241話目【バトーの1日】
今回はウルダで過ごすバトーの話、
時系列的には「235話目【ポッポ村とウルダの近況】」の2日後、
ゴードン達がポッポ村の住民と獣人達をウルダへ引っ越しさせるために
大量の馬車と共に帰って行った翌日。
「おはよう、なんだか美味しそうな匂いね」
「目玉焼きとカリカリベーコンです、
ドーラさんの分も作ってますから座って下さい」
「そう、準備が良いわね」
「匂いに釣られて起きてくるってマツモトから聞いてましたからね」
「まるで私が意地汚い食欲の化身みたいね」
「ははは、そこまでは言ってません」
「自分で作るのが面倒なだけよ、別に食べなくても支障ないもの」
「(それで体が小さいのではなかろうか?)」
台座を使って椅子に座るドーラに対し目を細めるバトー、
目玉焼き、カリカリベーコン、ピーマンの素焼きを皿に盛ってテーブルへ、
主食のトーストも焼き上がりバトーは2枚、ドーラは1枚である。
「ん? 来てたのか」
髑髏(飾り)の裏で様子を伺っているマッシュバトを見つけて
バトーが自分のトーストとベーコンを1枚ずつ別の皿に移し隣に置く。
「ほら、お前の分だ」
ペコペコとお辞儀をしながら椅子に座りモッチャモッチャと頬張り出した。
「ははは、俺のこと覚えてたのか?」
「人に慣れ過ぎ、もう野生に戻れないわ」
「共存できるならいいじゃないですか、ほれほれ、可愛いヤツめ~」
「(マツモトとやることが似てる)」
右手でマッシュバットの耳をピロピロしながら
左手で食パンをトースターに入れるバトー、
ドーラはカリカリベーコンの食感を楽しみながら観察中。
そして8時頃、路地裏の店馴染みの店。
「なぁバトー、魔族ってのはやっぱおっかねぇのか?」
「1体ならオヤッサンでも倒せるぞ」
「おいおい適当なこと言うなよ、村がいくつも滅ぼされたって聞くじゃねぇか」
「倒せるさ、1体ずつならな」
「マジで言ってのか? 俺光魔法使えねぇんだぞ」
「問題ない、但し、数が多いからずっと動き続け無いと死ぬぞ、一晩中くらい」
「そりゃ無理だぜバト~…」
オヤッサンがカウンターの中でシオシオになった。
「心配し過ぎだって、町の中に居れば光魔法が使える人達が頑張ってくれるさ、
オヤッサンは皆と一緒に避難して家族だけを守ってればいい」
「そうか? そうだよな? いやでも自分だけ逃げたみたいで…」
「不安の次は罪悪感か? 忙しいな」
「仕方ねぇだろ~俺は普通のオッサンなの、誰もがお前みたいに強いと思うなよ!」
「ははははは!」
「ところで何で剣と盾持ってんだ?
冒険者でもないヤツが町中で装備してたら衛兵に捕まっちまうぞ」
「今日から復帰するんだ、カルニに頼まれたってのもあるけど、
魔王が復活した時の為に勘を取り戻して置こうと思ってな」
「ほ~ん、ギルド長直々とは光栄なこった、確か8時から営業開始だろ?
こんな場所で時間潰してていいのか?」
「手続きがあるから人が掃けてからの方が都合がいいんだ、もう1杯貰うよ」
「はいよ~」
9時過ぎ、第一次依頼争奪戦が終わり少し落ち着いたギルド内、
バトーは掲示板の前で依頼を吟味中。
「(久しぶりだからなぁ、肩慣らしでワイルドボア討伐にしとくか)」
依頼書を1枚取り受付へ。
「すみません、これをお願いします」
「Bランク以上の依頼ですね、紋章の提示をお願いします」
「あ、紋章は無くしたので再発行をお願いします、元Bランクです」
「では再発行の書類に記入をお願いします」
1枚の紙と羽ペンを受け取り必要事項を記入。
「(最後に依頼を受けた日付か…)すみません、
ここなんですけど何年も前の話で覚えていないのですが」
「バトーさんは身元がはっきりしてますので名前だけで大丈夫です」
「そういうものですか」
「はい、再発行料の1ゴールドを用意してお待ち下さい」
「わかりました」
財布から硬貨を取り出そうとしていると
受け付けのお姉さんを押し退けてカルニが出て来た。
「…、いきなりどうしたんだ?」
「おはようバトー、再発行料頂戴」
「うん? あぁ」
「はい確かに、それじゃこれ紋章ね、あとこれ今日の依頼よろしく」
1ゴールドを渡すと金色の紋章と依頼書が返って来た。
「俺Bランクだぞ、これAランクの紋章…」
「Bランクなんて許されるわけないでしょ、
おめでとうバトー、貴方は今日からAランクです」
「…、そうか、それじゃワイルドボアの目撃場所を教えてくれ」
「マンティコアです」
「何がだ?」
「貴方が今日受注した依頼はマンティコア討伐です」
カウンターの上の依頼書を指でトントンしながら真顔で圧を掛けるカルニ、
依頼書がワイルドボア討伐(Bランク以上)から
マンティコア討伐(Aランク、4人以上)に入れ替わっている。
どうやら高ランクの依頼を受けさせるために強制的に昇格させたっぽい、
