208話目【ネヒル、決断す】
時刻は17時、太陽はゆっくりと地平に沈み始め
町は夕暮れから夜に染まろうとしている。
路地裏の店の中では相変わらず入口の横で壁に寄りかかっているバトーと
固い表情のネヒル、店主と他の客の姿は見当たらない。
「さて、一通り質問には答えたつもりだが、どうかな?」
「まだ…わかりません、でもバトーさんからは強さを感じます、
お母さんやお父さんとはちょっと違うけど凄く強い何か…
それにずっと怖い顔しているけど、これはたぶん優しさなんだと思う、
だから私はバトーさんを信じてみようと思います」
「そうか、光栄だな」
ネヒルの出した答えにニッコリと笑うバトー、
ようやく壁から離れカウンターの中に入りお湯を沸かし始めた。
「(お店の人の場所だと思うけどいいのかな…)」
「ネヒル、新しい紅茶を淹れるからそのコップを持って来てくれないか?」
「あ、はい…勝手に使って怒られないんですか?」
「心配ない、この店のオヤッサンとは古い顔なじみでな、
使った分のお金はココに置いておくことになっている」
カウンターの脇に置かれた木製の花入れを持ち上げ
シルバー硬貨を10枚ほど入れ戻すバトー、意外と底の空間が広いらしい。
「(そういう方法もあるんだ)」
「出来たぞ、俺の奢りだ」
「ありがとう御座います」
紅茶を受け取り元の席に戻るネヒル、バトーはカウンターの中の椅子に座りくつろいでいる。
「熱…」
「ははは、淹れたてだからな、もう少し待ってからの方がいいぞ」
少し冷ましてから口を付けるネヒル、張り詰めていた感情が解れ表情が和らいだ。
「少し、落ち着いたみたいだな」
「はい」
「ネヒル、飲みながらでいいから聞いて欲しいんだがいいかな? 少し厳しい話だ」
「大丈夫です」
「君の母親は行ってしまった、もう戻って来ることはないだろう」
「はい…」
「日が暮れるからな、酷な話だが君はこれからどうするか決めなければならない、
どう生きて行くかもそうだが取りあえずは今夜をどう越すかだ、
お金があるなら宿を借りるのが一番手っ取り早いし安全だ、
ギルドに泊るのは個人的にはお勧めできないな、
夜は誰もいなくなるから自分の身を守れない内は安全とは言えない、
君の母親は説明して無かったがウルダには孤児院もある」
「孤児院ってなんですか?」
「ん? 君のように身寄りのない子供が集まる場所だ、
世話役の大人がいて集団で暮らしている、学校も行かせて貰えるし、
食事も出るから生活に困ることは無いだろう、その代わり18歳までしかいられないがな」
「お金は…」
「町が出しているから必要はない、そういうことだから贅沢は余り出来ないな、
身の回りのことは自分達でやるから生活力は身に着くし、何より安全だ、
孤児院にいる間は冒険者にはなれないが悪くは無いと思うぞ」
「なるほど」
紅茶を見つめ考えるネヒル、バトーは返答を急かすことなく静かに紅茶を楽しんでいる。
「バトーさん」
「ん?」
「何故今日会ったばかりの私に親切にしてくれるんですか?
