229話目【卵の殻の秘密】
解読班の部屋にカシャカシャと響く操作音。
「(よし、間違いは………無いな)」
翻訳内容が印字された紙を打印機から抜き取り
内容に不備が無いか確認し机の奥の右端に置く、
紙の下中央には翻訳元の本の対応ページ数が印字されており、
先程置いた紙の隣には1つ若い数字が、その隣には2つ若い数字が…
といったように印字済みの紙が5枚並んでいる。
「(どれどれ…)」
左端の一番ページ数の若い紙を取り印字された文字を指で触る。
「(ふむ、大丈夫だな)」
インクが乾いているのを確認してから裏返して浅い木箱へ、
既に20枚程の紙が入っており机の上に4枚の紙が乾燥中なので
現在の作業進捗は24ページ程。
「(んじゃ次~)」
引き出しから新しい紙を取り出し打印機にセットし、
本のページを1枚捲り見比べながらカシャカシャと音を響かせる、
これが作業の一連の流れである。
印字直後に重ねても強く抑えつけない限りインクが移ることは無いのだが、
一応念には念を入れこのスタイルで作業している。
「(お、3行しかない、まぁそういう場合もあるか、
余白が勿体ないけどページ毎で確認できないと大変だし仕方ないよなぁ)」
他の人が確認することを見越してページ毎、行毎で管理し、
単語と単語の間には1文字分空白を空けている、
基本的に翻訳元より打印機の文字サイズの方が小さいので
今のところページを持ち越す状況は発生していない、
その場合はページ数の印字を「26-1」「26-2」とかに変更して乗り切る予定。
余談だが翻訳元の本は両面仕様、翻訳内容を印字した紙は片面仕様なので
最終的には翻訳本の約2倍の厚さになる、仕方ないね。
松本が解読班の一員となって早3日、
打印機の導入により1人で作業がこなせるようになり、
ペンテロ、ロダリッテ、ハルカも元の仕事スタイルに回帰した、
皆各々の仕事に集中しており言葉を発する者は誰もいない、
紙の擦れる音と打印機の操作音だけが人の動きを感じさせる。
「(拝啓、ポッポ村の皆様、ウルダの皆様、如何お過ごしでしょうか?
ダナブル周辺では草原が青々と茂り、
色とりどりの花が咲き乱れております、
季節は廻り生命の息吹を感じる春の到来です。
季節と同様に私を取り巻く環境にも少々変化がありました、
生活基盤は秘密の施設へと移り、諸先輩方に御迷惑おかけつつも
若輩者ながら仕事に従事しさせて頂いております。
残念ながら移籍手続きに少々問題があり冒険者としては未だ活動出来ず、
予定ではそろそろ進展がある筈なので
午後にでもギルドへ足を運ぼうかと考えております。
お金の心配はありません、
秘密の施設職員としてのお給金はまだ先ですが、
大変親切なママのご好意により清掃の仕事をさせて頂いております、
いえ、ママとは私の母親のとこではなく、大人のお店のママ、
いえ、いやらしい意味合いでは無く、本当です、
至って健全な迷える蝶の拠り所、心の安息地、そういうお店のママです、
勿論お酒は出ます、酒抜きスープも完備されいますので
飲み過ぎた場合もきっと安心でしょう、
変化があったことがもう1つあります、
皆様から好評を博し御愛用頂いておりました
全裸マン、工場長、狂王など私の…)」
「すみませ~ん! ここにライトニング坊やがいると伺ったんですけど~!」
「そんないきなり…怒られるよ・・」
「(はい、昨日発行された新聞を切っ掛けに新しい字名が増えました…)」
2人の職員の登場で静寂と松本の自分語りが粉砕された。
※途中様々な回想場面が流れたと思いますが全て読者の方々の見た幻です、
長々と語られていた前文は全て松本の雑念であり、只の自分語りです、
翻訳作業とは完全に切り離された出来事ですので、
打印機から出力された紙にはちゃんと翻訳内容が印字されています。
「煩い」
「エルルラさん、申し訳ないのですが集中して作業している方もいますので
扉を開ける前にノックして頂けませんか?」
「「 す、すみません… 」」
「ほらもう…言ったのに…」
「悪かったですって…」
「ねぇマツモト君、あの人達が呼んでるよ?
