225話目【劇場裏のヤルエル】
「(ずっと待っていてくれたんやなぁ…)」
松本が暗闇の中でウンウン頷いていると、
会場が明るくなり和やかな音楽な流れ始めた。
「(ん? 舞台の幕が下りてるな)もしかして終わりましたか?」
「みたいだね、話的にもここまでかな」
顔を見合わせる松本とトナツ、終演を理解した観客達から疎らに拍手が聞こえる。
「最後の場面いいですよね~深いというか、なんか色々詰め込まれていて、
サンジェルミ様って勇者として自分より周りの人達を優先したじゃないですか」
「うん…」
「ソーセージを食べたの遅かったですし、エルフの国には立ち入らなかったし、
共に生きる相手が欲しいっていうサンジェルミ様自身の願いは
きっと叶わないだろうってネネ様は理解してて、
だからこそ最後に待っているって約束してくれたんですよ」
「うんうん…」
「でもその約束ってサンジェルミの願いだけじゃなくて、
トール様と一緒に過ごせなかったネネ様自身の願いも含まれていて、
叶えられなかった2人の時間もきっとそこに…って聞いてますドーナツ先生?」
「うんうん…」
「ドーナツ先生? お~い」
「うん…」
松本の長ったるい持論に適当に相槌を打ちながらトナツが周りを気にしている。
「聞いてますドーナツ先生?」
「うん…あ、ごめんごめん、聞いてなかった」
「どうしたんですかそんなにキョロキョロして?」
「ちょと拍手が少ないなって思って、僕は面白かったんだけどなぁ」
「?」
拍手するトナツに釣られて松本も拍手をしながら周りを確認する、
先程よりは若干増えたが拍手はまだ疎らな様子。
「確かに開演前に比べて静かですけど、余韻に浸ってるとかじゃないですか?」
「そうだといいけど…これは、う~んどうかなぁ」
「? 何か問題でもあるんですか?」
「うん、ここの反応で最初の評価が決まるんだよね」
「えっ、それって演技と脚本の評価ですよね?」
「うん、特に今回の演目は初公開だったからヤルエルさんの今後が決まる感じ」
「ちょっとぉ、早く言って下さいよドーナツ先生、気合入れて拍手しないと」
「あくまでも個人の感想だからさ、良いと思えば拍手を贈るし悪いと思えば何もしない、
勿論応援したいって理由で拍手を贈るのもあり」
「そりゃまぁそうですけど、最初から知ってたら全力で拍手してましたって、
あでも少しずつ増えてきましたよ、ほら」
少しずつ拍手が増えて来た。
「良さそうじゃないですか? ほら増えてる」
「本当だね、なんとか大丈夫かも」
「この調子でどんどん…」
「本当に良いと思われたのですかな?」
「流されて拍手されている方もいらっしゃるのではなくて?」
「ひぇっ…」
会場に響いた声でビクッとなる松本、拍手が止まり静かになった。
「い、今のは…」
「まぁ否定的な意見もあるよね、個人の感想だから仕方ないよ、
でも今のでまた静かになっちゃったなぁ、マツモト君はどうだった?」
「この拍手が俺の答えです、止めたいのなら力ずくで来て貰わないと」
「(なんか凄味があるなぁ…)」
覚悟の決まった顔で松本が淡々と拍手を継続している。
「初めての演劇で楽しかったってのもありますけど、
内容が良かったですよねぇ、前半は期待していた内容でしたし、
後半は、お? 拍手が…後半はいろんな人達の人生を見ている感じがして…」
拍手がどんどん大きくなり松本の言葉が霞む。
「ちょっとまって、マツモト君、ゴメン良く聞こえなかったんだけど!」
「あのですね、後半はいろいろ考えさせられるっていうか!」
「ゴメン聞き取れない、もう1度言ってぇ!」
「サンジェルミ様だけじゃなくてぇ! その時代を生きた人達の人生観がぁ!」
「ちょ、ちょと無理かもぉ! 何も聞こえない! 聞こえないから!」
「はいぃ? 何ですってぇ!」
「後で! 後で聞くからぁ!」
賛否の声も入り混じり始め会話が聞き取れなくなってきた。
観客同士で論争が巻き起こり混沌を極める会場、
一方その頃、舞台裏では。
「ねぇ! これってどっちだと思う? 褒められてるのかな?