まぁバトーの実力なら誰も文句は言わない、というかBランクの方が変である。
『マンティコア』
ライオンの体にサソリの尻尾が付いた魔物、
尾の先端には直接振るうための太い主針と、
飛ばして攻撃するためのサボテン状の副針が存在している、
副針は尾の先端部にある程度貯蔵されており、
飛ばした直後に次弾を装填する、
強靭な顎と鋭い爪、尻尾の毒が主な攻撃、
毒事態で死ぬことは無いが非常に強い痛みを感じさせ意識障害を引き起こす、
あくまでも狩りの道具としての位置づけである。
人間を好物としており、人の声を真似て誘い出したり、
街道に現れて馬車を襲い捕食する、
積極的に人間の襲う習性と獰猛な性格を併せ持ち、
シンプルに強いためウルダ周辺では最も危険とされる魔物。
「また珍しいのが出たな、詳細は?」
「昨日リコッタから帰還中だった馬車が襲われて
怠けシープと御者、搭乗客が姿を消した、
後から通り掛かった商人が破壊された馬車を発見して衛兵に報告、
痕跡と毒針でマンティコアと断定し南東の街道は現在封鎖中、以上」
「なるほどな、カルニは出られるのか?」
「私は北でコカトリス討伐、2匹が縄張り争いしてるらしくてね、
危ないから城壁作り出来ないって連絡が来たのよ」
「一昨日ムーンベアーが出たばかりだぞ? この時期は大変だな」
「今年は特に酷いわ、因みに他のAランク冒険者は全て出払っています」
「毒持ちだからなぁ、念のためにもう1人位実力者が欲しいところだが…」
「さっき向かいの酒場に入って行ったから適当に同行させて、
手続きとかは気にしなくていいから、あとこれ解毒薬ね」
カウンターにマンティコアと書かれた木製の筒が2本追加された。
「マンティコアの毒を受けてこれ使う余裕ないと思うが、まぁ、了解だ」
「よろしく~、私も早く終わったら応援に行くから~」
筒を受け取ってバトーが向かいの酒場に入って行った。
「(受けるんだ…)」
「(え? 嘘? そんなあっさり?)」
「(マンティコアなのに…)」
受付嬢達がポカンとしている。
「それじゃ私も討伐に向かうからあと宜しくね~」
「「「 はい~(誰が連れていかれるんだろ…) 」」」
カルニも出発、受付嬢達はバトーのお供が気になって上の空である。
そして向かいの酒場にやって来たバトー、
店内を見渡すと数組の冒険者チームが食事中、
既に酔っぱらっている者もチラホラ見受けられ、
なんだか自堕落な雰囲気が感じ取れる。
「あぁ~疲れた…」
「まさかタケノコボアだったなんて…足早すぎぃ…」
「でもほら、おかげでいい値段で売れたし良かったじゃん」
「そうだな、これ食って帰って寝よう」
「「 うぃ~… 」」
中には徹夜明けの実力派冒険者もいるのだが、
4人チームの内2人が電池切れ状態になっている。
『タケノコボア』
ワイルドボア(猪)の上位種、
長く生きたワイルドボアの額にタケノコが寄生したレア魔物、
ワイルドボアより大きく、より足が速く、より賢い、
危険度的にはそんなに変わらないが油断は禁物、
額のタケノコは珍味として高く売れるが足が速い、
討伐後は急いで処理しよう。
因みに、寄生した竹が成長するとタケノコボアは死ぬ。
「(この中から選ぶのは難しそうだが…)」
入口の横に立ち候補を探すバトー、
危険な討伐依頼なので正直誰を連れて行っても足手纏いである、
1人で行くか思案していると店員が唐揚げとビールを店の一番奥に運んで行った。
「お待たせしました~」
「うひょ~待ってました~! さてさて、皆が頑張ってる中で楽しむ唐揚げとビールは
何物にも代えがたい贅沢ってねぇ~、頂きま~す、熱っあふっ…くぅぅぅ最高!」
熱々の唐揚げをキンキンのビールを流し込みご満悦の男。
「(お、そういうことか)」
目的の人物が見つかりニヤリと笑うバトー、
酒場の中で最も自堕落な雰囲気を感じさせる気の抜けた男の前に座った。
「おろ? 久しぶりだね~バトちゃん、
聞いたよ~今日から冒険者に復帰するんでしょ?」
「えぇ、モントさん暇そうですね」
「まぁ見ての通り、楽しんじゃってます、あふふっ…くぅぅ!」
「俺久しぶりに討伐依頼に行くので肩慣らしに付き合って貰えませんか?」
「復帰して1発目から討伐依頼受けたの? 飛ばすねぇ~、
バトちゃんって確かBランクでしょ、これ食べ終わってからならいいよ~」
「よろしくお願いします」
完全に油断したモントの同行が決定。
ポニコーンに跨り街道を進む2人、
モントが何かを察して訝しんでいる。
「ねぇバトちゃん、こっちの方角は今は止めた方がいいよ」
「モントさんなら大丈夫です」
「あぁ~…もしかしなくてもそういうこと? ワイルドボアとかじゃなくて?」
「マンティコアです」
「やっぱりぃぃ!? 無理だって~! Aランクの仕事だよ?
