236話目【ハスリコットと金栗】
瞬き1つせず両目ガン開きでタイピング中の松本、
解読対象の本と打印機を交互に確認し、
充血した白目と瞳孔開き気味の黒目が左右に行ったり来たりしている。
「(い、イケるか? これで…)」
最後の1文字を打ち終り壁の時計を確認すると時刻は17時30分。
「(ふぅ~ギリギリセーフ、滑り込み定時ぃ~)」
やり切った顔で額を拭う松本をハルカが覗き込んでいる。
「(なんだか幸せそう)」
「俺今日の仕事終わったんですけど何か手伝うことありますか?」
「ん~、特にないかな、私も片付けて帰るから」
「ロダリッテさんは何かありますか?」
「ない」
「ペンテロさんも無ければ俺先に上がろうかと思いますけど」
「私もありません、お疲れ様です」
「あ。マツモト君じゃが芋持って帰ってね」
「了解です~、それじゃお先に失礼しま~す」
『 はい~ 』
退社前恒例の気配りも怠らない元社会人松本、
部屋の端に置かれた箱からじゃが芋をいくつか貰い、
颯爽と肩で風を切りながら退室。
「(やりきったなぁ~達成感ありますよこれは、
これからどうしようかな~? 何しちゃおっかなぁ~?)」
鼻歌交じりにスキップ退社の松本、
誰が何処から見ても上機嫌、ニヤけた顔からも浮かれっぷりが伺える、
果たして何が彼をハイにしているのか?
「(イヤッホ~ウ! 定時で花金だぁ~!)」
『花金』もしくは『華金』それは花の金曜日の略称、
金曜日の仕事終わりは翌日の心配をすることなく
思う存分羽を伸ばせる特別な時間。
酒に飲まれようが自由、
ゲームで夜更かししようが自由、
頭からっぽでゴロゴロしようが自由、
真夜中のポテチの罪悪感すら薄れる程の自由、
この世で最も自由で特別な時間、それが花金である!
※土日休みのサラリーマンに限る。
※休日関係なく電話対応を求められる社畜は除く。
社会人に限らず、学生でもこの特別感を感じたことはあるだろう、
花金を糧として平日を乗り越える人も少なくはない。
さて、そんな特別な時間にウッキウキの松本が選ぶ選択肢は…
「(よし、ギルドに行って明日受ける依頼の下見だ)」
所詮こんなもんである、特別なイベントとかは特にない。
「マツモト君、今から帰るところ?」
「そのとおりですドーナツ先生、俺は明日補助系依頼の星となります」
「君休みって知ってる? 回復病のこと忘れてるでしょ」
「うぐっ…」
「なんか悪化してる予感がするんだよねぇ」
「おふぅ…」
トナツの火の球ストレートが松本にめり込んでいる、
折角の休日なのにナチュラルに仕事しようとする社畜の鑑、
更に色物街に引っ越してから夜の時間が自由に使えるようになったため
最近オーバーワーク気味、勿論今夜も筋トレ三昧の予定、
こんなことばっかりやってたら病気が治る筈もない。
「回復病って悪化すると死んじゃうんだけどなぁ、
大丈夫かなぁ、心配だなぁ僕」
「きょ、今日は筋トレやらないようにしますぅ…」
「本当に?」
「ほ、本当に…」
「約束出来る?」
「約束します…」
「遅くても11時までには寝てしっかり体を休める、はい復唱」
「11時までに寝てしっかり体を休めます、ちゃんと休めます」
あまりにも信用がない、これも日頃の行いの結果である。
「じゃ俺そろそろ、お疲れ様ですドーナツ先生」