それとも怒られてるのかな? 怖いんだけどぉ!」
「分かんないわよ! 何言ってるか聞き取れないんだもん!」
「少なくとも! 拍手は褒められてんだろ!」
「何て言ったの? ねぇカミロなんて?」
光の勇者役の3人、ヤルエル、カミロ、ピカリオが困惑中。
「取り敢えず呼ばれてんだよ! ほら行けぇヤルエルゥ!」
「え!? ちょとなんで押すのカミロ!?」
「いいから行きなさいって! どっちにしろ鎮めないと閉め作業出来ないんだから!」
「ちょとやめてピカリオ! 押さないで! 嫌だ! 僕行きたくなぁい!」
「「 とっととぉ! 行けおらぁぁ! 」」
カミロとピカリオに突き飛ばされ腰の引けたヤルエルが舞台袖から飛び出して来た、
脚本担当、兼、主演の登場に会場が静かになる。
「…ねぇピカリオ、カミロ? 今どうなってるの? 怖くて後ろ向けないんだけど…」
観客に背を向けボソボソ舞台袖に話しかけるヤルエル。
「ちょ、やめ…ちょっ、2人共ぐぇっ!?」
飛び出してきた大きな腕に首を、
小さな腕に足を掴まれ無理やり正面を向けさせられた、
一瞬首がグリってなった気がするが、まぁなんとか大丈夫そうである。
「あ、あはは…は…」
引きつった顔から乾いた笑い声を絞り出すヤルエルに観客の視線が集中する、
先程の混沌が嘘のように静寂が会場を満たし物音1つ聞こえない。
「あ、あの…その…あだ!?」
小さな足に蹴飛ばされ引けた腰が真っすぐになった。
「おほん…え~…御来場の皆様、本日の演目はお楽しみ頂けたでしょうか?」
『 … 』
会場に声が響くが反応は無し、ヤルエルの意識が遠退きかけている。
「面白かったぞ~ヤルエル! ほれ、嫁さんも最高だったって言っとる!」
「ヤルエルさ~んこっち向いて~! 格好良かったよ~!」
聞き覚えのある声で意識を取り留めた、
2階席中央の最前列で鳥便局のボーリスとラポルが手を振っている。
「2人共…ありがとう!」
「何言ってんだ、俺は微妙だったね!」
「ひぇっ!?」
ホッとしたのも束の間、間髪入れずに否定の意見が飛び出した。
「挑戦したのは良いと思うけど私はもっとハッキリした演目が良かったな!」
「なに言っとるんじゃ若いの、ワシは後半こそが素晴らしいと思ったぞ」
「そうそう、魔王討伐後を語る演目は今まで無かった!」
「いやでも、最後はなんか投げかけられた感じがして、モヤっとするって言うかさ~」
「そこまで分かってるなら考えたらいいじゃない、この演目はそこを目指して作られてんのよ!」
「その通り、受け手の理解力が試されているのです!」
「いろいろ考えされされる演目だったわ、世界を立て直すために何が必要かとか」
「私はもっとカミロさんの活躍が見たかったですね」
「私も~、後半は殆ど出番がなくて彼の持ち味が活かされてなかった!」
「ピカリオさん素敵だったわ~、勇者よりも女としての強さを感じたわアタシ」
「あらカミロさんの方が素敵でしょ、あの口下手な告白とか~あと筋肉」
「まぁ前半はありきたりだったかな、良くある流れっていうか」
「何言ってるの、光の強弱を使った演出が素晴らしかったでしょ」
「次は人魚も仲間に入れてよ~! 人魚も一緒に戦えるよ~!」
「無理だって、乾いちゃうから」
「サンジェルミ様の救いはリテルスさんだ!」
「違いますね、ネネ様とトール様です、最後の演出ご覧になられたでしょう」
「世界の為に犠牲になったような言い方はよせ、
世界に寄り添うことこそがサンジェルミ様の願いだったのだ」
「光の3勇者様格好よかった~」
「いいや、これはヤルエルさんが書いた脚本だぞ、そのことを踏まえてもう1度考え直せ」
「何を偉そうに、貴方に違う時を生きる苦悩がお分かりになりますの?」
「そうだ、愛する者が皆去って行く、これほど残酷なことは無い」
「後半は難しくてよく分からなかった~!」
「もう1回やってよ~見に来るからさ~」
賛否共に意見が飛び出し会場が再び熱を帯び出す、
演出の解釈や持論を展開し争う者もチラホラ。
「あばばばば…ちょ、ちょと皆様落ち着いて…」
混沌へと突き進む会場にヤルエルはアタフタしている。
一方その頃舞台裏では。
「あわわわ…また騒がしくなってきた…」
「どうしよう? ねぇどうしよう? こんな状況初めてだよ…」
