221話目【劇場に行こう】
「ダナブル、ウルダ、…サントモール」
「違うよニチ、サントモールはこっち、それはカースマルツゥ」
「こっちだよ」
「違うって、昨日教わったじゃん」
「絶対これがサントモールだもん、ゼニアお姉ちゃんが間違ってるよ」
「はいはい、それじゃどっちが正しいか見てみようね」
ゼニアとニチが言い争っていた箇所のピースを外し裏を見せるトナツ。
「正解は~リコッタだね~」
「「 … 」」
ピースの裏面に書かれた文字を見せられたゼニアとニチは
不服らしく無言で頬を膨らませている。
「そ、そんな顔されてもリコッタだからねこれ」
「「 … 」」
「そ、そうだ、良いものあるよほら」
「…綺麗、美味しそう」
「…あ、これ、ニチこれこの間食べたヤツ!」
「そうそう、ドーナツって食べ物なんだ、好きなの選んでいいよ~」
「「 わ~い! 」」
「(ふぅ…)」
機嫌を直した2人にトナツが胸を撫で下ろしている。
「(ふふふ、2人共大人っぽいと思ったけどやっぱりまだ子供だな)」
「(あれはどういう心境なんだろう?)」
ドーナツに夢中の2人に対し親戚のオジサンみたいな笑顔を向ける松本、
トナツが訝しんでいるが精神攻撃をされるので心の内に留めている。
「マツモト君も食べる?」
「有難く頂きます~、俺は余り物でいいですからドーナツ先生お先にどうぞ」
「そうなんだ(ゼニアちゃんと1歳違いの筈なのに全然子供っぽくないんだよなぁ…)」
バトーやミーシャのように細かいことを気にしない人達なら問題ないが、
トナツ先生のような専門家の前ではどうしても松本の違和感が浮き彫りになる。
「(ふふふ、あんなに目を輝かせて…ええ子達や)」
こんな人生観が滲み出た顔をしていれば尚更である。
「マツモト君もやって見たらどう?」
「見くびって貰ったら困りますよドーナツ先生、
俺はもうカード王国内の都市は覚えています」
「そうなんだ(まぁ普通は知ってて当然なんだけど…)」」
ドヤ顔の松本だが普通に学校に通えば教わる内容である。
「マツモト君これは? ドーナツ美味しい~」
「王都バルジャーノ」
「次こっち、甘い~」
「白銀都市サントモール」
「うまま」
「至高都市カースマルツゥ、水上都市リコッタ、地方都市ウルダ」
「「 うまままま 」」
「自由都市ダナブル、これが今俺達がいる場所ね」
ゼニアとニチが交互に指さす都市名を答える松本、
回答の度にドーナツが小さくなっていく。
「正解」
「「 おぉ~ 」」
見事全問正解、何をやっているのかというと子供向けの地図パズルである、
ザックリとカード王国の国土が分割されており裏に都市名が書かれている、
所謂教育資材(対象年齢5歳以下)である。
「100シルバー、1シルバーが100ブロンズ…ストック」
「そんな目で見ても駄目だよダリア、ちゃんと覚えないと」
「魔物を狩れば肉は手に入る」
「肉はね、でも周りを見てよダリア、いろんな物が溢れてる、
子供達が望むなら買ってあげたいでしょ」
「物々交換では駄目か?」
「肉と? その都度狩りに行くのは大変だよ」
「干し肉にして保存しておけばいい、牙とか爪とか革もあるぞ」
「う~ん…やっぱり駄目じゃないかな? 相手が欲しがるか分からないし」
「そうか…」
「まぁまぁダリアさん、そんなに難しく考えずに試してみましょう」
「プリモハさんの言う通り簡単だよ、1ゴールド渡すから芋を6個買って来て」
「わかった、やって見る」
プリモハ達によって町での生活方法を勉強中。
「(パンと干し肉を交換するねぇ…)」
「(買い物の度に素材を持ち歩くのは大変そうだな…)」
「(ちょと面白いかも…)」
ジェリコ、ラッチ、ニコルの頭の中でダリアが肉と様々な物を交換している。
「あれ? これで全部か? 古のカンタルがある筈なんだけど…」
「カンタル? ゼニアお姉ちゃんカンタルって何だっけ?」
「え~と…う~ん…カンタル?」
ゼニアが地図パズルを裏返してカンタルを探すが見当たらない。
「カンタルはフルムド伯爵が治められてる領土の名前なんだけど…やっぱり無いね、
大昔の町で今は砂に埋もれてるてて誰も住んでいないって聞いたけど…」