「ちょっと待ってマツモト君」
「はいはい」
「フルムド伯爵が探してたからさ、帰る前にカプア主任のところに寄ってってよ」
「え? 帰って来たんですか?」
「うんさっきね、お客さんも一緒だったから僕がマツモト君を呼びに来たの」
「了解です」
トナツに別れを告げて魔道補助具開発室へ移動。
「こちらが義足です…」
「ふむ、構造は義手と同じようだな、良く出来ている…」
「足の長さは1センチでも骨盤が傾き体全体に影響が出ます、
太腿と下腿にある調整機構で左右差が出ないように…」
「足裏にもあるな、指には無し、詰め込むには細かすぎるか…」
「仰る通りです、手の指ならまだ…」
「いや、これだけでも十分であろう、よくぞここまで突き詰めたものだ…」
中でカプアと誰かが魔道補助具に付いて話をしているらしい。
「(ドーナツ先生の言ってたお客さんか)失礼しま~す」
「あ、マツモト君!」
「お久しぶりですフルムド伯爵」
「久しぶり、何も説明して行かなくて本当にごめんね、
生活を保障するって約束してたのに…」
「気にしなくいいですよ、特に困るようなことも無かったですし、
それよりそちらのお客さんってドワーフですよね?」
「こちらはタルタ国の…」
「ほう、この町にはドワーフはいない筈だが」
「ウルダで鍛冶屋を営んでいるドナさんという方に良くして頂いてまして」
「はっはっは、ドナの知り合いであったか、ワシの名はロマノス、よろしくな少年」
「松本です、よろしくお願いします~
(っていか俺の知ってるドワーフその物なんよ、やっぱ髭だよなぁ~)」
握手している異世界ファンタジーの象徴がよもや一国の王とは夢にも思うまい、
まぁ、松本が知らないのは当然として、
なにせ国から出てこないことでお馴染みのドワーフ、
カード王国内で出会えるのはイドとドナの2人だけなので、
他の職員達もちゃんと紹介されないと分からない者が多い、
一応ロマノスの顔は教科書に載っていたりする。
「マツモト君これ王都のお土産、お詫びとして貰ってくれないかな」
「ありがたく頂きます、何ですかこれ?」
フルムド伯爵から受け取った篭の中には
シオシオになった茶色い球が5つ転がっている。
「ハスリコットっていうシルフハイド国産の珍しい綺麗な花、
だったんだけど…帰って来る間に萎れちゃって…」
「はぁ…」
「ハスリコットは花が萎れると食べ頃なんだ、
見て楽しむ期間は終わっちゃったけど凄く美味しいからさ」
「なるほど(1個で2度美味しい不思議タマネギネギか)」
お土産片手にギルドへ移動、外の掲示板で依頼を物色中。
「また大ネズミ討伐出てるな、暖かくなって増えてるのか?
怠けシープの毛刈りは俺でもやれそう、チーズ工場関連は…」
「どうよ俺の新しい武器は! 鎖の先に手斧を取り付けたんだぜぇ!
これなら鎖の長さ全てが俺の攻撃範囲、何より派手で独創的だぜぇ!」
「オーダー武器? マジかよ」
「高かったんじゃないの~?」
「(また変わったモノを…好きだなぁここの人達)」
松本の背後で冒険者が出来上がったオーダー武器を自慢している、
鎖鎌ならぬ鎖斧、手斧のリーチの短さを鎖で補う癖の強すぎる逸品らしい。
「鍛冶屋には散々否定されたけど、
無理を通してなんと12ゴールド! 鎖の長さは5メートル!
