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224話目【演目「光の3勇者」 後編】

背景は墓地、舞台右に立派な墓が置かれ、

墓に近い位置からルート代表とトルシュとその家族、

サンジェルミ、各種族の代表者が並び、

中央に空間を設け左側に一般の参列者役が配置されている。


ルート代表は元のルート代表から別の役者に代わっている、

どうやら時代が進んで代替わりしたらしい。


「魔王から世界を救ってくだされた我らが光の3勇者様、

 その最後の1人であらせられるネネ様は、

 家族と友人、そしてネネ様を慕う多くの者達に惜しまれながら、

 76年という長い生涯に幕を下ろされた、

 慈愛と知性に満ちた御心はマナの海へと還り、

 勇壮と屈強を誇った御体は御意向に従いトール様と共に眠る、

 今この時より光の3勇者様は不変の伝説へと変わられた、

 色褪せるこのない偉大なる伝説に感謝の祈りを」


ルート代表の言葉に合わせ参列者が祈ると鐘の音が鳴る、

残響が消えるのを待ち参列者が顔を上げて舞台左にはけて行く、

舞台右にトルシュ一家、左にサンジェルミとリテルスだけが残った。


「ありがとう御座いましたリテルスさん、

 お陰で最後に少しだけネネと言葉を交わすことが出来ました」

「今度は間にあったのですね、良かった、本当に良かった

 ようやく貴方の恩に報いることが出来た気がします」

「僕は初めて会った時からリテルスさんに助けて貰ってばかりですよ」

「私に気を使わなくてもよいのです、それよりネネ様はなんと?」

「トールと一緒に待っていてくれるそうです」

「おぉ…それはなんと…なんとお優しい」

「ネネらしいですよね」

「良いご友人です」

「えぇ、本当に、リテルスさんも」

「そうでした、私はこれからもずっと貴方の良い友人です」


サンジェルミとリテルスが左にはけ、

2人の会話を聞いていたトルシュ一家が歩き出した。


「お父さんあの人は誰だったの?」

「2人共もお婆ちゃんの友達?」

「そうだ、母さんの大切な友達だ」

「ねぇトルシュ、あの家に来た方なんだけど、私の両親が見たことあるそうなの」


妻が足を止めると全員が振り返った。


「何十年も前の話だから真に受けないで、

 その…旅にでられたまま行方知れずのサンジェルミ様じゃないかって」

「確かに石像にそっくりだ、俺も顔を見た時は驚いたよ」

「トルシュは御本人に会ったことるんでしょ?」

「子供の頃の話だ、でもそうか、あれから何十年も経ったてるんだよな…」


観客席側に体を向けトルシュが遠い目をする。


「私ね、あの方はサンジェルミ様の…もしかしたら貴方と同じ

 光の勇者様の御子息なんじゃないかって思うの」

「御子息か…いいや、違う、俺とあの方は違うさ」

「そうよね、サンジェルミ様以外に町の外へ旅立った人はいないもの、

 有り得ない話だわ、ごめんなさい、

 トルシュの肩の荷が少しでも軽くなればと思ってつい…」


舞台中央でトルシュが俯く妻を抱き寄せる。


「何も謝ることはない、勇気を貰えた」

「そうなのトルシュ?」

「あぁ、一緒にこの町を支えて行こう、次の世代のために」

「そうね、語り継ぎましょう、光の3勇者様の物語を」

「お父さん」

「お母さん」

「あぁ、行こう」

「手を繋いで」


トルシュと妻が子供達の手を引き左にはけ舞台が暗転。




 

背景は建物が並ぶ町中、舞台の左側に出店が2つ、間を空けて右側に1つ並び

店主達が通り過ぎる住人役に声を掛けている。


「見ていきなって、ほらこの首飾り綺麗だろ~」

「魚の干物だよ~、この町で扱ってるのは俺の店だけ」

「ソーセージに干し肉、皆好きだろ肉~」


左右から通り過ぎる住人が止むと、

舞台左から老いたリテルスが歩いて来て肉屋に話しかけた。


「すみません、お尋ねしたいことが…」

「いらっしゃい! お客さんコイツが何の肉か知りたいんだろう?