俺CランクでバトちゃんBランク、ね? 無理無理帰ろう?
危ないって、いやバトちゃんが強いのは知ってるよ?
せめて俺じゃなくてアクラスとか南南東三ツ星とか連れてさ~」
「ははは、そんなこと言ってるとカルニに強制的にAランクにされますよ」
「いやいや、いくらギルド長でもそんなこと出来るわけないでしょ~、俺試験受けないし」
「俺はされました」
「…、マジで?」
真顔になるモント、かつてない程に真剣な顔をしている。
「ほら、ついでに受けた依頼を強制的にマンティコア討伐に変更されました」
「マジかよ…」
金色の紋章を見せられモントが青ざめた顔をしている。
「あのさバトちゃん、俺本気で頑張るから皆には内緒にしてね」
「いいですけど、そんなに嫌ですか?」
「うん、気楽な方がいい、責任ある立場とかいろいろやり難いし、
俺はその日暮らしで十分なんだよねぇ~」
いつものモントに戻った。
「デッカイ魔族からベルケンの骨が出てきたってマジ?」
「そんなことまで公表されてるんですか?」
「いやいや、ある筋からちょっとねぇ~、で? マジなの?」
「本当です、ウルフ族の元族長がそう言ってました」
「はは、そんなことあるんだねぇ~あのベルケンが」
「有名だったんですか?」
「俺らの世代くらいまでは名前が通ってたよ~、
所謂皆のお手本、強くて親切で格好良くて、
ベルケンのような冒険者になりなさいって感じでさ」
「アクラスみたいな感じですか?」
「それそれ~まさにそんな感じ! とにかく評判良かったのよ」
「へぇ~面識があったなんて驚きです」
「いや無い、多分無い」
「(無いのか)」
ベルケンが獣人の里で死んだのが約40年前、
モントの年齢は44歳、面識があったたとしても2~3歳である。
「俺は無いけどラガちゃんはあったらしくてさ~、
ことあるごとに俺に言うわけ、アイツは信用できない、クズの匂いがするって、
めっちゃ嫌ってたからバトちゃん達には一切手本にしろって言わなかったでしょ」
「確かに聞いたこと無いですね、ラガーさんって今なにしてるんですか?」
「3年前にギルド本部に呼ばれて王都に行っちゃった、
酒飲み仲間が減って俺は悲しいよ~」
「(1人でも楽しそうだったけどなぁ)」
『ラガー』
46歳、別名、酔いどれラガー、元ウルダのギルド長、
酒好きで四六時中酔っぱらっているが人を見る目に定評がある、
結構適当で勢い任せのところがあるが仲間を大切にするため意外と人望は厚い、
モントの友人であり飲み仲間でもある。
カルニのSランクへの推薦要望を却下し続け、
6年前に怪しい商人から購入した強化魔法の魔石を餌に、
カルニが21歳の時にギルド長を押し付け引退した、
その際に他の冒険者からの反発を予期しており、
モントに陰ながら支えるように依頼していた。
引退後は各地を飲み歩いていたが元ギルド総長ポルザが退いた際に、
人員補充のためにギルド本部に加入。
ラガーは3歳の時にウルダにやって来たベルケンに頭を撫でられクズと見抜いたらしい、
頭を撫でられながらキレ散かしている3歳児を想像するとなかなか面白い。
「なんか魔王を研究してるって人達の考えでは、
デッカイ魔族ってのは何かしら恨みを残して死んだヤツが媒体になるとかでさ~、
ウルダでも集団墓地を移転するか議論になってるんだよね」
「難しいんじゃないですか? 何百年分の遺灰がありますよ」
「そうなんだよねぇ~安全のことを考えれば廃棄しちゃうのが一番なんだけど、
やっぱり感情的な問題じゃんこいうのって、デフちゃんも頭抱えてたよ~」
「別の場所に移しても問題の解決にはなりませんからねぇ」
現状は警戒を強めるしかなく、衛兵の監視が厳しくなっている。
「それとは別にさ、骨と一緒にペンダントが出て来たらしいじゃん?
