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238話目【クリクリクッキー 後編】

クリクリクッキーで盛り上る地上に背を向け

地下に降りて行く男が1人。


「(流石にここまで来ると静かになるな…あれ?

  灯りが付いてる、ドーナツ先生出かけていないのかな?)」


休日のシード計画施設内にいるとすれば施設内で生活しているトナツだけ、

甘い物好きのトナツが出かけていないのは意外だな~

なんて考えながら部屋を覗くフルムド伯爵、

中では意外な人物がコーヒー片手に頭をポリポリしていた。


「今日は休みだよルーベン」

「あ、お疲れさまっす~フルムド伯爵」

「お疲れ、鍵持って無いのにどうやって入ったの?」

「ドーナツ先生に入れて貰ったっす、コーヒーで良いっすか?」

「あ、うん、ドーナツ先生は?」

「出かけたっすよ、行きつけの店で限定クッキーが販売されるとかなんとかで」

「そうなんだ、折角なんだしルーベンもクリクリクッキーを楽しんで来たら?」

「いや~俺はいいっすよ、馴染みもないですし、はいコーヒー」

「ありがとう」

「それと感謝のクッキー」


小さな包みをコーヒーの横に置きルーベンも着席。


「僕に? 何かしたっけ?」

「改めまして、シード計画の一員に加えて頂いて本当に有難う御座いました、

 ここじゃなかったら俺未だに立ち直れてなかったっす」

「あぁ~うん、どういたしまして、…やっぱりまだ夜は怖いよね?」

「最初の頃に比べればかなりマシっす」

「そうなんだ、良かった、本当に」

「ドーナツ先生にもお世話になったし、主任もいろいろと気に掛けてくれてたっす、

 だから2人にも感謝のクッキー」


ルーベンが鞄から取り出した小包を机に2つ置く、

もう1つ同じ小包を取り出してフルムド伯爵の前に置いた。


「こっちはロックフォール伯爵の分なんすけど、

 俺会う機会が無いので代わりに渡して欲しいっす」

「それなら休み明けに来る予定だから自分で渡したらいいよ」

「マジっすか、んじゃ回収~でも直接来るなんて珍しくないっすか?」

「ネネ様の槍についてタルタ王から話があるらしい、

 装飾がどうとかって言ってたけど」

「装飾って槍からポロポロ外れるアレのことっすか?

 エルルラさんが何かヤバい感じがするって言ってたヤツ」

「うん、それ、何か良く分からない素材が使われてるって

 クルートンさんが言ってたし、その事かも」

「なんにせよ1歩前進っす」

「うん」


獣人の里で松本とプリモハが落としてビビり散らしていたあの装飾のことである。


「さてと、解読作業はマツモト君の参加でどれくらい前進したかな?

