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242話目【ヴォルトという精霊】

カード王国の王都バルジャーノには他の町には無い特別な建物がある、

そこは城壁と堀に囲まれ町とは完全に隔離されており、

中に入るには開閉式の吊り橋が掛けられた城門を通る以外なく、

周辺は近衛兵によって昼夜問わず厳しく監視されている、

そう、カード王の王城である。


そんな一般人には全く縁のない場所に足を運ぶ人達と言えば

他国の重役や特使、そしてカード王国の領主達である。


この日は210話目【夢の続きと領主会議】の同日、

ルドルフ、ミーシャ、ロニーがタルタ国か帰還し持ち帰った情報と、

シルトアがキキン帝国を視察した情報、

シード計画の開示、10年前の王都襲撃犯の処遇などなど、

盛り沢山の報告と今後の対策の話し合いで領主達がグッタリした日。

(襲撃犯達の裁判があったのは2日後)



なんやかんやあった後、ギルド長ダルトンから連絡を受け、

城門の前に1人の冒険者が降り立った。


「カード王からの召喚を受けて来ました」

「どうぞ、場内での飛行はお控え下さい」

「わかってますよ~(今日の夜ご飯何食べようかな?)」


空飛ぶ僕っ子、Sランク冒険者、空のシルトアである。


「おや、もうじき夕暮れだというのに呼び出されたのかい?

 君も大変だねぇシルトア君」

「あ、白帝も召喚…って、どうしたんですかその恰好?」


如何にも身なりの高そうな格好でヨトラムが花壇に手から水を撒いている。


「防衛団長です」

「あ、そうでした、(どうしても癖が抜けないんだよなぁ…)」

「現役の君がそれでは困るよ~手本になって貰わないと、

 引退して何年も経っているのに皆私を白帝と呼ぶんだ」

「それだけ親しまれてるってことですよ、

 未だに憧れて冒険者になる子供がいますもん」

「ははは、本当かい? 光栄だけど少し複雑かな、

 一緒に頑張っている防衛団の人達に申し訳ない、さてと…」


水撒きを止めてヨトラムが通路に出て来た。


「そろそろ戻らないとモレナに怒られてしまう」

「あ~もしかして領主の方達と食事会ですか?」

「タルタ王も交えてね、シルトア君も参加するかい?」

「僕は酒場の方がいいので遠慮します」

「私もさ、そうだ、実は防衛団に新しい仲間が参加する予定なんだ」

「へぇ~良かったですね、どんな人ですか?」

「氷魔法に長けていて…」

「へぇ~…」




そして謁見の間、一段高くなった玉座に座るはカード王ヨーフス。


「こちらが書簡になります」


執事から書簡を受け取りシルトアが玉座の前で跪くとカード王が立ち上がった。


「本来ならば王自ら出向かねばならぬところだが、

 急を要する故、其方の力を借りねばならぬ、

 責務を軽んじることなく、与えられた権限を恣意的に扱うことのないように願う」


シルトアの右肩に王笏をあてがい頭上を越えて左肩へ。


「空のシルトアよ、我が国の代表として特使に任命する」

「心してお受け致します」


みたいなことがあり。




夕日に染まるギルド裏の喫煙所、

目覚まし草をプカプカふかす白髪の増えたダルトンと

煙を風魔法で押し返しているシルトア。


「ふぅ~…んで、どういう内容だったんだ? ちょっと依頼書見せてくれ」

「嫌です」

「おいおい、最年長ギルド長よ俺、もうちょっと信用してくれてもいいだろ?」

「嫌です、信頼の問題じゃありません」 

「あ、そう、今更嫌いになっちゃったわけ? 長い付き合いだもんなぁ~俺達」

「変な言い回ししないで下さい、聞いた人に誤解されます」

「そういうことは恋愛の1つでも経験してから言いなさい、

 俺はもうお爺ちゃんよ~孫が3人いて、ジィジ格好いいって評判なんだから、

 どうすんのシルトアお嬢ちゃんは? もう26歳でしょ?」

「いいじゃないですか、僕は忙しいんです!」

「同じSランクのノルドヴェルさんは恋人いるよ~、しかも遠距離で、

 ふぅ~…素直に遊びたい年頃だって言えっての、

 そんな言い訳は娘を育てた俺には通じません」

「むぅ…クソジジイ」

「クソジジイじゃありませんジィジです~、

 真面目な話、結婚する気があるならそろそろ行動に移しとけよ~」

「僕のことより、何時までギルド長続ける気なんですか?」

「俺だって辞めたいっての、今ハルマキに仕込み中だ」

「結構感情出す人ですけど大丈夫ですか? 

