239話目【実験と報告と追加情報】
ダナブルから1時間程離れた何もない平地、
上空から見下ろすと幾人かの人影とそこから伸びる1本の線が確認できる。
人影の大きさから推察するに線の長さはおよそ1キロ程、
先端に何やら接続されているようだが小さすぎて判別できない。
地上のフルムド伯爵の視点を拝借すると、
お偉いさん枠はロックフォール伯爵とタルタ王、
シード計画調査班からはクルートンとプリモハ、
賢者の末裔ファミリーのダリアとストック、
護衛のとしてパトリコとラッチが確認できる。
「お嬢~接続大丈夫で~す」
「エルルラさん本当にここまで離れる必要あるのか?」
「当然! 私の勘が必要だと言っている」
線の先からニコル、ジェリコ、エルルラが歩いて来た。
「…勘だけ?」
「ちょっとちょっとジェリコちゃ~ん、甘く見たら駄目だって、
こういう時の勘って大体あだぁ!?」
「当たったわね」
「当たったな」
「いったぁ!? 何!?」
先頭を歩いていたエルルラが見えない壁に激突した。
「お嬢の強化魔法だな、その辺り開いてないかニコル?」
「え~と、あ、ジェリコここ通れる」
「先に言ってよ~いたた…」
手探りで通れる場所を探して3人通過。
「あれ? 3人が帰って来てから防御壁張るようにお願いしたと思うけど…」
「おほほほ…」
頬をポリポリするクルートンの横でプリモハが笑って誤魔化している。
「プリモハさん念のために3重で防御壁をお願いします」
「既に完了済みです!」
「(う~ん…仕事が早いというか…)」
キリっと決め顔のプリモハ、クルートンは若干困り顔。
「準備が整ったようですので、ダリアさんストックさんお願いします」
「了解だ」
「はい~」
ロックフォール伯爵の合図でダリアとストックが線にマナを供給開始。
「反応が無いな、ストックどれくらい送ればいいんだ?」
「何か反応があるまでじゃない? そのために僕達が呼ばれたみたいだし」
「並大抵では反応せんだろう、全力で構わん、但し何かあった際は直ぐに止めよ」
そして暫くの後。
『 !? 』
「止めよ!」
「アントル! プリモハ!」
タルタ王とロックフォール伯爵が声を上げた矢先に大爆発、
キラキラと輝く球状の巨大な渦が発生し、
衝撃波が防御壁をいくつか粉砕、輝く渦が消滅した後には抉れた地面が残された。
「…終わったようだな」
「2人共助かりましたよ」
「お~っほっほっほ! 私が強化魔法で皆を守りました!」
「(僕も防御壁張ってて正解だったな…)」
フルムド伯爵とプリモハが防御壁を何重にも張り直したおかげで怪我人は無し。
「マジかよおっかねぇ、皆無事か?」
「「「 はい~ 」」」
『 あばばば… 』
パトリコとプリモハ調査隊以外は若干放心気味、日頃の経験の差が顕著に表れている。
「なにやら見たことのない魔法でしたが…」
「いや、あれは恐らく…」
「魔法ではありませんぐぅ!?」
上空から水晶玉を持って降りて来たエルフが見えない壁で足をグネった。
「ふふふ、無事だったようですね、安心しました」
「少々無事とは言い難いですが…なにこれ…」
「すみませんリテルスさん、僕が作った防御壁です、直ぐ解除しますので…」
『 (強化魔法って結構危ないな…) 』
フルムド伯爵とプリモハが全ての見えない壁を解除した。
「先程の爆発は魔法ではなく純粋なマナです、
煽られて危うく墜落するところでしたよ、依頼された記録はこちらに」
「ありがとう御座います、報酬は屋敷でアンダースから受け取って下さい」
「分かりました、それでは」
水晶玉をロックフォール伯爵に預けてリテルスは飛び去って行った。
『リテルス』
光の3勇者の演目でリテルス役(本名)で出演していたハイエルフ、
薬局関連では働いておらず劇団員1本の本格派、
空が飛べるのでちょくちょくロックフォール伯爵からの
依頼をこなし臨時ボーナスを得ている。
