240話目【ダナブルを発つ】
ロックフォール伯爵の屋敷にある仕事部屋、
椅子に座り書類に目を通すロックフォール伯爵と
脇に控える執事のアンダース。
「周辺の村人達の受け入れ状況はどうなっていますか?」
「工事の進捗は7割、避難は4割程です、予定より大幅に進捗しています」
「既存の建物を拡張する方針は正解だったようですね」
「その件ですが、勝手ながら内容を些か変更しております、
建物が古く補強工事が必要な物が多数ありましたので、
現場と協議した結果、1度解体し地下層を加え3階建ての建物を建築致しました、
資材は可能な限り再利用致しましたが当初の3~4倍を予定しています」
「構いませんよ、城壁を新たに築くことに比べれば微々たるものです、
それより作業時間の増加が気掛かりですが…」
「既存の建物を補強、拡張するよりも、
1から造り直した方が効率的な結果となっています、
既存の建物を個別に調査する時間が省くことができ、
同じ広さの土地を確保すれば設計を流用すことが可能となりました」
「なるほど、同じ資材を用意しておけば運んで組み立てるだけですむと」
「はい、同じ作業を繰り返しますので熟練者以外も参加し易く、
作業の度に効率が増します、また、
1軒の収容人数が増えたため建築数を減らせたことも進捗に大きく貢献しています」
「素晴らしい、他の都市にも情報を共有した方が良いですね、
因みにどなた発案ですか?」
「主にオーク建築とチョリスゴブリン資材店です、
しかしながら既に賞賛金の辞退を表明されております、
緊急時の協力はダナブルの一員として当然とのことです」
「ふふふ、私は素晴らしい活躍には相応の報酬があって然るべきだと思いますが…
今回は彼らのお気持ちを尊重するとしましょう」
「ホラント様が任されている新都市建設にも快く参加して下さいました、
同じダナブル市民として私は彼等を誇りに思います」
「そうですね、アンダース、紅茶を頂きたいのですが」
「直ぐに用意致します」
ロックフォール伯爵の仕事用の机と接客用の机に
それぞれ淹れたてのミルクティーを配られた。
「冷めないうちにどうぞ」
「アンダースもたまには一緒にどうですか?」
「公務中ですので遠慮させて頂きます」
「ふふふ、相変わらず真面目ですね、
少しはレジャーノ伯爵の従者を見習ってもよいのでは?」
「彼女はまだ若いですから、残念なことに私のような年寄りは
考えを変える柔軟性を持ち合わせていないのです」
「残された時間で比べれば大して変わりませんよ、私も貴方も彼女も」
「それは寿命の話でしょうか? それとも魔王の話でしょうか?」
「さぁ? ふふふふふ」
ミルクティーを1口飲んで仕事を続けるロックフォール伯爵。
「新都市建設に対しルート伯爵は身を削って建築人員を捻出して下さいました、
加えて、カースマルツゥではフラミルド伯爵がハドリーの関係者を処分するため
都市機能に一時的な障害が発生するでしょう、
この2都市にはダナブルから人員を送る必要があるかもしれません」
「先程お伝えした通り進捗は極めて順調です、
もう暫くすれば人員の派遣は可能となります、ですがその必要はありません」
「おや? 何か新し情報が?」
「ウルダでは避難した村の住民が建築員の穴を埋めたそうです、
カースマルツゥには王都から優秀な纏め役を派遣したと連絡がありました、
レジャーノ伯爵が直々に選任した人物で、フラミルド伯爵とは打ち合わせ済みです、
ロックフォール伯爵宛に伝言が添えられています」
「なんと?」
「余計なことを考えずにとっとと魔王対策を進めろ、と」
「簡単に言ってくれます、レジャーノ伯爵の渋い顔が目に浮かびましたよ」
「もう1つ、泣き言を言うな愚か者、と」
「…、酷い言われようですね」
「はい、ですが箱舟と守り人だけでは先が無いというのも事実です、
本当の意味で民を守るには魔王を討伐するしかありません」
「その通りだ、食料の備蓄は無限ではないからな」
しれっとミルクティーを飲みながら会話に入って来たタルタ王、
実は最初から部屋にいて2人の話を聞いていた。
「とはいえ魔王が討伐出来なかった時の備えも重要だ、
王都では守り人は完成間際と聞かされたが開発班の部屋にはそれらしき物は無かった、
実際はどこまで進んでいるのだ?」
「カプア主任曰く、一部改修中ではありますが守り人は既に完成している、だそうです」
「稼働しているというのか? 複雑な指示機構をどのようにして?」
「いえ、まだ稼働はしていません、何時でも稼働可能な状態という意味です」
「ロックフォール伯爵、世界の命運を担うかもしれぬ装置だ、