パトリコさんの鞭から発想を得て俺が考えた特注品だぜぇ!」
「すげ~!」
「格好いい!」
「(あの太さを5メートルって…大丈夫か?)」
5メートル分の鎖を掛けている左腕がプルプルしている、
メッチャ重いらしい。
「ちょっと使って見せてよ」
「いいぜぇ、人払い頼むわ」
「危ないよ~離れて離れて~目標はこの氷の柱な」
「(いや、町中でやるなよ、っていうかあの手斧の重さじゃ…)」
松本の心配を余所に、鎖斧を1メートル程垂らして
カウボーイの投げ羽の如く振り舞わす冒険者。
「そこぉ!」
氷の柱に狙いを付けて掛け声と共に手を放も
手斧は急速に失速し2メートルも飛ばずに落ちた。
「「「 … 」」」
「もう1回やるから」
「うん」
「頑張って」
「そこぉ!」
結果は変わらず、冒険者が首を傾げている。
「(そらそうなるだろ、無理だって)」
鎖が重すぎて手斧程度では目標まで引っ張れないらしい、
少し考えれば分かりそうなものだが、
何故鍛冶屋の反対を押し切って作ってしまったのか疑問である。
「おいそこで何してるんだ!」
「町中で不必要に武器を振るうことは禁止だぞ~!」
「ち、違うんです! 俺は只…」
「言い逃れ出来ると思ってるのか!」
「こっち来いこらぁ! って何だこれ!? 重すぎだろ、何で出来てんだこれ!?」
「て、鉄だぜぇ…」
「いや何で鉄使ってんだ!? こんなの普通はミスリルで軽くするだろ」
「お金足りなくて…本当に勘弁して下さい…」
「駄目だ! とっとと来い!」
「一般人を危険に晒しやがって、こってりと搾ってやるからな! お前等2人もだ!」
「「 えぇ~!? 」」
「(なんと愚かな…)」
駆け付けた衛兵達によって冒険者達は連行されていった。
※町中で不要に武器や魔法を振り回してはいけません、
新しい武器を試したい時は城壁の外で行いましょう。
「さ~て続き続き…っておわっ!?」
振り返ると掲示板と松本の間にハリ族が立っていた、
左目に眼帯、頭にテンガロンハット、
何処となくマカロニウエスタンを彷彿とさせる。
「少年よ、栗は好きか?」
「く、栗? 食べられる栗ですか?」
「そうだ、好きか?」
「好きですけど…」
「よかろう、ならば君に『季節外れの栗』を与えよう」
そう言ってテンガロンハットの中から金色の栗を取り出し松本に手渡すハリ族、
ハリネズミっぽい模様が描かれている。
「ど、どうも…」
「なるほど、君は知らないようだな、それを今日中に信頼できる大人に見せると良い」
「はぁ…ありがとう御座います…あそうだ、
珍しいタマネギありますけどお返しに1つどうですか?」
「ふむ、折角だ、頂こう」
萎れたハスリコットを1つ受け取りハリ族は歩き出す、
少し離れて立ち止まると目覚まし草を咥えて火を付けた。
「ふぅ…少年よ、君に幸運を」
背中越しに1言残し今度こそハリ族は去って行った。
「(う~ん…ハードボイルド)」
そんなハードボイルドハリ族の名は『ハリステン』、
ハリ族の戦士、兼、族長である。
なんだか良く分からないが唐突に手に入れた金栗を、
ギルドの受付でヤルエルに見せた時の反応がこちら。
「えぇ!? 伯爵様が戻られたってこと!?
取りあえず握手してマツモト君! 握手握手!」
「はぁ…?」
全くもって意味が分からない。
「皆~、明日はクリクリクッキーだよ~受付停止して~」
「ヤルエルさんそれ何処情報?」
「ここ、ほら金栗」
「マジで!? 握手したい、握手! ギルド長~金栗出ました~!」
「なぁ~にぃ? 急いで各所に連絡! 印刷所に走って号外刷って貰え~!
それと金栗保持者は何処だ~?」
「ここにいま~す!」
「全員聞いたか~? 狙ってるヤツは握手して貰っとけ~!」
『 はい~ 』
「はぁ…?」
どうやら明日はクリクリクッキーらしい、
ギルドの掲示板とカウンターに「緊急以外受付中止」の紙が貼られ、
やたらとギラギラした目の冒険者達に握手を求められた。
「???」
尚更意味が分からないが…
蜂の巣を突いたみたいに慌ただしくなったので帰ることにした。
ついでに明日の補助系依頼の星は潰えた。
「タマネギとじゃが芋あるしカレーでも作るか」
足りない材料を買うために大通り沿いの店で買い物。
「カレーに合う肉下さい」
「カレーなら何でも合うさ、今日のオススメはシロタプトードかマッスルトード」
「(トード?)」
店の看板を見ると陽気なカエルの絵が描かれている。
「(カエル肉専門店だったか)脂質の少ない方でお願いします」
「んじゃマッスルトードだ、何匹?」
「あ~3匹で」
「はいまいど~篭に入れてあげようって金栗!?