 期待してくれていいぜ~、コイツは他の肉とは比べ物にならねぇ、

 なんてったってモギ肉! どうだい? 買うしかないだろう?」

「いえ、別に肉の種類は…」

「おいおいおいおい、お客さんモギ肉知らねぇのか?

 あ、もしかしてウルから来たばかりかい?

 そりゃ知らなくても仕方がねぇな、よく聞きなよ、

 モギ肉ってのは肉の中の肉、この町で肉と言えばモギ肉のこと指すんだよ」

「なるほど、今はそのような流行なのですね」

「おう、と言ってもここ数年の話だけどな」

「教えて頂きありがとう御座います、ですが私の要件は肉ではなく人探しなのです」

「人探し~? なんだそうならそうと最初から遠慮せずに言いなって、

 商売人は持ちつ持たれつ、協力するぜ~お? お客さんその耳…」

「えぇ、貴方の耳よりは少し長いです、私はエルフですから」

「へぇ~ウルではエルフを真似ることが流行ってんのかい、

 良く出来てるねぇ~、あれだな、耳の付け根を髪で隠すのが…」

「いえ、真似ではなく本物のエルフです、この通り耳も本物です」

「え!? 本物のエルフ? はぁ~…あだっ」


リテルスが耳の付け根を見せると肉屋が後退りし店の角で頭を打った。


「大丈夫ですか? そこまで驚かなくてもいいと思いますが」

「そりゃ驚くって、エルフってのは物語の中の存在で、

 年寄りの中には稀に信じてる人もいるけどよ、

 なんてったって誰も見たことねぇもんだから、いや~まさか実在するとは…」

「まぁ確かにネネ様の葬儀以来誰も国を出てませんからね、その反応も頷けます、

 それで探しているのはこの方なのですが、ご存知ないでしょうか?」

「あ~そうだった、どれどれ?」


リテルスが折り畳まれた紙を差し出すと肉屋が開いて確認する。


「ん~…どこかで見たことがる気がするんだが…、おいちょっと、ちょっと魚屋」

「どうした肉屋?」

「人を捜してるんだけどよ、ちょと手を貸してくれねぇか?」

「人探しだ~? おういいぜ、やろうやろう、どんな人だ?」

「この人だ、何処かで見た気がするんだけどよ~」

「どれどれ、よく見せてみろって」


肉屋が魚屋に近寄り紙を見せる。


「なんだろうな、俺も見たことある気がするけど…思い出せねぇ」

「魚屋もか、なんか引っかかってるんだよなぁ~」

「装飾屋なら知ってるかもな、お~い、この人見たことねぇか?」


2人が舞台右に移動して装飾屋に紙を見せる。


「どれどれ、こりゃあれだな、広場の石像だ」

「石像?」

「あ~確かに似てるな、あれだよ肉屋、あれだって」


魚屋が観客席側を指差すと肉屋が紙と交互に見比べる。


「そうだよサンジェルミ様の石像、どおりで見たことある訳だ」

「ちょっと違うけど、まぁ似てるよな」

「解決して良かったな肉屋、魚屋、んじゃ仕事に戻らせて貰うぜ」

「違う違う、待ちな装飾屋、まだ解決してねぇっての」


後ろ手に手を振り戻ろうとする装飾屋を肉屋が引き留める。


「捜してるのは石像じゃなくて人なんだよ」

「なんだ人かよ、人にはちょっと心当たりねぇな~」

「いや、俺は何処かで…」


魚屋が紙を見て首を捻っていると舞台右から杖を付いた老人が歩いて来た。


「ちょと爺さん、この人を知らねぇかな?」

「何じゃ人探しか?」

「そうなんだよ、石像じゃなくて人を探してるんだ」

「どれ、ほぉ~懐かしい、まだお若い頃の顔じゃ…」

「知ってんのか爺さん?」

「よく知っとる…ハカモリさんじゃ…っ…う…」


魚屋から紙を見せられた老人が右手で顔を覆い肩を震わせ初めた。


「おいおい、どうした爺さん、気分が悪いのか?」

「いや…すまん、違う、違うんじゃ…年を取ると涙脆くなっていかん」

「大丈夫かい? 装飾屋ちょっと椅子くれ」

「はいよ」


装飾屋が椅子を持って来て舞台の中央に置く。


「取り敢えず座りな、な?」

「すまん…」


魚屋に手を引かれて老人が椅子に座った。


「爺さん、さっきはなんでいきなり泣き出したんだ?」