今すぐにでも稼働させ正常に任務を実行できるか確認すべきだと思うが?」
「仰る通りですが、守り人に関してはカプア主任に一任しています、
もう暫く猶予を与え、それでも無理な場合は私が稼働させるつもりです」
「なにやら訳があるようだな」
「えぇ、まぁ言葉で説明するより見て頂いた方が早いですので、
後程守り人をご紹介致します」
「うむ、よろしく頼む」
シード計画職員の中でもあまり知る者のいない守り人、
中止になったと言う者もいたが水面下でちゃんと進行していたらしい。
「続いて特別依頼の件です、2名対象がいらっしゃいます、
1人目はウルダのAランク冒険者アクラス様、
2人目はカースマルツゥのAランク冒険者デン様、
既にギルド本部から使者が派遣されています、詳細はこちらに」
「リコッタで艶々のドングリを入手する、孤児院へ本人名で援助資金を届ける、
資金は共に100ゴールドですか、背景は?」
「ではアクラス様の案件から先にご説明します、
3ヶ月前にリコッタで酒屋を営んでいるゴブリン家族の元に
強盗が押し入り家財を荒らされた挙句、商品の酒と財産を全て奪われたそうです、
犯人達は捕まったのですが既に酒は飲み干され、金は使い切られており、
戻って来たのは酒樽の栓だけ、犯人達に支払い能力が無いため泣き寝入りするしかなく、
ゴブリン夫妻は新たに借り入れを行い、子供3人を抱えた状態で再起のため奮闘中です、
しかし、被害にあった酒類の支払いと借り入れの返済が重なり非常に苦しい状態だと、
艶々のドングリとは子供が身に着けている手製の首飾りです」
「なるほど、また1つ高価なコレクションが増えますね」
部屋の壁に掛けられた額の中でコレクションが輝いている。
「次にデン様の案件です、カースマルツゥの孤児院に支払われる筈だった援助資金が、
担当者により不正に搾取されていたようです、
ハドリー様の関係者と言えば察しが付くと思いますが…」
「ふぅ…あの方達は本当に碌な事をしません、大方ハドリーの援助に回していたのでしょう」
「担当職員が役職を解任されたことにより発覚したのですが、
兼ねてより孤児院から援助資金増額の懇願書が届いていたにも関わらず、
役所側は十分な額を支払っており、再三の調査でも差額が無かったため退けていました、
まぁ、問題の職員が調査を行っていたので不正が発覚しなかった訳ですが、
この状況化で公にすれば市民からの無用な反発を招き、
ただでさえ混乱している行政が更に疲弊する可能性があります、
デン様は孤児院の出身で兼ねてより個人的に援助を行っておりましたので
謝罪の意味も込めて資金を託すことになりました」
「ということは出資者はフラミルド伯爵ですか」
「はい、直接謝罪出来ないことが心苦しいと周囲に漏らしているそうです」
「ハドリー達を追放した身として責任の一端を感じます、頼めますか?」
「至急手配致します、同額でよろしいですか?」
「かまいません、フラミルド伯爵にも連絡と謝罪を」
「畏まりました」
アンダースが部屋から出て行った。
「(なるほどな、特定の民を救済するための政策ということか)」
まぁ、タルタ王の考えも間違ってはいないのだが、
実はこれ、カルニがビビりまくっているロックフォール伯爵の無茶ぶり依頼の裏側の話。
過去に冒険者が悪さしたことを受け、
冒険者の人間性を判断するためロックフォール伯爵が独自に始めたシステムに、
それええやん、とレジャーノ伯爵が乗っかり、困窮者救済の思想が乗っかり、
最終的にギルド本部が乗っかった結果、
依頼者名がロックフォール伯爵のまま継続され今に至る。
ダナブルでは優れた領主として人気の高いロックフォール伯爵が
他の町では奇怪な無茶ぶり依頼を押し付けて来る
変り者の変態貴族扱いされている理由である、
本人が否定しないし、見た目も良く分からないし、
実際に伯爵と関わることなんて無いから一向に改善されない。
そんな感じでロックフォール伯爵が仕事をしていると
書類の束を持ったフルムド伯爵とプリモハがやって来た。
中身はロダリッテが担当していた本の翻訳内容、
重要な箇所に印が付けられており、
それを元にフルムド伯爵が要点を説明している。
・本の著者は伝説の勇者トール(トルシュタイン)本人であること
・サンジェルミが魔王討伐時に亡くなっていたこと
・魔王の復活が予見されていたこと
・カンタルに残された資料や記録を保存する活動を行っていたこと
・各地に残された歴史書を収集したこと
・協力者と共に異なる言語の翻訳書を作成したこと