ちょ、ちょと待ってて、急いで娘呼んで来るから握手してやってくれ!」
「(ここでもか…)」
トード肉屋の店主の娘に握手を求められ。
「号外で~す、明日はクリクリクッキーで~す」
「待ちに待ったクリクリクッキーですよ~、皆さん急いで準備して下さいね~」
「特設会場は大通り中央、伯爵様の像の下ですよ~!」
「号外下さい」
「どうぞ~」
「お~い金栗! 俺も握手してくれ~! 俺本気なんだ、明日に掛けてんだよ~!」
「え? 金栗いるの?」
「うそ? 金栗?」
「(あぁ…)」
ラビ族が配っていた号外を受け取ったついでに色んな人から握手を求められ、
クッタクタになりつつも何とか食材を買い揃えて色物街に戻って来た。
「(はぁ…疲れた…なんで握手求められるんだ? 何なんだ金栗って?)」
「なんだか元気ないぴょんね~オマツ、疲れてるぴょんか?」
路地でバーテンダーの格好をしたラビ族に話しかけられた。
「はぁ…ラヴさん、今から出勤ですか?」
「仕事なんてやってる場合じゃないぴょん! これを見るぴょん!」
ぴょんぴょん言いながらクリクリクッキー号外を松本の顔に押し付けるラヴ。
「…それ俺も持ってます」
自分の持っている号外を見せる松本、裏表の号外が横に並ぶ。
「なら話は早いぴょん、さぁオマツも一緒にママの店に行くぴょん!」
「あぁ…あ~…」
クッタクタの松本はラヴに引きずられて行った。
『ラヴ(源氏名)』
パローラママが営む店『新世界』でバーテンダーとして働くラビ族、
身体と性自認に乖離は無く身体も心も女、
だたし、性欲が異常に強く365日中200日位欲情している性欲お化け、
好みのタイプは清楚な顔立ちの成人の男女、相手の性別に拘りはない。
有り余る性欲のせいで普通の仕事が困難となりママの店で働いているのだが、
ちょくちょく性欲に流されて仕事を欠勤する、
松本の住んでいるオカマ寮ではなく別の場所で1人暮らしをしている、
46歳。
「(今日は膨らんでないな)」
あと、発情すると尻尾が膨らむ。
「ママ~明日はクリクリクッキーぴょん、急いで準備するぴょんよ~」
「情報が少し遅かったわねラヴ、他の子達は買い物ついでに探しに行ったわよ」
「えぇ~折角号外持って来たのに無駄足だったぴょんね~」
「気持ちだけ受け取っておくわ、それにしても随分急いで来たみたいね、
珍しくオマツがグッタリしてる」
「最初からグッタリしてたぴょん、ラヴのせいじゃないぴょん」
「あぁ~…」
明らかに先程よりボロボロの松本、回復魔法のおかげで外傷はなさそう。
※『オマツ』とは松本の源氏名、
引っ越して来て新世界で働くことが増えたのでママが命名したそうな。
「今日はウチも休みにしたから明日の予約入れてきたら? どうせ出るんでしょ?」
「勿論だぴょん! ラッチちゃんとニコルちゃんを抱くぴょん!」
「ちょっとぉ、私の可愛い子供達に手を出すんじゃないわよ」
「それは相手が決めることだぴょん、大人同士の決め事に親の許可は要らないぴょん」
バチバチを火花を散らすパローラとラヴ、
公然と雇い主の子供を狙うとはなかなかの性欲モンスターである。
「はいはい、ラッチとニコルが許可したらね」
「それは勿論ぴょん」
「(そこは素直なんだよなぁ~この人)」
ウィンナー姉さんと違って法には触れない性欲モンスター、それがラヴである。
「それじゃ行って来るぴょんね~」
「あ、ラヴさん待って下さい」
「何ぴょんかオマツ? ラヴはこれからラッチちゃんとニコルちゃんを
探さないといけないぴょん、忙しいぴょん」
「今日フルムド伯爵から珍しいタマネギ貰ったんですよ、よかったら1つどうですか?