お母さんは生きる方法を教えてくれました、
バトーさんは足りない部分を埋めてくれている気がします」
「そうだな、友人に頼まれたてのもあるが、なんて言うか少し心配でな、
正直に言えば君はまだ1人で生きていけないと思うんだ」
「そんなこと、大丈夫です! お母さんから色々教えて貰ったんです、そうじゃないと…」
母に応えようと必死に強がろうとするネヒル。
「ネヒル、俺の村の少年の話を少し聞いてくれないか?」
「少年?」
「そうだ、年齢は8歳で君と似たような境遇、いやちょと違うが…まぁ近い境遇と言えなくもない少年だな」
「(私と同じ年齢だ…)聞かせて下さい」
「出会ったのは半年くらい前でいきなり村にやって来た、両親はおらず森の中で1人で生活していたらしい」
「1人で?」
「そう1人だ、とにかく凄く変な奴でな~妙にしっかりしてて話は出来るんだが文字は読めなかったし、
魔法も使えなかったし、魔物の事とか町の事とか常識を全く知らなかったし、何も持ってなかった」
「え? お金は?」
「お金も持ってなかった、と言うか通貨も知らなかったんだ、
とにかく何も持ってなかった、服も無いから村に現れた時は全裸だったぞ」
「えぇ…」
驚愕のネヒル、近い境遇と言われたが思った以上に酷い境遇だった。
まぁ中身はオッサンで前の世界の知識はあるし手からパンが出るからそんなに厳しくはない、
…はずである。
「ははは、そんな顔しないでやってくれ、始めはそうだったが今は自立して1人で暮らしているんだ」
「そうなんですか? そんな状態からどうやって?」
「とにかく全力でな、自分で何とかしようと必死だった、
文字を覚えて大人に混じって仕事をして他の子供が遊んでいる間にお金を稼いで、
服も魔法も自分の力で手に入れた、戦い方も知りたがったから試しに鍛えてやったら、
フラフラになって白目を向いて気絶するまで自分を追い込んでたよ、
マツモトはそれが出来るヤツなんだ、昨日まではこの町で冒険者として1人で暮らしていた、
今は別の町に旅立ってしまったけどな」
「凄い行動力…」
「そうだ、子供が1人で生きていくってことはそれ位の行動力と覚悟が必要なんだ、
だから今のネヒルには難しいと俺は思う」
「…そうかもしれません」
バトーの言葉を聞き肩を落とすネヒル。
正直マツモトは無茶苦茶なので比べられるのは可哀想ではあるが、
実際に子供、特に女の子が1人で生活するというのは並み大抵の話ではない。
劣悪な環境でそれをやってのけたネサラは尋常ではない、
そもそも生きる努力を諦めるという選択肢が欠落していた反骨精神の塊みたいな存在である。
よく言えば極端なプラス思考、悪く言えば異常者、だがそれゆえの実力者、
真っ当な環境で育てば間違いなくSランク冒険者になっていたであろう逸材、
ネヒルが求められているのはそういう類のものなのだ。
「そのマツモトさんが私の立場ならどうすると思いますか?」
「どうかなぁ、とにかく変なヤツだからなぁ~、答えになるかどうか微妙だが、
マツモトが冒険者になる前の話でな、この町に凄く大きなモギが出たんだ」
「モギって魔物ですか?」
「魔物だ、噛まれると腕や足を簡単に捥がれるくらい危険で…凄く旨い魔物だ」
「美味しいんですか」
「旨いぞ、皆大好きだ」
「なるほど」
皆大好きモギ肉、危険だがとても美味しいモギ肉、霜降りもあります。
「そのモギの凄く大きいヤツが町を襲って来てな、
成り行きで俺とギルド長と、ネヒルも知っているミーシャとルドルフで討伐することになった」
「(あの2人…じゃあバトーさんも凄く強いんだ)」
「その時に試しにマツモトを誘ってみたんだ」
「え? 危なくないんですか?」
「勿論凄く危ないぞ、普通の冒険者でも命を落とす可能性が高かったからな、