 タンタンさんの方が向いてますよ、それかフカヒレさん」

「タンタンは気が弱い、フカヒレは継ぐ気無し、

 俺が大丈夫だったんだから大丈夫だろ、ようやく引退できるぜ~」

「長い間お疲れ様でした」

「おう、そん時は花でも贈ってくれ、ふぅ~…」


煙を吐き出し吸い終わった目覚まし草を指で弾くダルトン、

空中で燃え尽きてバケツに灰が落ちた。


「はい、依頼書」

「お? 極秘だったんじゃないのか?」

「匂いが付くのが嫌だっただけです」

「あそう…目覚まし草愛好家はマジで肩身せまいよな~…」

「臭いんです、ずっと運ぶ身にもなって下さい」

「はいはい…悪かったですよ…」


依頼書を差し出しながら風魔法で空間を換気するシルトア、

なかなかの強風に煽られダルトンが大変なことになっている。


「え~と、魔王に対する精霊様のお考えを再度確認し、

 そのお言葉もってキキン帝国へ説明を行い、

 シルフハイド国への侵略行為を阻止すること。

 また、阻止できなかった際、各国の賛同が得られた場合に限り、

 武力を用いてキキン帝国の侵略行為を阻止すること。

 賛同が得られなかった際は2国間の問題とし、シルフハイド国に対応を委ねること。

 ほぉ~ん…」

「僕はカード王国とタルタ国の代表代理です」


シルトアがカード王とタルタ王の署名が入った紙を2枚見せた、

1枚は代表代理の証明書、もう1枚は武力による侵略行為阻止に関する賛同書。


「2国分か、そりゃ大任だな」

「馬車で移動してたら片道で2ヶ月以上かかりますからね、仕方ないですよ」

「まぁ、お前が飛んで行った方が早いわな」


カード王国は西の端、キキン帝国は東の端、

何処の国も魔王対策で大忙しだし、危険なのでカード王の大陸横断はパス。


タルタ王なら強いし、愛馬を飛ばして無茶苦茶な移動が可能だが、

この後ダナブルのシード計画施設を訪問するのでパス。


タルタ国の住民は内向的で絶対に同行しないし、

唯一外交的なクラージはホラントを追いかけて来たので現在王都に滞在中、

というわけでシルトアに2か国分の代表代理を務めて貰うことになったそうな。



「ルコール共和国も今手一杯なんだろ?」

「魔王対策と難民問題でカード王国より大変みたいです」

「もしかしたら3国分の代表になるかもな」

「移動が早くなるから僕としては助かりますけど、流石に同行するんじゃないですか?

 隣国だし、難民のこともありますし」

「まぁな、しかしよぉ、新しいキキン帝ってのは精霊様のお考えを理解してないのか?

