21話目【小物入れと工場長】
ポッポ村は基本的に自給自足である。
しかし、町への買出しなど、自給自足とはいえお金は必要である。
村人達は毎日ナーン貝を買いに来るのだ。
一体どうやって自給自足の村にお金が存在しているのか?
それは近くの町での交易である。
狩りで手に入れた素材や、収穫した作物の余りでは不規則であり不安定、
ポッポ村が安定した交易を可能にする物は木材である。
板や棒のような木材から、椅子や木皿などの加工品まで、必要に応じで交易している。
そのため、材木所、木材加工所には近代的な道具が揃っている。
「何をやっているのだマツモト?」
シャコシャコ…
木材加工所で座り込んでいる少年にバトーが声を掛ける。
松本の手には艶々した物が握られている。
「ナーン貝の入り江で拾った貝殻を磨いてるんですよ」
シャコシャコ…
そういって差し出された15センチ程の貝殻は、表面の層が削られ、
全体的に白く真珠のような美しさの中に、元の模様が薄っすらと確認できる。
「なかなか奇麗だな、なんの貝殻だ?」
「多分ナーン貝の小さな奴じゃないですか? 同じ形してますし、ニャーン貝が食べたんでしょ」
「なるほどな、これで完成なのか?」
「もう少し研磨してから外側を木材用のコーティング剤で保護する予定です」
「それは楽しみだな! しかし、なぜ作ろうと思ったのだ?」
「いやー俺の店って、ナーン貝とパンしか売ってないじゃないですか…」
「それで品物を増やそうと?」
「俺の呼び名、いま『工場長』なんですよ…」
「? よく解らんが、がんばれよ工場長!」
服を着た松本の呼び名に子供達は困り、パンしかない店を見て出した答えがパン工場の『工場長』である。
ある時は『全裸マン』、そしてある時は『工場長』なのだ。
ヌリヌリ…
木材用のコーティング剤かぁ…どうなんだ? まぁ、他に選択肢がないから仕方ないけど…
後は1日くらい乾燥させれば大丈夫だろう。
さーて肉焼いてレム様達と食べるかー、帰る頃には冷めてるけど…
翌日の午後、貝殻を確認した松本は出来栄えに満足していた。
コーティング剤が乾いた貝殻は表面に透明な膜ができており、深みのある美しさに仕上がっている。
ピカピカである。
「よし、後は貝殻の根本に穴を空けて…紐を通すと…完成!」
磨かれた2枚の貝殻は根本で結ばれ、紐が垂れている。
貝殻を合わせ、垂れた紐をクルクルと巻く、松本の手の平には厚み8センチ程の貝が出来上がった。
「一応、小物入れとして作ったんだか…なんかガマ口財布みたいだな…好きだからいいけど…」
脳裏にシルバー硬貨でパンパンに太ったガマ口財布が浮かんでいる。
松本はゴールド硬貨を見たことがなかった…
これどうしよな…仕事量的に30シルバーは欲しい…
しかし、俺の店はでっかいナーン貝が5シルバー…営利目的じゃないから仕方ない…
マリーさんに相談してみるか…
「あら、奇麗な貝殻ねぇ素敵だわ~。でも使い勝手はあまりよくなさそうね」
「ですよねぇ、これを売ってお金を稼ぎたいんですけど難しいですかね?」
マリーと松本の間に置かれたガマ口財布を見て、2人は頭を捻っている。
「悪くはないのよ、けど日用品じゃなくて装飾品なのよね。日用品と考えると30シルバーじゃ売れないわ。
いっそのこと小物入れにしないで1枚で装飾品として売った方が良いんじゃないかしら?」
「なるほど、1枚で装飾品として20シルバーとして売れば、小物入れとして売るより10シルバー多く稼げますね!」
「まぁでも、村ではその値段じゃ売れないから、町への交易に出した方がいいわね」
やっぱり交易しかないか…しかし1枚ずつ装飾品として売るか…
流石は『目利きのマリー』恐るべし!
モッキュ…モッキュ…
精霊の池で松本とレムが冷めた肉をオカズにパンを齧っている。
ワニ美は完食し水の中である。
「ということで、次の町への買出しに同行させてもらえることになりました。」
「ほう、なぜそんなにお金が必要なんだい?」
「魔石が欲しいんですよ、少なくとも火の魔石と回復の魔石」
「異世界から来た者としては、やっぱり魔法は魅力的なんだねぇ」
「それはそうですよ、光魔法は好きですけど、日常的ではないですからね。それに…」
「それに?」
「暖かい肉…食べたいじゃないですか…」
「そうだねぇ…硬いねぇ…」
火の使えない松本の寝床は、村から片道1時間である。
クツクツ…
開店前の店の裏ではナーン貝鍋が弱火に掛けられている。
森で集めたベリーを加熱している松本にバトーが声を掛ける。
「磨いた貝殻は売っていないのだな」
「今度、交易に出すことになりました。まぁ最初のヤツは穴開けちゃったんで、自分で使うことにしましたけど」
クツクツ…
煮詰めたベリーに、買ってきた砂糖を加え再度煮詰めている。
「ところで何をしているのだ?」
「ジャムを作っています。初めてだから正しく作れているかわかりませんけどね」
ジャムを別のナーン貝鍋に移し冷めるのを待ち、1口味見してみる。
「まぁまぁおいしい。 せっかくなのでバトーさんもいかがですか?」
「では、いただこうかな」
「2ブロンズです、ありがとうございます」
「ははっ、しっかりしているな。2ブロンズだ」
2ブロンズと引き換えに、10センチにちぎられたパンを受け取るバトー。
パンにはベリージャムがたっぷりと塗られている。
「ほう、甘くてなかなか美味しいな」
「おいしいですねぇ、久しぶりに甘い物たべましたよ」
「俺もだ、村では甘い物は少ないからな。後で子供達にも伝えておこう」
「早めにお願いします。保存が効かないから、今日中に食べないといけないので」
「1日限定のジャムパンか…子供達が喜ぶな、工場長」
「ははっ、では工場長らしく働きますか!」
光を反射し輝く小物入れの中では、ブロンズ硬貨が踊っている。