・所持していた盾と手斧を後世に託すためカンタルに厳重に保管したこと
「カンタルに移ったのは魔王討伐の5年後、たった5年なんだ、
その頃はまだウルの状況も安定していない筈だし、
世界中壊滅的で人口も全然増えてない筈だ、
道中の食料だって確保できる保証はないし、最初に同行した人達も凄いけど、
僕達がこうして過去を知ることが出来るのはトール様のおかげなんだ、
植物の種を保管する必要性についても触れているし、
一体どこまで先を見越していたんだろう? とにかく凄いよね」
「…そうですね、少し落ち着いてはどうですかアントル」
「そう? 僕は落ち着いてると思うけど」
「自分では分からないものです、アンダース、アントルに新しい紅茶を」
「畏まりました」
「(アントル様楽しそう)」
「(幼い頃と同じ顔をしておる)」
眼鏡の奥の糸目が心なしかキラキラしている、
若干前のめりで普段より早口なので興奮しているっぽい、
取り敢えずフルムド伯爵は紅茶でリラックス。
「カンタルから貴重な遺物が発掘されるのは、
元王都という理由だけではなかったのですね」
「うむ、しかし後世のために保管した品々が、その内の1つ、
伝説の盾の影響で砂漠に飲まれ忘れ去られてしまったとは…なんとも皮肉な話だ」
「ですがそのおかげで今も手付かずで砂の下に眠っていると考えれば
結果的には良かったのかもしれません、
そこでお兄様、私もアントル様と一緒にカンタルへ向かいます!」
「そういうと思いました、この資料には保管場所の位置までは記されていません、
心当たりはあるのですか?」
「取り敢えず過去の発掘実績がある個所を重点的に」
「魔王があと100年待ってくれるのであればそれでも良いのですが、
残念ながらそのような猶予がありません、リテルスさんを同行させて下さい」
「先日のハイエルフか?」
「えぇ、彼はマナに極めて敏感です、盾が周辺のマナを吸収しているのであれば、
最もマナが薄い個所に保管場所がある可能性が高いでしょう」
「「 なるほど 」」
ポンッと手を叩き目から鱗のプリモハとタルタ王。
「おや、アントルは驚かないのですね」
「まぁ、僕も同じことを考えてたから、
カプア主任に空間のマナを測定できる装置を依頼しようか迷ってたんだ、
でも完成までに時間掛かりそうだしリテルスさんにお願いしようかな?」
「リテルスさんは空も飛べますので緊急の連絡役としても重宝します、
同行して頂いて、念のためカプア主任にも制作を依頼しておいては如何ですか?」
「そうだね、それと調査班の人達にも何人か同行して貰わないと、
ある程度の場所が特定できた後は人手が必要になる、馬車がもう1台欲しいな」
「用意しましょう」
本人の意思に関わらずリテルスのカンタル同行が決定。
「彼はどうするのですか?」
「クルートンさんは体力的に厳しいと思うから…」
「いえ、マツモト君のことです、もう仕事が無いと言っていましたし、
この際同行して頂いた方が効率的かと思いますが?」
「2日後には出発したいし、マツモト君は…まだ無理かなぁ?」
顔をポリポリしながらプリモハを見るフルムド伯爵。
「まだとは?」
「いやぁ…僕は直接関与してないからなんとも…その辺りはプリモハちゃんに聞いて」
「? プリモハ?」
「何も心配いりません、マツモト君は元気です」
空虚な瞳で淡々と答えるプリモハ、口元は笑っているが目が笑っていない。
「(う、嘘を付いておる…)」
「(分かり易い…)」
「(まだまだですねプリモハ、素直過ぎます)」
アンダースも無言で頷いている。
「…任せておいてあれなんだけど、プリモハちゃん、本当に大丈夫?」
「大丈夫です、何も非人道的なことは行っていません、
それよりタルタ王の今後の予定をお聞かせいただけませんか?」
「う、うむ…国に帰りルーン魔増石の活用法を探るつもりだ…、
それにホラントの手助けをしてやらねばならぬ、
クラージ達が先導しているとは思うが我が民は少々人見知りでな…」
「(嘘だ…絶対嘘だ…)」
「(話をすり替えましたね)」
フルムド伯爵がなんだか不安そうな顔をしている、
アンダースは扉の外のメイドに何やら耳打ちしている。
「あのプリモh…」
「ルーン魔増石は消費マナが膨大になることが問題です、
魔増石を幾つも重ねることで解決出来たりしないのでしょうか?」
「(さ、遮ったぁぁ!? 明らかに僕の言葉を遮ったよねプリモハちゃん!?)」
「う、うむ…マナの増加に関しては理論的には可能だが、
大型化するため携帯には向かぬだろう、大槌を振れる者は限られる、
例え携帯できたとしてもヒヒイロカネが無ければマナが球状に放射される、