 期待したくなるのも分かるが…」


ダルトンが依頼書を指で弾きながら怪訝な顔をする。


「全部シルフハイド国側からの情報だけなのでなんとも言えません、

 王宮に入る前に追い返されたから本当にキキン帝が変わってるかも不明です」

「う~ん…まぁしっかり頼むわ」


依頼書を返して目覚まし草に再び火を付けるダルトン、

シルトアの常時弱風モードがスイッチオン。


「ギルド長の方は大丈夫なんですか?」

「微妙だ、リーヌス総務長に直接繋がる証言が出てねぇ」

「えぇ~そんなぁ」

「はいはい、文句言わない、裁判は2日後だ、もうなるようにしかならん、

 戻って来た時にレジャーノ伯爵の機嫌が悪ければ駄目だったと思え」

「その状態で会いたくないです…」


この時点ではリーヌス総務長を裁く決定的な材料は見つかっていない、

ビーズリー法務長の捨て身の隠し玉が発覚するのは翌日のこと。


「フラミルド伯爵からの伝言預かってるぞ、

 両親が凄く心配してるからたまには戻ってこいってよ」

「なんでわざわざ伯爵に…迷惑掛けないでよもう…」


シルトアが呆れた様子で溜息を付いた。


「そりゃお前、小さい頃から離れてんだから心配くらいするだろ」

「だからって伯爵に伝言頼まなくてもいいじゃないですか、

 何時まで経っても子離れ出来ないんだから…」

「親ってのは子供が何歳になっても可愛いもんなの、

 精霊様訪問のついでに寄って行けばいいだろ、何年会って無いんだ?」

「2週間位前にお土産持って行ってます」

「…あそう、その前は?」

「その1週間前です、1ヶ月に1回は帰ってますよ」

「…まぁ、寄ってけ、お土産持ってな」


空を飛べるので結構な頻度で実家に帰っているらしい、

因みに、シルトアの出身はカースマルツゥ、両親はアレルギー持ちである。


元々はカースマルツゥのギルドに登録していたが、

飛んで来て王都を観光していたら迷子と間違われてウェンハム衛兵長に保護され、

家の場所を聞いていたら浮遊したので

ダルトンギルド長とポルザギルド総長が呼ばれ、

将来有望な逸材としてカースマルツゥのギルド長に引き抜きを打診した、

どうも話が噛み合わないと思ったら、飛べること誰も知らなかったらしい。


本人曰く、最初に飛んだのは10歳の頃、

町の外で野生の小型魔物を触りまくって家に帰ったら

父親の鼻水が止まらなくなったそうな、

その時に初めて両親のアレルギーを知り、

母親には怠けシープを触ったと説明して、

禁止されたくないので飛べることは内緒にしたらしい。


それ以降、魔物を触った後は家に入る前にコロコロで衣服を掃除して

直ぐに風呂に入るようになったそうな。


このように至高都市カースマルツゥには亜人種嫌いの他に

アレルギー持ちの人も集まっているのだ。






そして翌日、特使シルトア出発、

白銀都市サントモールで氷の精霊シヴァ、

ポッポ村で光の精霊レム、

水上都市リコッタで水の精霊ウィンディーネに話を伺い、

有難いお言葉を水晶玉に記録、

ついでにお土産にサッパリレモンとお酒を購入し、

実家のある至高都市カースマルツゥへ移動、

道中で見つけたマダラを揉みしだき抜け毛まみれになる、

家に入る前にコロコロでマダラの抜け毛を回収、

両親にお土産を渡して一緒に昼食、

別れ際のハグで両親とも鼻がズルズルになるパプニングもあったが

カード王国内での仕事はこれで完了、

国境で手続きして出国。


タルタ国で火の精霊サラマンドラ、

ではなくウーパさんのフワフワした言葉を記録。


街道沿いに進み、国境で手続きしてルコール共和国へ入国、

首都ホップで総領長のシャガールと面談。


「わかりました、私達としましても他国の侵略行為を良しとはしません、

 世界の平和と秩序の為に賛同させて頂きます」

「ありがとう御座います、ではこちらに署名をお願い致します、

 代表者の方の同行に関しては如何致しますか?