 新しい発見があればカンタルの皆も喜ぶんだけど」

「これくらいっす」


交互に積まれた本と資料をポンポンと叩くルーベン。


「これ全部? 流石だね、しかも打印機仕上げだ、分かり易くて助かるよ、

 ルーベン達が打ち直してくれたんだ」

「いや、マツモト君っす、文字書けないしこっちの方が早いからって、

 途中から複写も必要ないって言いだして、後から俺と主任で足したっす」

「打印機使いこなしてるってこと?」

「使いこなしてるて言うか…集中してるときマジヤバいっすよ、

 音がおかしいっすもん、尋常じゃない速さで打つから打印機1個壊れたっす」

「えぇ…」


最大出力の時はマシンガンみたいな音がするらしい、

解読班の打印機は修理中、現在はトナツのを借りている。


「というか、マツモト君が文字欠けないってどういうこと?」

「まぁそれは置いておいて、取り敢えずこっちからいいっすか」

「あ、うん…」


松本の現状は後回しにして先に積まれた成果物の話。


「結論から言うとこの中に魔王と勇者に関する新しい情報は無いっす」

「賢者は?」

「賢者に会ったって話が1つ、

 でも青色の目でお金とか食事とかの見返りを求めてるっす」

「もしかして600年前のサントモール周辺?」

「正解、いつもの偽賢者っすねぇ~」


600年くらい前に何者かが賢者を騙っていろいろやってたらしい、

回復魔法の普及とサントーモールの発展に一役買ったのも事実らしいので

良いのか悪いのか微妙な話である。




「本物と思われる一番最近の話は

 賢者の末裔の村に魔王の復活を忠告しに行ったってヤツのままっす」

「う~ん、前回の魔王襲撃後は偽物しかでてこない、

 何かあったのか…まぁ同一人物である確証は無いけど」

「全ての賢者が同一人物なら少なくとも1200年は生きてることになるっすからねぇ、

 実は信じられないくらい長生きできる未知の種族だったけど、

 魔王に滅ぼされてしまったとか?」

「今まで多くの文明が消滅してるしあり得なくはないかな、

 世界の記憶は魔王が復活する度に途切れているんだ」

「失われた記憶の破片を拾い集めて後世に託すのが俺達の仕事っすねぇ」


なんて格好いいこと言いながら

コーヒーのお供にクッキーを摘まむルーベン、

破片がポロポロ落ちている。


「それ誰の分?」

「自分の分っす」

「そうなんだ」


仕事中に食べようと思って買って来たらしい、 

クリクリクッキーでは自分の分のクッキーを用意する人も多い、

美味しいから仕方ないね。




「ダリアさん達の協力で賢者の花で回復魔法の研究を

 していたってことが判明したけど、

 証拠となるような遺物が残ってないらしいし、

 魔王と勇者に関してはマツモト君の協力があっても進展は無し、

 まぁ、そんなに上手くはいかないか…このクッキー美味しいね」

「どうも、結構高かったっす、

 そう言えばなんかカプア主任がストックさんの

 協力で良いデータが取れたってメチャクチャ喜んでたっすけど」

「守り人の耐久値の参考にするんだって、

 高負荷に耐えられる設計に切り替えるとか言ってた」

「結局どうやって動かすんすか?」

「分からない、でも目途は立ってるらしい」

「へぇ~、コーヒーもう1杯どうすか?」

「貰おうかな」


席を立ってお湯を沸かすルーベン、

背中越しにクッキーを食べてるフルムド伯爵に声を掛けた。


「フルムド伯爵」

「何?」

「上級魔法が扱える魔法使いを神官クラスって言うじゃないっすか」

「うん」

「神官ってどういう意味っすか?」

「僕は精霊様を指す言葉だと思ってるけど正確な由来が分からないんだ」

「精霊様と同等の魔法使いってことっすか?」

「流石にそれは無いんじゃない? 精霊様と同等なんて恐れ多いよ」

「え~じゃぁ…精霊様に近いってことっすかね?」

「精霊様に認めて貰えるくらい魔法の理解が深い者、みたいな感じかな、

 神官て言葉の意味が良く分からないし、

 恐れ多いから上級って言葉を使い始めたのかもしれない」

「なるほど、そういう由来の分からない言葉って多いっすか?」

「多いよ、まったく困っちゃうよね、魔王のせいで何もかも無茶苦茶だ」

「はぁ~昔の人とか異世界から来た勇者様は意味を知ってたかもしれないんすねぇ~」

「最初に言葉を定めた人は意味を持たせてた筈なんだ、

 2000年前か3000年前かそれ以前か…ルーベンもそういうの気になって来た?」

「少しっすけど」

「いい傾向だよ」


束の間の沈黙の間にお湯が沸いた。


「ここからが本題なんすけど、熱!?」

「大丈夫?」

「問題無いっす、ロダリッテさんが解読中の本あるじゃないっすか」

「うん」

「マツモト君が夜こっそり確認したんすけどね、

 あの作者ってトール様らしいっす」

「んぐ!? の、喉に…」

「大丈夫っすか?」

「んぐ…はぁ…大丈夫…」


フルムド伯爵が喉に詰まったクッキーを水魔法で流し込み青ざめている、

回復魔法まで使っているので結構デカい破片を丸のみしたっぽい。


「本当に!? まだちゃんと調べてないの?」

「まだっす、っていうか無理っす、

 マツモト君がロダリッテさんに相談したら

 勝手に読んだことに怒って喉にズンって、マジ怖かったっす」


右手でシュッとジェスチャーするルーベン、

喉に手刀を打ち込まれ1撃で沈められたらしい。


「それは…まぁロダリッテさんああ見えて武闘派だから…」

「いやでも内容気になるじゃないっすか?