「ワシには子供がおらん、5年前に最愛の妻を亡くし今は孤独な老人じゃ、

 1人の寂しさに耐えかねて、こうやって毎日外を散歩しておる、

 たった5年でこれじゃ…ワシはこの歳になってようやく分かったんじゃ、

 ハカモリさんの苦悩が、それを想うとどうしようもなく涙がの…」

「ちょと待ってくれ爺さん、話がよく分からねぇって」

「どんな人なんだいそのハカモリさんってのは?」

「俺も聞きてぇな、教えてくれねぇか爺さん」

「そうかそうか、なら年寄りの昔話に付き合ってもらうかの」


肉屋と装飾屋が訪ねると照明が暗くなり椅子に座る老人をスポットライトが照らした。


「話は50年ほど前に遡る、

 ワシは両親と3人の兄妹と共にここより東の町ウルに住んでおった、

 人口増加に伴い新たな町の必要性を見出した人々は

 更なる発展のため新天地へ旅立つ開拓者を募った、

 総勢200名、ワシは志願し家族に別れを告げこの地へやって来たのじゃ」


老人の語りに合わせてお馴染みの影の映像が流れる。


「希望を胸に旅立った開拓者達は直ぐに考えの甘さに気付かされた、

 ウルから離れる程に道は荒れ、魔物の脅威にも脅かされた、

 目指す先は魔王に滅ぼされたとされる町じゃ、

 何もないことは想像できておったし食料問題も避けられん、

 無から全てを作り上げ魔物に怯えながら畑を耕さなければならん、

 1年の内に半数は死ぬだろうと皆考えておった、

 厳しい現実の前に淡い希望は消え失せ、

 重い足を引きずりながら最後の丘を越えた時、

 ワシ等の目に飛び込んで来たのはなんとも不思議な光景じゃった、

 道があったのじゃ、石畳が敷かれた道、ワシが今おるこの場所と同じ道じゃ」


老人が力強く杖で舞台を2度叩いた。


「丘から続く道を追うと緑の平原の中に町が見えた、

 崩れた城壁と建物はかつての繁栄と衰退を感じさせた、

 じゃが近付いてみると少し様子が違っての、

 崩れた城壁は背の高さまで積み直されており、

 町中の瓦礫は綺麗に片付けられ、整備された広場には水の流れる噴水、

 修復されたいくつかの建物には武器や道具、鍋や皿などが詰め込まれておった、

 人の手が加えられているのは疑いようが無かったが辺りには誰も見当たらん、

 ワシ等は先に送られた開拓者達が手を加え、

 そして志半ばで潰えたのだと考え、先人達に感謝しながら一夜を明かした」


老人が目を瞑り深く頭を下げ、少し間をおいてから再び顔を上げた。


「じゃが次の日、城壁に沿って町の外を調べていると小さな小屋を見つけたのじゃ、

 畑には作物が実っており近くには花が供えられた墓標と思しき岩、

 突如として現れた光景に呆気に取られておったが、

 煙突から登り始めた煙を見て開拓者の生き残りだと確信し、

 はやる気持ちを抑え扉を叩いた、

 荒廃した外の世界で魔物の襲撃に耐えつつ生活の基盤を築き、

 町の復興を進めるに至った者達の生き残りじゃ、

 さぞかし屈強で大柄な男を想像しておったのじゃが、

 扉の向こうから返って来た声は実に穏やかで、

 姿を現したのはワシより若く見える爽やかな青年じゃった、

 それがハカモリさんとの出会いじゃ」

 

老人が椅子から立ち上がり杖を支えに背筋を伸ばす。


「あぁ~すまんすまん、皆に断っておくがハカモリさんというのは

 ワシ等が勝手に呼ばせて貰っとるだけで彼の本当の名ではない、

 ハカモリさんは自身のことを何も語らん、故に誰も本当の名を知らん、

 じゃが生きるので精いっぱいだったワシ等にとってそんなことは問題ではなかった、

 ワシ等はハカモリさんと共に生活を始め、

 危険な魔物や食べられる植物など生きる上で必要な多くの知恵を学んだ、

 戦い方も教わり実際に魔物を狩ってみたりもした、

 ほほほ、今の年老いた姿からは想像できんじゃろうがな、

 自慢じゃないがワシも若い頃は相当なもんじゃった、本当じゃぞ、

 ほれ、こう、こうじゃ、…あたた、無理はいかんわい」


杖を振って見せ腰を叩く老人。

 