 こちらの用紙に署名を頂ければ僕が代理を務めることも可能です」

「速やかな問題解決のためにも私が同行します」

「戦闘が発生する可能性が高いので、

 シャガール様が直接同行されるのは危険だと思いますけど…」

「護衛を付けますのでご心配には及びません、

 難民の流入により食料問題がひっ迫しておりますし、、

 町に入れない方々は魔物に怯えながら野宿をされています、

 決定権を持つ私が出向くことが一番の解決策です」

「分かりました(移動が遅くなっちゃうなぁ)」


内心ガッカリしながらも納得のシルトア、

ビールのに似合いそうな髭のオジサンが同行することになった。


「明日にでも出発出来るように準備致しますので、

 今晩は私達の国の象徴、多種多様なお酒をご堪能下さい、

 勿論私の一押しはビール! 程よい苦みとサッパリした後味のビールです!」


親指を立てキラリと笑うシャガール、根は陽気なオジサンらしい。


「ありがとう御座います、ですがその前に精霊様のお言葉を頂きたいのですが…」

「お、そうでしたな、ご案内致します」


シャガールに案内されてやって来たのは

シャンデリアが吊るされた派手な部屋、

中央に革張りの椅子が2つと丸いテーブルが置いてあり、

空いた酒樽が1つ転がっている。


「おや? 暫くはこの部屋にいらっしゃった筈なのですが…」

「(酒臭い…)」


充満した酒の匂いにシルトアが顔をしかめていると

身なりの整った女性のゴブリンが反対側の扉を開けて入って来た。


「丁度良かった、ヴォルト様はどちらへ?」

「昨日米酒が飲みたいと仰られて出ていかれたっすよ~、よいしょっと」

「ほう、となるとコメイモ領ですね、行きましょう」

「はい~…」


空いた酒樽を片付けるゴブリンを残して退室。


「あの~先程の方は?」

「コムギさんです、この部屋に関する全てをお任せしています、

 お酒の提供や部屋の片づけ、ヴォルト様のお相手をされることもあります」

「なるほど、…ヴォルト様ってお酒好きなんですか?」

「それはもう、お酒を楽しむために体現し続けていると豪語されておりますので」

「へぇ~(そういうタイプなんだ)」


ルコール共和国はお酒で有名な国、

首都のホップ領ではビール、シャンパーニュ領ではワインや果実酒、

コメイモ領では米酒(日本酒っぽいヤツ)や、芋酒(焼酎っぽいヤツ)、

他にもアルマニャック領でブランデー、

バーボン領でウィスキー、トウキビ領でラム酒などなど、

各町で競うように酒を生産している。


ヴォルトはかなりの酒好きで飲みたくなった酒の町へと気分次第で移動している、

レムと同様で積極的に人間達と交流を持つタイプだが、

ここまで頻繁に広範囲を移動するのはヴォルトだけである。


一方、サラマンドラとシヴァは殆ど動かないし自分からは交流を持たない、

ウィンディーネは動かないけど結構喋るらしい。



各町にあるヴォルトの部屋には専門の人員が配置されており、

コムギもその1人、酒に詳しく酒が好きな人物が選任されている、

仕事内容を見るとスナックのママみたいだが、

決してそんなことはなく、酒を飲む専門の公務員みたいな感じ、

給料も良いし名誉職、選考試験もあり酒に飲まれる者は落選する、

ゴブリンは酒好きが多く相性がいい仕事なので、

ヴォルト係の半数を占めているらしい。



因みに、ヴォルトとコムギが相席している様子は、


「かかかか!」

「あはははは! い~ひっひひ…だはははは!」

「か~っかっかっか!」


みたいな感じで膝をバシバシ叩いて笑い転げているらしい、

所謂笑い上戸である、品格も大切だが

1番重要なのはヴォルトが楽しく酒を飲めるかどうである。






コメイモ領は隣の町なのでシャガールに紹介状を書いて貰い移動、

コメイモ領長の黒髪美熟女キクスイさん(46歳)に案内してもらいヴォルトの部屋へ。


「ヴォルト様、面会を希望される方がいらっしゃいます、宜しいでしょうか?」

「構わんぞ~」

「「 失礼します 」」


中に入ると襖があり、更に奥には畳と低い木製の四角いテーブル、

座布団の上で胡坐をかく黄髪の青年と、小さな白い雲がフワフワ浮いている。