ライトニング坊やってマツモト君のことだよね?」
「はい~…」
ロダリッテとペンテロに怒られてシュンとなる2人、
松本は知らないふりを決め込んでいたが
ハルカに促されので仕方なく作業を中止して席を立った。
「やぁライトニング坊や、解読班の見学してたの?」
「まぁそんなところです、それで俺に何か用ですか?」
「新聞読んだんだけどさ、写真に写ってたアレを
明日持って来て貰えないかな~と思って」
「何のことですか?」
「またいきなり…まずは自己紹介しようよエルルラさん、そういうところだよ?」
「んもう、分かってますって、私はエルルラ、よろしくライトニング坊や」
「どうも~」
「僕はクルートン、2人共調査班なんだ」
「あれ? 調査班ってプリモハさんの?」
「違う違う、あっちは外で調べ物、こっちは中で調べ物」
「…はぁ?」
「ごめんね分かり難くて、エルルラさんって勢いで話す癖があるからさ」
「そんなこと無いと思う」
「あるよ~、さっきもそれで怒られたじゃん」
「ない」
「そ、そう…」
「(自覚無いタイプの人だ…)」
的確な指摘を受けエルルラが頬を膨らませている。
「僕達もプリモハさん達も同じ調査班で間違いないよ、
ただ仕事内容が違うから2つに分かれてるだけ、
僕達はこの施設内で発見された遺物を調べるのが主な仕事、
プリモハさん達は外で勇者について調べるのが主な仕事」
「なるほど(プリモハ調査隊の別働隊か)」
どちらかというとクルートン達が本体でプリモハ調査隊が別動隊である。
「私達も外を旅して何か凄い発見しましょうよ」
「無理だよ~僕体弱いし、
班の皆もブリモハさん達みたいに武闘派じゃないんだから」
「そこは私がこうっ! こうっ!」
エルルラがアブド○ラ・ザ・ブッチャーを彷彿とさせる手刀を繰り出している。
「はいはい…それでニコルさんを倒せたら話を聞いてあげるから」
「あんな小娘はシュッ! シュッ!」
「(厳しいと思うけどなぁ…)」
自信満々で地獄付き(手刀)を繰り出すエルルラ、
口で勢いを付けているだけであまり素早くない、
ニコルどころか松本すらも倒せそうにない、到底魔物と張り合えるとも思えない。
『エルルラ』
26歳、女性
普段は勢いが先行気味だが遺物を調査する時は以外にも慎重派、
そのためか自覚が無い。
『クルートン』
28歳、男性、調査班主任。
華奢で気が弱いインドア派、身長は150センチ代と低め、
元々はフルムド伯爵と共にカンタルで発掘をしていた経歴がある。
実は調査班の主任はクルートン、プリモハは調査隊の隊長である、
ただあまりにも影が薄いうえに自分で名乗ることが無いので
プリモハが調査班の主任だと思っている職員が大勢いたりする、
普段は発掘された遺物の調査を行っており、ネネの槍を調べているのはこの人達。
「大きな発見がしたいなら発掘班がいいよ、そうだよね? ロダリッテさん」
「絶対無理」
「はぁぁ!? ちょとちょとぉロダリッテちゃ~ん?」
ズカズカと部屋の中に入って行くエルルラ。
「出来ますぅ~ただ暑いのが苦手なだけですぅ~」
椅子に座るロダリッテに詰め寄りメンチを切っている。
「またそんな言い方して…怒られるよエルルラさん、
すみませんペンテロさん迷惑かけちゃって…ハルカさんもすみません…」
「「 いえ… 」」
クルートンが申し訳なさそうに頭を下げている。
「私の方が年上なんですぅ~ちょっと発掘班時代に実績あげっぐほぁ!?」
「邪魔」
ノーモーションから繰り出されたロダリッテの地獄付きが
喉に直撃し崩れ落ちるエルルラ、
間髪入れずに廊下に放りだされ扉が閉められた。
「(…え?)」
「(今何が?)」
何が起きたか理解できずペンテロとハルカは困惑中。
「(だから言ったのに…)」
一緒に発掘班として働いていたクルートンは特に驚きは無し。
「(おそろしく速い手刀、俺でなきゃ見逃しちゃうね)」
先日身を持って体験した松本は某ベレー帽の殺し屋みたいな顔をしている、
自分だけが手刀を見逃さなかった雰囲気を醸し出しているが