「タルタ王、どのような原理で先程の爆発が発生したか説明を頂きたいのですが」
「うむ、よかろう」
「ロックフォール伯爵、今の騒ぎで魔物が出てくると厄介だ、
アタシはとっととアレを回収して町に元った方がいいと思うがねぇ」
「確かにパトリコさんの言う通りですね、従うとしましょう、
クルートンさん回収を急いで下さい」
「わかりました、エルルラさん行きましょう、ってあれ?」
先程までいた筈のエルルラとプリモハ調査隊の姿が無い。
「エルルラさん達ならあそこに」
「そうですか…(元気だなぁ…)」
配線の延長上に疾走する4人の姿が確認できる。
「…お~ほっほっほっほ…」
微かにプリモハの高笑いも聞こえる。
「それじゃ僕は配線でも回収しようかな、お、重い…」
「私も手伝おう、お、重いな…というかなんだが体が…ストックも引っ張ってくれ」
「それが僕もちょっと疲れちゃってて、マナ結構消費してると思うよ」
「アタシがやるから休んでな」
台車に乗せてある大きなコードリールに配線をセットしてパトリコが回収。
「クルートンさん残ってましたよ~! ほらほらこれ~!」
「落とさないでよ~、まだ危ないかも知れないしさ~
絶対にマナだけは流さないで~」
ネネの槍の装飾を掲げたエルルラとジェリコが戻って来た。
「お~っほっほっほっほ!」
「走るとまたバテますよお嬢~」
「無理しないで下さいよお嬢~」
遅れてプリモハの高笑いも戻って来たので撤収、
槍の装飾の実験だったらしい。
数時間後、シード計画施設内、調査班横の部屋。
先程のメンバーに
開発班からカプア、ハンク、
推察班からリンデル、ルーベン、
解読班からペンテロ、松本
の6名を追加。
ダリアとストックは疲労のためトナツの診療室で休憩中。
「(ロックフォール伯爵とタルタ王がいる、下っ端の俺が居ていいのかこれ?)」
何故か呼ばれた松本はさておき、調査報告発表開始、
水晶玉から照射された資料の説明を担当するのは鼻息荒めのエルルラ。
「うぉほん! え~それでは全員席に付いたようですので始めさせて頂きます」
「エルルラさん、伯爵とタルタ王もいらっしゃるからさ、言葉にはくれぐれも…」
「静かにぃ! 私語は慎んで下さいクルートンさん!」
「あそう…まぁいいけどさ…」
一番手前の席に座るクルートンの頬に差し棒を減り込ませるエルルラ、
いつもに増して勢いが先行している。
「(よく見たらシード君だ…)」
一番後ろの松本からは目を凝らさないと判断できないが、
グッと近寄ってみると指し棒の先端はマスコットキャラのシード君、
右手の人差し指?を頭上に掲げたポーズをしている。
「では始めます、最初の報告内容は、
プリモハ調査隊が持ち帰った(ギリギリ聞き取れない小声)
ネネ様の伝説の槍、の! 先端付近に取り付けられていたこちらの装飾品について」
「すみませんエルルラさん」
「はい、ライトニング坊や」
「一部聞き取れなかったのでもう1度お願いします」
「…聞き取れなくても問題ない部分です、今からいい所なので説明を妨げないで下さい」
「あ、はい…」
松本の要望は却下された。
「一見何の変哲もない装飾品、ですが、私は1目見た時から危険だと感じていました、
もうこれはヤバいなと、まぁその予想は今日の実験で的中した訳で、
私は初見で伝説の槍の本質を見抜いていたと言っても過言ではなく…」
「皆待ってるからさ、先に進めてエルルラさん、はいはい…」
催促したクルートンに無言でシード君を減り込ませるエルルラ。
「装飾品の先端部、槍の刃先に向く部位をそう呼称しています、
先端部には穴が開いており、内部を調べて判明した構造がこちら、
表面はオリハルコン、中心部に魔増石、
そして魔増石を覆っている謎の赤茶けた鉱石です」
装飾品内部の画像を拡大し赤茶けた鉱石の画像が写し出される。
「これは実験前の画像ですが既にひび割れてしまっています、
恐らく前回の魔王との闘いで損傷、加えて長い年月で劣化したものと考えられます、