「そうそう、カンタルはフルムド伯爵が治められてるけど実際には遺跡だから
普通の地図には記載されないの、学校でも教わらないんだよね」
「「「 へぇ~ 」」」
「ダナブルからだと西にあるんだけど、え~とね、
ドーナツ食べ終わたらちょっと別の部屋に行こうか、大きい地図があるからさ」
「「「 はい~ 」」」
という訳でドーナツを完食後に移動する4人。
「「「「 失礼します~ 」」」」
「いらっしゃい、どうしたんですかドーナツ先生?」
「ははは、子供が一杯だ」
やってきたのはリンデル主任とルーベンがいる考察班の部屋、
目的は壁に掛けられた大きな地図である。
「ほら、ここがカンタルね、古のカンタル」
「「 へぇ~ 」」
「カード王国内で一番西なんですね」
「なに? ドーナツ先生カンタルの場所を説明するためにわざわざ来たんですか?」
「うん、邪魔しちゃってごめんねリンデル主任」
「いいですよ別に、今日は特にやる事ないですから」
「ありますよ主任、何現実から目を背けてるんですか、ほら見てこれ、これぇ!」
「んぐぅ…」
ルーベンに詰められて苦々しい顔をするリンデル主任、何やら水晶玉を頬に押し付けられている。
「ルーベンさん何ですかその水晶?」
「いろいろな職人達の仕事が詰まった記録映像~」
「あぁ~シード計画で種以外も保存するとか言ってましたね」
「それそれ、他にも魔物の記録映像とか町の何気ない風景とか色々っす、
そうやって皆で手分けして集めた映像がこれ、手が空いた職員が確認と編集を行ってるわけ」
「こんなにあるんですか…大変なんですねぇ」
「まだまだ一杯あるんすよ、なにせカード王国全都市分っすから」
「ひぇ…」
「「 … 」」
シード計画のことをよく知らないゼニアとニチは
松本とルーベンの会話の意味が分かっていない様子、
かゆい所に手を届かせる考察班の2人は今日も今日とて本職以外の仕事を担っている。
「もう疲れた…目がショボショボで辛いぃ…」
「まだ沢山あるんすから弱気なこと言わないで下さいよ主任~」
「30超えたら限界値低くなるんだっての…今日はもう無理ぃ…」
「いつもは歳のこと言うと怒るくせにこんな時だけ持ち出すんすから…」
「煩い、本当に目の奥が痛いんだっての!」
「あいたぁ!?」
ルーベンを引っぱたいて目をモミモミするリンデル主任、左目の下瞼が痙攣している。
「30超えたらマジで来るんだっての、アンタもいずれこうなるんだから…」
「俺はまだ23なんで、あと7年は大丈夫っすねぇ~」
「ガキが…7年後に同じ苦しみを味わうといいわ」
解読班はいつも歳の話してる。
「この間も徹夜で体調崩したんだし、あまり無理しない方がいいよリンデル主任、
目が疲れてる時は首周りとか肩回りの筋肉を解してさ、こんな感じで」
「あぁ~…効くぅ…」
「僕くらいの歳になると本当に無理効かなくなるから、体は労わった方がいいよ~、
あとお風呂とか入って血行を良くするのもオススメ」
「あぁ~来てる来てる…その辺押されると目の奥にギャンギャン効くぅ…」
50代のオジサンに肩を揉まれて介護される30代のリンデル主任、
痛気持ちいいようで眉間にシワを寄せながらプルプルしている。
「普通逆じゃないっすか主任?」
「いや~目の疲れはねぇ~酷使すれば誰でもなりますって、本当に辛いのなんの…」
懐疑的なルーベンの横でジジモトがシミジミ頷いている。
「ねぇリンデル主任、今日はもう疲れてるみたいだし編集は辞めにしたらどう?
代わりにゼニアちゃんとニチ君をお願いしたいんだよね」
「2人をですかぁ…あがが」
「うん、僕とマツモト君はちょっと用事があるから」
「もう少し解してくれたらぁ…いいですぉ…」
「ちょっと主任~誰かがやらないといけないんすよ~」
「分かってるけどぉ…」
「ルーベン君ちょっと左見て」
「何すか?」
トナツに促されて横を見るルーベン、ゼニアとニチのつぶらな瞳と目が合った。
「んぬぬ…ズルいっすよドーナツ先生…」
「はい決まり~今日の編集はここまで~」
「いやっほぉ~う! ゼニアちゃんとニチ君何か知りたいことあるぅ~?