 トール様の武器のこととか書いてあるらしいし、 

 だから次の日に俺も一緒に相談しに行ったんすけど、

 喉にズンって、マジ息が出来なかったっす」

「そういう時は正面に立ったら駄目だから…」


2人合わせて2撃で沈められたらしい。


「鍵付きの箱に保管されてて手が出せないんすよ、

 フルムド伯爵も一緒にお願いして下さい」

「あぁ~…ぁぁ~…やるしかないかぁ…(ペニシリにもお願いしよ)」


渋い顔で了承するフルムド伯爵、

ロダリッテを良く知るが故に責務と好奇心が恐怖に負けそうである。


「はいコーヒー」

「ありがとう」

「あとちょっとこれ見て欲しいんすけど」

「ん? なんだろう? ネネ語っぽいけど…」

「流石フルムド伯爵、解読班の皆もそう言ってたっす」

「ふぅん?」 


中途半端に加筆された紙を見てフルムド伯爵が首を傾げている。


「紙は新しいし…誰が書いたの?」

「マツモト君っす」

「え? さっき文字書けないって…」

「実はほにゃららで~」


フルムド伯爵不在中に発生した松本の事案を説明。


「文字は書ける、だけどウル語は書けない、

 そしてこれが本来の使用していた文字、でもこんな文字は…」

「カード王国内で出生の記録は無いっす、

 ポッポ村に現れるまでの素性は誰も知らない、

 これだけなら稀に良くある話っすけど、盗賊の子供とか」

「他国から来た旅人とかね、でもルーベンの考えは違うんだ」

「主任も同じ考えっす」

「本人にも説明出来ない解読能力か…」







一方その頃、松本は。


「どれよ?」

「これです、ここ」

『 ん~? 』


オネェ達の視線がクリクリクッキーのチラシの左端に集中する。


「え~と、光の精霊様体現記念」

「第1回筋肉競技会?」

「来たれ筋肉自慢、舞台上で競われる筋肉の美しさ、いや~ん素敵ぃ!」

「ラヴは筋肉には興味ないぴょん、可愛い顔が好きぴょん」

「あら、オマツこれに出るの?」


要は異世界版ボディビル大会である。


「出ます、魔法の粉なんてなんぼあっても困りませんからね」

「ちょっと誰か、オマツは何言ってんの?」

「オタマこれよ~、各クラスの上位3名には魔法の粉を贈呈~」

「ちっさ! 文字小さすぎ、良く読めてわねアゴミ」

「3クラス別で男女別ねぇ~オマツ大人に勝てるの?」

「俺が出るのはそれじゃなくてこっちに書いてあるヤツです、

 12歳以下の未成年クラスですなので多分勝てます」

「モジャとオタマも出なさいよ~光魔法使えるでしょ、

 私の我儘ボディじゃ無理だけど~」

「嫌よ、人前で裸体を晒す趣味はないわ、見えるか見えないかの際どさが大事なの」

「私も見る方がいい~皆で行きましょうよ~」

「どうでもいいぴょん、お腹空いたぴょん」


モジャヨは目を輝かせているがラヴの尻尾はシオシオ、全く興味がないらしい。







そんなこんなで東のサブステージ。


「いや~ん凄い筋肉、早く始まらないかしら!」

「落ち着いてモジャ、鼻息荒いわよ」

「ちょっとパーコ、ラヴは?」

「尻尾膨らませて何処か行っちゃった」


舞台裏を覗くオネェ達、ラヴは欲望のままに疾走、

光筋教団ジムの直ぐ近くに設置されているため

出場するマッチョ以外にも野良マッチョが沢山おり周辺より熱量が高い。


「見てよ父さん、僕の筋肉凄いでしょ」

「全体のバランスが良い、間違いなくお前が1番だ」

「ムン!」

「格好いいぞ~今日の腹筋のキレは最高だ」

「俺最近懸垂頑張ってたんだ、どう?」

「成果が出てるぞ、お前以上に広い背中はいない、しっかり見せつけていけ」


熱心な光筋教団員から英才教育を受けたであろう子供達が

ジムの鑑の前で筋肉とポージングを確認中。


『 … 』


幼いながらもそれなりに仕上がっており、