「1階の誘導はオークと人間に任せるんだって、2階はゴブリンとラビ族と人間、
ハリ族は絶対参加しちゃ駄目、小さいから踏まれて大惨事になるよ、
どっちがって両方! ハリだらけなんだから踏んだ方も大惨事だよ!」
「全然駄目じゃないヤルエル、早くここ留めて、急がないとまた大変なことになるわ」
「今やってます、ピカリオさん動かないで」
「どうだ行けるか?」
「行けますよ、カミロさんお願いします」
「ほら皆準備して、2人が出たら一旦鎮まる筈だから、
その後は閉演の挨拶流して1階から順に誘導、わかった?」
『 はい! 』
「間違っても2人は舞台から下りないでよ、人が集まって来て余計に騒ぎになるから」
「了~解」
「分かってるって」
打ち合わせしながら大慌てでピカリオとカミロに光の勇者の衣装を装着中、
多少の騒ぎは覚悟の上でガチガチの看板役者の力で場を納める気らしい。
「お静かに! 皆様落ち着いて下さい!」
カミロとピカリオが舞台袖から飛び出す前にヤルエルの声で会場が鎮まった。
「称賛のお声も、批判のお声も当然あると思います、
ですがここは演劇を鑑賞し楽しんで頂く場であり、
互いの意見を述べ合う場所ではありません、
御来場の皆様の中には様々な方がいらっしゃいます、
幼い方やお歳を召された方、お身体に何かしらの不調を抱えた方も、
大きなお声を出されてはお身体に障るかもしれません、
ご自身のご家族に置き換えてお考え頂きますように、どうかお願い致します」
ヤルエルが深く頭を下げると、意見を述べていた者達が気まずそうに顔を見合わせた。
「あら? なんか上手く行った感じ?」
「みたいだな、俺結構気合いれたんだけどなぁ~」
舞台袖から様子を伺いピカリオとカミロが目をパチパチしている。
「ふぉう! やっぱヤルエルさんだよな~!」
「締めるべきところは締める、こうビシッとよ」
「主演は違うねぇ~俺達も見習わねぇと」
肉屋と魚屋と装飾屋を演じていた3人がなんか盛り上がっている。
「皆急いで下さい、今しかありませんよ」
『 はい! 』
リテルス役のエルフが指示を出すとブザーが鳴った。
「御来場の皆様にご案内です、以上をもちまして演目『光の3勇者』を閉演致します、
大変混雑が予想されます、誘導員が参りますので御足元に注意し、
落ち着いてご退席頂きますように、深くお願い致します、
本日はご来場頂き有難う御座いました」
こうして、ヤルエル初主演初脚本、松本初観賞の演劇は幕を閉じた。
「ヤルエルさん凄かったですね~、スパッと静かになって」
「うん、いつものヤルエルさんより貫禄があった、
彼のことを知っている人にはかなり響いたんじゃないかな」
「立ち止まらないようにお願いしま~す」
「「 はい~ 」」
誘導員の指示に従い劇場の外に出て来た松本とトナツ、
ワイワイと盛り上がりながら帰って行く人が大半だが、
劇場の周りには5~10人で集まり議論する人達や、
既に店に入り酒を交えながら感想を述べ合う人達が散見される。
「今なんと? もう1度仰って下さい!」
「分かっていないと言ったのです!」
「私は10年以上ここに通い詰めているのですよ!」
「私もです、貴方は先程から否定ばかりで新しい物を受け入れようとしない!」
「光の3勇者の演目は勇者様の御活躍が全てです! 長々とした後日談など不要!」
「この~!」
「んぬぬぬ!」
中には熱が入り過ぎで手が出るのではないかと心配になる人達もいる。
「(う~ん…)」
「いつもはこんなに騒ぎにならないから良くも悪くも話題になってるね、
僕の見立てだと7割くらいは肯定的な感じかな」
「俺もそれ位です、面白かったですよね?」
「面白かったよ、特に後半が史実に寄ってて」
「ほう、史実ですか?」
「うん史実、町の名前とか、貴重なソーセージとか、
魔物が増えるまで実際に待ったって記録が残ってるの、
サンジェルミ様が旅に出て姿を隠したでしょ、あれも本当にあったかもしれないんだ」
「記録があるんですか?」
「あるよ、それもトール様の手記に、凄いでしょ?」
「ほぉ~信憑性ありそうですね」
「…反応薄くない? もしかしてトール様の手記があるって知ってた?」
「はい、プリモハさんがトール様の残した記録を元に獣人の里に来たって言ってましたから」
「あ、そういえばネネ様の槍と日記が見つかった時の当事者だったね」