リンデル先生が何でも教えちゃうわよ~」
「(やるなぁ~ドーナツ先生)」
トナツの策略により自然な流れで託児所交代。
「僕賢者様に付いて知りたい」
「賢者様は本当に私達の御先祖なんですか?」
「そ、それは…私も知りたいかなぁ…」
「俺も知りたいかなぁ…」
「「 (う~む…) 」」
皆知りたい賢者の謎、だが真実を知る者はいない、
微かな情報を頼りに考察するしかないのだ。
そして大通りの劇場にやって来た松本とトナツ。
「どんどん人が吸い込まれて行く…」
「人気の高い演目だし今日は2階席まで満席なんじゃないかな」
「はぇ~…」
観客の多さに圧倒されている間にもどんどん劇場に吸い込まれて行く。
「なんか…皆身嗜みが整っていませんか?」
「そりゃダナブルで一番歴史のある格式高い劇場だからね、
見る側もそれなりに気合入るでしょ、ダナブルの人達の間では暗黙の了解なんだ」
「(そ、そういうことは先に言ってよぉぉぉ!)」
松本が今着ている服は『それなりの冬服シリーズ』
下着から靴まで全身含めても1.3ゴールドくらいのお手頃セット、
一番高価だった『上等な上着』はライトニングホークの件で駄目になったし、
棍棒を買ったせいで新しい服を買いそろえるお金もないので
どちらにせよこれが限界である。
「(こちとら映画館位の感覚で来てるんですけどぉぉ!?
なんならポップコーン食べる気満々だったんですけどぉぉ!?)」
反り返ってブリッジしながら頭を抱える松本、
演劇観賞なんて上品な趣味は持ち合わせていないので仕方がない、
…が、ポップコーンは流石に無いと思う。
しかし松本をあまり責めないで欲しい、
何故なら劇場の直ぐ横に『むっちりコーンの美味しいポップコーン』
とデカデカと看板を掲げた屋台があるから。
劇場が提供している店では無く、
場所代を劇場に納めて出店している個人事業主の屋台、
劇場内への持ち込みは禁止なのでお求めの方は注意が必要です。
「そんなに悶えなくても大丈夫大丈夫、
皆あくまでも自主的にやってるだけで別に規則じゃないから
誰もが高い服を買える訳じゃないでしょ、
あまりにも場違いじゃなければ追い出されたりしないって」
「ほ、本当ですか!?」
「うん、僕なんてほら白衣だし、演劇は富裕層だけじゃなくて大衆の娯楽なんだ」
「なるほど~」
とは言いつつも、松本と大差ない服装の者も見受けられるがあくまでも少数派、
大多数は出来る限りのお洒落をしており、
特に女性陣は服装も身だしなみも化粧もバチバチに決めている、
日常とは異なる特別な時間を特別な自分で楽しむ、
この格式高い劇場はそういう場所として認知されているのだ。
「ありゃ階段だ」
「ここまでだね、あとは降りて行くとしますか~」
「別に降りなくても行けるって、あっちに坂道あるから付いて来て」
「「 おぉ~ 」」
持ち直した松本の前を横切り車椅子に乗った3名が
階段を避けて一番端のスロープに向かって行く。
「大変そうですね、俺ちょっと押して来ます」
「僕も手伝うよ…あ、マツモト君ちょっと」
「どうしたんですか?」
「僕達は必要ないみたい」
「え?」
すぐさま3名の劇場員が飛び出してきて車椅子の背後を取った。
「は、早い!?」
「ここの対応は凄いよねぇ、水槽席があるのはこの劇場だけなんだ」
「水槽席?」
「椅子の代わりに個別の水槽を用意してくれるヤツね、事前に申請が必要なんだけど」
「? …なんのためにそんな物が?