日々の素晴らしい努力が伺えるのだが…

何やら気掛かりなことがあるようでたまに一斉に言葉を発しなくなる。


「…父さん僕の筋肉って凄いよね?」

「凄いぞ、あれは気にするな」

「…ねぇ」

「見るな、自分の筋肉を信じろ」

「…違うよね? 身長小さいからきっとドワーフだよね?」

「いやまぁ…ちょと確認して来る、お前は筋肉の声を聞いておけ」


鑑に写るジムの外で準備中の筋肉が気になって仕方がないらしい。


「ふんっ、ふんっ…」

「あの~君ちょっといいかな?(っは…俺の上腕二頭筋が震えているだと…)」


声を掛けた父親を尻込みさせる異常な圧、

ビルパン姿でスクワット中の松本である。




『ビルパン』

ボディビルに出場するマッチョが着用するパンツ、

極めて布面積が小さく足の付け根のカット(筋肉の筋)まで

バッチリアピールできるマッチョ御用達の三角形。

光筋教団の売店で販売中。

※相当自信が無いと着用出来ません、他の参加者は適当な短パンです。




「ふんっ、ふんっ…」

「一つ聞きたいのだが…」

「おしゃべりなら後にしてくれ、パンプが冷めちまう」

「(つ、強い…俺の大腿四頭筋では彼のスクワットは止められん…)」


とういう訳で、筋肉同士では分が悪いので係りの人(役所の人)に交代。


「マツモト君ですね」

「はい」

「未成年クラスに参加となっていますが他の方より異議が唱えられています、

 確かに私から見ても異常と言うか…正直気持ち悪い」

「気持ち悪い!?」

「いや、顔と体がつり合っていなくて、すみません失言でした」

「いえ…」

「未成年クラスでは突出し過ぎていますので参加クラスを変更して頂きたいのですが」

「まぁいいですけど…(パンプ冷めちゃうなぁ)」

「12歳以上の方は光魔法の習得状況に応じて

 初級クラス、中級クラス、上級クラスに分けられますので」

「じゃ初級…いや中級ですか(体格差があるしなぁ、流石にキツイぞ)」

「いえ、自己申告制ではありませんのでヤマキシ支部長に判定をして頂く必要があります」

「了解です~」




光筋教団ダナブル支部、ヤマキシ支部長の判定の結果。


「まぁ、上級だよね」

「噓でしょ!?」


松本、初めて光魔法上級を自覚。


「どんな強度で筋トレして来たかは分からないけど間違いないよね、

 俺の筋肉もそう言ってる」

「いや…8歳ですよ俺」

「体に対する筋肉の比率だから年齢は関係ない、身長低い方有利だったりするよね、

 俺も168センチしかないけど大きく見えるでしょ、そういうこと」

「(いや普通にデカイんだよなぁ…レジェンド感凄いもん…)」

「俺の言葉よりもっと自分の筋肉を信じて、それじゃ舞台で会おう」

「はいぃ…(無理ぃぃぃ!)」


そして絶望の上級クラスに出場決定。





未成年、初級、中級と男女別の6クラスが終了、

男性中級クラスでモジャヨのテンションが跳ねあがったりしたが

最後の上級クラスがスタート。


「1番、光筋教団ダナブル支部長、ヤマキシさん」

『 おぉ~ 』

「2番、衛兵長、カットウェルさん」

『 おぉ~ 』

「3番、元Sランク冒険者、パトリコさん」

『 おぉ~? 』

「4番、ライトニングホーク騒ぎでお馴染み、マツモト君」

『 おぉ~?? 』

「以上4名の参加となります」

「(男女別じゃなかったっけ?)」

「(1人だけ小さい…)」


観客達が舞台に並んだ4名を見て首を傾げている。


「え~女性の上級クラスは1名のみの参加だったため、

 本人の同意の元、男女混合で執り行います、

 なお上級クラスは中級クラスとポージングが異なります、

 より迫力のある美しい筋肉をお楽しみ下さい」

『 おぉ~ 』


ということらしい、

性別の壁をものともしないパトリコには流石の一言である。