世の中にはいわく付きの品を収集したがる人種ってのがいるわけよ」
「呪われた剣とか不幸を呼ぶ絵とかですか」
「それそれ~、危ないから破棄するようにってカード王直々の命令書が届いたらしい、
でも収集家達は嫌がってさ~、まぁ、中には歴史的な価値のある品もあるし、
こっちも難しい問題なんだよね~」
「大型魔族が町中に現れると厄介ですよ、
周りの影から分離しないといくらでも再生します」
「らしいね~、妥協案として町から離れた場所に保管するってこと決まったんだけど
盗難の可能性もあるからまだ揉めてる」
「でしょうね、俺としては早く移動させた方がいいと思いますけど」
「俺も~命には変えられないよ~」
「仮説が正しいとすれば、媒体を破壊することで倒せるかもしれませんけど、
まだ1回しか体験してないのでなんとも言えませんね、
モントさんが想像してるより攻撃的ですよ」
「結構デッカイんでしょ? 攻撃を躱しながら媒体の位置を探るより
絶対魔法で吹き飛ばした方が楽だよ~ボンって」
「ははは、下手な人がやると町中が吹き飛びますけどね」
「俺は無理、こっちしか自信ない」
「俺はこれです」
腰の曲刀を手の平で叩くモントに対し、
バトーが盾を拳でコンコンして見せる。
あくまでも獣人の里と同じ個体だと仮定して、
実際に大型魔族と対峙する場合は無限湧きの魔族もいるので、
守って貰いながら距離を取って魔法を使えば何とかなりそう、
但し、飛んでくる岩とかは知らん。
あと、魔法の精度が高く無いと周辺の被害が大変なことになる、
カルニなら余裕、ルドルフだと周辺もろとも吹き飛ばす恐れがある。
談笑しながら2時間程街道を進み右手側が平原から森に変わった頃。
「助けて~…」
「「 !? 」」
「こっちです…助けて下さい…」
「モントさん」
「周辺の村人か、迷い込んだ通行人か、生存者の可能性は、まぁ無いでしょ」
「確かめに行きます」
「了解~、お前等は危ないから離れとけよ~置いて帰るのは無しだぜ」
ポニコーンから降り街道を外れて森の中へ、声の聞こえる方へ歩みを進める。
「助けて~助けて下さい~、ここ…」
「お? 声が止んだな」
「気付かれました、来ます」
「ぐぉぉぉおおお!!」
雄叫びと共に重量感のある足音が近付いて来る、
茂みを薙ぎ払い現れたのは鍵爪剥き出しの猛獣の左手。
「「 !? 」」
左右に飛び退く2人、間髪入れずに木に隠れると毒針が飛んできた。
「怖ぇぇ殺意高過ぎでしょ~、バトちゃ~ん! 優先順位は?」
「尾です!」
「俺もそう思ってたところ! 任せて頂戴っておわ!? 大丈夫バトちゃん!?」
マンティコアが隠れている木ごとバトーを吹き飛ばし追い打ちを掛けている。
「問題ない!」
「あそう、先に溜め込んでる毒針出させてから切るから何処か隠れてて!
マンティコアを挟んで尾の反対側なら飛んでこないよ~!