自滅前提の武器など使い物にならんだろう」
「完全とはいきませんがアダマンタイトならマナを遮断できます」
「あの破壊力の前に多少のアダマンタイトなど無意味だ、
安全に使用可能になるまで覆えば固定砲台となる、
3発使用すれば崩壊するだろうがな、それよりプリモハよ」
「なんでしょう?」
「マツモトは本当に大丈夫なのか?」
「…大丈夫です」
「…何故目を逸らす?」
「元気です、安心して下さい」
「(う~む…)」
虚ろな目のプリモハ、横のフルムド伯爵が青ざめている。
「ちょとプリモハちゃぁぁん!? 本当は何したの!?
僕マツモト君の身の安全と生活を保障するって約束してるんだけど!?」
「あの調子ならあと2週間くらいは大丈夫ですよ、おほほ」
「どういうことぉ!? ていうか僕昨日からマツモト君見てないんだけど!?」
「おほほほほほほほほほほほ…」
肩を揺さぶられながらプリモハが乾いた笑い声を量産していると、
ラビ族のメイドが部屋に入って来てアンダースに耳打ちした。
「ロックフォール伯爵、マツモト様はどうやら屋敷内にはいらっしゃらないようです」
「そうですか、となると…チーズ工場辺りでしょうか、ねぇプリモハ?」
「ほ…」
石化するプリモハ、どうやら図星らしい。
「どういうことペニシリ?」
「恐らく監禁でもしてるのでしょう」
「「 は? 」」
「アンダース、ギルドで履歴を確認して下さい、
チーズ工場の手伝いの依頼を受注している筈です」
「畏まりました、ですが私としてはプリモハ様に自白して頂けると手間が省けるのですが」
「…ふん、なかなかやりますわねお兄様」
「兄であり領主ですので、これ位は当然です」
「「 えぇ… 」」
プリモハが何か悪役みたいに顔をしている。
「しかし何故そのようなことを?」
「おほほほほ! この私がそう簡単に話すとお考えですか?
甘いですわねお兄様! 知りたければ先日届いたルコール共和国産スモークチーズを全て…」
「マツモト君は異世界から来たんじゃないかって考えてるんだ」
「ほう、興味深いな、詳しく聞かせて貰おう」
「その前に一息つきましょう、アンダース何か甘い物はありませんか?」
「タルトをご用意しております」
勢いよく立ち上がった悪役風プリモハを放置して話を進める3人、
タルトが切り分けられると大人しく座った。
一方その頃、チーズ工場のとある倉庫に監禁中の松本は。
「すみませ~ん、そろそろ出して欲しいんですけど~」
「駄目です」
「…、ラッチさんでしょ」
「…違います」
「今のニコルさんでしょ」
「…」
「せめて俺の棍棒持って来て下さいよ~、あと魔法の粉」
「はい」
扉に設置された食事配給用の小窓が開き魔法の粉が差し入れられた。
「(あ、魔法の粉は貰えるのか)ありがとう御座います~リンデルさん」
「「「 (なんで分かるの?) 」」
関わっている人を探るため松本のレーダーはフル稼働中。
「あれ? これ新品だ、しかも肉味…」
「不満だった? 沢山あるし人気のヤツなんでしょ?」
「いや、一番不人気のヤツです…他に無いですか?」
「え~とね、なさそうかな? 取り敢えずそれで我慢して」
「はい~…(ドーナツ先生は隠す気ないなぁ)」
魔法の粉の原料はチーズを作る際の副産物『ホエー』、
勿体ないし丁度いいのでダナブルのチーズ工場では魔法の粉も制作しています、
因みに、松本の監禁されている倉庫の隣が専用倉庫、
一応需要があるので一定数制作しているが
肉味は美味しくないので長期在庫になりがちである。
場面は戻って、ロックフォール伯爵の屋敷。
「(確かにあの解読力は説明が付かぬが…あり得るのだろうか?)」
「甘いですねプリモハ、3食トイレ付ではマツモト君は1ヶ月経とうとも観念しません、
手足を縛り上げてネジネジにするくらいでないと」
「それウルダでやられてたよ、もっと火で炙るとかしないと無理かも」
「ひ、非道…お兄様もアントル様も…子供に対してあまりにも冷酷過ぎます…」
「「「 (う~ん…) 」」」
両手で口を押えてドン引きのプリモハ、悪事の才能無さ過ぎ…っと思ったが、
ネジネジ以前に子供を騙して監禁してる時点で結構悪い。
「それとプリモハ、パンを出す能力というのは流石に…」
「僕もそれはちょっと…」
「パンの精霊様か…」
「では獣人の里での出来事と施設内に沸いた大量のパンをどう説明するのですか!」
「ただの誤発注では?」
「僕はカプアさんがバターと一緒に置いたんだと思う」
「…」
「んぬぬぬ…施設内のパンは1度ではないのです! 凄く美味しいパンなんです!