クルートンもバッチリ見ていたので勘違いしてはいけない。
ロダリッテはどちらかというと武闘派です。
「大丈夫エルルラさん?」
「だ、大丈夫…喉をやられただけで…まだやれっごはぁ!?」
「(地獄付きって意外と効くんだな…)」
エルルラ撃沈。
※喉は急所です、絶対に狙わないようにしましょう。
「あの~結局俺に何の用が?」
「あ、ごめんごめん、ライトニングホークの卵の破片のことで来たんだ、
凄く珍しい物だから是非1度調べてみたくてさ」
「あぁ~それなら部屋に置いてますから今から取りに行きましょうか?」
「いいよいいよ明日で、わざわざ取りに帰って貰うのも悪いし」
「いや、直ぐそこなんで取って来ますよ」
「いやいや、子供に無理強いしたみたいになっちゃうからさ、
なんなら今日帰る時に連絡して貰えれば僕が家まで取りに行くよ」
「夕方と言わず今渡せますけど、俺ここに住んでますから」
「え? そうだったの?」
「そうですよ、仮住まいです、付いて来て下さい」
「いや~それは実に有難いよ~」
「ま、待って…私も…ごほっ」
去っていく松本とクルートンを喉を抑えながらエルルラが追いかけて行った。
「「「 … 」」」
「…ペンテロさん、ライトニング坊やって何?」
「いや私に聞かれても…新聞に載っていたライトニングホーク事件から
広まったのは間違いないでしょうけどね」
「(かなり安直だけど誰が言い出したんだろ?)」
ハルカの疑問の答えは食堂にあったりする。
「ライトニング坊やって呼び方さ~、なんか妙に広まっちゃったわね」
「謎少年よりはいいでしょ、格好いいし」
「ぇ…そう思ってるの多分アンタだけよ」
「嘘ぉ!? またまたぁ~ライトニングリンデルったら~」
「ちょとやめてよ恥ずかしい」
「え? いや別に恥ずかしくなんてないでしょ?」
「いや恥ずかしいって…なんていうか痛い、
取りあえず格好いいと思った言葉を使いたがる子供の感性みたいで痛い、
ライトニングカプア、ほらどうよ?」
「強そうでいいじゃん、Sランク冒険者みたいで」
「えぇ…アンタマジで…」
始まりはこの2人、カプア主任とリンデル主任の食堂での会話である、
と言っても故意に流行らせた訳ではなく偶然の産物だったりする。
松本が施設にいる理由(翻訳の能力)を一部の人達しか知らなかったため、
施設内で見かけるけど存在理由の分からない謎少年として認知されていたのだが、
新聞の記事と主任同士の談笑を切っ掛けに、
『ライトニングホークに連れ去られた稀有な体験を買われ、
怪鳥の調査のために呼ばれた少年』
との着地点が見出され職員達の間で爆発的に広まった、
要は納得しやすい理由がライトニング坊やだったってこと。
「マツモト君の机は昨日と比べて随分と味気なくなりましたね」
「本当ですねぇ、打印機と紙と本しかないですよ」
「元々この机に置いてあった物は何処に?」
「さぁ?」
「あそこ、箱の中に入ってる」
「「 ん? 」」
ロダリッテの指さした木箱を確認するために
ペンテロとハルカが部屋の角へと移動する。
「ちゃんと全部ありますね」
「良かった、助かりましたロダリッテさん」
「何が?」
「え? ロダリッテさんの指示じゃないんですか?」
「私もそう思ってましたけど」
「知らん、マツモトが勝手にやってた、あと打印機はドーナツ先生からの借り物」
「「 …ん? 」」
解読班用の打印機は棚の中でカバーが掛かったまま、
松本の机に視線を移すと打印機がもう1台鎮座している。
「…そうだったんだ」
「…気が付きませんでしたね」
解読班の机の中で松本の机だけ妙にスッキリしている、
羽ペンも解読書も必要無いので勝手に片付けたらしい。
「もしかしてですけど、ロダリッテさん打印機の使い方も教えてなかったりします?」
「教えてない、昨日の朝来たら普通に使ってた」
「…嘘」
打印機初心者のハルカが絶句している。
「ドーナツ先生とハンクさんに教えて貰ったって言ってた」
「それにしたてってあんな…絶対変ですよペンテロさん!」
「まぁまぁハルカさん、彼は最初から謎の少年ですし、これ位は…」