子供で碌に戦えないマツモトならなおさら危険だ、
俺達がいるとはいえ結構死ぬ可能性はあった、実際にかなり最初の方で食べられたし」
「えぇ!? 食べられたって…」
「ははは、丸飲みにされたんだ、口の中で踏ん張ってたらしくて自力で飛び出して来た、
まぁマツモトだしそこまで心配はしてなかったが少し驚いたよ、お替りいるかい?」
「いえ、私は…ありがとう御座います」
「そうか」
ネヒルの返答を受け自分のコップにだけ紅茶を注ぐバトー。
「そんなに危ないのに…」
「何故誘ったか、かい?」
「はい」
「マツモトは変なヤツでなぁ~子供っぽくないというか、
1人の人間として信頼できるところがあってな、
どんな状況でも前に進もうとするし、生命力が強いというか諦めが悪いんだなきっと、
そういうヤツだから誘ってみたんだ、そしてアイツは全てを理解して自分で選んだ、
その結果死んでいたとしても後悔は無かった筈さ」
「後悔が無い…」
「さっきの質問の答えだがマツモトなら後悔しない選択をするだろうな、
どれだけ大変でも関係ない、やらないで後悔するよりやって後悔する方を選ぶさ、
ネヒルはどうしたいんだ?」
「私は…」
両手を膝の上に乗せ俯くネヒル、微かに震える肩を見てバトーが助け舟を出す。
「…このままでいいのか? 本当に後悔はしないか?」
「私だって本当はお母さんに会いたい、これが最後なんて嫌です、でも…」
「でも?」
「これがお母さんの優しさだって分かるから、最後に私のために…
私が辛い思いをしなくて済むようにって選んでくれたんだって分かってるから、 うぅ…だから…」
「そうだな、君の母親の選択は正しいと思う、状況を考えれば最善と言えるかも知れない、
もし一緒に王都に行ったとしても遅かれ早かれ別れは来るだろう」
「うぅ…もう…お母さんには…」
「だがネヒル、本当に後悔しなくてすむのか?
今重要なのは君の気持ちであって君を想う母親の気持ちではない」
「もう何も言わないで! わかってる…ぅ…ぅぅ…わかって…」
両耳を塞ぎ首を振るネヒルにバトーが言葉を続ける。
「母親と別れた君は既に君自身の人生を歩み始めている、後悔しない生き方を選ぶんだ」
「やめて…」
「(後は自分の人生を生きな、わかったね)」
「…っ!?」
瞼の裏に浮かんだ別れ際の母親の姿にハッとするネヒル。
「…私自身の?」
「君自身の人生だ」
「(ネヒル、アンタも自分の好きなように生きな)」
「…ぅ、ぅぅ会いたい、お母さんに会いたいぃぃ、お母さん、お母さん!
私やっぱりお母さんに会いたいぃぃ! ぅぅ…会いたい、もう1度」
必死に押し殺していた感情は言葉となって溢れ出した。
「会いに行けば母親の最後を知ることになる、今より確実に辛い思いをするぞ」
「ぅぅ…それでもいい、お母さんに会いたい!」
「後悔しないな?」
「しない、ぅ…会わないで後悔するより会って後悔する方がいい、
それにお母さんのことちゃんと知っておきたい、うぐっ…最後までちゃんと」
「そうか」
ニッコリと微笑むバトー、立ち上がりネヒルにハンカチを差し出した。
「使うといい」
「ありがとう御座います、…っ、バトーさんどうすれば王都に行けますか?」
「町から町へ移動するなら馬車を利用するのが普通だな、急ぐなら怠けシープを使うといい、
どちらも城壁の外で待機しているから声を掛けて行先を告げれば料金を教えてくれる」
「わかりました、行ってみます」
「いや、もう夜だから出してはくれないだろう、、それに女の子が1人でというのはお勧めしないな」
「それじゃどうすれば…早くしないとどんどん遠くに行っちゃう」
「安心しろネヒル、夜通し馬車を進めることは稀だ、大方そろそろ野営の準備を始めるているさ」
「あ、そうか、そうですね」