(わざわざ身嗜み整えて来た人達は使わんよな? マリーナベイ・サ○ズか?)」
「長時間座りっぱなしだと乾燥しちゃうんだって、
尾びれがバリバリになって割れちゃうと泳ぎに支障がでるから大変らしいよ」
「尾びれ?」
「ほらあれ、さっきの車椅子の人達」
中に入って行く車椅子をよく見ると足の代わりに尾びれヒラヒラしている。
「(いや人魚だったんか~い! てっきり怪我人かと思ったわ…)」
買い物とかで陸上移動する際は車椅子を使用しているそうな、
日常生活では保湿クリームや水魔法で乾燥を防いでいるが
流石に数時間拘束される劇場では厳しいということで考案されたのが水槽席、
逆に路地裏とかで催される格式の低い演劇なら水魔法を垂れ流して
ビチャビチャで鑑賞できるとか。
勿論本来の用途で車椅子を使用している人達もおり
その場合も劇場員が飛んで来るし、希望があれば椅子をどかして車椅子ごと鑑賞できる。
他種族が共存しているとこういうバリアフリーも必要なのだ。
という訳でチケットを見せて松本とトナツも入場、
客席は舞台から扇状の広がっている良くある形で2階席有り、
収容人数は2000~2500人といったところ。
「ここだね、ほほ~凄い」
「メチャクチャいい席ですね」
「だから言ったでしょ、このチケットは凄いって、買ったら高いよ~」
「俺こんなの初めて、ヤルエルさん有難う御座います~」
「僕も今度あったらお礼言わないと、ギルドにドーナツ持って行こうかな?」
2人の席は舞台正面のブロックで前から10列目、
左と後ろが通路なので離席しやすく後ろの人を気にしなくて良い上に
舞台全体が見渡せるという好座席である。
人魚達の水槽席は1階の右側後方、
2階中央の最前列に鳥便局のラルポとボーリス夫婦の姿も見える。
「俺光の3勇者の話ってザックリとしか知らないんですよね」
「滅び行く世界に現れた3本の光、比類なき力を有した彼らは光の勇者と呼ばれ
残された種族と共闘し遂には魔王を討ち滅ぼした、大体この辺は共有かな」
「あとは青龍湖を作ったとか魔法が使えなかったとか聞いてます」
「それは信憑性が高いとされている史実寄りの話」
「ほう、史実とな?」
「光の3勇者様は各種族が語り継いできたから結構バラバラなんだよね、
そういうのって着色されるものだしさ、カード王国内の像も種族は人間で統一されてるけど
持ってる武器とか性別とか製作者の意思が反映されてバラバラなの、古いヤツは特に」
「そういえばそんな話も聞いたような…子供の頃に読んだ本と像が違って困惑するとか」
「そうそう、そうなっちゃう、特に別の町に行くとそうなっちゃう、
亜人種の人達に聞くと種族が違ったりして面白いよ」
「へぇ~(俺って意外と勇者の史実に詳しい側なのか?)」
生き証人のシーラさんに話を聞いている分ちょっと真実には近い。
「そういう自由な解釈が広まってるから同じ演目でも内容が変わるんだよね、
ここにいる人達は新しい光の3勇者の話を楽しみに来てるわけ」
「じゃぁ俺の知ってる内容じゃない可能性もあるんですか」
「うん、大筋は同じだけど登場人物の関係性とかが変わることが多い、
以前結末を大きく変えた時は話題になったけど批判も凄かったなぁ~、
この演目は演技力だけじゃなくて脚本をどう変化させるかも注目されるんだ」
「ほほう、そういう視点で楽しめばいいんですね」
顎を撫でながら目を細める松本、胡散臭い評論家みたいな顔になっている。
開演の時を待ちながらワイワイ盛り上がる観客達を舞台袖から伺う役者が1人。
「ひぇ~満席だ…」
「今更な~に緊張してるんだヤルエル、足震えてるぞ」
「シャキッとしなさい、それでも勇者なの?」
「君達と違って僕は初めての主演なんだよ? そりゃ緊張もするって…」
弱気な発言を残してヤルエルの顔が引っ込んだ。
「助演はやってたじゃない、主演も大して変わらないって、ねカミロ?」
「いや違うね、主演と助演は全くの別物だ、観客はお前の一挙手一動に目を凝らし、
息遣いに耳を澄ませ、台詞と感情に心を震わせる」
「おぃぃぃ!? 折角和ませようとしてるのに何追い打ち掛けてんだカミロォォ!?」
大柄で首を締め上げられている男はカミロ、トルシュタイン役。
小柄なのに背伸びしながら締め上げている女はピカリオ、ネネ役。
そして初主演の緊張で足が震えているのがヤルエル、サンジェルミ役。
3人合わせて光の3勇者である。
「ピカリオは心臓がオリハルコンで出来てるからな、信じるなよヤルエル」
「おらぁぁ! 口を閉じろデカブツ!」
「ちょっと苦しいって、幕が上がってから出来ませんは許されないんだ!