「先人達が築いてくれた基盤に助けられ、

 誰も死ぬこと無く3年後には新たな移住者を迎え入れることが出来た、

 人が増えれば働き手も増える、町は急速に栄え今へと至ったのじゃ、

 新たな町を切り開いた開拓者達はもてはやされてな、

 ある時、ワシの敷いた道にワシの名前が付けられる話が立ち上がった、

 しかしどうじゃろうか? この町は先人達に支えられていることを忘れてはならん、

 だからワシはハカモリさんに言ったのじゃ、

 ワシ等が最初の開拓者とされているが間違っておる、

 この町があるのは町の基盤を築いたハカモリさん達のお陰じゃとな、

 じゃがハカモリさんは首を振りニコリと笑って言ったのじゃ、

 最初の開拓者はワシ等じゃと、胸を張って名前を刻めと、

 ハカモリさんのことじゃ、きっと謙遜されとるんじゃと思いワシは栄誉を賜った、

 それから月日が経ち、妻に先立たれ時間を持て余したワシは

 故郷であるウルに戻り開拓者について調べてみたのじゃ、

 …開拓者はな、ワシ等の先にも後にも存在しとらんかった、皆この意味が分かるか?」


観客席を見渡し老人が疑問を投げつける、

返事はなく老人は椅子に腰かけた。


「分からんじゃろうな、ワシもその時は半信半疑で、

 直ぐに馬鹿な考えを頭の隅に追いやった、じゃがどうしても気になってな、

 戻ったワシはハカモリさんに頼み倒しようやく1つだけ答えて貰った、

 …ハカモリさんはずっと1人だったのじゃ、

 何者なのか、いつ頃ウルを旅立ったのか、

 はたまた他の町の生き残りだったのかは分からん、

 いずれにせよハカモリさんはずっと1人で町の復興を続けておったのじゃ、

 瓦礫を運び、城壁を積み、道を敷き、使えそうな物を集め、

 亡骸を見つけては丁重に弔った、ワシが見た畑の近くの岩は開拓者の墓標ではなく、

 かつてこの町で生活していた、魔王に滅ぼされた住人達の墓標だったのじゃ」


スポットライトが消え照明が戻った。


「じゃからワシは涙が出る、

 ハカモリさんの気持ちを想うとどうしようもなくな、

 いったいどれ程の時間を1人で過ごしていたのかと、

 どれ程の孤独の中でワシ等を待っておってくれたのかとな…っ…」

「泣くんじゃねぇって、ほらこれ使いな」

「ありがとよ~、そんな人が居たとは俺全然知らなかったぜ、

 しかしよ、そうなるとハカモリさんってのは爺さんと同じ位年取ってることになるな」


装飾屋がハンカチを渡し、肉屋が首を傾げている。

 

「いやいやちょっと待て肉屋、俺分かっちまったかもしれねぇ」

「何がだよ魚屋、くだらねぇ冗談だったりしらた承知しねぇぞ」

「冗談とかじゃねぇって、俺も何処かで見たことある気がしてたんだよ~、

 爺さんの話を聞いてピンと来た、そのハカモリさんってのはよ、

 もしかして何年か前まで墓地の管理をしていたあの人のことじゃねぇのか?

 ほらいつもニコニコしてた、分からねぇか?」

「あぁ~ハカモリさんだから墓守か、おい装飾屋」

「おう、やっちまおうぜ肉屋」

「おいおいおいおい! 冗談じゃねぇんだって、待て待て待て!」


2人に脇を固められ魚屋が引っ張られて行く。


「そうじゃ、そのハカモリさんじゃ、

 この町で死んだ者は皆ハカモリさんに弔って貰っとる、ワシの最愛の妻もじゃ」

「「 えぇ!? 」」

「おい聞いたか2人共、当たってるってよ」

「何でお前知ってんだ? あの人全然顔違うだろ?」

「そりゃ年取ってんだから顔違うに決まってんだろ、

 いや~すっきりした、何処かで見覚えがあると思ったら

 ガキの頃の記憶だったとはなぁ、見直したか俺のこと? どうだ装飾屋?」

「いやいや、ちょっと待て、さっきの話って50年前って言ってなかったか?