コイツは自分に当たらないようにしか飛ばさないから~!」
「このまま正面で受けます! その間に頼みます!」
「(マジで!? って止めてるよ、凄ぇ~…)
無茶苦茶に暴れられるとヤバいから切るまで反撃しないで貰えると助かる~!」
「了解です!」
「(おっし、早いとこやりますか、そいっ!)」
モントが拾った石を尾の近くの茂みに投げ込むと、
毒針が茂みとモントが隠れている木に飛んできた。
「(やっぱバレてんのね、移動しますか、そいそいっ!)」
石を投げ毒針が再装填さる間に移動、
投げては移動、繰り返すこと6度で副針が出なくなり、
ツルツルしたサソリ状の主針だけになった。
「おっし、行くぜ~!」
ここぞとばかりに木の後ろから走り出すモント、
迫る尾の主針を右手の曲刀で切断しようとするが甲高い音を立てて止められた。
「流石に硬いねぇ~あらよっとぉ!」
左手の曲刀を尾の関節部に振り抜き切断した。
「やったよバトちゃ~ん!」
モントが声を上げると猛攻を仕掛けていたマンティコアが大人しくなった。
「(おろ? どした? 何か空気がピリピリしてない?)」
マンティコアは驚愕した、
抵抗することすら出来ずに捕食されるだけだった餌が放つ重圧に、
マンティコアは気が付いた、
盾越しに向けられる金色の瞳が己と同格であることに、
マンティコアは戦慄した、
先程まで餌だと思っていたそれが、己を狩る者でることに、
尾が切られたことも、背後いる餌のことも知っている、
だが、今成さねばならないことはたった1つ、
目の前の敵を全身全霊で葬ること。
「ぐおおおおおお!」
雄叫びと共に繰り出した渾身の左手は受け止められ薙ぎ払うこと叶わず、
引くより早く切断され鮮血を散らした。
「ぐるあああああ!」
怒号と共に振り下ろした激昂の右手は…
知らぬ間に跳ね退けられていた。
「はぁっ!」
困惑と痛みと恐怖の中、敵の牙が喉元を裂くのを感じた、
そして暫くの苦痛の後、光は途絶えた。
「ひゅ~1撃、マジヤバいねバトちゃ~ん」
「尾が無くなればムーンベアーとあまり変わりませんからね、
この距離で戦うならミーシャの方が怖いですよ」
「いやまぁ…ミーシャちゃんはね、化け物だから、Sランクだし」
「モントさんのおかげで楽に討伐できました、有難う御座います」
「いやいや~そんなことないって~、皆にはくれぐれも内緒でお願い」
「分かってます、約束ですから」
「そんでこれどうする? 肉はマズくて食べられないけど、
人食いマンティコアはその手の収集家に高く売れるよ~、
剝製にしたいって希望者が大勢押し寄せて値段の吊り上げ合戦が始まる、
100ゴールドか200ゴールドか、300も夢じゃないね~、
でもさ~出来れば俺としては…」
「ここでカルニに焼却して貰いましょう、尾は解毒薬に使いますからそれ以外は全て」
「流石バトちゃん! 話が分かる~、真面目な話さ、犠牲者が出ちゃってるんだよね」
モントがマンティコアの腹を裂くと半ば溶解した人の腕と思しき骨が出て来た。
「残念です」
「あぁ、本当残念」
バトーとモントは1度ウルダへ戻りギルドへ報告した、
その後、デフラ町長も立ち合いマンティコアはカルニが焼却した。
時刻は夕方、ドーラの宿、『吸血の館』に戻って来たバトー、
扉を開けると夕日が差し込む薄暗いエントランスに赤い瞳2つ浮いていた。
「ん? (あ、ドーラさんか)」
「おかえりバトー、それお土産?」
「えぇ、依頼の報酬としてコカトリスの肉を貰ったんです、今晩食べましょう」
「そう、私唐揚げが食べたいわ」
「いいですよ、いや、マッシュバットは唐揚げ食べるのか?」
「肉は食べるから大丈夫なんじゃない?
別に飼ってるわけじゃないから無理にあげなくてもいいわ」
「ははは、マツモトとの約束なんです、そういえばドーラさん」
「なに?」
「庭にあるお墓って誰のなんですか?」
「全部只の置物よ、誰の骨も埋まってないわ」
「なんだ、3つだけ文字が彫ってあるので知り合いの方かと思いました」
「その3つが始まり、改装する度に業者が見た目を合わせていって今はこの状態」
「そもそも何で宿屋に墓石を設置したんですか? 人が来なくなると思いますけど」
「知り合いがちょっとね、撤去はしない約束なの」
「なるほど、約束ですか」
「そう、古い約束」
その後、唐揚げ準備中にマッシュバットがエリンギ持って来たのでついでに揚げた。
「うん、エリンギの唐揚げも悪くないな」
「エリンギは天ぷらの方が美味しいと思うわ」
「あ~キノコ栽培所のオヤジさんが出店で売ってたヤツですか」
「それは知らないけど、マツモトがたまに作ってた」
「へぇ~(満足そうだな)」
マッシュバットはどちらでもいいらしく、
唐揚げとエリンギ揚げを交互にモッチャモッチャしていた。