俺を信じて覚悟を決めろヤルエルゥゥ!」
「まだ言うかこんのぉぉ…」
「んぐぅぅ…舞台の中心はお前だぁ…」
「ちょ、ちょっと静かにして2人共、お客さん達に聞こえちゃうって…」
舞台袖で盛り上がる勇者達の元に劇場員がやって来た。
「準備が整いましたので挨拶をお願いします」
「出番だヤルエル」
「最初が肝心なんだから気合いれなさい」
「了解、…よし!」
頬を叩いて気合を入れると足の震えが止まった。
「それじゃ行って来る」
「「 はい~ 」」
表情も仕草も声色も先程とはまるで別人になったヤルエルが観客の前に出て行った。
「大丈夫そうね」
「当然だろ、この舞台に全てを掛けて来たんだ」
「でも見に来られなかったんでしょ?」
「あぁ、残念だが仕方ない、結果として間に合わなかったが夢の舞台に立つんだ、
ヤルエルは絶対に手を抜かない、俺達も全力でいかないと霞むぞ~」
「一番は私よ、私は私と観客に恥じる演技は絶対にしない」
「いや俺だな、俺が一番迫力のある演技が出来る」
バチバチに火花を散らすカミロとピカリオ、
同じ主役とだろうと譲れない物があるのだ。
そして視点は舞台袖から松本へ、
歓声に手を振りながら舞台の中央へ歩いて行くヤルエルに気が付いた。
「ドーナツ先生、あの白い甲冑着てるのヤルエルさんですよ、格好いいなぁ~」
「本当だね、脚本も書いてたんだ」
「え? 脚本ヤルエルさんなんですか?」
「うん、この劇場では脚本を書いた人が挨拶するのが決まりなんだ」
「ひぇ~それは凄い」
「本当に凄いよ、小さい劇場ならあるけどここで脚本と主演は滅多にない、
劇団の厳しい審査を通ってるから余程のことは無い筈だけど、
もし酷評されたら大変なことになっちゃうかも…」
「えぇ!? で、でもそうですよね、演技と脚本の両方の評価を受けるから…
(頑張ってヤルエルさぁぁん!)」
役者生命が掛かっているヤルエルに念を送る松本、
純粋な親切心ではあるがプライドが高い人に対しては失礼に当たりそう。
舞台中央に立ったヤルエルが右手を上げ美しいお辞儀をすると歓声が止んだ
観客達が期待に満ちた目で脚本家の言葉を待っている。
「こんにちは皆様、脚本を担当させて頂きましたヤルエルです、
今日の演目は皆様が大好きな光の3勇者、勇者様の伝説は勿論ご存知ですよね?
おっと深くは触れないでおきましょう、
お互いの意見を話し出すと論争になってしまいますからね」
お決まりのジョークで観客から笑いを引き出し掴みは良し。
「さて、皆様が気になっている点に触れましょう、
私の脚本ではトール様とネネ様は人間、ははは、落ち着いて下さい異論は勿論認めます」
再び笑いが起こり和やかな雰囲気に包まれた。
「そして最後の1人、私が演じさせて頂くサンジェルミ様は
半分人間、残りの半分はエルフです、つまりハーフエルフですね、
それゆえに彼は殆どの種族より長命となります、
周りの者達と異なる時間を生きる彼が何を想いどのような結末を迎えるのか、
今からご覧に入れる物語は少し挑戦的な構成となっています、
魔王との決着で終わりではなく、その後にもう1つ物語があるのです、
途中で休憩を挟みますが終演ではありませんので間違って帰らないで下さいね、
始まりは滅びに瀕した世界に勇者が降り立つ場面から、
それでは参りましょう、光の3勇者、開演です」
美しいお辞儀をして舞台袖に戻るヤルエルに観客から拍手が贈られる。
「(やった、上手く行ったぞ!)」
心の中でガッツポーズのヤルエル、
微塵も感じさせなかったが内心ドキドキだったらしい、
主演を演じるほどの役者なのでこれくらいの演技はお手の物である。
劇場内の照明が落とされると再び静寂に包まれる、
ブザーが鳴り幕が上がるといったところで今回はここまで。
この小説をお読みの皆様も観客席の皆様と御一緒に
幕が上がる瞬間を心待ちにして頂きたい。