「ヴォルト様、こちらはカード王国から特使として来られたシルトア様です」

「お目に掛かれて光栄ですヴォルト様」


方膝を付いて頭を下げるシルトアを見てヴォルトが首を横に振る。


「硬いの~、酒の席じゃぞ、ほれ、取り敢えず座れ」

「あ、はい…」

「お待ち下さい」


畳の部屋に上がろうとしたシルトアをキクスイが止めた。


「靴はここで抜いでお上がり下さい」

「すみません…」

「それではごゆっくり」

「なんじゃキクスイは一緒に飲まんのか?」

「まだ仕事が御座いますので、明日で宜しければご一緒させて頂きます」

「うむ! では明日だな」

「はい、失礼致します」

「(なんか凄く大人な感じがする…)」


手を振るボルトに微笑み返しキクスイがしっとりと襖を閉めた。


「いつまで立っておるのだ? そこに座れば良い」

「あ、はい(これの上に座ればいいのかな?)」


見慣れない座布団に戸惑いながらヴォルトの対面に正座するシルトア。


「(さっきの部屋とは全然違う、これ絨毯じゃないよね?)」


6畳ほどの日本旅館みたいな部屋を見渡しながら、

畳を手で擦り感触を確かめている。


「お主、このような部屋を見たこと無いんじゃろ?」

「はい」

「かかか! そうじゃろそうじゃろ! ここに来た者は皆同じ顔するんじゃ」

「はぁ…」


膝を叩いて満足そうに笑うヴォルト、

雲も一緒に膨らんだり縮んだりしている、恐らく笑っているっぽい。


「うんと昔じゃ、世界が変わる前まではこのような文化があったのじゃ、

 ワシは好きでの~酒に合わせて造ってもらったんじゃ、

 ほれこれよ、この感触がなんとも言えぬ心地よさで、スベスベじゃろ~」


畳に横になり頬をスリスリするヴォルト、子供みたいである。


「確かに気持ちいいですけど、これ何で出来てるんですか?」

「草じゃ」

「草ですか?」

「そうじゃ、なかなかワシの考えが職人に伝わらんで苦労したんじゃ、

 まぁあの頃からすれば何もかも変わってしまったからの~、

 知っとるかお主、昔は家の屋根にも使っとったんじゃぞ」

「へぇ~(雨漏りしそう)」

「失礼します」


ヴォルト係のオッチャンが陶器製の容器に入った熱燗を持って来た。


「おぉ~待っとったぞ~! お主酒は飲めるか?」

「人並み程度には飲めます」

「ええの~、飯は食べたか?」

「まだです」

「マンゴク、2人分で頼む、お主も混じるなら3人分でもええがの~」

「お客様がいらっしゃいますのでアッシはまたの機会に、直ぐにお持ちします」

「頼んだぞ~、ほれこれを持て」

「あ、はい…」


陶器製のオチョコをシルトアに持たせ透明な酒を注ぐ。


「米酒じゃ、ほらクイっといけ、クイっと」

「あの~僕ヴォルト様にお伺いしたいことがあって来たんですけど…」

「1口飲んでからでも遅くはないじゃろ、こうやって飲むんじゃ、

 くぅ~…ええの~今日のは辛口じゃ!」


たまらんっ! といった表情でもう1つのオチョコに米酒を注ぐヴォルト、

テーブルに置くと雲がチミチミ飲みだした。


「(あの雲が従者だったんだ…)」


従者のワタクモさんである、

ワタグモと発音を曇らせるとちょっと怒るらしい。


「頂きます(う、う~ん…う~ん…)」


正直微妙といった表情のシルトア、口に合わなかったらしい。


「なんじゃお主、米酒は駄目じゃったか?」

「なんて言うか…辛いお酒がちょっと苦手で…あと温かいのもちょっと…すみません」

「あぁ~熱燗も駄目じゃったか、香りが立ってワシは好きなんじゃが、

 甘いのはイケる口か?」

「まぁ、甘いお酒は好きです」

「よし! ちょと待っとれ、マンゴク~甘みの強い冷酒貰えるかの~?」

「はいよ~少々お待ち下さい」


襖を開けてヴォルト係のオッチャンことマンゴクに注文を入れるヴォルト、

ここだけ見ると実に居酒屋っほい。


「失礼します」


マンゴクが鍋と冷酒を運んで来て皿に取り分けてくれた。


「白米も御座いますが如何致しましょう?」

「米は食うか? マンゴクが炊いた米は旨いぞ~」

「それじゃ、折角なので頂きます」

「1つじゃ、ワシは最後に貰う」

「畏まりました」


シルトアの分の白米がテーブルに追加された。