「存在自体が変、たまにオジサンっぽいし」
「た、確かに~」
納得のハルカ、解読班の中では松本は謎少年のままである、
ライトニング坊やと呼ばれることは無さそう。
ここでロダリッテ先生による打印機の使い方講座、
受講するのは打印機初心者のハルカ。
「よろしくお願いしますロダリッテ先生!」
「打印機の使い方は結構簡単、
先ずは上部にある給紙ローラーに紙を入れて、
給紙ローラーの両端の取手を掴んで回す」
「お、飲み込まれた紙がローラーで折り返されて出てきました、
何処まで回せばいいですか?」
「好きなところで止めればいい、止めた所が最初の行になる」
「はい~」
「後は給紙ローラーと紙を右端まで移動して文字を打つ」
印字するための文字盤は打印機の中央に固定なので
文章を入力するには紙側を左右に移動させる必要がある
1文字入力するごとにローラーと紙が左に移動する仕組み。
※この世界の文章は左から右に記載します。
「右端が近くなると音が鳴る、なんでもいいから適当に打ってみて」
「はいロダリッテ先生」
「…何でじゃが芋?」
「私じゃが芋農家の娘なんで、知りませんでした?」
「知らん、たまに持って来るじゃが芋って」
「売り物にならなかったヤツです、家族だけじゃ消費しきれませんから
折角なので皆さんにお裾分けしてます」
「あれ美味しいから好き」
「美味しいですよねぇ~じゃが芋、また持って来ますよ~」
「助かる」
「あ、私も頂きたいです、子供達が好きなんですよ」
後ろでペンテロが何か言ってる、
じゃが芋を繰り返し入力し右端が近ずくとチーンとベル音鳴った。
「ロダリッテ先生鳴りました」
「その音が鳴ったらあと5文字で限界、改行しないといけない」
「なら給紙ローラーを回して…」
「違う、左上のレバーを掴んで給紙ローラーを右に動かすと勝手に改行される」
「おぉ~これは便利ですね」
「打ち終えたら給紙ローラーを回して紙を取り出す、これで終わり」
「ありがとう御座いました!」
以上でロダリッテ先生の打印機の使い方講座は終了。
実際のタイプライターも大体同じ使い方っぽい、
確実に違う点は本作の打印機では1色しか入力出来ないが、
タイプライターは機種によっては2色使い分けることが可能、
ボタン1つで黒と赤の文字を切り替えて入力出来る。
また、タイプライターではアルファベットを使用するので
大文字小文字の切替ボタンが存在するが
この世界の文字にはそもそも大文字小文字の概念が無い。
よって文字色の切替と大文字小文字の切替機能が存在しないので
タイプライターに比べて打印機の方が幾分か簡単な作りになっている。
とはいえどちらも凄いことに変わりない訳で、
製作したカプアとハンクの技術力の高さが伺える、
タッパーにご飯の余り物入れて持って帰るけどちゃんとしてる。
一方、卵の破片を取りに来た松本達は。
「ドーナツ先生入りますよ~ってあれ? いないですね」
「ドーナツ先生なら少し前に出掛けたよ」
「鞄を持ってたから外に診察に行ったんだと思うよ、
急いでいたし誰かに呼ばれたんじゃないかな?」
「外の仕事も受けてるんですか?」
「基本的にはシード計画の専任らしいけど、
やっぱりそう言う訳にはいかないんじゃない?」
「たまに他のお医者さんから相談受けたりしてるからさ、
ドーナツ先生ってあんな見た目だけど結構凄い人なんだよ」
「へぇ~そうだったんですか」
只のドーナツ好きの医者ならロックフォール伯爵から声は掛かりません。
因みに、215話目【ようこそダナブル、まずは身体検査を】で
採血時に松本に恐怖を植え付けた人は相談に来たお医者さん、
今回トナツを呼びに来た人と同一人物である、
正規の職員では無く必要な時に手伝ってもらう数少ない臨時職員。
無人の診療室を横切り隣の部屋に移動、
壁際に置いてあった卵の破片を見て2人が目を輝かせている。
「ほぇ~想像してたより大きい」
「凄い厚さだ、まるで岩だよこれは」
「どうぞ持って行って下さい、調べ終わったら戻して貰えればいいので」