お友達の証言も見せたではありませんか!」
「幼い子供1人の証言だけでは説得力に掛けます」
「あれジャンボシュークリームで言わせた感あるし…」
「実に可愛らしい少女であったな」
「ぐぬぬぬぬ…」
多分ミリーだと思われる。
「こうなっては呼ぶしかないようですね、ジェリコ~! 出番ですわよ~!」
「はい~」
複数の食パンを乗せたテーブルを押しながらジェリコが入って来た。
「どうも~柔らかいパンが大好物でお馴染み、ジェリコで~す」
「今からジェリコが目隠でパンを食べ、どのお店の物か当てます」
「「「 …どうぞ 」」」
「意図がお分かり頂けていないようですね、
いいですか? ジェリコは獣人の里で食べたパンと、
ダナブルでマツモト君から貰ったパン、
そして施設内に沸いたパンが同じモノだと言っているのです!」
「お嬢、獣人の里で食べたパンより美味しくなってたっす」
「聞きましたか? 更に美味しくなっていたと言っているのです!
そしてそのパンはダナブル中のお店を探しても見つからない! 存在していないのです!」
「「「 … 」」」
「おほほほ! 衝撃の事実に言葉も出ないようですね、さぁジェリコ!
全て正解して自分の味覚が信頼に足ることを証明するのです!」
「根性~」
「第1問、これは何処のお店のパンでしょうか?」
「ん~しっとり…、南区のハリステルダム1号店」
「正解!」
「「「 (う~ん…) 」」」
ジェリコは全問正解したが証拠としては認めて貰えなかった。
そして翌日、馬車置き場にて。
「あの…見た目はそのままでってお願いしたと思うんですけど…」
「いや~なんか弄り出したら止まらなくなったっていうか…」
「最初は私と主任だけだったんですけど…オーク建築の職人さんがちょちょっと…
フルムド伯爵の馬車だと知ってチョリスゴブリン資材店から資材の提供も…」
「「 ごめんなさい! 」」
「あ、あぁ…うん…」
バチバチにフルチューンされた馬車に愕然とするフルムド伯爵、
荷台の外装は手彫りの装飾、中にはお尻に優しいフカフカのシート、
簡易コンロに網戸の付いた窓、光輝石のミニシャンデリア、
全体的にサイズアップしており、出力も2馬力にパワーアップ(ポニコーン2頭)、
何処からどう見ても伯爵仕様、といういか一般人はまず使わない馬車に仕上がっている。
「あ、フルムド伯爵、これお願いします」
「はぁ…は!?」
「「 ごめんなさい! 」」
「あぁ…うん…(ペニシリにお願いしよ…)」
きっちり代金を請求された。
そしてそしてその日の夜、新世界にて。
「また行っちゃうのねアントル、寂しくなるわ」
「出来るだけ早く帰って来られるといいけど、どうかな?」
「身体に気を付けて、それと私の子供達をよろしく」
「うん、ママも体に気を付けて」
「プリモハのことも忘れずにお願いします」
「身の安全の話なら僕よりジェリコさん達に任せた方が確実だよ、
僕もペニシリと同じで守られる側だからね」
「同じとは言い難いですね、アントルは強化魔法を扱えるではありませんか、
私の分も早く見つけて下さい」
「あら、それじゃ私の分もお願いしておこうかしら?」
「そんなに簡単に見つからないって、強化魔法の魔石は1000年以上前の遺物なんだよ?」
「「 ふふふふふ 」」
賑やかな店内でカウンターに座るロックフォール伯爵とフルムド伯爵、
後ろではプリモハ調査隊の4人がチーズとお酒で盛り上っている。
「アントルはお茶だけでいいの? 簡単な物なら出せるわよ」
「うん、ナッツとお茶だけで大丈夫」