そしてこちらが本日の実験後の画像なのですが…」
酷く損傷した赤茶けた鉱石の画像が写し出された。
「完全にバッキバキになってしまいました、こりゃもうダメですね」
『 (えぇ…) 』
説明ではなく只の感想である。
「続いて本日の実験についてです、先ずは地上からの映像をご覧下さい」
キラキラ輝くマナ爆発の映像が流さる。
「(ひぇっ…あの輝きは…)」
見覚えというか身に覚えのある松本にクリーンヒット。
「続いて上空からの映像です」
リテルスが撮影した上空からのマナ爆発の映像が流れる、
地上からの映像では只の球状の爆発だったが、
上空からだと最初に一定方向にマナが射出され、
その後に球状に広がったのが分かる。
「最初の一瞬は特定の方向にマナが射出されています、
これは装飾品の先端部の穴の方向と一致します、
その後は全方向に向けてマナが射出、球状の大爆発、
実験後に謎の赤茶けた鉱石がバッキバキになっていたことを踏まえると」
「その謎鉱石はマナを完全に遮断することが可能で、膨大なマナの射出方向をごっ!?」
カプアの額に何かが直撃し静かになった。
「しゅにぃぃん!?」
「はいそこ~勝手に先走って説明しないで下さ~い」
低めの声でエルルラが威嚇している。
「(机の脚にくっ付く、これ磁石か)」
足元に転がって来たシード君マグネットは松本が回収。
※シード君マグネットを人に投げてはいけません、
冷蔵庫にメモを張り付ける時に使いましょう。
「え~うぉほん! 謎の赤茶けた鉱石で完全にマナを遮断し、
指定の方向へ射出する機能こそがネネ様の槍の本質だと思われます」
『 おぉ~ 』
「実験の爆発はあくまでも純粋なマナによるものであり、魔法ではありません、
しかし、マナと魔法は同じです、いいですか皆さん重要な部分ですよ!
理解できない方のために参考映像をどうそ」
「「「 どうも~3色団子で~す! 」」」
緑と白とピンクに色分けされた3名の女性が手を振る映像が写し出された。
「え~こちらはダナブルのAランク冒険者チームの皆さんです」
「私はヨモギ、風と土を操る…」
「あ、自己紹介は飛ばしますね」
『 (…) 』
無慈悲な自己PRスキップ、
早送りされる映像を見るに結構気合が入ってたっぽい。
「(この人達見たことあるな、Aランクだったのか)」
松本はギルドで見たことがあるらしい、
但し、ダナブルで上位のチームなので面識は無い。
『3色団子』
女性魔法職3名のAランクチーム、
緑がヨモギ、風と土担当、
白がモチチ、回復と雷担当
ピンクがサクラ、火と水と氷担当、
近接職がいないのでバランスが悪いが本人達は粋だと思っている、
あと、たまに喧嘩して担当魔法を交代する。
サクラはルドルフと色が被っているとかで
面識も無いのに勝手にライバル意識を持っているらしい。
ダナブルの冒険者チームは実益より価値観とか見た目を優先しがちである。
「あぁ~きたきたきた!」
「すご~い、綺麗だね~」
「ちょとこれ危なくない!? ヤバいってこれ!?」
なんか緑と白とピンクが向かい合ってはしゃいでいる。
「はい止めま~す、ここです、
この3名の中心でキラキラバチバチしている光がマナです、
このように扱いに長けた方であれば、
体内のマナを放出してぶつけることが可能です、
次にこれを応用した参考映像をどうぞ」
槍を持ったオネェの映像が写し出された。
「こちらはSランク冒険者、槍のノルドヴェルさんです、
冒険者育成用にギルドに配布された映像から抜粋しています」
「マナをしっかり操れるなら武器で跳ね返すことも出来るわ」
「はい止めま~す、ここ! この槍先を見て下さい、
先ほどと同じキラキラが見えます、続きをどうぞ」
「ちょっとだけ難しいけど」
ノルドヴェルが槍で火球を跳ね返した。
「はい凄い~、跳ね返してるの凄い~、…あれ?
切ったり防いだりではなく跳ね返したんですよ!