「それじゃ行くとしよう」
「え? でも馬車は出ないって…」
「馬車は出ない、だから俺が連れて行ってやる」
「いいんですか!」
親指で自信を差し胸を張るバトー、ネヒルから待望の眼差しである。
立ち上がったネヒルと目線を合わせ肩に手を置くバトー。
「ネヒル、少しだがさっきより強くなったな、今の君なら1人でもやっていける気がする」
「バトーさんのお陰です、このままここにいたら私きっと後悔していました」
「そうか、王都での生活が難しければここに戻って来てもいい、あまり無理はす…」
「こんのぉぉぉド変態野郎がぁぁ!」
「うぐぉっ!?」
女性の怒号と共に振りかぶられた杖がバトーの側頭部に直撃した。
「あばばばばば…」
「もう大丈夫よ、ほらコッチおいで」
「可愛そう、こんなに怯えちゃって」
「あらぁぁ! 悔い改めろ変態がぁ!」
「何しようとしてたの! 言ってみなさいよ、言える筈ないわよねぇぇ!」
「おいちょっと!? なんだいきなり…」
突然4人の女性が現れ2人がネヒルを保護し2人がバトーをボコボコにしだした。
「あばばばば…」
唐突な暴力に放心状態のネヒル、カタカタ小刻みに震えている。
「やっぱりこういう輩が沸いてやがったか、こっちですコットン隊長、急いでください」
「あぁ(まさかな…)」
店主も戻って来たようでコットン隊長を手招きしている。
「そこよエリス! もっとこうっ! こうっ!」
「任せなさいっておるぁぁ! このこの!」
「もっとやっちゃってシグネ! 女の敵、いや悪、吐き気を催す邪悪よ!」
「せいっ! せいっ! せいやぁぁぁりやぁぁ! どっせぇぇい!」
袋から取り出した焼き芋片手に声援を送るオリーとステラ、ボコボコにするエリスとシグネ、
そう、久しぶりの登場のカルニ軍団である、久しぶりでこのハッスルである。
「アイツですコットン隊長、早いとこ牢屋にぶち込んでやって下さい」
「う、うむ…いやしかし、アレは恐らくだが…」
「何躊躇ってるんですか? 現行犯ですよコットン隊長」
「う~む…」
ボコボコにされる金髪を見て何かを察した様子のコットン隊長。
「あばばばばバトーさんんん!? 大丈夫ですかバトーさん!」
『 え? 』
動きが止まるカルニ軍団、ギリギリと音を立てながらバトーを確認し、
ギリギリと音を立てながら顔を逸らした。
「いたた…なんなんだいったい、酷い目にあったな」
「大丈夫なんですかバトーさん?」
「大丈夫だ、これくらいでやられる程やわじゃないからな」
「(やっぱか…)」
「おろ? バトーか? 何してんだこんなところで?」
「ギルド長からの依頼でこの子と母親の監視をしてたんだ、これはオヤッサンの差し金か?」
「いやまぁ、その子が置いてけぼりにされちまったから心配で…
え? もしかしてコットン隊長ご存知でした?」
「まぁ、バトーさんのことは知っていたが…」
少し気まずそうな顔をするコットン隊長、ポリポリと人差し指で頬を掻いている。
「すまんバトー! そうとは知らなくて…お前だと知ってたらこんな心配しなかったんだが…」
「いや、オヤッサンの心配は当たりだな、実際にこの子からお金を騙し取ろうとしたヤツがいた、
確か前回のケロべロス杯で見たDランク冒険者だと思うんだが」
「なぁに? ふざけたヤツだ、コットン隊長お願いします」
「あぁ、それなら大体目星が着く、バトーさんそれは未遂ですか?」
「そうです、俺が追い払いました」
「分かりました注意しておきます、それでは私はこれで」
コットン隊長は帰って行った。
そして店内に残されたカルニ軍団、バトーに背を向けダラダラと冷や汗を掻いている。
「ちょっとオリー…今どんな顔してる?」
「無理…見れない…私怖い…」
「確認してステラ、ちらっとでいいから」