「支部長~光筋教団として負けられないですよ~!」

「ヤマキシ支部長~頑張って~!」 

「カットウェル衛兵長~全衛兵が応援してますよ~!」

「日頃の訓練の成果を見せつけて下さい!」

「パトリコさん最強~! 元Sランクはパトリコさんだけ~!」

「パットリコ! パットリコ! パットリコ!」


光筋教団、衛兵、冒険者と、それぞれから声援が飛ぶ、

ダナブルの3大組織の代理戦争と化している。


『 オマツ頑張れ~ 』

「ゼニアお姉ちゃん、あれマツモト君だよ」

「本当だ、凄い体してる…」

「折角だし応援してあげようか」

「ちょっと待てストック、本当にマツモト君か? あんな感じだったか?」

「(ライトニング坊やだ…)」

「(何でライトニング坊や?)」

「(何あの体…気持ち悪…)」


オネェ達と賢者の末裔とチラホラいるシード計画職員が

一応、たぶん? 松本を応援してくれている。




「それでは最初のポージングに参ります、

 選手の方々はくれぐれも光魔法は発動しないようにお願いします」

『 はい~ 』


司会の合図で曲が流れ始めポージング開始、

ダブルバイセップス・フロント、ラットスプレッド・フロント、サイドチェスト、

ダブルバイセップス・バック、ラットスプレッド・バックなどなど、

指定の順番どおりにポージングを決める4名。


「キレてるよ!」

「仕上がってるよ!」

「腹筋ちぎりパン!」


みたいな何処かで聞いたことあるような掛け声から。


「両肩ヨコシマキイロ乗ってるよ!」※スイカっぽいヤツ

「脇腹にモギ飼ってんのかい!」※ワニっぽいヤツ

「太腿ギガントバジリスク!」※凄く危なくて強くてデカいヤツ


みたいな異世界専用の掛け声まで飛び交っている。


因みに、レムから正式に教えて貰ったポージング名以外は知らないので

適当に『前面1』とか『背面2』とか呼んでいる、

ポージングは王都にいる光筋教団長ロニー監修。


「いやぁぁぁんセクシィィィ! もっと頂戴! もっとぉぉぉ!」


モジャヨ大興奮。


「ちょとモジャ~、カットウェル衛兵長は駄目よ、ノルちゃんの彼氏」

「でもそうすると1択よね」

「ヤマキシ支部長だけ~、オマツもあと10年したらイケるかも」


※カットウェル衛兵長は槍のノルドヴェルの彼氏です、

 ノルドヴェルとタレンギの衛兵時代の上司でもある。



「確かに悪化してそうだ…明らかに筋量が増えている…」

「でしょ、凄いんだよマツモト君の筋トレ」

「忠告しても聞きはしないだろうな…さっきの中級クラスも半数以上は回復病だ…」

「好きなんだろうね~、医者としては困っちゃうけどさ、クッキー食べる?」

「いや…私は甘い物は苦手でね…」

「うん、知ってる、マツモト君頑張れ~」


サジウスとトナツは別目線で応援中、

ヤマキシ支部長とカットウェル衛兵長も回復病持ちである。




そしてもう1人、他とは違う目線で応援する者が1人。


「一番凄いよパトリコさん!(あれじゃ殆ど裸だよ~他に無かったのかな?)」


何やら気合の入ったクッキーを掲げて声援を送るヤルエルである。




そして熾烈を極めたポージング終了、

各種族から選ばれた特別審査員の合計点と一般観客の投票により順位が決定。


「見事上級ランク1位に輝いたのは、光筋教団支部長、ヤマキシさんです!」

『 おぉ~! 』

「ヤマキシさん1言お願いします」

「やりましたレム様! これからも精進致します!」

「うぉぉヤマキシ支部長~!」

「信じてましたよ支部長~!」


光筋教団として譲れない対決を支部長が制しマッチョ達が大盛り上がりしている。


「続きまして第2位、元Sランク冒険者、パトリコさんです!」

『 おぉ~! 』

「パトリコさん1言」

「1位じゃないのは癪だが、まぁ楽しかったよ」