「その時にうっかり日記を読んでしまったから俺はこの町にいるんです、はぁ…油断したなぁ…」
松本が肩を落として嘘っぽいため息をついて見せる。
「ははは、そんな哀愁漂わせないでよ、君の協力で世界が救われるかもしれないし、
そうなったらほら、勇者になっちゃうかも」
「勇者は魔王を打倒した英雄に贈られる称号です、
文字が読めるだけじゃ、そうですねぇ勇者の友人とか、功労者の1人とか」
「現実的だなもう、あくまでも分かってる範囲の話だけど、
トール様の手記ではサンジェルミ様の最後は触れられていないの、
だから今日の演目みたいに旅に出て凄く長生きした可能性もあるんだよね、
まぁハーフエルフってのはヤルエルさんの思いが反映されてるんだけど」
「ほうほう…(そう言えば天界でチラッと記録を見たな、確か3人共人間だったはず、
サンジェルミ様の記録は…あ、入力漏れだったわ、…あの2人だけじゃ絶対処理してないよなぁ)」
天界のテラスで天使ちゃん達とお茶を飲むポンコツ女神と
倉庫で気絶した有能天使アマダが容易に想像できる。
そんなこんなで劇場の裏にやって来た2人、身なりの整った人達が20人程集まっている。
「あの人隣に座ってた人じゃないですか?」
「うん、というかここに居る人は皆近くに座ってた筈」
「確かに見覚えがあるようなないような…何のために集ってるんですか?」
「それはね~このチケットの特典のため、今から主演の人達が出て来て少しだけお話出来るの」
「え? そんな特典付いてたんですか」
「うん、だからこのチケットは凄いって言ったでしょ、
お金持ちの人とか、何かのお偉いさんとか、熱狂的な愛好家の人とか向けなんだ、
関係者の家族に優先的に配ることもあったりして、買いたくても中々買えないの」
「ほぉ~(VIP向けのチケットだったのか、凄い体験させて貰ってたんだな)」
ポケットから取り出したチケットを見てシミジミする松本の後方で
チケットを持っていない熱狂的なファンが顔を覗かせていたりする、
しっかり距離を取って劇場の角から顔だけを出しているのでマナー的にはグレーゾーン。
「そんなに時間は貰えないと思うから感想は簡潔にね、
僕に話した時みたいに長々と持論を語るのは絶対駄目だから」
「はい~」
知らないところで面倒くさいオジサン化していたらしい。
暫く待っていると光の勇者の衣装を着たヤルエル、ピカリオ、カミロが出て来た、
集まっていた人達が嬉々として出迎え順番で交流中、
場違い感のある松本とトナツは少し離れた場所で大人しく待機中、
大体1組5分程度交流し去って行く、
最後の組みを対応中だったヤルエルがお辞儀をして1足先に離脱、
松本達に手を振りながら歩いて来た。
「やぁマツモト君、ちゃんと見に来てくれたんだ、ありがとうね」
「いえそんな、俺の方こそなんか凄いチケット頂いちゃって本当に有難う御座いました」
「ははは、気にしないでよ、どうせ余ったチケットだったからさ、
でもトナツ先生を誘って来るとは思わなかったよ~」
「ありがとねヤルエルさん、凄く面白かった、今度ギルドにドーナツ差し入れに行くから」
「ありがとう御座います、カミロとピカリオも呼びましょうか?」
「だって、どうするマツモト君?」
「いえ、良いですよ、御礼を伝えたかっただけなので」
「マツモト君感想忘れてない?」
「あそうだった、え~と簡潔にですよね、ちょっと待って下さい…」
額を指でトントンして考えを纏める松本。
「よし、ヤルエルさん行きますよ」
「いいよ~、さぁ来いマツモト君」
気合の入った顔の松本を見てヤルエルが両手を広げて受け止める体制に入る。
「(え? なにこれ? 感想だよね?)」
ピり付いた空気に困惑するトナツ。
「ずばり…『愛』ですね」
「あ、愛!?」
「そう、『愛』です」
「愛か…な、なかなか深いねマツモト君…」
「ふふ、『愛』…」
キメ顔の松本に困惑しながらもなんとか切り返すヤルエル、
多分適当に褒めてくれている、この手の厄介客の対応は日常茶飯事である。
「(僕が聞いた感想と全然違う…)」
「so『愛』…故に『愛』…」
目を細めるトナツを他所に気を良くした松本はキメ顔継続中、腹立つ程に痛々しい。
「マ、マツモト君、それじゃ最後の問いはどうかな?