「ほれ飲んでみ、さっきとは別物じゃ」

「い、頂きます…(おわ、甘くて美味しい~)」

「ええ顔しとる! 口に合ったようじゃの~」


シルトア、甘い米酒に思わずこっほり。


「さて、鍋を食いながら本題に入ろう、遠慮なく話せ」

「はい、え~とですね…(なんだこれ? どうやって…)」


味噌風味の鍋を頬張るヴォルトの手元をマジマジと観察するシルトア、

初めて見た箸の使い方が分からないらしい。


「これか? こうやって挟んで使うんじゃ」

「器用ですねヴォルト様」

「まぁワシは長いからの、ちょっと待っとれ、マンゴク~箸は駄目じゃ~」

「はいよ~少々お待ち下さい」


スプーンとフォークが追加された。


「実はかくかくしかじかで~…」

「なるほどの~肉が旨い、米酒に合う!」


経緯を聞きながら酒を煽るヴォルト、実に満足そうな顔をしている。


「ちと、その水晶玉を見せるのじゃ」

「はい」

「おうおう、シヴァはこんな顔をしとったのか、かかか、面白いの~」

「お会いしたこと無かったんですか?」

「無い、ワシ等が互いに合うことなど滅多に無い、感じることはあるがの~」

「感じるんですか? お互いを?」

「ワシは敏感な方じゃ、お主等と同じで精霊にも特徴がある、

 レムが体現したのはピンと来たわい」

「そうだったんですか」

「グラビタスは暫く感じとらんが、ノームはお主等の言う禁断の地におるぞ」

「え? 体現されたんですか?」

「いや、ずっとおる、場所を変えただけじゃ、まぁ大地は海の底もずっと繋がっとるし、

 ノームにとっては移動の内に入らんのじゃろ、この世界全てが居場所じゃ」

「そういうものですか」

「そういうものじゃ、ワシ等精霊は所詮世界の一部…

 ちょとこれ記録した方がええの」

「あ、はい、僕がやります」


水晶玉を受け取り記録開始。


「ワシ等は所詮世界の一部じゃ、自然は恩恵を与えてくれるが助けはせん、

 海で漂流してる時に海に助けてくれと言ってもどうにもならんじゃろ、

 運良く波が陸に運んでくれるかもしれんし、逆に遠ざけるかもしれん、

 ワシ等は海で、魔法は波じゃ、最後は自分で何とか足掻くしかない、

 レムの言葉は正しい、いつの時代も諦めず抗う者こそ成果を得る、

 そうやって昔の者達も魔王を乗り越えて来たんじゃ、

 ワシはお主等が好きじゃ、今回も何とか乗り越えて欲しい、

 酒が飲めんくなるのは寂しいからの!」


以上、ヴォルト様の有難いお言葉である。




鍋も食べ終わり〆の白米と卵を投入、ヴォルトは雑炊と米酒をお楽しみ中、

ワタクモさんは酔っぱらってテーブルの端でヘニャヘニャになっている。


「ヴォルト様は魔王を見たことがあるんですか?」

「無い、感じはするが、あれはなんと言うかの~ワシ等とは似て非なるものじゃ」

「といいますと?」

「よくわからん、ワシ等と同じマナの集合体であることは間違いない、

 だがどうも自我を感じん、直ぐに消えるしの~

 何の目的があって体現しとるのかさっぱり理解できんのじゃ」

「自我が無い、ですか…」

「自我が無ければ精霊では無い、だが精霊に近い濃さを感じる、

 とにかくあれはよくわからん、酒が飲めなくなるから嫌いじゃ、

 ほれ、頑張って生き残れシルトア!」

「はい!(ぐぁぁ…)」

「カカカカカ!」


渡された米酒をグイッと飲み干すシルトア、

辛口の熱燗だったので渋い顔をしている。



「そいえばお主、体現している精霊の中でノームとシルフ以外には会って来たんじゃろ?」

「はい(甘くて美味しい)」

「シヴァとレムとウィンディーネの間に何かおらんかったか?」

「いえ、特にはなにも、精霊様は他にもいらっしゃるんですか?」

「そうじゃよなぁ~、おらん筈なんじゃが…暫く前からな~んか感じるんじゃ」

「精霊様をですか?」

「いや、あれもちと違う、ひょとするとワシ等より…いやでもの~」

「はぁ…取り敢えずお酒どうぞ」

「いや~すまんな、くぅ~たまらん! やっぱり米酒は最高じゃ!」


お酒を飲んだのでこの日の移動はここで終了、

飲酒飛行は駄目、絶対!


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