凄くないですか? 皆さんちゃんと理解できてますか?」
『 … 』
「エルルラさんもっと噛み砕いてさ、全員に分かり易く、はいはい…」
シード君でクルートンを黙らせるエルルラ、
一応半分くらいの人は頷いている。
「え~、ギガントバジリスクの火球は魔法ですので
通常の物理的な武器では跳ね返すことは出来ません、
魔法とは私達の体内で生成されたマナを目的に応じて変換させたものです、
言い換えればマナとは方向性の定まっていない魔法、
故にぃ、ご覧頂いた映像のように槍にマナを纏わせることで
魔法に対して干渉することが可能となります」
『 おぉ~ 』
「え~勿論、本日の実験のように非効率ですがマナ単体でも
魔法と同様に物理的な影響をもたらすことが可能です、
つまりぃ! ネネ様がぁぁ!」
「うん、ちょっと落ち着こうかエルルラさん」
「なんですかもう! 落ち着いてますよ私ぁ!」
「いやほら、勢い出ちゃってるからさ、1度深呼吸して、はいはい…」
「す~は~、すぅ~はぁ~…」
クルートンを黙らせつつもしっかり深呼吸している。
「え~つまりですね、今から結論を述べますよ~皆さん、
ネネ様達がこのマナ射出装置を用いて魔王と討伐したということは、
少なくとも魔王に対してマナ、もしくは魔法の効果が見込めるということです!」
『 おぉ~! 』
一同から拍手が贈られる。
「エルルラさん満足した?」
「した、私今凄く充実してる…」
「そうだよね、なんか輝いてるもん、それじゃ僕も喋っていい?」
「いい、私満足…」
自己顕示欲が満たされたエルルラは恍惚とした表情で席に付いた。
「調査班のクルートンです、エルルラさんの補足をさせて頂きます、
魔王に付いては現状確かなことは何も分かっていません、
ですが伝承の通り魔族に光魔法が有効であること、
1000年前後で度々復活するとうい特性、
そして火の精霊様の『魔王は理であり一部であり歪である』
とのお言葉を踏まえると、前回の魔王と同じ可能性が高いです、
え~と、規模や外見ではなく性質の話ですね、
これはあくまでも僕個人の意見で、とても不敬な考えではありますが、
魔王とは精霊様と同じようなマナの集合体ではないかと」
『 (…) 』
「なるほど、前回の魔王は討伐されたのではなく
構成するマナを消耗させられ一時的に活動出来なくなっているだけであり、
1000年おきの復活は精霊様でいう体現と同じ現状であると」
「その通りですロックフォール伯爵、いわゆる休眠状態です、
マナは世界を構成する一部ですから無くなることはありません、
そう考えれば火の精霊様のお言葉も多少は理解できると思います」
『 (う~ん…) 』
仮設が正しいとすれば対応手段があるのは朗報だが
魔王を滅ぼせないのは悲報である。
「それともう1つ、この装置の使用について疑問が残ります、
光の3勇者様については諸説ありますが魔法が使えなかった説が最も有力です」
「賢者の末裔の方達のように魔法は使えずともマナは扱えたのでは?」
「その可能性も当然あります、ただ…
ダリアさんとストックさんの実験前後のマナ量を測定し、
配線の抵抗などを含めて計算してみたのですが、
今回消費されたマナ量はSランク冒険者2人分程です、当然魔法職の方です」
「1度でですか?」
「はい、異世界から来られた伝説の勇者様ですから有り得ないとは言いきれませんが、
魔王を精霊様と同等と考えますと流石に1度や2度の攻撃で討伐は無理かと、
勇者様が精霊様と同等のマナを保有していたのであれば可能ですが…」
「少々現実的ではありませんね」
『 (う~ん…) 』
腕を組んで首を捻る一同、ロックフォール伯爵の感想に同意らしい。
「いや、1つ可能性がある、同時に悪い知らせもな」
静観していたタルタ王が口を開いた。
「我がタルタ国には3代目タルタ王マグスの手記が残っている、
内容は建国時の王、初代タルタ王カルカドついてだ、
カルカドは光の3勇者の武器の製作に関わっている」
『 (おぉう!?) 』
目を見開いて前のめりになる一同。
「(カルカド? カルカドってどこかで…)」