サンジェルミ様は幸せだったと思うかい?」
「え? あ~どうなんでしょうね? 概ね幸せだったんじゃないですか?」
「サンジェルミ様が望んでいた一緒に過ごす人は見つからなかったけど幸せかい?」
「まぁ概ね、復興した町でそれなりに人と生活してみたいですし、
ずっと1人なんてことは無かったんじゃないかな~って、考え方次第だと思いますよ、
大切なのは一緒に過ごした時間の長さじゃなくて、どれだけ一緒に楽しめたか、
それに最後はエルフの人も来てくたじゃないですか、いい人生ですよ」
「どれだけ一緒に楽しめたか…なるほどね、そういう考えもありかな、
マツモト君は長く生きたいと思うかい?」
「俺はどちらかというと太く短く派ですけど、
体がちゃんと動いてやらないといけないことが残っているなら有りですかね?
ヨボヨボになって病気を患って目的もなく生きるのは嫌です」
「ははは、絶対子供の考え方じゃないよ、君実は50歳くらいだったりしない?」
「ち、違います、ピチピチの8歳です」
「(人生観が有り過ぎるんだよなぁ…)」
ヤルエルは笑いトナツは訝しむ、ピチピチと言うかムキムキの8歳(38歳)である。
カミロとピカリオは手を振って最後の組を見送り中、
舞台角を曲がったのを確認しヤルエルと合流する為に振り返ろうとした時、
入れ違いで現れた人を見て慌てて走って行った。
「「 ? 」」
「どうかしました?」
松本とトナツが不思議そうに覗き込むと釣られてヤルエルも振り返った。
カミロとピカリオに促されてやってきたのは
瞳を閉じて車椅子に座る老婆とそれを押す耳の長い青年。
「…え…まさか」
「ちょとヤルエル、何してんの」
戸惑うヤルエルのピカリオが手招きしている。
「ヤルエルさん、僕達はもう帰るからさ」
「え? あぁ…でも」
「どうぞどうぞ、お知り合いなんじゃないですか?」
「あ、うん、ありがとう、また」
「「 はい~ 」」
松本とトナツに促されてヤルエルが走って行った。
「父さん、母さん、何故ここに?」
「決まってるだろヤルエル、お前の舞台を見に来てたんだよ、じゃぁな」
「別な人からチケット貰ったんだって、私中に入ってるから」
ヤルエルの肩を叩いてカミロとピカリオは劇場に戻って行った。
「本当なの父さん?」
「あぁ、良い舞台だった」
「そんな…だって母さんは…」
「ヤルエル…」
「母さん、ここに居るよ」
ヤルエルが老婆の手を取ると薄っすらと目を開けた。
「もっと近くで…あぁ…なんて凛々しいの…本当に勇者になったのね…」
「母さん…うん、僕は勇者になったよ、約束通り…うぅ…立派な…っ勇者に…」
覗き込んでいた熱狂的なファンは空気を読んで退散、
劇場裏はヤルエルと両親だけの空間になった、
誰も立ち入ることの出来ない家族だけの大切な時間、
立ち去る松本はチケットの意味を理解した。
「ヤルエルさんはハーフエルフだったんですね」
「うん、黙っててごめん、チケットを受け取った時の言葉が気になってさ」
「ヤルエルさんを知らない俺に見て欲しい、ですからねぇ、
俺のさっきの感想って良かったんでしょうか?」
「どうかな? ヤルエルさんもきっと答えを探してる最中なんだと思う」
演劇の内容を思い返しながら大通りへと歩いて行く。
「ヤルエルさんのお母さんは何かの病気なんですか?」
「病気じゃなくて老衰、高齢だからね、目はもう殆ど見えてないし、
最近は呼吸も弱くなってて、悲しけどもう長くはないかな」
「それで…演劇を見てたらしいですけど大丈夫ですかね?」
「少なからず影響はあるだろうね、最後の騒ぎは特に」
「あぁ…誰がチケット渡したんだろう?」
ちょとシンミリする松本の背後に忍び寄る筋肉、
左耳たぶに狙いを定めて思いっきり指を弾いた。
「ぎゃぁぁぁ耳がぁぁぁ!? え!? 何!?」
「だはははは、よう坊や、アタシだよ」
地面に転がる松本を摘まみ上たのはムキムキマッチョのパトリコさんである。
「でしょうね! この痛み忘れて無いですもん! もう痛いコレ…」
「2度目なら避けないとねぇ、油断し過ぎだよ坊や」
「(どんな理屈!? 無茶苦茶だよこの人…)」
「パトリコさんでしょ、チケット渡したの」
「よく分かったねドーナツ先生」
「え? そうなんですか?」
「そうさ、並びの席を譲って貰うのに苦労したんだ、耳の痛みは引いたかい?」
「は、はい…大丈夫です」
松本を下ろして劇場の壁にもたれ掛かるパトリコ。
「チケットを用意して渡したのはアタシだよ、だがね、選んだのは母親自身さ、
そしてその決断を尊重したのは父親、例え寿命を縮めたとしても悔いはないだろう」
「パトリコさんってヤルエルさんと昔からの知り合いなんでしょ?