「知らない…私知らない…ボコボコにしたシグネが見て」
「無理にきまってんでしょ、あのバトーさんなのよ、あの」
「知らない知らな~い…私芋食べてただけだから…旨っ芋旨っ」
「おぃぃぃこの状況で芋食ってんじゃないわよシグネ、こっち見ろ、おぃぃぃ」
「私も何も見てない…無いも知らない…芋食べてただけ、そうそれだけ、芋美味しっ」
「こらぁぁ何現実逃避してんのオリー、芋食べるんじゃない、後ろ見て、すぐ後ろにいるから」
「無理よ、怖いんだもん、芋美味しいんだんもん、ボコボコにしてたエリスとシグネでなんとかして」
「旨っ、芋甘っ」
「「 おぃぃぃぃ 」」
現実逃避で芋を齧るオリーとステラ、エリスとシグネの後ろで足音がする。
「あばばば…来てる、シグネ来てるぅぅ」
「あばばば…何とかしてエリス、もう無理私耐えられない…」
「ななななんで私!? ちょっと私達共犯でしょシグネ」
「だって最初に杖でぶん殴ったのエリスだし、それに私そんなにボコボコにしてない…」
「いやしてたでしょ、ノリノリで膝とか入れてたでしょ」
「い、入れてない、入れてたとしても1、2発だから、後はあの…全部当たってない…」
「嘘つけぇぇ、震えた声で説得力ないっての、吐き気を催す邪悪とかいってたじゃないの」
「それ言ったのステラ…」
「おいステラァァァ、こっち向けステラァァァ」
「知らない知らな~い…芋だけだらか、私芋しかないから、芋旨っ」
「芋甘い…」
「「 おぃぃぃぃ、ひぇっ… 」」
エリスとシグネの直ぐ後ろで足音が止まった。
「それじゃエリスで決まりだな」
「ふぁぁぁ!? ななな何が何がですかあああ!? すいませんでしたぁぁぁ!?」
肩に手を置かれ心臓が飛びでそうなるエリス、白目で絶叫している。
「今からネヒルを母親のところに送って行くんだ、子供1人だと心配だろ? いろいろとな」
「そそそそんなことないです、ないですっすよぉぉ!」
「というわけでエリスを借りて行くけどいいか?」
「「「 どうぞどうぞ 」」」
「おぃぃぃぃ!」
「「「 バトーさんすみませんでした~! 」」」
「行くぞネヒル、オヤッサン、勝手に飲んだお茶代はいつもの場所においてあるから」
「おう、その子のことよろしくなバトー」
「(なんだったんだろう…)」
という訳でエリスと献上された焼き芋を携えポニ爺の元へ。
「すまんなポニ爺、ひとっ走り頼むよ」
「ヒヒン」
「2人は荷台だ、荷物は適当に脇に寄せてくれ」
「はい~」
「(凄い、マットがある)」
松本の購入した中古の高級マットである、
因みにバトーは荷物が取られるとマズいので昨晩から荷台で寝ている。
「それじゃ出すぞ、しっかり掴まってろ」
「はい~、ちょとバトーさん早い早い!」
「ははは、張り切ってるなポニ爺」
「(マットがあってよかった)」
荷台のマットの上で跳ねるネヒルとエリス、少しマットが痛んだかもしれないが気にしてはいけない。
暫くすると街道沿いに灯りが見えた。
「あれかな」
「追いついたんですか?」
「馬車が3台ある、多分当たりだな」
停車する馬車の横に並ぶポニ爺、気が付いたミーシャとルドルフが近付いて来た。
「ようバトー」
「珍しい所で会うわねバトー、ってその子」
「さぁお別れだ、ネヒルしっかりな、これも持って行くといい」
荷台から降りるネヒルに芋の入った袋を手渡す。
「(あぁ…私の焼き芋…)」
「バトーさんありがとう御座いました、私いつかマツモトさんみたいになれるように頑張りますから」
「いや、それはやめたほうがいい、アイツは変だからな」
「そうね、マツモトは普通じゃないわ」
「だはは、俺は好きだぜぇマツモト、でも真似はしねぇ方がいいな、変だからよ」
「えぇ…」