なんかシルフハイド国産の、え~とハスリコットだったかな?
4つあるのでパローラママも1つどうぞ」
「タマネギ? そんな匂いしないぴょんけど?」
「あらハスリコット、珍しいわね~(タマネギ?)」
首を傾げる2人を他所に篭の中の食材をカウンターに並べて行く松本、
じゃが芋、カレーのスパイス、人参、トード肉、金栗…
「き、ききき金栗だぴょん! 金栗だぴょんんん! 握手するぴょんオマツ!」
「はぁ…?」
「やったぴょ~ん! これでラッチちゃんとニコルちゃんはラヴのものだぴょん!
直ぐに予約を入れて来るぴょん!」
握手したラヴは脱兎のごとく消えた。
「「 … 」」
「…これ珍しいタマネギです」
「オマツ、それタマネギじゃないわ」
「…え?」
『ハスリコット』
シルフハイド国原産の観賞用、兼、食用植物。
淡い紫の蓮の花の中にオレンジの桃みたいな果実が入っている、
花が萎れてタマネギっぽくなると中の果実が熟れて食べ頃の合図、
熟れると桃の食感、熟れる前はシャキシャキとしたリンゴみたいな食感、
種は中心に1個だけ、粉末状にして砂糖とかゼラチンとか色々混ぜると
杏仁豆腐みたいになるので1度で3度美味しい。
「本当だ、剥いたらちゃんと甘い匂いがする(オレンジの桃だ)」
「種も使えるから捨てちゃ駄目よ」
「しまったなぁ、一番下に入れてたから痛んじゃったかも…」
「あの子達が戻って来たら一緒に食べましょう」
「そうですね、ところでこの金栗って何なんですか?
クリクリクッキーとか、さっき言ってた予約とか」
「まぁ、オマツは知らないで…」
「あ~んママ、全然駄目」
「周りの話じゃギルドからこっちに移動してきたみたいなんだけど…」
「見つからないわ~、もう帰っちゃったかも…」
「悔しいぃ~、今年こそ握手出来ると思ったのにぃ~」
パーコ、オタマ、モジャヨ、アゴミが戻って来た。
「ラヴが凄い勢いで走って行ったけど何かあったの?」
「ママ何か新しい情報な~い? このままじゃ怖くて踏ん切り付かないわよぉ~」
「クッキーの材料は買えたけど、あら変わったタマネギね」
「お疲れオマツ~、今日は臨時休業だから仕事はないないよ~」
口々に言葉を発しながらカウンターに座る4人、一気に店内が賑やかになった。
「あら今日カレー? いいじゃな~い、私手伝うわよ~暇だから」
「それ俺が買って来た材料です」
「それじゃオマツを手伝ってあげる、ってあらやだトード肉…」
「はいでた~オタマの食わず嫌い、見た目で判断するのは駄目駄目~」
「ママお米ある~? って金くりやぁあぁあぁぁあ!?」
「「「 はぁ!? 」」」
「ようやく気が付いたみたね、今年の所持者はオマツよ」
「どうも金栗所持者です」
「オマツゥ握手してぇぇ!」
「私も!」
「私が先よ! 引っ込んでなさいパーコ!」
「強く握ってぇ! あ~んもっとぉ!」
そして4人は店から消えた。
「あの…結局これは…」
「これは幸運を運んでくれる季節外れの栗、握手すると幸運を分けて貰えるのよ」
『クリクリクッキー』
栗型のクッキーを想い人やお世話になっている人に贈るお祭り、
元々は季節外れの栗をプレゼントして恋愛が成就したというハリ族の逸話で、
ハリ族間で行われていたバレンタインデー的な恋愛イベント。
ロックフォール伯爵が就任してから多様化が進み
ダナブルに取り入れられた際に栗を用意するのが大変だったため
栗型のクッキーに変更された。
毎年この時期にハリ族の族長が住民に金栗を渡すことで
翌日にゲリラ開催される、
そのため時期が近づくと皆ソワソワしだし水面下で準備が進められている。
相手と運営(役所)に予約を入れると特設会場で公開告白が可能で、
予約を入れられた側は絶対に舞台に上がらないといけないため、