ヤルエルさんの気持ちも分かるんじゃないの? きっと苦渋の決断だったと思うよ」
「だろうね、でも母親にも選ぶ権利はある、そうだろう?
一方的に約束を反故にしちまって、どうしよもないヒヨッコだよまったく」
、
なんだか御立腹のパトリコ、筋肉に血管が浮いている。
「パ、パトリコさん、その約束ってのは?」
「気になるのかい坊や? 大した話じゃないよ?」
「ヤルエルさんもそんなこと言ってたので一応教えて頂けないと」
「勇者だよ」
「「 勇者? 」」
「両親からハーフエルフだと伝えられた時に特別な存在だって舞い上がっちまって、
勇者になるって約束したんだと、そんで健気な姿を見た母親は涙を流して応援した、
ハーフエルフの宿命を背負った息子が心配だったのさ」
「「 ほうほう 」」
「だがヤルエルは戦いの才能は無かった、魔法もそこそこ、
父親から譲り受けたエルフの血は寿命だけだったのさ、
できもしない癖に近接戦闘に拘って、力強く勇敢で誰もが憧れる勇者を夢見てた、
そんで力強く勇敢なアタシに付き纏うようになったって訳だ」
「「 おぉ~ 」」
「手解きしてやったけど結局駄目で、アタシがSランクになった時に言ってやったよ、
いつまでもヒヨッコみたいな夢を追いかけてないで現実を見ろってね」
「ちょっと厳しくないパトリコさん?」
「何言ってんだいドーナツ先生、ヤルエルはアタシより年上なんだ、
何で気を使わないといけないのさ、付き纏われてた身にもなりな」
「た、確かに」
「(感覚狂うなぁ…)」
パトリコは38歳、ヤルエルは55歳、年齢だけ見れば事案である。
「その後ヤルエルは両親と一緒にダナブルへ移り、弱くても勇者になれる方法を見つけた」
「それで演劇を」
「あぁ、だが母親は年を取り過ぎた、そしてヤルエルは土壇場で約束を一方的に反故にした、
ドーナツ先生の言いたいことも解るよ、でももっと大事な事があるのさ、
アタシは元Sランク冒険者として皆の期待を背負って来た、
言い換えれば皆の望みさ、勇者ってのはもっと大きな、世界の望みを背負う、
母親1人の望みにすら向き合えなくて本当に勇者になったって胸張れるのかい?」
「優しいねパトリコさん」
「よせよドーナツ先生、ガラじゃねぇって」
「(俺の耳には厳しいけどね…)」
耳を擦りながら目を細める松本、あれも一応パトリコの優しさ…なのか?
肩甲骨と鎖骨にヒビが入ったのは不可抗力。
「今回の脚本は両親に対する気持ちが込められてたしな、
チケットは渡して正解だった、これでいいのさ」
「パトリコさんも見てたんですね」
「一応な」
「因みにパトリコさんの解釈はどんな感じ?」
「ん? 父親と母親に負い目を感じるなって伝えたかったんだろ、
エルフの掟も理解しているし、愛することは罪じゃない、
最後の問い掛けは特に母親宛だったな、
周りとの時間の違いが幸せかどうかは自分だけが決められる、
見る人次第でいくらでも解釈は変わるけど気にするな、
だから母親も心配する必要はない、ってところかな?」
「「 おぉ~ 」」
新たな見解に拍手を贈る松本とトナツ。
「よ~し! 飯行こうぜ!」
「「 おぉ~! 」」
劇場裏に深い愛を残し3人は大通りへと進んで行く、
物語の解釈は人それぞれ、幸せかどうかはきっと貴方次第。