松本だけが継続して首を捻っている。
「謎の赤茶けた鉱石は恐らくヒヒイロカネであろう、
太陽のように赤く、宝石のように透き通った輝きを持つとされ、
アダマンタイトと異なりマナを完全に遮断することが可能、
だが強度はアダマンタイトよりも劣る、
ミスリルよりも弱い鉱石と記載されている」
『 ほうほう 』
「そして悪い知らせなのだが、マグスの手記には入手場所は記されておらん、
我も大陸全土を探してみたが未だに見つからん、
キキン帝国ですらヒヒイロカネに関する記録はないそうだ」
「初めて聞く名ですが、そうなると土の精霊様に由来する鉱石では無いのかもしれませんね」
「恐らくは特殊な環境下でのみ生成される希少鉱石であろう、
ロックフォール伯爵が知らぬのも無理はない」
「すみませんペンテロさん、キキン帝国ってなんでしたっけ?」
「一番東にある人間の国です、昔土の精霊様がいらっしゃった影響で鉱石が沢山採れます」
「今は精霊様いないんですか?」
「いません、土の精霊様はかなり昔から不在です」
「へぇ~」
『 (…) 』
コソコソ話をする松本とペンテロに視線が集まっている。
「良いか?」
「「 すみません、どうぞ 」」
「勇者の武器についてだが、非常に興味深い内容でな、
槍と盾と手斧を製作し、その内の2つに最高の技術を組み込んだそうだ、
1つは槍の魔増石、表面に古代ドワーフ文字が刻まれておる、
我も初めて実物を見たが、あれはルーンだ」
「はて、ルーンとは? それも初めて耳にする言葉ですが…」
「古代ドワーフ文字を刻むことで鉱石の力を飛躍的に高める効果がある、
既に失われてしまった古の加工技術だ」
「そうですか、残念です」
「全くだ、実物をこの目で見ると余計に口惜しい、
2つ目は盾には極めて純度の高いマナ石を組み込んだそうだ、同じくルーンであろう」
「マナ石ですか? マナを溜めるだけの鉱石を何故?」
「先程のクルートンの疑問の答えだ、
恐らく盾で魔王のマナを取り込み槍の攻撃に利用したのではないか?
それであれば体内のマナ量は関係ない」
『 なるほど~ 』
「(え? マジで? ちょっと待てよ…それって…)」
うんうんと頷く一同、松本が渋い顔をしている。
「手斧には何か特別な技術は用いられなかったのですか?」
「氷の魔集石を使用したとだけ記載がある、
我々にとっては特別だがルーンに比べれば劣るのだろう」
「そうですか、タルタ王のご説明で勇者様が使用した武器の詳細が判明した訳ですが、
問題はその在り処、ネネ様の槍は幸運なことに発見済みです、
ふふふ、さて、この中で誰かご存知の方がいてくれると良いのですが…ねぇマツモト君?」
あからさまに松本を指名するロックフォール伯爵、
皆の視線が集まるが当人は渋い顔で考え事をしている。
「マツモト君?」
「ん? あ、はい、何でしょうロックフォール伯爵」
「トール様の使用した武器の場所をご存知とお聞きしましたが?」
『 … 』
「え!? 因みに…誰から…」
「私はフルムド伯爵から」
「僕はルーベンから」
「俺はマツモト君からっす」
「あ、あぁ~…あのこれは…もしかしてペンテロさんも?」
「はい知ってます、安心して下さい、ロダリッテさんにはまだ伝えていませんから」
「っほ…」
胸を撫でおろす松本、相当怒ったロダリッテが怖いらしい。
「まだ全部読んでないのであれなんですけど、
トール様の使用した武器はカンタルにあるそうです」
『 おぉ~ 』
「マツモト君本当に? カンタルにあるの?」
「まぁ、盗掘とかされて無ければですけど、
ロダリッテさんが解読中の本にはそう書いてありました」
「あるんだ、カンタルに…絶対に見つけないと」
「ふふふ、責任重大ですよフルムド伯爵」
「そうだね、僕領主だし」
「あの~…フルムド伯爵」
「何マツモト君?」
「カンタルって何で砂漠化してるんですか? ダナブルと王都から極端に離れてないですけど」
「いや、原因は分からないけど…なんで?」
「もしかしてですけど…さっきタルタ王が言ってたルーンマナ石のせいじゃ…」
『 …え? 』