良くも悪くもはぐらかされずに答えを得ることが出来る。
金栗を受け取った者には幸運が訪れる言われており、
その年の所持者に祭り当日までに握手して貰えると運をお裾分けして貰えるらしい、
そのため特設会場に想いを掛けている者達は血眼で金栗所有者探す、
少しでも自分を奮い立たせるための願掛けである。
因みに、過去の金栗保有者は何故か本当に幸運が舞い降りたらしい、
夢見てた高級ワインと生ハム原木が手に入ったり、
欲しがっていた家具が懸賞で当たったり、
他にも装備とか旅行とか確かな実績がある、
只し、何故か死んだ婆ちゃんを生き返らせるとか、
知り合いの病気を治すとかは無理だったらしい。
「すげぇ~これが金栗…」
「本物だ~初めて見た~」
「私お母さん呼んで来る」
「触って良いって書いてあるよ」
「怒られないかな?」
「じゃ俺触る~」
『 え~ずる~い! 』
新世界の前に子供達が大騒ぎしている。
「パローラママ、お米貰っていいですか?」
「いいわ、好きに使って」
「タマネギってないですかね?」
「ラヴも食べるかもしれないから入れない方がいいわ」
「了解です」
松本は店の奥でカレー製作中、
パローラは夕日に照らされる子供達を見ながらカウンターでお酒を飲んでいる、
暫くすると髪を後で束ねた中性的な顔立ちの男がやって来た。
「いらっしゃい、来ると思ってたわ、座って」
男が静かにカウンターに座ると
パローラが棚の一番上にあったワインをグラスに注ぎ差し出した。
「今日は休みではないのですか?」
「お得意様は特別」
「では」
グラスを軽く合わせる2人、特に語る訳でもなく只静かにお酒を楽しんでいる。
「金栗の保持者なら奥でカレーを作ってるわ」
「呼んでもらっても?」
「オマツちょっといいかしら?」
「はい~」
タオルで手を拭きながらエプロン姿の松本が出て来た。
「こちらウチの店のお得意様、握手したいそうよ」
「あ、ちょっと待って下さい、ちゃんと拭いてないんで、はいどうぞ」
「どうも、お互い良いことあるといいですね」
「そうですね、何か叶えたい願いがあるんですか?」
「ありますよ、君は?」
「願いは…ん~特にないですねぇ」
「ふふ、それは余りにも欲がない」
「ちゃんと考えたのオマツ?」
「考えてますよ~、正確には願った程度じゃ叶わない願いならありますけど」
「あ~ら意味深、本当の女になりたいとか?」
「それはパローラママの願いじゃないですか、俺のはアレです」
「「 ? 」」
夕日で輝く金栗を囲んで色物街の人達がキャッキャしている。
「魔王なんて復活せずに何気ない日常が続けばいいなぁ~って」
「そうね」
「…、私もそう思います」
「それ以外は特に、今の俺には必要無いから金栗の幸運はあの人達にあげますよ」
「ふふふ、そうですか」
「カレーの鍋を火にかけたままなので俺はこれで失礼します」
「焦がさないようにね~」
「はい~」
松本は店の奥に引っ込んで行った。
「らしいわ」
「これはママにも協力して頂かないと」
「お得意様のお願いなら聞かない訳にはいかないわね」
「では私もこれで、戻って客人を持て成さなければいけませんから」
「ツケにしとくわ、また来て頂戴」
男は去って行った。
「旨いぴょん、これは性が付くぴょん」
「それ以上性欲高めてどうするのよラヴ」
「どうなのオタマ? トードの味は?」
「…悪くないわね」
「また強がっちゃって~素直に美味しいって言っちゃいなさいよ~」
「お替りありますよ~、モジャヨさんどうですか?」
「食べま~す、モジャヨカレー大好きぃ~」
その日の夕食はマッスルトードのカレー、デザートはハスリコット、
新世界メンバーで仲良くワイワイ食べたそうな。
あと、松本はちゃんと23時に寝た。