『パットリコ! パットリコ! パットリコ!』

「パトリコさ~ん! お~いパトリコさ~ん!」


冒険者達からパトリココール、ヤルエルがメッチャ手を振っている。


「第3位は、衛兵長、カットウェルさんです!」

『 おぉ~! 』

「いかがでしたかカットウェルさん?」

「すまない衛兵の皆、だが全力は尽くした、悔いはない」

「凄かったですよカットウェル衛兵長~!」

「明日からまた一緒に鍛えましょう!」


衛兵達からの声援に手を上げて応えるカットウェル、

爽やかだが戦い抜いた男の顔をしている。


「これにて第1回筋肉審査会は終了です、

 この後は30分の休憩を挟み演奏会を再開致します」


上位3名に魔法の粉とトロフィーが手渡され異世界ボディビル終了。




「うぐ…うぐぅ…(今の俺ではレジェンド達の足元にも及ばない…)」

「やだオマツ…」

「そっとしておいてあげましょ、行くわよ皆」

「(頑張ったわオマツ)」

「(負けないでオマツ)」


舞台裏で松本男泣き、結果は惨敗だが舞台に立てたことが凄いのだ。


「マツモト君、これを君に受け取って欲しい」

「いい勝負だった、君の努力はいつも城壁の上から見ていたよ」

「アタシのもやるよ、こんなの必要ないからね」

「う、うぐぅぅ…」


レジェンド達から賞品の魔法の粉を貰い松本はもっと泣いた。








そして暫くの後、マーメイド達が水芸を披露している橋の上。


「あ、いた、お~いカミロ! ここに居たわよ~!」

「ヤルエルこっちだ! ピカリオが見つけてくれたってよ!」

「ちょ、ちょっと待って…はぁ、はぁ…」

「お~い走れヤルエル~また見失っちまうぞ~」

「そうよ~次は手伝ってあげないんだから!」

「分かってる~! 直ぐ行くよ~!」

「?」


橋の上で水芸を見ていたパトリコの前にフラフラのヤルエルがやって来た。


「なんだってんだい一体?」

「はぁ、はぁ…パトリコさんが直ぐ、はぁ…何処か行っちゃうから、

 劇団の人達に、はぁ…探して貰って…ちょっと息整えさせて…」

「あぁ…?」

「んじゃ頑張れよ~ヤルエル」

「1つ貸しだからね~」

「あ、ありがと…」


ヤルエルの背中を叩いて立ち去るカミロとピカリオ。


「あの、少々よろしいですかなピカリオ殿」

「はいはい」

「私その~貴方の演技が大好きで、いつも応援させて頂いております、

 このようの場で大変失礼とは思いますが、1つこの帽子にお名前を頂けないかと…」

「あぁ~いいですよ! 通行の邪魔になりますので場所だけ変えましょう」

「いや~有難い、いつも劇場では頂く機会に恵まれないのもで、感激です!」

「ささ、こちらへ~」

「あだ!?」

「お名前入れましょうか?」

「ウーノでお願い致します」


カミロを肘でどついてピカリオが裕福そうな男と一緒に離れていった。


「(はいはい分かってるっての)ごきげんよう皆さん! 

 クリクリクッキーをお楽しみ中失礼致します!」

「あ、カミロさんだ」

「本物だ~!」

「ありがとう、ありがとね、私も皆さんに日頃の感謝をお返ししたいのですが、

 残念ながらクッキーの用意を忘れてしまいました、

 そこで、僭越ながらサインと握手をクッキーの代わりとさせて頂きたのです」

「え~本当ですか!?」

「サインくれるのカミロさん? でも私劇場行ったこと無いよ」

「勿論構いません、今日は愛と感謝を伝える年に1度のクリクリクッキー、

 気兼ねなくお声掛け下さい、但し! 今より1時間限定です、

 それともう1つ! この場では通行を妨げてしまいますので場所を変えさせて頂きます、

 希望される方はこのカミロに付いて来て頂きますようお願い致します」

『 はい~! 』

「おっと、もう1つ忘れておりました! 