 少なく見積もっても70~80歳とかにはなってるだろ?

 あの人そんなに爺さんには見えなかったぜ」

「確かに、装飾屋の言う通りだ、おいおい魚屋~俺等商売やってんだぜ、

 数を間違えたら駄目だろうよ」

「いやいやいや、爺さんが認めてるんだからそうなんだろ、な? 爺さんそうだよな?」


魚屋が椅子に座る老人に駆け寄る。


「間違ってはおらん、ハカモリさんはな、実に不思議な年の取り方をされるのじゃ、

 まるでワシ等とは異なる時間を過ごしているかのように、

 ゆっくりと老いて行く、白髪が生え出したのも10年ほど前の話じゃ、

 考えても見ろ、1人でこの町を囲む城壁を背の高さまで積み直すのに何年要する?

 道に石畳を敷くには? 道具を集め使えるように手入れするには?

 町中の住民を弔うには何年要するんじゃ? ワシには想像もつかん、

 遥か昔からハカモリさんはこの町の為に尽くしてくれておったのじゃ」

「そうだったのか、なんか泣けて来る話だなぁ~おい」

「お前まで泣くんじゃねぇよ魚屋」

「ワシは思うんじゃ、ハカモリさんはきっとエルフだったのではなかろうかと」

「爺さん、エルフってのは物語の中の存在だぜ、そのハカモリさんの話だってよ…」

「こっち来い装飾屋、いいから来いってんだ、お前野暮なこと言うなよ~、

 爺さんが心に染みる良い話してくれてんだろう」

「そうはいってもよ魚屋…」


魚屋が装飾屋を後ろに引っ張って行き口論している。


「爺さんハカモリさんはエルフじゃねぇと思うわ」

「おい肉屋! お前まで何言ってんだ、こっち来い馬鹿野郎」

「いやいや、落ち着けって魚屋、な? 爺さんの話が嘘だとは言ってねぇから、

 ただな、本物のエルフってのは耳が長げぇんだ、

 でもハカモリさんの耳は俺達と同じだっただろ? そこを言ってんだよ」

「ほう、若いの、エルフを見たことがあるのかの?」

「ある訳ねぇよ爺さん、コイツは生まれも育ちもこの町だぜ?」

「装飾屋の言う通りだ、ていうか誰も見たことねぇって」

「それがあるんだなぁ~これが、なにせそのハカモリさんを捜してるのが

 エルフのお客さんなんだからよ、お客さ~ん、こっちこっち」


肉屋に手招きされリテルスが舞台中央へ移動する。


「うぉ!?」

「うそぉ? 本物のエルフのお客さんかよ…」


魚屋と装飾屋が後退りする中、

驚いた老人が立ち上がり震える手を伸ばしながら訊ねる。


「あ、貴方は、本当にエルフなのかの?」

「はい、リテルスと申します、人を探しているのですがご存知ありませんか?」

「あの紙の人なら知っておる」

「本当ですか、その方は今どこに?」

「そ、その前に1つ答えて欲しいんじゃが、貴方はハカモリさん…

 いや、その探している方のご友人かの?」

「爺さん、焦らさずに教えてやってくれねぇか?」

「黙っておれ、大切なことなのじゃ」


肉屋を制止してリテルスを見つめる老人。


「はい、私は彼の良き友人です」

「そうか…そうかそうか…会いに来られたのだな、本当に来られた…

 ハカモリさんはもうこの町にはおらん、3年前にウルへ向かわれた、

 会いに行って下され、出来るだけ早く」

「あの方も随分と老いたのですね」

「そうじゃ、見た目はまだ年寄りと言うには早いが最近めっきり老け込まれての、

 何処か遠くを見つめる時間が長くなり、以前に増して口数が減ってしまわれた、

 ウルに旅立たれたのはきっと死期を予見してのことなのじゃ」

「わかりました、ありがとうございます」

「話はまだ終わっとらん、ハカモリさんから伝言を預かっておる、良いですかな?」

「はい、お願いします」

「古き良き友人、いつもの場所で君を待つ」

「あぁ…確かに、その伝言受け取りました」


リテルスが胸に手を当て天を仰ぐと舞台が暗転。






背景は見慣れた城壁と脇に生えた木、

サンジェルミとリテルスが初めて出会った時の背景と同じだが、

城壁のコケが増し木が成長して青々しく茂っている。