まさかの全否定に戸惑うネヒル、マツモトと出会うのは実はそう遠くない未来だったりする。
だが深く関わることは無い、何故ならネヒルの行先は王都、マツモトの行先はダナブルである。
「母ちゃんは馬車の中だぜぇ、行きな」
「はい」
ミーシャに促されネヒルは走って行った。
「どういうつもりバトー、あの子これから大変よ」
「大丈夫だ、今のネヒルならやれるさ」
「お? なんかやったのかバトー?」
「少し教えてやっただけだ、あの子は自分で選んでここに来た、覚悟はできてるさ」
「ならいいわ、よかったわねミーシャ、アンタの望み通りになったんじゃない?」
「だはは、別に俺がどうしたいってのはねぇけどよ、あのまま別れるよりはいいわな、
ありがとよバトー」
「あぁ」
ミーシャが差し出した拳に拳を返すバトー。
「っていうかアンタなんでいるのよ?」
「たまたまな、買出しのついでにマツモトが冒険者になったから様子を見に来てたんだ」
「へぇ~アイツ冒険者になったのか、まぁなんとでもなるだろマツモトだし」
「一緒に来なかったの?」
「もうウルダにはいないからな、昨日ダナブルに向かったぞ」
「「 は? 」」
3人が積もる話をしているころ、2台目の馬車では。
「お母さん!」
「あ? 結局ついてきちまったのかい、呆れた子だよまったく…
私の言った意味が分からなかったのかいネヒル?」
「分かってる、お母さんの優しさも一緒に行ったらどうなるかも全部分かってる、
でも自分で決めたの、お母さんが言ってたみたいに、お父さんがそうしたように、
自分の好きなように生きようって決めたの、私は後悔したくない、だから一緒に行く」
「…アンタなんか変わったかい?」
「そうかも」
「そうかい、好きにしなよ」
「これ貰ったの、一緒に食べよう」
「夕飯食べたばっかりだよ」
「私はまだ食べて無いよ」
「なら貰って来たらいいだろう、まだ残ってるはずだよ」
「そうする、これは後で一緒に食べよう、ね? お母さん」
「分かったから行きな」
その夜、母娘は並んで焼き芋を食べたとさ。
そしてウルダに帰る馬車では。
「ねぇバトーさん、結局あの子は何だったんですか?」
「うん? いやそれは…ちょっとな」
「気になるじゃないですか教えて下さいよ~私夕飯も食べずについて来たんですよ?
焼き芋もあの子にあげちゃったし、お腹空いてるんですから! 教えて下さいよ~!」
「えぇ~カルニに怒られるからなぁ…」
「カルニ姉さんなら許してくれます! さぁ! バトーさん!」
「う~ん…」
「バトーさん! か弱い乙女をこんな場所に連れて来たんですから理由位教えて下いよぉぉ!」
「わかったわかった、それ以上マットの上で飛び跳ねないでくれ、マツモトに怒られる、
他言はしないって約束してくれ」
「はい~」
エリスの圧に屈しバトーは説明した、そしてその後のウルダの酒場では。
「ぅぅぅ酷いぃぃ…カルニ姉さん酷いですよぉぉ、そんなのってあんまりですぅぅ…」
「泣かないでよエリス、仕方ないでしょ~、あれ以上は私達に出来ることはないんだから」
「だって、だってぇぇ! ネヒルちゃん可哀想ぅぅ、何とかして下さいよカルニ姉さんんん」
「無茶言わないで、Sランク冒険者が対応してる依頼なの、
それにその子が決めたんでしょ? 尊重してあげるのも大人の役目よ、はい唐揚げ」
「ありがとうございますぅぅ、でもやっぱり可哀想ぅぅうぇっうぇっ…旨っうぇっ…」
嗚咽しながら唐揚げを食べるエリス、壮絶である。
「どうしちゃったのかしらエリス…」
「分かんない、教えてくれないのよ」
「戻って来てからずっとあの調子なんだけど…」
エリスに3時間程懇願され続け結局カルニの負担が増した。
「星が綺麗だなポニ爺」
「ヒヒン」
バトーは馬車の荷台で寝て翌日ポッポ村に戻って行った。




