22話目【虎の尾を踏む変人】
ブン… ブン…
「ふんっ…はぁ…はぁ… ふんっ…はぁ…」
「どうしたマツモト、息が上がっているぞ!」
「う、腕がおもいぃぃぃぃ! んぐぅぅぅぅぅぅ…」
「まだたかが300回だ、1000回には半分も届いていないぞ!」
「ふんぬぅぅうぅぅ…バ、バトーさん…ちょ、ちょっと…休憩…」
「あと200回振ってからだ!」
「でやぁぁぁぁ」
数日前、バトーに狩りや戦い方を教えて欲しいと依頼した結果、松本は死にかけていた。
確かに…確かに俺が依頼したのだが…
いきなり鍬を1000回素振りというのは…流石に無謀ではなかろうか?
日々肉体労働に従事し、子供にしては体力と筋力はあるだろうが
なんせこの体は8歳…小学生3~4年生が鍬を1000回素振りするのだ…
過酷ずぎる…スパルタ人か?
「よし、休憩だ」
「ぐはぁっ…」
バトーの声を聞いた瞬間、倒れ込む松本…昇天するのも時間の問題である。
「はぁはぁ…バ、バトーさん…これ多分剣の練習なんですよね?」
「ほう、察しがいいな。 今は基礎の筋トレみたいなものだ。
その鍬に振り回されないようになれば、片手剣でも両手剣でも触れるようになるさ」
「はぁはぁ…村のみなさんも強いですよね? バトーさんは誰に習ったんですか? 」
「村の者には俺が教えた、村を略奪者から守らんといかんからな。
俺は独学だよ、昔、冒険者だったからね。由緒正しい剣術もあるらしいが俺は知らん!」
腰に手を当てバトーは胸を張っている。
ま、まさか村の武力の源だったとは…
どおりで容赦ないわけだ、村の存亡が掛かってたんだ、教える側も教わる側も全力だろう。
これは虎の尾を踏んだな…今時、根性論は流行らんぞ…
「休憩は終わりだ! あと500回!」
「はぃぃぃぃぃぃ!」
くそぉぉぉ… 一番効果的な動作を選んでしまう…
鍬を下げる時に重力に任せたくねぇぇぇ…体から離して負荷を逃がしたくねぇぇぇぇ…
ぐあぁぁぁぁぁ…でもそうすると余計に辛いぃぃぃぃ…
頭は拒否してるのに身体が許してくれないぃぃぃぃぃ…
「あと300回、気合を入れろ!」
「ああああああああ! やってやらああああああ!」
その後、失神した松本は回復魔法で復活したそうな。
松本実、享年38歳、趣味はゲームと筋トレ、『彼女歴無し』
小学生から高校生まで柔道で汗を流し、社会人になってからはジムで筋トレ。
そう、松本は幼年期から身体を鍛え続けていたトレーニー。
ゲームのキャラメイクでは確実にムキムキのオッサンキャラにし続けた男。
そして『彼女歴無し』
異性と関係を持たず、筋トレばかりする彼のような男は、一般的に『変人』とされる。
彼のような『変人』達の中では、頭では理解しているが骨折したまま筋トレするなど、
倫理的、合理的思考より筋トレを優先することは割とよくある話である。
※いろいろな意味で危険ですので絶対にマネしないでください。
数日後…
全身が淡く光る青年の周りで、数人の男女が肩で息をしながらグッタリしている。
「ハァ…ハァ…キ、キツイ…」
「練習して来たのに…これか…」
「ハァ…ハァ…練習してこれただけ…マシでしょ…」
「何とか…光ったな…」
光の精霊レムの指導により、30人ほどの村人達が光魔法を習得した。
ちなみに、光魔法を発動するポージングは男性と女性で異なる。
例えば、女性のフロントポーズは両手を顔の横で広げ、拳は握らず掌を顔の内側に向ける、
片足をやや斜め前方に流し、もう一方の足は膝を少し曲げる。
拳を握る男性のポーズに比べると変に思えるが、
ポージングを変更する際の流れるような動きは美しく優雅である。
村でポージングを教えたバトー達は、男女のポージングが異なることを知らなかったため、
女性陣は一から練習することになった。
「レム様ぁ、フロントポーズがちょっと難しいんですけどぉ」
「ふふ、フロントポーズは腕と脚の美しさが重要なんだよ」
「あぁ…そんな…はぅっ!?」
左足の内転筋を指でなぞられ、女性が甘美な声を上げている。
中性的な顔立ちの絶世の美男子(ほぼ全裸)に手取足取り教えを乞う女性陣はとても楽しそうだ。
「フロントポーズ!」
ピカー!
何故かレベッカ姉さんだけ男性側のポーズで光魔法を発動させている。
「練習したかいがあったな、俺達の時より習得が早ぇや」
「女性陣には悪いことをしたがな」
「そうですかぁ? とても楽しそうですけど…」
トントントン…
先に光魔法を習得していた松本、バトー、ゴードンは松本の寝床を改良していた。
「でもよかったんですかね? 村の修復も終わってないのに俺の家を改良してもらって」
「村長が許可したんだ、誰も文句はいわねぇよ」
「日頃村の修復を手伝ってもらっているからな、その礼だ。
それにレム様の件も含め、いろいろ助けてもらったしな」
「でも俺も道具とか貸してもらったり、助けて貰ってますからねぇ」
「いいじゃねぇか、お互いさまで。小せぇ村なんだ、困ったときは助け合わねぇとな」
「そうだな、お互い様だ」
「そうですね、お互い様です」
松本の寝床を見かねたバトーとゴードンが村長に相談し、レムの元を訪れる者達で材料と道具を運んだのだ。
足りなくなった木材は現地調達である。
何もない寝床を見た村人達は驚愕し、何故か松本に向ける視線が生暖くなったそうな。
「村に住んでもいいんだぜ坊主」
「いつかはそしたいですけど、今は毎朝ナーン貝を取りに行く必要がありますからね。
俺の店の主軸ですから。それにレム様とワニ美と一緒にご飯食べたいですし」
「精霊様と食事を共にするのが日課とは、敬虔な信者だなマツモトは」
「いや、そういう訳ではないんですけどね…」
レムの指導を終えた村人達が合流し、松本の家が完成した。
雨避けの岩は天井となっており、そのまま壁の1面に繋がっている。他の3面は木製の壁で囲んである。
6畳程度の広さで簡易的なテーブル、椅子、ベットが備え付けられている。
ベットには藁が敷かれており、入り口の扉は岩壁の向かい側の壁にある。台所は無い。
「まぁ、1日で作ったんだ上出来だろ!」
「よかったなマツモト、これで土の上で寝なくて済むぞ」
「ありがとうございます! 皆様のおかげで快適に暮せますぅ~」
「立派な家になったじゃないか、今度遊びに行くよ」
「遊びに行くって…レム様の池すぐそこじゃないですか」
「そうだねぇ、良き隣人として頼むよ」
「遊びに来てもプランスパンしかないですよ」
「「「はははははは…」」」
普段は静かな森に笑い声が響く、今日はとても賑やかである。