「一般論としてお酒を嗜む店でそれは失礼にあたります、
ましてや領主がそのように振る舞えば民は財政難かと心配になるかもしれません」
「だって僕飲めないし、それにダナブルの領主はペニシリだろ」
「私はほら、この通り」
「もっと沢山飲むぴょん」
ロックフォール伯爵がグラスの中身を飲み干すと
ラヴがすかさず赤ワインを注いだ。
「…、高いお茶って無いのかな?」
「いいのよアントル、家みたいなものなんだし、
私は顔を見せに来てくれるだけでも嬉しいわ、はいナッツ」
「ありがとう、あ、そうだ、久しぶりにママの歌が聞きたいかな」
「駄目、私はもう歌わないわ」
「何故? 凄く上手いのに」
「私も是非お聞きしたいです」
「哀しい歌だもの、家族が出来て、店の子達がこんなに増えて、色物街も変わったわ、
だからもう哀しい歌は必要ない」
「うん」
「そうですね」
「変わりにいい曲があるわ、皆~フルムド伯爵が歌をご所望よ~」
「「「「 は~い! 」」」」
ステージに上がるアゴミ、オタマ、パーコ、モジャヨ、
スポットライトに照らされてアゴミがセンターでマイクを握る、
モジャヨのカウントに合わせてオタマとパーコが弦を弾いた。
~私らしく、愛~
作詞:アゴミ
作曲:オタマ
私は知っている、言葉にするのは簡単だけど、
見極めるのは難しい、そう、それは幻、
皆が求めている、触れることは出来ないけれど、
手に入れたいと願ってる、そう、まるで夢、
男は女を、女は男を、愛し愛され世界は回る、
だけど私の体は男、そして私の心は女、
認められない歪な愛は、世界を回すことは無い、
私は知っている、自分の愚かさと醜さを、
それでも前に進むのは、何故? これは罪?
結末は知っている、決して実ることの無い果実、
完璧なんて求めはしない、なら、これは業
非難の声も、蔑む視線も、いくらでも受け止めるわ、
この顎もこの髭も、全て私の魅力1つ、
自分らしさを失わなければ、胸を張って輝ける、
さぁ、見つけましょう、本当の居場所を、
たまには傷ついて泣いてもいいじゃない、
さぁ、怖がらないで、顔を上げるの、
綺麗に化粧して最高に気高く美しく、
認めて欲しいとは思わない、
変えてみせるわ、赤いドレスと口紅で、
幸せな未来は掴み取る物、愛、貴方と共に。
「なんだか元気を貰える歌ですね」
「あの子達らしい曲でしょ、あ、は~い! ラヴ奥のテーブルにお酒お願い」
「まったく、今日は忙しいぴょん、肝心な時にオマツはいないぴょん」
ブツブツ言いながらラヴが緑の角瓶を持って行った。
「オマツは大丈夫なの? 店の子達も心配してるんだけど?」
「そ、それは…」
「大丈夫です、マツモト君は優秀なので少しの間施設に泊まり込みで働いて頂いています」
「そう、そういうことにしておくわ」
「お願いします」
「(心が苦しい…)」
次の日の朝、フルムド伯爵達はカンタルへ出発し、タルタ王は国へと帰国した。
「朝食っす」
「どうも、これいつまで続ける気ですか?」
「マツモト君が素直に話すまでっす」
「俺はもう素直に全部話してますよ、それとも嘘付いた方がいいですか?
っていうかどうやって本当か嘘か判断するんですか?」
「それは…う~ん?」
松本の監禁役はルーベン、リンデル、トナツに引き継がれた。
各地で魔王対策が進められるなか、
遂に伝説の武器と盾の所在が判明した、
その情報を知った各国の要人達は魔王討伐への期待を高め、
人々は懸命に努力を積み重なる、
だが、そんな事情は世界にとって雑音に過ぎず、
そこに生きる者達を憐れむことは無い、
約束の時は近い…