 私カミロではなく、もう1人の看板役者ピカリオをお求めの方はあちらへ」

「こっちですよ~! 綺麗に並んで下さ~い!」

「ではこちらへ」

『 はい~! 』


綺麗なお辞儀をしてピカリオとは反対側へ移動するカミロ、

通行人が左右に分かれて橋にはヤルエルとパトリコだけが残された。


「(2人共ありがとう)」

「誰もいなくなっちまった、スゲェな役者ってのは」

「あの2人は有名人だから」

「お前は違うのか? この間の演劇で勇者になれたんだろ?」

「まぁ一応ね、でも僕にとっての勇者はパトリコさんだよ」

「アタシは冒険者だっての、昔っから言ってるだろ」

「はは、そうだね、パトリコさんこれ受け取って欲しいんだ」

「なんだかえらく気合の入ったクッキーだな、デケェし」

「それはだって、実際に入ってるから…気合とかいろいろ…」

「おいおい、毒とか入れてねぇだろうな?」

「ないよ! そんな筈ないだろう!」

「そうかい、言っとくがアタシは甘い物はあまり食わねぇぜ」

「砂糖は少なめにしてるって、その辺もちゃんと考えて作ってるから真面目に聞いて」

「ったく仕方ねぇな」

「母さんを劇場に連れて来てくれてありがとう、あのままだったら僕は一生後悔してた、

 パトリコさんは僕を、僕達家族を救ってくれたんだ」

「ふん…大げさだよ、でも折角だ、感謝のクッキーは受け取っておく…」


受け取ろうとしたクッキーをヤルエルが引っ込めた。


「…」


もう1度取るとするも引っ込むクッキー、

素早く手を伸ばすの3度目も空を切った。


「…渡したいのか渡したくないのかどっちなんだい?」

「まだ話の途中なんだって、もう少し待ってよ」

「我儘言うんじゃねぇよ、おら寄こしな!」

「ここからが大切なんだから! ちょっと待ってって! 待って待って!」

「ったく面倒臭せぇな…」


悪態を付きながら欄干にパトリコが腰掛けた。


「僕パトリコさんのことが好きなんだ、結婚して欲しい」

「………、だははは! アタシはもう38だよ、他をあたりな」

「僕は55だよ、本気なんだ、笑わないで聞いてよ!

 最後に母さんと話をしたんだ、大切なことを気づかせて貰った、

 確かに僕はハーフエルフで人間より長く生きるけど、

 でも流れてる時間は同じで、誰にでもいつかは別れる時が来る、

 幸せかどうかはどれだけ一緒に居られるかじゃない、

 誰と何をして過ごすかなんだよ、時間掛かっちゃったけどようやく…」

「…」

「だから僕は、僕の憧れの、僕の勇者と一緒に生きたいんだ、

 パトリコさんがどれだけ大きな物を背負ってるかはわかってる、

 でも伝説の光の3勇者様だって3人で協力して魔王を倒した、

 どんなに強い人だって支えてくれる誰かが必要なんだ、

 だから僕と結婚して欲しい、少しでも支えさせてよ、一緒に」

「…ふん、ヒヨッコがいっちょ前に男の顔になったじゃねぇか、クッキー寄こしな」

「パ、パトリコさぁぁん!」

『 お~めでとう御座いまぁぁす! 』

「「 !? 」」


パトリコがクッキーを手に取ると、

いつの間にかいなくなっていたマーメイド達が飛び出して来た。


「あ! お2人の~明るい未来のために~舞わせて頂きます!」

『 いぃ~やはぁぁはぁぁ! 』

「おいおい、すげぇ水しぶきだな」

「見てよパトリコさん、虹が出来てる」

「だはは! 悪くねぇ」


愛と感謝を伝える祭り、クリクリクッキーはこれにて終了。




「へ~ドーナツ先生新聞見ました?

 ヤルエルさんとパトリコさん結婚するみたいですよ」

「みたいだね~正直あの2人以外の組み合わせって想像できないし良かったんじゃない?」

「良かったですよ、いや本当に」 

「このクッキー美味しいね、誰が配ったか知ってる?」

「俺です、皆さんにお世話になってるんで食堂にも置いときました」

「あそうなんだ、売ってるヤツ?」

「手作りです、ハスリコットの種を粉末にしたヤツを隠し味に、

 っていうか風味付けに練り込んで…」

「へ~(あんまり手に入りそうにないなぁ)」


ヤルエルとパトリコの結婚は新聞記者に嗅ぎつけられ

翌日の1面を飾りダナブルに衝撃を与えたそうな。


一方、松本のクッキーは結構美味しかったらしく

休み明けのシード計画職員に衝撃を与えたそうな。

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