「ありがとうライトニング坊や、んじゃ早速って重!? 重ぉぉ!?」
エルルラが1度持ち上げて直ぐに床に置いた。
「ふぅ~…なにこれ? 重量感凄いんですけど」
「それ多分30キロくらいあると思うんで気を付けて下さい、
足とか挟んだら大変なことになりますから」
「30キロって…良く運び込んだわね~」
「持ち難くて結構苦労しました」
「っま、ライトニング坊やに出来たなら私に出来ない筈がない訳で、
っし、気合入れて持って行くかぁ~!」
「はいそこまで、無理して怪我すると良くないしさ、
僕が台車持って来るからそれに乗せて行こうよ」
「「 はい~ 」」
クルートンが台車を取りに行った。
「この木の盾いいね、私こういうの結構好きだよ」
「そっちの剣と一緒にウルダから引っ越す時に友達から貰ったんです、
俺の大切な宝物ですよ」
「これは間違い無く1人の作品じゃないね~、そうだなぁ…6人、いや7人とみた」
「分かるんですか?」
「仕事柄ね、6人と迷ったけど私の勘が7人と言っている、
分割できそうな部位ごとの作りに差があるでしょ、剣に4人、盾に2人、これで6人、
盾の色を塗った子供が別に1人いると考えると7人、どう?」
「かなり鋭いですけど8人です」
「かぁ~惜しい~あと1人は何処の担当?」
「これ」
盾の端の茶色い丸を指差す松本、エルルラが目を細めている。
「…どれ?」
「これ、この茶色い丸、ここだけ別担当です」
「…そこだけ別なんだ、何の模様?」
「ウルダで売ってるジャンボシュークリームです、
盾の塗った子の妹が描き足したそうです、大好きなんですよジャンボシュークリーム」
「深いわねぇ~そういうパターンも有りか…」
これはこれで良い参考になったらしい。
「お待たせ、台車持って来たよ~」
「「 はい~ 」」
クルートンが戻って来たので卵の破片は台車の上へ移動。
「クルートンさん、ちょっと噂のヤツ試してみてもいい?」
「え? ここで? もし本当だったら危ないよ~」
「かなり慎重にやるから、私マナの扱いは得意ですよ」
「知ってるけどさぁ…信頼はしてるよ? でもやるなら城壁の外とかの方が…」
「何の話ですか?」
「え? いやまぁ、あくまでも噂だよ、真偽不明の噂、
ライトニングホークの卵には雷の魔集石が…」
「クルートンさんいきなり魔集石なんて言っても分かりませんって、
幻の石ですよ~いっつも私に注意する癖に…」
「知ってる筈だよ、ウルダで見つかった光の魔集石の発見者は彼って話だからさ」
「嘘ぉ? そうなのライトニング坊や?」
「本当ですけど、よく知ってましたね」
「そりゃまぁ滅多にないことだしね、ここにはそういう情報が集まって来るからさ、
さっきの続きだけど、30年位前にもライトニングホークの卵事件があって、
記録によると旅をしていたドワーフが発見してタルタ国に持ち帰ったらしい、
そして何処からともなく聞こえて来たのが…」
「ライトニングホークの卵から雷の魔集石が発見されたって噂ぁ!」
「ちょとエルルラさん、僕の台詞取らないでよ~凄く早口だったし…」
エルルラが目を逸らして口笛を吹いている。
「あくまでも噂だよ~審議は不明、なにせドワーフと来てタルタ国だからさ、
こういう情報が少ない種族や土地ってのは嘘を付くには最適なんだ」
「ただねぇ~、相当胡散臭い出所の噂ではあるけど、
ロックフォール伯爵の話だとタルタ国には雷の魔集石を使用した大槌があるらしい、
どう? ほんの少しだけ真実の可能性が増えたと思わない?」
「ちょっとワクワクしますね」
「でしょ、という訳で、いいですよねクルートンさん!」
「はぁ…僕達は離れているからくれぐれも慎重にね」
「了解~」
松本とクルートンはベットの後ろに隠れて、
部屋の隅でエルルラが噂の検証を行うことに。
「どうやって確かめるんですか?」
「マナを送るだけさ、光の魔集石でもやらなかった?」
「あ、そう言えば確かに」
光の魔集石を確認したのはユミルの左手のボンゴシである。
「今回は雷の魔集石だから勢い良くやっちゃうと
雷魔法が部屋の中で弾けることになるからさ、実に危ないよ~これは」