「いやあの、なんか蓋とかに使われてたヒヒイロカネが劣化して
ギャンギャン周りのマナ吸ってたりとかしません?」
「どう…かな? カプア主任どう思う?」
「有り得ますよ~人間とか大きな生物に影響がなくても、
マナ保有量が少ない植物なら成長が阻害されて枯れちゃう、
時間が経てば砂漠になるかも」
『 そういうこと!? 』
長年に渡る局地的砂漠化の原因が判明した。
「1000年後には大陸全土が砂漠化して
禁断の地のように人が近寄れない場所になってしまうかもしれませんね」
「ん? ペンテロさん今なんて言いました?」
「ですから、そのうちにこの大地も禁断の地のようになってしまうかもしれないと、
少し大袈裟でしたね、すみません」
「禁断の地…? 禁断の地ぃぃ? 思い出しぃぃ…何でもないですぅ…」
何かを思い出したらしいがペンテロの顔を見て失速する松本、
背後にルーベンとリンデルがシュッと現れ羽交い絞めにされた。
「何を思いだしたのかなぁ~マツモト君?」
「隠し事はいけないっすねぇ~何の本を読んだんすか?」
「何でもないです…気のせいでした…」
「読んだんでしょ? 未解読の本」
「マツモト君はどんな文字でも読めるっすからねぇ?」
「よ、読んでないです…苦しい…やめて…子供をイジメないで…」
「これくらいで君がどうにかなる訳ないでしょ! おら吐けぇ!」
「鍛えてるのは知ってるっすよ~」
「やめてぇ~イジメないで~俺子供ですよ~」
締め上げられている割に余裕が見える松本、
バトーとカルニにネジネジされた時に比べればなんてことはない。
「…、もしかして私の解読中の本ですか?」
「うっ…」
「キルビス王朝の」
「うっ…」
「アタリみたいね」
「何で顔を背けるんすか?」
「いや、あの…なんか申し訳ないというか…」
「マツモト君、私は気にしませんので情報を共有して下さい」
「は、はぃ…すみません…」
松本解放。
「同じ人か分かりませんけど、カルカドって人が
キルビス王朝の人達と一緒に禁断の地へなんちゃらって」
「何? どういうことだ?」
「ふふふ、なにやら全体的にふわふわしていますね、もう少し鮮明になりませんか?」
「すみません、本当に軽く目を通しただけなんで…
(やだもう…お偉いさんの相手はそれなりの立場の人がやって!)」
「では持って来ますので皆さん少々お待ち下さい」
『 はい~ 』
ペンテロが本を取りに行き小休憩。
『禁断の地』
世界地図の下の方にちょっとだけ記載されている謎の大陸、
決して立ち入ってはいけないと言い伝えられている場所、
どのような大地なのか全く記録が存在していない世界の禁忌。
ライトニングホークや巨大モギはそこから来たと考えられている。
「マツモト君! あれ程魔王対策が優先だと言ったでしょ!」
「マツモトは気を使い過ぎだぜ」
「そんなこと言ったって喉をズンってやられるんですよ? 急所ですよ?」
「避けたらいいじゃん、バトーさんなら余裕だよ?」
「余裕じゃないですって、めっちゃ早いんですから」
「それはロダリッテさんでしょ、ペンテロさんはそんなことしないって」
「そうは言いますけどねぇ…実際にズンてやられてるんですよ俺は、
上司のペンテロさんだってやって来るかも知れないじゃないですか」
『 やりません~ 』
「(くぅぅ簡単に言いおってからにぃぃ)」
部屋の端で松本がプリモハ調査隊から両手で作った×を押し付けられている。
「お待たせしました」
ペンテロが戻ったので全員着席。
「え~とちょっと待って下さいよ、…、…、あ、あったあった、
自らをカルカドと名乗る小男がやって来てキルビス王との面会を求めた、
門番が小柄な体をからかい追い払おうとしたが
腕を掴まれ茂みに投げ込まれてしまった、
カルカドは何事も無かったかのように別の門番に同じ要求を繰り返し、
追い払われては投げ、また追い払われては投げ、
見た目に反した怪力で瞬く間に20名ほど茂みの中に消してしまった、
困り果てた門番が謁見を申し入れカルカドはキルビス王と面会を果たした。
これです」
「続けよ」
「カルカドの要求は禁断の地への遠征、かの地は古より禁忌とされ、