そして木の背を預け目を閉じて静かに横たわる老いたサンジェルミ、

白髪が生え50代半ばといた見た目をしている。


年老いたリテルスとサンジェルミの役者は最初から変わっておらず

メイクとカツラなどで老けさせいる。



「やはりここでしたか」


静かに歩いて来たリテルスが声を掛けるとサンジェルミがゆっくりと目を開けた。


「お久しぶりです…リテルスさん」

「お久しぶりです、随分と老いましたね」

「えぇ…ようやくです…貴方はまだお元気そうだ…」

「そうでもありません、200歳を超えてますから私ももうじきですよ」

「ふふ…」

「ふふふふ」


力なく笑いサンジェルミがゆっくりと目を閉じる。


「私を待っていてくれたのですね」

「はぃ…もう一度…伝えたくて…」


リテルスがサンジェルミの横に屈み手を取る。


「どうぞ、私はここにいます」

「貴方が…良き友人で…よかった…」

「私もです」

「貴方の…優しさに…救われた…」

「救って頂いたのは私の方です」


音も無く静かな時間が流れる。


「はぁ…ようやく…」

「どうぞ安らかに」

「…声が聞こえる…懐かしい…声が…、……」

「あぁ…名もなき友人よ、世界中の祈りと感謝を貴方に」


両手で包んだサンジェルミの手を額に当てリテルスが深く深く祈りを捧げる、

鐘の音が鳴り響き舞台が暗転、サンジェルミの死が舞台を満たした。




そして最後の場面。

背景は森の中、台中央に丸い池を模したセットが設置されている、

舞台右袖からリテルスが歩いて来て池の手前で立ち止まると

光の柱が現れてレムが降りて来た。


「これはまた懐かしい顔だね、元気にしてたかい?」

「年齢の割には元気な方です、レム様もお元気そうでなによりです」

「僕は精霊だからね、君達のように年齢とか体調の概念はないんだ」

「そうでした、ソーセージを持参致しましたので御一緒にいかがですか?」

「貴重なソーセージか~それもまた懐かしいね、是非頂くよ」

「では焼かせて頂きます」


石に腰掛け枝を積むリテルスの上でレムが旋回している。


「レム様、火を使いますので上は避けた方が良いかと思います」

「それじゃ少し低い位置に移動しようかな」


レムが焚火を挟んだ向かい側に降りて来たのを確認し、

リテルスが火を付け棒に刺したソーセージを焼き始めた。


火は裏方ではなくリテルスが火魔法で着火、

焚火の下には耐熱用の大きめの丸い受け皿があり、

その下には見えないが凹みのある石板、

凹みの中には水が張られ舞台を傷めないように工夫が施されている。


また背景の裏と舞台の上に消火係が控えており、

煙が観客席側に漏れないように舞台縁の排気装置が弱めで稼働中。


「そんなに沢山持って来てくれたんだ、君は良い信者だね~リテルス君」

「ふふふ、レム様ソーセージはもう貴重ではありませんよ」

「そうなのかい?」

「はい、人間は2つ目の町を築き、エルフも国を復興しました、

 他の種族もそれぞれの故郷へ旅立ったそうです、

 生活は豊かになり人も魔物も順調に数を増やしています、

 世界がかつての姿を取り戻すのはそう先の話ではないのかもしれません」

「いいことだね、僕も協力した甲斐があるよ~」

「それともう1つ、光の3勇者様の最後の1人、

 サンジェルミ様がお亡くなりになりました、今日はそのご報告に参ったのです」

「彼もまたマナの海に還ったんだね、寂しくなるよ、

 君が伝えに来たということはエルフの国に行ってたんだ」

「いいえ、あの方は1度も私の国を訪れたことはありません」

「なら人間の国で生きたんだね、それも1つの選択、いいと思うよ」

「…どうなのでしょう? 果たして本当に良かったのでしょうか?」

「何か思うところがあるのかい?」

「はい、サンジェルミ様は皆が辛い過去を早く忘れられるようにと

 ハーフエルフであることを伏せ旅に出られました、

 勇者は過去に置き去り、いずれ必要になるであろう町を1人で復興し続けた、

