはギルド長の横で観戦中、

怪我人は想定内なので重症者のために医療班が用意されている。



「(1撃が重い、俺だけでは防戦一方になる…)」

「(なんでこんなにムキムキで早いのよ、不公平でしょ)」

「ははぁっ! いい腕してるよ2人共」

「せやぁ! (よく言う…)」

「おわ!? (首無くなるかと思ったぁ)」

「だが、そろそろ一旦止めにしようか」

「ちょ、ズルいって…」


パトリコが背後から突き出された剣を首を傾けて避け、

剥き出しの刀身を義手で鷲掴みにした。


「っち…」

「そらよ」


セレフィラが握力勝負で勝てる訳もなく、

引き抜かれた剣は前方のオギーニ目掛けて飛んで行く。


「!?」

「…嘘…ちょ…」

「あ…(セレフィラ死んだな…)」


オギーニが飛んできた剣を弾き一瞬目を離した隙に、

セレフィラの首と剣を持った左手首がパトリコに掴まれて宙に浮いていた。


「パ、パトリコしゃん…」

「ロドリゴが戻って来てから出直して来なぁ!」

「ぎゃぁぁぁ!?」


そのまま思いっきりぶん投げられ冒険者達の後方に消えた。


「これで俺一人ですか」

「応援は来ねぇぞ」

「みたいですね、信頼されてると思えば悪くないです」

「残念だがそうじゃねぇだろ、さっきサクラが激を飛ばしたってのに

 未だにピンと来てねぇヤツがいやがる」

「えぇ、このままでは良くない、この訓練は良い教訓になる筈です」

「下の奴らに教えてやらねぇといけねぇからな、暫く時間をくれ」

「わかりました」

「それと次来る特はロドリゴに兜を付けさせるなよ、ありゃ視野が狭すぎるぜ」

「彼なりの拘りらしいですけど、身に染みたでしょう、

 胴当ても使い物にならなくなりましたね」

「丁度いいさ、それくらい身を晒した方が甘えが無くなる、

 傷を負ってこその冒険者さ」


膨れ上がる威圧感に身構えるオギーニ。


「…、はぁ!」

「おう!」


先手の突きは払い除けられ、そから先は防戦一方に。


「おらぁ!」

「うごっ…」


ハルバートの柄を掴まれ顔面に拳を受けて吹き飛ばされた。


「ふぅ~…誰も来ねぇのかい?」

『 … 』

「お前等を守っていた前衛が壊滅したぜ、誰かが前に出ねぇと後衛が危ねぇ」

『 … 』

「そうかい、ならこっちから行くぜぇ!」

『 ひ… 』


迫り来る巨躯に逃げ惑う冒険者達、 

開始前の覚悟は何処へ消えたのか完全に恐怖に飲まれている。


「ちょちょちょ、皆逃げるんじゃないわよ~前衛でしょ、

 お~いちょっと~、何のために参加してんの、覚悟決めて来たんでしょ~」

「オメェもだよ」

「…っは?」


モーゼの十戒の如く割れる冒険者達、

他人事だと思い気の抜けた言葉を吐いていて魔法職の前に

ハンマーを担いだパトリコが現れた。


「わ、私は只の回復役で…」

「最初に言ったよな、参加するなら命を掛けろと」

「え…でもそれって戦闘に参加する前衛の…」

「戦場では前衛も後衛も皆等しく命を掛けてんだ、違うか?」

「そうですけど…でも攻撃魔法禁止で…普通の状態じゃないから…」

「マナ切れは想定してねぇのか? 

 自分が無力な状態なら尚更危機感持って行動すべきだろ」

「はぁ、すみません…いやでも回復魔法だけ

 許可された状態でそんなこと言われても…中途半端っていうか」

「なら使いな」

「え?」

「特別に許可してやる、全ての魔法を使って抵抗してみな」

「そんな急に…」

「オメェが言ったんだろ、やるのか? やらねぇのか?」

「わ、わかりました、やります、後で文句言わないで下さいよ」

「あぁ、オメェもな」


冒険者が杖を持って走り出し魔増石にマナを込め始める。


「ライトn…んん!?」


雷撃を放つ前にパトリコが腰に装備していた鞭で杖を絡め取った。


「どうした? 攻撃して来な」

「そ、そんな…杖…」

「杖が無くても魔法は使えるだろ、何迷ってんだい?