何人たりも足を踏み入れることを許されてはいない、
求めた者には必ず不幸が降り注ぎ、国をも亡ぼすと伝えられている、
勇猛で野心に溢れた先王ですら決して口に出さなかった狂行を、
平然と要求する小さな客人に私達は呆気に取られてしまった、
正気を疑う者もいたがカルカドは意に介することは無く、
力強い視線はキルビス王へと向けられていた、
暫くの沈黙の後、キルビス王は口を開き理由を尋ねた、
カルカドは答えた、友の助言に従い来たるべき厄災へ備えるためだと、
その意思は固く、発せられた言葉は重く、
どこぞの王族かと思わせる凄味を感じさせた、
熟考の末、キルビス王が首をゆっくりと横に振ると、
選択の余地のない聡明な判断だと皆心から賞賛した、
だがキルビス王のお心は私達とは異なっていた、
謁見の礼を述べ立ち去るカルカドを呼び止め、
キルビス王は玉座を降りて手を差し伸べた、
準備には時間が掛かる、1年後にまた来られよ、
その言葉に頷きカルカドは固い握手を交わして去って行った、
だそうです」
「友ときたか…」
「続きはありますか? カルカド王に付いての部分です」
「少々お待ちを…(んなこと言われてもねぇ、1年後って何処ぉ!?)」
文字通り血眼になって文章をなぞりページを捲る松本、
プレッシャーも相まって眼球の血管が弾けそうである。
「(カルカド、カルカド…くそっ禁断の地出てき過ぎ、
まぁ準備してるから当然だけど…カルカ…あった!)
え~とですね、
約束の日より7日遅れでドワーフのカルカドは再びやって来た、
だが今回は1人ではなく10人のドワーフの男と1人の人間の男が一緒であった、
ドワーフ達は皆身の丈に合わぬ大槌を担いでおり、
一見するだけで禁断の地へ向かう戦士であると分かった、
だが人間は武器になりそうな物は所持しておらず決して屈強とは言い難い体である、
私達は男が如何なる用で赴いたのか分からず首を傾げた、
キルビス王がカルカドへ尋ねると、友だと答え、
次に男に尋ねると、驚くことに禁断の地へ同行すると答えた、
キルビス王が愚かな行為だと失笑し嗜めたが、
男は笑い自らの赤い瞳を指し、この色と同じ鉱石を探しに行くと答えた。
あれ? フルムド伯爵この人って…」
「賢者かも」
「本物ですかね?」
「まだ分からない、でも赤い瞳は賢者かその末裔でしか登場していないんだ」
「へぇ~」
賢者の新情報にフルムド伯爵が目を輝かせている。
「う~む…」
「どうかされましたかタルタ王?」
「なんと言っていいものか…また良い知らせと悪い知らせが出来た」
「是非お聞かせ下さい」
「ロックフォール伯爵よ、その本の内容は恐らく正しい」
「何か根拠があるのですね?」
「カルカドは賢者と面識がある、勇者の武器の製作を依頼したのは賢者本人だ」
「え? じゃぁ本当ってこと?」
「喜んでばかりはおれんぞフルムド伯爵、
その本の内容が事実であれば勇者の武器の完全再現は不可能だ、
ヒヒイロカネは禁断の地で採取されたことになるからな」
『 た、確かにぃぃ… 』
良いことも判明したが悪いことも判明した調査報告、
取り敢えず当面の目的はトールの武器の回収となった。
「「 ぐほぁ… 」」
「ふぅぅ…ふしゅぅぅ…」
「落ち着いてロダリッテさん!」
「暴れないで下さいロダリッテさん!」
「アンタもシード計画職員なら聞き分けなさいって!」
「どうしようペニシリ?」
「その本はマツモト君が確認したらロダリッテさんに差し上げます」
「…ふしゅ!?」
「ちょとペニシリ!?」
「大切なのは中の情報です、1冊くらい構いませんよ、
それと解読が終わったらマツモト君を1日だけ好きにして構いません」
「「「「 え? 」」」」
「…それなら」
「無責任過ぎだってペニシリ!」
「当然マツモト君も黙ってやられはしないでしょう、
ふふふ、問題ありませんよ、彼を捕まえる難しさはアントルも知っているでしょう」
「そうだけど…」
「「 … 」」
松本とルーベンが犠牲になったが、
ロックフォール伯爵の交渉によりロダリッテが解読中の本は引き渡された。