 故に人間の国で語られるサンジェルミ様は人間なのです、

 私の国ではサンジェルミ様の石像はエルフの容姿をしています、

 最初は人間だったのですがハーフエルフであることを知った者達が

 あの方の功績と覚悟を讃えるために造り変えました、

 掟により国に招き入れられない負い目もあったのでしょう、

 故にエルフの国で語られるサンジェルミ様はエルフなのです、

 どうぞ、レム様」

「ありがとう、うん美味しい、続けてリテルス君」


ソーセージを受け取りレムが頬張る。


「勇者としてのサンジェルミ様は人間、そしてエルフとして語り継がれています、

 ですが、姿を隠された後は名もなき住人として復興した町で過ごされ、

 最後は私の手の中で名もなき友人として生涯を終えられました、

 決して素性を明かさず、1度たりとも別の名を名乗ることは無かったそうです、

 私は思うのです、勇者でも名もない住人でもない本当のあの方は、

 共に同じ時間を過ごす者を望んでいたハーフエルフとしてのサンジェルミ様は、

 …ずっと孤独だったのではないかと」

「リテルス君は彼と同じ時を過ごしたんじゃないのかい?」

「良き友人としていつも想っていましたが共に過ごせた時間は僅かです、

 あの方に真に寄り添い同じ時間を過ごした者はいないのです」

「そうなのかい? 君がそういうならそうなんだろうね」

「これは例え話ですが、サンジェルミ様の望みが叶えられなくとも、

 勇者として讃えられながら生きる選択肢もあったのではないのでしょうか?

 別の名を名乗り家族を持つ選択肢もあったのではないでしょうか?」

「でもサンジェルミ君はそうしなかったんだよね」

「その通りです、世界の為にその身を捧げ、成すべきこと成し、

 人知れず生涯を終えられた、遺灰は私が故郷へとお連れしました」

「勇者の墓標じゃなくて?」

「勇者と魔王は物語へ、サンジェルミ様のお言葉であり願いです、

 ですから家族と友人と過ごされた故郷の土で眠るべきかと」

「彼もその方が喜ぶかもしれないね」


パチパチと焚火の音が響く。


「話は変わるけどこのソーセージ凄く美味しいよ、

 昔食べたヤツとは違う気がする」

「モギ肉ですからね、一番美味しいと評判の肉です、もう1本どうぞ」

「ありがとう、いや~本当に良い時代になったね~」


2本目を受け取ったレムがクルクル回っている。


「レム様はサンジェルミ様が幸せだったと思いますか?」

「僕は君達とは違うからよく分からないかな、リテルス君はどう思うんだい?」

「わかりません、ですが幸せであって欲しいと思います、

 この答えはきっとサンジェルミ様しか決められないのでしょう」

「そうだね、でも決められなくても考えることは出来るよ、

 サンジェルミ君を知る皆はどう感じて、何を思うのかな?」

「私も是非聞いてみたいものです」


舞台の照明がゆっくりと消え、焚火の火だけが揺らめいている、

焚火に蓋がされ完全に明かりが消えると暫く無音の時間が流れた。






「こっちだぜ」

「こっちこっち」


声が聞こえると舞台に薄っすらと照明が灯され徐々に明るくなっていく、

背景には美しい花が咲き乱れ、中央には先程と同じ丸い池、

白い霧状のモヤが舞台を満たしており役者の姿はない、

勿論モヤが観客席に溢れないように舞台淵から吸引中。


明るさが増すなか再び声が聞こえる。


「何処見てんだ、こっちだぜ」

「こっちよ、ほらこっち」

「はは、随分と長生きしたみたいだな、俺とは大違いだ」

「本当にね、待ちくたびれちゃったわよ」

「どうしたんだそんな顔して、驚いてんか?」

「約束したでしょ、待ってるって、さぁ行きましょう」

「おう、一緒にな」


声が止むと照明が落とされ暗闇の中ひっそりと舞台の幕が下ろされた。


これにて終演である。

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