 死にたくねぇなら…全力で抗いなぁ!」

「い、嫌…嫌…」


容赦なくハンマーを振り上げるパトリコ、

あまりの迫力に冒険者がへたり込んで小さく首を振ってる。


「あば、あばばばば…あっばばっばば…た、助…助け…」

「(パトリコさんは本気なのに誰も助けに行かない、なら俺が行こう)」


泣きながらガタガタ震える冒険者の前に盾と短剣を持った子供が飛び出してきた。


「来たかい坊や、アタシの前に立つ意味を理解してるんだろうねぇ」

「はい、覚悟はできてます」


こっそり参加していた松本である、

バトー直伝の立ち方で盾を構えパトリコと対峙している。







「やっぱりね、絶対来てると思った…」

「いいのかトナツ…?」

「良くないでしょ、ギルド長~」

「おい誰か~チビッ子が乱入してるぞ、危ないから摘まみだせ~」

「はい~(何やってんのぉぉぉマツモト君!)」


医療班待機所からヤルエルが走って行った。


「すみませ~ん! ごめんなさいパトリコさん、ほらこっち来てマツモト君」

「…」

「…」

「マツモト君~! 危ないよ~!」

「…、いい目だ坊や、受けてみるかい?」

「はい」

「やるなら本気さ、真面に受けたら下手すりゃ死ぬぜ」

「はい、理解しています」

「ちょと2人共…」

「ヤルエル! 黙って見てな」


パトリコがハンマーを構えると空気がピリ付き出した。


「(この纏わりつく重さ…殺気…)」


先程まで噴き出していた汗がピタリと止まる程の恐怖、

手負いのコカトリスとは比べ物にならない

濃密な暴力が振るわれようとしている。


「(上は受けられない、横なら…)」

「おらよぉ!」

「(右っ!)」


迫るハンマーに合わせ左手の盾で右半身を覆う、

ナイフを持った右手を折り曲げて肩から肘で盾を支え、

全身に感覚を張り巡らせ衝撃に備える。


「…!?」


ハンマーが接触した際の衝撃は松本の想像を遥かに超えており、

瞬時に全ての筋肉と関節を動員し衝撃を緩和しようとするも、

小細工を嘲笑うように押し込まれた盾が右腕にめり込んだ。


「(っ、無理だ…受けきれない…)」


鈍い痛みを押し殺しながら

前に出していた左足から後ろの右足へ重心を移し、

体軸を傾けながら体に沿って盾を回転させハンマーを左へ流した。


「(危ない…ギリギリだった…)」


元の立ち位置から左後方へ5歩程弾かれたがなんとか踏み留まった。


「膝を付かず背中も見せていない、上手いもんだ、正直驚いたよ坊や」

「…いえ」

「盾の位置がさっきより下がってるね、身体は無事かい?」

「いえ、右腕がちょっと…」


上腕骨が綺麗に折れました。


「生死の境目を搔い潜り、負傷しても盾を構え、未だに気を緩めていない、

 いいねぇ、傷に恥じない気概を感じる」

「どうも」


そっけない返事を返しながら右腕の回復に勤しむ松本、

全く余裕がないどころか完全にキャパオーバーである。


「1つ聞きたい、何で危険を冒してまでその場で受けたんだい? 

 いっそのこと盾ごと吹き飛ばされた方が安全だし、

 アタシから離れられる、実戦なら生存率は上がると思うがね」

「俺がこの場に留まらなければ後ろの人が死にます」

「これは訓練だよ、坊やが心配しなくても命までは取りはしないさ」

「そうですね、極限の状態を乗り越える訓練です、

 でももし、これが実戦で後ろに子供が居るとしたら、

 俺は絶対に離れる訳にはいかない、

 誰かが助けに来てくれるまでここで堪えるしかないんです」

「…ふ、だはははは! 良く分かってるじゃないかい坊や!」


パトリコの殺気が消えた。


「聞こえたかいヒヨッコ共! 子供に先を越されて恥ずかしくないのかい! 

 もう1度参加した意味を考えな!」

『 すみません… 』

「皆~ロドリゴが戻って来るまで私参加しないから~!」

「俺もだ! それまでは自分達だけで立ち向かえ! 

 普段のチームメンバー以外共連携するんだ!」

「絶対にパトリコさんには勝てないんだから、

 無理に攻撃せずに仲間を守ることに集中して~!

 後衛は自分の身を守れる立ち回りを意識しながら回復と指示!」

「俺達が戻ってから反撃に転じるぞ!」

『 はい! 』


松本の乱入とセレフィラとオギーニの指揮でなんか良い方向に転がった。


「何か、いだだ…代わりの武器は無いか?」

「ほら動かない、先生が調べられないでしょ」

「派手にやられたくせに頑丈だな~ロドリゴ」

「樽に入ってるヤツ適当に使ったら? なんか一杯あるし」


3色団子によって医療班に担ぎ込まれたロドリゴはそこそこ復活。


「どうサジウス?」

「骨は治ってる…内臓は…」

「ぐぅ!? せ、先生…」

「まだみたいだね、吐血してないし大丈夫大丈夫」


トナツに右脇腹を押されて悶絶するロドリゴ、やっぱりまだ復活してない。




「坊やはここまでにしときな、やりたけりゃ後で相手してやるよ」

「わかりました、よろしくお願いします」

「それじゃパトリコさん頑張ってね」

「おう、ヤルエルも裏方を頼むぜ、盾を多めに用意しといてくれ」

「了解、凄かったよマツモト君、よくパトリコさんのハンマー受けられたね」

「只の訓練ですからねぇ、絶対本気じゃなかったですよ」

「そう? 結構迫力あったけど」

「そうですよ~本気だったら今頃俺2つになってますって」


松本はヤルエルと撤収、

ギルド長にメチャクチャ怒られてトナツにネチネチ怒られた。


「あば…あばばばばば…」


松本の後ろにいた冒険者は余りにも精神的なショックが大きかったらしく、

訓練に復帰できず暫く寝込んだ。

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