「ひぇっ…一応盾構えとこ」
「僕の分もあったりしない?」
「あぁ~じゃこれを」
クルートンは筋トレ用の盾、松本は宝物の盾を装備した。
「いっきま~す!」
「「 はい~ 」」
エルルラが卵の殻に両手を当て真剣な顔をする。
「…ん?」
「「 ん!? 」」
「んん!?」
「「 んんんん!? 」」
エルルラの声に反応して2人の顔が引きつっている。
「…」
「…エルルラさん今どんな感じ?」
「…ちゃんとマナ流してますか?」
「全力で流してるけど反応なし、この破片には雷の魔集石はありません! クソォォ!」
「「 (…ホッ) 」」
残念ながら大発見ならず、
エルルラはガッカリしたが松本とクルートンはホッとした。
丁度その頃、王都では。
「なぁ、お師匠はあそこで何してるんだ?」
「そりゃお前、素材の質を確かめてるに決まってるだろ」
「何回見ても大きいな~これで何を作ると思います?」
「厚みがあるから大剣とか斧とか重さを活かすヤツ」
ユミルの右手の横に置かれた巨大卵を弟子達が囲んでいる、
お師匠ことイド爺さんは卵の内壁を手探りで何やら調査中。
「おぉ…まさしくこれは…偉大なる王のお言葉は真実だったわい」
「何か言いましたかお師匠?」
「なにちょっとした小言じゃて」
卵の内壁に丸い印をつけて外にイドが出て来た。
「今から皆にちと面白い物見せてあげちゃおうかの~」
「何すか面白い物って?」
「ほっほっほ、奇跡の結晶じゃな」
『 奇跡の結晶? 』
卵をペチペチ叩きながらイドがニヤニヤしている。
「あんまり覗くと危ないからの~」
『 はい~ 』
「印付けたとこを見とけばいいんですか?」
「そうじゃ、顔は中に入れん方がええぞ」
『 はい~ 』
「え~とこの辺りでいけるかの? ほい」
『 どわぁあ!? 』
イドが卵の外壁に手を当てマナを送ると
印をつけた場所から雷魔法が飛び出し内壁を伝って暴れ回っている、
驚いた弟子達が飛び退いた。
「ちょとお師匠!」
「危ないじゃないですかもう!」
「ほっほっほ、ちと加減を間違えたかの~、
思ったよりもマナを通しやすい素材なんじゃなこれ」
「雷魔法だったよな? 今どうやったんだ?」
「そりゃお前、こうやって魔法を、ほぃぃ!」
「あばばば…」
「…あれ? 違うみたいだな」
弟子の1人が卵の外壁に手を当て雷魔法を使用すると、
内側には貫通せずに卵に手を触れていた弟子が感電した。
「危ないからそれ以上は駄目じゃて、迂闊に触ったら死人が出るわい、
今のは奇跡の結晶の力での~ここにあるんじゃよ魔集石が」
「え? 今魔集石って言いました?」
「マジすかお師匠!?」
「何ですか魔集石って?」
「魔法そのものが詰まった幻の石だよ、見つけたら遊んで暮らせるって代物」
「すげぇ~実在したんだ…親父は無いって言ってたのに…」
魔集石に対する一般人の反応はこんな感じ、
松本の周ではちょくちょく聞くが世間ではツチノコみたいな扱いである。
30年以上前に卵を見つけ持ち帰ったドワーフとはタルタ王ロマノス、
イドが卵の殻を熱望したのは魔集石のことを聞いていたからである、
因みにドナは知らない、というよりタルタ国の中でタルタ王が
雷の魔集石を所有していることを知っていたのは実質イドとクラージだけ、
この辺りは当時の内政が関係している。
魔集石の事を知りながら松本から無償で卵を譲って貰ったあたり、
イド爺、結構悪いドワーフである。
「ど、どうするんですかこれから? どうしますお師匠?」
「売って工房大きくしましょうよ、いやこれを元手に素材をかき集めるとか」
「何かとんでもない杖作るとか? 雷魔法がズバババって」
「馬鹿! 杖に付けてどうするのよ、近接武器に付けてこそでしょ!」
「いやいやいや、防具ってロマンもあるぜ、肘、どうよ? 切り札的な」
『(ダッサ!)』
「これはの~ウルダの1番弟子にくれてやるんじゃ」
『 …え? 』
「丁度探しとったみたいでの、相談されとたんじゃワシ」
ドナにあげるためだったらしい、弟子想いの良いドワーフである。




